こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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 ~ソロモンちゃんねる~

アズサ「殿下、心理テストをしよう」
オウヒ「構わんよ」
アズサ「殿下が風呂に入るときに一番最初にお湯をかける場所は?」
オウヒ「お風呂の椅子」
アズサ「……それは殿下が一番自信を持てる部位みたいだ」
オウヒ「お風呂の椅子……」
アズサ「風呂の椅子(ᓀ‸ᓂ)」
オウヒ「……お風呂の椅子」


 これから更新していきます。
 またよろしくお願い致します。


第10話 全力委員長

 

 

 

 ――彼女は不思議な人だった。

 

 

 キヴォトスでも類を見ない圧倒的な暴力で以て、内乱が絶えなかったといわれるアリウス分校を平定し、その後に何をするでもなく気ままにキヴォトスで日々を過ごすミレニアムサイエンススクールに在籍をする生徒。

 見ようによっては人は、彼女を暴君と認識するかもしれない。当たり前だ。己がもつ力を抑制する事もなく、惜しげもなく振舞うその様子は、何も知らない第三者から見たら暴君のそれでしかない。

 

 私も最初はそうだと思っていた。

 しかし、どういう意図であれ、アビドス自治区で起きたゲヘナの生徒達とカイザーコーポレーションのいざこざを、彼女は迅速に静めてくれたのも事実。

 

 彼女が本当に暴君だと言うのなら、そんな事はしない筈だ。

 ゲヘナとカイザーの小競り合いに便乗して、争いの火種を撒いて、いつでも爆発できるように場を整えて、各勢力を支配しようと考える筈。

 

 でも彼女は違った。

 つまらない事で争うなと言わんばかりに、他校の自治区だというのにも関わらず、そんなしがらみも関係ないと言うかのように、見ようによっては不遜なまでに争いを収めていた。

 

 ただの支配欲に駆られている生徒とは思えない。

 そんな自由に過ごす彼女を私は――――少し羨ましく思っていた。

 

 

 私も彼女のようになれたら、どれだけ愉しいのだろうと、考えた事がある。

 もちろん、今の状況に不満なんてない。風紀委員の仕事は面倒だけど、やり甲斐があるといえばやり甲斐があるし、もう少し寝たいけど私しかいないというのなら頑張れる。

 

 でも、ほんの少しだけ思ってしまう。

 

 彼女のように自由であれば、彼女のように堂々と居れることが出来れば、私はどんな人間になっていたのだろう、と。

 小鳥遊ホシノとは違う意味で、私は彼女のような人に、自分に自信を持ったカッコいい女の子に、私はなりたかったのかもしれない。

 

 

 私が彼女に近付いたのは、その程度の理由だった。

 憧れている人に近付きたいのは当然と言える。

 

 警戒心も多少はあった。

 私が対処しなければならなかった、ゲヘナの生徒達とカイザーコーポレーションのいざこざを静めてくれたお礼もあるけれど、どんな人か見極めるためでもあった。

 

 

 でもそれは建前。

 本心を言えば、何てことはない。

 憧れている人と話をしてみたい。その程度の理由で、私は彼女に近付いた。

 

 

 

 正直に言うと、少しだけ緊張をしていた。

 何せ、『アリウスの王』と呼ばれている彼女だ。

 私が思っている以上に、気難しく、逆らう者は許さないといった、冷酷で無慈悲な性格だったらどうしよう、と不安だった。

 でもその心配は、杞憂でしかなかった。

 

 ゲヘナの生徒が面倒をかけたことを謝罪すると、特に対価を求める事もせずに、あろうことか彼女は私を労ってくれた。

 私の睡眠時間を聞いて、自分のことでもないのに泣きそうになっていたし。

 私がアリウスの生徒に警戒されている事を知ると、いとも簡単に頭を下げて謝罪する。とてもじゃないけど、王と呼ばれている人とは思えなかった。

 世界征服発言には、少しだけ……いいや、かなり驚いたけれど、彼女の人となりを知るとすぐに冗談であると理解する。

 

 

 それから、私達は何度も遊びに出掛けた。

 とはいっても、殆どが私の予定に合わせてもらっているのが現状。彼女曰く「余は融通が利き、貴様は多忙である。余よりも貴様の予定に合わせるのが道理であろう」とのことだ。

 

 不遜な物言いなのに、常に私のことを気にかけてくれる。

 年下なのに、私の世話を焼いてくれて、私の面倒を見てくれる。

 

 本当に不思議な人。

 傲岸不遜な言動で、常に自信に満ちた眼と態度の癖に、言葉の内容は比較的であるが常識的なもの。

 反応も捻くれたものではなく、含みがあるような陰湿なものでもない。彼女を知ると攻撃的な口調の割に、素直である事がわかる。ククッ、と不敵な笑みが絶えないものの、表情もころころと変わって可愛らしい。

 超越者の振る舞いでありながら、時折その姿に庶民的にも見える。相反する姿であるが、それが彼女が王と慕われる所以――――つまりはカリスマ性なのだろう。

 

 

 私もその一人。

 どこからなのか、それとも最初からなのか。彼女に憧れて、仲良くなりたくて、なけなしの勇気を振り絞り、初めて会話したあのときからなのか。

 私は彼女に、惹かれていた。

 

 私をゲヘナの風紀委員会のトップと知りながらも、恐れずにありのままの空崎ヒナ(わたし)を見て接してくれた不思議な人。

 弱くて情けない姿も、彼女にはたくさん見せてきた。

 

 

 それは同時に、彼女にも言えることだ。

 彼女の願い、押さえつけていた欲求、我慢し続けてきた欲望、ある程度だけど私は理解している。

 

 だから別に驚きはしなかった。

 むしろ少しだけ嬉しい。やっと、彼女にとって私は、我儘を言える対象になれたのだと、少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 えぇ、構わないわ。

 それが貴女の望みだというのなら、私は全力で応えるだけだもの。

 

 だから戦いましょう、不思議な貴女――――天上院オウヒ。

 

 

 

 

 

 

 

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 戦いは私の有利に進んでいた。

 私は彼女を街灯から見下ろすように立ち、オウヒはそれを見上げて対峙していた。

 

 何においても、相手よりも目線が高いということはそれだけでも事を有利に進める事ができる。

 それはスポーツでもそうであり、戦闘においても同じことと言える。

 

 彼女もそれがわかっているようで。

 

 

「ッ!」

 

 

 彼女はアスファルトが陥没するくらい、思いっきり地面を踏み込んで、私に向かって推進する。

 その姿はまるでミサイルのようであり、獲物に喰らいつかんとする猟犬のようにも見えた。

 

 常人では目にも留まらぬ速さ。

 彼女の身体能力であれば、数秒と掛からずに私と距離を詰めることだろう。

 しかしそれは。

 

 

「甘い」

 

 

 私が何もしなかったらの話。

 

 街灯を蹴り上げて、私は上空へと逃れて距離を空ける。

 私の圧倒的なアドバンテージを誇る空へと戦域を広げる。

 

 翼を持っているといえど、私に飛翔能力は備わっていない。いくら懸命に羽ばたいたところで、鳥のように自由に空を飛ぶことは出来ない。

 私に出来るとすれば滑空程度。重力に逆らって、人よりも宙に浮いて、空中で方向転換する程度のことしか私には出来ない。

 

 でも、戦いにおいてはそれが、大きなアドバンテージに繋がる。

 人よりも空に長く滞在する事ができて、上から銃弾を雨霰と浴びせる事が出来る。それだけで、私は戦闘を有利に進める事が出来る。

 

 例外はない。

 例え相手が、天上院オウヒという規格外であってもだ。

 

 真っ直ぐに推進してくるオウヒは私に届く事はない。

 それよりも上へと私は逃れる。私はその場に留まりゆっくりと降りるのに対して、推進力を失ったオウヒはそのまま地面へと落ちていく。

 

 それを見届けて。

 

 

「まだ」

 

「――――ほう?」

 

 

 私は愛銃のデストロイヤーの銃口をオウヒに向けた。

 加減なんてしない。そんなもの、彼女は望んでいないから。それを証拠に、オウヒは口元に笑みを浮かべていた。愉しそうに、眼は嬉々と爛々と輝かせて、私を見ていた。

 

 

「――――え?」

 

 対する私は眼を見開く。信じられないモノを見た。

 普通、銃口を向けられた人間が取る行動なんて、二通りしかない。一つは少しでも弾に当たらないようにかわそうとするか、銃弾の衝撃に備えて防御姿勢に移るものだ。

 

 今のオウヒは――――二挺の銃口を私に向けていた。

 防ぐつもりもなく、身を守るなんて選択肢は彼女にはない。それよりも今の時間を、愉しまんとするかのような喜悦に満ちた声で。

 

 

「何を呆けている。さぁ、撃ち合うとしよう!」

 

「――――ッ!」

 

 

 オウヒはそう言うと引き金を引き、私も遅れて引き金に指をかける。

 

 隙を突かれたのを認める。意表も突かれた。意識外からの攻撃だった。

 でも依然として、有利なのは私。私は緩やかに落ちながら銃弾の雨を降らせて、オウヒは落ちながら二挺の拳銃で発砲しながら抵抗する。

 

 既にオウヒの銃の適正距離からは外れている。

 当たったとしても致命傷になんてならないし、彼女は落下しながら銃を放っている。照準だって定まっていないだろう。

 

 私は違う。

 上から落ち着いて、慌てることなく銃口をオウヒに向けて、デストロイヤーの適正距離を維持したまま攻撃できる。 

 

 私から放たれる弾丸は文字通り雨のように。

 絶え間なく降り注ぐ豪雨のように。

 容赦なくオウヒへと殺到していく。

 

 落下したオウヒは背中から地面に落ち、私の弾丸はアスファルトを砕き戦塵となって辺りを覆う。

 連続で響く銃声、そして地面が砕ける音。薬莢が地面に落ちる音が聞こえた。そして――――。

 

 

「ククッ、ハハッ……!」

 

 

 愉しそうに、本当に愉しそうに、堪えきれないと言わんばかりな声。

 

 私は街灯の上に降り立ち、戦塵が晴れるのを待つ。

 そこに立っているのは一人。それはオウヒでもあり、彼女とは言えど無傷というわけでもなく、当たり所が悪かったのか頭から血が流れている。

 

 思わず身体が固まってしまう。

 彼女の望みだからと戦う事を良しとしたけれど、いざ怪我をさせてしまった事実に、私の決意なんて簡単に揺らいでしまっていた。

 今すぐにやめよう、と提案しようと口を開くも。

 

 

「良い、本当に良いな、風紀委員の!」

 

 

 そういうと、彼女は乱暴に流れる血を袖で拭う。

 白を基調としたミレニアムの制服が紅く染まるも、オウヒは気にすることなく喜悦に満ちた声色で。

 

 

「ここまで圧倒されるとは思わなんだ! まこと見事だ! 流石ゲヘナを統べるだけはある!」

 

「……私は別にゲヘナの頂点というわけではないわ。ただの風紀委員」

 

「ただの、という割には大した武力よ。貴様がその気になれば、簡単にゲヘナ程度掌握出来るだろうに……いいや、言うまい。貴様にはその気がないのだったな?」

 

「えぇ。前も言ったけど、性に合わないから」

 

 

 それに、私程度の器ではゲヘナの生徒達の上に立てるとは思えない。私が指図したところで、素直に言う事を聞いてくれないだろう。

 オウヒと違い、私には人を惹き付ける魅力はない。だからこそ、性に合わない。私に出来ることといえば、治安維持に奔走し、我武者羅に場を収める程度のことしか出来ない。

 

 

「それよりも、大丈夫なの?」

 

「ん? ……あぁ、これか」

 

 

 頭から垂れてきた、真新しい血を拭って、オウヒは戦意を衰えさせることなく。

 

 

「なに、案ずるな。戦いとはこうでなくては。不利程度が丁度良い」

 

「……本当に愉しそうね、貴女」

 

「あぁ、余は愉しいぞ」

 

「それは何故? 防御もしない、避けようともしない。ただ痛いだけ。どうして貴女は笑っていられるの?」

 

 

 彼女は文字通り傷だらけだった。

 ミレニアムの制服姿ではあるが、弾痕が生々しくあり、身体中は痣だらけ。頭から血は出ているし、オウヒの攻撃の射程外から私が攻撃しているため、彼女が不利なのは変わりない。

 でもオウヒは笑っていた。逆境であるにもかかわらず。いいや、それすらも、愉しいと言わんばかりに笑みを零し。

 

 

「無論、愉しいからだ。強者と戦い、心を躍らせ、次の一手に備える。痛みを伴い、苦しみを味わい、それでもと覇を競い合う。それが闘争という行為である」

 

「相手を圧倒した方が楽しいとは思わないの?」

 

「そんなものは闘争ではない。ツマラナイ狩りだ。勝つか負けるかわからない戦いを、余は望んでいる。生きているという実感を与えてくれるからな」

 

「思っていたよりも、戦いが大好きなのね貴女」

 

「そうだな、自分でもどうかと思うほど。悪癖であり、この性分に厭になるがこの上なく。余には闘争(それ)が必要である」

 

 

 さて、とオウヒは言葉を区切り。

 

 

「このままでは埒が明かぬのも事実。余ばかり愉しんでいては申し訳ない」

 

「どうするつもり?」

 

「無論、明かぬ埒を明ける」

 

 

 そういうと、地面を何度か踏みつける。何度も何度も踏みつける。まるで感触を確かめるかのような仕草に見えた。

 

 何をしたいのかわからない。

 踏みつけて何をしようとしているのか。

 

 でも私は油断をしない。

 このまま高さの利を得て、オウヒを攻撃する。

 手を抜くなんて考えられない。だって、そんなことをしたら、失望されてしまう。彼女の望みは、勝つか負けるかわからないギリギリの勝負だ。手を抜いてもオウヒは喜ばない。

 

 

 だからこそ全力で。

 どんな手で来るのかは全く読めないけれど、私が用いるありとあらゆる手段で以て、オウヒを封殺する事を約束する。

 

 

地面の固さ――――大気の面――――もっと――――確固たる――――

 

 

 ぼそぼそ、と。

 彼女が何かを呟いている。

 私の耳に入ってこない程度の声量で、何をする気なのかはわからないけど、集中している事がわかる。

 それの証拠に。

 

 

「ッ!」

 

 

 乾いた音が連続して辺りに木霊する。

 それは私が引き金を引いて、デストロイヤーの銃口から銃弾が奔る音。薬莢が空中に放り出され地面へと落ち、金属とアスファルトが接触する音がする。

 

 私の視線はオウヒへ。

 観察するように、注視するように、見つめるように。

 やはり、彼女は避けようともしなかった。衝撃に備える防御態勢に移ることもなく、一身に無防備なまでに銃弾の雨に打たれるに甘んじている。

 

 無傷なわけがない。

 身体を穿つ弾丸。腕は内出血、足には鈍い痣が出来ている。頬からも血が流れている。

 

 それでも彼女は笑みを絶やさない。

 二挺の愛銃を構える事もなく、地面を何度か踏みつけて。

 

 

「空気――――いいや――――足場に――――単純に――――」

 

 

 そこでやっと、私の耳に、ハッキリと。

 オウヒの言葉が、聞こえた。

 

 

「――――大気の面を足場に、もっと自由に」

 

「――――ッ!?」

 

 

 ゾクッ、と。得体の知れない予感。

 肌が粟立ち、この場に止まってはいけないと訴える。そんな第六感が警報となり、私の中で鳴り響いた。

 

 だからこそ、大きく上空へと。

 一旦、仕切り直すためにも、オウヒが手出しが出来なかった空へと。つまりは逃げの一手。

 

 間違いではない。

 相手の出方を見るためにも、私の取った行動に間違いはなかった筈だ。

 しかし、そんな自己弁護を嘲笑うように。

 

 

「空は最早、貴様のモノではない」

 

 

 前へと踏み込めない臆病者に、勝利などないと言わんばかりに、オウヒは私に向かって推進する。

 

 それは焼き直しだ。

 先の展開の、そしてこれまでの展開の焼き直しでしかない。

 だというのに、私の中で警報は鳴り止まない。理性は取るに足らないと結論を出しているのに、本能がそれは間違っていると訴える。

 

 何かがある。

 無策に飛び込むほど、彼女は愚者ではない。

 

 二対の翼で空気を叩き、真横へと私は逃れる。

 距離を空ける。何を狙っているのかは知らないけど、一度彼女の出方を見る。

 

 

「空は――――」

 

「――――え?」

 

 

 信じられないモノを見た。

 

 オウヒはあろうことか、()()()()()、私の方へ方向転換をする。

 それはどういう原理なのか。でも確かに、オウヒは私の前で、やってみせた。大気を足場にして、その場で再び蹴り飛び、私の方へと推進する。

 

 私が滑空ならば、彼女は跳躍。

 最早、私に高さの利点なんてなくなった。空中戦においてはただ漂う私では相手にならず、オウヒもそれを理解しているからか頭から血を流しながら、口元を引き裂くような笑みを携えて告げる。

 

 

「――――空は既に余の領土。さぁ、どうする風紀委員の!」

 

「――――ッ!」

 

 

 その声に応じる事はない。

 街灯を蹴り――――頼りなく揺れる。

 ビルの外壁を伝い――――ガラスが罅割れる。

 再び空へとこの身を投げ出す――――オウヒを引き剥がす事が出来なかった。

 

 一定の距離を保ち、オウヒは私の上を取ることもなく、高さを平行のまま維持し跳躍を続ける。

 それもその筈。彼女にとって勝ち負けはどうでもいいのだから。戦いとは彼女の生き甲斐であり、愉しむ為の手段であり目的。高さの利点なんて度外視し、有利不利などと思考することすら無粋であると、彼女は断じる。

 

 

 私は両手を広げ、二対の羽も大きく展開する。

 ガクッ、急速な緊急停止。あまりの衝撃に、身体中の肉が悲鳴を上げて、骨格が軋みをあげる。

 その状態のまま、私は反転をして、オウヒへと銃口を向ける。

 

 予期もしない奇襲だった筈。音速に届くかもしれない速度。それを緊急停止をした。身体に掛かる負荷は相当なもので、下手したら内臓が傷ついていたかもしれない上、再起不能になっていたかもしれない。自殺行為にも等しい手だった。

 でもオウヒは。

 

 

「ククッ、ハハハハッ! そうか、そうキテくれるか、風紀委員の!」

 

 

 眼を見開くこともなく、私の決死の一手を見て、破顔一笑で以て応じてくれた。

 対する私も口元が緩んでしまった。痛いし苦しい、笑っていられないくらい身体中が悲鳴を上げているのに、どういうわけか笑みが零れてしまった。それはきっと――――。

 

 

「ふふっ」

 

 

 オウヒが私を見て、笑ってくれたのが嬉しかったから、なんだと感じる。

 

 容赦なく引き金を引く指が緩まないのだって、きっとオウヒはそれを望んでいると思うから。

 だけど――――。

 

 

「――――まだだ!」

 

 

 オウヒは大気の面を蹴り、逆立ちするように私の頭上へ。そしてそのまま、三度宙を蹴り私へと推進する。

 

 私に抗う術はない。

 私達の身体は空中で衝突し、その勢いのまま地面へと落下していく。

 

 ただ落ちるだけではない。

 オウヒは黒金の銃口を私に向け、私はそれをデストロイヤーで弾いて銃口を向け返す。笑みを浮かべたまま咄嗟にオウヒは白金の銃で逸らし事なきを得る。

 

 地面に衝突するかもしれない、という危機感はなかった。

 オウヒも私も、既にお互いしか見えていない。私の眼には黄金、彼女の眼には純白。それ以外の情報なんて必要なく、不要であり無粋であった。彼女の眼には私しか映っていなくて、私の意識は彼女しか向いていない。

 

 

 落ちていく、あまりの衝撃に意識が飛ぶ、でも関係ない。

 私達は銃口を向け合い、そしてそのまま―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――止めだ」

 

「え?」

 

 

 思わず、私は間の抜けた声を上げた。

 対してオウヒは、先ほどまで浮かべていた愉悦に満ちた笑顔はない。あるのは渋い表情。眉間に皺を寄せて、何かを後悔しているような表情を彼女は浮かべていた。

 

 そんな暗い表情のまま。

 

 

「風紀委員の、すまぬ――――いいや、ごめんなさい」

 

 

 私に頭を下げた。

 思いもしなかった行動に、警戒心は解かれ、向けていた銃口も下ろしてしまった。

 

 今の私は目を丸くしていることだろう。

 でも仕方ない事だと思う。だって、先まで喜悦で本当に愉しそうに力を振るっていた人物と、今の頭を下げている人物が同一人物とは思えなかったから。

 

 あまりの変わりよう。

 真逆と言ってもいい変化に戸惑っていた。

 

 私に出来るとしたら、どういうつもりなのか聞き返すくらいしか出来ない。

 

 

「どうしたの?」

 

「余は根本的な思い違いをしていた」

 

「どういうこと?」

 

「貴様も余と同じく、闘争を是としている人間だと思っていた。己の力を振るうことに、なんの躊躇もない者であると思っていた」

 

 

 しかし、と彼女は言葉を区切り。

 

 

「貴様は余とは違うようだ。余のように、己のために戦う者ではない。余のような自分勝手な人種とは違う。きっと貴様は、見ず知らずの誰かのために戦える者なのだろうな」

 

「それは買い被りが過ぎる。私はそんな立派な人間じゃない」

 

「そうとも言えぬだろうさ。現に、貴様はこうして余の我儘に付き合ってくれている。故に断言が出来るのだ。貴様は自分を殺し、相手を優先に出来る人間であると」

 

 

 それだけ言うと、オウヒが私を見る視線に変化があった。

 申し訳なさそうにしていたモノとは違う。紅色の双眸を細めて、何か眩しい物を見るかのように。

 

 

「恐らくであるが、例のシャーレの先生とやらも、貴様と同じ人種なのだろう。戦う術を持たぬ分際で、武器を持った者の前に立つとは。度し難い愚者か、それとも――――」

 

「……それとも、なに?」

 

「いいや、簡単に言の葉を紡いでは興が削がれるというもの。シャーレのを判断するのは、今後の愉しみとするとしよう。他人のために命を張れる者であるか否か、まこと興が尽きぬわな」

 

 

 ククッ、と楽しそうに笑みを零すオウヒに違和感を覚える。

 まるで他人事のようだ。自分は違うと言わんばかりの姿に、疑問を持った私は思わず問いを投げる。

 

 

「貴女は違うの?」

 

「違うさ。この通り、機会と場さえ整えば、貴様の意思など関係なく戦いに走る女だぞ。余は貴様達とは根本的な部分が違うのだろう」

 

 

 独白にも似た声色で、遠い眼をしてオウヒは言った。

 それがどこか寂しそうで、自虐的にも見える表情のまま、彼女は自嘲するように嗤って。

 

 

「余は貴様達のような精神性を持つ者達が羨ましい。見ず知らずの、自分と関わりのない他人のために頑張れる。それは絶対に、誰が何と言おうと絶対に――――素晴らしく尊いモノなのだから」

 

 

 思わず声をかけようとしたけど、直ぐに彼女の様子がいつもの調子に戻ってしまった。

 不敵な笑みを浮かべて、挑戦的に自分に呆れるような調子で。

 

 

「見境がないとはこのことだ、我が事ながら何とも度し難い。余だけが愉しんで何とするのか。闘争とは舞踏のようなもの。双方の意気を合わせねば意味がない」

 

「……私は楽しかったけど」

 

「気を使ってくれるな。その割に、戦闘中の貴様は全く愉しそうではなく、()()()こともなかったではないか」

 

「そういう貴女だって、本気じゃなかった」

 

「当たり前だ。余だけが愉しんでは意味がない」

 

 

 彼女の言うとおり、私は戦闘という行為に対して、愉楽を抱いた事はなかった。

 私にとって戦闘とは、最終手段のようなものでしかない。取り締まる相手が言っても聞かない者の場合の手段でしかなかった。彼女のように、愉しさを見出す事はない。酷く面倒で、煩わしい行為でしかない。

 

 対して、彼女にとって、戦闘は生き甲斐そのものなのだろう。

 それを証拠に、オウヒは戦っている最中、本当に愉しそうだった。見たことのない顔で笑い、銃弾が当たろうとも嬉々として避けようともせずに、真正面から私だけを見ていた。

 

 正直に言うと、それが私にとって嬉しかった。

 もしかしたら私は酔いしれていたのかもしれない。この時だけ、この一時だけ、私だけを見てくれているような感覚に、酔いしれていたのもしれない。

 

 

「故に、余は貴様に謝罪せねばならない。……ごめんなさい、余の我儘につき合わせてしまった」

 

「いいえ、別にいいわ。私も楽しかったから」

 

「……気を使わなくてもいいよ、本当に」

 

「ううん、本当に。私は違う意味で、楽しかったから」

 

「そうか……?」

 

 

 どこか腑に落ちない様子で、可愛らしく首を傾げるオウヒを見て、私は笑みを零してしまう。

 先ほどまで、狂気的な笑みを浮かべていた人と同一人物とは思えなくて可笑しかった。

 

 もしかしたら、これがギャップというやつなのかもしれない。

 

 

「余が言えた義理ではないが、貴様はもう少し我を通した方が良いと思うぞ」

 

「そうしているつもりだけど」

 

「どこがだ」

 

 

 オウヒは苦笑を浮かべて。

 

 

「睡眠時間を削ってまで労働に追われるなど、狂気の沙汰ではないか?」

 

「それが普通じゃないの?」

 

「普通なものかよ。平均三時間睡眠ってなに? レッドウィンターの工務部の皆さんの耳に入ったら大変な事になるぞ?」

 

 

 そうはいっても、私にはそれが普通だった。

 私が頑張れば早く済むし、私が動いた方が問題児達の対処も簡単だったから。面倒臭い、非常に面倒臭いけど、それが私の仕事だから。

 なので、オウヒが言わんとしていることはわかるけど、いまいち実感が湧かない。

 

 そんな私の様子を察したのか、彼女は呆れた調子で溜息を吐いて。

 

 

「これも練習、というやつだ」

 

「練習って?」

 

「無論、他人へ甘える練習である。モノは試しだ、余に何かしてほしいことはないのか?」

 

「して、ほしいこと……」

 

「此度の迷惑も兼ねて、というわけではないがな。改めて場を設けて、貴様には詫びるつもりではある。今回はあくまで練習、余の出来る範囲で叶えてみせよう」

 

 

 そんなの、たくさん、ある。

 褒めてほしい、たくさん褒めてほしい。あと撫でてほしい、たくさん撫でてほしい。一緒にお昼寝もしたいし、もっとたくさん遊びたい。

 

 そんな欲求が浮かんでは消えて、また新しい欲求が浮かんでは消えていく。

 つまりは、決められない。してほしいことがありすぎて決められない。

 

 ――――いいや、あった。

 一番して欲しい事。オウヒにしか出来ない事があった。ずっと思っていたことが私の中にはあった。

 

 

……名前

 

「ん?」

 

 

 よく聞こえなかったのか、彼女は聞き返す。

 

 思わず折れそうになる。

 なんでもないと、いいかける。だけど、グッ、と堪える。だってここしかないから。ここで勇気を出さないと、私とオウヒは一生進展しないと思うから。

 

 だから少しだけ頑張って、ううん、これでもかってくらい頑張って、なけなしの意気地を振り絞って。

 

 

「――――今度から、名前で、呼んでほしい……」

 

 

 そうだ。

 陸八幡アルを『アーちゃん』と呼び、浅黄ムツキを『ムーちゃん』と呼ぶ。

 そして、ミレニアムの生徒会長をリオと呼び捨てで呼び、アリウスの娘達も呼び捨てで呼んでいた。

 そして私を呼ぶときはどういうわけか、風紀委員の、と呼ぶ。

 

 この差はいったい何なのか、ずっと考えていた。

 

 私の方がたくさん遊んでいる筈だ。

 私の方が出掛けた回数は多い筈だ。

 何だったら私だけが、オウヒの闘争(わがまま)に付き合った筈だ。

 

 なのにどうして、私だけが名前で呼ばれないのか。そんなの不公平だし、距離感を感じて本当に嫌だ。

 私だって、名前で呼ばれてみたい。

 

 意を決して、私にしては勇気を出した希望。

 でもオウヒにとってはそうでもないようで。

 

 

「えっ、そんなのでいいの?」

 

 

 眼を丸くして、彼女はそんなことを聞いて来た。 

 それが何だかイラッ、ときて。

 

 

「……嫌なら、いい」

 

 

 私はそっぽを向いてしまった。何て子供のようなのだろう、と自分でも思う。今の私の振舞いは理性的とは程遠いものだ。子供が起こす癇癪でしかないのだろう。

 

 

「厭ではないとも。面を食らっただけだ」

 

「……なら、呼んで」

 

「――――ヒナ」

 

 

 

 呼ばれて反射的に、私はオウヒの方へと顔を向けた。

 

 彼女は照れている様子もなく、ぶっきらぼうに呟くわけでもなく、何か大事なものを抱えるように――――微笑を私に浮かべていた。

 先ほどまでの戦闘で魅せてくれていた笑みではない。本当に綺麗で、優しげにオウヒは笑みを私に向けてくれていた。

 

 心臓が高鳴り、体温が高まり、頬が紅潮していくのを自覚する。

 彼女にとって、名前を呼ぶなんて行為はそんなに大きなモノではない筈だ。ただ名前を呼んで欲しいと言われたから、呼んだだけに過ぎない。わかっている、そんなことわかっている。

 

 でも――――。

 

 

「――――うんっ!」

 

 

 満面の笑みで私は応じてしまった。

 だってしょうがない。嬉しかったからしょうがない。誰でもわかるくらい私は舞い上がってしまっていた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>>空中跳躍
 オウヒの新しいスキル。
 空中での機動力を手に入れた。
 大気の面を捉えることが出来れば誰でも出来るとは本人の言葉。真希さんみたいなことしてるなお前?

>>ヒナの心境
 外面を見たら面が良い女で、常に自信満々で心が強いみたいな言動をするオウヒ。
 そんなのが見せる常識的な一面、可愛いもの好き、甘いもの好き、表情もころころ変わる。おばけが苦手で、虫が悲鳴をあげるほど嫌い。所謂、ギャップ萌え。結果としてヒナ委員長の脳は焼かれる事になる。

>>「良い、本当に良いな、風紀委員の!」
 本当に愉しそうだなお前。

>>それでも彼女は笑みを絶やさない。
 ※なお、傷だらけのもよう。愉しくて愉しくて仕方ない。ちゃんと痛い。

>>「――――うんっ!」
 満面の笑み。





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