~前回のあらすじ~
ミカ「ナギちゃん、セイアちゃん。見なよ、オレの“アイツ”を」<コンナ アリガタイコトナイカラ チャントミタホウガイイヨ
ナギサ「ご本人の前で言えるようになったら、見てあげますよ」
セイア「つまりは一昨日来やがれ、ってことさ。わかるかい、ミカ?」
ワタシと“あの娘”とのやらかしから、数日が経った。
それは要するに、トリニティからの会談から数日が経ったと同じ事。
会談では多少の問題────いいえ、大きな問題はありました。えぇ、それはもう。何もかも台無しにする所でした。自己嫌悪も止むなしです。思い出すだけでも、自分自身を殴り倒したくなるけど、今は我慢する事とします。
何はともあれ、やらかしたワタシが言うのも厚かましいけど、会談は無事に終わり今後の両校の方針も話し合いをすることが出来た。
その際に、トリニティの内情なども聞くことが出来た。ある意味でトリニティらしい悩みであり、強みもトリニティらしいもの。良くも悪くも、昔からトリニティという学校を知っているワタシとしては、あまり衝撃的なことはなかったけど、ミサキにとっては衝撃的だったみたいで、終始眼を丸くさせていた。
そして二言目には「そこまで資財があるなら、アリウスだと二年近くは持つのに……」といったことを呟いていた。
ミサキの主戦場は、銃弾飛び交う戦地ではない。ない財を捻り出し、生活の基盤をまともに整えて、消耗品などを補充し、その際に捻出した資金をどうするか、と頭を悩ませる。
つまりは、財政担当。その観点から、トリニティのお金の使い方に、衝撃を隠せなかったのだろう。
そういう意味では、良い刺激になったのかもしれない。
他校の内情なんて、あまり聞けるものじゃない。トリニティとの会談はアリウスにとって有意義なものであり、改めて足りないモノも見えてくるものだった。
そうして、意見を交えて、改めて問題となったのは、交換留学の件だ。
とはいえ、アリウスにとってはそこまで問題ではなかった。候補が一人もいないとなれば、頭を悩ませる問題ではあったけど、一人だけワタシの中で候補となる人物がいたから。
それは、“あの娘”にとっても、同じだったみたいで。
ワタシ達二人にとって、その生徒であれば問題ないだろう、というのは共通な見解でもあった。
その生徒とは────。
「…………」
件の生徒とワタシとアッちゃんがいるのは、アリウスの生徒会室。
未だに慣れない玉座にワタシが座り、その傍らにアッちゃんが立ち、その生徒はワタシ達から3メートル程の位置で立っていた。
しかし、どこか様子がおかしい。
その生徒の様子は怯えたように、顔を伏せて、スカートの裾を両手でギュッと掴んでいる。まるでその様子は、怒られることに怯える子供のよう。
アレか。
ワタシの態度がダメだったのだろうか。威厳たっぷりでカッコつけようと、足を組み、玉座の肘掛に肘を立てて、頬杖しているのがダメだった?
それが萎縮させている原因の一つだったの? だったら直ぐにやめます。こんなに怯えられるとは思いもしなかった。
直ぐに姿勢を正す。
具体的に言うと、足を組むのをやめて、胸を張り、両手は膝の上。気をつけの状態で、隣に立っているアッちゃんに向かって限りなく小さい声で。
「アツコ、何故アズサは泣きそうな顔をしているのだ? 余、なにかやった?」
「何もやってないと思うけど……」
「で、あるよなー?」
「殿下は心当たりないの?」
「ない。故に、絶賛困っている」
意識をアッちゃんから、件の生徒────アズサへと移す。
彼女の様子は今も変わらない。今にも泣きそうで、あまりにも申し訳なさそうで、反省し続けたかのようで痛々しい。
困った、本当に心当たりがない。
ワタシはアズサの顔を見るのは、会談前に行なっていた模擬戦以来だ。それからはアズサと別れて、ワタシは会談に出席したし、アズサも訓練を続けていたに違いない。
考えれば考えるだけ、何かが起きたわけでもない。ワタシと別れた後に、何かあったのだろうか。
そう思っていると、小さい嗚咽が聞こえる。
発声源はもちろん、アズサから。ワタシは思わず立ち上がり慌てて身振り手振りで。
「ど、どうしたのだ、アズサ。ポンポンか! ポンポンが痛いのか!? ちょっと、直ぐに病院を連れて────!」
「えっ、病院を連れて、え? と、とりえず、殿下は落ち着いて。アズサ、どうしたの? 本当にお腹痛いの?」
「ううん、違う……」
アズサはそういうと、ぽつりぽつり、と小さい声で己の心情を吐露していった。
「殿下の邪魔を、私がしたから……」
「邪魔?」
今にも生徒会室から飛び出し、病院を連れてこようとしたワタシは、ここでやっと動きが止まった。
まるで冷や水をかけられたかのように。狼狽していた茹った思考は澄み渡っていき、漸く冷静さを取り戻し、新たな疑問が生まれてソレを口にした。
邪魔、邪魔とは。
それは一体なんのことだろう。アズサが邪魔になった事なんて、今まで一度だってないし、そんなことを考えた事も一度もない。
首を傾げるワタシに答えるように、アズサはこれまた小さい声で顔を伏せながら。
「殿下と、聖園ミカとの間に入って、戦闘の邪魔をしたから……」
「あー……」
なるほど、そういうこと。
アズサはもしかして────。
「もしかして、殿下に怒られると思った?」
「うん……」
アツコの優しい声からの問いに、アズサは力なく頷いた。
確かに、何も言われないで呼び出したら、そういう風に捉われても仕方ないよね。
アズサには悪い事をしちゃった。
怒るなんてとんでもない、叱りつけるなんてありえない、憤りをぶつけるなんてもってのほか。
「すまぬな、アズサ。まずは貴女に礼を述べるべきであった」
えっ、とアズサが声を上げるのを聞こえる。
彼女がどんな表情をしているのかわからない。何せワタシは彼女に頭を下げているのだから。
謝罪、そしてお礼。
その両方の意味で、意味を為さない玉座から立ち上がり、アズサに向かって頭を下げる。
「ワタシのツマラナイ欲望で、何もかもを台無しにするところだった。アズサ、ワタシを止めてくれて本当にありがとう」
対して、アズサは慌てた声色で。
「殿下! あ、頭を上げて! 私は殿下が頭を下げることなんて何も────!」
「────してない、なんて言わせないよ。だって、アズサが止めてくれなかったら、どうなっていたかわからないから」
そう、どうなっていたかわからない。
あのまま、欲望のまま、心のまま、“あの娘”と戦闘を続行していたら、どうなっていたかわからない。
少なくとも、今のようにトリニティと良好な関係を築けるとは思えない。ティーパーティーの一人である聖園さんが手を出されたとなっては、パテル分派及び、トリニティが黙っているわけがない。ワタシの首一つでどうにかなるのなら、喜んで差し出すけど、それで収まらないかもしれない。
そうなれば、最悪泥沼の戦争となる。
きっとゲヘナも介入することになるし、完全な中立でもある連邦捜査部シャーレが間に入っても、起きてしまった事象を巻き戻すことは出来ない。
遺恨は残り、両校との軋轢は消えることなく、些細な火種で燃え上がるのは必定。
そうなれば、エデン条約どころじゃない。
アリウスは、キヴォトス三大校の一角でもあるトリニティと事を構える事となる。
そんな、誰もが考えられる事を、あの時のワタシは考えられなかった。
大局に眼を向けられず、己の欲望のまま突き動かしていく獣と変わらなかった。
そして、ソレを止めてくれたのがアズサだった。
ワタシも、“あの娘”も、殺気だっていたにも関わらず、勇気を振り絞りこのままではいけないと、止めてくれたのはアズサだ。
そういう意味でも。
「ワタシがギリギリで道を踏み外さないのは、アズサのようにワタシを止めてくれる人がいるから。自分の考えを、口にしてくれるからだと思うし、────ワタシにはそういう人達が必要なんだ」
ワタシは間違えてきた、それこそ何度も。
心のまま暴れて、欲望を発散して、その後に悔やんだ事なんて数知れず。
自分でもどうかと思う戦闘欲求だけど、それでも道を踏み外さないでいれるのは、ワタシを止めてくれる人がいるから。
どうしようもない、空っぽなワタシだけど、それでも見捨ててくれない彼女達がいるから、今のワタシがある。
「ワタシは本当に恵まれている。ワタシは視野が狭いから、頭も悪いし、自分一人では何も出来ないどうしようもない奴だけど、アズサのように自分の考えを口にしてくれる人がいて、助かっているんだよ」
そういうと、ワタシは顔を上げる。
視界に映ったのは、未だに自信がなさそうにワタシを見るアズサ。
もっと、堂々としても良い。もっと、誇っても良い。だってアズサは、それだけのことをしたんだから。トリニティとアリウスの間を取り持ち、最悪の終わりを回避したのは貴女なんだから。
自信が持てない貴女の背を後押しするように、ワタシは口調を変える。
鼓舞するためにも、情けないモノではなく、堂々としたワタシを演じるように。
「故に、アズサよ。これからも思うがままに振舞うが良い。貴様の無垢なる純白の在り方は、貴様の心のままに振舞ってこそ輝きが際立つモノだからな」
「う、うん……!」
安心したのか、アズサは今度こそ満面の笑みで力強く頷いてくれた。
それから直ぐに、頬を赤面させて。
「殿下にそういわれると、その、照れてしまうな」
「ククッ、愛いやつめ。近う寄れ、こう、もそっとな! ほっぺをむにむにさせるが良い!」
「うん!」
そういうと、アズサは近付いてきてくれる。
何の警戒心もなく、その姿にキュンとさせてくれる。これが萌えというやつか、と思いながらワタシは両手を伸ばしアズサの頬を撫で回す。
柔らかい、とても柔らかい。
小さくて本当に可愛い。
一生こうしていたい。新しい癒しを見つけてしまった。
「……あれ、それじゃ私は何で呼ばれたの?」
ワタシに撫でられながら、不思議そうにアズサは首をかしげた。
ここで、原点に立ち戻った。
つまり、どうしてアズサがここに呼ばれたのか。
「貴様を呼んだのは他でもない。トリニティとの交換留学の件だ」
「アズサが良ければお願いしたい、と思って」
撫でるのを止めてワタシは言い、アッちゃんが笑みを浮かべて続く。
対して、アズサは眼を丸くさせて、どこか興奮気味に。
「行っていいの!?」
「無論。余と聖園ミカとの間に入るほどの胆力を持ち得る貴様であれば、問題もあるまい」
それに、と言葉を区切りククッ、と我ながら意地が悪いと思いながら笑みを零しながら。
「行きたかったのだろう、交換留学に」
「どうして……」
「模擬戦の際に、言いかけたであろうが。余の耳は誤魔化せぬと知れ」
あの時、アズサは「殿下、もし良かったら私を────」と言いかけていた。
その後に続く言葉なんて、ワタシでも察する事が出来る。
どうして、アズサがトリニティに行きたいのかはわからないけれど、彼女が行きたいというのなら断る謂れもないし、アズサなら問題ないだろう。
でもアズサは違うようで。
最初は興奮気味だったけれど、次第に徐々に冷静さを取り戻すように、後ろめたそうな表情に変えて。
「本当に、私で良いの?」
「良いに決まってるよ。もしかして、不安なの?」
「違う、けど。それは……」
アッちゃんの優しい問いに、否定しながらワタシを見る。
ワタシは頷いた。
先ほどのような意地の悪い笑みではなく、安心させるような顔をアズサに向けて。
「良い、述べることを赦す」
アズサは力なく頷いて、ポツリポツリと小さく言葉にしていく。
「……以前、殿下が言ってくれたでしょ」
「何をだ?」
「狐坂ワカモに私が教えていた子達が襲われて、怒っていた私にまずは怒りを静めて、視野を広げろって」
そういえば、言ったと思う。
あの時のアズサは、ワカモの顔を見たらノータイムで引き金を引くくらいには、冷静ではなかった。
「私がトリニティに行きたいのは、そのためなんだ。このままでは狐坂ワカモに勝てないから。だから、ここではない場所に行って、色々なものを見て学び、自分の力にしたい」
なるほど、そういう意味だと確かに。
視野を広げるため、他校へ行きアリウスにはないモノを学習して、己の力とする。
そういう意味でも、交換留学は大義名分を得ている。
何の気兼ねもなく、堂々と、トリニティへ学びに行けるというもの。でもアズサはそう考えてないようで、彼女は視線を落としながら、後ろめたそうに。
「これが、トリニティに行きたい理由。とても不純な理由。アリウスのためとか、殿下の役に立ちたいとかじゃなくて、自分のことしか考えて────」
「────良いではないか」
ワタシは遮るように、アズサの不安を吹き飛ばすように、否定する。
アズサは、え? と顔を上げるが、ワタシは続けて。
「結構な事だ。良いではないか、報復が理由だとしても」
そう、それでもワタシは肯定する。
アズサが後ろめたくなる必要も、足を止める理由にもなり得ない。
ワタシにとって、闘争とは人生そのもの。
空っぽだったワタシにはそれしかなかった。
故に、勝利も敗北も、ワタシには二の次。闘うという行為こそが、ワタシにとっては大切なことだ。
だけど、アズサは違う。
彼女はワカモに勝つことを望んでいるし、今もどうすればいいか考え足掻いている。
ならば、方針は決まっている。
勝ちたいのなら勝てるにはどうすればいいか考え答えを導き出したのなら、それを実践するべきだと思う。
それがたまたま、トリニティへ学びに行くことであるのなら、そうするべきだ。それは、不純などではない。どこまでも、勝つことを考えた────純粋なものなのだから。
「報復が不純であるものか。やられたらやり返されるのが世の常である。勝つために、負けないために、勝利するために、敗北しないために、貴様がトリニティにそれを見出したのなら、迷わずに赴くべきだ」
「……それが私の独りよがりで、襲われたあの子達が報復を望んでないとしても?」
「貴様には
うん、とアズサは頷いた。
顔は自信なさ気に、でも瞳は前を見据えている。
例えそれが自己満足だとしても、許せない気持ちがある限り、前に進めないことをアズサは自覚している。
そのような眼だ。それは後ろめたくなる必要がないくらい、強く光り輝いて見えた。だったら、大丈夫。アズサは大丈夫。道を踏み外す事なんてないと確信できる。
「ならば、余は止めぬ。後に何も残らない闘争ではなく、先へと進むための闘争であれば、貴様は銃を取り闘うべきだ」
ククッ、とワタシは笑みを浮かべる。
ワタシのように、愉しみたいから闘う、といった理由ではなく。自分が前に進むために闘う、そんな気高い理由で銃を手に取るアズサを眩しく思いながら。
「────アズサよ、悔いなく闘うが良い。一切合切心置きなく、あの狐を、あの『災厄の狐』を見事討伐してみせよ」
「────っ、あぁ! 見ててくれ、殿下!」
あぁ、本当に眩しい。
理由もなく闘えてしまうワタシには、今のアズサは本当に眩しい。
だからだろうか。
ワタシは気付けなかった。
扉の前で、ワタシ達の会話を聞いていた生徒の存在に────。
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走る、走る、走る。
あの場にいないために、離脱するように、私は走る。
アズサが殿下に褒められたのは喜ばしい。それは自分の事であるかのような心境だった。
アツコが殿下の役に立てている事が誇らしい。あの二人が仲良くしてくれてて、心が落ち着くのを感じる。
問題があるとすれば私だ。
「はぁ、────はぁ、っ」
息が切れる。
動悸が激しい。
玉のような冷や汗が頬を伝う。
無呼吸で走ったからか────違う。
訓練の後に走ったからか────違う。
何か後ろめたいモノでも見たからか────違う。
それでは何故、私はあの場から離脱したのか。
「────」
私は立ち止まり、先ほどの殿下の言葉を反芻する。噛み締めるように、自分の心に刻み付けるように、忘れないように。
────自分の考えを、口にしてくれるからだと思うし、────ワタシにはそういう人達が必要なんだ────
「っ」
視界が狭まる。
上手く呼吸が出来ない。
殿下の駒であろうとした、殿下の敵を排除するための剣であろうとした、殿下の身を守るための盾であろうとした。
それが私に出来る恩返しだと思ったから。私を、私達を、地獄から救ってくれた殿下に返せるのは、この身一つしかないと思ったから。
でもそれが、殿下にとって迷惑だったとしたら?
今まで私がやって来たことが、殿下にとっては迷惑でしかないことだとしたら?
何も言わない、意見すら口にしない、案山子のような私を、殿下はどう思っていたのだろうか。
考えれば考えるだけ、動悸が激しくなる。胸は締め付けられ、体の芯から冷えていくのを自覚する、今まで胸に抱いてきた信念が凍結していく。
どうすればいいのか、わからない。
私は、自分がどうすればいいのか、定まらない。
「私は、どうすれば、いいんだ……?」
口にしたところで、答えが返ってくるわけではない。
呆然と、立ち尽くす。どうすればいいのか、定まらないまま。私は────。
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兵隊です。
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本当に、本当に、ありがとうございます!
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