ミレニアム自治区の一画が崩壊した。
そんな報告を受けたのは、つい先ほどの事だった。
私は足早に、ゲーム開発部がある部室を目指す。
私のミスだ。
迷っていたから。本当にこれで良いのか、と無駄に時間をかけて悩んでいたからこうなってしまった。
奥歯を噛み締める。
防げた筈の災害を前に、冷静さを欠こうとするが、何とか理性で感情を制御して、私は背後にいる二人────トキとコンサバティブちゃんへと確認する。
「状況は?」
『……ミレニアム自治区の一画が崩壊、ヴェリタスが回収した正体不明のロボットに天童アリスが接触したことが原因であることが予想されます。つまりは……』
「”名もなき神々の王女”が目覚めた、ということね……」
私はコンサバティブちゃんの言葉を遮るように、結論を出した。
危惧していた事が、起きてしまった。
もっと早い段階で、処理出来たことが、起きてしまった。
その事実に、私は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。
未然に防げた筈だ。時間をかけることなく、こうなることは予想できた筈だ。
それなのに、起きてしまったのは、誰がどう見ても私の失態。
最早、一刻の猶予もない。直ちに天童アリスを回収し、処理しなければ事態は大きくなるばかりだ。
わかっている。そんなことはわかっている。今すぐにでも対処すべき事柄だ。
それなのに、どうして私は、まだ────。
「っ! トキ、被害はどれほど出ているの?」
「……C&Cの介入により、被害はそこまで大きくありません。ですが、ヴェリタスの部員数名が軽傷、ゲーム開発部の才羽モモイが意識不明となっています。今はシャーレのオフィスにて治療中とのことです」
「……アレから天童アリスに動きは?」
「ありません。ゲーム開発部の部室に閉じ篭っているようです」
きっと、彼女の防衛策であり、どうすれば良いかわからないからこその行動なのだろう。
誰も傷つけたくないから。自分の知らない力によって、親しい友人達が傷つくのを見たくないから、天童アリスは部室に篭城するという選択をしたに違いない。
ある意味で人間らしい。
そういう観点から見ると、今の彼女は誰よりも人間らしいと言える。
これ以上傷つけたくない、友人達に合わせる顔がない、自分の力が何なのかもわからない、だがそれでも話し合うという勇気が持てない。
なんて非合理な選択だろうか。
だけどそれが人間だ。そういう意味では、今の天童アリスは誰よりも、人間らしいと言える。
以前の私ならば、そんな彼女を恐ろしいモノに見えたことだろう。
彼女は、私達のような人間ではない。無名の司祭という正体不明の集団が作り出したオーパーツ。つまりは、アンドロイドである。
以前の私は、人工知能に意思はないと考えていた。
アンドロイドであるに関わらず、自我や意思を持つ天童アリスが、何よりも恐ろしいモノに見えていたことだろう。
そう、以前の私ならば。
「……」
ちらり、と。
コンサバティブちゃんに眼を向ける。
今の私は違う。これが良い事なのか悪い事なのか、人工知能にも意思決定する事が出来ることを知っているし、それはコンサバティブちゃんだけではないことを理解している。
天童アリスも同じ。
アンドロイドでありながら、コンサバティブちゃんのように自我があり、意思がある。
その結果、彼女は部室に立て篭もっている。
誰も傷つけたくないから、親しい友人に合わせる顔がないから、怯えるように閉じ篭っている。
そんな彼女を、誰よりも人間らしい彼女を、ミレニアムの一人の生徒を────。
「コンサバティブちゃんは万が一に備えて、“エリドゥ”にて待機。トキは私と一緒に来てちょうだい。念のために、ネルにも連絡を。件の正体不明のロボット────
「リオ様、一つ懸念があります」
「なに?」
「オウヒはどうしますか?」
「……」
息を呑む。
思い出すのは、数時間前のオウヒの顔。
まるで信じられないモノを見るような、否定するような、今にも泣き出しそうな顔で私を見ていた。
普段の彼女の言動から考えると、ありえない表情を私に向けていた。それだけ、私の話す内容は衝撃的なものだったのだろう。
当たり前だ。
彼女は、私に失望をしたに違いない。見限られるのも仕方ない。天上院オウヒという善性は、私のような下劣な悪性を許容はしないだろう。
ヒマリが言うように、私の性根が汚れ切っており、彼女の言うとおり下水の如き汚濁なのだろう。
それでも構わない。私は歩みを止めない。
「……捨て置きなさい。知らせる必要はないわ」
────私は、処理しなければならない。世界を、守る為に。
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そうして、私とトキ、途中で合流したネルはゲーム開発部の部室前に来ていた。
トキの表情はいつもの冷静そのもので、ネルは不機嫌そうで渋々といった調子だった。
きっと、私が話したアリスの処理内容。そして、隠匿していたトキの存在に関して、何か言いたい事があるのだろう。
今にも、爆発する一歩手前であり、ずっと私を睨み付けていることは、背中を突き刺さる視線からわかる。
いつもならノックをして開ける扉だが、私は省いてゲーム開発部のドアを開ける。
マナーも何もなってないが、事情が事情だ。迅速に事を処理しなければ、また後手に回ってしまいかねない。
床はゲーム機や、そのソフトが散乱としており、とても綺麗とは言えない部室。
そして、その部屋の隅には、怯えるように膝を抱えているアリスと、宥めるようにし同じ目線で膝をついている才羽ミドリと花岡ユズ、その3人を見守るように立っている大人────シャーレの先生がそこにいた。
3人の生徒は、眼を見開いてい驚くように私を見る。
それは大人である先生も同じだった。
ノックがなかったとはいえ、そこまで驚かれるとは思ってもみなかった私は、少しだけ呆気に取られるけれど、直ぐに調子を取り戻し。
「……貴方がシャーレの先生?」
“あぁ。君は……?”
「私は調月リオ。ミレニアムサイエンススクールの生徒会長をやらせてもらっているわ」
自己紹介を簡単に済ませて、私から距離を詰めることなく、一定の距離を保ち続けて言う。
「先のオウヒ救出の件もあるし、貴方とはこのような形ではなく、正式な挨拶の席を設けたかったのだけど……」
”そこまで畏まらなくていいよリオ。オウヒを助ける事が出来て良かった”
そういうと、シャーレの先生は柔和な笑みを浮かべる。
人を安心させる笑みとは、彼の浮かべる笑みを言うのだろう。
私には備わってないスキル。柔らかな口調も相まって、警戒心を抱かせない大人と言えるだろう。
しかし、事が事だ。
平時ならまだしも、今はそうではない。私は未だに、シャーレの先生を信用する事が出来ない。
警戒する気持ちは、先生との物理的距離にも現れているようで、私から先生に歩み寄る気はなかった。
先生も私達と距離を詰めることもせずに、片手を上げてネルに声をかける。
”ネルも来てたんだね?”
「……ども」
剣呑な雰囲気を少しだけ抑えながら、ネルは先生に応じる。
その声はバツの悪そうなそれであり、
何を気不味くなっているのか、私にはわからない。
だって、これはネルの意志ではないのだから。全ては私の指示によるもの。
そう、私の指示。
ネルは悪くない。責任は全て、
なればこそ、ネルがバツが悪くなるのは筋違いと言える。
”君は?”
「初めまして、先生。私は飛鳥馬トキと申します。いつもうちのオウヒがお世話になっています」
”う、うん、よろしくねトキ”
トキに対して、先生はどこか歯切れの悪い返答だった。
きっと、うちのオウヒ、という部分が気になったのだろう。
身内目線で言っているが、いつからトキのオウヒになったのか、私も気になっている。
しかし、今はそれどころではない。
静観していた私は、先生から、アリスへと視線を移し。
「……その子をこちらに渡しなさい。これ以上は見過ごせないわ」
「見過ごせない、ってどういう意味ですか?」
ミドリは立ち上がり、守るように両手を広げて、私に眼を向ける。
少しだけ驚いた。
資料によると、彼女は前に出て意見を口にするタイプの生徒ではなかったから。
姉の才羽モモイの一歩後ろで、事の成り行きを見守っていたタイプだった筈だ。
なのに、こうして私に異を唱える。
それほど、アリスという生徒が大事なのだろう。
それはユズも同じだった。
彼女も言葉にしないものの、アリスを守るように私を見ている。
私とは違う。
彼女達は、アリスを一人の人として、接している。
えぇ、わかっている。
それでも、私は────。
「貴女達も薄々勘付いている筈のではなくて?」
「なにを───」
「────友人だと思っていたそれが、実は違う存在なのでは、と」
「何を、言ってるんですか!」
ミドリは直ぐに反論する。
本当に理解できないのか、はたまた無意識に理解する事を拒んでいるのか、私を睨みつけながら。
「アリスちゃんは私達の友達だし、ゲーム開発部の仲間です。変なことを言わないで!」
「……そうは言うけれど、アリスが普通の生徒ではないことは貴女が一番わかっている筈よ」
「……どういう意味ですか?」
「彼女がミレニアムに来る前、どこにいたのか」
「……そ、れは」
心当たりがあるのか、ミドリは言い淀む。
調べはついている。
天童アリスはミレニアムに転入する前、廃墟で発見した。眠るように、起動するのを待っているように、台座に寝ていたことはわかっている。
そんな生徒が、普通である筈がないし、そういう意味でもアリスが普通ではないことはミドリはわかっていた。
私はもう一度告げる。
「アリスは普通の生徒ではないわ」
彼女達に言い聞かせるように。
「彼女は、未知から侵略してくる、
自分自身に言い聞かせるように。
「名もなき神を信仰している無名の司祭が崇拝したオーパーツであり」
だから仕方ない、と言い訳をするように。
「キヴォトスを破滅へと導く存在」
免罪符として担ぎ上げるように、私はその名を告げる。
「その名も────名もなき神々の王女AL-1S」
その名を口にして、アリスは肩を震わせる。
今にも泣きそうな目で、私を見上げる。
「アリ、スは。アリスは……」
上手く言葉に出来ないのだろう。
それも当然だ。いきなりそんなことを言われても、困惑するに決まっている。
でも否定も出来ない。
それは違う、と。アリスはそんな存在じゃない、と。彼女は否定する事が出来ない。
何故なら、現に自身には正体不明な力が備わっており、それが原因で友人を傷つけてしまっているのだから。
「先の正体不明のロボット。私達は
「……あぁ」
チッ、と舌打ちが聞こえる。
不満気に苛立ちを隠すことなく、ネルは応じていた。
きっと彼女も思うところはあるのだろう。ゲーム開発部、ひいてはアリスとゲームセンターで行動を共にしていたと、報告を受けたことがある。
何度か交流を深めて、友誼を結んだことは自明の理。
きっとネルは私を恨んでいる事だろう。
後ろから撃たれないのは、ネルの理性によるものだろう。
あぁ、その方がよかった。
恨まれた方がまだ良かった。怒鳴られる方がまだマシだった。
そんなことを口に出さずに、私は感情を殺し淡々とした口調で事実だけを述べる。
「接触した個体が、壊れかけだったから一区画を崩壊する程度に収まったけれど、これが万全な個体だったら、被害規模は計り知れない。何体もいるのなら尚更」
”……アレで打ち止めという可能性はないのかい?”
「それは楽観的な思考ね。現に”廃墟”で目撃情報が多数上がっているわ。それは例外なく、彼女を
目指している」
今まで静観していた先生の問いに、私は簡潔に答える。
嬉しくない事にこの一件で、私とヒマリが出した仮説はこうして、立証されてしまった。
天童アリスはキヴォトスを破滅に導く存在である、ということが。
「アリスは、ただ。みんなと……」
そう、ネルが私に向けている感情のように、憤りをぶつけてくれた方が良かった。
怒鳴られるならマシだった、憎悪と呼ばれる感情を向けられた方がマシだった。
アリスのように────。
「一緒に冒険したり、ゲームをしたり、クエストとしたかった、それだけなのに……」
────泣かれるのは、決心が欠けそうになるから。
苛立つのを感じる。
対象は勿論、自分自身。
何を被害者ぶっているのか。
一人の命で、世界を救おうとしている癖に。
それしか思い付かなかった癖に。
それだけしか手段がなかった癖に。
何を眼を逸らそうとしているのだろうか。
眼を見ろ。
今から奪う命を見ろ。
そして忘れるな、自分の無能さを忘れるな。
彼女も忘れない、だからこそ自分も忘れるな、と。
言い聞かせるように、事実だけを口にする。
「それは叶わない。貴女は生きてはいけない存在よ」
「……っ」
アリスは肩を震わせる。
ユズに抱しめられて、落ち着かせようとされているが、その両目からは大粒の涙が流れているのを、私は視認していた。
”……リオ。仮に君の言うとおりだとして、アリスをどうするつもりなの?”
「解決する方法は一つよ」
”その方法とは?”
「彼女の……」
あぁ、口にするのも恐ろしい。
それは、キヴォトスにおいて、最大の禁忌だ。それをやろうとしている私は、必ず地獄に落ちることだろう。
それでも、だとしても、誰かが引き金を引かねばならないというのなら。
「……彼女の、ヘイロをーを破壊する」
私がやらなければならない。
口の中が乾く。怖くて立っている感覚もない。私は上手く口にする事が出来ただろうか。
”リオ、君は……”
「そ、そんなことしない!」
先生の言葉を遮るように、ミドリは叫ぶように口にする。
「アリスちゃんは世界を壊すなんて事しない!」
「……根拠は?」
「だって、アリスちゃんは勇者だから! 私達の友達だから! そんなことするわけがないでしょ!」
あまりにも感情論。
根拠も何もない、友達だからそんなことはしない、というなんの合理性も無い理由。
事実から眼を背けるように、でも決心を鈍らせる言葉に、私は吐き捨てるように口にしようとした。
────話しにならない、と。無慈悲なまでに、切って捨てようとするも。
「────なるほど、双方の言い分は理解した」
遮られた。
それは私達の背後から、割り込むように。役などなかった役者が、無理矢理自分の役を作り乱入するように。
「そちらの友情が義であるのなら、こちらは世界という大義である」
私の脳裏に過ぎるのは疑問だ。
どうして、ここにいるのか。何故、この場にいるのか。
「これ以上の問答は平行線であろう。決して交わらぬ。主張も主義も、出し尽くした。どちらも譲らないのであれば、是非もなし」
私は呆然と彼女を見つめる。
黄金の頭髪、燃えるような紅色の双眸、その華奢な両肩には軍用ロングコートが羽織られており、ミレニアムの制服を身に纏う。
わからない、わからない。私にはわからない。
貴女の過去は知っている。その力によって、孤立していたところをゲヘナに所属している便利屋68の陸八魔アルと浅黄ムツキに救われたことを、私は知っている。
「となれば、これよりは殴り合うしかない。どちらが正しいか────いいや、どっちの言い分で事を進めるか。善悪の優劣ではない。気にくわないのなら、譲れないのであれば、曲げられないのなら、己の力を示し屈服させる他ない」
であるのなら、貴女は彼女達に力を貸したい筈。
自分を救った友情と言う光が、何よりも尊く、眩しい物であると定義している貴女は間違いなく、アリス達に力を貸したい筈。
それなのに、どうして、どうして、どうして─────。
「つまりは───闘争である。こちらも殴る故、盛大に殴り返してくることを赦す。かかって来るが良い、ゲーム開発部よ」
─────どうしてオウヒ、貴女がこちらにいるの……?