すすり泣く声。
強く抱しめられているからだろうか、とても苦しくて、身体中で痛みが走る。
でもワタシは、それを甘んじて受けていた。
それがワタシの罰だと思ったから。
いいや、違う。罰とは違う。単純に、ワタシは嬉しかったのだ。力強く抱しめられて────サオリに泣かれながら抱しめられて、ただただ嬉しかった。
どうかしている、と自分でも思う。なんて勝手なのだろうと、呆れるばかり。
守ると誓った筈なのに、ありとあらゆる外敵も寄せ付けず、苦痛を二度と味わってほしくないから、ワタシはこれまで勝手に行動してきた筈なのに。
それなのに、それなのに、どうしようもないワタシは嬉しかった。
やっぱり死ぬのは怖くて、良かれと思って行動してきたことは全て裏目に出て、最後には無責任に退場したけれど。
サオリの力強い抱擁が、痛くて苦しいのに、ワタシが生きているのだと実感を与えてくれて、ワタシを大事に想ってくれているサオリに、ただただ嬉しくて、抵抗もなく甘んじて受ける。
サオリだけじゃない。
アッちゃんも、ミサキも、ヒヨリも、アズサも。
その後ろには、あの爆撃で無事だったアリウスの生徒の皆の姿があった。皆が皆、ワタシを囲んで泣きながら笑ってくれていた。
口々には、良かった、と。本当に良かった、と。生きていて本当に良かった、と。
泣きながら、笑いながら、幸せそうに、笑みを零してくれていた。
そして、そんなワタシ達を見守るように、シャーレの先生が暖かな視線を送ってくれる。
ワタシが守りたかったのは、温かな世界が、そこにはあった。
アリウスのみんなが幸せに笑っていられる場所を、ワタシは守りたかった。その輪にワタシはいなくてもいい。彼女達が無事であるのなら、それだけで良かった。
今まで彼女達は苦労して来たんだ。
だったら、今度こそ、次こそは、確実に。笑って満ち足りて、それこそ幸福にならないと、嘘じゃないか。
それくらいの権利があっても、いい筈だ。
今まで頑張ってきた見返りを求めても、罰は当たらないだろう。
だから、ワタシは彼女達を遠ざけた。
裏で、
でもワタシが判断を間違えた。
身勝手な気持ちが、ワタシを突き動かし。
誰も頼んでないのに、犠牲になり満足をし。
最終的には、アリウスの皆を、泣かせてしまった。
そんな奴が、誰が正しいと言えるのだろうか。
守りたかった筈の人達を泣かせて、自分一人で満足してしまっていた。後のことなんて考えずに勝手に、満足して逝くところだった。
笑わせるな。
そんなことをして、誰が幸せになれるというのだろうか。
「ごめん、みんな」
自分の行いを断じると、ワタシの口は、自然と紡がれていく。
後悔から泣きそうな声は震えて、生きていることに喜びを噛み締めて、ワタシは続けて口を開いた。
「ワタシが、みんなに、相談もしないで、勝手に行動をして、迷惑をかけて……」
嗚咽混じりに何とか吐き出すが、なんと拙い事だろうか。
勝手に行動して、返り討ちにあって、囚われて、助けられる。
なんて無様なことだろうか。自分のことだからだろうか、本当に反吐が出る。
吐き気を催す自己嫌悪。
でもそんなワタシを諭すように、シャーレの先生はやんわりと首を横に振って。
“違うよ、オウヒ”
「え?」
“言いたい事はわかるけど、君が口にするのは謝罪じゃない”
そこまで言うと先生は笑みを浮かべて。
“確かに、君のやり方は間違えたかもしれないけれど、罪悪感で押し潰される程のことじゃない。生きていたら、
「でもワタシは、みんなに迷惑をかけたから。それを謝らないと……」
“そうだね、間違えたのなら謝らないといけない。でも今はそうじゃない。きっと、彼女達はそんな言葉を聞きたいわけじゃないと思うから”
「聞きたいわけじゃない、って……?」
どうにも腑に落ちない、シャーレの先生の言葉にワタシはオウム返しのように呆然と問いを投げる。
対して、シャーレの先生は一度強く頷いて、これまた自信満々に。
“ただ、ありがとう、と言ってあげて欲しい。謝罪は時として、言われた側は反応に困るものだからね。やはり言われて嬉しいのはお礼の言葉だよ。それに彼女達だってこれまで、頑張ってきた”
その報酬をあげてほしい、とシャーレの先生は言う。
報酬なんて大袈裟。
ワタシの言葉にどれほどの価値があるというのだろうか。
でもシャーレの先生の言い分も、ワタシには理解が出来る。
言われて嬉しいのは、謝罪よりも、感謝の気持ち。
だってそうだろう。
突然謝られても困るに決まっていた。だったら、お礼を言った方が、言われた側も嬉しい。
失念していた。
見えていなかった。
ワタシはまた、間違えるところだった。
でもこうして、改める事が出来るのは、周りに恵まれている証左。
ワタシは本当に、恵まれている。
「みんな、本当にありがとう……」
万感の思いを乗せて、ワタシは感謝の言葉を述べた。
「ワタシなんかのために、みんな、ここまで来てくれて本当に……」
「……30点」
「え?」
何が気に入らなかったのか、ミサキが不満気に点数を口にする。
難点満点かはわからないけれど、ミサキの顔を見ればそれはかなり低い点数である事が予想できる。
それにしても、どうしてそこまで低いのだろう?
顔に出ていたのか。
ワタシが疑問を口にする前に、ミサキはため息を吐いて呆れた口調で。
「
「ミサ、キ……」
“私にとって”からの声が小さすぎて、よく聞こえなかったけど確かにミサキは言ってくれた。
こんなワタシなんかを────いいや、ワタシを皆が好いてくれているから、ここまでやって来てくれたのだと。
勝手な事をして、サオリを守れて満足して、あとは利用されるだけのワタシを、アリウスのみんなとシャーレの先生は取り戻す為に来てくれた。
その理由が────。
「そうです!」
「ヒヨリ……」
「私も殿下のことが大事なんです。ミサキさんと同じ気持ちです。殿下と食べるご飯は美味しくて幸せで、ずっと一緒に食べたいんです。だから、私達の前から、いなくならないで────」
「……っ」
「────って、いたっ! え、なんですかミサキさん? どうして無言でチョップを!? いたっいたいです!」
「別に」
ぶっきらぼうにそういいつつ、ミサキは再びヒヨリの頭に手刀を叩き込んでいた。
見る限り、そこまで強くない。じゃれ合う程度の威力で、何度もぺしぺしと無言でヒヨリの頭にチョップをお見舞いしている。
わけも分からないでいるヒヨリであるが、それはワタシも同じだった。
でも何かしらの理由があるのだろう。
だってミサキは、何の意味ももなく、暴力に訴える娘ではないから。
でもアッちゃんにはわかっていたのか、クスクスを鈴の鳴ったような笑みを浮かべて。
「ミサキも素直になればいいのに」
「それはどういう意味?」
不思議そうに首を傾げて、アズサが問いを投げる。
対して、アッちゃんは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて答えた。
「素直に自分の気持ちを言えるヒヨリに、嫉妬してるんだよ」
「なるほど」
アズサは大きく頷いて。
「私も殿下が大好きだ。殿下が私達を自由にしてくれたから、今の私達があるんだ。殿下のおかげで、世界が広い事を教えてくれた、トリニティで友達も出来た。今の私達があるのは、殿下のおかげ」
「それは────」
違う、と。
反射的に否定しようと、ワタシの口が開く。
だって、本当に違うから。
きっかけは、ワタシにあるのかもしれないけれど、その後は全てアリウスの皆の尽力によるものだから。
ワタシは本当に何もしてないんだ。
全てが善き方向へと進んだのは、皆が頑張ったから。ワタシは本当の意味で、何もしてない。
それを口にしようとしのだけど、アッちゃんがやんわりと止めた。
物理的に、今だにサオリに抱しめられているワタシに目線を合わせて、アッちゃんの人差し指がワタシの唇に当てられて、これ以上言葉を紡ぐ事を防いでいた。
そのまま、アッちゃんは人を安心させるような、微笑をワタシに向けて。
「殿下の言いたい事はわかるよ。何度も言ってたもんね。全ては私達の力だって、言ってくれてたもんね。でもね、私達の気持ちも変わらないよ」
人差し指をワタシの唇から離す。
壊れ物を扱うように、大事なものに触れるように、優しい手付きでアッちゃんは、ワタシの頬を撫でて。
「殿下のおかげで、今の私達がある。一生懸命、私達の事を考えてくれた。そんな貴女を、今度は私達が守りたい。だから、ここまで来れたんだよ」
これでもまだまだ足りないけどね、と立ち上がるアッちゃんに、アリウスの皆は頷いていた。
そんなことない。そんなことないよ、みんな。
充分だよ。それに逆なんだ。貴女達が頑張っていたから、ワタシも頑張れた。
死ぬのは本当に怖かったけど、痛いのも嫌だけど、心が折れかけたけど、皆が居たからワタシも頑張れたんだ。
何の取り柄もないワタシだけど、ここまで頑張ろうと思えたのは皆が居たからなんだ。
「っ……!」
そして、ワタシが頑張らなければならなかった元凶。
つまりは、
その顔は歪んでいた。不快そうに、汚物を見るように、怨嗟の視線を、ひたすらにワタシだけに向けていた。
それを冷やかにワタシは見る。
なんて、無様なのだろうか、と。ここで戦おうが、足掻こうが、結果は変わらないというのに。
アリウスの皆は、オマエに屈しなかった。
堂々と立ち向かい、策謀も小細工もなく、ぐうの音も出ないほど見事なまでにワタシを助けてくれた。
モノの優劣など議論する必要もなく、勝敗は既に決している。
オマエはアリウスのみんなに負けたんだ。
潔く身を引くのが筋と言うものだろう。
「殿下」
傍から見たら絶体絶命。
数はあちらが勝っている。そんな状況でも意に返さずに、サオリはワタシから離れて、片膝をついていた。
いつものように。
恭しく、でも迷いなく。ワタシの方へと視線を向けて。
「こちらを」
「これは?」
差し出されたものは二つ。
一つは、サオリが操られていたときにワタシが肩から羽織っていた軍用コート。どうやらサオリがずっと持っていてくれていたようだ。
もう一つは、銀色のアタッシュケースだった。
受け取り留め具を外し、空けてみると入ってたのは────。
「銃……」
銃だった。
しかも、小銃とまでは大きくないものの、かといって決して小さくない一挺の拳銃。
銃身だけでも21インチ以上はあり、全長を含めると40センチにもなる。そんな怪物銃のフォアエンドにはミレニアムの校章が刻まれていた。
もはや、ハンドガンというより、ハンドキャノンと評した方がいいのかもしれない。異様なその姿は、どこか鞘に収まった短剣のようでもあるが、引き金と撃鉄があることから銃であるとことがわかる。
でも、見覚えがある。
それは以前、ヒマリさんから見せてもらった設計図と、一致していた。
その銃の名前は────。
「ミレニアムのエンジニア部より預かった殿下の銃でございます。名は『アサ改』」
怪物銃────アサ改を手に取る。
ずしり、と。確かな重みを感じる。決して軽くはない。10キロ以上はあるだろう。
弾倉はなかった。
中折れ式の薬室に、たった一発の弾丸を装填する作りとなっている。つまるところの、単発式拳銃。
それを、エンジニア部の皆さんは改造に改造を重ねて、12.7x99mm NATO弾を撃ち出せる様に魔改造を施しているらしい。
本当にどうなっているのだろうか。
ハンドガンが、対物ライフルの弾を撃ち出すなんて、聞いたことがない。
でも何はともあれ。
「
──これで、また、ワタシは、闘える──。
立ち上がる。
ワタシから零れるのは笑み。
右手には例の『アサ改』が握られて、左手にはこれまたデザートイーグルをフルオートに魔改造された『リク弐式』を手に取る。
「サオリ」
「はっ」
「コートを掛けてくれないか?」
「承知いたしました」
サオリの行動は迅速だった。
片膝をついていた彼女は直ぐに立ち上がり、背後へと回ると、ワタシの両肩に軍用コートを掛けてくれる。
そして。
「殿下、ご命令を。これまでのように、今までのように、これからも。私達に命じて下さい」
「…………」
そういうと、再びサオリは片膝をついた。
サオリだけじゃない。アッちゃんも、ミサキも、ヒヨリも、アズサも、アリウスの皆、同じようにワタシの言葉を待っていた。
絶体絶命なのに。年増の号令一下で、指揮する軍隊は殺到することだろう。
本当にこんなことをしている暇なんてない。シャーレの先生には申し訳ないけれど、きっとこれは大事な事なんだと思う。
アリウスの皆にとっても、ワタシにとっても、これは大事な取り決めであり、儀式なのだろう。
壊れかけたワタシ達の関係をもう一度やり直す為の儀式。
彼女達が殿下と慕ってくれる、立派なワタシになるための、大事な大事な誓いでもある。
「――――諸君」
「余に付き従う、アリウス忠臣諸君」
「余と苦楽を共にせし、アリウス同志諸君」
「余が一騎当千の兵と信仰せし、アリウス戦友諸君」
「この一戦より、再び知る事となる。
「存在しない者と見なされていた。その原因を叩き潰す事により、我々は真の意味で前へと進める!」
「しかし、それは苦しい事だ。過去に刻まれた苦しみは癒える事はなく、悪夢を見ない夜もなく、忘却することも叶わないだろう」
「だが、臆する事はない。それは何故か! 諸君らには、余が居るからだ!」
「悪夢など喰らってやろう! 苦痛など思い出させる暇などなく! 余が共に未来を生きて、過去など振り返させぬことを約束しよう!」
「この戦は、そのための戦いである! 我々がより良い未来へと進むための、一戦である!」
「故に、今一度余は命じる。諸君らの命、余に預けよ! 我が手足となり、道を切り拓け!」
「さすれば、余が諸君らの悪夢を一つ、消す事を約束しよう!!」
そういうとワタシはアサ改の銃口を年増に向ける。
酷い顔だ。
今にも罵詈雑言が飛び出しかねない顔。
あまりにも滑稽で、口元に笑みが張り付いてしまうけど、それは無理もないことだろう。
「闘争の愉悦も、此度は出し惜しむ。情け容赦なく、一切合切憂いなく、渾身の力で以て、塵芥を粉砕するとしよう」
この闘いはワタシの闘いじゃない。
アリウスの皆が真の意味で自由になるための闘い。
であるのならば。
「喜べ、取るに足らない小石風情よ。貴様が眼にするのは余の────『アリウスの王』の本気である」
△アサ改
アサ改と書いて、アサあらためと読む。
オウヒの新装備。『Vol1 第4話エンジニア部はミレニアムにて最強』を参照。
形状はまんま、トンプソン・コンテンダー。単発式なのはカッコいいから、とはエンジニア部の意見。
ハンドガンというよりもハンドキャノン。全長は40センチ近く、片手で扱えるものでもない化物銃。ハンドガンで対物ライフルの弾を撃ち出すとかわけわからない。
ロマン銃と聞いて我慢できずに駆けつけた調月リオと合同開発のもと、完成にこぎつけたのは別のお話。
△アリウスの王
やっと自分から名乗り始めた。
本当の意味で、アリウスのみんなと向き合おうとする覚悟の表れ。
覇王への第一歩。
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