こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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 ~ソロモンちゃんねる~

アツコ「殿下はアリウスで開催された『殿下そっくりさん大会』にお忍びで出場して、見事二位に輝いたことがあるよ」


第15話 調月リオは臆病者である

 

 ミレニアムの生徒会室にて、調月リオは作業をしていた。

 

 別に彼女がそこにいて、不思議に思う者はいないだろう。何せ彼女こそが、ミレニアムサイエンススクールの生徒会長。

 リオが生徒会室にいて、疑問に思う生徒は存在しないだろう。

 

 だがそれも、彼女の表情を見るまでの話。

 

 どこか憔悴しきっているかのような、鬼気迫る表情で、自身のタブレットとパソコンを交互に見る。

 少しだけ思考していると思いきや、直ぐに手馴れた手付きでタブレットとパソコンを操作して、難しい顔で画面とにらめっこを始める。

 

 それを数度、繰り返す。

 

 きっと、彼女が満足する結果にはならなかったのだろうことが、その表情を見て察せられる。

 

 そんな事を繰り返すこと数時間、もしくは数十時間、もしかしたら一日以上はそうしているかもしれない。

 

 リオの手は止まることなく、思考もたゆまず巡らせて行く。

 それは、彼女が納得がいく答えになるまで、続くに違いない。

 

 だがそれも。

 

 

「……?」

 

 

 一つの(ノイズ)で、中断される事となる。

 

 リオは意識を端末機器から、そちらへと向ける。

 

 それは生徒会室と外界を繋ぐドアから。

 それはノイズではなくドアをノックする音であり。

 それは同時に、聞き慣れた声が聞こえてきていた。

 

 

「リオ?」

 

 

 再び声が聞こえる。

 

 聞いたリオは、その透き通るような声────とは言い過ぎかも知れない、心の中で呟き、リオは首を横に振る。

 兎も角聞き慣れた声であり、何者が尋ねてきたのか直ぐに理解する。

 

 

「待ってちょうだい。今ロックを────」

 

 

 そういう前に、ピー、という電子音が鳴ると同時に、ガチャ、と何かの施錠が解除された音が聞こえた。

 

 ドアを開けて入ってきた生徒は悪びれもせず、さも当然というかのような声色で。

 

 

「失礼しますね」

 

「…………」

 

 

 言いたい事は山ほどある。

 

 無闇に入ってきてほしくないからドアを施錠していたのに、それをハッキングして開錠するのは無法すぎるとか。

 少しは申し訳なさそうに出来ないのだろうかとか。

 そもそも、勝手に入ってくるのならドアをノックする工程が必要だったのかとか。

 

 それはもう言いたい事は山ほどあった。

 

 リオが黙っていたのは、どれから文句を言えばいいのか吟味していたから。

 

 しかし件の無法の生徒────明星ヒマリは一言だけ。

 

 

「なにか?」

 

 

 あまりにも、あまりな、あまりある、一言であった。

 

 リオは訝しむように、軽く眉間に皺を寄せて。

 

 

「……何のためにロックをかけているのか、貴女は理解しているのかしら?」

 

「誰でも入れるような、脆弱な作りだったので、つい」

 

 

 てへ、と言いたげな茶目っ気たっぷりな笑み。

 

 まるで悪戯が成功した子供のようであることを意識しているのだろうが、そんな可愛らしいものではない。

 

 言いたい事は山ほどある。

 

 だがそれを言った所で、ヒマリが態度を改めるほど殊勝な性格ではないことを、リオは痛いほど理解している。

 

 これほどの追求は合理的ではない、と結論付けたリオは、視線と意識をヒマリから操作していた端末機器へと戻して。

 

 

「いいわ。貴女に人としての道理を説く事自体が無駄だもの」

 

「それを貴女が言いますか」

 

「どういう意味?」

 

「自覚がないのは本当に厄介ですね。それこそ、今に始まった事ではありませんが」

 

 

 売り言葉に買い言葉とは、彼女達の応酬を言うのだろう。

 

 片や無表情、片や涼しい顔で。

 お互い遠慮がない言葉の応酬ではあれど、一触即発のような不穏な雰囲気がないのは、きっと彼女達の日常会話がこういったモノだからだろう。

 

 とはいえ、不毛のやり取りであることは、リオも自覚しているようだ。

 

 彼女はため息を吐いて、ヒマリを促すように。

 

 

「何の用なのかしら?」

 

「貴女に小言を言いに来ました」

 

「……」

 

 

 身に覚えがない。

 

 思わず、リオは顔を顰める。

 

 ヒマリとは長い付き合いだ。彼女の()()は時に長く、そして時に言葉は刃となって、容赦なく心を抉って来るモノであることを、リオはよく理解している。

 

 簡潔にいうのであれば、リオは本当に嫌がっていた。

 

 そんなリオを知ってか知らずか、ご機嫌な調子で笑みを浮かべて、ヒマリは自身が乗る車椅子を操作し、リオとの距離を詰めていく。

 

 しかし、その笑みは容易く崩れる事となる。

 彼女はリオの顔を見て、呆れたような口調で。

 

 

「……貴女もですか」

 

 

 何のことを言っているのか分からず、リオは首を傾げる。

 

 わからないのは、当たり前だ。

 

 調月リオという人物は、あまり自分の容姿に頓着がない。

 身だしなみも、必要最低限整える程度。その程度しか鏡を見ることがない。

 

 そんな人間が────自分の目元に濃い隈があることを、分かる筈もなく。

 

 ヒマリにとっては、それは既視感がある光景であるがために、思わず口から零れてしまった。

 

 リオではない何者かも同じように、濃い隈を作っていた。

 それは可愛い後輩であり、世話の焼きがいのある年下であり、リオにもよく懐いているミレニアムの生徒。

 

 ため息も吐きたくなるというもの。

 

 呆れたように続けてヒマリは言う。

 

 

「あの子といい、貴女といい、妙な所がそっくりですね」

 

「何のことかしら?」

 

「それは────」

 

 

 そこまで言うと、ヒマリは首を横に振る。

 

 どうせ指摘した所で、リオが素直に同意する事がないことは、ヒマリがよく理解している。

 

 

「ますは貴女からですね」

 

「なにを────」

 

「面倒なので単刀直入に聞きますが、何に注力して、そんな有様になっているんですか?」

 

 

 遮るように、ヒマリは問う。

 

 有様とは、そのままの意味だ。

 

 寝る間も惜しんで、端末機器と睨み合い、満足しない結果に顔を顰めて、再び向き合う日々。

 

 そもそも、ヒマリから見たら、リオの動きは妙なものだった。

 

 特異現象捜査部を立ち上げるきっかけとなった、ビナーと呼ばれる正体不明の存在の調査、及びその背後に何者かが存在するのか捜査するために、新たな部活を立ち上げた。

 

 そこまではいい。

 そういう類を調べるものに特化した部活を設立するのは、合理的なリオらしいといえるものだから。

 

 だが問題はその後。

 敵対とまではいかないものの、反目し合っていたヒマリを部長に据えるのは、ヒマリ自身違和感を覚えていた。

 

 なんでも掌握したがるのが、ビッグシスターと呼ばれるリオの悪癖であると、ヒマリは断じる。

 

 そんな彼女が陣頭に立たずに、他人に全権を委ねるというのは、あまりにも不可解であり異質なものに映っていた。

 

 先にも記したとおり、彼女達の付き合いは長い。

 リオの為人を、ヒマリは熟知している。

 

 特異現象捜査部をヒマリに任せた理由は、単純明快なもの。

 それに意識を割くほど、余裕がないからだ。

 

 ヒマリがリオの元に訪れたのは、それを確かめるのも、理由の一つでもある。

 

 リオはしらばっくれる素振りを見せない。

 ヒマリがここに訪れたということは、つまりは大方把握されているのだと、理解しているから。

 

 言い淀み、少しだけ迷い、最終的に観念するように、タブレットを操作して。

 

 

「……今、送ったわ」

 

「拝見しますね」

 

 

 鬼が出るか蛇が出るか。

 

 自分と負けず劣らずな頭脳を持っている彼女を、ここまで苦戦させる難題は何なのか、ヒマリは多少胸を躍らせて、半透明のディスプレイを目の前に展開させて、送られてきた資料に目を通す。

 

 しかし、そんな軽い気持ちは直ぐに消え去ることとなる。

 

 期待し心躍る面持ちは、次第に疑念と困惑へと変わり、最後には不快感に満ちた顔でもって、リオから送られた資料を見て。

 

 

「…………何の冗談ですか?」

 

「冗談に見える?」

 

「……いいえ、性格が悪い貴女ですが、性悪ではありませんでしたね」

 

 

 ヒマリはそういうと、再び送られてきた資料に目を通す。

 

 それは()()()()()の情報だった。

 

 その生徒は、ずっとミレニアムに在籍していたわけではない。

 

 突如として、ミレニアムの生徒となり、廃部寸前だったゲーム開発部に入部した、得体の知れない生徒。彼女が()()()()()()()()もヒマリは理解しており、少しだけ話したことがある。そのときは、面白い娘で、可愛い後輩がまた一人出来たといった軽い気持ちであった。

 

 その生徒の仔細が記載されている情報が資料となって、リオより送られてきた。

 

 誤りがなく、情報の何もかもが事実だとするのなら────。

 

 

「これが事実だとすれば、ミレニアムは────いいえ、規模はミレニアムに留まらない。下手をすれば、キヴォトスが消滅しますね」

 

 

 件のミレニアムに転校してきた生徒の正体が、リオの調べたとおりの存在で、情報や計算に誤差がなく、真実であるのなら、キヴォトスが終わると、間違いなくヒマリは口にしていた。

 

 その結論は、リオと同じなものであり、彼女とはベクトルの違う天才であるヒマリがそう判断したのなら、それは間違いないのだろう。

 

 自分とは違う結論に至ってほしかった、と言いたげにリオは重たい口調で。

 

 

「杞憂であってほしかったけれど、貴女もその結論に至るという事は、そういうことのようね」

 

「……どうするつもりですか、リオ」

 

「どうするも、こうするも……」

 

 

 そこまで言うと言葉を区切り、リオは真っ直ぐにヒマリを見つめて、迷いなく。

 

 

「私の為すべきことは変わらないわ。キヴォトスの異変を未然に防ぎ、それに備えること。何であろうと、私の理念は変わらない。一人と千人の命。どちらを選ぶかなど明白でしょう」

 

 

 あまりにも冷たい声色で、あまりにも冷たい表情で、あまりにも冷たい信念だった。

 

 しかし、きっとそれは、半分嘘で半分本当なのだろう。

 

 彼女は暗に語る。千人が助かるのなら、一人を見殺しにする、と。

 

 あまりにも血が通ってない、度が過ぎるほどの合理的な思考であるが、ならば何故彼女はここまで苦心しているというのだろうか。

 

 ありとあらゆる可能性を模索し、()()()()の存在がリオが危惧している存在でないことを、証明しようと躍起になっていた。

 

 それこそ、ありとあらゆるモノを削って。

 睡眠時間やプライベート、一人のために、何もかもを犠牲にして、()()()()が無害であると証明しようとしていた。

 

 その証左こそが、目元に出来た隈であり、生気のない顔色であり、少しだけこけた頬なのだろう。

 

 

「えぇ、そういう女でしたね、貴女は……」

 

 

 それを踏まえて、ヒマリは気に入らなかった。

 

 一人で何もかもを成し遂げ、頑張ろうとするリオが、気に入らなかった。

 

 リオが頼めば、ミレニアムの生徒は手を貸すに違いない。

 セミナーの後輩達、他の部活の生徒達、今の同学年でもある三年生だって。

 

 だというのに、リオはそれをしない。彼女が合理を重んじる性格なのは知っているつもりだ。でも、それでも────水臭いと断じるのは、ヒマリのエゴだろうか。

 

 

「リオ」

 

「なに?」

 

「貴女に、友として忠告をします」

 

「えっ、何として?」

 

「五月蝿いですよ。美少女の忠告です、黙って聞きなさい」

 

 

 なんと理不尽だろうか。抗議の声が上がる前に、ヒマリは続けて。

 

 

「言いたい事があるのなら、素直に口にしなさい。どうせ貴女の事です。後々になって後悔するに決まってますから」

 

「……それは」

 

「私が来た理由もそれに関連してますし」

 

「小言を言いに来たと言ってたわね」

 

 

 はい、とヒマリは頷いて続けて言う。

 

 

「────オウヒのことです」

 

「……」

 

 

 リオにとっては無視出来ない生徒の名を聞いて、作業に戻ろうとしたリオの身体が硬直し、動かそうとしていた手が止まる。

 

 それを認めて、ヒマリは口を開いた。

 

 

「近頃、あの娘の様子がおかしいのは、貴女もわかっていますか?」

 

「おかしい、というと?」

 

「学生寮にも帰らず、学校にも顔を出さずに、あのブラックマーケットに入り浸っていると聞いています」

 

 

 それはリオも把握していた。

 

 無人偵察機、つまりはドローンを使ってオウヒを追尾して、彼女の行動を逐一モニタリングしている。

 

 モニター越しからもそれは伝わってくる。

 

 今のオウヒはいつもとは違う。いつ寝ているのかもわからない。限界まで身体を稼動させて、鬼気迫る面持ちで、ブラックマーケットを徘徊している。その様子はナニかを探しているようにも見える。

 

 

「あの娘は貴女に懐いています。貴女の言葉であるのなら、耳を貸すかもしれません。そろそろ、何があったか聴くべきでは?」

 

「……オウヒも何か考えがあるのでしょう。私がとやかく言う謂れは────」

 

「────リオ」

 

 

 遮るように、ヒマリは真っ直ぐにリオを見つめる。

 

 その顔に、笑顔はなく、真剣そのもの。

 その様子は、意地悪いそれではない。悪意もなければ、嫌悪感に満ちているというわけでもない。ただただ、友として。リオが後悔しないように、諌めようとして、ヒマリは口を開く。

 

 

「臆病な貴女のことです。オウヒと衝突したくないから、ギリギリまで様子を見るつもりなのでしょう」

 

「……」

 

 

 図星なのだろう。

 

 反論しようとしても、リオは何も言えなかった。

 

 そんなリオを尻目に、ヒマリは続けて。

 

 

「先ほども言いましたが、言いたい事があるのなら、はっきりと言うべきです。────後悔してからじゃ、遅い事もあるのですよ?」

 

 

 ヒマリの言葉に、一切の間違いはないと、思ったのだろう。

 

 それを証拠に、リオはその言葉に反論することなく、端末に視線を落としていた。

 

 そこには、オウヒの連絡先があり、直ぐにでも電話する事が出来る。

 

 ヒマリは何も間違っていない。オウヒの様子は尋常ではないものであるし、放っておけば何が起きるかわからないほど、今の彼女は不安定な状態といえる。

 

 であるのなら、話だけでも聞くべきだ。何故ならリオにとってオウヒは、自身の行動は間違っていないと言ってくれた人物であり、いつだって背を押してくれる存在であり、慕ってくれる生徒であり、大切な────なのだから。

 

 でも、だからこそ。

 

 

「…………」

 

 

 リオは戸惑ってしまう。

 

 もし拒絶されたら、もし余計なお世話だと断じられたら、もし背を向かれたら。

 

 リオにとってその“IF(もし)”は最悪なものだった。

 

 オウヒに何か言われようものなら、弱い自分は両膝を抱えて、塞ぎこんでしまうに違いない。

 

 

 前に進まないものに、転機は訪れない。

 

 現状維持で物事が上手く行くことはなく、最悪な事は得てして重なることが世の常だ。

 

 それは平等に訪れる。

 

 

「失礼します」

 

 

 ノックもなく、メイド服を着た生徒────飛鳥馬トキが生徒会室に駆け込んできた。

 

 その様子はおかしいもの。

 明らかに狼狽しており、息もかすかに上がっている事から、走ってここまでやってきた事がわかる。

 

 尋常ではないトキの様子に、ヒマリは努めて冷静に振舞い。

 

 

「トキ、落ち着いて下さい。どうしました?」

 

「ヒマリ部長……」 

 

 

 ヒマリの顔を見て、幾分か落ち着きを取り戻して、トキは直ぐに口を開く。

 

 

「リオ様、オウヒのバイト先とは柴関ラーメンで間違いありませんでしたか?」

 

「えぇ、そうだけど」

 

「……っ」

 

 

 トキは顔を青ざめさせて、そのままの調子で。

 

 

「柴関ラーメンが────っ」 

 

 

 それは聞きなれない言葉だった。

 

 耳を疑うような単語を、トキは口にしていた。

 

 聞いていたヒマリは固まり、リオは信じられないと言わんばかりの口調で、あまりにも間抜けに聞き返す。

 

 

「────なんて、言ったの?」

 

 

 

 

 

 

 

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