こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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第21話 ワタシ達は話し合うべきだった

 

 

 桐藤ナギサは本日の業務も、問題なく恙無くこなしていた。

 

 これからの予定も順調そのもの。

 エデン条約に向けて何もかもが予定通り。

 

 難航を予想していたゲヘナとの会合も終えて、あとは条約締結まで待つばかり。

 

 最初は、ゲヘナと手を組む事や、得体の知れないアリウスと手を組む事に、難色を示していたトリニティ生徒も存在していし、その中には発言権が強い者もいたことをナギサは思い出す。

 

 しかし、今となっては、その声も少なく小さくなっていきていた。

 

 それもこれも、ナギサの知らぬ所で、ミカやセイア、そしてヒフミが尽力してくれていたからだ、と彼女は察していた。

 

 きっと、説得して回ってくれていたのだろう。

 そうではないと、説明がつかない。

 

 トリニティは良くも悪くも、我が強く、個性的な生徒が数多く在籍している。

 

 そんな彼女達が、反対していたのに、何も行動に移さなくなったのはきっと理由があるに違いないから。

 

 その理由こそが、説得されたから、なのだろう。

 

 

「……本当に、私は周りに恵まれていますね」

 

 

 ポツリ、と。

 自分に言い聞かせるように、ナギサは呟いた。

 

 本来であれば、その役割は自分の筈であると、思ったから。

 

 失踪した連邦生徒会長が発案していた空中分解しかけていた条約を、ナギサが纏めて再度発案したものが、現在のエデン条約機構だ。

 

 ならば責任を持って、ナギサが陣頭に立ちことを進まないとならないのだが、現実はそう甘くない。

 

 やはり、一人で出来る事など限られており、限界は必ずやって来る。

 無理をすればボロが必ず出てくるし、最悪正常な判断も出来ないだろう。

 

 でも喜ばしきかな。

 ナギサは一人ではなかった。

 

 共感してくれる幼馴染や友人、そして手伝う事を申し出てくれた後輩もいる。

 

 その点で言っても、ナギサは周りに恵まれている。

 だって、頼れる人達が、彼女にはいるのだから。

 

 それもあってか、今の彼女には余裕があった。

 

 業務を終えて、心配する事も今のところなく、トリニティ総合学園ティーパーティーの生徒会室にて、彼女は優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 目の前のテーブルには、自分で淹れた紅茶と、これまた自作したお菓子。

 出来栄えも満足がいくもの。思わず、ナギサもほくほくと満足した笑みを浮かべながら。

 

 

「皆さんをお呼びして、お茶会でもしましょうか」

 

 

 皆さんとは、彼女の近しい人達。

 それはミカであり、セイアであり、ヒフミであり、新しく仲良くなった秤アツコでもあった。

 

 エデン条約の調印式も二週間後に控えてある。

 それもかねて、お茶会をするのも悪くないと、とナギサは考えると。

 

 

「……それはいけませんね。折角のお茶会なのに、政治のお話をしては」

 

 

 やんわりと、首を横に振って己の考えを否定する。

 

 良くない考えだった。

 これは完全なプライベートの誘い。その中で、業務の話を、しかも政治の話を持ち出すのは如何なものか。

 

 折角、呼ぶからには、楽しんでもらわないと。

 そう思い立ったナギサは、今回は堅い話は抜きにして楽しもうと画策する。

 

 思い立ったら吉日。

 連絡を取ろうと端末に触れようとするが。

 

 

「おや?」

 

 

 突然の着信に、手が止まる。

 誰からだろうか、と疑問に思いながら画面を見ると、登録されていない番号からの着信。

 

 ナギサは不審に感じながらも、通話をするために画面を捜査して、片耳端末を当てて。

 

 

「もしもし」

 

『桐藤ナギサさん、ですね?』

 

 

 それは女性の声だった。

 どこか幼さがあるものの、利発的な印象を与える声が、ナギサの耳に入る。

 

 記憶にない声に、ナギサは訝しむように問いを投げる。

 

 

「どなた、でしょうか?」

 

『ほむ、私が誰なのかなど瑣末なことだと思いますが』

 

「私はそうは思いません。どこで私の連絡先を知ったのでしょうか?」

 

『伝を辿って知った、とだけお伝えします。それだけで充分なのでは?』

 

 

 電話の主はそれ以上話さない。

 つまりは、本当にそれだけで充分だと、暗に語っていた。

 

 ナギサからしてみたら冗談じゃない。

 どこの誰かも知らない人間に、連絡先が知られているなんて、彼女の立場としても気が気ではないだろう。

 

 対して電話口からは、ふふっ、と小さく笑う声が聞こえると。

 

 

『ご心配なく。私から貴女にこうして、連絡する事は金輪際ありません。勿論、連絡先を晒すといった真似も致しません』

 

「……信じろと?」

 

『そうですね』

 

 

 どこか、慇懃無礼な言い回しに、ナギサは難しい顔で沈黙する。

 

 突如として連絡してきた者の意図が読めない。

 

 最初は悪戯かと思ったがこの短いやり取りで、そうではない、とナギサは分析する。

 

 突発的な愉快犯と断ずるには、電話口の主の口調は理知に富んでいる。

 電話口の主は明らかに、ナギサの反応を窺っている。それは目的があるからであり、ナギサの反応を見て楽しむ愉快犯ではないことがわかる。

 

 とはいえ、判断材料も少ない事も事実。

 

 ナギサは最大限警戒しながら、電話口の主に促した。

 

 

「ご用件を伺いましょうか」

 

『話が早くて助かります。さすがは、フィリウス分派の代表であり────』

 

 

 電話口の主は、含みのある声色で。

 

 

『────空中分解しかけたエデン条約を纏め上げただけの事はあります』

 

「…………」

 

 

 思わず、息を呑んだ。

 

 条約はまだ公に発表していない。それは混乱を防ぐためである。それ以上の思惑はない。

 

 だが、こうもあっさり。

 外部に洩れていたとなると、邪な考えはないものの、ナギサも驚きのあまり声を失うというものだ。

 

 焦る気持ちを落ち着かせて、努めて冷静な口調で問う。

 

 

「どこで、それを?」

 

『推理しただけですよ。断片的な情報を集めて、それを繋ぎ合わせ、今までの動きを計算し、全体像を算出した。それだけに過ぎません』

 

 

 誇るでもなく、ひけらかすでもなく。

 人は呼吸するのが当たり前、であるというかのような口調で、当たり前のように電話口の主が告げた。

 

 

『私が貴女に連絡をしたのは、件の条約に関わるものです』

 

「……というと?」

 

『エデン条約を担う、三校の一つ。アリウスが壊滅の危機に瀕しています』

 

「…………え?」

 

 

 ナギサ自身、間抜けな声だと自覚している。

 

 だがあまりにも荒唐無稽で、突拍子もないことを、電話口の主は口にしていた。

 

 理解が追いつかないのも無理はないし、名前も知らない人物の言葉を信じろというのも馬鹿げている。

 

 それは電話口の主は分かっているのか、事実だけを口にする。

 

 

『あの『アリウスの王』も危うい状況かと。白洲アズサや聖園ミカを派遣した方がいいと提言しておきます』

 

「ま、待ってください。いきなり言われて、信じろと?」

 

『信じるも信じないも、どちらでも構いません。ただここで()()が退場してしまうのは、あまりにも勿体無い。そう思い、横槍をいれただけです。戯言と無視していただいても、私は構いません』

 

 

 ただ、と言葉を区切り。

 

 

『行動するのであればお早めに。憎悪に狂った者が何をするか、私にも計算できないので』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

 

 結論だけ言うと、錠前サオリは天上院オウヒを────撃てなかった。

 

 構えもしない。

 空ろな双眸、押したら倒れる幽鬼のような立ち姿は変わらないものの、何かに抗うように、時折その両肩は大きく震える。

 

 命じても反応をしない。稚拙な言葉を並べて脅迫しても、サオリに変化はない。

 

 眼に見えて、ベアトリーチェは苛立ちを募らせていく。

 

 だが、彼女はサオリを排除しようと動こうとしなかった。

 

 それもその筈だ。

 ベアトリーチェは痛いほど理解している。

 サオリは自分にとっての安全弁。最後の壁である事を、彼女は嫌って程理解している。

 

 もし、サオリの生命活動が停止したものなら、対峙している怪物(オウヒ)は、忽ち牙を向いてくることだろう。

 ありとあらゆる力を使い、ありとあらゆる方法で鏖殺し尽くし、ありとあらゆる尊厳を歯牙にかけず塵芥と帰すに違いない。

 

 チッ、と。

 小さく舌打ちをしたベアトリーチェの行動は早かった。

 

 サオリが使い物にならないと判断するや否や、彼女の愛銃を取り上げ、照準をオウヒにに合わせて引き金を引く。

 

 それを数十度繰り返す。

 何度も引き金を引き、弾が尽きたら、弾倉を取り替えて、また引き金を引く。

 

 それを数度繰り返す。

 

 

「────、」

 

 

 荒い呼吸音。

 それはサオリのモノでもなければ、ベアトリーチェのモノでもない。

 

 目の前の怪物────天上院オウヒから発していたモノだった。

 

 オウヒからの反撃などなかった。

 彼女は、腰に差していある『リク弐式』すら抜く素振りすら見せない。

 両肩に羽織っていた軍用コートなんて、当の昔にその両肩から落ちている。

 

 オウヒの足元には、血だまりが広がっていた。

 何度も何度も何度も、ベアトリーチェの銃弾が打ち込まれ、それが傷となり出血し、身体の外から流れ出ている。

 

 無抵抗、そして、不服従。

 しかし、その紅色の眼は死んではない。今も、その眼はレーザーサイトのように、ベアトリーチェのみを注視していた。

 

 

「気味が悪い」

 

 

 思わず口に出た。

 苦虫を噛み締めたかのように、泥を吐き出すように、心の底から気色の悪いナニかを見たかのような声で、ベアトリーチェは言葉を洩らしていた。

 

 どうして、薄汚い怪物(オウヒ)が気に入らないのかベアトリーチェは考えていた。

 崇高に至る研究を台無しにされたから────違う。

 これに自身が治める領地を簒奪たから────違う。

 子供に何もかもを台無しにされたから────違う。

 

 違う違う違う違う違う、全てが違う何もかもが違う。

 

 長年、啀み合っていたわけじゃない。

 こうして、対面して、言葉を交わすのなんて数分あったかどうか。

 

 積年の感情が積み重なり、関係に軋轢を生み、決定的にズレて今日に至るような、そんな関係でもない。

 

 簡単は話だ。

 ベアトリーチェは、天上院オウヒが、ただただ気に入らなかった。

 

 大半の人が、蟲を好かないように、汚物を見るのが嫌であるように、ベアトリーチェは単純な話、オウヒを生理的に嫌悪していた。

 

 やること為す事が、何もかもが気に入らない。

 理由なんてものはなかった。領地の簒奪だとか、アリウスを奪っただとか、そんな過程は建前でしかない。

 

 ただ気に入らない。

 たったそれだけの理由で、これまでの凶行の説明が出来る。

 

 故に、相手への敬意などない。

 無抵抗な相手に銃弾の雨を向けることにすら、抵抗はない。

 

 相手への敬意などなく、決闘などという高潔な精神からは程遠い。

 その在り方は駆除だ。自分の眼の目を飛ぶ不快なモノを排除するための、行為でしかない。

 

 そのために、ベアトリーチェの引き金は恐ろしく軽かった。

 

 いくら頑丈といえど、当たり所がわるければ死ぬ。

 それほどの凶器を手にしても、ベアトリーチェの狂気は揺るがない。

 

 そうこうしているうちに、また弾倉が尽きた。

 罪悪感などなく、ただ面倒臭い、と思いながらベアトリーチェは新しい弾倉をサオリの愛銃に籠める。

 

 対して、ククッ、とオウヒは笑みを零し、嘲りの言葉と共に。 

 

 

「────ちゃんと狙いなよ、下手くそ」

 

 

 ベアトリーチェの手が止まる。

 

 戯言を、と一蹴出来るはずがなかった。

 何せ、この世で最も嫌悪する者の嘲りだ。無視できる筈がない。

 

 感情とは厄介なものだ。

 子供も制御できないモノであり、大人すらも振り回される。

 

 それを証拠に、ベアトリーチェは振り回されている。

 手を止めて、意識をオウヒに向けて、聞き捨てならない言葉だったから、言葉を返す。

 

 

「状況、お分かりですか? 今のお前は何も出来ない的に過ぎない。それがわかって、私に減らず口を吐くのですか? 命乞いの一つでもしてみては?」

 

「誰に? オマエに、ワタシが? 冗談でしょ?」

 

 

 口の端を、二ィ、と深く歪ませてオウヒは続けて言う。

 

 

「銃の一つすら満足に扱えない分際で、ワタシに勝つつもりだったの?」

 

「なに?」

 

「ククッ、気に触ったかな。それもそうか、そうだよね、そうだったよね。オマエは自分一人では何も出来ないもんね?」

 

 

 空気が変わる。

 ピシっ、と音を立てて一瞬で凍結するような、錯覚に陥る。

 

 それはベアトリーチェによるものであり、サオリの愛銃を握りつぶさんとするかのように、ミシミシと音を立てている。

 

 その姿があまりにも滑稽というかのように。

 オウヒは軽い調子で、ヘラヘラと言葉を続けた。

 

 

「だってそうでしょう? 今だって、サオリの後ろ隠れてさぁ。無防備のワタシ如きが殺せないとか、情けなくならないの?」

 

「それ以上囀るのであれば、殺して差し上げますが?」

 

「だったら殺りなよ、ワタシを。オマエに、出来るのなら」

 

 

 それだけ言うと、再びオウヒは両手を広げる。

 口元には挑戦的な笑みを張り付かせて、余裕であるかのように演出する。

 

 足元には血の池。

 最早、撃たれたない場所を数えた方が速い程度には、その身体は穿たれている。

 

 キヴォトスに住まう者は頑丈だ。

 それでもこれ以上は命に関わる。それはオウヒが一番理解している筈だ。

 

 だというのに、オウヒの態度は崩れない。

 必要以上にベアトリーチェを煽り、その言動は見下したものであり、尊厳を踏みにじる悪辣なものだ。

 

 それが気に入らなかったのか。

 絶対絶命の癖に、自身を軽んじるその態度が癪に障ったのか、ベアトリーチェは薄ら笑いを浮かべて。 

 

 

「えぇ、殺しますよ。殺した後は、そうですね。サオリやアリウスの生徒を再び支配しましょうか。お前がそれを見届けられないのが残念ですが」

 

 

 さぁ、顔色を変えろ。

 それはやめろ、と許しを請え。

 無様に命乞いをしろ。

 

 ベアトリーチェはそんな無様なオウヒが見たかった。

 だが。

 

 

「……あぁ、ごめん。今の笑うところだった? だとしたら、最悪のセンスだよオマエ」

 

 

 意に返さず、退屈そうな口調でオウヒは続けて言う。

 

 

「同じようなことををぺらぺらと。もう飽きたよオマエの恨み言も、その顔も」

 

 

 限りなく、ベアトリーチェの尊厳を踏みにじったような声色で。

 オウヒは表情から感情を完全に消し去り、端的に述べた。

 

 

「ワタシを殺すとか、出来もしない事をいうなよ。良い大人が、なんてみっともない」

 

 

 その言葉が引き金だった。最後の理性だった。

 憎悪に猛り狂うモノは、銃口をオウヒへと向けて、ありとあらゆる負の感情を向けて叫ぶ。

 

 

「小娘がっ!!」

 

「更年期かぁ!? いちいち叫んで、みっともねぇな年増ぁ!!」

 

 

 死ね、と言葉と共に放たれる銃弾の雨。

 それがオウヒへと容赦なく殺到する。

 

 額に、胸部に、腕に、太ももに、腹部に。

 面白いように被弾していく。

 

 

 

 

 

 

 ──あぁ、痛い!

 ──本当に痛い。凄く痛い!

 ──でも……。

 

 

 これで良い。これが良い。それで良い。

 必要以上に、挑発した甲斐があったというものだ。

 

 これで、ベアトリーチェの矛先は、自分に向けられて、言う事を聞かないサオリに向けられないだろう、とオウヒはひとまず安堵した。

 

 本当に慣れない事をしている、とオウヒは自覚する。

 戦闘中、口汚く罵った事なんて、したことがなかったから。

 

 

 ──もしかしたら、ネルちゃんが口汚いのも、こういうことなのかな?

 ──自分を狙うように、自分を奮い立たせるために。

 ──もしかしたら、そうかもしれないね。

 

 

 機会があれば聞きたいものだとオウヒは思うも、直ぐにそんな機会が訪れないことを思い出し、直ぐに諦めた。

 

 何せ、これで最後だから。

 ここで、自分の命が終わり、終着点がここだから。

 

 そうなると、今までオウヒが交流してきた人たちのことを、思い浮かべてしまう。

 アーちゃんとムーちゃんは何をしているだろうか、とか。

 聖園ミカは元気でやっているだろうか、とか。

 リオ会長はちゃんと寝ているだろうか、とか。

 トキちゃんは会長のお世話を頑張っているのだろうか、とか。

 ヒマリさんは会長と仲良くしているだろうか、とか。

 コンサバティブちゃんは迷惑をかけたてないだろうか、とか。

 ヒナと小鳥遊さんは今頃楽しく遊んでいるのだろうか、とか。

 シヴァさんとセリカ先輩は無事だろうか、とか。

 シャーレの先生ともっと仲良くなりたかった、とか。

 アリウスの皆の今後のこと、とか。

 そして────。

 

 ──黒いアイツと、最後まで……。

 

 この命を、使い潰すと決めた。

 何の価値もないこの身だけど、アリウスの娘達を守るために使うのなら、それだけで価値があると、オウヒは定めた。

 でも、未練が顔を出す────。

 

 

 ──参ったな。

 ──死ぬのが、怖くなっちゃった。

 ──あぁ、本当に嫌だ。

 ──死にたくない。

 

 

 そんなこと、当たり前だった。

 誰もが死にたいと思う人間なんていない。この土壇場で、差し出すことが怖くなるオウヒを、誰が責められるだろうか。

 

 自分が一番大事なのは当たり前なのだ。

 自分の命を天秤にかけるのは間違っている。

 

 でも、彼女には譲れないモノがあった。

 守りたい人がいた、救いたい命があった。

 それだけで、それでも、と奮い立てる。恐怖を飲み込み、自分の命を懸ける理由がある。

 

 だがそれも。

 

 

「……っ」

 

 

 腹部を穿つ銃弾。

 それは遂には、オウヒの皮膚を貫いて、内臓まで食い込んだ。

 

 

「ごっ……」

 

 

 口から大量の血の塊が吐き出される。

 

 戦闘中、数え切れない傷を負ってきたオウヒだから理解する。

 ────これは不味い撃たれ方である、と。

 

 あまりの激痛に立つ事が出来ず、地面に膝を突いた。

 ピシャ、と音を立てて漸く自分が傷だらであることを自覚した。

 

 意識が朦朧とする。

 呼吸も、最早虫の息。

 ここで意識を飛ばす事が出来れば、どれほど楽だろうか。

 

 だがそれは出来ない。

 終わるにしてもここじゃない。まだオウヒにはやるべき事が、残っているのだから。

 

 意識を辛うじて保ち、足の力だけで再び立ち上がる。呼吸すらままらない。

 

 ベアトリーチェにみっともない、と言ったが、みっともないのはどっちだろうか、と自分の生き汚さに苦笑を浮かべる。

 

 

「サオリ」

 

 

 朦朧とする意識の中、オウヒの意識はサオリへと向けられる。

 その際に、サオリは肩を震わせるが、構わず笑みを向けて。

 

 

「ごめんね。もうちょっと持つと思ったけど、もう無理みたいだから」

 

 

 正気を取り戻すことに希望を見出し、耐えていたが限界が近い。こうなっては是非もない、とオウヒは続けて。

 

 

「いつも、ワタシのために頑張ってくれたよね」

 

「────」

 

「最初の頃さ、覚えてる? ワタシのことを陛下って呼ぼうとしてくれたよね」

 

 

 今でもオウヒは思い出す。

 ベアトリーチェを撃ち倒し、名も知らなかったアリウス生徒の始めての邂逅を。いきなり自分のことを陛下と呼んできた生徒のことを。

 

 ──陛下とお呼びしてもいいだろうか?──

 

 ──……陛下はよせ。仰々しい。──

 

 ──では殿下と──

 

 ──えー、どうして……?──

 

 

 口の端から血を流しながら、オウヒは笑みを零す。

 本当にどうしてなのか、と当時の光景を思い出して、懐かしくなり自然と笑みが零れた。

 

 

「それからも、ワタシのために頑張ってくれてさ。最初は怖かったんだよ? どうしてこんなに、慕ってくれるんだろうって」

 

「────」

 

「正直な話、まだ理由はわからないけれど、その気持ちに嘘はないってわかった。今思えばさ、ワタシ達ってちゃんと話し合ったことなかったよね」

 

「────っ」

 

「もっと仲良くなりたかったけど、多分、もう無理だから」

 

「でん、か……」

 

「年増に今までナニをされたのか、ワタシにはわからない。ワタシの想像以上の事をされたんだと思うし、共感なんて出来ない。だってそれは、サオリの苦しみだから。それを分かるなんて、軽々しく口に出来ない」

 

「……でんか……」

 

「サオリが言いなりになるくらいなんだから、ソイツから与えられた苦痛は相当なものだと思う。でもね、それでも────」

 

 

 唇を噛み締めて、耐えるような表情で。

 今にも泣きそうな顔で、まるで懇願するようにオウヒは言った。

 

 

「サオリが居なくなるのは寂しいよ。そんな奴とは縁を切って、ワタシの元に帰ってきてよ────」

 

 

 瞬間、ベアトリーチェは組み倒された。

 

 何が起こったのか、倒されたベアトリーチェは理解が出来ない。

 それは、オウヒも同じ事だった。

 

 眼に止まらぬ速さで、ベアトリーチェはサオリの愛銃を奪われて、何者かに組み倒される。

 そして、何者かは、奪った銃をベアトリーチェに向けて怨嗟の声で告げる。

 

 

「────貴様、殿下に何をしている」

 

 

 何者かなど問うまでもない。

 凜とした声で、オウヒからしてみたら聞きなれた声。

 

 対してベアトリーチェは未だに理解できていない表情で、呆然とした口調で。

 

 

「馬鹿な。私の洗脳を、解いたというのですか……? そんなことは、ありえない! お前がお前如きが、私に逆らうなど!」

 

 

 立ち上がり癇癪を起こし、現実に起きたことをベアトリーチェは否定する。

 

 それを見て、オウヒは鼻で笑った。

 あまりにも滑稽で、事実を受け止めない愚か者を蔑むように。

 

 

「随分と当たり前のことを、一生懸命喋るんだねオマエは」

 

 

 ベアトリーチェを組み倒した者の隣まで歩き、その者と肩を並べて。

 

 

「ワタシのサオリが、オマエに負けるわけないだろう。ワタシ如き殺し尽くせないオマエ風情が、サオリに勝てるわけないだろう」

 

 

 組み倒した者は────錠前サオリだった。

 

 オウヒはそちらに視線を向ける。

 サオリは申し訳なさそうに、泣きそうな顔でオウヒを見ていた。 

 

 サオリが悪いわけじゃないだろうに、と苦笑を浮かべて、真っ直ぐとサオリを見つめて。

 

 

「サオリ、待っていたぞ」

 

「────はっ」

 

 

 短くそう言うと、サオリは片膝を付いて。

 

 

「遅参、申し訳ございません……!」

 

「赦す。良くぞ帰参した、我が忠臣よ」

 

「勿体無きお言葉でございます、殿下」

 

 

 さて、言葉を区切る。

 視線をサオリからベアトリーチェに移す。

 

 彼女は不気味なほど、沈黙を貫いていた。

 

 違和感。

 理解したくもないが、ベアトリーチェの性格からして、ここで黙る事はありえないことを、オウヒは理解している。

 

 慌てふためくでもなく、焦る様子もなく、ベアトリーチェは俯き沈黙したまま。

 そのまま、ベアトリーチェは口を開く。

 

 

「まさかこの手を使う事になるとは思いませんでした」

 

 

 苦し紛れではない。

 いつの間にかその右手に、何かが握られている。

 

 手のひらに収まる程度の大きさのスイッチ。

 何の変哲もないモノであるのだが。

 

 

 ──アレは、ヤバイ。

 

 

 ぞくり、と。

 頭から氷を貫かれたかのように、オウヒの思考が凍結していた。

 

 説明が出来ない、言語化出来ない。

 でもアレを押されてはならないことを、オウヒは理解していた。

 

 眼を剝くオウヒを見て、ベアトリーチェは朗々と語る。

 

 

「お前にはわかりますか、これがナニを起爆するものか」

 

 

 ベアトリーチェは続けて言う。

 

 

「ゴルコンダ曰く、これはお前達だけを殺すモノ。有り体に言えば────ヘイローを破壊するモノ」

 

 

 戸惑う事なく、ベアトリーチェはそれを押した。

 

 同時に、真横から衝撃。

 まるでそれは突き飛ばされたかのよう。

 

 視線を向ける。

 それはサオリだった。

 

 普段からは見慣れない、サオリを拘束する首輪。それが発光し始める。

 

 火を見るよりも明らかだった。

 最後の手段、ヘイローを破壊する爆弾。それがサオリの首輪に取り付けられていた。

 

 

 サオリ、と声を荒げる前に。

 

 

「殿下、貴女にお仕え出来て。私は幸せでした────」

 

 

 瞬間、眼も喰らう閃光が辺りを包む。

 

 奇跡など訪れない。

 ヘイローを破壊する爆弾は、間違いなく数寸の狂いもなく、起爆された。

 

 

 

 

 

 

 





 Q.ベアトリーチェ、綱渡り過ぎない?
 
 A.実際、綱渡り。サオリ達がオウヒと合流しようとしたときは、ちゃんと焦ってた。カイザーと結託するつもりだったけど、殺れそうだったから、殺りにきた。試走?してませんよ。オリチャーしすぎてガバガバ。これにはカイザーも困惑。ちなみに、巡航ミサイルだとか、ヘイローを破壊する爆弾とか無断使用。

  
 Q.黒服なにしてんの?

 A.裏工作。幕間でもまぁまぁピキってましたし。


 Q.ナギサ様に電話してきた奴って

 A.ほむ


 Q.曇ったからには晴れるんだろうな?

 A.晴れない雲はないのです。

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