こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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第20話 ビナー ~自分を大事しない君へ~ 

 

 正体不明の巨大な白い怪物の出現に、一団を展開していたトリニティとアリウスは撤退。ゲヘナの風紀委員会の数名はアビドス高等学校の面々とシャーレの先生と合流し、アビドス砂漠から離脱を開始していた。

 

 

 

 そんな中、彼女達の存在は異様であった。

 トリニティやアリウスのように軍団を展開しているわけでもなく、風紀委員会のような学園の組織に属していることもない。

 アビドス廃校対策委員会のような少数精鋭。カイザーコーポレーションのような大企業ではないものの、ゲヘナの学生ながら企業を立ち上げる無法者集団。

 

 それこそが彼女達――――便利屋68であった。

 

 

 彼女達は、その場から離脱する素振りを見せない。

 今も尚、戦場となっているカイザーPMC基地を静観していた。

 

 その様子は、いつも騒々しい彼女達らしくない。

 極めて冷静に、戦局を見極めようとする姿がそこにあった。

 

 

「あの……」

 

 

 おずおず、と。

 自信がない調子で、ハルカが手を上げて。

 

 

 

「わ、私が天上院さんのお手伝いをしに行ってもよろしいでしょうか……?」

 

 

 その提案にカヨコは内心、難色を示した。

 

 

 便利屋68の中で、直接的な戦闘という意味では、ハルカが一番秀でているのは確か。

 でも、それでも、件の白い怪物の相手をするには、力不足であることが否めない。戦力的に考えても、アレは最低でも二桁の人数で相手をしなければ太刀打ちできない怪物であると、カヨコは分析する。

 

 しかし現状は違った。

 現在は三人の生徒が相対しており、何とか拮抗を保っている。

 三人の生徒。それが、小鳥遊ホシノであり、空崎ヒナであり、天上院オウヒであった。

 

 少数であり、圧倒的に不利でありながら、蹂躙されないのは、三人の実力がキヴォトスでも突出した武力の持ち主達であるからだろう。

 

 ここでハルカが参戦したところで、戦況が有利に運ぶことはない。むしろ、実力が数段劣る者が加わってしまった事で、保たれていた拮抗が崩れ、三人とハルカは蹂躙される。

 

 

 だからこそ、カヨコはハルカの提案に難色を示す。

 彼女達ほどの実力者ではないと、あの場では足を引っ張ることになる故に。

 

 

「……ハルカ、それは――――」

 

「――――駄目よ、ハルカ」

 

 

 言い淀みながら口を開くカヨコよりも先に、戦場となっているカイザーPMC基地を静観していたアルが口を開く。

 

 

 思わずカヨコは眼を見開いた。

 普段の彼女であれば、もっと取り乱すと思っていた。だが、アルは恐ろしく冷静だった。

 自身の幼馴染が戦っている戦場から眼を逸らす事なく、ただひたすらに真っ直ぐに見つめて、静かな口調のまま。

 

 

「今、私達が行っても、オウヒの邪魔になるわ」

 

「そ、それではどうすれば……」

 

「動くのは今じゃない、必ず私達が必要になるときがくる。だから、いつでも動ける準備をしておきなさい」

 

 

 アルは自身の得物たる愛銃を握り締め、ハルカに言い聞かせた。

 

 

 その姿に、カヨコはやはり違和感を覚えた。

 まるでその口調は、自分にも言い聞かせるようでもあったから。

 飛び出し、直ぐにでも駆け付けたい衝動を抑え込み我慢しているかのような、感情を理性で制しているかのような、そんな声色であった。

 

 カヨコからアルの表情は見えない。

 カヨコの視界には、華奢とも呼べる背中が映った。

 

 しかし、冷静ではない事は直ぐに理解した。

 落ち着きがなく、肩が震えていた。銃を持っている右手が力いっぱい握られている。

 

  

 冷静でいられる筈がない。

 突如現れた、目的もわからない巨大な怪物に、幼馴染が相対しているのだ。

 平静を装っているのも演技。冷静であるわけがない。直ぐにでもオウヒの元へ駆けつけて、助けたい気持ちを必死に抑えこんでいた。

 

 

「社長……」

 

 

 大丈夫か、とカヨコは声をかけようと口を開く。

 そんな彼女の肩が、ぽん、と優しく叩かれ、カヨコはそちらに顔を向けた。

 

 叩いたのはムツキだった。

 いつもの悪戯を成功させたときに浮かべる蠱惑的な笑みではなく、人を安心させるような笑みをアルに向けて、安心させるような声色で。

 

 

「大丈夫だよ、アルちゃん。心配する事なんて何一つないもん。だって、私達のヒーちゃんは最強なんだから」

 

「……えぇ、そうね。オウヒなら、大丈夫よね」

 

 

 ムツキの表情は確信に満ちていた。

 何が起きても、オウヒであれば大丈夫。迷うことなくムツキはそう断言する。

 

 アルもそんなムツキの言葉に安心したのか、落ち着きを取り戻しつつあった。

 視線は依然として、戦場となっているカイザーPMCの基地へ。だが、震えていた肩は治まり、銃を力いっぱい握っていた手も緩めている。

 

 その姿に満足したムツキは、くふふ、と笑みを浮かべてアルの隣に立ち。

 

 

「気持ちはわかるけどねー。覚えてる? ヒーちゃん、頭から血を流してたのに、それに気付かないでさー」

 

「あの子って、本当に自分のことに頓着しないわよね。……今思い出しても、恐ろしいわ。結構な出血だったわよねアレ」

 

「滝のように流れてたよね。あの時のアルちゃん、慌てて面白かったなぁ。ゲヘナの救急医学部を呼ぶはずが、間違えてヴァルキューレ呼んじゃって」

 

「む、ムツキだって大泣きしてたじゃない! ヒーちゃんが死んじゃった、とか言って!」

 

 

 そうだっけー、と笑うムツキに。

 そうよ、とムキになって反論するアル。

 

 いつも通りの便利屋68の光景。

 カヨコは口元に薄く笑みを浮かべて、ハルカも肩の力が抜けていく。

 

 この場で、出来る事はない。

 かといって、戦場となっている現場に駆けつけても力不足であり、かえって邪魔になる。

 

 ただ、彼女達に出来る事は、アルが言うように待つことだ。

 自分達が出来る事が起きたら、全力で応じられるように。来るかどうか分からないその時に備えて待つこと。それが今出来る、彼女達の戦いなのだから。

 

 

「あれ、ムツキ室長……」

 

「どうしたの、ハルカちゃん?」

 

「す、すみません。いつもお持ちのカバンはどちらに……?」

 

 

 そういえば、と。

 カヨコはムツキがいつも持っていた鞄がないことを、ここで気付いた。

 

 落としたわけではないようだ。

 ムツキは、くふふ、と笑みを浮かべて。

 

 

「ヒーちゃんの助けになればいいなー、って思って置いて来ちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――――先ず、駆け出したのは天上院オウヒだった。

 

 居ても立ってもいられない、といった調子で。

 彼女達が肩を並べて立っていたのも数秒。ククッ、と獰猛なる笑みを貼り付けてオウヒは白い怪物――――ビナーへと殺到する。

 

 その様子を見て、思わず制止の声をかけようとするのは小鳥遊ホシノ。

 やはりこうなったか、とため息を吐いて愛銃を構えるのは空崎ヒナ。

 

 二者二様。

 反応が違えど、やはりキヴォトスでも実力者の二名。

 想定外のイレギュラーにも、直ぐに反応し、的確な判断で以て、応じてみせた。

 

 

 

 

 一人、自身に駆ける人影を、ビナーは認めた。

 取るに足らない、と彼は思うことだろう。正しくその通り、大きさとは強みであり、比類なき武器であり、生物として優劣を決める物差しでもある。

 

 その点だけで言えば、ビナーはこの中で誰よりも強者であった。

 たった三人。数で攻めるわけでもなく、何を血迷ったのか三人だけで、相対しようとしている事実。この時点では、ビナーも彼女達を敵だと認識していなかった。

 

 立ち塞がる三人は、ただの障害物。

 キヴォトスの外から来た“先生”なる存在に接触しようとした際に、自身の邪魔をしてきた障害物。ビナーにとって、その程度の認識しかなかった。

 

 障害物だというのなら、踏み越えねばなるまい。

 邪魔をするというのなら、排除しなければなるまい。

 ビナーは邪魔者を払うように、鬱陶しい虫を薙ぐように、自身の尾を動かし、一人推進してくる生徒へ向かって振り下ろす。

 

 とはいえ、その速度は驚異的なもので、その威力は必殺と言っても過言ではない。

 常人では避ける事も、防ぐ事も出来ない質量の暴力に、推進する者オウヒは――――嗤っていた。

 

 

 違和感。

 ビナーは得体の知れないナニかを、オウヒから感じていた。

 どうしてこの状況で、判断を間違えれば致命傷、最悪死ぬかもしれない状況下で、嗤っているのか。

 

 ビナーは理解できないまま、尾を振り下ろすも。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 邪魔が入った。

 ビナーの頭部を狙って、弾丸が連続で殺到する。

 

 それはヒナによるもの。

 連射性、そして威力共に申し分ないヒナの愛銃『デストロイヤー』といえど、ビナーの装甲を貫通するほどの傷は与えられなかった。

 

 その事実に、ヒナは小さく舌打ちをする。

 彼女もわかっていた。装甲を貫き、内部にまで弾丸を届かせるには、距離が遠すぎた。

 それでも攻撃したのは、ビナーの注意を、ヒナに向けさせて、オウヒに向けられた攻め手を緩める事が、彼女の狙いでもあった。

 

 現に、オウヒ目掛けて振り下ろされた尾は彼女を踏み潰すことかなわず、オウヒの推進は続く。

 

 いいや、オウヒだけではない。

 その後ろには、小鳥遊ホシノの姿もある。

 ホシノもまた、オウヒのあとに続くように、砂漠の上を走り抜けていた。

 

 

 ビナーの意識をヒナに向ける。

 そこまではヒナの狙い通り。問題はその後。今度はヒナがビナーの攻撃対象となってしまっていた。

 

 

「うへ~、不味いねこれは」

 

 

 口調は気の抜けた声。

 されど、眼は笑っておらず、表情も真剣なそれだった。

 

 このままで、次の標的はヒナであり、ビナーの質量による圧倒的な暴力の前では、空崎ヒナといえど無事ではすまない、とホシノは判断を下した。

 

 ならば、次の一手はどうするか。

 そう思考を走らせ、決断するまで、彼女は迅速だった。

 

 

「天上院ちゃん」

 

「なんだ?」

 

 

 視線をヒナに向けたまま、オウヒは答える。

 このままでは不味い、と感じているのは彼女も同じなのだろう。

 

 

「ちょっと、手――――は塞がってるね」

 

 

 オウヒの両手に持つ大型の拳銃を見て。

 

 

「足を貸してくれない?」

 

「貴様、何を……あぁ、いや。そういうことか」

 

 

 一瞬怪訝そうな顔で応じると、直ぐにホシノが何を言わんとしているのか理解したオウヒは片足を上げる。

 

 

 阿吽の呼吸、というわけではない。

 オウヒもホシノも、お互いが何を考えているか察する事が出来るほど、絆を育んでいるわけではないのだから。

 

 オウヒがホシノが何がしたいのか理解したのは、単純に戦闘の経験則から来るもの。これまでの戦闘経験による、戦場の流れを読み、ホシノが何をしようとし、何を求めているのか、オウヒは経験によって理解する。

 

 ホシノは軽く跳び、オウヒの片足に乗り。

 

 

「――――舌を噛むなよ!」

 

 

 躊躇なく、ホシノを乗せた足を――――蹴り薙いだ。

 

 着弾点はビナー。

 桃色の軌跡を描き、ホシノは真っ直ぐに推進する。どれほどの膂力を籠めて蹴ったのか、その速度はまるでミサイル。

 

 常人であれば、空気抵抗もあって眼なんて開けられない筈であるのだが、小鳥遊ホシノは常人ではない。彼女は涼しい顔で、ビナーを見据えている。

 

 着弾するまで数秒と掛からない。

 ホシノは殺人的速度を維持したまま、空中で重心移動をし、右足を突き出して、ビナーの左側の側頭部を蹴り穿つ。

 

 

『――――――!?』

 

 

 ビナーは混乱している事だろう。

 苦悶による叫び声とはまた違う、困惑するようなうめき声らしき音を、ビナーは発声した。

 

 巨大な体躯はグラつき、倒れず踏み止まったのは、ビナーのプライドによるものか。

 自分が何をされたのか理解出来ないまま、ビナーはホシノを見てやっと自分が()()されたのだと把握する。

 

 

 なにが、どうやって?

 自分よりも小さな体躯が、どうやって自分の装甲を歪ませて、転倒させかねないほどの衝撃を与えたと言うのか。

 

 

「ボーっとしていていいの?」

 

 

 気の抜けた声で。

 ビナーが理解出来ない事を成し遂げた主が口を開く。

 

 手に持つのはショットガン。

 カイザーPMCの装備を拾ったポンプアクション式ショットガンの持ち手部分を、後ろにスライドし空の弾を排莢しながら、ホシノはビナーに銃口を向けて。

 

 

「倒しちゃうけど?」

 

『――――――――!』

 

 

 ぞくり、と。

 ビナーは自分に備わってない機能の不具合を感じた。

 故障などではない。自分では説明できない不具合。身が竦む感覚がビナーを襲う。

 

 そして、衝動的に。

 ここで銃口を向けているホシノを排除しなければならないという脅迫観念に駆られる。

 

 ビナーの行動は早かった。

 標的であるヒナではなく、ホシノへと対象を変えて、彼女を噛み砕こうと大きな口を開ける。

 

 身が竦む感覚は止まらない。常にビナーの中で警報が鳴り響いている。一刻も早く、ホシノを排除しなければならないと、己の事なのにビナーには説明できない何かが、ビナー自身を襲っていた。

 

 

 ビナーにわからないのも無理はない。

 今まで、そんなモノを感じなかった。圧倒的質量を伴い、蹂躙していた者が、そんなモノを学習する機会なんてなかったのだから。

 

 しかし、ビナーは出会ってしまった。

 己に対抗できる存在を。小さな体躯でありながら、巨大なる自身が無視できない程の戦力を有している存在を。ビナーは認めてしまった。

 ビナーに巡るのは、不安であり、不信であり、焦燥であり――――恐怖であった。

 

 

 故に、ビナーは排除しようとする。

 ビナーには説明できないモノを生み出した存在を、最優先事項に定めて、この場からビナーは排除しようと躍起になる。

 

 

 

 対するホシノの様子に焦りはなかった。

 あくまで涼しい顔で、ビナーを見据えて、銃口を向け続けている。

 

 彼女が身を投げ出している空中に足場などない。ビナーの必死な抵抗の前では、為す術なく蹂躙される事だろう。如何に彼女が強く、キヴォトスにおいても最強の一角と評される程の戦力であろうと、質量というどうしようもない法則の前では限界はある。

 それは一番、ホシノが分かっている。それでもなお、彼女の顔に絶望の色はない。

 

 

 ビナーはそれに、ひたすら困惑していた。

 ホシノが何を考えているのか、自分で考えるという機能を持つAIたるビナーには分からない。

 

 ビナーにとって、不幸なのは自身に対抗しうる力を持つ小鳥遊ホシノと相対してしまったこと。

 そして――――。

 

 

「余達を無視とは、随分とたわけた珍獣よな?」

 

「その分、楽できていいのだけど」

 

 

 ――――ホシノに匹敵しうる戦力が、二人もいるということだろう。

 

 その場に留まっていたヒナと、空中を蹴るという機動力があるオウヒ。

 二名は傍観することなく、即頭部の両面を銃撃する。無視してホシノを排除する――――なんて事も出来ない銃撃。無視しては致命的な損害になると判断したビナーは、一旦その場から離脱するように、後方へと下がる。

 

 

 

 

 自分が標的になれば、二人は必ずそれを阻止しにやって来る。

 ホシノは確信していたものの、それは信頼による感情ではなかった。だがこうして、二人はホシノを庇うように、ビナーの注意を逸らしたのも事実。

 

 信頼感からくるものではない。

 二人ならそうすると確信していたのは。

 

 

 ――私ならそうする、と思ったから。

 

 

 それは、実力が伯仲する者同士だから許された連携であった。

 三人という数的有利ではあるが、そんな有利的状況すら物ともしない相手にどう立ち向かうか。一人でも欠けてはいけない状況下で、どう立ち回るべきか思考し、彼女達はビナーと相対していた。

 

 それは最早、連携とは呼べないだろう。

 あくまで思考の基準は自分。彼女が自分ならどうするか、彼女が自分ならどう動くか。信頼関係を築けるほど、ホシノは二人とは過ごしていない。ましてや、オウヒとなんて今日初めて顔を合わせた程度の間柄でしかない。

 

 

 背中を預けるには不安でしかない。

 涼しい顔をしているが、ビナーが充分な脅威であることに変わりはない。一瞬の気の緩みが命取りになり、致命的な隙になる。

 

 

 ――そう。

 ――私達は何発も叩き込んでやっと怯むのに対して。

 ――あっちは一発だけでいい。

 ――余裕なんてない。

 ――()()()……。

 

 

 弾切れ。

 ホシノは近場に落ちていたカイザーPMCのM16自動小銃を拾う。

 

 それは致命的な隙。

 すかさず、ビナーは背を向けているホシノを排除しようとするも。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 ヒナが弾丸を連続でビナーに叩き込み。

 

 

「ククッ……!」

 

 

 怯んだビナーの左側の側頭部をオウヒは蹴り抜いた。

 

 

 見ようによっては拮抗していると見えることだろう。

 彼女達は何度も何度もビナーに銃弾や体術による打撃を叩き込んではいるが、効いているのかわからない。対してビナーは一発でも当てる事ができれば、戦いの均衡を崩す事が出来る。

 

 終わりが見えない戦闘。

 ビナーは倒れる事もなく継戦を続け、ホシノ達はビナーの猛攻に対応する。

 

 ある意味で、絶望的戦況。

 だというのに、オウヒは嗤って。

 

 

「小癪な珍獣め。我らの攻め手をモノともせぬとは」

 

「でも、効いてる筈よ」

 

 

 冷静な口調で言うヒナに、オウヒはクツクツと笑みを浮かべて応じる。

 

 

「あれだけ叩き込んだのだ。効いてもらわねば、こちらの立つ瀬もない」

 

「貴女は文字通りの意味で、だけど」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。どうして体術で攻撃しているの。危ないまねしないで、銃を使いなさい」

 

「どれだけ固いのか気になったのでな。好奇心というやつよ」

 

「ダメよ」

 

「何がだ?」

 

「貴女、威力はどれくらいなんだろう、って思っているでしょう」

 

「むむっ」

 

「むむ、じゃない。攻撃を避けようとしないのは貴女の悪癖。直すべきよ」

 

「でも、一発くらい喰らっても……」

 

「絶対にダメ」

 

 

 むぅ、と少しだけ不満そうにしているオウヒを見て、ホシノは若干呆れた。

 

 なんて、緊張感がないのか。

 それに、何といった。あの体躯の化物の攻撃を、喰らおうとしていた、とホシノは確かに耳にした。

 

 危機感がないというか、能天気というか。

 『アリウスの王』は思ったよりもおバカなのか、とホシノはその考えなしの思考に()()()()を感じる。まるで、誰かを彷彿とさせる。学園を率いる責任感がまるでないかのような思考に、何者かを思い出しながら。

 

 

「……うへぇ~、君達楽しそうだね」

 

「そう見える?」

 

「うん。風紀委員長ちゃん、笑ってるよ?」

 

 

 口元に小さな笑みを浮かべている事を指摘するが、ヒナは不思議そうに首を傾げて。

 

 

「そういう貴女も笑ってるけど?」

 

「――――え?」

 

 

 そこでやっと、ホシノは自分が笑っていることに気付いた。

 

 昼行灯のような笑みではなく、愉楽的な感情が胸中に巡っている事をホシノは認める。

 何度も攻撃を叩き込み終わる気配すら見えない戦闘。こちらは一発でも喰らえば致命傷となりえる状況。なのに、どういうわけか、ホシノは楽しかった。

 

 アビドスの後輩達や、先生が助けてくれたことによる気持ちの高揚もある。

 でも、確かに、ホシノは今の状況を楽しんでいた。終わりの見えない戦闘。別に、彼女が戦闘狂というわけではない。戦いを避ける事に越した事はなく、不要な損害を出すべきでないと常に考えている。

 

 だがどうして、今を楽しんでいるのか。

 

 

 思い当たる節はある。

 今まで、ホシノは何者かを守る戦いをしてきた。それは学校であったり、後輩達であったり、そして――――敬愛と尊敬すべき今は亡き先輩であったり。

 それを苦に思ったことはない。むしろ、自分のような存在でも役に立てていることに、意義を見出し、喜びを感じていた。

 

 だが今回の戦闘は少しだけ違う。

 守る必要のない存在達と協力し、巨大な敵と相対する。気を使う事もなく、気ままに立ち回り、奇妙な連携として成立する現状に、ホシノは楽しんでいた。

 他者との協力。それも、自分一人では太刀打ちできない相手に対し、力を合わせて相対する。守るべき者が存在せず、自分のことだけに集中し、他者と協力するなどホシノにとっては初めてであり、新鮮なものであり、楽しいといった感情を抱くには充分な事であった。

 

 

 認め、少しだけホシノは戸惑う

 戦闘を楽しいなんて思ったことは、初めてであった。

 

 対して。

 

 

「結構なことではないか」

 

 

 オウヒは、その感情を是としながら。

 

 

「闘争こそ、人の本質であり、原始の行動であり、生きる為に必要な行為だ。ならば大いに愉しまねば勿体あるまいよ」

 

「……貴女のそれと、小鳥遊ホシノが抱いているモノは、違うモノだと思うけど」

 

「……えっ、で、あるの? 趣味友が見つかったと思ったのだが。余、ちょびっと残念」

 

 

 瞬間、咆哮が響く。

 発声源はビナーであった。緊張感なく、話談している事に対しての憤り――――ではない。その様子はあまりにも必死なもので、まるで自分にまとわりつく恐怖を拭うかのようであった。

 

 無理もない。

 ビナーにとって、三人は自分を打倒する可能性がある存在でしかない。

 故に、恐怖する。得体の知れない存在に、自分では想像も付かない存在に、理外の小さな悪魔達に、ビナーはひたすらに恐怖していた。

 

 大きく口を開く。

 その中に光が集まっていくのを三人は認めた。

 

 尾による質量攻撃や、ミサイルのような絨毯爆撃などではない、もっと違う恐ろしいモノが放たれるのを、三人は本能で理解する。

 

 だが違和感。

 照準がズレている。その脅威は、三人に向けられておらず、違う何かに向けられている。

 

 ホシノは視線をそちらに向ける。

 それは、いた。彼女達以外の存在が、確かにそこにいた。

 

 

 逃げ遅れたのか、気絶しているところを眼を覚ましたのか。

 尻餅をついて、ビナーを見上げているのは――――カイザーPMCの理事であった。

 

 腰を抜かしている、とは彼のことだろう。

 立つ事も出来ないのか、煤だらけのスーツを気に留める様子もなく、彼は逃げるように尻餅をついたまま後ずさる。

 

 

 ビナーにとっては、カイザーPMC理事は新たに現れた脅威でしかなかった。

 三人だけでも苦戦を強いられているのに、それが四人に増えるなど、容認できる事態ではない。

 だからこそ、全力で排除しなければならない。固まっている三人よりも、孤立している一人を狙うのは、当然の判断と言えるだろう。

 

 

 思わずホシノは駆け出した。

 自分達ならいざ知らず、何の装備もないカイザーPMC理事に耐え得るモノではないと、ホシノは判断し、彼を救出するべく駆け出した。

 しかし。

 

 

 ――本当に助けるの?

 ――アイツはアビドスを滅茶苦茶にした。

 ――皆に手を上げた。

 ――ユメ先輩を騙した。

 ――そんな大人を、助けるの?

 

 

 それは無意識だった。仕方ない事だった。

 恥ずべきモノではなく、人として必ず備わっている、悪意という機構(システム)がノイズとなりホシノの中を巡る。

 

 足取りが重くなる。

 それが砂漠によるモノなのか、それとも悪感情によるモノなのか、考える時間すらホシノにはなかった。

 

 元より、ビナーとカイザーPMC理事の間に入った所で、自身の得物たる盾を持っていない今の彼女に何も出来ない。

 それでも駆け出し、仇敵を救おうとしたのは、彼女の善性によるものだろう。

 

 

 ――間に、合わない……!

 

 

 ホシノは奥歯を噛み締める。

 あと数十メートル、届かない。

 

 カイザーPMC理事は、ホシノを見る。

 その感情は、困惑と恐怖を滲ませていた。

 

 数秒後には最悪な光景が、ホシノの眼に映ることだろう。

 白い怪物から放たれたモノが、カイザーPMC理事を襲い、見るも無残な物体に変貌させるに違いない。

 それでも、ホシノは諦めない。眼を逸らしたくなる現実を前に諦める事なく、必死に駆ける。

 

 現実は無常だ。

 ビナーは必殺を確信し、カイザーPMC理事に向かって、熱を収束させた砲撃を下から上へと頭を振るう。

 

 熱を伴った、収束された砲撃。

 カイザーPMC理事は収束された熱線になす術なく飲み込まれ――――。

 

 

「――――え?」

 

 

 ――――ならなかった。

 

 直前に飛び込んできた黄金の人影。

 カイザーPMC理事は無事だ――――何者かに突き飛ばされている。

 ホシノは眼を丸くする――――突然現れた黄金に、突き飛ばした人物に。

 

 ホシノと同じように駆け出ししていたヒナも、ホシノと似たような反応だった。

 その人物は、間一髪のところで、カイザーPMC理事を突き飛ばし、彼を救うことに成功していた。

 

 その代償が――――黄金の彼女。

 ビナーが熱を収束させた砲撃は突き飛ばした人物を、いとも簡単に飲み込む。

 その人物こそ――――天上院オウヒに他ならない。

 

 

「――――――……ッ!」

 

 

 爆風に砂塵が舞い、辺りには焦げる匂い。

 オウヒは溜まらず、苦悶の声を上げる。

 ビナーの追撃は止まらない。呆然としているカイザーPMC理事に向かって、尾を横薙ぎに吹き飛ばそうとする。

 

 チッ、と小さな舌打ちは誰のものか。

 

 オウヒの判断は早かった。

 痛みによる冷や汗を出しながら、身体中を走る激痛に耐えながら、自分が突き飛ばしたカイザーPMC理事に駆け寄り、その襟首を右手で掴み。

 

 

「――――小鳥遊ッ!」

 

「……ッ!?」

 

 

 突然呼ばれ硬直したホシノに向かって放り投げる。

 反射的に、投げられたカイザーPMC理事を受け取り、ホシノはオウヒへと視線を向ける。

 

 

「天じょ――――」

 

 

 天上院ちゃん、と言いかけるもホシノは言葉に詰まった。

 

 

 オウヒは――――笑っていた。

 しかしそれは、獰猛な笑みではない。先ほど浮かべていた、闘争による喜悦による笑みではない。

 まるで安心するように、自分が助けた人物が無事であった事に安堵するように、カイザーPMC理事が無事である事を確認する。

 

 

 そして、数瞬の後。

 迫り来る尾に成す術もなく、オウヒは吹き飛ばされた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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