こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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第18話 蜘蛛は得物を逃がさない

 

 

「それで、のこのこ帰って来たんだ?」

 

 

 アリウス分校の生徒会室にて。

 深、と静まり返り、流れていた沈黙を斬り裂くような声が、不気味なほど響き渡る。

 

 その声が冷たいモノであったのも原因の一つなのかもしれない。

 

 生徒会室には、四人の人影が合った。

 一人はアリウスの生徒会長でもある、秤アツコ。

 やり取りを見守っているのは、明らかに狼狽している、槌永ヒヨリ。

 両腕を組み目を瞑り、努めて冷静であろうとしている、錠前サオリ。

 

 そして────。

 

 

「何とか言ったらどうなの、サオリ姉さん。殿下に言われた程度で、引き下がって帰って来たんだ?」

 

 

 苛立ちを隠そうともしない、鋭い視線をサオリのに向ける、戒野ミサキ。

 

 サオリの一言目で、殴りかかりそうな剣呑な雰囲気。

 誰がどう見ても一触即発であり、声色からサオリへの失望が読み取れる。

 

 このままでは議論すらも出来ない。

 

 そう判断したアツコはやんわりとした口調で宥めるように。

 

 

「待ってよミサキ。殿下は────」

 

「わかってるよ。今、殿下は()()に巻き込まれてて、それに巻き込まないようにって私達を突き放してるんでしょ?」

 

 

 苛立ちを隠そうともせずに、ミサキはアツコに問う。

 

 

「でもさ、それって事実なの?」

 

「うん、恐らく。役に立たないから、って言ってたけど距離を置こうとしていたのはあからさまだったし」

 

「嘘吐くの絶望的に下手な癖に何やってんだか……」

 

 

 それを聞いて、じゃあ、と声を上げてホッとした調子でヒヨリは口を開いた。

 

 

「で、殿下は私達を嫌いになった、ってわけじゃないんですよね……!」

 

「理解も納得も出来ないけどね。殿下も殿下だけど、一番気に入らないのは────」

 

 

 そこまで言うと、ミサキは鋭い視線を再びサオリに向けて。

 

 

「────そんな戯言を真に受けて、帰ってきたサオリ姉さんだよ。どういうつもりなの?」

 

「………………」

 

 

 対して、サオリは答えない。

 時間すら停止したかのように、その場から動かずに、黙してミサキの言葉と視線を受け止めていた。

 

 それは数秒か、数分か、はたまた数十分なのか。

 一拍置いて、サオリは口を漸く開く。その口調はやはり、重たいもので。

 

 

「殿下が、そう望まれたからだ」

 

「なに、それ……」

 

 

 呆然と呟いてミサキは直ぐに、サオリのへと詰め寄る。

 

 あまりの剣幕に慌てて、止めようと間に入ろうとするヒヨリを、アツコが手で制し、首を横に振る。

 

 周囲でそんなやり取りが合ったなんて、ミサキはわからなかった。

 それほどまでに、今の彼女は周りを見えないくらい冷静さに欠け、先ほどのサオリの言葉が聞き捨てならなかったようだ。

 

 

「殿下が()()目を付けられたのかは知らないけどさ、殿下のバイト先を燃やしたのもソイツなんでしょ?」

 

「……恐らく」

 

「そんな形振り構ってない奴が殿下を狙ってるんだよ。一人で行動させるべきじゃないって、わからないの?」

 

「……だが、殿下は孤独(それ)を望まれている」

 

「知らないよ、そんなこと」

 

 

 それだけ言うと、ミサキは踵を返し生徒会室とから出て行こうと足早に歩みを進める。

 

 議論を切り上げ、感情のまま振舞う彼女を咎める者は誰も居ない。

 

 だけれど、アツコは静かな口調で、まるで確かめるように。

 

 

「ミサキ、どこに行くの?」

 

「決まってるでしょ、殿下のところだよ。どこの奴に狙われているのかもわからないで、一人に何てさせられないでしょ!」

 

「殿下が一人で行動するって言っても?」

 

「知った事じゃないよ、そんなこと」

 

 

 ミサキはアツコに向き直り、続けて言う。

 

 

「バイト先まで燃やしてくる奴なんだよ。もう形振り構ってないじゃん。そんな危ない奴、殿下一人でどうにか出来るとは思えない」

 

 

 ミサキの言い分は最もであった。

 

 天上院オウヒがいくらどれだけ強かろうが、彼女は一人しかない。

 不足の事態に対応できない事も必ずあることだろうし、彼女の想像以上の悪辣な搦め手で来られたものなら、きっと何も出来ずに封殺されることだろう。

 

 オウヒ個人の力では、必ず限界は訪れる。個人の武力など、所詮はその程度のモノでしかないのだから。

 

 ならばどうするか。

 簡単な話だ。不測の事態が起きても備えられるよう、手札を増やすしかない。『鬼札(ジョーカー)』は強力な一枚だ。しかし、たかが一枚でしかなく、手数が多く捌き切れないのなら、状況に応じて切る札を考えるしかない。

 

 一人の力では、必ず限界は訪れる。

 

 そのために、ミサキはオウヒの下へと参じようとしていた。

 役に立たない、と言われても知った事ではない、と。役割がないのなら自分で作れば良いだけの話であり、座る椅子がないのなら自分で用意すれば良いだけのことであるのだから。

 

 アツコは冷静だった。

 ミサキの言い分に理解を示しつつ、ヒヨリに意識を向けて。

 

 

「ヒヨリはどうする?」

 

「私、は……」

 

 

 ヒヨリは少しだけ考える────いいや、答えなど最初から、彼女の中で出ていた。

 

 言い淀むのは、彼女なりに自分の考えを出力しようと、口にする言葉を選び己の考えに最適なモノを選んでいるから。

 

 それを証拠に、ヒヨリは力強い頷き共に。

 

 

「私も、ミサキさんと一緒についていきます」

 

「理由を聞いてもいい?」

 

「何となくですけど、このまま殿下を一人にしちゃダメだと思います」

 

 

 アツコから、サオリへ視線を向けて、眼を逸らさずにヒヨリは続けて口を開く。

 

 

「……嫌な予感がするんです。ここで頑張らないと、もう二度と殿下と一緒に、お腹一杯お菓子を食べられないことになるって。それはとても、悲しい事ですし、私はそんなの嫌です」

 

 

 それは何の根拠もない予感でしかなかった。

 だが、ヒヨリにとってはそれだけで、オウヒのために動くには充分な理由だった。

 

 つまるところ、ヒヨリもミサキも、オウヒを一人にさせたくないのは、その程度の理由でしかない。

 

 彼女を一人にさせたくないから。孤独に()()と闘おうとする彼女を放っておけないから。

 たったこれだけのことだ。これだけしかなかった。これだけで充分だった。

 

 世界を救うだとか、キヴォトスを守るだとか、見知らぬ生徒のために力を行使するだとか、そんな高尚な理由じゃない。

 

 ただ一人の少女が闘っているから。

 それだけのために、ミサキもヒヨリも闘いに身を投じようとしていた。

 

 それは────。

 

 

「うん、そうだよね」

 

 

 ────アツコも同じである。

 

 最初から、決まっていたかと言うかのように、アツコはサオリに向き直る。

 

 ミサキとヒヨリの気持ちを確かめるために、問いを投げた。

 今度は、その答えを聞いてサオリはどう思ったか、尋ねるように自信の思いを口にする。

 

 

「私も、殿下を一人にさせるべきじゃないと思う。……サッちゃんはどう?」

 

「……私、は」

 

 

 三人の真っ直ぐな視線。

 自分の中で確固たるモノを信じているような、あまりにも清々しい視線に、サオリは思わず眼を逸らす。

 

 サオリだってわかっている。

 オウヒを一人にさせるべきではないことは。

 

 あの時のオウヒは尋常ではなかった。

 いつもの口調は崩れ、それでも強固な意志を宿し、目的を定めていた。それを達成するまで歩みを止めないというかのような、痛ましいほどの意志がサオリに伝わっていた。

 

 決して、単独で行動させるべきではない。

 それはサオリが一番理解している。だけれど────。

 

 

「私は、怖いんだ……」

 

「怖いって、なにが?」

 

 

 苛立ちを隠せない、ミサキの問い。

 暗に語る。もし、オウヒの身に何かが起きて、最悪な結末を迎える以上に恐れるモノがあるのか、と。 

 

 サオリの気持ちを代弁するかのように、アツコは優しい口調で。

 

 

「怖いって、殿下に拒絶されて嫌われる事が?」

 

「…………」

 

 

 返答は沈黙でもって応じる。

 

 つまりはそうでしかなかった。

 サオリが足を止めてしまったのは、その程度の理由でしかなかった。

 

 拒絶されたくないから、嫌われたくないから、何も語らない駒の一つであろうと徹していた。

 それが恩返しだと思ったから。サオリを、サオリ達を、地獄から救ってくれた彼女に返せるのは、この身一つしかないと思ったから。

 

 故に、サオリは駒であろうと徹していた。

 この身はオウヒの敵を滅する剣であり、オウヒを守護する盾であろうと、健気に尽くしていた。

 

 でもここに来て、サオリは己のあり方を揺るがす言葉を耳にする。

 

 それはアズサに言っていた言葉であり、今も尚こびり付く呪詛となり、サオリの内側から侵食する。

 ────自分の考えを、口にしてくれるからだと思うし、────ワタシにはそういう人達が必要なんだ────。

 

 サオリの在り方を、全否定するモノ。

 今まで、彼女がやって来たことは、オウヒにとって迷惑でしかなかったのか。

 

 その疑念を否定する術を、サオリは持っていない。

 当たり前だ。そんなもの、オウヒしか持ち合わせていないのだから。

 

 それを確かめるのは、オウヒに直接聞くしかない。さりとて、サオリにそれを尋ねるほどの胆力は持ち合わせていなかった。

 

 ならばどうするか。

 簡単な話だ。

 

 

「それじゃ、殿下に直接聞きに行こっか」

 

「聞きに行くって……」

 

「勿論、サッちゃんのことをどう思っているか、だけど?」

 

「────は?」

 

 

 固まるサオリを尻目に、満面の笑みでアツコはそんな事を言い放つ。

 

 あまりにも気軽で、あまりにも悪びれもせずに、あまりにも朗々と。

 そのままの調子で、アツコは続けて言う。

 

 

「殿下が何を言うかなんて、決まってるけど」

 

「いや、姫。待てちょっと待て。どうしてそんなことを────」

 

「あの……」

 

 

 明らかに狼狽しているサオリに対して、ヒヨリはおずおずと手を上げて。

 

 

「そもそも、殿下が私達を嫌うわけがないと思うんですけど……」

 

「それもそうだし、サオリ姉さんがそれを言うのか、って話だよね」

 

 

 苛立ちを隠そうともしないミサキは言い捨てて。

 

 

「殿下が一番信頼しているの、サオリ姉さんじゃん」

 

 

 だから余計に殿下を一人にさせたことがムカつくんだけどね、とミサキは言うが、サオリの耳には入ってこなかった。

 

 信頼されているとは誰が。

 サオリが誰に信頼されているのか。

 オウヒがサオリを信頼しているとは。

 

 あまりの奇襲。

 結果は火を見るよりも明らか。サオリの脳内は強制切断されたように、情報の処理が追いついていなかった。

 

 

「考えてみてよ、サッちゃん」

 

 

 固まっているサオリに助け舟を出すように、アツコは諭すような口ぶりで。

 

 

「ミレニアムの会長さんに呼び出されたとだって同席を許したのも、アビドス自治区でのカイザーの梅雨払いを任せたのも、シャーレの要請に答えるために部隊編成を任せたのも、そのあとの撤退の指揮を任せたのも、サッちゃんだからなんだよ?」

 

「……それ、は」

 

「うん、それは────サッちゃんだから信頼しているからだと、私は思うよ」

 

 

 殿下にそんなことお願いされた事ある? と、アツコは二人に問いを投げるが、ヒヨリは直ぐに首を横に振り、ミサキは渋々と言った調子で同じく首を横に振る。

 

 それを見届けたアツコは直ぐに、サオリへと向き直って満面の笑みで。

 

 

「ね?」

 

「……それはつまり」

 

「サッちゃんの杞憂だったし、一人相撲だったってことだね」 

 

「うぐっ……」

 

 

 後ろ向きに考えていた自分の心配はなんだったのか、とサオリは羞恥心からか顔を真っ赤に染める。

 

 耳まで赤くなっている彼女を見て、アツコは笑みを深めて。

 

 

「とはいっても、原因は殿下にもあるよね。肝心なところで言葉が足りないから。二人とも、話し合うべきだったかな?」

 

「殿下もクソボケだけど、サオリ姉さんもクソボケだから」

 

「お二人とも、難しく考え過ぎってことですね」

 

 

 ミサキがため息を吐いて自論を呟き、ヒヨリが感心するように纏め上げる。

 

 もはや、弁解の余地はない。

 言われてみれば確かに。自分が思っている以上に、オウヒから重用されていたことを、ここで漸くサオリは自覚する。

 

 何も言わずに尽くしていたサオリを、鬱陶しく思っているのなら、もっと雑に扱っている筈だ。

 

 それなのに、オウヒはサオリを手元に置き、大事な局面になるとサオリに全権を託していた。

 その証左が、アビドスでのカイザーの梅雨払いであり、シャーレの先生の要請に応えるための部隊編成であり、そのあとのビナーの襲撃の撤退指揮なのだろう。

 

 

「……それで改めて、サッちゃんはどうしたいの?」

 

 

 アツコは決まりきった問いを、サオリに投げる。

 

 今度は眼を逸らさなかった。

 サオリは三人を見つめて。

 

 

「無論、部隊を編成して、殿下をお助けする。ヒヨリは手が空いている者達を集めてくれ。ミサキはアズサに連絡を。姫はトリニティに連絡し根回しをしてくれ」

 

 

 迷いは晴れた。

 サオリは淀みなく、三人に指示を出す。

 

 異論はなかった。

 アリウスの全てを使い、オウヒを狙う輩を排除するために動く。

 

 目的がどうであれ、報いを受けてもらう。

 オウヒを害するために、関係のない者達を傷つけたその蛮行、その身に刻んでもらう。

 例外なく、彼女達の殺意は逃がしはしない────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それは困りましたね」

 

 

 声が一つ。

 

 気配がなかった。

 それは突然現れた。

 

 音もなく、最初からその場にいなかったそれは、言葉とは裏腹に喜悦に満ちた声で。

 

 

「やっと小娘を孤立させたのです。貴女達に邪魔されては、全てが台無しになるというもの」

 

 

 ()()を認めたサオリの行動は疾かった。

 三人を()()から守るように、彼女達の前に立ち、己の愛銃を抜き銃口を()()に向けた。

 

 しかし表情は困惑していた。

 何故ここに居るのか、どうやってここへ進入したのか、目的はなんなのか。

 

 疑問が疑問を生み、新たな疑問が思考に根付いていく。

 

 ()()の存在をアツコは口にする。

 いつも優しい彼女とは思えないほど冷淡で、凍結したかのような声色で。

 

 

「殿下を狙っていた人、やっぱり貴女だったんだ────ベアトリーチェ」

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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