――――焦げた匂いが、鼻の奥を擽る。
視界に広がる空は、嫌って程蒼く、鬱陶しいほど強い日差しが私の肌を刺す。
息を吸うのも苦しい。
肺をやられたのか、喉を損傷しているのか、ヒューヒューと上手く息が出来ない。まるで気道が狭まり、無理矢理で身体が呼吸しているかのようだ。
そこで漸く、ワタシは気付いた。
仰向けに倒れている自分を、やっと認識する事ができた。
何をされたのか。
直前の記憶が曖昧だ。
確か、ワタシは、ビナーってやつと戦っていた筈。
「あぁ、そっか……」
思い出した。
ワタシは薙ぎ飛ばされたのだった。
砲撃されそうになっている、カイザーPMCの誰かが居て無意識に身体が動いて突き飛ばした。
その後は、ビナーの尾をまともに喰らって、ワタシは吹き飛ばされたのだった。
ヒナや小鳥遊さんの姿が見えないので、ワタシはかなりの距離まで吹き飛ばされた、ということだけは分かる。
意識がハッキリして来る。
同時に、奔るのは激痛。足から腹へ、腕から胸へ。その痛みは集約され、脳へと到達していく。
上半身を起こす。
それだけで、全身の骨が軋みを上げ、身体中が悲鳴をあげるのを感じる。
あぁ、痛い。本当に痛い。でも今はその痛みがありがたい。痛みを感じないまで麻痺していたら、きっとワタシは再び気絶していると思うから。
それにしても、凄まじい威力だった。
例えようがない。今まで味わった事がない威力の打撃だった。きっとアレは、まともに喰らうべきではない。ヒナの制止がなければ、ワタシは好奇心で味わっていただろう。そういう意味では、ヒナに感謝しなければならない。
まぁ、こうして結果的に味わってしまったのだけど。
『お目覚めですか、マスター』
声が聞こえた。
この場に居るとしたらワタシと腰にぶら下げている彼女――――コンサバティブちゃんくらいしかいない。
驚きはしなかった。
いいや、少しだけ驚いた。よく壊れてないな、とワタシは本気で感心して。
「……ワタシ、何分気絶してた?」
『13秒です』
「そっか」
及第点かな、とワタシは無理矢理立ち上がる。
多分、折れてる。
きっと、皹が入ってる。
どこか、斬れている。
ミシミシ、と音を立てるワタシの身体。どこが怪我をしているかなんて、分からないくらい痛い。
口の端からは血が逆流してくるし、きっと内臓と、それを守ってる骨も砕かれているのだと思う。
両足は――――付いている。
両腕は――――あった。
両目は────視界が歪んでいるものの潰れていない。
五体満足。
最悪、腕の一本がなくなっているのは覚悟していた。
そうなれば腕一本分、身体が軽くなる。
でも今の状態は大変よろしくない。
痛みで意識を失わないのは良いけど、そのせいで性能が落ちるのは問題だ。
これでは、満足に、戦えない。
『何をしているのですか、貴女は……?』
「何が?」
『こんな状態で、何をする気ですか?』
「何って、戦いに行くに決まってるでしょ?」
何を言っているんだろ、コンサバティブちゃんは?
そんなの、戦場に戻るに決まっているでしょう。
まだワタシは動ける。
充分とは言えないけど、まだ戦える。
あぁ、本当に良い。
今日はとても良い日だ。
初めてあんな大きなヤツと戦えた、初めて他人と力を合わせて戦った、初めてワタシはこんなにも傷を負っているし、だからこそ生きているという実感が湧いて来る。
これで終わるのは勿体無い。
動けるのなら戦わないと。
手も動く、足も動く、意識もあるし、血も流れている。
それでも、ワタシは、まだ戦える。戦わないと、本当に、勿体無い。
『離脱するべきです』
「冗談でしょ。これからだよ、最高に、盛り上がるのはさ……!」
『貴女はまともじゃありません』
コンサバティブちゃんは淡々とした口調で、事実だけを叩きつける。
『先ほどの行動だってそうです。どうして、カイザーPMCを助けたのですか?』
「別に助けてないよ。考えるよりも先に、勝手に身体が動いた。助けようなんて思って行動していたわけじゃない」
でも確かに、結果として、助けたのかもしれない。
アレは下手な事をした。
一撃目の砲撃の際に、突き飛ばすのではなく、抱えて跳べば良かった。判断を間違えてしまった。その結果が、いらない傷を負ってしまっている。
『放っておけば良かったんですよ。彼の者はマスターを狙っていたのに』
「そうかもしれないけどさ、それはそれ、これはこれだよ。ワタシを狙っていようと、ワタシが助けなくていい理由にならない」
そうだ。
ワタシは助けようとして、彼を助けたわけじゃない。
でも考えれば、結局のところ、身体が動いたのは簡単な理由なんだと思う。
「例え、どんなやつでも、ワタシの目の前で誰かが死ぬのを見るのは、とても寝覚めが悪い」
その程度の理由だったのだろう。
どこまでも自分本位、ヒナや先生とは違って、ワタシは善い人ではない。見ず知らずの、自分と関わりのない他人のためになんて、ワタシは頑張れない。今回助けたのだって、無意識で、偶々ワタシの視界に入っただけ。
その理由も、自分が寝覚めが悪いから、というモノでしかない。
だってそうでしょう。どんなに酷い事をしていたとしても、何も死ぬことはない、と思う。
「――――――ッ」
ぐらり、と視界が揺れるけど、何とか踏み止まる。
今のは、危なかった。
気が遠くなり、視界が狭まっていく。
血液は流れ続け、止血してもキリがない。
そんな事をしている間に、ワタシは意識を失うことだろう。
左手に感覚はなく、右手に辛うじて握られている“リク”に視線を落す。
“アサ”は紛失していた。きっと、先ほどの一撃でどこかに落としてしまったのだろう。“リク”も破損しており、きっと数発撃っただけで完全に使い物にならなくなるに違いない。
背筋が震える。
急速に失われる血液。まともに動けない身体。気が遠くなる感覚。
でも、神経だけが研ぎ澄まされていく。
一手でも間違えれば、ワタシは死ぬかもしれない。
それがたまらなく愉しく、生きているという実感を与えてくれる。
空っぽだった
頭を振る。
定まらない思考、余分なものを振り払うように、出血によって白く――――頭の中を透明にし、今となっては愛しい白い怪物を見つめる。
「さぁ、往こうか――――」
残り数分。
きっと、ワタシはまた気絶するに違いない。
それだけでは勿体無い、まだまだワタシは戦える。ならば往かないと、勝つためじゃない、戦うために往かないと。
そこで。
「――――?」
視界の端に黒鞄を発見する。
それは見覚えがあった。
何者の物なのか、ワタシは理解すると自然と笑みを浮かべて、それを拾い上げて再び跳ぶ――――。