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ボールペンを走らせる音がミレニアム生徒会の執務室で響き、もう片方の手でノートパソコンを叩く。
ここにいるのは私だけ。
喧騒とは無縁の、作業をする為だけの空間。
人によっては退屈に思えるかもしれないが、私にとっては落ち着く場所である。
「ふぅ」
一息をつく。
何事も効率よく、合理的に考えて、不要な物を切り捨てる。
そうやって私は自分の仕事をこなしていた。
今もそう。
私のやる事は変わらない。私はこの学園を守る。そのためにこの椅子に、生徒会長としてこの椅子に座っている。
ノートパソコンに移っている画面を見る。
そこには、D.U.の犯罪率の推移が表示されていた。
この数日で、前年度よりも10%以上も上昇している。このまま行けば、更に犯罪率が上がるだろうことが予想される。
単純に考えて、ヴァルキューレ警察学校が全く機能していないことが示唆され、連邦生徒会が機能していないことが考えられる。
最早、誤魔化せない。
停学中の生徒が連邦矯正局より脱走し、連邦生徒会長が失踪したのは、間違いないと見ていいだろう。
となると、これからの動きとしては――――。
「会長ー! リオ会長ー!!」
バンッ、と大きな音を立てて、入ってきたのはユウカだった。
息を切らして、全力疾走で来たのか、頬が赤く染まり、汗も流している。
何を急いでいるのか知らないけれど、ノックくらいして欲しいものだ。
「丁度良かったわ。ユウカ、貴女にお願いがあるの。明日、連邦生徒会に出向いてほしいのだけど――――」
「それどころじゃないんです!」
血相を変えて、ユウカは私に詰め寄る。
「どうしたというの?」
「天上院さんが! ミレニアム自治区内で戦闘しているんです」
「――――――」
少しだけ、私は言葉を失ってしまった。でも直ぐに調子を取り戻す。
あの子が問題を起こすのはいつものことだから。むしろ、ミレニアムの自治区内で問題を起こしたのは幸いと考えるべきだろう。
「被害総額は? 相手がゲヘナ生なら、修繕費がとれそうね。トリニティが相手ならちょっと厄介だけど」
「な、慣れてますね」
「いつもの事だから。それで相手は?」
「あっ、そう! 相手が問題なんです!!」
いまいち要領の得ない。
何が問題だというのだろうか。
「相手はワカモ! 狐坂ワカモです! 停学中の! 『災厄の狐』って呼ばれていた生徒なんですよ」
「――――――は?」
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子供の頃の自分なんて、人によって違う。
中には病弱だった人だっているし、中にはやんちゃだったって子だっている。今よりも大人しかった子だっていれば、どうしようもなく屑だったって子だって存在する。
ワタシもそうだ。
ワタシの場合は――――意志が希薄だった。
小さい頃のワタシから見た世界は、何もかもがツマラナイものだった。
何か問題が起きても簡単に解決できたし、何をしても平均よりも優秀な成果を残す事が出来た。それが当たり前であり、達成感など何もない。そうしていくうちに、次第にワタシは何が起きても心が動く事がなくなっていった。
ワタシと一緒に住んでいた黒いの――――アレとの関係はどう言葉にしたらいいのかわからない。
世話をされていたのだから世話人、とは違う。
面倒を見てもらっていたのだから親、とも違う。
衣住食を提供してくれていたのだから支援者、っていうのも違うと思う。
ならば共犯者かと言われればそれも違う。何せ一緒に犯罪行為なんて働いていないのだから。
つまりは、一言では表せない関係。今ではその黒いのとも縁は切れているし、どうでもいいのだけど。
その黒いの曰く、ワタシが何をやっても一定の成果以上の結果を残せるのは、ワタシの『神秘』が関係しているらしい。
神秘とはキヴォトスに住んでいる生徒が大なり小なり保有している力。その中でもワタシの神秘は濃く深く、そして――――異質なものであると説明された。
黒いのには『万能の神秘』と呼ばれていた。
万能。それはつまり、文字通りの意味なのだろう。全てに優れ、何でも出来る、物理的に出来る最高到達点のことを指す。
そういわれると、確かに。ワタシが一定の成果以上の結果を残せるようになっていたのも、説明がついてしまう。全てはワタシのもつ神秘が原因なのだろう。
今でも覚えている。
黒いのは興奮気味に、ワタシに力説していた。
ワタシの神秘は万能を司り、黒いのが執心していた崇高とはまた違う概念――――『天上』に至る存在にワタシはなれると説かれていた。
興奮している黒いのとは対照的に、ワタシは冷ややかな気持ちで受け止めていた。
わざわざ万能にならないと至れない、『天上』とやらは、なんてツマラナイものなのだろうか、と。
仕方ない事だ。
万能なんて聞こえはいいが、酷く退屈なものだから。
必死にならずに少しの努力だけで、何でも出来てしまうなど作業に近い。照準を合わせる必要もなく、引き金を引けば百発百中が約束されているようなものだ。
少しの時間だけで最短で到達できてしまうため達成感はなく、学ぶ必要もないため知識を得た喜びもない、独りでなんでも出来てしまうため協調性が培われることもなく皆無。
今思えば、子供の頃のワタシの意志が希薄だったのは、ある種の自己防衛だったのかもしれない。
何もしなければ、きっとワタシは心を腐らせ、精神的な死を迎えて、感情もない息を吸うだけの人形になっていたことだろう。
子供の頃のワタシは、何事も興味が持てなかった。
黒いのが言う、『崇高』とは何か、『神秘』がどういう力なのか、『天上』に至るとは何なのか、知ろうとも思わなかった。
そうしてワタシに訪れた分岐点。今後の人生を決めるターニングポイント。
それは、ワタシが怪我をさせてしまった“あの娘”との模擬戦だった。
初めてだった。
身体に痛みが走り、腕には打撲の跡、足には内出血、呼吸も荒くなっていく。
こんな経験は初めてだった。他人と競うなんてしてこなかったワタシは初めて――――他人と戦う事によって自分が生きているという実感を持てるようになった。
それは嬉しい事で、希薄だった自分の意思は漸く、喜びと言う感情を獲得する事ができた。
そういう意味では、今のワタシがあるのは、戦いに意味を見出せるようになったのは、“あの娘”のおかげとも言えるのかも知れない。
同時に始まったワタシの転落人生。
加減を知らなかったワタシは“あの娘”に怪我をさせてしまい、周りの娘――――“あの娘”以外――――からは化物をみるような眼で見られるようになる。
そこで初めて、ワタシは全力を出してはいけない生き物なのだと学んだ。
ワタシは自身に枷を施す。
こんな事が出来るのも、ワタシの神秘のおかげらしく、初めて『万能』とやらに感謝することになった。
こうしてワタシから、『万能』の力は失われた。
元より必要がなかった余分な力。
ワタシには身に余るモノであり、不自由だけれど心躍る毎日が送れるのなら、何もかもが思い通りに出来る『万能』なんてモノは、ワタシには不要であった。
ワタシは自身の力を手放し、枷とした。
未来永劫、この封が解かれる事はないだろう。ワタシはそう、思っていた。
だが――――。
久しぶりに身体が軽い。
まるで羽毛のように軽く、軽く地面を蹴るだけで簡単に推進する。
逃げるワカモ、それを追うワタシ。
装備も底をついているのか、道端に落ちていたAK-47を拾い上げて、弾幕を張りながらワタシから距離を開ける。
逃げている、というわけでもない。
ワタシの間合いと、ワカモの間合いは同じではない。
通常のデザートイーグルよりも、ワタシの銃は銃身が長くカスタムされている。それでも“リク”と“アサ”の適正距離はワカモの銃と比べて短く、どうしても距離を詰めないと倒しきれない。
その事実は、ワカモも把握している。
だからこそ、弾幕を撒きながら、本命の愛銃でトドメを刺そうとしているのだろう。
対するワタシに出来る事といえば、最短距離で詰めることだけ。
弾幕を掻い潜る――――のでは遅い。本当の意味で、最短距離で。撃ち穿たれようとも前進するのみ。
「本当に、器用だよねっ、貴女っ!」
「そういう貴女は戦車かなにかですか? 少しは怯んで痛がってくれると、助かるのですがっ!」
もちろん、痛くないわけじゃない。
依然として、彼女の弾丸は、普通のモノと神秘が籠められているモノ。
視認できない程の速度で飛ぶ銃弾を、どれが通常の弾丸か、どれが神秘を籠められているか、判断するのは不可能に近い。
だからこそ、全ての攻撃に対応しなければならない。
しかしそれでは、ジリ貧になるのは明らかなので、最短距離でワカモとの距離を詰めるしかなかった。
未だに、爆発物の投擲はない。
既に、手元にないのか、それともワタシを油断させるために敢えて使わないのか。
どちらにしても、ワタシが取れる手段など限られている。
むしろ、余計に選択肢がなくてシンプルだ。
つまりは、この戦いは。ワタシが間合いを詰めてトドメを刺すか、ワカモがこの距離を維持しつつワタシが力尽きるのを待つか、そのどちらかしかない。
「駆け引きもあったものじゃ、ないですね……っ!」
それはワカモもわかっているのか、忌々しげに吐き捨てるように感想を漏らす。
それに答えるのは言葉ではない。
ワタシは左手に持つ“アサ”の銃口をワカモに向けて、引き金を引いて応じた。ハンドガンとは思えない轟音を出しながら、ワカモに向かって弾丸は推進するが、それが当たる事はなかった。
彼女は必死に、転がりながら避けて、また新しいマイクロUZIを拾い、銃口をワタシに向かって引き金を引く。
「悪いけど――――」
対してワタシは、怯む事もなく。
「――――それはもう視たよ」
「――――ッ!?」
ワカモは息を呑む。
右肩に弾丸が当たる――――痛い。
左脇腹にも当たる――――凄く痛い。
左太ももに当たる――――滅茶苦茶痛い。
それでも“リク”の照準はブレることもなく、ワカモへと向けられる。
自分でも嗤えてくる。これくらいの痛みでは、この程度の弾幕では、どうやらワタシは止められないようだ。
向けたまま、ワタシは引き金を引いた。
銃口から放たれる。衝撃が右手に伝わり、一寸の狂いもなくワカモへと推進していくのを認める。
そこで、何の抵抗もなく、放たれた弾丸はワカモの腹部へと着弾した――――。
「――――――――」
違和感を覚えた。
これまで、彼女には梃子摺ってきた。追い詰めたかと思ったら躱され、仕留めたと思ったら一手足りなくて逃れられる。それを何度も繰り返す。
彼女は強いのではなく、戦うのが上手かった。
絶対に負けない戦いをしている。
そんな彼女が、こんな簡単に、被弾などするだろうか。
だが現に、ワタシの放たれた弾は、狂いなくワカモの腹部へと着弾し、彼女は苦悶の声を上げて、地面に転がりうつ伏せに倒れている。
演技などではない。
ワタシの“リク”の威力は生半なモノではない。一発でも受けたものなら、常人は戦闘を継続する事など不可能だろう。
「終わり、かな?」
「っ……!」
ワタシの問いに応じるのは、苦しみを帯びた声とは呼べないモノ。
急速に熱が引いていくのを感じる。
もう少しだけ、長引くと思ったから。まだまだ闘争は続くと思ったから。愉しかった時間が終わるのは、あまりにも急な事で――――。
「かった、つもり、ですか……っ」
「そうだね。貴女が立てないのなら、ワタシの勝ちってことになるけど」
事実だけ述べて、倒れている彼女へと、無造作に歩を進める。
それを見てワカモは笑みを浮かべた――――ように覚えた。
「えぇ、負けました――――貴女が」
「な――――」
に、と呟く前に、ワカモの手にあるモノを見る。
倒れたまま、彼女は手に収まる大きさの何かを持ち、二回握り締めた。
カチカチ、と音を立てるそれを耳で聞き、目で見る。同時に背筋がゾクッ、と悪寒が走った。
備えようがない一撃は足元から。
恐らくこれが、彼女の虎の子であり、
起爆された爆薬は、衝撃となってワタシの身体を叩き、間髪いれずに熱風が覆う。
「っ、やって、くれる――――っ!」
意識が飛びそうになるも、何とか耐える。
まさか、こんなものまで用意しているとは思わなかった。
枷を外していなかったら、この一撃で、ワタシの意識は刈り取られていたことだろう。
「これで――――!」
勝利を確信した声。
ワタシの視界は砂塵と黒煙で覆われている。
本当に徹底している。彼女は驕る事無く、ワタシにトドメを刺そうとしているのだろう。弾丸では倒れないワタシを、確実に倒すために。ワカモは愛銃を両手に持ち、銃剣を突き刺すために突貫するに違いない。
でも残念なことに――――それは既にもう視ている。
キンッ、と金属同士がぶつかり合う音。
一陣の風が薙ぎ、視界が晴れた。ワカモの銃剣はワタシに突き刺さる事もなく――――。
「――――それはもう、ワタシには通じないよ」
ワカモの銃剣は、“リク”に阻まれ防がれていた。
「チッ……!」
彼女は忌々しげに、舌打ちをしながら後退する。
だがそれも、ワタシはもう視ている。
「詰みだよ、ワカモ」
今度は腹部ではなく、後退した先へと照準を合わせる。
つまりは、ワカモの顔面。装面されている狐の面へ。
ワカモは面の奥で、息を呑んでいた。対するワタシは必要最小限の返礼にて応じた。つまりは銃弾によって、引き金を引いて、容赦なく。愉しかった彼女との闘争の終わりを告げる――――。
「読んでいたのですか?」
「なにを?」
「今の攻防ですよ」
まだ意識があることに、正直驚いた。
仰向けに倒れ、狐の面は左側だけ割れており、そこからワカモの素顔が露出している。
立つ事も出来ないのか、彼女は倒れたまま。
「読んだ、ってわけでもないかな。ワタシが貴女ならそうすると思っただけ」
簡潔に事実だけをワタシは口にする。
「貴女は負けない戦いをしていた。隙を見せれば、そこを必ず突いてくる。それで仕留め切れなかったら、必ず離脱する」
「当たり前でしょう。深追いして何になるというのですか?」
「うん、間違ってないよ。何も間違っていない。だからこそ、その後は読みやすかった」
腑に落ちないと困惑するワカモに、ワタシは続けて言う。
「負けない戦いをしている貴女なら、絶対に引くと思った。一撃で倒せないと判断したら、一目散に離脱するって」
「……貴女なら、どうしていましたか」
「わかるでしょ」
笑みが零れる。
今更、何を聞いているのか、と思いながら。
「ワタシなら刺したら絶対に引かない。迷わず引き金を引いていた。相打ちになるかもしれないけど、関係ない。その後のことなんて、その後に考えれば良い」
「……本当にまともじゃないですね」
「お互い様でしょ」
先程の闘争が嘘のように、ワタシ達はお互い穏かな口調で会話していた。
ワカモは痛みでそれどころじゃないかもしれない。ワタシはアレです。完全燃焼というヤツです。今回の戦いに、大満足しているのです。
「それで、ワカモはどうする? 逃げるなら逃げていいけど」
「トドメを刺さないのですか?」
「言ったでしょ。ワタシは戦えればいいの。結果なんてどうでもいいんだよね」
でも、そうだね。
アリウスの皆を襲った理由とか、ケジメはつけてもらわないとならないか。
「アリウスの皆を襲ったケジメは……いいかな。ワタシがボコボコにして倒したし。みんな納得しないかもだけど、それはそれ。自分の撒いた種だし、素直に諦めて報復されてね?」
「……アリウスの王は厳しいですね」
「だから王様じゃないってば」
思わずため息が出る。
王様だというのなら、生徒会長をやってるアッちゃんだと何度も言っているのに、誰も聞いてくれない。悲しいです。
「それで、アリウスの皆を襲った理由だけど――――」
そこから続く事はなかった。
何かが投げ込まれて、ワタシはその場から飛ぶように大きく後退する。
それは倒れているワカモの傍へと。
爆薬といった類ではないではない。地に転がり、起爆と同時に煙幕が立ち込めていく――――スモークグレネードだ。
「……『教授』も用意周到なことです。私が敗北した後のことも、計算に入れていましたか」
ワタシはワカモが立ち上がる気配を認める。
追撃はしない。彼女が逃げようが、戦闘を続行しようが、彼女の自由なのだから。
だが、闘争の気配は、なかった。
「次です」
「ん?」
「次は必ず、必ず貴女を満足させます。覚悟して置いてくださいませ――――お友達」
「――――――――」
ワタシは頷いて、満面の笑みで。
「うん、うんっ。また絶対にやろうねっ!」
そうして煙が晴れて、ワカモはいなくなっていた。
少し寂しく、でも晴れ晴れとした気持ち。空を見上げて、背筋を伸ばす。
本当に、本当に。久しぶりに愉しい気持ちだった――――が。
「んー?」
何かを忘れている気がする。
辺りを見渡す。
――――へし折れた街灯。
「んん??」
――――凹凸の激しい道路。
「んんんんんん?????」
――――テロでも起きたかのような悲惨な店内。
「ん――――――――!?!?!?!?!?」
――――極めつけはここがミレニアム自治区内であるということ。
何もかもを、ワタシは思い出した。
「やばい」
ポツリと呟いて、心の中で何度も繰り返す。
ヤバイ、と何度も何度も何度も繰り返す。
「どどどど、どうしよう!? やりすぎた、やりすぎちゃったー!!!!」
どうしよう、マジでどうしよう!!
これは本当に不味い。リオ会長に怒られる!! 絶対零度の視線を向けられる!!
本当に本当に不味い。
「……いいや、ワンチャン、バレてない説、ない?」
もうその可能性にかけるしかない。
というか。
「うぐぅ、お腹痛い余ぉ、助けてムーちゃんー……。えっぐっ、バレたら絶対におこられる余ぅ、助けてアーちゃん……」
涙が出てくる。嗚咽が漏れる。
過去一番でやりすぎてしまった。
とりあえずワタシに出来る事は、バレてないことを祈りつつ、帰路に就くくらいだった――――。
Q.あの後、オウヒどうしたの?
A.シワシワオウヒになって泣きながら帰りました
Q.怪我はどうしたの?
A.自分で傷を縫って、ガムテープでグルグルに止めて、寝て起きたら5割治ってました。キヴォトス人凄い。
Q.リオ会長にはバレてる?
A.もちろん。鬼電着てたけど、明日の自分が何とかしてくれる精神で無視して寝ました。
good night。