こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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第20話 『U R MY SPECIAL』

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 息を切らして、ワタシはキヴォトスの空を駆ける。

 

 周囲の人達がワタシを見る。

 あまりにも必死な様子で駆けぬけるものだから、さぞや奇怪に映っていたことだろう。

 

 でもそんなことは関係がなかった。

 

 そんなことを気にするほど、今のワタシには余裕がない。

 

 先程、ワタシにサオリから連絡が入った。

 

 それは別に問題じゃない。

 

 その内容は簡潔な三文字。この世で見たくない文字であり、今眼にしたくなかった三文字。

 

 

 ────マダム────。

 

 

 思わず、呼吸が止まるかと思った。

 いいや、実際の話、ワタシはあの場で確かに呼吸が止まっていた。

 

 ありえない、嘘だ、なんで、どうして、何故。

 

 そんな疑問が浮かび、直ぐに同じような問いが頭の中で反芻していく。思考が、完結しない。

 

 

 そして、ワタシは、考えるよりも先に身体が動く。

 ブラックマーケットを徘徊していたワタシは、そうしていつの間にか飛び出していた。

 

 キヴォトスの街中を駆け抜ける

 脇目も振らずに、ただひたすらに。

 

 でも、どういうわけか────。

 

 

「────ぃっ!」

 

 

 上手く身体が動かない。

 

 いつもならどうってことない。

 身体能力には自信があるほうだ。

 

 なのにどういうわけか、ワタシは足が縺れて、無様に地面に転がってしまった。

 

 受身も取れなかった。

 膝が抉れたのか、何か生暖かい液体が体内から、外部へと流れていくのを感じる。

 

 でもそれを確認する時間すら惜しかった。

 

 よく見ると手が震えている。

 

 手だけじゃない。

 膝も、肩も、視界すらもグラリ、と揺れている。ここでワタシは、身体中が震えているのを、やっと自覚した。

 

 悪い夢であってほしかった。

 あってはならない現実だった。

 性質の悪い冗談ならよかった。

 

 でも現実はそうじゃない。

 あのサオリが、冗談で送ってくるわけがないことを、ワタシは知っている。

 

 今のワタシは、さぞや情けなく見えることだろう。

 

 今にも泣きそうで奥歯を噛み締めて、何かに祈るように縋るように、刺し違えても殺すと息巻いていた者とは思えないくらい、情けない姿をしているのだろう。

 

 でも事実、ひたすらに恐ろしかった。怖がっており、恐怖している。

 

 手を出さないと思っていた。

 あの女は、ワタシを標的と定めているから、ワタシが孤立したところを見計らって、ワタシだけを狙ってくると思っていた。

 

 それもこれも再びアリウスの生徒会長に返り咲き、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのためにも、あの女は一番邪魔となるワタシのみを狙ってくる。

 

 だからこそ、次の一手に備えて、あの娘達を突き放したのに。

 

 

「いいや、いいや、違う違う……!」

 

 

 自分に言い聞かせるように、聞き分けのない子供を叱るように、愚かな己を蔑むように、まるで現実逃避をするように、ワタシは繰り返す。

 

 でも否が応でも、()()()()()を想像してしまう。

 

 もしこれが現実になったものなら、ワタシは人として支えられている大事な柱が壊れてしまう事を、確信していた。

 

 だって、誓ったから。

 あの女の手から、守ると、誰も傷つけないと、ワタシは誓ったから。

 

 それしか出来ないから。

 ずっと辛い思いをしてきたあの娘達に報いる方法を、それしか思いつかなかったから。

 

 ワタシに出来る事なんて限られている。

 

 闘うことしかできない、それしか得意なモノがない、それしか長所がない。

 

 ならばそれに、全身全霊を賭けるしかないだろう。

 

 闘い闘って闘い抜いて。

 その果てが破滅だろうと、ワタシは構わなかった。

 

 あの娘達は、ずっと辛い目にあってきた。

 だというのなら、今度こそ、幸せにならないと嘘だと思ったから。

 

 ワタシはあの娘達の輪に入れなくてもいい。

 幸せになってくれれば、それでいい。それだけで良かった。

 

 なのに────。

 

 

 

 

 

 ワタシ(オマエ)のせいだ 

 

 

 

 

 夢だと思った。

 これは全て夢だと思うほど、それほど凄惨な光景がワタシの視界に映る。

 

 そらは曇天で光の一筋すら差し込まない。

 見渡す限りの大地は、瓦礫の山であり、火の手が上がり、苦悶の声が辺りから聞こえてくる。

 

 転がるのは傷だらけのアリウス生徒達。

 胸が上下している事から、かろうじて息をしていることが何とか分かる。

 

 みんな、みんな、みんな。

 ワタシを信じていた筈だ。

 殿下と呼び、慕ってくれていた。

 

 こんな惨状になるまで、その瀬戸際までワタシなんかを信じていた筈だ。

 

 焦げた火薬の臭い。

 爆発した後の、独特な臭い。

 何かを燃やし焦がしたかのような臭い。

 

 視覚からは崩壊したアリウス自治区。

 嗅覚からは爆発物によるものだと理解し。

 思考がまともに動かず目の前の光景を否定する。

 

 こうならないように、こんな結末にならないように、ワタシは全てを擲って動いていた

 

 

 

 

 

 ワタシ(オマエ)のせいだ 

 

 

 

 なのに、なんだ、これは。

 

 

「ぅ……」

 

 

 ガクッ、と。

 全身の力が抜ける。

 

 膝から崩れ落ちて、ワタシはその場に蹲ってしまった。

 

 アリウスは崩壊していた。

 ワタシが想像していた以上に、地獄のような光景が広がっていた。

 

 ガリッ、と。

 ワタシの指が地面を削り取る。

 

 指先が痛むのは、きっと、指先から血が出ているからだろう。

 感触だけで言えば、爪も剥がれているのかもしれない。

 

 そんなことはどうだって良かった。

 

 

「ぅぅぅっ、ぅぅぅぅ……!」

 

 

 堪えきれない嗚咽が、口から洩れていた。

 

 ここまで、する必要は、あるのか。

 

 ワタシだけが狙われるのならわかる。

 あの女が言うとおり、これは因果応報。やったのだから、やり返されるのが世の常だ。

 

 でもこれは、ワタシとオマエの闘いに、あの娘達は関係ないだろう。

 

 ここまで頑張ったのに。

 

 アッちゃんはお花を育てるのが趣味で、庭園のお世話を頑張っていた。

 ミサキは自分の仕事である財務に一生懸命だったから、ワタシも微力ながら奮闘していた。

 ヒヨリと一緒に『ばにたす』の商品の試食をしていたのは楽しかった。

 アズサとよくアリウス分校のグランドで一緒に訓練した。

 そして────サオリと歩いて復興していくアリウスを見るのは、とてもとても、暖かい気持ちになった。

 

 他にも、道の整備をアリウスの生徒達と一緒になって汗を流して、励んでいた。

 

 もちろん、楽しいことばかりじゃない。

 辛い事もあったけれど、その全てがワタシの思い出となっていた。

 

 それが今となっては────。

 

 

 

 

この惨状の全てが 

 

 

 

 

 

 ────見る影もなく、アリウスは完全に崩壊していた。

 

 どうしてこうなったのか。

 そんなこと、問うまでもない。

 

 ワタシが暴走して、彼女達と突き放したから。

 

 ちゃんと話し合いの場を設けて、彼女達に迫る脅威を伝えて、一緒に打開策を考えていれば、きっとこんなことにはならなかった。

 

 全ては。

 何もかもは。

 その原因は。

 

 全て、全て、全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て。

 

 そう、全てが

 

 

               ワタシのせいだ 

 

「ごめん、なさい……」

 

 

 眼から涙が溢れる。

 慟哭に喉を詰まらせて、謝罪の言葉を述べていた。

 

 返って来るわけがない。

 誰に届くわけもない。

 今更、泣いて詫びたところで時計の針は戻らない。

 

 でも繰り返し、繰り返し、ワタシは懺悔する。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……。ワタシが、ワタシのせいで、みんなが……っ」

 

 

 そこまで言うと、ふと視界に紅色の何かを捉えた。

 

 それは血だった。

 指先から流れる血。やはり爪は剥がれていた。

 

 体内から指先へ、指先を伝い地面へと浸透していく。

 

 ワタシが生きている証。

 魂の対価とも呼べるモノ。

 

 泣いて詫びた所で、それがワタシの中に再び戻るわけもない。

 

 

「そうだ、そうだよ……」

 

 

 懺悔などいくらでも出来る。

 後悔なんて沸いて出てくる。

 自責は後でやり続ければいい。

 

 今は違うだろう。

 役立たずのオマエに出来る事はなんだ。

 

 能無しのオマエが、命を使い潰すと決めたオマエが、今何をすべきなのか。

 

 

「助けなきゃ」

 

 

 ポツリ、と口から出る。

 

 身体に芯が入っていないように、実体がないような蜃気楼のように、ワタシは立ち上がった。

 

 ふと、身体を見れば、出血していた。

 

 ここまで来る間に、転んで擦り剥いたのだろう、とぼんやりと分析する。

 

 瑣末な事だ。

 そんな事よりも、ワタシのすべき事はアリウスの生徒達の救助。

 

 惨状に理解を拒みながら、現実に眼を向けた。

 足取りは、まるで幽鬼のよう。ちゃんと歩けているかどうかも、不確かなモノ。

 

 そこへ。

 

 

「────そう。お前の敗因は、自分の価値観と私の価値観を等しく定めた事」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 この世で一番聞きたくない声が。

 この世で一番嫌悪する声が。

 この世で一番────殺したい奴の声が。

 

 ワタシの耳に、入ってくる。

 

 

「お前の様に、私はアリウスに価値を見出だしていません。故に、このように使い潰せる」

 

 

 ぐらり、と眼を向ける。

 

 そこにはやはり、と言うべきか。

 紅い肌で、白いドレスを着た、長身の女────ベアトリーチェが立っていた。

 

 でもワタシが注視するのは、この女じゃない。

 

 どうでもいい。

 本当にどうでもいい。

 

 ベアトリーチェの傍らに立っている女子生徒。

 その眼には生気がなく、四肢の力は抜け切っており、ワタシの方へ視線を向けているのに、虚空を見つめているように視点が定まっていなかった。

 

 そんな顔をしている姿は、見たことがない。

 今まで、見たことが、なかった。

 

 

「オマエ、何をした……」

 

 

 震える声で、更なる絶望を予感しながら、ワタシは問いを投げる。

 

 

「────サオリに、何をした……」

 

 

 ベアトリーチェの傍らに立っているのは────サオリだった。

 

 傷だらけで、治療も施されていない、爆発に巻き込まれたままの姿で、何も言わずにベアトリーチェの傍らに立っていた。

 その手にはサオリの愛銃が握られており、その細い首には鉄製の首輪が装着されている。

 

 ワタシの問いに、あの女は答えない。

 肩を震わせて、堪えられないと言わんばかりに、無数の瞳は喜悦に満ちて。

 

 

「良い顔ですね、小娘。嗚呼、なんて品に欠ける顔なのでしょう! まるで飢えた痩せ狗のようです」

 

 

 優雅に、まるで壊れ物を扱うように、舐める様に指先をサオリの頬を這わせて、あの女は続ける。

 

 

「言ったでしょう。私は、お前の何もかもを奪うと。お前の居場所を奪いました、お前の領地を侵しました、あとはもう、お前の忠臣を手に入れるだけ」

 

「オマエが、サオリに、触れるな……!」

 

「触れると、どうするのですか?」

 

「言ってもわからないなら、別にいい」

 

 

 怨嗟を押し殺した声で、ワタシは呟く

 暗に語る。オマエを殺す、と。

 

 焚べられた憤怒の炎が滾るのを、抑えられなかった

 

 力強い一歩を踏み込んだが最後、ワタシは直ぐにあの女との距離を詰めて、細い首を握り折る。

 

 でもそれは出来ない。

 あの女の言葉に耳を傾けてしまったから。

 

 

「それは可哀想に。サオリが一生、このまま物を言わぬ人形となってしまいますが?」

 

「────────」

 

 

 呼吸が、止まった。

 

 一歩など踏みしめる事が出来なかった。

 その場に立ち止まり、動きが停止し、たちまちワタシの思考は凍結され、身体は機能不全を起こした。

 

 理解が追いつかないワタシを見て、あの女の悦楽の色は濃くなっていく。

 

 

「巷での誘拐事件、首謀者は私です。目的は実験でした。その内容は────こちらの意のままに操るためのモノ」

 

 

 その口調は己の成果を語るように、朗々とした口調で続けて言う。

 

 

「お前達の神秘は簡単に揺らいでしまう。些細な苦痛を与えるだけで、その神秘は反転し、その姿在り方を大きく変えてしまう。それは私が望んだものではありません。私が欲しいのは駒、何も言わずに目的だけを遂行する駒です」

 

 

 クツクツ、と喉を鳴らして。

 

 

「トライ&エラー、正に思考錯誤の連続でした。中には使い物にならくなった子供もいましたが、今となっては瑣末な事です」

 

「オマエは、何を、言っているの……?」

 

 

 呆然と、呟いてしまった。

 

 コイツの言っている事が、何一つ、ワタシには理解が出来ないし、理解する事を拒んでいる。

 

 何を言っているんだ。

 使い物にならなくなった?

 どこの誰が────誰のせいで────そうなったというのか。

 

 

「苦労したのは、苦痛の匙加減ですね。与えすぎると壊れ、かといって軽微であれば意味がない。丁度良く、苦痛を与えねば中途半端に自我を残してしまう。子供は本当にか弱いので、その辺りの見極めるに苦労しました」

 

 

 そこまで言うと、視線をワタシからサオリへと移して。

 

 

「その点、サオリは完璧な駒です。幼少の頃より、私に折檻されていたこともあってか、こと()()()という行為に関しては耐性があった。本当に最高の駒です。灯台下暗しとはこのことを言うのでしょうね。まさか、身近に丁度良い素体がいるとは思いませんでした」

 

 

 さて、と言葉を区切り、呆然と立ち尽くすワタシを再び見て、あの女は口を引き裂くような笑みを浮かべる。

 

 多くの笑みを見てきた。

 はにかんだような笑みもあれば、嗜虐的に浮かべる笑みや、大口を空けて呵々と大声で笑う気持ちのいい笑みとも違う。

 

 アレは、今まで見てきたポジティブなものとは、一線を画す。

 これまで見てきた笑みとは違う表情。

 

 純然たる悪意に満ちた表情と声で、ワタシに問いを投げる。

 

 

「どのような気持ちですか?」

 

 

 ワタシの言葉を待つことなく、ベアトリーチェは冷徹に言葉を紡いでく。

 

 

「告げた通り、お前の全てを奪いました。領地も、臣民も、尊厳すらも、奪い踏みにじった。最後には────」

 

 

 その指は、サオリの頬を撫でる。

 見せ付けるかのように、勝ち取った戦利品を見せびらかすように、何も出来ないワタシに知らしめるように。

 

 

「お前の忠臣は私の意のままとなりました。敢えて問いましょう────今、お前は、どんな気持ちですか」

 

 

 それに、ワタシは答えられない。それほどの余裕がワタシにはなかった。

 

 自分でも分かるくらい間抜けな顔で、瞳に光がないサオリを、ただ見つめていた。

 

 あの女にはそれだけで充分だったのだろう。それが回答であると、受け取ったのだろう。

 

 取り繕う事もやめたみたいだ。

 内側から歪むように、ベアトリーチェの表情が歪む。

 

 憎悪の臨界を越えるような、極限な表情で、大きく口を開けて、無様なワタシを容赦なく嘲る。

 

 

「キ、ヒヒッ、ハハッハハハ! そうです、その顔が見たかった! 今にも私に許しを請うかのような、情けない顔をみたかった!!」

 

 

 そんなものいくらでもしてやる。

 サオリを元に戻してくれるのなら、いくらでもしてやる。この身を差し出して、陵辱の限りを尽くされようとも構わない。

 

 でも、それでサオリを助けてくれるほど、この女は甘くないことを、ワタシは知っている。

 

 ワタシの事を許しはしない。サオリだって元には戻さないし、アリウスの娘達を見捨てる事だろう。

 

 つまり、今の状況は、完全に詰んでいる。

 

 ここで仮に、コイツを殺してもサオリが元に戻る保障はどこにもない。

 ここで仮に、ワタシが逃走したものなら、見せしめにアリウスの生徒の誰かを殺す事だろう。

 ここで仮に────。

 

 ダメだ。

 考えても、どれだけ考えても、結末は変わらない。

 

 ワタシはここで死ぬ。

 

 コイツがワタシの前に現れたという事はそういうことだ。

 勝つ算段が付いたからであり、ワタシが足掻いても、二重にも三重にも策謀を用意しているに違いない。

 

 その証拠が今の現状だ。

 全てはコイツの、手のひらの上だったのだろう。

 

 ワタシの稚拙な殺意など、コイツの純然たる悪意には及ばなかった。

 

 突きつけられた事実に、選択肢など用意されていなかった。

 

 迎え撃っても、逃げても、結果は決まっている。ワタシの死と言う結末に、全てが収束されている。

 

 ワタシは漸く、自覚した。

 

 

             ──もう、諦めるしか、ない──

 

 

 力なく頭を垂れる。

 視線は地面に。

 でも不思議と涙は出なかった。

 

 ベアトリーチェは満足するように、さて、と言葉を発すると。

 

 

「では、殺しなさい。サオリ」

 

 

 簡潔に簡単に簡素に、サオリに命じる。

 でも一向に、銃声が聞こえない。

 

 ワタシは顔を上げる。

 視線の先には、今も双眸に生気が宿っていないサオリがいた。

 

 しかし、様子がおかしい。

 

 力の限り抵抗するように、必死に拒んでいるかのように、愛銃を握っている手が震えて、その銃口は未だにワタシへと向けられていない。

 

 

「……私の命令が、聞けないのですか?」

 

 

 言葉だけ聴けば、それは静かなものだった。でもその言葉の裏側に、あるものが感じ取れた。

 

 怒り。

 果てしなく単純で、どこまでも不純な感情。

 

 炎を圧縮して、人の形を為し、サオリを見下ろす。

 今のベアトリーチェの姿が、正にソレであった。

 

 サオリも無意識のうちに、理解しているのだろう。

 両肩が、ビクッ、とはねる。

 

 当たり前だ。

 ベアトリーチェの言葉が真実であれば、サオリは小さい頃から折檻という名の虐待を受けていた。

 

 誰よりも怖さを理解しており、その忌まわしい記憶は身体にまで刻まれていることだろう。

 

 だというのに、サオリは逆らっている。

 ベアトリーチェの命令に流されたままで居た方が、楽だと言うのに。

 そちらの方が、自分のためだと言うのに、傷つかないと言うのに、洗脳されてもサオリは必死に抵抗していた。

 

 それに引き替え、ワタシは何をしている。

 何を諦めている、何を絶望している、本当に何をしている。

 

 ここがワタシの終着なのは変わりない。

 それでも、だとしても、まだ救える者が、いるのにワタシは何をしているのか。

 

 使い潰すと決めたのなら全うしろ。

 サオリが諦めてないのに、ワタシが諦めてどうする。

 

 

「こうなれば、是非もなし────」

 

 

 ワタシは両手を広げる。

 迎えるように、歓迎するように、抱しめるように。

 

 サオリに向かって両手を広げて、いつものように、同じように、闘争を前にするこれまでのワタシのように、口元に笑みを浮かべて。

 

 

「────余を撃て、サオリ」

 

 

 ワタシは演じる。

 弱い自分を覆い隠すように、彼女達の王としての姿である『アリウスの王』としての仮面を被る。

 

 絶対に助ける。

 この生命が、燃え尽きて灰になろうとも。

 

 

 

               ────助けるんだ、サオリを────。 

 

 

 

 

 

 

 





 やりたかった話の一つでした。
 オウヒが絶望して、尊厳がグチャグチャにされて、ここで死ぬけど最後だからと立ち上がるみたいな話でございます。
 
 面白かったと言ってもらえると嬉しいのですが、どうでしょうか。不安です。
 
 
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