こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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 ※和解には、まだ至っていません


第25話 いつか覚める夢 ②

 

 

 さて、これからどうするか。

 ワタシはそんなことを、ぼんやりと考えていた。

 

 いくら見渡しても、周囲の光景は変わらない。

 

 嫌になるほど純白で。

 億劫になるほど何もなかった。

 

 常人なら一日と持たずに、発狂していたかもしれない。

 

 でもワタシは、普通の人とは少し違う立場にある。

 

 別に、精神的に頑丈だとか、決して諦めない不屈の精神性だとか、そういった意味じゃない。

 

 ワタシの取り柄といえば、もっと野蛮で、暴力的なもの。人よりも頑丈で、力の少しだけ強くて、戦うことが得意、ってだけだ。

 

 それじゃ、どういう意味で、普通じゃないのか。

 

 それは────ワタシがここで終わっているヒト、であるということ。

 

 文字通りの意味で。

 ワタシにこれから先はない。

 ヘイローを破壊する爆弾というものに、ワタシは何の備えもなく、一身に浴びる事となった。

 

 予定に狂いもなく、例外もなく。

 ワタシのヘイローは破壊されて、モノを言わない躯となっている筈。

 

 それを証拠に、ワタシはここに留まっている。

 

 何もなく、先も見えない。ただただ、真っ白な純白な世界。それがワタシの眼前に無常にも広がっていた。

 

 思わずため息を吐いた。

 ここが死後の世界であるというのなら、拍子抜けもいいところだから。

 

 本当に何もない。

 天国に行けるほどワタシは善人ではないけれど、地獄に落ちるほど悪人というわけでもない。

 

 どっちにも行けない中途半端なヒトだけれど、ここまで何もないと気が滅入ると言うもの。

 

 

「ううん、違うか……」

 

 

 訂正。

 悪い事ならした。

 

 一つの罪は、アリウスの皆に相談しないで、一人で空回りをして暴走してしまった事。

 二つの罪は、暴走した挙句に、アリウスの皆を守れずに、年増にいいようにされてしまった事。

 そして、三つ目の罪は────。

 

 

「サオリを、泣かせてしまった事、かな……」

 

 

 そう、三つ目の罪は────最後に守ったつもりでいる、ワタシの自己満足に付き合ってサオリを泣かせてしまった事だろう。

 

 もっと上手く、別れるつもりだった。

 少なくとも、笑って別れて、後を託すつもりだった。

 

 なのに、そうはならなかった。

 サオリは必死に抵抗をして、ワタシを独りにさせまいと足掻いて、終ぞここから旅立って行った。

 

 今でも忘れない。忘れる事なんて出来ない。

 

 あんなサオリの顔、見たことがなかった。

 大声で叫ぶように、子供のように拒否をし続け、ワタシに手を伸ばし続けていた。

 

 だとすれば、ワタシは罪深い。

 泣かせたくなかったヒトを泣かせて、勝手に満足して果てるのだから。

 

 地獄に落ちるほど悪人ではないといったけど、間違っていた。

 ワタシこそが、ワタシのような何も為せなかった半端な存在こそが、地獄に落ちるべきだ。

 

 ならばこの場所こそが、何も存在しないこの地こそが、地獄なのだろう。

 

 

「なら罪を受けないと。例外なく、しっかりと」

 

 

 そうしてワタシは歩き出そうと、一歩踏み出した。

 出口を探すためじゃない。永遠と続くこの場所で、終わりのない罰を自分に課す為に、ワタシは歩き出そうとした。

 

 でも。

 

 

「────その必要はありませんよ、アヌ」

 

 

 足が、止まる。

 

 耳にやけに馴染む声。懐かしい声。昔何度も呼ばれた名を聞いたような気がしたから。

 

 呆然と。ゆっくりと。確かめる為に、ワタシは振り返った。

 

 それは黒かった。

 この純白な世界において、あまりにも異質だった。

 ワタシの金色と違う、歓迎されてないくらいの、真っ黒な人物。

 

 

「なん、で……?」

 

 

 きっと、今のワタシは間抜けな顔をしているに違いない。

 それはしょうがない。だって、いる筈のない人が、そこにいるのだから。

 

 突然ワタシの前から消えたくせに、またこうして突然現れた、黒いアイツ。

 

 あまりにもいつも通り。

 クックック、と笑みを零して、黒いスーツを身に纏ったアイツは、あまりにも気軽な口調で。

 

 

「貴女はこの場所を、夢であると錠前サオリにいいました。ならばその理屈で言うのなら、私も夢の住人なのでしょう」

 

「……なに、それ。本物じゃないってこと?」

 

「そういうことになります。この身は所詮偽者。起きれば忘れてしまう、うたかたの夢に過ぎません」

 

「そっか……」

 

 

 ならば問題はなかった。

 

 どう応対すれば良いか困ったけど、本物でないのなら、少しだけ素直になれるというものだ。

 

 ワタシに先がないのなら、こんな奴でも懐かしく思うし────最後くらいは、会いたかった。

 

 だからこそ、問い質したい事があった。

 例え彼が、本物じゃないとしても、最後だから。

 

 

「ねぇ、黒いの」

 

「なんでしょうか、アヌ?」

 

「……どうして、ワタシの前から、急に消えたの?」

 

 

 あぁ、我ながらなんて情けない声なのだろう。

 

 震えているのは声だけじゃない。怯えるように、両手を思わず握り締めて、黒いアイツの返答に備えている。

 

 怖いのなら聞かなければいいのに、自分でも思うよ。

 

 でも最後だから。

 ここにいるのが、アイツじゃないとしても。心残りがないように。

 

 沈黙は数秒だけだったと思う。

 ワタシにとっては、数十分に感じたし、果てしなく長く感じた。

 

 黒いアイツは口を開く。

 

 

「それは……」

 

 

 重苦しく、言い淀むように、いつもの朗々とした口調とは程遠い。

 

 

「……貴女は、私と一緒にいるべきではないからですよ」

 

「どういう意味……?」

 

 

 文字通りの意味です、と口にして黒いアイツは続けて言う。

 

 

「私は、神秘を解明するためならば、何でもやる男です。わかりますか、アヌ。本当の意味で、何でもやる男なのです」

 

「知っているよ。オマエはそういう人だって。改まっていう事じゃ────」

 

 

 そこまで言うと、黒いアイツはやんわりと首を横に振って。

 

 

「違うのです、貴女はわかっていません」

 

 

 真っ直ぐに、ワタシの眼を見て、事実だけを口にした。

 

 

「私は何でもやります。己の探求欲を満たす為なら、キヴォトスの生徒を騙し、契約を結び、解明するためなら、この手を汚しても構わない」

 

 

 そう言って、黒いアイツは笑った、ような気がした。

 それは自嘲するように、自虐するように、己の行いを恥じるようで。

 

 

「そんな大人が、私の様な汚い大人が、貴女と一緒にいて良いわけがない」

 

「……それが、ワタシから離れた、理由なの?」

 

「えぇ。私とは違い、貴女には未来がある。ですから────」

 

「────ふざけないで」

 

 

 ワタシの声は震えていた。

 今度は情けない声ではない。怒りで、憤りで、納得出来ない理由だったから、ワタシは子供のように大きな声を上げていた。

 

 

「ふざけないでよッ! 一緒に居て良い訳がない、って誰が決めたの! そんなの、オマエの我儘じゃない!」

 

「アヌ……」

 

「ワタシはオマエと離れたいと思ったことはなかった! 一緒に暮らしてて、楽しかったし、ずっと続けたいって思ってた! 勝手に決めないでよ、そんなこと。勝手に思い詰めないでよ。何でワタシに何も、言ってくれなかったのっ!」

 

 

 我ながら支離滅裂だと自覚している。

 

 でもダムのように。

 溜めた感情は押さえが効かずに、意図も簡単に決壊してしまう。

 

 視界が滲むのは、きっと涙のせいだ。

 ボロボロと、止まる所を知らずに。ワタシには制御が出来ない。長年蓄えてた憤りは、こうして爆発してしまった。

 

 

「勝手に消えて、満足しないでよ。ワタシだけなの? 一緒に居たいと、思ってたのは。オマエの頼みなら、何でも聞いたのに。神秘の解明だって。オマエの手伝いだってした。何でもやった。ワタシは、ワタシは────」

 

 

 ワタシは、簡単な、単純な、誰でも叶えられる望みを、口にした。

 

 

「──ワタシは、オマエと一緒にいるだけで、それだけで良かったのに……」

 

「……えぇ、わかっていますよ、アヌ。貴女は優しい子だ。だからこそ」

 

 

 私と一緒に居るべきではないのです、と黒服が口にする。

 

 次の瞬間、ワタシの両足が宙に浮いた。

 ワタシの意志とは関係なく、まるでこの場から旅立つように。

 

 

「な、なに……!?」

 

「……言ったでしょう。ここは夢の世界であると」

 

 

 混乱するワタシとは対照的に、黒いアイツは静かに落ち着いていた。

 

 黒いアイツは見上げる。

 この世界に留まり、ただワタシを見送るように。

 

 

「夢ならば、覚めるのが道理です。アヌ、貴女はここにいるべきではない」

 

「また、勝手に……!」

 

()()()()は私が処理しましょう。貴女は思いのまま、彼女(ベアトリーチェ)と相対してください」

 

 

 いくら抵抗しようとも、浮遊感が治まることはなかった。空に上空に、引き上げれていく。

 

 同時に意識が遠のいていく。

 この感覚は、夢から覚めるような、感覚に似ていた。

 

 もう、黒いアイツの姿を視認する事も出来ないほど。

 

 それでも、ワタシは力一杯、声を張り上げた。

 だって、納得出来ないから。ワタシはまだ、アイツに、文句を言い足りない────!

 

 

「これで、終わったと、思わないで! まだ文句を言い足りない、オマエからまだ、納得が出来る説明を、受けてない!」

 

 

 睨み付ける。アイツを、黒いアイツを、これでもかってくらい睨み付けて。

 

 

「────だから、待ってろ! 必ず()()()()()()()()を見つけて、一回、しっかり! ぷん殴ってやるっ!」

 

「──────」

 

 

 言葉を失って、アイツは眼を丸くする────ような気がした。

 そして直ぐに、クックック、といつものように笑い。

 

 

「えぇ、待っていますよ。それから、アヌ」

 

「なに!?」

 

「いってらっしゃい」

 

「……っ! 行って来ます!!! ばか!!!」

 

 

 そうして、ここでワタシの意識は途切れた。

 

 そして聞こえてくるのは、忌々しいアイツの、ベアトリーチェの声。

 

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────

 

 

 ───あぁ、それを言われては。

 ───黙っては、いられない。

 

 

 

 

 そうして、ワタシは眼を覚ました。

 身体中が、痛みで悲鳴をあげている。

 

 でもこの痛みが、ワタシが生きているのだと、実感を与えてくれていた。

 

 ぼんやりと、辺りを見渡した。

 シャーレの先生がいた、ヒヨリがいた、アッちゃんがいた、ミサキがいた、アズサがいた。

 そして────。

 

 

「殿下……っ!」

 

「サオリ……?」

 

「良かった……! あぁ、本当に、良かった……っ!」

 

 

 ずっと良かった、と泣きながら震えた声で、ワタシが生きているのを確かめるように

 

 サオリが、ギュッと、ワタシを抱しめる。

 

 それは力強く、今のワタシには痛みが伴っていた。

 でも、その痛みが、生きているという、実感を与えてくれて。

 

 ワタシなんて、無価値だと思っていたのだけど、それだけ大切にされていることを、やっと自覚することが出来た。

 

 サオリは泣いていた。

 彼女だけじゃない。アッちゃんも、ミサキも、アズサも、ヒヨリも、みんな泣いていた。

 

 良かった、と笑って。

 それでいて、大粒の涙を流して、ワタシを見ていた。

 

 酷い顔。

 でも、ワタシも同じような顔なのだろう。

 

 だって、二度と会えないと思ったから。安心してしまったのか、怖かったのか、大粒の涙が溢れていた。

 

 

“オウヒ”

 

 

 先生は、とても優しそうな笑みを浮かべて。

 

 

“おかえり”

 

「うん、うん……っ!」

 

 

 その言葉に何度も頷いて、泣きながら笑って。

 

 

「──みんな、ただいまっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 
 黒のアイツと呼ばれた彼────黒服と呼ばれた彼はオウヒを見送った。

 その様子は晴れやかなモノで、どこか安心すしているようでもある。

 そんな彼を。


「『もう、いいのですか?』『黒い貴方』」

「えぇ、充分です」


 声をかける人物が存在した。

 黒服は振り返る。
 そこにはいつの間にか、黄金が立っていた。

 見慣れた長い金色の頭髪、瞳の色は黄金。
 そして、聞きなれた声。にこり、と微笑を浮かべる人物を、黒服は良く知っていた。


「これは貴女の仕事ですか、『アヌ』?」


 黄金の彼女────アヌと呼ばれた、天上院オウヒに良く似た少女は笑みを浮かべて。


「『えぇ、私が貴方をこの場所に呼びました』『余計な事をしましたか?』」

「いいえ、このような機会は訪れるとは思ってもいませんでしたから。貴女には感謝していますよ」

「『それは良かった』『折角起きたのですもの』『私達と仲直りする場を設けられて良かったです』」

「仲直り、ですか。その割に、まだ怒っていましたが」

「『そこは諦めてください』『私達を捨てた、貴方が全面的に悪いのですから』」


 黒服は苦笑を浮かべる。
 その言葉に何一つ、間違いはないのだから。

 彼女達を捨てたのは自分であり、その理由も話さなかった今日まで至っていた。

 それまで、きっと、彼女達は思い悩んでいたのかもしれない。
 黒服が察する事が出来なかっただけで、それがトラウマになっていたのかもしれない。

 ならば、あの反応だけで済まされたのは、オウヒの優しさなのだろう。

 黒服の薄い反応に、『アヌ』は問いを投げる。


「『貴方は私が誰なのか、疑問に思わないのですか?』」

「えぇ、貴女はオウヒでありアヌなのでしょう。それだけで充分ですよ」

「『即答、ですか』『完璧な応対ですね』『これまでの対応が、致命的に間違っているだけで』」

「これは手厳しい」


 言葉の刃とは裏腹に、『アヌ』の声色は穏かなものだった。
 その声色のまま、彼女は続けて。


「『ここに呼んで本人として、今更ですが』『今まで、何をしていたのですか?』」

「何をしていた、とは?」

「『貴方の事です』『てっきり、ベアトを排除するため、動いていたと認識していたのですが』『どうやら、違うようですので』」

「あぁ、なるほど」


 『アヌ』の疑問を理解し、黒服は何気ない口調で応えた。
 その声色は、不気味なほど静かなもので、それが逆に彼がどれほど怒りに満ちているのか察する事が出来た。


()()()、ですよ」

「『後始末、ですか』」


 復唱をして、あぁ、と納得するように一度頷いて。


「『理解しました』『しかし、その必要はあるのですか?』」

「後顧の憂いは断っておくべきでしょう。ここからは無駄な悪あがきとはいえ、これ以上は眼に余ります」

「『過保護ですね、黒い貴方』『そこまでするのなら、最初からベアトを排除しても良かったのでは?』」

「それをしては、怒られてしまいますから。余計な事をするな、と」


 それに、と言葉を区切り確信に満ちた声で、黒服は断言する。


「あの程度の輩に、貴女達が敗北することかど、万に一つもありえない」

「『大した自信ですね』『いいえ、信頼ですね私達への』『何故、そこまで言い切れるのでしょう?』」

「決まっています。何せ、貴女達は私の自慢な────」


 そこまで言って、黒服の朗々とした言葉は紡がれる事なく、口を閉ざす。

 そして、いいえ、と首を横に振り。


「何でもありません。失礼しました」

「『……そこで言葉を止めてしまうのが、貴方の悪癖ですよ』『貴方といい、オウヒ(ワタシ)といい、何故大事なことを口に出さないのでしょうね』『こればかりは私も、本当に理解出来ません』」 


 呆れたように、ため息をついて。
 『アヌ』は困ったように笑みを浮かべて。


「『私達の仲直りは、まだまだ先のようです』『精々、覚悟をしてください、黒い貴方』『私達、ちょっと重くて、しつこい性格ですので』」


 
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