~ソロモンちゃんねる~
黒服「いいですか、午後の紅茶は午後にしか飲んではいけません」
幼いオウヒ「なるほど、理解しました。午前中に飲むとどうなるんですか?」
黒服「色々とあって、なんやかんや起きて、最終的には死刑なります」
幼いオウヒ「なんてむごい」
オウヒ「──ってことがあるから、午後の紅茶は午前中に飲んじゃダメなんだよ?」
コンサバティブちゃん「そうですか(何を言ってるんだコイツ?って顔)」
桐藤さんとの会合を終えて、ワタシは足早に歩を進めていた。
カツン、カツン、と。
ワタシが履いているブーツの音が静寂なトリニティの学校内部を木霊していく。
数分は歩いているけれど、数人のみのトリニティ生徒とすれ違う。
正直、ワタシにとってそれは幸運な事だった。何せ、他人の眼を気にせずに、物思いに耽ることが出来るのだから。
我ながらなんて、余裕がない。
自覚はある。
考えるのは、先ほどの桐藤さんが教えてくれた内容に他ならない。
ブラックマーケットを出入りしている生徒達が謎の失踪を遂げて、その数日後には戻っているという事。
それだけを聞くと、非行に走っただけだと考えられるが、そうではない事をワタシは知っている。
失踪していた生徒達はその間、一切の記憶がなく、見つかった際に発していた言葉。それにワタシは嫌って程、聞き覚えがあった。
「Vanitas vanitatum……」
忘れないように、刻み込むように、確かな口調でもって、それをワタシは口にする。
忘れるわけがない言葉。
何もかもが虚しいと、説いていたあまりにも空虚で、慰めにもならない虚しい教示。
ありとあらゆる物を憎み、何もかもに怒りを向けることを是としていた、かつてのアリウスの洗脳教育の根幹となっていたモノ。
それが口にされる意味を、ワタシは良く、理解している。
「…………っ」
奥歯を噛み締める。痛いほど、顔が歪んでいくのを自覚する。
教育とは、教え育てること。自身の持ち得る知識、会得した技術、そこにいたるまでの思想を、教え授けること。
それはつまり、授ける者がいることの証左に他ならない。
アリウスに根付いていた言葉を再び発する生徒達が現れた意味を、ワタシは正しく理解する。
これは布告だ。
まるで宣戦布告するように、己の帰還を知らしめるように、次はワタシだと突きつけられている。
その意味とは。
「あの女が、帰ってくる……」
あの女────ベアトリーチェと呼ばれていた大人の帰還を意味していた。
何を今更。ワタシは苛立ちが積もっていくのを、黙して自認するしかなかった。
いずれ帰ってくることは、想定外でもあった。
もう二度とワタシの前に立つ事はないだろう。そう言い切れるくらい、叩きのめした。
だが戻ってきた。
性懲りもなく、恥も外聞もなく、なんのつもりかは知らないけど、またワタシの前に立とうとしている。
新たな闘争の気配。
でも、ワタシにはいつもの高揚する気持ちはなかった。ひたすら冷やかに、視界に入ることすら不快であり、思考の隅にすら存在することが忌々しい。
そんなに気に入らないのなら、直ぐにでもワタシの前に現れればいいんだ。
それなのに、関係のない生徒も巻き込んで、策を弄する。性根が何よりも気に入らない。
「いいよ、そっちがその気なら」
何度でも何度でも、何度でも何度でも何度でも。
逆らえなくなるくらい何度でも、叩き潰すのみであるのだから。
「……………」
ワタシの足が止まる。決断にノイズが奔った。
以前までは、これはワタシ一人の闘いだった。
あの年増の存在が気に入らないから、アイツが領土としているアリウスまで乗り込んで、叩き潰したから。
でも今は違う。
ワタシはもう独りじゃないし、何よりもあの年増が関わっているのであれば、アリウスの娘達も無関係ではない。
言うべきか、言わないべきか。それがワタシの思考に奔ったノイズの正体だった。
「あっ、殿下!」
どうするべきか、悩んでいるワタシは現実に引き戻される。
思考と視点を、声をかけてくれた方へと向けると────アズサが片手を振りながら、嬉しそうに駆け寄ってきてくれていた。
その後ろを追うように、一人のトリニティ生徒がいるんだけど、アズサの友達なのだろうか。
何にせよ、心が軽くなる。
考えたくないモノを考えて、会いたい人達の一人に会えた事で、ワタシの心が軽くなるのを自覚して。
「アズサか……」
「どうしたの?」
ワタシの前まで駆け寄ってきて、首を傾げて不思議そうにアズサは問う。
どうやら顔に出ていたみたいだ。
直ぐにワタシは誤魔化すように、いいや、と首を横に振って。
「なに、貴様が問題を起こしたと小耳に挟んだ故、少しばかり様子を見に来たのだ」
「うぐっ」
ばつの悪そうに、素直な反応を見せるアズサに頬が緩む。
でもアズサはそうではないようで。
居心地が悪そうな顔で。
「ごめんなさい」
「何を謝る」
「だって殿下に、みんなに迷惑をかけたから……」
「貴様さー、余の言を忘れたか?」
えっ、とアズサは眼を丸くさせて顔を上げる。
全くこの娘は何を言うのかな。迷惑をかけたとかとんでもない。これはもう一度言葉にしないとダメかな。ダメかも。
「今一度、言葉にするとしよう。貴様は思いのまま、振舞え。それでこそ、貴様の輝きは増すというものだ」
「う、うん。でもそれだと皆に迷惑が────」
「何をツマラナイことを。そんなもの、いくらでも余がどうとでもしてやる。貴様という存在を存分に、トリニティで刻み込んでやると良い」
それに、と言葉を区切り。
「此度の一件は、貴様が何者かを助けようとしての所業であったと聞く。であるのであれば、誇るべきであろう」
「……そう、かな?」
「そうだ余。貴様の行動に、余も鼻が高くなるというもの。ここに来るまでの途中で、どこぞの見知らぬ生徒に自慢してしまった程だ」
うん、実は本当なんだ。
あまりにも誇らしくて、すれ違った数人のトリニティの生徒に「聞きなよ、うちのアズサの話を……」したばかりなんだ。
我ながら変なテンションだったけど、我慢出来ずに自慢したかったのを、どうか許してほしいのです。
「それでアズサよ、そちらは?」
あまりの羞恥心からか、アズサは顔を赤らめたまま、あぁ、と言葉につまりながらも応じてくれた。
「私が迷子になって助けてくれた子の話をしたこと、殿下は覚えている?」
「あぁ、余が入院していたときの話であろう。モモフレンズ仲間が出来たと喜んでいたな。……よもや、そちらが件の?」
「そう。それがこの子なんだ!」
ふんすふんす、と胸を張ってアズサはその子を紹介してくれた。
見てみると、その子はどこか居心地が悪そうに、恥ずかしいのか顔を紅く染めている。
アズサは気にすることなく、その子の紹介を続けて。
「殿下、ヒフミは凄いんだ。本当にモモフレンズに詳しいんだ」
「言っていたな、モモフレに詳しいと」
当時のアズサの言葉は確か、全員好きだけど、強いてあげるならペロロが好き、って言っていた筈。
箱推し、ってやつなんだろう。
ワタシの言葉に、アズサは力強い頷きと共に。
「ヒフミに聞けば、直ぐに答えてくれるんだ。モモフレンズのグッズも、どこに何が売っているのか、覚えていて頭が良くて!」
「ほう、余の推しのピンキーパカもか?」
「ピンキーパカさんがお好きなんですか!?」
おぉ、びっくりした。
今まで恥ずかしそうにしていた娘とは思えないくらいの反応。
身を乗り出して、距離を詰めてくれるのは嬉しいのだけど、反射的に一歩引いちゃった。
本当にモモフレンズが好きみたい。
「あっ、す、すみません。私、阿慈谷ヒフミと言います」
ハッ、と直ぐに冷静になってモモフレンズに詳しいその娘────阿慈谷ヒフミさんは頭を下げる。
なんて礼儀正しい娘なんだろう。
仕草だけでも心優しそうであることが伝わってくるし、アズサが懐くのも納得出来てしまう。
ワタシもヒフミさんに習って頭を下げて。
「これはご丁寧に。余は天上院オウヒである。どうかよろしくお願いします」
「えっ、オウヒさんって、あの……」
んー、あの、ってどのー?
その辺り根掘り葉掘り聞きたいのだけど、今はワタシの事なんてどうでもいい。
一応確認のため、ワタシはアズサに向かって問いを投げる。
「アズサよ、阿慈谷とは友人か?」
「うん、友達。ヒフミは優しくて、良い子なんだ」
「あ、アズサちゃん……っ!」
臆面もなく力強く頷き、あまりにも素直に褒めてくるアズサに、ヒフミさんは顔を真っ赤にしながら声を上げていた。
うん、大変よろしい事だ。
アズサにもアリウス以外で友達が出来たし、その友達も優しくて良い娘みたい。
アズサの純粋さに付け込んでくるような奴だったらどうしようかと思ったけど、それは杞憂だったみたい。
「ならば良し。友人は一生で得難い宝。大事にするのだぞ」
「もちろんだ」
うんうん、良いお返事。
ワタシはアズサの頭を撫でる。眼を細めて気持ち良さそうに応じるアズサを見て、何だか幸せな気持ちになるのは仕方ない事。
「阿慈谷もアズサをよろしく頼む。行動力は凄まじく、度胸もあって、良い子だ」
「は、はい! それはもちろん。アズサちゃんと一緒にいると楽しくて!」
あぁ、ここは本当に優しい世界だ。
トリニティ内部で築いた関係性とは思えないほど綺麗なもの。尊い、ってこういうことをいうのかもしれない。
「それに殿下、聞いてほしい。私もヒフミも同じ部活なんだ」
「ほう、部活か」
部活かぁ。
うん、それはいいことだ。
アリウスではその辺り、手が届いてないのが現状。常に財政難で火の車であり、娯楽も充実しているとは言い難い。
頭が痛い悩みの一つだけど、今はそれは置いておくとしよう。
アズサが入った部活はなんだろうか。
運動部だろうか、ヒフミさんは文学部っぽいからそっち方面の部活動だろうか、それとも救護騎士団みたいな部活かな?
その疑問の答えは直ぐに、アズサの口から語れらることとなる。
「うん、補習授業部っていうんだ」
……補習、補習かぁ。
補修じゃないよね。だって、補習
でも、念のため確認しよう。
「補習、って、あの?」
「その補習」
「赤点とか取ったらやる、あの?」
「その補習」
マジか、マジでか、マジなのか。
いや、まぁいいけどね。だってアズサ、楽しそうだし。
何をやるのかわからないけど。
いいや、聞かなくても分かるかもしれないけど、一応ね。
念のために確認しよう。
「部員は他にも二人いて、私とヒフミ合わせて4人だ」
「……一応聞くが、何をしているのだ?」
「勉強だな!」
ですよねー、知ってた。うん、知ってた。
「私と他の二人はバカだけど、ヒフミは普通に頭がいいんだ」
「で、あるの?」
「私なんてそんなっ! 普通ですよ!」
「ヒフミは頭が良いぞ」
慌てて否定するヒフミさんを遮るように、アズサは胸を張って、ふふん、と誇示をする。
その姿がどこか微笑ましくて、頬を緩ませながら、ワタシは問いを投げた。
「ならば、何故補習などしているのだ?」
「それは、その……」
どこか言い淀むヒフミさんは、居心地が悪そうにボソボソと小さな声で続けて。
「テスト当日に、ペロロ様のライブがありまして、その……」
「ククッ、ぬかしおる」
「あぁ、ヒフミのモモフレンズの情熱は私も見習うものがある」
「えっ、ウソ。ホントなの?」
見た目に反して、かなりのアウトローなんですけど。
こんな良い娘で、優しい娘なのに、趣味に全力というか、何というか。
テストとペロロのライブを天秤にかけて、ライブに傾くって早々ないことだと、天上院思うわけ。
でも凄い気持ちはわかる。
彼女にとって、モモフレンズは生き甲斐そのものなのだろう。それはきっと、ワタシにとっての闘争と同じくらい。
あまりにも一方的なシンパシーだけど、ヒフミさんには親近感を感じざるを得ない。
「うむ、余も敬意を表して、阿慈谷さんと呼ばせてもらうとしよう」
「そ、そんな恐れ多い……!」
何を仰る。
恐れ多いのはワタシなのです。
ヒフミさん────阿慈谷さんは敬意を表するに値する人物なのです。
しかし、アズサは先ほど、阿慈谷さんは頭が良いと言っていた。
となれば、彼女が補習授業部をまとめているのだろうか。
「他の者よりも成績が良いとなると、阿慈谷さんが勉強を見ているのか?」
「いいえ、私はお手伝いを。というよりも、その呼ばれ方は本当に恐れ多いといいますか、出来れば呼び捨てで読んでもらえると嬉しいのですが……!」
「シャーレの先生も見てくれているぞ」
遮るように、アズサがワタシの問いに答えてくれた。
「ほう、シャーレのが?」
思わず感心してしまう。
先生も多忙だろうに。
少し前までは、ミレニアムのゲーム開発部のお手伝いをして、今度はトリニティの補習授業部。
本当に先生は、人間なのだろうか。忙しさが、常人のソレを遥かに超えていると思う。
これが先生の誇り、って奴なのかもしれない。
本当に不思議な人。
ワタシが知っている大人の人とは、どこか違う。シヴァさんとも、カイザーの連中とも────あの黒いのとも。
先生は何かが違う。それじゃ何が違うのかを、それを明確に言語化できるほど、先生と言葉を交わしていないから、ハッキリとは言えない。
でも、先生は、何かが違う。それだけは断言が出来る。
だがワタシが最も注目すべきなのは────。
「殿下このあと時間ある?」
「なんだ?」
「殿下の事を、みんなにも紹介したいんだ」
────アズサの笑顔だった。
彼女は本当に愉しそうに笑う。
勿論、アリウスにいた頃だって笑っていた。
苦楽を共にした仲間と共に、訓練に励み、復興に勤しみ、アズサは何時だってアリウスの復興に、力を尽くしてくれた。
今の笑顔は、言うなればそうだ。
学友と共に青春を謳歌しているような笑み。
それはまだ、悔しい事だけど、アリウスでは味わえない幸せの一つ。
それを、アズサは今まさに、全力で謳歌している。
「アズサよ」
「なに?」
「今、愉しいか?」
我ながらなんて漠然とした問いだろうか。
でもアズサは、迷いなく頷いて。
「うん。すごく楽しい。交換留学出来て、本当によかった」
「そうか」
ワタシは頷いて、瞳を閉じる。
思い描くのは、アリウスの生徒達の顔。
アッちゃんは花束を抱えて幸せそうに笑っている。
それを見ているミサキも確かな微笑を浮かべているし、ヒヨリも幸せそうに満面の笑みだった。
一歩引いて、サオリがそれを見守るけれど、やはり彼女の頬は緩んでおり、その瞳は慈愛に満ちている。
他のアリウスの生徒も、楽しそうに、幸せそうに、笑っていた。
少し前まではそうではなかった。
誰もが表情を沈ませて、世界に絶望し、全ては虚しいと口にする。
でも今は違う、まだまだ充分じゃないけれど、あの年増がいた頃よりかは、何倍も何十倍もマシになっている筈だ。
やっと笑い始めたんだ、やっと幸せになっていいのだと、みんな自覚する事が出来たんだ。
それを邪魔なんてさせない、させてたまるものか。
幸せになる準備が、やっと出来たんだ。
「あぁ、そうだね、そうだとも、そうじゃないと、嘘だ」
何もない、何の取り得もない、闘う事しか出来ないワタシが出来るのは、これしかないのだろう。
アリウスは条約で手が離せない、それはゲヘナだってそうだし、トリニティだってそうだ。
ならば、ワタシが動くしかない。
年増のことなんて、アリウスの皆の耳に入れることなんて出来ない。辛い記憶を思い出させる事なんてしなくてもいい。全てワタシが何とかする。
それしか出来ないから。
ワタシにはそれしか、闘いしか取り得がないから。
ここでみんなの役に立たないと────ワタシがいる意味がない。
「アズサよ、すまぬな。余は先に、雑事を片付けねばならぬ」
「……殿下?」
「なに、案ずる事はない。貴様は憂いなく、勉学に励むが良い」
「────万事余が、片付けるから」
△補習授業部
概ね原作通りの経緯により、結成された。
ミカとセイアのメンタルケアにより、ナギサ様も疑心暗鬼にはなってない。
放り込まれた理由は
ヒフミ → テストをサボって、ペロロ様ライブに行ってテストを受けられなかったため。
これにはナギサ様も頭を抱える。
アズサ → 単純に学力が足りなかった。もう少し頑張りましょうね。
ハナコ → わざと赤点を取ったから。
コハル → ばか
ナギサ様も様子を身に来ている。
皆さん、頑張ってくださいとお手製のお菓子も忘れない。
ナギサ様マジ天使。