~ソロモンちゃんねる~
アル「昔、オウヒと鬼ごっこをしていたときあったでしょ」
ムツキ「うんうん」
アル「私が待ちなさいー! って追いかけてたらオウヒが振り返ってね」
ムツキ「あったあった。どうしたの、アーちゃん? ってね」
アル「えぇ。そのまま、こっちに駆け寄ってきた時は驚いたわ」
ムツキ「可愛かったでしょ?」
アル「可愛かった」
ワタシは思わず、ハァ、と大きな大きな、それは大きなため息を吐いた。
一難去って、また一難とはこの事を言うのだろう。
カイザーコーポレーションの追及はなく、ホッとしたのも束の間。というのも、責任の擦り付け合いにそれどころじゃないと思うのだけど、何はともあれ何もなかったことを喜ぶべきだろう。
でも直ぐに問題って言うのはやって来る。
本当に厄介だ。せめてさ、連絡の一つくらい入れてやってくるのが筋だと思うのだけど、生憎そんな常識があるヤツじゃない。
いつだって、気まぐれに。
こっちの都合なんてお構いなしに、問題と言う厄介者はやってくる。
ワタシは、アリウス分校の生徒会室に続く廊下を歩いていた。
すれ違うアリウスの生徒達は、ワタシの顔を見る度に頭を下げてくれる。うん、とても居心地が悪い。そんな事をしなくてもいい、って言っているのに誰も改めてくれない。無反応なのも悪いので、片手を上げたり、小さく頷いたりしているけど、もしかしてこれって逆効果だったりするのかもしれない。
今は、そんな小さな悩みはどうでもいい。
いずれ解決すればいい事であるし、ワタシ達が直面している問題に比べたら些細な事だった。
意識を手元にある書類に向ける。
これは、ワタシを悩ませている諸悪の根源が記載されている資料。
リオ会長に見せてもらったデータを書類に刷って来たモノだ。
もちろん、アリウスで印刷したものじゃない。ちゃんと、ミレニアムで。ご機嫌な鼻歌と共に、印刷したものだ。
だって、仕方ない。アリウスは常に火の車。少しでも切り詰めないとならないのである。早瀬会計にその現場を見つかり、何を印刷しているのかと白い眼で見られたのは内緒だ。居心地が悪いって物じゃない。今度からはバレないようにするとしよう。
紙面として持ち運んだのは、それがワタシの独断で判断しかねる内容だったから。
というか、こんなもの一人で抱えてなんていられないのです。誰かに相談したいし、ワタシみたいな無い知恵を絞るよりも、有識者に相談するのがベストなんだ。
いつものように、リオ会長に相談しようと思ったけど、部外者だから、という理由で断られる。
それはそう。それに、これは会長が気を使ってくれているのだと思う。これは、アリウスの今後を左右するモノ。それを他校生である、自分が意見するのは筋が違う、と会長は思ってくれているのだろう。
うん。
だったら、ワタシはどうなんだって話でもあるのだけど、そこは全力で無視させてもらう。
ここで、ワタシも知らない顔なんて出来ない。
黒歴史としたいくらい恥ずかしい出来事だったけど、アビドス砂漠での一戦でアリウスの皆に発破を掛けた責任もある。
乗りかかった船は最後まで。それこそ地獄まで共にするつもりではあるし、沈む時は共に沈むのが道理と言うものだろう。とはいっても────。
「沈ませるつもりはないけどね」
そうだ、黙って沈ませるつもりは無い。
最悪、アリウスの皆に何かが有っても、ワタシだけが責任を取れば終わり、つまりはワタシの腹を切ればいいだけの状況にする。
そうならないのが、ベストではある。故に、ワタシはアリウス分校まで足を運んでいた。
アリウスを揺るがす問題を抱えて。
ワタシ一人では限界があるから、皆に今後の事を相談するために足早に生徒会室へと歩を進める────。
「ククッ、貴様達。お手元の資料をご覧下さい」
アリウスの生徒会室に入り、ワタシは円形のテーブルの上に、リオ会長から貰ってきた資料のコピー用紙を置いて、それっぽいことを口にした。
それっぽい、というのは会議っぽい事。やっぱり、何事も形から入るべきだと思うから。
ワタシは席について、両肘をテーブルにつけて、顔の前で手を組むポーズも忘れない。
そして、ククッ、と笑みを浮かべて完成。なんか重大な会議しているっぽい人の出来上がり。まぁ、重大な会議なのだから、っぽいと呼称するのは変なんだけど。
そんな突如として開催されたアリウス会議。
ニコニコと笑みを浮かべて、座っているアッちゃんは素直にワタシの提出してきた資料を見てくれている。
でももう一人────ミサキはそうではないみたいで。
彼女は資料に目を通さずに、座ったままワタシを訝しむ視線を送って。
「殿下。なに、その口調?」
「何を行なうにしても、形から入るべきであろう」
「……そう、なのかな?」
うーん、と悩むミサキを見かねてなのか、アッちゃんは、まぁまぁ、と声をかけて。
「ところで、殿下」
「なんだ?」
「この資料ってどこから持ってきたモノなの?」
「……秘密である」
そう、秘密だ。
言えるわけがないのです。トリニティの弱みを探るためにハッキングをして、ワタシの引渡しに渋ってきたら、コレを使って脅迫しようとしていたなんていえるわけがない。
しかもそれが、リオ会長とヒマリさんの二人の企みだったなんて、口が裂けても他校には言えない。だって、普通に法を犯しているし。他校の重要機密情報を抜き出した事実がバレたものなら、普通に戦争になるし。というか、ヒマリさんも一緒に何をやっているのだろうか。やっぱりあの二人って仲良いよね。
リオ会長とヒマリさんが組むと恐ろしい事になると思ったのと同時に、あの二人を組ませると大変な事をしでかす、と一つ学びを得ました。
早瀬さんとチーちゃん先輩には本当に頑張ってほしい。主に、あの二人の手綱を握る的な意味で。
只ならぬ有無を言わせない、ワタシの雰囲気。
もしくは、冷や汗を流し顔を青くさせて黙秘を貫くワタシの様子を見て、アッちゃんもミサキも深く追求はしないでくれた。
むしろ、アッちゃんは乾いた笑みを浮かべて、ミサキは同情するような眼をワタシに送ってくれている。
うん、心労は絶えない。
ミレニアムのトップ層のやらかしに、ワタシ達は知らん振りをするしかないのです。
「話を戻すとしよう」
そう言い、ワタシは二人に促した。
「貴様達に見せた条約。どう見る?」
ワタシが言う条約。
それこそが、ワタシがここに来た理由。
その条約の名は────エデン条約機構。
内容としては長年確執があったゲヘナとトリニティが手を取り合い、そして各学園で選抜されたメンバーが参加する中立機構を組織。その目的は両校の間で紛争が起きた場合、エデン条約機構が介入し解決する事により、両者間の全面戦争を防ぐというモノだった。
その中に、何故か。
「……私達が入っている、ってことだよね?」
アッちゃんは不安げに呟く。
そう。ゲヘナとトリニティだけだったらまだわかる。あそこは長年、確執があり仲が悪いってレベルじゃない。睨み合いに疲れて、同盟を組もうと考えるのも、腑には落ちないけどそういうこともあると無理矢理納得する事も出来る。
でも、そこへワタシ達アリウスが加わるのは意味が分からない。
そもそも、とミサキは呟いて鼻で笑ってバカにする口調で。
「これって成立するの?」
「難しいだろうな」
ワタシは腕を組み、厳しい口調で断じて続けた。
「元より、この条約はかの『ゲヘナの雷帝』を抑えるために提唱されたもの。それが卒業した以上、結んだ所で意味を為さぬ代物だ」
エデン条約はそのために作られたといっても過言じゃない。
ただ一人の生徒への牽制のために、ただそれだけのために作られたモノ。
ゲヘナの『雷帝』って人は規格外だったのだろう。
あの確執が深いゲヘナとトリニティが手を組んでまで押さえ込もうとしていたのだ。どんな人かはワタシにはわからないけど、きっと桁違いな生徒だったに違いない。
気にならないといえば、嘘になる。
どれだけ規格外だったのか、どれだけ手に負えない人物だったのか、そして────どれだけ強かったのか。
本当に興味が尽きないけれど、この場には不要な雑念だった。
振り払うように、ワタシは首を横に振って。
「共通の敵があるうちは、機能するかも知れぬ、────いいや、
「どうしてそう思うの?」
首を傾げるアッちゃんに、ワタシは答えた。
「呉越同舟とは良く言ったものだ。確かに、最初は上手く機能するかも知れぬ。しかし、人の感情は簡単なものではなく、不偏なものでもない。溜まりに溜まった不平不満はいずれは爆発し、些細な事で関係は瓦解し、いとも容易く嫌悪となる。ましてやゲヘナとトリニティだ、一刺しの後押しで崩れる砂上の楼閣だろうよ」
人の感情はそれだけ、簡単に移り変わるもの。
昨日の敵は今日の友と言う言葉もあるように、今日の友は明日の敵ということも充分にありえてしまう。
それこそ────親しいと思っていた人が、目が覚めてみれば突然消えている、ということだってありえるのだから。
だからワタシは、エデン条約機構というものに懐疑的だった。
共通の敵があって、やっと成立するモノなのに、それすらもいない。あまりにも歪なモノが上手く機能するわけがないと思ってしまう。
でも。
「それじゃどうする? どう考えても沈むドロ舟だし、打診されても加入しないでおく?」
ミサキの問いに、ワタシは首を横に振る。
それはつまりは否定。二人はどう思っているかわからないけど、ワタシはエデン条約機構に加入するべきだと思う。
「メリットが大きすぎる。加入すべきであろうな」
「うん、そうだね。私も殿下に賛成。ミサキは?」
「財務を任せられている身としては賛成だね。私達が入るってことは、つまりはゲヘナとトリニティ相手に同盟を結べるって事でもあるし、そうなれば援助だって期待できる」
そういうと、忌々しげにミサキは続けて。
「学校が体なら、財政は血液。本当なら、頭から足のつま先まで巡らせたいけど、何もかもが不足している現状での私達にはそれは出来ない。このままだと、四肢のどこかが腐り落ちることになるけど、外部からの援助があれば……」
援助、ミサキ風に言うのなら輸血ということだろう。
しかし、その通りだ。ワタシ達の資源は限られている。ミレニアムのように開発や発明で栄えたわけでもなければ、ゲヘナのように生徒数が多く人員を割けるわけでも、ましてやトリニティのように財政が豊富というわけではない。
何もかもが不足している。ならばどうすればいいかなど単純明快。余所の力を利用するしかない。
ならばそれを差し出し、ワタシ達は二校から援助をしてもらう。無下には出来ない筈だ。何せ、ワタシ達は
……考えすぎて、頭が痛くなってきた余。
本当にこういうことは、ワタシには向いていない。戦争は嫌だし、仲良くしたいって気持ちもわかるから頑張るけど、向いてないモノは向いてないのです。
ワタシ達、全員の意見が一致した。
でも、ミサキは少しだけ不満そう。
違うかな。不満って言うよりも、納得出来ないって言った方が正しいのかもしれない。
「どうしたのだ、ミサキ? 何か懸念でもあるのか?」
「……勝手に組み込まれて気に入らない、というのもあるけど懸念が一つね」
そういうと、ミサキは真っ直ぐにワタシを見つめる。
そして、これでもかと言うくらい不機嫌そうな声で。
「本当に聖園ミカと知り合いじゃないの?」
「どういう意味だ?」
「いや、だってさ。十中八九、交換留学の件もこの条約のためじゃん」
「時期的に考えればそうであろうな」
ワタシは頷く。
事実、急な話ではないと思う。前からゲヘナとトリニティの間で進められた条約であるし、そこにいきなり組み込まれるわけがない。
前から準備を進められており、ワタシ達の戦闘技術を見込み、なおかつどちらにも属していない学校として、ワタシ達が条約に組み込まれたのだろう。
対してミサキは、怪訝そうな顔で。
「タイミング、おかしくない?」
そうか、とワタシが口を開く前にミサキは続けて言う。
「私達の存在がキヴォトス中に知られて、シャーレの要請を受けて箔がついたのなんてつい最近。そんな学校に前から目をつけて、組み込もうなんて普通思う?」
「……で、あるな」
言われてみれば確かに。
資金繰りに苦しんでいたワタシ達は傭兵バイトなんかをして何とか遣り繰りしていた。それに、戦闘技術を見込んでとは言っていたけど、それはワタシ達だけが知る情報。他校からしてみたら、表舞台に出てこなかったワタシ達は未知数であり、それを見込んでいたなんて考えられない。
それを踏まえて、ミサキは自論を続ける。
「でもあの女は来た、私達を世間が知る前に。最初から、条約に組み込もうとしていたみたいに」
ワタシは少しだけ考えて。
「アツコよ、聖園は何と言っていたか?」
「私達アリウスと仲良くしたいって言ったよ」
「それだけか?」
「うん。でもそうだね、目的は多分それだけじゃないと思う」
不機嫌そうなミサキとは対照的に、アッちゃんは笑みを浮かべていた。その表情は、何やら微笑ましいものを見るかのような。どういうわけか、ワタシにそんな感情を向ける。
……なんだろう。
ミサキの反応は言わずもがな、アッちゃんも聖園さんが来た理由がわかるというのだろうか。
「聖園が来訪した目的がまだあると?」
「うん、多分だけどね」
「根拠は?」
「女の勘、かな?」
ますます意味が分からない。
というか、ワタシだって女なんですけど。その第六感、ワタシにも働くべきだと思うのだけど、その辺りどうか?
チラッ、とミサキに視線を向けるけど、彼女は知らん振り。
拗ねるように、面白くなさそうに、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
こういうときこそ、色んな人の意見が聴きたい。
と、ここで思い出したかのように、ワタシは口にしていた。
「サオリはどうした?」
「サッちゃんならヒヨリとアズサを連れて訓練しているけど、どうしたの?」
「なに、先のエデン条約機構の件、奴の意見も聞きたくてな。しかし────」
素直に自分の意見を言ってくれるとは思えない。
あの娘はきっと、殿下の意見に従います、しか言ってくれなさそう。
サオリだって悪気は無い。
でも、何かこう、違うと思う。アツコやミサキ、ヒヨリもアズサだって、ワタシに意見や自分の考えを教えてくれる。
でも、サオリは、サオリだけは何も言ってくれない。
ワタシの意見を尊重し、自分の考えなんて二の次。ワタシに従ってくれる様子はまるで────。
「……どうしたの、殿下?」
途中で黙ったワタシを不審に思ったのか、アッちゃんが心配そうに見ていた。
ミサキも自分の席を立ち上がり、ワタシの方へと駆け寄って来てくれる。
それに対して、ワタシは片手を上げて。
「いいや、なんでもない。今後の方針について話すとしよう。ティーパーティーの桐藤ナギサが会談を求めているとのことだが────」
本当にどうかしている。
何を考えているのだろうか。でもこびりついた疑念は、徐々にワタシの心を侵食していく。
サオリへの振る舞いが、ワタシへ自身の意見を口にしない態度が、サオリの態度がまるで────あの年増を、彷彿とさせる、ものなんて。