~ソロモンちゃんねる~
幼いオウヒ「最近、悪い事を覚えました」
黒服「悪い事、ですか? それはどのような……」
幼いオウヒ「お買物の帰りにアイスを食べる事です」
黒服「そう、ですか……」
幼いオウヒ「しかもダブルで」
黒服「…………なるほど」
ミレニアムのエンジニア部から装備を受け取った次の日。
ワタシはトリニティ総合学園へと足を踏み入れていた。
目指すべきはトリニティの
正直、気が重かった。
アズサが喧嘩するであろうことは、実のところ想定内の出来事。
自分がおかしいと思ったことを、周りに流される事がなく見てみぬフリが出来ないのがアズサの美点だ。
そういう意味では、アズサはトリニティとは相性が悪いと思う。
真正面から事を構えるのではなく、裏で暗躍し政争に奔走するのがトリニティだ。
アズサが闘ったのは、偶々そういう場面に出くわしたからである事は、アズサの人となりを知っていれば簡単に想像できる。
でもそれは、トリニティ側も同じであるとは言えないこと。
“あの娘”ならまだしも、他のティーパーティーが同じとは言えない。
もしかしたら、難癖を付けられる可能性があるし、ワタシはそれに耐えないとならない。
ワタシの事を言うのなら別にいいのだけど、アリウスやアズサが悪く言われる事があったら、ワタシはどうなるかわからない。
いいや、何を言っているんだろうかワタシは。
我慢しないと。ワタシが怒る理由に、彼女達を使うのは間違えている。
これは簡単な話なんだ。
ワタシが我慢して、トリニティの人達に謝り倒せば済む話。
闘って解決出来ないことがあるように、それが今回の件であるのだから。
そうして、ワタシはトリニティの生徒会室のドアの前に立つ。
汚れ一つない。純白で、どこか高級感があり、少しだけワタシは圧倒される。
自分に自信があり、堂々としている性格であれば、そのままドアをノックするのだろう。
でもワタシは違う。自分に自信はないし、高級感のあるドアを前に、途端に身窄らしい気持ちになり挙動不審になってしまった。
片手には、喫茶ばにたすで作ってもらった6個のシュークリームが入った片手で持てるタイプの箱。
アイロンをかけた、皺一つないミレニアムの制服。
袖を通さず両肩に羽織るのは、昨日新調したばかりの軍用ロングコート。
手鏡を見て、髪の乱れがないか入念にチェック。
「うん、大丈夫」
思わず声に出してしまう。
相も変わらず平凡な顔で、どこにでもいるようなワタシだけど、身だしなみに関しては問題がなかった。
深呼吸。
吸って、吐いて。それを数度繰り返し、ドアをノックする。
中から「どうぞ」という声が聞こえる。
ドアの奥から感じる気配は一人。そして、聞いたことのある声に誰なのか想像しながらドアを開けた。
そこにいたのは、桐藤ナギサさん。
驚きはしない。むしろ、思っていた通りの人物でホッとしている。
桐藤さんはワタシを見て、開口一番微笑みながら。
「ごきげんよう、天上院さん」
なんという、お上品なのだろうか。
多くは語らず、桐藤さんは挨拶をしただけ。
優雅に座り、ティーカップを片手に、こちらに笑みを浮かべて声をかける。
それだけで、気品を感じるのは、彼女の所作が完璧だからだろう。
ワタシは少しだけ考える。何て返せばいいのだろうか。
桐藤さんはワタシの年上だし、目上の人であるし、ここはトリニティというお嬢様学校。
普通に会釈すればいいだけなのだけど、ワタシはどうにもテンパってるみたい。
郷に入れば郷に従うものですよ、アヌ。
という謎の声が聞こえて、ワタシは何も考えずに、両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、挨拶をする。
「ごきげんよう、桐藤さん。本日はお目通しいただき、ありがとうございます」
テンパっていながらも、完璧な挨拶。
昔、習った事は簡単には忘れない、って聞いたことがあるけど本当なのかもしれない。
会心のできに、確かな手応えを感じているワタシだけど、桐藤さんはそうではないみたい。
唖然、と。
何も言わずに、眼を丸くしてワタシを見ている。
……あれ、間違えた?
おずおず、とワタシは口を開ける。
「あの、なにか……?」
「あ、いいえ。失礼しました」
直ぐに調子を取り戻した桐藤さんは続けて。
「所作が完璧でしたので、つい……」
完璧、ってそこまで?
お世辞でも嬉しい、って思ったけど内心複雑なワタシです。
だってこれは昔に、ワタシの小さい頃にあの
ワタシが独学で身につけたものじゃないものであり、アイツが関わってくるものだから、あまり良い気分にはならない。
とはいえ、これは桐藤さんには関係のないこと。
ワタシは素直に礼を述べた。
桐藤さんは、空席になっている対面の席へ片手で促して。
「どうぞ、おかけになってください。楽にして頂いて結構です」
「そうか。では失礼するとしよう。あと、これお土産である。皆さんで食べるが良い」
「これはこれは、ありがとうございます」
口調もいつものそれに変える。
ワタシはお土産のシュークリームを桐藤さんに差し出し、促されたまま席へと座った。
いつものそれ、つまりは偉そうな余。演技100%のワタシをお届けする。
だって、楽にしていいっていったし、大丈夫だよね。
桐藤さんも特に不快に思ってはいないみたいで、優雅な動作でティーカップを置いて。
「それで、そちらの様子はどうですか?」
「順調である。アツコも張り切っているからな」
「まぁ、アツコさんが?」
嬉しそうに反応する桐藤さんに、思わずワタシは意地の悪い笑みを浮かべて。
「ククッ、貴様も白々しい。最近、アツコと連絡を取り合っていると聞いているが?」
「お見通しですか。さすが、アリウスの王」
「よせやい」
照れているわけじゃない。
本当にいまだになれないのです、そのアリウスの王ってやつ。
最近なんて、本当にワタシがそう呼ばれていいのか、わからなくなってきたし。
ワタシの反応を見て、それを照れ隠しと判断したのかもしれない。
微笑ましく口元に笑みを浮かべて言う。
「私は助言をしているだけです。アリウスの外交が上手くいっているのは、アツコさんの手腕によるもの」
「で、あるか」
「はい、ただ」
「ただ?」
少しだけ申し訳なさそうに、それでいて愉しそうに桐藤さんは言った。
「アツコさんの意欲と吸収力が凄まじく、教えてる側としましても楽しくなってしまって……」
「ほう?」
わかる、わかりますよ、その気持ち。
アッちゃんはそういうところある。何もしてないよ、って言う顔で器用にこなしてくれる凄い人なんです。
桐藤さんは人を見る目がある。そうなのです、アッちゃんは凄いのです。
ううん、アッちゃんだけじゃない。
アリウスの皆、本当に凄いのです。
「で、あろうとも。うちのアツコは凄いのだ。いいや、アツコだけではない。うちのアリウスの者達は、なんか、もう、すごいのだ」
「ふふっ、えぇ、そうですね」
思わずテンションが上がって饒舌になってしまった。
桐藤さんも否定せず、笑みを浮かべているだけだから余計に。
それに気付いたワタシは、途端に恥ずかしくなって軽く咳払いをして話題を変えることにする。
「ゲヘナとの会談も無事、終えたと聞いている。それも貴様の入れ知恵によるものか?」
「いいえ、そちらに関しては私は何もしておりません」
「で、あるか」
「えぇ、恐らくですが、彼女達も私達と手を組まざるを得ない状況になったと考えるべきでしょう」
あのゲヘナが。
あの唯我独尊で、我が強い事に定評のあるゲヘナが。
ヒナ以外、人としての感性がまぁまぁ終わっているゲヘナが。
手を組まざるを得ない状況になっていたとは、ワタシも想像していなかった。
てっきり、誰とも手を組まない、って言われて条約が拗れると思っていたから。
だから、アッちゃんに会談が上手くいった、と聞いたときは驚いた。
無理難題言ってくるんじゃないかなーって思っていたし、そうなったらヒナと一緒に、ゲヘナの生徒会である
「エデン条約の本来の目的をご存じですか?」
「ゲヘナの『雷帝』を抑えるためのものであった、と聞いている」
「さすがですね」
桐藤さんは頷くけど、違うんです。
雷帝の牽制云々は、全ては入れ知恵なのです。リオ会長の。本当に聞いておいて良かった。
あの人は本当に何でも知っているな、って思う今日この頃なのです。
「天上院さんのおっしゃる通り、本来であれば『雷帝』への牽制のためのモノです。連邦生徒会長主導のものと、提唱された策でした」
「連邦生徒会長が失踪し、空中分解しかけたモノを貴様が纏め上げたのであろう」
ワタシの言葉に、えぇ、と桐藤さんは肯定する。
凄い簡単に言うけれど、凄い事だと思う。
多分だけど、これは桐藤さんが一人でやったこと。
両校は未だに、悪感情を向け合っている。お互いに銃口を向けあい、些細なことで引き金が引かれる。そんな状況だ。
それは良くないことである、と思い動いたのが桐藤さんなのだろう。
トリニティにはゲヘナと手を取り合うことに賛同する者はいないし、それはゲヘナでも同じ事。
なのに、一人で推し進めて形となり、実現するまで後もう少しというところまで漕ぎ着けた手腕。
賞賛する他ない。
少し前のワタシは、上手くいかないと断じていたけれど、今は改めざるを得ない。
桐藤さんがいれば、条約は上手く行く。この人には絶対締結させるという、断固とした意志を感じるから。
「その手腕、見事という他ない。為政者としていうのであれば、貴様ほどの者はそうはおるまいよ」
「お世辞がお上手ですね」
「余は事実を口にしているまでのこと。この偉業を眼にできるのは、余にとっての誉れである」
ワタシの世辞ではない本心の賛辞に、桐藤さんはありがとうございます、と照れたように軽く笑みを浮かべて続けて言う。
「雷帝が卒業した今、ゲヘナにとって条約を結ぶ謂れはありません。話を合わせ、土壇場で引っくり返すような策を弄してくると思っていましたが」
そこまで言葉を区切り、苦々しい表情に変えて事実だけを口にした。
「幸か不幸か、彼女たちも無視できない存在が現れました。いいえ、蘇ったと言った方が正しいのかもしれません」
「む? なんだそれは。そんな者がいたのか?」
ゲヘナが無視できない存在とか、相当だと思う。
そんな人、キヴォトスにいたかな、って思いつつ、妙な単語────蘇ったと表現したのを思い出していると。
「……天上院さんは『ソロモン』なる人物をご存じですか?」
「ぶっ」
勢いよくむせる。
聞きなれた単語であり、今は聞きたくなかった単語。
自分のやらかしを掘り返されたかのような、二度と聞きたくなかった言葉に、ワタシは動揺してしまった。
いいや、ワタシがやらかしたことじゃないけど。
コンサバティブちゃんとかいう、素敵メカが暴走したせいだけど。
桐藤さんは席を立ちワタシに駆け寄ろうとするけど、ワタシは片手で制す。
本当に問題ないのです。問題ないので、そんな心配そうな顔をしないでほしいのです。罪悪感で死にそうになるので。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。続けて?」
えぇ、と困惑しながらも桐藤さんは神妙な面持ちで口を開く。
「曰く、ゲヘナの『雷帝』と覇を競い合い敗北し、歴史の裏に消された傑物。その力は『雷帝』に勝るとも劣らず、あの空崎ヒナさんに比肩しうると聞いています」
「そ、そうなのかー」
「ゲヘナにとっても無視できないのでしょう。ゲヘナでも情報が錯綜していると聞いています。先ほど申し上げましたとおり、元々この条約は『雷帝』を抑えるためのモノ。『ソロモン』への対応処置としても、この条約はゲヘナにとっても渡りに船だったのでしょう」
「彼奴の情報は何か掴んでいたりしなかったりする?」
「トリニティの総力を挙げて調査しています」
「あげちゃったかー、総力」
不味い、非常に不味い。
トリニティほどの規模での総力をあげての調査なんて直ぐにバレる。
コンサバティブちゃんは自信満々に、大丈夫だ、問題ない、なんて言っていたけれど何一つ信用してないワタシです。
何故なら、コンサバティブちゃんだから。だって、偶にバグるし。小鳥遊さんに「今日は、貴女で童貞を捨てた男子生徒と一緒じゃないんですか?」って言った時は、わけわからなかったもん。
誰なの、その人は。
冷や汗ダラダラのワタシだけど、そんな心配を余所に桐藤さんは悔しそうに。
「ですが、何一つつかめていません。こんなことは、初めてです……」
「そ、そうなんだ」
「えぇ。まるで、存在しない者を追っているようです……」
「じ、実はそんなものいなかったり」
「それはないでしょう。彼女の存在を、大勢目撃しています」
「で、あるよねー」
そうだよね、いっぱい見てるもんね。
アーちゃんとムーちゃんが所属している便利屋68の人達。
あとは、シャーレの先生ともう一人のアビドスの生徒さんがいたような。
シヴァさんに、ゲヘナの風紀委員会の方々。
うん、たくさんだ。
噂になるに決まっているし、設定が設定だからゲヘナで騒ぎになるのは明白だし、トリニティでも問題になるのは火を見るより明らか。
改めて、何てことをしてくれたんだろう、コンサバティブちゃんは。
「世界征服推進部ソロモン、何者なのでしょうか?」
対して、桐藤さんは深く思考の海へと潜ろうとしていた。
そこまで深く考えなくて大丈夫です本当に。アレはその場のテンションと勢いと不条理で出来上がった産物なので。
特に問題のない、触らない限り問題のない危険ブツなのです。
────なんて、口にする事も出来ずに、ワタシは強引に話題を変えることとした。
「そ、それより。アレだ。そう、うちのアズサがご迷惑をおかけしたと聞いているが、如何に?」
「えっ? あっ、いいえ。迷惑だなんて」
ソロモンが何者かといった考察を、早急に切り上げた桐藤さんは続けて。
「むしろ、誇るべき行いをされていましたよ?」
「というと?」
「口にするのは恥ずべきなのですが、虐められていたトリニティの生徒を助けたようです」
あぁ、やっぱりか。
アズサならそうすると思った。
きっと彼女なら、見過ごす事なんて出来ない。
見てみぬ振りをしていればいいのに、アズサにはそういう選択肢はない。
理不尽な暴力に立ち向かう、強さをアズサは持っている。
本当に誇らしい。
ですが、と桐藤さんは言葉を区切り、どこか苦虫を噛み潰したかのような顔で。
「問題はその後でして」
「というと?」
「ミカさんが参戦したことによって、その、事態が大きくなってしまいまして……」
「あぁ……」
なるほど、察した。
うん、そうだよね。“あの娘”なら、そんな状況を見れば、アズサへ加勢するに決まっている。
事が大きくなるのは目に見えているし、トリニティの三人の生徒会長のうちの一人が大暴れしたのだから、それはもう大変なことだったのだろう。
桐藤さんの表情がそう語っている。本当に余計な事をしてくれた、と暗に告げている。
こう見たら、リオ会長は寛大なのかもしれない。
ワタシがやらかしても、桐藤さんほどキレているところを見たことがない。
一言二言だけ怒られる事はあるけど、次から気をつけてちょうだい、で済ませてくれる。
いいや、寛大というか、我慢強いのかもしれない。
本当に苦労をかけている。あとで、差し入れでも持って行こう。
「それで、我が運命は何処に?」
「ツルギ委員長の監視の下、今は罰として、ボランティア活動をしています」
となると、“あの娘は”ここには来ないのか。
少し、いいや、かなり残念だ。顔を見たかったし、お話でもしたかった。
「それから気になることが」
そこまで言うと、桐藤さんは神妙な顔つきのまま。
「最近、他校の生徒が行方不明になっている事件が相次いでいます」
「他校というと、トリニティでは被害者はおらぬと?」
「えぇ、幸いな事に。ブラックマーケットを出入りしている生徒が主な被害者であるようです」
「穏やかではないな。戻ってないのか?」
「いいえ、数日後には戻ってはいるのですが……」
桐藤さんは困惑しながらも続けて。
「発見された生徒は、全員が全員、妙なことを口にしていたようです」
それはなんだ、と問いを投げる前に桐藤さんはそれを口にして、ワタシの思考は凍結する。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas、と口にしていたようです。行方不明中の生徒は何も覚えてないようで────」
「────────」
そこまで口にして、桐藤さんはワタシを見て。
「……天上院さん?」
黙っているワタシを怪訝そうな顔で問う。
それに対してもワタシは反応が出来なかった。
脳裏に過ぎるのは、過去の記憶。
その単語を何度か、ワタシは聞いた事がある。
それはどこで、どの状況で、誰から聞いたのか。
考えるまでもなく、思い出すだけでも嫌悪する、あの女が口にしていた教義であったから。
Vanitas vanitatum et omnia vanitas.
全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。久しく聞いていなかったそれは、今も尚、ワタシの脳裏にこびりついている。
それを口にする生徒がまた現れた。
まるで、自分が帰ってきたことを知らせるように、何者かに告げるように、開演のベルを鳴らすように明確なソレ。
思考が凍結し、感情が死に絶え、嫌悪感が身体中を奔る。
表情が殺されていくのを、ワタシは自覚する。
これは、宣戦布告。
誰が誰に対してかなど、考えるまでもない。
あの年増────かつてマダムと呼ばれていた女からワタシへの、一方的な宣戦布告。
帰ってきたのならば、何度でも打ち倒す。
戻ってくるのならば、何度でも殲滅する。
必ず絶対に、何が何でも、それこそ刺し違えることになろうとも必ず。
ワタシはあの女の全てを、悉く何もかもを────。
>>Vanitas vanitatum omnia vanitas
例の教義。
これを口にする生徒がいるということは、つまりはそういうこと。
>>「今日は、貴女で童貞を捨てた男子生徒と一緒じゃないんですか?」
コンサバティブちゃんのバグ発言の一つ。
平行世界を観測するの、やめてもらっていいですか?
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