~ソロモンちゃんねる~
オウヒ「ミネ団長が注射を打ってくれただけど」
先生“うん”
オウヒ「いちにのさんで行きます、じゃなくて、いちにのさんのどれかで行きます、って斬新な打たれ方をしたし、いちで来た」
先生“ミネなら仕方ないよ”
アビドスから少しだけ離れた場所に、私は赴いていた。
その場所というのが、彼の有名なお嬢様学校――――トリニティ総合学園。
正直な話、私には一生縁がない場所だと思っていたりする。
だって、キヴォトスでも随一の格式が高い有名な学園だ。生まれも育ちも普通なもので、通っている学校もアビドスである私としては、敷居を跨ぐハメになるとは思えなかった。
“大丈夫、ホシノ?”
私の隣を歩く先生が、声をかけてくれる。
不安そうに見えたのかな。
でもそれは、当たってもいた。
そうだ。
私は、自分でも驚くくらい、緊張している。
原因は明白だった。
先の戦いのあと、私とゲヘナの風紀委員長ちゃんは軽傷で済んだけど、もう一人、大怪我を負った他校の生徒がいた。
彼女に砲撃を撃ち込まれた、白い怪物が追撃はせずに、怯えるように撤退する中、彼女はそれを見届ける前に意識を失い、空中から地上へと落下したのを今でも思い出す。
幸いな事に、地面は砂漠だったから、落下による負傷はなかったみたいだけど、戦闘中に負った怪我はそうではない。
彼女の怪我を見た私は、血の気が引いていた。
どうして、動けていたのか分からないほどの負傷。両足は砕けていたと思うし、流血が酷く砂に血が染みこんでおり、腕だってあらぬ方向へと曲がっていた。
それを見た、風紀委員長ちゃんの顔が真っ青になっていたし、私も同じような顔をしていたのだろう。
直ぐに病院に搬送しなければならないのは、明らかだった。
でも悔しい事に、アビドスでは彼女を治療できなかった。それほどの設備が充実した病院が、アビドスにはなかったのだ。
かといって、彼女の母校であるミレニアムまでは距離がある。それはゲヘナも同様だった。
正に、八方塞がり。
でもそんなときに、血相を変えて走ってきた生徒が居た。
ヒフミちゃんだった。ヒフミちゃんは慌てた様子で「あの! ミカ様が! ティーパーティーの、あの、トリニティで、トリニティなら大丈夫って……!」と混乱気味に右往左往した調子で私に説明をしてくれていた。
話がいまいちわからないけど、ティーパーティーのミカって人が、トリニティの偉い人で、彼女の治療をトリニティで請け負うと動いてくれていたのだろう。
今になって思えば、動きが早すぎる。
ティーパーティーのミカといえば、パテル分派の聖園ミカのことを言っていることは明白であり、そんな立場の人物が他校の生徒を救うために、権謀術数渦巻くトリニティで動くには考えなしがすぎる。
きっと、私が知らない所で、何か裏があるのかもしれない。
そして、その渦中にいるのが彼女なのだろうと、私は結論付けた。
本当に、そういうところが、ユメ先輩にそっくりだった。
何故か問題に巻き込まれるというか、本人が思っている以上に周りが振り回されているというか。違う所といえば、ユメ先輩とは違い、彼女には自分で解決するだけの力があるということ。
先の共闘してわかったけど、彼女の力は噂以上のものだった。
なるほど、アリウスを単身で武力で鎮め、王を名乗るだけの事はあるね。
それはそれ、これはこれ。
私が緊張しているのは、これらの問題とは別の理由だ。
緊張というよりも、恐怖。
恐怖というよりも、不安。
だって、彼女が怪我をした理由は、私が動けなかったからだ。私がカイザーPMC理事に余計な邪念を抱かなければ、直ぐに動く事が出来ていれば、彼女が大怪我を負わずに済んでいた事だから。
だから、私には負い目があった。
自分の身を省みず、どんな人であろうと手を伸ばし、救う事が出来れば安堵するような穏やかな笑みを浮かべる。
それほどの善性を持っている人を、助けられなかったという負い目。それがどうしても、私の苦い記憶を蘇らせる。
彼女に私は何を言われるのだろうか。
罵詈雑言を吐き出されるのか、張眉怒目で非難されるのか。
でも、しょうがないと思う。私はただ、謝る事しか出来ない。彼女が怪我を負った責任があり、その原因が私なんだから。
そこまで考えて、私は先生へと視線を向ける。
柔和な笑みを浮かべて、人を安心させるような笑み。でも良く見たら、目元には隈があった。きっと先生も心配で眠れていなかったのだろう。
先生のことだ。
私達に殿を任せて、大人である自分が無事であったことが、許せなかったのかもしれない。
でも、アレが最善手だった。
指揮能力が逸脱していようと、あの場では単純な武力が高い者が残るのが最善であり、先生が残っていたとしてもやれることはなかった。
それは一番、先生が理解している筈。
だからこそ、許せないのかもしれない。何も出来ない、大人な自分が、先生は誰よりも許せず、怪我を負わせてしまった事に心を痛めているのだろう。
“ホシノ?”
再度、先生は私に声をかける。
黙っていた私が心配になったのか、心配そうな顔で私を見つめていた。
私は申し訳なく思いながら、うへへ、といつも通り笑みを浮かべて。
「大丈夫、大丈夫」
“本当? 何か心配事でも有ったら……”
「本当に大丈夫だよ。ごめんね、先生。トリニティなんて来る事がなかったから、街の景観に見惚れちゃった」
それっぽい言い訳を呟く。
我ながらその言い訳は苦しいだろう、と思わざるを得ない。
先生も、何かを言いたそうに口を開きかけるけど、察してくれたのか笑みを浮かべて。
“わかったよ。ホシノがそういうなら、私は何も言わない”
「……うん、ありがとう先生」
それから少しだけ歩き、彼女が入院している、トリニティの救護騎士団の部室前に来ていた。
部室、とはいってもその外観はまるで学校のようであり、部活動に使っている建物にしては大きい。レンガ調な外壁は温かみがあり、部室でありながら、病院としての役割を担っているのだろうことがわかる。
にしても、さすがはトリニティ総合学園。
お嬢様学校であることはわかっていたけど、ここまでとは思わなかった。
凄まじい資金であり、備品などが足りなくても、直ぐに補充されるのだろう。
セリカちゃんがここにいたら、きっと大騒ぎしていたに違いない。
“周囲が騒がしいね”
言われてみれば確かに。
先生は辺りを見渡して呟く。
それも、歓声といったポジティブなものではない。小声で困惑するような、どちらかというとネガティブなもの。
その元凶たる人物、トリニティの生徒達の視線の先を追い、私と先生は納得した。
目立っていた、かなり目立っていた。
それもその筈。本人には事を荒立てる気はないものの、その元凶たる彼女はトリニティの生徒ではなく、トリニティからしてみたら不倶戴天の存在であるゲヘナの生徒。それもその治安維持部隊である風紀委員会。更に言うとそのトップ。
それは、トリニティの生徒達が困惑するのも無理はない。
陰湿なトリニティの生徒が何もしないのは、風紀委員会のトップであるからに他ならない。
挑発行為をしたが最後、報復に何をされるかわからない。そんな恐怖から、トリニティの生徒達は遠巻きで、見守ることしか出来ないのだろう。
とはいっても、彼女の気質は、先の共闘を経て何となくわかっている。
ゲヘナの生徒とは思えないほど、彼女の性格は平和主義だ。ここでトリニティの生徒が理不尽に言いがかりを言っても、暴力で解決するという選択肢は、彼女にはないことだろう。
とはいっても、このままでは忍びない。
私は手を上げて、現在注目の的となっている彼女に向かって声をかける。
「風紀委員長ちゃん」
「……小鳥遊ホシノ」
ゲヘナの風紀委員会の委員長――――空崎ヒナちゃんはこちらに顔を向けて。
「それから先生も」
“やぁ、ヒナ。こんにちは”
「えぇ、こんにちは。偶然、というわけじゃないみたいね?」
偶然にしては、出来すぎている。
私も先生も、風紀委員長ちゃんも、目的があってトリニティの敷居を跨ぎ、救護騎士団の部室前に集っている。
それは勿論。
「天上院ちゃんのお見舞い、ってことでいいんだよね?」
彼女――――天上院オウヒちゃんのお見舞いに他ならないのだろう。
私の問いに、風紀委員長ちゃんは頷いて。
「先生も?」
“うん、そうだよ。ホシノとはトリニティで偶然会ってね”
そう、と風紀委員長ちゃんは言うと、私に顔を向けて問いを投げる。
「貴女一人?」
「おじさん一人だよ~。アビドスの皆で行くのも迷惑だし、迷惑をかけたのはおじさんだしね~」
うへへ、と気の抜けた調子で笑い、私は風紀委員長ちゃんに問いを投げ返す。
「風紀委員長ちゃんは一人でお見舞い?」
「えぇ。
「けど?」
「無視した」
「うへ?」
どこか眼を泳がせながら、申し訳なさそうに風紀委員長ちゃんは言う。
思わず、変な声を出してしまった。
規則とかに五月蝿そうなイメージがあり、クールな印象があったけど、意外とそんなことはないみたい。
それだけ、天上院ちゃんのことを大事に想っているという事だし、譲れない事でもあるのだろう。
私は眼を逸らす。
真っ直ぐに、風紀委員長ちゃんの顔が見れなかった。私のせいで怪我をさせてしまったから。
どんな顔で、風紀委員長ちゃんの顔を見ればいいのかわからない。
「……小鳥遊ホシノ?」
心配するような声色。
対して、私は黙ったまま。
どう答えればいいか、思考が乱れ、上手く言葉に出来ない。
そんな私を見てなのか。
“さぁ、行こうか。二人とも”
先生が私達を促す。
えぇ、と風紀委員長ちゃんは困惑気味に言い、私は何も言わずに頷く事しか出来ない。
足取りが重い。
何て謝ればいいのか。素直に謝って、彼女は許してくれるのだろうか。
何せ死に掛けているのだ。謝罪の一つで許されるわけがない。お前のせいで怪我をした、と言われるに決まっているし、恨まれているに違いない。
そう考えると、気分が沈んでいく。
私の自業自得だ。でも、それでも、辛いものは辛い。人を助けて微笑むくらいの善性を持つ人に――――ユメ先輩のような善性がある人に言われる恨み言は、何よりも心に来るに違いない。
“大丈夫だよ、ホシノ”
先生の声に顔を上げる。
いつの間にか、辿り着いていたのか。私達は病室の一室の前で足を止めていた。
何が大丈夫なのか、と問う前に先生は私の心を見透かしたような声色で。
“オウヒは、君が思っているような娘じゃない。だから大丈夫”
そういうと同時に、先生は病室に続くドアを開ける。
――――って、ちょっと待って先生。まだ心の準備が……ッ!
「何をしているのですか貴女は」
「はい……」
「はい、じゃありません。何をしていたのですか」
「良く寝て、ご飯をたくさん食べて、治ったみたいなので……その……」
「その?」
「あの……散歩を、していました……」
「治った?」
「はい、治った、と思います……」
「治るわけがないでしょう。貴女は自分がどれほどの大怪我なのか、わかっていますか?」
「でも、軽く筋トレしても痛くありませんでしたし、大丈夫だと思うのですが……」
「自覚がない怪我人ほど厄介な事は――――待ちなさい。筋トレ? 筋トレをしたといいましたか?」
「いや、少しだけ。しっかりはしてないです。ちょっとだけ、ちょっとだけです」
「……理解しました。貴女には早急なる救護が必要なようですね」
「え、いや、あの……」
「治ったという思い込みが、傷の治りを遅らせ、最悪な事に繋がる事を、貴女には学ぶ必要があります」
「あの、わかった、わかったので。それ以上、近付かないでくれませんか? ……どうして、ライオットシールド取り出しているんですか? や、やめて! 近付かないで、あっち行って! 乱暴しないで――――!」
仁王立ちでライオットシールドを取り出している救護騎士団の生徒と、ベッドの上で泣きながら大騒ぎしている生徒――――天上院ちゃん。
私は口を開けて眼を丸くして、その様子を見る。
それは風紀委員長ちゃんも同じだったようで、えっ? えっ? とひたすら困惑する。
当たり前だ。
つい昨日まで死に掛けているほどの大怪我を負っていたのに、問題の人物は元気いっぱいなのだから。
これには予想外だったのか、先生も、あはは、と苦笑を浮かべて。
“思っていたより、元気そうだね、オウヒ……”
△ライオットシールドを取り出した救護騎士団
ご存知、団長。
オウヒの行動にしっかりブチギレている。
全治一年の怪我が翌日に治っているわけじゃないでしょう、とご最もな事を仰る。
でも治ってるんすよ、コイツ。
オウヒの天敵の一人。フリーザを前にしたべジータみたいな感じになる。
△権謀術数渦巻くトリニティで動くには考えなしがすぎる。
ホシノの深読みモンスター。
残念な事に、割と考えてないゾ。
△「乱暴しないで――――!」
泣いちゃった