~ソロモンちゃんねる~
ムツキ「さっき、電車で泣いている女の子いて」
オウヒ「うんうん」
ムツキ「泣いてたら立派なアウトローになれないわよ、ってお母さんが言うとね、女の子がキリッとなって泣き止んだの」
オウヒ「なにそれめっちゃ可愛い」
ムツキ「隣に座ってたアルちゃんもキリッとなってた」
オウヒ「なにそれ超見たかった」
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ワカモと別れて、ワタシは足早にアリウスに向かった。
道中、どうしようって色々考えたけど、どうにも良い案が浮かばなかった。
だって、しょうがない。
何せ覚えてないんだもの。
昔に会ったのかな。
となると、どの辺りにあったのだろうか。
アーちゃんやムーちゃんに会う前なら、完全にアウトだ。絶対に思い出せないと断言できる。
出会う前、感情が希薄だった頃のワタシは、何に対しても興味がなくて、人の顔を覚える事も出来なかった。
それこそ――――怪我をさせてしまった“あの娘”の名前すら覚えていない。うん、最低なのはわかっている。あの頃のワタシは本当にどうかしていた。今となっては、他人事のように感じるけど、それもワタシなのだと思うと何だか死にたくなってくる。俗に言うこれが、黒歴史というものなのかもしれない。
道すがら、必死に思い出そうとした。
でもやっぱり思い出せなかった。『万能の神秘』とやらを手放した影響なのか、それとも無理矢理自分の力に枷を施したのが原因なのか、記憶障害とはいかないものの昔の事はあまり思い出せそうにない。
となると、どうするか。
昔のワタシを知る人物――――聖園ミカさんはトリニティでも上の立場の生徒さんだと聞く。
無礼な発言をしたものなら、それこそアリウスとトリニティの戦争になってしまうかもしれない。
気が重いってレベルじゃない。
重さでワタシは負けそうになる。
こんな重い責任から逃げ出したくなる。全てを投げ出したくもなる。
所詮は他人だ。
ワタシが所属する学園でもないし、両校が険悪になったところで、ワタシの通うミレニアムには何の影響もない。
リオ会長のように合理的に考えるのなら、どうでもいいと切り捨ててもいいのだろう。
でもどうやらワタシにはそれが出来ないみたいで。
それは何故かと聞かれると――――。
そうして、ワタシがアリウスの生徒会室に辿り着いたころには、聖園さんの姿はなかった。
少し前までワタシを待っていたそうではあるが、聖園さんの携帯が鳴り始め、それを見た瞬間青褪めて、また来るという言葉を残して、慌てて出て行ったらしい。
「――――そうか」
仔細を聞いた、ワタシはホッと胸を撫で下ろした。
当面は何とか避けることが出来た。だがそれも一時凌ぎ。また来るということは、そういうことである。確実にワタシは聖園さんと出会ってしまう運命にあるようだ。
ともすれば、作戦会議だ。
議題の内容は、今後のトリニティの交流について。
一手でも悪手を打ったものなら、トリニティとの戦争になりかねないので慎重に。
生徒会室にはワタシ、アッちゃん。それにミサキの姿があった。
サオリとアズサとヒヨリは訓練に出てもらっている。他意はないよ、本当に。
政治の話では役に立たないとか、思ってないよ本当に。
「アツコよ、その聖園とやらは余のことを知っているのだな?」
「うん、そんな感じだったよ?」
「親しい感じだったか?」
「うーん……」
アッちゃんは思い出すように、聖園さんの様子をワタシに伝える。
「殿下の話をしているとき何だか楽しそうで……」
「うむ」
「殿下が来ると聞いた瞬間、凄く嬉しそうな顔になって……」
「ほう?」
「五分おきに手鏡で前髪とか服装が問題ないか確認して……」
「それから?」
「緊張しているようで、深呼吸していた――――あれ?」
「どうしたアツコ?」
アッちゃんから返答はない。
チラッ、とワタシを見て、いやでも、と逡巡してしまった。
アッちゃんは何かに気付いたみたいだけど、ワタシには見当も付かない。ヤキモキするから、出来れば何に気付いたのか聞かせて欲しい。
そこで、変な視線を向けられていることに、ワタシは気付いた。
その先を見ると、視線の主はミサキで、何やら不機嫌そうに、不貞腐れるような顔でワタシを見て。
「なんだ、ミサキ?」
「別に。殿下、いつの間にあんなお姫様と仲良くなったの?」
「お姫様とは、誰だ?」
「聖園ミカだよ。随分親しげだったよ?」
とはいってもね、全く覚えてないんだよね。
姿だけでも見たら思い出すかもしれないけど、現状名前だけだと厳しいのですよ。
「どうだかな。余は見当がつかぬ」
「……ふーん。ま、私は殿下が誰と仲良くなろうと良いけどね。別に本当にこれっぽちも気にしてないけどね」
「……で、あるか」
にしては、刺々しいと思うよミサキさんや。
ぷい、っとそっぽを向かれるのは流石に傷つくのですよ。絶対に怒っているよね。間違いなく怒っているよね。でも心当たりがないから困っちゃうよ。
そんなミサキを見て、アツコはクスクス笑みを浮かべて。
「大丈夫だよ、殿下。ミサキ怒ってないから?」
「そうか? しかし見てみよ。全く余と視線を合わせぬぞ?」
「大丈夫大丈夫。ね、ミサキ?」
「……うん、ごめん殿下。怒ってはいないから、気にしないで」
ならいいけど。
どうしたのか、と聞くのは野暮だろう。折角、アツコが助け舟を出してくれたんだ。ワタシだって空気は読めますとも。
「それで、アツコは何やら考え事をしていたようだが?」
「うん。でもとりあえず、保留で良い? 確信が持てなくて。そうだとしても、聖園さんに悪いと思うし」
「……よく解らんが、貴様がそういうのであれば是非もなし。これ以上の追求はしないことにしよう」
「ありがとう、殿下」
聖園さんに悪いって辺りが引っかかるけど、アッちゃんが話したくないというのなら、ワタシもこれ以上は聞かない。
さて、話を戻すとしよう。
今後のアリウスの方針についてだ。
他校のワタシが出しゃばるのはおかしいと思うけど、アッちゃんが相談したいと言ってくれたのだ。ワタシだって知恵がないなりに頑張って力になるよ。
前提として、ワタシには絶望的に情報が少ない。
まず、交換留学を提案してきた聖園さんはどれほどの立場の人なのか聞いてみた。
「それで、聖園ミカは何者だ? 権謀術数渦巻くトリニティの中で、他校に交換留学を持ち込めるほどの権力者なのか?」
「権力者も権力者だね」
ミサキが答えると、何とも解りやすいトリニティの組織図が書かれた書面をワタシに渡してくれた。
アッちゃんから連絡を貰い、ワタシがアリウスに到着するまでの僅かな時間で、ミサキが作成してくれたようだ。いや、仕事早くない? これが出来る女というやつなのかもしれない。
「トリニティには『パテル派』『フィリウス派』『サンクトゥス派』の三つの分派があって、聖園ミカは『パテル派』のリーダー」
わーお。
しっかり、権力者だ。
これは「忘れちゃったごめんね☆ わっぴ~☆」なんて言えない感じだ。言ったものなら火蓋が切られる。つまりは戦争のゴングが鳴り響いてしまう。
かといって、知った振りをしていたものなら、直ぐにバレるし。
素直に謝るか。忘れてごめんなさいって。でも、トリニティはプライド高いし。そのリーダーとなれば相当なものだろう。
……あれ、ワタシ詰んでない?
しかもパテル派かぁ。
あそことは良い思い出がない。
「……殿下どうしたの?」
顔に出ていたのか、アッちゃんはワタシの顔を見て問いを投げる。
「いいや、昔のことだがパテル派と少しな」
「何かあったの?」
「パテル派に属する連中にアーちゃ――――いや、余の友が侮辱されてな。身の程を教えてやったのだ」
そんなこんなで、ワタシはあまりパテル派の人達に良い思い出が無い。
小学生の頃で、物事の善悪の判断も出来ない年頃とはいえ、謂れのない罵倒をアーちゃんに向けたのは許せなかった。でも、軽口を叩いた代償は払ってもらったし、しっかりケジメはつけてもらったけど。
それは置いておくとして、パテル派のトップである聖園さんが交換留学を提案してきたと言う事は、実質的にパテル派がトリニティを運営しているということになるのかな?
「ミサキよ、パテル派以外の派閥はどうなっている。パテル派よりも立場は弱いのか?」
「そういうわけでもないっぽい。三派閥とも同じ発言力を持っているみたいだよ」
「ならば、今回の交換留学はトリニティの総意であると?」
ワタシの言葉に、アッちゃんは首を横に振って。
「調べてみた限り、違うと思う」
困ったような笑みを浮かべて、アッちゃんは口を開いた。
「ミサキが3つの分派があるって言ったでしょ?」
「あぁ」
「その分派のトップが生徒会長の役割をしていて、三人纏めてティーパーティーって呼ばれているの」
「トリニティらしいといえばらしい。しかし、よもやトップが三人いるとはな」
ワタシも、トリニティの情報は小学校から止まっている。
ドロドロしていて、建前と本音の差がエグく、派閥争いが絶えない学園って印象だったけど、そんなにややこしい学園だとは思ってもみなかった。
呆れた口調で思わず感想を漏らすワタシに、アッちゃんは同意するように頷いて続ける。
「ティーパーティーの中での最高意思決定者を『ホスト』って呼んでいて、それを順番に回して学園を運営しているみたいなの」
「理屈は合っている。一つの
そこまで言って、ワタシの言葉は続かなかった。
先ほど、ワタシは言った――――交換留学はトリニティの総意なのか、と。
でもそんなワタシにアッちゃんは違うと首を横に振った。
それはつまり。
「殿下の思っている通り、今のホストは聖園さんじゃないみたい」
「となれば、聖園は独断で来た、と?」
なにその行動力。
本当に何が目的なのかわからなくなった。
唖然としてなんていられない。少しでも、少しでも情報が欲しい……!
「アツコ、聖園ミカは何か言っていたか?」
「殿下以外のことで?」
「この際、余の事などどうでもいい。アリウスについてだ」
「アリウスと和解して、仲良くしたい、って言ってた……」
それは本心なのだろうか。
パテル派という派閥のトップであるのだから、聖園さんだって立場がある筈だ。確執があったアリウスと和解したいなんて、軽々しくトップが口にして良いものじゃない。政敵に何を言われるかわかったものじゃない。聖園さんも重々承知している筈。
ワタシだって皆仲良く出来れば良いと思っている。
闘争は良いけど、戦争になることは避けたい。
アッちゃんは恐る恐るといった口調でワタシに問う。
「殿下は、どう思う? 交換留学の件、トリニティが決めたことだと思う?」
「いいや。恐らくだが、聖園ミカの独断だろう。これがトリニティの総意であるというのなら、一つの派閥を預かる者が伝えに来る説明がつかん」
「それじゃ、交換留学がなくなるってことは?」
「それもないな。彼奴らは面子を何よりも重んじる。自身の吐いた唾を飲む真似はせぬ。その発言者が派閥のトップであるのならば尚更――――いいや、それが狙いか?」
もし、聖園さんの言葉が真実だと言うのなら、彼女は身を削る思いで、ここまで来たのかもしれない。
派閥のトップがアリウスと親睦を深めるために、交換留学を提案したということは、つまりトリニティがアリウスの存在を認めたと言う事だ。過去に弾圧し、いないものとして扱ったアリウスの存在を。
今更、撤回など出来ない。立場がある生徒が言ったのだから、それは覆りはしない。
トリニティでは立場が、自身を守る大きな盾にもなる。しかし同時に、自身を傷つける鋭い剣にもなってしまう。
今回の件が通り、アリウスとトリニティでお互いの生徒を交換し留学させた後でも、聖園さんの立場は弱くなる事だろう。独断で勝手に動き、トリニティを揺るがした存在として、他の二つの派閥から糾弾され、自身の派閥の中でも弱くなるに違いない。
それなのに単身で、絶対決定権を持っているホストでもないのに、ここまでやってきた行動力。
「まさか、本心、なの……?」
思わず、演技もなく、呆然と口にした。
だとすれば、何て面白い娘なのだろうか。
立場もある。現実もわかっている筈。トリニティで雁字搦めのような環境でも。自分が正しいと思い、行動できる存在に、ワタシは興味を持ってしまった。それはまるで、ワタシを守ろうとしてくれた――――アーちゃんのようじゃないか。
そこまで考えて、ワタシは深呼吸をする。
何もそうであるとは限らない。聖園さんはワタシの想像を遥かに超える娘かもしれない。
今は冷静に、俯瞰的な視点で、この状況を分析しなくては。
「……アツコ、貴様は交換留学をどう思う?」
「私は賛成。お互いを知る良い機会だと思う」
「ミサキは?」
「私は反対。ただでさえ、人員も少ないのに、トリニティに割けるほどの余裕はない」
でも、とミサキは悔しそうに。
「頷かないと、トリニティが何をしてくるかわからない。最悪、殿下が作ったアリウスが壊される事になる」
断ったが最後、最悪の展開になるかもしれない。
つまりはトリニティの宣戦布告。色々と難癖をつけて、戦争になるかもしれない。
でもその前に、ワタシは否定しなければならない言葉がある。
「ミサキ、間違っているぞ。余がアリウスを作ったのではない。貴様達がアリウスを作り直したのだ」
「でも殿下がアイツを――――マダムを倒してくれたから……」
「余はきっかけを貴様達にもたらしただけにすぎん。その後は貴様達がもたらした偉業である」
いいや、もしかしたら、そのきっかけすら不要だったのかもしれない。
ずっと考えていた。ワタシのやったことは、アリウスを混乱させただけで、ワタシが余計な真似をしなかった方がより良い未来があったかもしれない。
例えばワタシよりも頭の良い人だったら――――もっと上手く他校と外交を進めて、この辺りを発展させたかもしれない。
例えばワタシよりも器の大きい人だったら――――もっと上手く人を使って、アリウスを効率よく繁栄させる事が出来たかもしれない。
例えばワタシよりも大人の人が来ていたら――――武力なんて使わずに、平和的にアリウスを平定させていたかもしれない。
でもそこまでワタシは要領が良くないから、力だけが強かったから、それしか知らなかったし他の方法なんて知ろうともしなかった。
つまりは武力による平定。逆らう人を力で抑え込み、武で以て平定した。
そんなワタシを、皆は殿下なんて呼んでくれるけど、本来はそんな資格なんてない。
彼女達を虐げていた大人が気に入らない、なんて幼稚な理由で、ここまでやって来てしまったのだから。
でもそれでも――――。
「自身の為しえた偉業、真に誇るが良い。そして、約束しよう――――」
ワタシがやったことが余計な事だとしても、彼女達がやったことは本当に凄い事だ。
一つの学園の復興。力だけが取り得のワタシには、とても出来ない事を、彼女達はやっている。
彼女達は頑張った。
頑張ったのだから、相応の幸せがないと嘘だ。
ワタシが彼女達に関わるのは、そんな理由だ。
幸せになってくれないと厭だ、なんて子供のようなワガママな理由でしかない。
「――――余が居る限り、この地を好きになどさせぬ」
戦争など起こさせない。
彼女達が頑張って発展させたアリウスはワタシが絶対に守るよ。