~ソロモンちゃんねる~
ヒヨリ「サオリ姉さん、大変です! 殿下が大変で本当に大変で、どれくらい大変かっていうとわからなくて、でも本当に大変で!!」
サオリ「待て、ヒヨリ。結論から言ってくれないか?」
ヒヨリ「殿下がプリキュアになりました」
サオリ「すまない。やはり途中過程も言って────いや、その前にカメラだ」
アツコ「サッちゃん、任せて。私がしっかり撮るから」
私がアリウス分校に訪れていたのは、他でもない。
勝手に会談の日程を決めて、これまた勝手にアリウスに赴き、私には内緒で事を進めた幼馴染────桐藤ナギサことナギちゃんに文句を言うためでもある。
全く酷いよね。
セイアちゃんと組んで、コソコソ二人で私には内緒で話を進めるなんて。
私だって、一応ティーパーティーの一人であるし、話は通しておくべきだと思うんだ。こういうの、なんて言うんだっけ? 報告と連絡と相談のやつ。こくらくだん、だっけ確か。
まぁ、いいや。どっちでも構わない。兎に角、内緒で進めるのは良くないことだよ。
セイアちゃんを問い詰めていなかったら、どうなっていたことか。
きっと、私は何も知らないまま、ナギちゃんから事後報告されていたに違いない。
本当にナギちゃんも人が悪いよ。
アリウスに行くのなら、私に真っ先に声をかけるべきだと思う。だって、私の気持ちを知っているのだから。
それに、これはきっかけになると思うし。
大義名分、ってやつなのかな。トリニティとアリウスの会談をするという理由であれば、“アイツ”とお話できるかもしれない。
「でも……」
本当に?
そんな疑問が私の胸中にこびりついていた。
“アイツ”が入院していた時だって、私は会いに行くことも出来なかった。
緊張して、何をお話しすればいいかわからなくて────私のことを忘れているかもしれないのが、怖くなって。
会いに行けば良い、ってセイアちゃんは簡単に行っていたけれど、私にとってそれはとても難しい事で。
何が難しいのかなんて、考えるまでもない。ただただ、私が、臆病なだけ。
会って久しぶりなんて声をかけて、“アイツ”からの返答が「誰?」とかだったらって考えるだけで、胸が苦しくなる。
きっと、私は耐えられない。激情に任せて暴力に走ることもなく、見栄も恥も外聞もなく私は泣いてしまうことだろう。
忘れられても仕方ないことなのはわかってる。
私達の関係性なんて、絹のように薄く、少しでも傷つけば容易く切れてしまう。それほどのか細い縁だ。
“アイツ”にとって私は、昔にちょっと争っただけの子供でしかない。
私の名前なんて知らないだろうし、私の顔を覚えているかどうかすら怪しい。私のように声も、顔も、名前も、何もかもを覚えているとは限らないのだから。
「……っ」
そう考えただけで、私は泣きそうになる。
自業自得なのはわかってるんだよ。私があの時、あのゲヘナの二人よりも────陸八魔アルや浅黄ムツキよりも早く、声をかけていればまた違っていたのだと思う。
きっと、私達は仲良しで、ナギちゃんも交えた三人で幼馴染になっていたし、その仲の良さをセイアちゃんは呆れながら見ていた。そんな未来があったに違いない。
でもそうはならなかった。私が臆病で、面倒臭くて、ウジウジしていたから、そんな素敵な未来は一生迎えられなかった。
だから、今、出来る事をしたい。
二度と後悔しないように、悔しい思いをしないように。
そう決意したのは良いけど、臆病な私は踏み出せないで居た。一歩だけで良い、たった一歩だけで良いのに、その一歩が何よりも遠くて。
そうして、私は思考が纏まらないまま、アリウス分校に訪れていた。
もし、“アイツ”に会ったら何を話せば良いのか。
元気だった、と聞くべきなのだろうか。
何をしていた、と尋ねるべきなのか。
好きなものはなに、と距離を詰めるべきなのか。
会話ってこんなに難しい事だったっけ。
こんな気持ち、本当に初めて。“アイツ”を想うと何を話して良いかわからなくなる。お喋りとか、得意だった筈なのに。私の今までの経験が何もかも通用しないみたいで、どう話せば良いのか分からなくなってしまう。
そんな調子なのに、そんな有様なのに、そんな準備不足にも関わらず────遂には見つけてしまった。
ミレニアムサイエンススクールの体操服を着ていた“アイツ”が、目の前に、居た。
記憶と遜色がなく、綺麗な黄金の頭髪。腰まである髪の毛は綺麗で艶もあって、スタイルも良い。ああいうのを、体の黄金比って言うのだと思う。
同性から見ても、本当に綺麗で。思い出は美化しがちとは言うけれど、子供の頃に記憶していた“アイツ”と比べても色褪せていなくて、綺麗で可憐で美しく“アイツ”は成長していた。
どうすればいいのか、わからなくなる。
この日のために美容院にいったし、お気に入りの香水をつけて、メイクもバッチリな筈。制服に皺もほこりもなく、両翼だってお手入れは済ませてきている。
普段、お出掛けするときよりも、何倍も気を使って準備してきた。なのに、途端に足が踏み出せなくなった。怖くて、恐ろしくて、不安で、簡単な筈なのに、一歩が踏み出せないで居た。
そんな私を、“アイツ”は、見ていた。
じっ、と。穴が開くほど、眼を逸らさずに、ただ私だけを“アイツ”は見る。
その視線で。
「あは」
笑みが零れた。
先ほどまで、怖がっていた私はいなかった。
あまりにも遠かった一歩は、呆気ないほど簡単に、踏み出す事が出来た。
覚えてないと思った。
忘れていると不安を覚えた。
反応がないことを覚悟していた。
でもそれは違ったみたい。
何故なら“アイツ”の眼は変わらず、あの時のまま────黄金の双眸でこちらを見つめていたから。
それが嬉しくて、何よりも嬉しくて、言葉に出来ないほど嬉しくて。
まるで私達は示し合わせたかのように一歩一歩、確実に歩みを進めていく。
私は“アイツ”だけを見ていたし。
“アイツ”も私だけしか眼に入っていなかった。
今まで不安に思っていたのがバカらしい。
始めからこうしていれば良かったと、自分自身を自嘲する。
“アイツ”は本当に愉しそうに笑っていた。
眼を輝かせて、子供のように、口元を引き裂くように。あの頃のように、昔と変わらず、再現するかのように。
いいよ、戦おう。
あの時の続きをしよう。
今度こそ、満足させてあげる。
だから────。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
はて。
どうして、ワタシの視界に、青空が広がっているのだろう。
最初にそんな、疑問が浮かび、遅れて視界が歪んだ。
そこからワタシは倒れているのだと、現状を把握するまでにそこまでの時間が掛からなかった。
上半身を起こす。
視界の先には、アリウス分校のグラウンド。
その先には片膝を突いている────“あの娘”の姿。
いまいち、記憶がない。
“あの娘”の姿を見てからの数秒間。まるで記憶障害でも起こしたかのように、ワタシの記憶は曖昧だった。
何が起きたのか、何があったのか。今までの状況をぼんやりとした頭で整理する。
“あの娘”を見た瞬間、身体が熱くなったのを覚えている。
理性が蒸発し、本能が暴走し、
そうだ、思い出した。
ワタシは“あの娘”の存在を認識した瞬間、言葉を交わすことなく近付いて、そして────。
「あぁ、道理で」
殴り合ったのだった。
その結果は見てのとおり。同時に、お互いの右頬に着弾した拳。殴り飛ばされたのはワタシの方。距離的には50メートル程だろうか。
初めての感覚。
正面からの殴り合いでは勝てない。身体の
それに加えて────。
「……入っている」
そう、入っている。
本来は、身体が無意識にセーブし、八割ほどしか性能を発揮できない。だが
精神は安定し、意識は全能感に支配され、最高のパフォーマンスを発揮する。
あの、ネルちゃんですら自分を傷つけてギリギリまで追い込む、というきっかけ、つまりは
そんなことが出来るのは、神域の天才。
キヴォトスにて存在する強者でも、容易くは辿り着けない至高の領域。
なのに、“あの娘”はいとも簡単に、きっかけもなくその領域に到達していた。
なんて出鱈目なのだろう。あれはそういった類の怪物だ。誰もが辿り着けない領域に、まるで嘲笑うように、自身の才能のみで。
「何を馬鹿な」
そんなわけがない。
才能のみで辿り着けるわけがない。本当に、自分の狭い見識には呆れるばかり。
鍛錬に次ぐ鍛錬。訓練に重ねた訓練。それこそ、ワタシの想像を絶する血反吐を吐くほど、“あの娘”は鍛え上げたのだろう。
そうでもないと、あの領域に辿り着けるわけがないのだから。
きっと、ワタシは負けるに違いない。
単純な殴り合いでは分が悪く、愛銃も破損や紛失し、エンジニア部からその代わりのものも届いていない。
絶対に負ける。このままでは“あの娘”に敗北する。
「────それが、何か問題?」
本当に自分でもどうかと思う。
負けるのが確定している現状、逃れられない敗北の未来を前にして、ワタシの笑みは深まるばかり。
愉しい、本当に愉しいんだ。
気持ちが高揚する。筆舌尽くしがたい多幸感に溢れ、ワタシの理性は既に蒸発していた。
勝ち負けなんて、どうでもいい。
視界はグラグラと今も揺れているし、気持ち悪く今も吐きそうになる。口の中には鉄の味が広がっており、切れて血が出ているのだとわかる。
でもそれが良い。それが愉しい。
自分が生きているのだと、実感できるこの瞬間が、たまらなく愛しい。
まるで運命だ。
あの頃の続きのようで、ワタシの前に現れた“あの娘”は、昔と比べるのも失礼なくらい強くなっていた。
呼吸が荒くなるのを自覚する。
それは興奮によるものなのか、はたまた上手く呼吸が出来ていないだけなのか、ワタシ自身すらわからない。
でもこれだけは言える。
「いいよ、本当に。貴女は本当に、本当に最高────」
結果がどうなろうと知った事じゃない。
今を愉しまないと。例え負けるとしても、無様に地面に転がる結果になっても、今を愉しまないと勿体無い。
回復したのか。
あの娘も片膝を突いていた状態から、立ち上がっていた。
ワタシも立ち上がろうとするけど。
「あ、れ……?」
立つ事が出来たのはいいけれど、膝が笑っている。
ダメージが抜け切っていない。なんて脆い身体なんだろうか。
苛立ちはない。
ただ、自分の情けなさに呆れるばかり。
ワタシは握り拳をつくり、振り上げた。
「────っ!」
太ももを殴りつけた。
叱り付けるように、情けない身体を鼓舞するように、何度も何度も殴りつける。
痙攣していた膝はとまり、五体満足。これで再び戦う事ができる。
「そうだよ。これからでしょ、最高に盛り上がるのはさ……!」
歩く。
優雅に、逸る気持ちを抑えて、優雅に歩いて近付く。
近付いて何をするのか。
技で攻めるのか、駆け引きをしかけて翻弄するのか、メンタルを崩すのか。
なんてツマラナイ。あんな最上の相手に、そんなツマラナイことなんてやったら勿体無い。いつものように、正面から堂々と。撃ち合えないのなら、殴り合うべきだ。それが一番、愉しいに決まっているのだから。
「で、殿下!」
割って入る人影。
それがアズサであることを、ワタシは辛うじて認識した。
彼女は慌てながら。
「良かった、眼も紅色に戻って────」
「アズサ」
ワタシは遮るように、彼女の姿を見ることもなく。
「直ぐに退いて。怪我しちゃうよ?」
演技している余裕もない。
ワタシは事実だけを口にするけど、アズサの意志は固いようで両手を広げて行く手を阻む。
「い、いいや! ダメだ殿下! 今戦ったら、会合が台無しになっちゃう」
「────ぁ」
その言葉に、蒸発した筈の理性が微かに戻ってくるのを自覚する。
そうだ、そうだった。
今はアッちゃん達とトリニティの偉い人が会談していた。
それなのに、ワタシは“あの娘”と戦っていて良い筈がない。絶対に問題になるし、下手したらアリウスとトリニティで戦争になるかもしれない。
それだけは駄目だ。絶対に駄目だ。ワタシのツマラナイ欲望で台無しにしていいわけがない。
今ならまだ間に合うかもしれない。
直ぐに停戦して、“あの娘”に謝罪をすれば、何とかなるかもしれない。
でも────。
────本当に、それでいいの?
これが最後かもしれない。
アリウスが例の条約に参加したら、それこそこうして“あの娘”と戦うことなんて出来なくなるだろう。
だから、これは最初で最後のチャンス。
“あの娘”と戦える、最後の状況。
なんて身勝手だろうか。考えるまでもなく、戦いをやめるべきだ。でも事実が、ワタシの判断を鈍らせた。
それは、刹那にも満たない。
一瞬の、瞬き程度の身体の凍結。
それが良かったのか、功を制したのか。
「────ミカ?」
凜、とした声がグランドに響く。
いつの間にかトリニティの生徒が、ワタシに対するアズサと同じように“あの娘”の前に立っていた。
後姿しか見えないものの、有無を言わせない迫力。
“あの娘”も身体を硬直させて、怯える姿となりその生徒の名を口にしていた。
「な、ナギちゃん……」
その姿に既視感を覚えるが、直ぐにどこで見たのか理解した。
冷や汗を流し、視線を泳がせ、しどろもどろになる姿。
アレは、そう────やらかしたワタシにそっくりだ。
△ナギちゃんも交えた三人で幼馴染になっていたし
そんな世界線も間違いなくあった。
でも、そんなことにはならなかった。ならなかったんだよミカ。だからこの話は、ここでおしまいなんだ。
それはそれとして、許さないよ陸八魔アル、覚えてなよ浅黄ムツキとはなる。
△正面からの殴り合いでは勝てない。
それはそう。
Q.ミカなんで強いの?
A.才能があって努力したから。あとオウヒが絡むとステータスが二段階くらいアップする。ここのミカは性能だけでいえば最強なのだった。これにはナギサ様もにっこり。
△「────それが、何か問題?」
それでも、と嗤う系女子。
勝ち負け関係なく、身体は闘争を求める。
評価をしていただきありがとうございます。
高評価だともっとテンションが上がりますので、どうかよろしくお願いします!