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――――轟音が鳴り響き、硝煙の匂いが鼻腔をくすぐる――――。
ミレニアム自治区内は既に戦場と化していた。
綺麗な街並みには似合ってもいない黒煙があがり、近代的な外観の建物のガラスは割れており、建築技術の最新が結集し造られた道路は穴だらけ。
まるで地獄のような戦場。
そこに二人の人影があった。
一人は和装の長い黒髪の少女――――狐坂ワカモ。
いつの間にか狐の面を顔に装面している彼女が手にするのは小銃。九九式短小銃に三十年式銃剣を取り付けた得物――――真紅の災厄と名づけられた凶器。
だがそれが火を噴く事はなかった。
ワカモは己の武器を肩に担ぎ、片手には破片手榴弾を持ち、口で安全ピンを抜き、戸惑う事無く前方へと放り投げる。
ただの破壊工作ではない。
彼女の目の前にいる人物。もう一人の人影を打倒するための行動であった。
放り投げられた投擲物は、空中で放物線を描き、ワカモと対峙していた人物の足元付近に落下する。
そして遅れて爆音が辺りに木霊し、衝撃が辺り一体を叩く。通常であればそれで終わり。破片手榴弾をまともに食らったのだからそう判断するのが普通の反応である。
しかし。
「…………っ」
ワカモは油断なく、容赦もなく、執拗なまでに愛銃を構えて、いまだに煙舞うそこへ照準を合わせて引き金を引く。
乾いた音が何度も木霊する。今度こそ終わりを予感する。だが――――、
「ハハッ」
笑みが零れる音。煙から飛び出す一人の影。
それは黄金であった。
右手に白い得物――――“リク”を手にし、左手には黒い愛銃――――“アサ”を握り締める。
凹凸の激しい足場、足元もハイヒール。とても戦闘はおろか、運動にも適してないにも関わらず、それは見惚れるほどの速さだった。
黄金の人影は両手に持つ銃を構える。
「――――」
息を呑んだのはどちらだろうか。
それよりも速く、ワカモは再び手榴弾を放る。
驚異的な速度であるものの、爆発物には到底速さでは敵わず、黄金の人影は再度衝撃と破片を一身に浴びる事となる。
「これでも、止まらないのでしょう――――!」
ワカモの声に応じるのは、同じ言葉ではない。
砂埃から一薙ぎの衝撃。
ワカモは反射的に真横へ跳躍し、真紅の災厄を縦に構えて衝撃を防いだ。
それは蹴りだった。
大きく振り上げられた足で、ワカモの即頭部へ薙ぎ払い叩き込まれた蹴り。
ワカモはそのまま、通りに面した建物の中へと吹き飛ばされる。店だったのだろうか。バキバキと内装が破られる音と共に、皿やガラスのようなものが割れる音まで聞こえる。
黄金の人影は手応えがないのを感じる。
ワカモが衝撃を逃がし、自分から吹き飛ばされたのを認めて。
「凄いね。これも、戦闘経験が為せる技術――――ってヤツかな?」
クスクス、と愉しそうに笑みを零す黄金の人影――――天上院オウヒは自分のコートに目をやり内心考えていた。
――ワタシのコートが撃ち抜かれている。
――防弾のこれが抜かれる事なんてない。
――銃弾が特殊なのかな?
――いいや、それも違うね。
――食らってみた感じ普通の弾。
――でも凄い痛いのも混ざってる。
――となると。
「『神秘』が籠められている――――」
オウヒはそう結論付けた。
意図的であれ、偶発的であれ、間違いないだろう、と。
ともすれば、全ての攻撃に意識を割かなければならない。普通の弾丸であれば、防弾であるオウヒが羽織っているコートで防ぐ事ができる。しかし、『神秘』という説明が出来ない力が伴った弾丸であれば話は別だ。
アレは防げない。例えいくら守りを固めようが、どんなパワードスーツを装着しようが、問答無用で堅牢な守護など抜いてくる。そういった類の力だとオウヒは認識している。
キヴォトスにおいても、限られた生徒しか行使出来ない力。
彼女がはたして、使いこなしているかはさておき。
「ここまでとは思わなかった」
そういうや否や、両手に持つ“リク”と“アサ”を吹き飛ばした店内へと向けて、容赦なく引き金を引く。
どれほどの威力をもつのか、轟音とも呼べる銃声はまるで大砲の様。それを片手で難なく扱って見せる筋力も桁違い。
「爆弾も視た、ドローンからの銃撃も視た、あとは何? どうやってワタシに魅せてくれるの?」
応答はない。
しかし返答は直ぐに。
乾いた銃声が連続で鳴り響く。
ワカモの愛銃の音ではない。
――――拾った、銃……!
店内から飛び出した。
ワカモの片手にはいつの間にか持っていた、短機関銃――――マイクロUZI。
このまま店内で篭城したところで不利と判断したのか、弾幕を張りながら店内から飛び出して、近場のコンクリートの遮蔽物へと瞬く間に移動してみせた。
対する、オウヒは怯む事無く、避ける動作もせずに、撃ち込まれたままワカモへと引き金を引く。間一髪、全てワカモの隠れた遮蔽物へと着弾する。
遮蔽物越しに伝わる衝撃を感じつつ、ワカモは思わずため息を吐く。
「あなた、本当に人類なのでしょうか?」
「いきなり失礼じゃない?」
「だってそうでございましょう。普通は撃たれると身が竦むものです。だというのにあなたは嬉々として撃ち返してくる。どういう精神構造をしているのでしょうか?」
「そっちの方が愉しいでしょ?」
「合理的ではありませんね」
「それって必要なの?」
撃ち終わり、焦る事無く、オウヒは弾倉を換えながら続ける。
「勝つためだったら、確かに合理性って大事だと思うんだけどね。ワタシにとって、勝ち負けなんてどうでもいいんだよね」
「……どういう意味でしょうか?」
「そのまんまの意味だけど。まぁ、もちろん勝った方が気持ち良いと思うし、勝てるのなら勝ちたい。でもワタシにはそれよりも、戦う事こそ重要なんだ」
ワカモは様子を窺う。
オウヒは笑みを浮かべていた。本当に愉しそうに、嬉々とした表情のまま告げる。
「ワタシにとって闘争はね、手段じゃないんだよ。最終的に戦えれば良い。ワタシにとって戦いは、目的なんだ。――――貴女は違うの?」
ぞくり、と。
ワカモの背中に得体の知れないナニかと対峙しているような感覚に襲われる。
不思議そうに首を傾げる、彼女は何者なのだろうか、と。
思い出せば、彼女は愉しんでいた。
撃たれても、爆発物を投げ込まれても、眼はワカモを追い愉しんでいた。
装備は明らかに優劣があった。戦闘は手札の数で決まる。その点で言えば、ワカモは豊富な装備を保有していた。対するオウヒは二挺の得物のみ。装備の数が戦闘の優劣を決めるのなら、そこで勝敗など決している。
にも拘らず、オウヒは愉しんでいた。
圧倒的不利な状況ですら愉しむように、無傷とは決して言わない傷を負いつつも、双眸の喜悦は陰ることはなく――――。
「――――それじゃ、これ以上何もないなら叩き潰すけど、いいよね?」
「…………ッ」
遊びはない。
戦闘は愉しむが、加虐趣味はないと言わんばかりに、オウヒは告げる。
とはいっても、オウヒも決め手に欠けていた。
――このヒトの手数は多いからね。
――ワタシが真正面から行ってもかわされる。
あるときは爆弾を用いられ、あるときは煙幕で、あるときは自分の身を削って。
追い詰めても一手足りない。
――強いとかじゃない。
――このヒトは上手い。
――絶対に負けない立ち回りをしている。
勉強にはなる。
そういう戦いもあるのか、と学習し応用する事も検討する。オウヒからしてみたら、この場に於いて厄介極まりない技能でもあった。
どうすれば追い詰める事ができる。何をしたら巣穴から顔を出す。この狐を狩るにはどうすればいい。
オウヒは自問自答を繰り返し、ある手段を思いついた。
――わざと隙を作って誘う。
「これしかない、か」
死ぬほど痛いだろうなぁ、と彼女は心の中で呟く。
でも仕方なかった。こうでもしないと、同じ土俵に上がってこないのならそうするしかない、と。
そうして予期せぬ気配。
遮蔽物に隠れていたワカモも、これからどうするか考えていたオウヒも、意識外からの気配に目を剝いた。
それは一人の女子生徒。
背丈は子供のような体躯であり華奢なもの。
逃げ遅れて今まで隠れていたのだろう。
それを視てオウヒは、やばい、と。
反射的にその女子生徒を庇うように間に入る。
その隙をワカモが見逃すはずもなく。
「――――――――ッッ!」
遮蔽物から身を乗り出し、一息にオウヒへと殺到する。
そして――――。
グサリ、と。容赦のない刺突。ワカモの愛銃に装備された銃剣がオウヒの腹部へと突き刺さる。
衝撃。遅れて来る灼熱。間髪入れずに襲い掛かる激痛。
苦悶に歪む表情――――ではなく。
「――――なっ!?」
狐の面の奥で、ワカモは思わず声を漏らした。
彼女の見た表情があまりにも逸脱していたから。信じられない顔を目にしたから、ワカモは思わず声を漏らしてしまった。
オウヒは――――笑みを浮かべていた。
眼は死んでおらず、口元を引き裂くような、ヒトを食うかのような笑みで、ワカモを迎え入れていた。
そのまま。
「バン」
「……!?」
反射的に、ワカモは得物を手放して、大きく後退する。
同時に放たれるオウヒの左手にもつ黒い得物“アサ”の弾丸。だがそれも空を切る。
「ハハッ、凄いね。これもっ、避けるんだッ!」
口元から血を零しながら、愉しそうに朗々とした口調で賞賛する。
その後ろで、トサッ、と何かが座り込む音が聞こえたので、オウヒはそちらに視線を向ける。
逃げ遅れた少女がいた。
腰が抜けたのだろうか、青い顔でオウヒの腹部を見つめる。
そこには未だに刺されたままの銃剣。
「あ、あの、私! ユズにゲーム買いに行くの頼まれて、あの、それで……!」
恐がらせないように、口元の血を拭って、壊れ物を扱うように丁寧に。
軽い恐慌状態であった女子生徒に、片膝をつき視線を合わせる。よく見ると女子生徒もミレニアムの生徒であった。
「赦せ、少女よ。皆、避難を終えたものだとばかり。余の落ち度である」
「あ、あのごめんなさい。私を守って……」
そう見えたのか、とオウヒは心の中で呟いた。
厳密に言えば違う。ワカモに隙を晒そうとしていたところに、彼女が巻き込まれ、咄嗟に守るように間に入っただけだ。
オウヒからしてみたら、どちらにしてもワカモを釣り出すことに成功したが、それも失敗に終わった。
助けたわけではない、と否定するべきなのだろうが、オウヒにもその余裕はなかった。
「怪我はないか?」
「は、はい!」
「で、あるか」
そういうと、オウヒは自身の肩に羽織っていた軍用コートをミレニアムの女子生徒の頭からかぶせて。
「防弾だ。多少の流れ弾でも貴様を守る事だろう。立てるか?」
「はい、頑張ります……!」
「良い返事だ」
オウヒは頷き立ち上がる。
ワカモは微動だにしなかった。
油断なく、オウヒの出方を観察するように。ミレニアムの女子生徒が去ったのを見送ると、やっとワカモは口を開いた。
「……わかりませんね」
「なにが?」
「あなたが、ですよ」
ワタシ? と首を傾げるオウヒに、淡々とした口調でワカモは続ける。
「私達の戦闘に民間人が巻き込まれないように守り配慮する善性を持ちながら、今のように逃げ送れた生徒を餌に隙を晒し私を嵌めた悪辣さもある」
「うん、そうだね。ワタシが隙だらけになったら、貴女は絶対にワタシを攻撃する。銃撃でも爆発物でもしとめ切れなかったから、絶対に銃剣で刺しに来るって確信はあったよ」
「読まれていた、というわけですか……」
「結果、大失敗したけどね。肉を切らせて骨も断たせて血も出したのに、貴女を仕留めきれなかった」
ククッ、と嗤い愉しそうに口元を引き裂くように嗤う。紅い双眸は爛々と輝かせて。
「――――いいよ、本当に。貴女は本当に最高だよ」
戦意は衰えず。
腹部にはワカモの得物が刺さったまま。未だに血は流れ、口の端からも血を流す。痛みがないわけでは決してない。現にオウヒの身体は心臓の鼓動が鳴るたびに、絶え間なく激痛が走っている。常人よりも頑丈であるとはいえ、直ぐに治療しなければ命に関わるほどの傷。
その事実に、オウヒの背筋が震えた。
今も尚、急速に失われる血液。
気が段々と遠くなる感覚。
だがしかし、神経は研ぎ澄まされていく。
――――興奮気味だったんだ。
――――余分な血が抜ければ、思考も冴えるというものでしょう。
そうしてオウヒは突き刺さっていたワカモの愛銃を引き抜き、彼女に投げて渡した。
傷つけていたと同時に、栓としての役割を果たしていた得物が引き抜かれ、血液が大量に腹部から流れ始めるのを見る。
ワカモは受け取りながら、困惑したように。
「……なんのおつもりですか?」
「それがないと、貴女は戦えないでしょ?」
妙な事を聞く、と言わんばかりにオウヒは制服の袖を千切り、腹部に巻きつけ乱暴な止血をしながら答えた。
対するワカモはひたすら困惑していた。
自分は無手であった。装備も底をつきつつある。重傷を負わせたとはいえ、そのまま戦えば敗北していたのはワカモであった。にも拘らず、簡単に彼女は勝ち筋を手放した。それではツマラナイと言わんばかりに簡単に。それじゃ愉しくないと告げるように無邪気なまでに。
ワカモはため息を吐いた。
苦々しく、嫌になるように。
「『教授』もとんでもない依頼をしてくれたものです」
「教授?」
「いえ、こちらの話です」
銃剣に付着していた血液を拭い、銃口をオウヒに向けて。
「訂正しましょう。貴女は決して
「そう? 貴女も似たようなモノだと思うけど」
「……どうして、そう思うのですか?」
「気付いてないの?」
クスクスと、鈴の音がなるような笑みを浮かべてオウヒは続ける。
「――――貴女も、愉しそうだよ?」
「―――――――――」
ハッ、と。
狐の面から、自分の顔を触れる。
口元には確かな笑みが浮かべていた。
「あちら側とか、こちら側とか、ツマラナイ隔たりを作るのはやめようよ。ここには貴女がいて、ワタシがいて、融け合って戦っている。それだけで充分すぎる」
オウヒも銃口を向けて。
「そういえば、貴女名前何ていったっけ?」
「……ワカモ、狐坂ワカモです」
「そっか、ワカモね。うん、良い名前だよ。これで心置きなく、再開出来る」
そうして、ワカモは妙な光景を目にする。
視線はオウヒの頭上。
黄金に輝くヘイロー。それがギチギチ、と音を立てて組み換わっていくのを認識した。
ヘイローの形なんて見れない。でもどういう原理なのか、どういう理屈なのか。ワカモはオウヒのヘイローが変形していることを、何故か理解してしまった。
生徒からは見ることが出来ないヘイローの形。
確かにそれは、カチカチ、と細かい音を立てて切り替わっていた。意識が、意味が、意志が。放たれる威圧は増し、戦意は留まる事はなく、彼女が纏う『神秘』はより深く強く厚く濃く。
まるでそれは枷だ。
自分を戒める枷だった。
それを、封をあけるように、枷が一つ一つ外れていくように、そこから得体の知れないモノが飛び出すように、組み替えていく。
「本当にここまで愉しいのは久しぶり。あの娘以来だと思う。だから――――」
「――――ギアを一つアゲる。ついて来てねお友達」