曇り空から一筋の光差し込んできた。
そんなお話でございます。
かつてないほど、順調であるとベアトリーチェは、今置かれている状況を振り返る。
邪魔者である憎き相手でもあった、天上院オウヒは葬った。彼女が大切にしていたモノ、その悉くを蹂躙し尽くし、何もかもを破壊し灰燼とした。
躊躇などある筈もない。
何せ憎いのだから、何せ我慢が出来ないのだから。生きているというだけで、虫唾が走る。
故に、殺した。
だから、陵辱した。
その全てを、否定した。
後悔など微塵もない。
その胸中に在るのは達成感のみ。
「フフッフフフ……」
自然と、笑みが零れた。
そして彼女が見上げるのは、己が勝ち取り、もぎ取った勝利の証。
それは天上院オウヒ。
今のオウヒは、生きているの死んでいるのかわからない、酷い有様だった。
身体中に弾痕があり、撃たれてない箇所を数える方が早いほど。血は今も流れ続け、顔も力なく俯き頭を垂れている。
何よりも痛々しいのは、その姿だけではない。今のオウヒの置かれている状態にある。
オウヒは磔になっていた。
広げられた両の手のひらには大きな杭が穿たれており、その両足も固定されているかのようにこれまた大きな杭が刺されている。
かの救世主を彷彿とさせる磔刑。
相違点があるとすれば、復活するか否かであるが、ベアトリーチェにはその考えは思い浮かばない。
なにせ、殺したのだから。確実に、間違いなく。オウヒの命が摘み取られるのを、眼にしたのだから。
そのための切り札。自分にトラウマがあり、洗脳した錠前サオリでは殺しきれないための保険。それこそが、ヘイローを破壊する爆弾。
その爆心地に、オウヒはいたのだから。
いくら強かろうが、いくら頑丈であろうが、いくら規格外であろうが、関係がない。
生徒であるのなら、神秘を宿しているのであれば、例外なく殺せる。
その代物を、オウヒは一身に浴びたのだ。それで殺せないわけがない。
ベアトリーチェの笑みは益々深まっていく。
場所もなんて皮肉が効いている。
何せ、彼女達が今居るのは、ベアトリーチェが討たれて終わり、オウヒがアリウスを改めて始めた場所。
石造りの柱が何本も建ち、大きく開けて天井を支えている、尊厳なる建物。
今は何の意味も為さない、当の昔に朽ち果てていた至聖所の最奥にいた。
そんな場所を、一時の潜伏先に選んだのは、皮肉でしかない。
目的など決まっている。死ぬほど憎かった相手を殺し、その遺体を磔刑と言う形で、尊厳を破壊している故に。
それにしては、奇妙だった。
感情に身を任せ、己の偉業を誇らしく飾り付ける。まるでトロフィーのように飾り付けるにしては、オウヒの身体は奇妙であった。
滴る血は、吸い取られるかのよう。
血だけではない。吸い取られているのはもっと別なモノも含まれている。
それこそ────
余すことなく、余分なものなど存在しない、というかのように。血も、神秘も、その身体に至る隅から隅まで、ベアトリーチェは余すことなく使い潰す。
しかし、それは何のために。
『ベアトリーチェ』
悦に浸る彼女を邪魔をする、無粋な輩が一人。
その姿は半透明。
驚く事はない。ベアトリーチェにとって、その技術は見たことがあり、彼女は僅かに視線を上に向ける。そこには飛行するドローンがあり、どうやらそこから投影しているようだ。
投影する者は、先程ベアトリーチェに話しかけた人物。
奇妙な姿だった。
その身体に首はなく、両手で額縁を抱えている。額縁の奥には人の後頭部が納められていた。
様々な人種が暮らすキヴォトスにおいて、彼らは稀有な存在と言えるだろう。
それでいて尚、ベアトリーチェの表情は崩れない。
常に口元には笑みを浮かべて、嘲笑するように、投影された人物を見つめる。
再び声が聞こえた。
その声は、首のない身体ではなく、後頭部が描かれている額縁から。
今度は剣呑な声で。
『どういう、つもりですか?』
そこで初めてベアトリーチェは口を開ける。
白々しく、皆目検討が付かないといった調子で。
「質問の意図がわかりませんね、ゴルコンダ」
『シラを切るとは、貴方らしくありませんね』
後頭部が描かれている額縁────ゴルコンダはそう言うと続けて発した。
『なぜこのタイミングで、天上院オウヒを害したのですか?』
「理由などありません。排除出来るからそうしたまでのこと。いちいち、貴方に報告しなくてもいいでしょう」
『そうはいきません。貴方は私の提供した兵器を使用した。それも無許可で。私が黙ってないとでも?』
「あぁ、その件に関してましては感謝していますよ。こうして、天上院を殺しきる事が────」
『────加えて』
くつくつと笑みを浮かべるベアトリーチェを遮るように、ゴルコンダは続けて言った。
『巡航ミサイルも我々に何も相談もせずに使用しましたね。あの兵器は、貴方が私用で使っていいものじゃない。アレは────』
「あれは、キヴォトスを破壊しかねない力、と言いたいのでしょう」
『……そうです。だからこそ、軽率に使っては────』
「そんなこと、私の知った事ではありません」
『……何を』
怪訝そうにゴルコンダは問うも、ベアトリーチェには些細な問題だった。
それよりも、重要で、何よりも優先すべきがある、と言うかのように両手を広げて、迎え入れるように見上げる。
そこには、磔にされ、今も力なく頭を垂れているオウヒの遺体があった。
「キヴォトスが滅ぼうが、どうでもいいのです。ロイヤルブラッドも必要ない。私を『天上』に至らしめる糧を手に入れました!」
『まさか、『儀式』を……!』
「えぇ、既に開始しています。最早搾りカスにも等しいと思っていましたが、これほどの神秘を有しているとは。本当に忌々しい化物です」
『……理解が出来ませんね。これでは直ぐに、彼女と縁のある生徒達が奪還しに来るでしょう。その中には、あの先生もいます。それに黒服が黙って見ているとでも?』
最早、勝手に独断行動をしている者を擁護する気はない。
故に、これは忠告などではなく、純粋な疑問であった。
理解が出来ない。
憎悪のまま、天上院オウヒを葬り去るために、ベアトリーチェはありとあらゆる手段を用いた。
それは、関係のない生徒を洗脳し、オウヒとの関係者に被害を与えて、彼女を孤立させて、手薄となったアリウスを巡航ミサイルを用いて一掃し、自分に手が出せないようにサオリを洗脳をする。
極めつけは、ヘイローを破壊する爆弾を用いての殺害。
文字通り、取れる手段を全て用いて、全身全霊で以て、天上院オウヒを打倒して見せた。
その後のことも、小癪なことにその後の展望も考えていた。
復讐を完遂して終わりではない。自分のみが『崇高』にいたる為に、オウヒの亡骸を利用する。
そこまではいい。問題はその後。
オウヒの姿がない者は気付き、捜索し、やがては奪還しに来ることだろう。
そうなれば、ベアトリーチェに取れる手段はない。
なにせ、彼女は孤立無援。ゲマトリアも手を貸すわけがなく、本当の意味で彼女を助ける者は存在しない。
だと言うのに、ベアトリーチェの様子に焦りはなかった。
むしろ、想定内とでも言わんばかりに、余裕のある表情をゴルコンダ、そして身体の者であるデカルコマニーに向かって。
「えぇ、なので私は作りました」
同時に小気味よく指を鳴らした。
瞬間、ナニかが地面から生えてきた。
それは亡霊のように、金色に揺らめいていた。手も足もある人型であるが、顔も目や鼻や口があるものの生気がなく能面のよう。
だがそれは、ゴルコンダには見覚えがあった。
同志でもあるマエストロが、研究資料として披露していたそれに、良く似ていた造形。
造形は、マエストロがいうところの
相違があるとするのなら、マエストロのそれとは、洗練されていないデザイン。
片腕がないモノもいれば、腹部がいように抉られているものもいる。芸術もなにもない、ただ戦闘が出来ればそれでいい。そう言わんばかりの粗悪なモノ。
まさか、とゴルコンダは嫌悪感に支配される。
対して、ベアトリーチェは嬉々として、さも自分が作り出したモノとでも言うかのように。
「マエストロの技術を参考にし、小娘の神秘を使い造形しました。名を
『正気ですか? こんなもの、参考ではない。これは盗作です。我々にとってそれは汚点に等しい。恥ずかしくは────』
「
否定はない。
マエストロの技術を参考にしたというが、結局はそっくりそのまま、転用しただけのことである事実を、ベアトリーチェは否定をしなかった。
むしろ、開き直るように、あまりにも堂々と。恥も外聞もなく、言い切ってみせる。
その在り方に美学などない。
使えるものは何でも使い、利用できるものは何でも利用する。無論、自分のために。
『そこまで堕ちましたか……』
かつての彼女には気品があった。誇りがあった。反目していたマエストロが認める程度の合理性があった。
しかし、今の彼女には、かつての面影はない。
身を焦がすほどの憎悪に焼かれ続け、復讐を終えてもその炎が消えることもなく、ごうごうと燃え続ける。
最早、誰が燃えようと関係がなかった。
眼に移る全てを灰にするかのように、ベアトリーチェと言う存在は、災厄の類と成り果ててしまっていた。
ゴルコンダは落胆するように、変わり果てたかつての同志を哀れみながら。
『どちらにしろ、貴女の末路は決まってしまった。これ以上、見届ける意味はないでしょう』
そこまで言うと、ゴルコンダとデカルコマニーは消えた。
今生の別れを惜しむように、彼らは最後に言葉を贈る。
『さようなら、ベアトリーチェ。悔いを残さぬよう祈っています』
『そういうこった!』
その言葉に、どういった意図があるのか。
ベアトリーチェは少しだけ考えて、直ぐに現在の状況に集中する事とした。
ゴルコンダやデカルコマニーなど、どうでもいい存在であった。
今はそれよりも、早急にオウヒの神秘を抽出しなければならない。何せ、もしかしたら、邪魔が入るかもしれないから。
それは何者か。
問うまでもない。その者こそは────。
「黒服……」
その者を、口にする。
彼がこのまま何もせずに静観したままなど、ありえない、とベアトリーチェは断ずる。
だらこその、
黒服がどういった手を打ってくるのか未知数ではあるが、数を揃えて質で以て迎え撃てばいいだけのことなのだから。
マエストロの技術を転用し、ゴルコンダとデカルコマニーを欺き、来るかもしれない黒服という脅威に対抗する。
全ては、己が高位なる存在となる為に。
崇高とは異なるのアプローチ。それこそが────
とはいえ、ここまで物事が上手く行き過ぎるのも、多少であるが拍子抜けではある。
もしかしたら、このまま。
可能性は低いが、黒服は何もしないまま、事が終えてしまうかもしれない。
ベアトリーチェとしてはそれでも構わない。
むしろ、望むところ。何せ、脅威の一つが減るのだ。落胆するわけもなく、失望なんて持ってほのかだろう。
しかし、楽観的に構えてもいられない。
黒服とオウヒの過去を、彼が綴った資料と言う形で、ベアトリーチェは把握している。
だからこそ、理解している。
このまま、黒服が何もしないことは
ふと、一つの疑問に思いつく。
「……だとしたら、何故あの男は、これほどの素材を手放したのでしょうか」
当然の疑問といえる。
何せ、天上院オウヒの神秘はそれほどまでに、規格外であり、格としても最も貴く、あの“暁のホルス”にも勝るとも劣らない程の神秘を保有している。
いってしまえば、オウヒの神秘さえあればそれこそ、何でも出来てしまうほど。
現に、ベアトリーチェはそれを体験している。
彼女の神秘を搾り取り、戦うだけの軍団である
だが黒服は、資料から読み取る限り、ベアトリーチェのような反人道的な処置を、オウヒに行なった形跡はない。
それが不可解である。
あれほど、神秘を解明する事を使命とし、己の生きる目的であり、己を焦がすほどの探究心を持っている存在が、どうしてこれほどの素体を前にして何もせずに、あまつさえ手放したというのか。
「…………」
とはいえ、ベアトリーチェに彼らの関係を考察するほどの情熱はなかった。
微かに過ぎった疑問は、直ぐに上位存在へと昇華しつつある自分への興味へと変わる。
足取りは軽やかに。
気分は飛ぶように。
今までの憎悪が嘘のように。
ベアトリーチェは今の自分に酔いしれていた。
何もかもが上手くいき、何もかもが思い通りになる。全能感に酔いしれ、怖いものなど存在しなかった。
軽やかに歩く。
鼻歌でも歌いかねないほど、ご機嫌に。
有頂天になりなまま、彼女は歩く。
────次の言葉を聴いてしまうまでは。
「『そうですね、それは私も知りたいです。』『何故、黒いあの人は私達の前から消えてしまったのか』」
静かな声だった。
鈴が鳴ったような、あまりにも静かで、透明のような声。それに、感情があるのかどうかさえ疑わしいほど、あまりにも静かな声。
足が止まる。
ありえないものを聞いた。あってはならない声を聞いた。この世のモノではない者の音を耳にした。
ゆっくりと、振り返る。そして、見上げた。
そこには。
「『ご機嫌よう、ベアト』『今日の貴女も美しいですね』」
変わらず磔にされたまま、柔らかい笑みを携えて、いつもの紅色の双眸ではなく、
吐き気がする。
無数の瞳が、大きく揺れるのを、ベアトリーチェは自覚する。
恐怖で、動揺に、狼狽し、目の前で起きていることを、否定しようとする。
だが、現実は無常である。
死んだ筈の者が、どういうわけか眼を覚ましている。
物を言わない躯となった存在が、朗々と口を開いている。
あまつさえ、自分に気安く話しかけて来ている。
処理が追いつかない、理解が出来ない、思考することすら放棄しようとしている。
起きたのならトドメを刺さないとならない。
確実に、今度こそ間違いなく、迷い出てくる事がないように徹底的に。
それなのに、ベアトリーチェは何も出来なかった。
天を仰ぎ見て、何をするでもなく、思わず一歩後ずさる。
それを見て、今度こそ、黄金は己の異常さを自覚するように。
「『……なるほど、理解しました』『この
一人で納得して、黄金は謝罪の言葉を述べる。
「『失礼』『起きたのなんて、久しぶりに私の運命と再会したとき以来のもの』『チャンネルを合わせるのを忘れていました』」
そこまで言うと変わらずに、磔にされたまま、にこり、と微笑み。
「『ご機嫌よう、ベアトリーチェ』『私がこの有様であるということは、
まるでこの世の存在と、会話して言うとは思えない異質さ。
オウヒから向けられていた敵意も、殺意も、戦意さえ、目の前の黄金から感じられなかった。
負の感情がそのまま抜け落ちているかのようで、かといって底抜けの前向きな朗々とした雰囲気でもない。
まるで別人のよう。
こちらを見透かし、掌握し、無感情のまま、黄金は磔にされている。
そこで、一つの可能性がベアトリーチェの頭を過ぎった。
もしかしたら、と。
縋るように、恐る恐ると言った調子でその名を口にする。
「もしや、お前は────アヌですか……?」
「『どうして……いいえ、理解しました』『そうですね、貴女は黒いあの人の私に関する資料を眼にしたのでしたね』『ならば、その結論に辿り着くのも当然といえましょう』」
黄金は────『アヌ』は否定をしなかった。
己がオウヒとは異なる存在、アヌである事を、黄金は否定をしなかった。
異なる存在と断じたのは、あまりにもオウヒとは乖離しているから。
今も、両手に大きな杭が穿たれ、両足にも固定するように杭が打ち込まれている。血だって流れたままであり、彼女の神秘とてベアトリーチェに搾取されている。
なのに、アヌに変化はない。
むしろ、そんなこと、詮無き事と、会話を優先としている。
それがあまりにも不気味だった。
怖気が走るまま、ベアトリーチェは尋ねる。
「お前は、何者ですか?」
「『私は私なのですが、そうですねもっとわかりやすく言うのであれば』」
少しだけ考えて、分かりやすいように、努めて。
「『神秘に宿る人格が私であり』『肉体に宿る人格が
あまりにも簡単に、アヌは事実のみを口にする。
「『とはいえ、どちらも私でありワタシでもあります』『コインの裏表というわけでもない』『どちらもアヌであり、どちらも天上院オウヒ』」
簡単に言うが、神秘に人格が宿るなど、ベアトリーチェは聞いたことがなかった。
事例がない、前例がいない、どう対処したらいいのかわからない。
しかし、これこそが、オウヒがかつて手放した『万能の神秘』であるというのなら、脅威である事は変わらない。
これまではオウヒの神秘を利用することだけを考えていた。
何せ、本人はモノを言わない死体。起きることもない屍でしかなかった。
だがこれでは話が変わってくる。
無力であった存在が眼を覚まし、新たな脅威となり、こちらに牙を向こうとしている。
加えて、これまで生きていた対策が全て無駄となった。
当たり前だ。ベアトリーチェが練ってきた対策は、その全ては天上院オウヒへの対策でしかない。
オウヒではないのだから、これまで打ってきた策が通用するわけがないのだから。
もはや、隠す事もない警戒心。
それがあまりにも滑稽に見えたのか、アヌは思わず笑ってしまう。
「『あぁ、どうか怯えないで、美しい貴女』『起きたのは久しぶりなんです』『もう少し、お喋りしましょう?』」
冗談ではなかった。
生きた心地がしない。
檻の中に肉食獣と一緒にいるような感覚だった。
いいや、もしかしたらその檻を壊したのはベアトリーチェの方なのかもしれない。
オウヒという存在を破壊し、得体の知れないナニかが顔を出しているのだ。
ならば、その檻を壊したのはベアトリーチェであり、今の状況を招いたのは彼女の自業自得と言えるだろう。
策などない。
オウヒとアヌの神秘を汲み取っていたベアトリーチェだからわかる。
対応策もなく、彼女達に相対するのは危険でしかない。
そうなれば、ベアトリーチェは後手に回るしかなかった。
磔にされている黄金の一挙手一投足に集中し、出方を見守るしかない。
だが────。
「『ここまで、ですか』」
限りなく残念そうに、だがどこか嬉しそうに。
「『────来ます』『私の運命が』」
瞬間、荘厳な作りの至聖所が大きく揺れた。
地震などではない。
大きな衝撃により、揺さぶられた。そんな揺れであった。
何事なのか、と尋ねる前に、アヌは促す。
「『私の神秘を蓄えているのです』『外に配置されている
その口調は出来の悪い生徒の教える教諭のよう。
不審に思いながらも、ベアトリーチェはいわれたとおり、集中して神秘に同調する。
それはあまりにも簡単だった。不気味なほど、すんなりと。
だがそれよりも、外の光景を見て、思わず一歩退いてしまう。
「なっ……!?」
困惑があり、衝撃があった。
いつの間にか至聖所は囲まれていた。
右方を、ミレニアムサイエンススクールの主力部隊C&Cを筆頭に固めて、美甘ネルを先頭に交戦を始めている。
左方を、ゲヘナ風紀委員長である空崎ヒナ、そして、黒服に『暁のホルス』と称された小鳥遊ホシノを主力部隊とし、後詰に便利屋68に固められた部隊。
そして、中央は────。
「あれは、聖園ミカ……?」
二十人にも満たないパテル分派の兵力で突撃してくる聖園ミカの姿。
右方と左方とは違い、その戦力はあまりにも少数だった。囲んで潰してしまえば擦り切れてしまう、その程度の数でしかなかった。
だがどういうわけか、中央の部隊こそ、一番の脅威であった。
それはまるで、一本の槍のよう。
ミカを筆頭に、その後を追うように、パテル分派の生徒達が追随する。
囲んでも、ミカを孤立させても、止まらずに前進する。
容易く食い破り、包囲しても突破力は衰えず、踏破する速度は増すばかり。
ベアトリーチェは一歩、二歩、後ずさる。
紛れもなく、それは恐怖からの行動だった。
尋常じゃない。
パテル分派の士気もそうだが、先頭を駆け抜けるミカの様子が、尋常じゃなかった。
彼女は無邪気に笑みを浮かべていた。
獰猛に、瞳の奥には怒りが滲み、己の力を加減することなく振るう。
かつて自身に逆らった、天上院オウヒとは異質なナニかを、ミカからベアトリーチェは感じ取った。
それからの彼女の行動は早かった。
その場にいた数千ほどの
そうなれば、ベアトリーチェを守る兵は存在しない。
「『いいのですか?』『これでは、貴女を守る存在がいませんが』」
「そんなもの、いくらでも作り出せる。お前の神秘さえあれば!」
そう、そんなこと瑣末な事だった。
ないのなら生み出せばいい。焚べる薪はいくらでもある、燃やせる材料はいくらでも用意できる、燃料なんていくらでも用意できる。
そのための『万能の神秘』。そのために捉えて、天上院オウヒであり、アヌなのだから。
いくらでも挽回は出来る。
そう、自身を鼓舞するように、ベアトリーチェは叫ぶ。
「そうです、そうです! もはや、私は全てを手に入れました。
挽回できる、と。
そういった言葉は続かなかった。
それを遮るように、
大きな音。まるでナニかが組み変わる音。何者かが起きる音が、アヌの頭上から聞こえる。
そこにあるのは黄金に輝く天輪。つまりはヘイローがあった。
ベアトリーチェは、まさか、と。無意識に、息を呑んだ。
アヌはため息を吐いて。
「『残念です』『最後に、私の運命の顔を一目見たかったのですが、敵わないようだ』」
何故なら、と言葉を区切り再び
「『
「まさか、そんな、ありえない。だって……」
確かに殺した、と呆然と呟くベアトリーチェを見て、アヌはやんわりと首を横に振って。
「『貴女の敗因は二つです』『一つは復讐の先を求めたこと』『あの時、貴女はあの場で私達の首を刎ねるべきだった』『その先を求めず、ただ己の復讐に殉ずるべきだった』」
黄金のそれから、鮮血のような鮮やかな紅色へと変貌を遂げて。
「『二つ目は、口にしてはならない事を口にした』『貴女の末路は、それで決定してしまった』『貴女は
そうして、瞳を閉じて、今度こそ。
「『さようなら、麗しのベアト』『残り少ない時間、どうか悔いを残さないよう』」
今度こそ、機能を停止した。
少し前と同じように、力なく頭を垂れる。
対して。
「敗因? この私が、お前のような子供に負ける? 何を馬鹿なことを。動けないお前が、子供風情が何を────!!」
苛立ちを隠そうともせずに、何もいわなくなったアヌを、いいや、オウヒを睨み付ける。
そんなことをしても時間の無駄だ。
今もこうして、ミカ率いるパテル分派の牙は、ベアトリーチェに届きつつあり、左方と右方から攻め込まれるのも時間の問題。
分が悪いのは明らか。
ここは撤退も視野に入れるべきであると、ベアトリーチェの理性が訴えている。
だがそれを、彼女の大人としての誇りが許すわけがない。
何故自分が、子供風情に、こうも何度も撤退しなければならないのか、と現状を受け入れられなかった。
それが致命的な隙となった。
ベアトリーチェの視線の先。
磔にされている天上院オウヒの更に向こう側。
五人の生徒と一人の大人がいた。
いつもの自信なさそうな表情はなく、真っ直ぐと睨み付ける────槌永ヒヨリ。
最早言葉は不要であると断じて、隠すことなく敵意を向ける────戒野ミサキ。
何があっても諦めないと心に近い、己の愛銃を手にしている────白洲アズサ。
顔を覆う仮面を装着し、表情は読めないが殺意のみ滲ませる────秤アツコ。
そして、彼女達を指揮する大人こそが、シャーレの先生。
最後に。
一人の生徒────錠前サオリが一歩踏み出す。力強く、一歩も引かないように、真っ直ぐとベアトリーチェを睨み付ける。
そこでやっと悟った。
全てはこのために。聖園ミカの暴力も、右方左方の包囲すらも、陽動でしかないと。
残された戦力を、この場に止めないための陽動。
そう、全ては────。
「────殿下を、返せ」
全てはこのために。
サオリが口にした通り、このために。天上院オウヒを奪還するための、陽動でしかなかった。
△アヌ
オウヒとは別の人格。
オウヒでありオウヒじゃない。一人称は私。瞳は黄金。
割と何でもありの存在。万能の神秘とはなんなのか、理解し把握しているから何でも出来る。
何でも出来るからこそ、何にに対しても無頓着。
ただ、例外がある。それこそが、聖園ミカ。オウヒと同じく、彼女の力に魅せられた。
便利屋の二人に比べて、優先順位はミカのほうが高い。
実は『第6話 私の運命の貴女』出てきたのがアヌ。思わず出てきてしまった。もう会うこともないと思っていたのに、再会出来たので。
普段はオウヒの中で寝ており、今後も起きることはない。今回はオウヒが一度死んだ事による例外で起きた。