~ソロモンちゃんねる~
オウヒ「野球部の勧誘をずっと断っていたのだが、最近になって乱闘のときだけでいいから、というめちゃくちゃな条件を提示された。そんな交渉があるか?」
コンサバティブちゃん『適材適所では?』
リオ「適材適所ね」
トキ「適材適所かと」
綺麗なブロンドでモフモフな髪型の、どこか気品があった生徒────マナミと名乗った子を、ガラの悪い生徒達から穏便に何とかした後、ワタシはある場所へと歩を進めていた。
足取りが軽い。
逸る気持ちを抑えて、一歩一歩確実に着実に、確かな足取りで目的地であるミレニアムタワーを目指す。
少し前。
モモイちゃんとミドリちゃんと別れて、マナミちゃんと会う前に、端末からモモトークからの通知音が鳴った。
ガラの悪い生徒が良く見かけるようになった、とモモイちゃんとミドリちゃんから聞いたので、見回りをしていたワタシだけど、意識を周囲から端末へと向けて、それに手を伸ばした。
操作して、差出人は誰かを見ると。
差出人は────リオ会長だった。
やっと連絡をしてくれた喜び、体調は大丈夫なんだろうかという心配、複雑で色々な感情がワタシの中で嵐のように吹き荒れるのを自覚する。
内容も「今から時間はあるかしら」というシンプルで、リオ会長らしい文言だったのが、少しだけ面白い。
それがワタシが、ミレニアムタワーへと足を運ぶ理由だ。
会いたかった人に漸く会えた。今からお話し出来ないか、とお誘いしてくれたマナミちゃんには悪いけど、今度埋め合わせさせたもらおう。モモトークも交換したしね。
駆け出したい気持ちを抑えて、確かな足取りで向かう。
日も傾き始めており、今日一日が終わる事実を目にしているが、憂鬱な気持ちはなかった。
だって、やっと会えるから。
心配だった。気がかりだった。お話しをしたかった。
そんな人が連絡をくれたのだ。ドキドキするし、気分が高揚するのも仕方ない事だと思う。
認めよう。
今のワタシは浮かれポンチだ。
鼻歌でも歌いかねないほど、これでもかというくらい、浮かれてしまっている。
そうして、ワタシはミレニアムタワー前までやって来た。
そこで妙な人影が浮遊していた。文字通りの意味で。頭部くらいの大きさで、配色もピンクを基調とした存在。
驚きはない。
浮遊する頭部なんて、ワタシの周囲には一人しか思い浮かばない。
対して、件の浮遊する頭部────コンサバティブちゃんも驚いている様子はなかった。
むしろ、ワタシがくる事は織り込み済みであると言わんばかりに。
『随分と、遅かったですね』
「色々あってね」
当たり障りないやり取り。
傍から見れば、普通のやりとりではあるのだけど、ワタシは違和感を覚える。
コンサバティブちゃんにしては、大人しすぎる。
もっとこう、この短いやり取りで、奇天烈な言動はしてくるのが普段のコンサバティブちゃんだ。
それがないのは、どういう心境の変化だろうか。そもそも、彼女に変化する心境はあるのだろうか、とワタシの中で疑問が疑問を生み始める。
どうしたのか、とワタシが尋ねる前に。
『これからリオ様に会うのでしょう?』
「……うん、そうだけど」
『そうですか。遂に』
一度だけ、小さく頷くように上下して、コンサバティブちゃんは続けて言う。
『マスター、朕は人を見下しています』
「うん、知ってるけど」
言動の端々から、そんな気はしていた。この子は人を舐めている、と。
今更何を言うのだろうか、と首を傾げるワタシを無視するように、コンサバティブちゃんは口にする。
『ですが、例外は存在します。大半のヒトは、朕にとってはどうでもいい存在ですが、マスターやリオ様、それから
それは淡々とした言動だった。
例外は存在する。つまりはコンサバティブちゃんにとって、特別な存在がいるというのに、あまりにも機械的で彼女は事実の見を口にする。
『つまり、お三方以外、朕にとってはどうでもいいのです。どうなろうが、何になろうが、どうなろうとも、真の意味でどうでもいい』
「……えっと、コンサバティブちゃん? 何が言いたいの?」
『改めて説明しようと思いまして。朕の形成するものを。血も涙もないとはこのことでしょう。あぁ、
答えが答えになっていなかった。
ここで、コンサバティブちゃんの考えを聞いて、ワタシは何を言えば良いのだろうか。
人の考えはそれぞれだし、それを間違っているなんて、口が裂けてもワタシには言えない。
流石に人としてどうかと思うことは、口出しさせてもらうけど。
ひたすら、困惑しているワタシを置いていくように。
『しかし、』
どこか真面目な口調で、真剣そのもので、コンサバティブちゃんは続ける。
『リオ様は違います。朕とは違い、慈悲深いのです。あの方には血も通っていますし、涙も流します。他人を思いやる心があります。決して、冷酷で無慈悲な人ではありません』
うん、知っているよ。
リオ会長は本当に優しい人だってことは、ワタシも知っているよ。
だってずっと、お世話になってきたから。
ミレニアムのために、一生懸命になっていたことをワタシは知っているから。
誰よりもこの学校が好きだってことを、ワタシは良く理解しているから。
だからワタシは、何を今更、という疑問よりも先に。
そんなこと当たり前の事でしょう、と事実に頷いて。
「────わかってるよ。リオ会長は優しい人だって」
『ならば良し、です。朕は言いたい事を言いました』
「でも、なんでそんなことを……」
『早く行ってください。リオ様がお待ちです』
「う、うん。わかったよ……」
急かされるように。
グイグイ、と。普段はやりたい放題してくるコンサバティブちゃんに、ワタシは背中から押される。
「ちょっ、押さないでよぉ! わかった、わかったから!」
『なら早く行きやがれ、です。ハリーハリーハリー!』
「もう、なんなのぉ……?」
本当に何なのだろうか。
様子がおかしいけど、それを聞いたものなら『さっさと行け』と怒られる事は目に見えている。
なのでワタシは、コンサバティブちゃんの言うとおり、足早にミレニアムタワーに入った。
その背後で。
『マスター、どうかリオ様を─────』
嫌いにならないで下さい、なんてありえない声が聞こえたような気がした。
足取りは軽いもの、だった。
ここまで、どうやって、来れたのか覚えてないけれど、ワタシはミレニアム自治区にある公園のベンチに腰掛けていた。
久しぶりにリオ会長に会えた。
嬉しくて、泣きそうになるのを堪えて、ワタシが口を開く前に、リオ会長は淡々とした口調で。
────真実を伝えるわ。
────天童アリスは普通の生徒じゃない。
────未知から侵略してくる
────”名もなき神を信仰する無名の司祭が崇拝した存在。
────彼女は、名もなき神々の王女AL-1Sと呼ばれた者。
突拍子もなかった。
以前、会長から資料を渡されていたから、なんとか処理する事は出来たけど、初見でいきなりそんなことを言われても、ワタシの低脳な頭では追いつけるはずはなかっただろう。
前に教えてもらったけど、未だに信じていない。
アリスちゃんが、そんな大それた存在だなんて、信じられなかった。だって、あの子はどこにでもいるような、ゲームが好きで友達も好きな、可愛い子だから。
でも、リオ会長は本気だった。
真っ直ぐな目で、事実だけを口にする。
────彼女が完全に起動したものなら、ミレニアムはもちろん、キヴォトスは終わり。
────わかる、オウヒ。
────比喩ではなく、終わるの。
わかっているよ、会長。
それが嫌だから、会長は今まで解決策を模索していたんだよね?
何か解決策が、あるんだよね。
藁にも縋る気持ちだった。
リオ会長は頭が良い。ワタシでは考え付かないことを考え付く凄い人だし、それにワタシは何度も助けてもらった。
今度はワタシではなく、アリスちゃんを助けてくれるだろう。
そんな期待を込めて、ワタシは問う。
天童をどうにかする解決策はあるのか、と。
リオ会長の口調は変わらない。
ワタシにも分かるように、簡潔に口にする。
────あるわ。
ワタシは、ホッ、とする。
でもそれも束の間。次の会長の言葉を聞く頃には、思考が凍結していた。
────彼女のヘイローを破壊する。
言いたい事は山ほどあった。
ヘイローを破壊するとか、口では軽く言うけど、アレって凄い痛いんだよ、って。
ワタシも
でもそれは口に出来なかった。
だって、リオ会長が泣きそうになっていたから。
そうだよね。
リオ会長だって、本当はそんなことしたくない筈。
だって、会長は優しいから。ヘイローを破壊する意味を、分からないほど冷たい人じゃない。
会長だって悩んだ筈なんだ。
だって、良く見たら髪の毛は痛んでいるし、普段化粧しない会長が目元にコンシーラーを塗っている。それは多分、目の隈を隠すためだよね。
会長はこれまで、寝ないでアリスちゃんをどうにかする方法を模索していたに違いない。
ずっとずっと、忙しかったに決まっている。
悩んで悩んで、諦めずにずっと頑張って。出した結論が、これだったんだ。
そんな人を、否定する事を、ワタシには出来なかった。
苦渋の決断であるだろうし、断腸の思いだったと思うから。
悩んだ末の結果だった。それこそ、寝ないで頑張った結果がそれだった。
それを否定されるのは────死にたくなる。
でも。
「……っ」
ワタシは、会長のように強くないから。
アリスちゃんを諦めきれない。
だってあの子は本当に良い子なんだよ。友達思いで、皆とゲームをする事が大好きな、どこにでもいる可愛い子だんだよ。
キヴォトスを救うためなら、アリスちゃんを見捨てるべきなんだろう。
でも、ワタシはそれが出来そうにない。会長のように強くはなれない。
リオ会長を見捨てる事も出来ない。
アリスを見捨てる事も出来ない。
ワタシは弱い。会長のように決断する事なんて出来ない。ずっとずっと、悩んでいる。
「ぅぅ……っ」
視界がぼやける。
自然と涙が溢れてきた。
もう、ワタシは、自分がどうすればいいのか、わからない。
震える手で端末を握り締める。
声が聞きたかった。ただそれだけの理由でしかなかった。
ワタシは
1コール、2コール、3コール、4コール。
諦めていた5コール目で、その人は電話に出てくれた。
『もしもし、どうしたの────』
「アーちゃん……」
声は震えていた。
我ながらなんて情けない声をだしたのだろう。
安心したのか涙が溢れる。
ずず、と鼻水が出る。
嗚咽混じりに声を漏らす。
あぁ、本当に情けないヤツなだろうワタシは。
『……どうしたの、オウヒ?』
「アーちゃん、ごめんね。でもワタシ、本当にどうしたらいいのか、わからなくて……」
『────わかったわ。オウヒ、ちょっと待ってなさい。直ぐに片付けて、そっち行くから』
そういうと電話口からは、ムツキお願い、と遠ざかる声。
入れ替わるように、聞きたかった二人目の声が聞こえる。
『アルちゃん、どうしたんだろ……もしもし?』
「ムーちゃん……」
『えっ、ヒーちゃん? どうしたの、なにかあった?』
「ごめんね、ムーちゃん。今忙しかったの?」
『依頼でちょっとね、って今はヒーちゃんだよ。何があったの?』
「本当にごめんね。ムーちゃん、もうどうすればいいか、わからなくて」
仕事中なのは、わかる。
忙しいのは百も承知。
なんて我儘な女なのだろうと自己嫌悪。
情けない、本当に情けない。
でも感情は止まってくれなかった。
心の底から、泣きながら、ずっと流れる涙を拭いながらワタシは、声を漏らした。
「……助けて、二人とも」
△「……助けて、二人とも」
今まで言えなかった言葉。誰かに助けを求めえても、迷惑になると思っていたから。
これまで失敗し続けて来たけど、どうしようもない自分だったけど、助けてくれる人達がいる。
それがわかったから、口にする事が出来た。超無理限界ギリなオウヒなのでした。