こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

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第27話 Shall we ダンス?

 

 

 ────その歩みは、優雅なそれだった。

 

 

 

 銃声が鳴り響き、何かが削られ、どこかが欠け落ち、裂帛の気合が耳に残響する。

 

 戦闘の音は絶える事がなく、静まり返る事などありえない。連続して聞こえる乾いた発砲音、爆発物が炸裂したのか空気が震えて、その後に衝撃を伴ったけたたましい爆音が辺りに鳴り響いた。

 

 視界も最悪の一言に尽きる。

 戦塵が舞い、とてもじゃないが良好とは言える物ではない。

 

 正に、戦場の光景であった。

 ベアトリーチェの暴挙からなる爆撃より逃れた唯一の建物である、アリウスに存在する至聖所は戦渦の只中にある。

 

 

 そんな中で。

 

 

「────────」

 

 

 アリウスの王と称される彼女。遂には自称するに至った天上院オウヒは歩みを進めていた。

 

 右手には渡されたばかりの『アサ改』が握られ、左手にはフルオートに改造を施されたデザートイーグル『リク弐式』を持つ。

 

 足取りは軽やか。

 散歩をするよな気軽なもので、重圧やストレスなども感じられない晴れやかな歩法。

 

 それは表情にも出てしまうのか。

 口元には微笑みを浮かべており、その視線は真っ直ぐと標的たるベアトリーチェを射抜いていた。

 

 

「……っ」

 

 

 思わず、知らずに知らずに、無意識に。

 ベアトリーチェは一歩だけ、後ずさってしまった。

 

 彼女は圧倒的、有利な立場の筈だった。

 何せ、ベアトリーチェが命じるだけで、大戦が出来るほどの軍隊を手に入れたのだから。

 

 物を言わない、自分の命令に忠実な、オウヒの神秘を搾り取り、マエストロの作品を転用し作った戦力────軍隊(レギオン)を、彼女は手に入れた。

 

 その数は膨大であり、大勢であり、際限なく増殖させていく。

 個体の武力も申し分なく、自我もない故に、ベアトリーチェの無茶な命令にも従う。

 

 いくら天上院オウヒが強大な力を有し、それこそキヴォトスでも指折りの実力者といえど、圧倒的な数の前では無力である。

 

 それはオウヒだって理解出来ている筈だ。

 

 一個の突出した武力があろうと────戦争の前では何の意味を為さないことを。

 

 だというのに、それなのに、どういうことなのか。

 

 

「なんだ、お前は……」

 

 

 搾り出すように、震える声を自覚して、現実から眼を背けるように。

 

 

「お前は!!! なんなのですかっ!?」

 

 

 その問いかけは、絶叫にも似ており、まるで悲鳴のようだった。

 

 信じられないモノをみるように、ベアトリーチェの思考が理解を拒んでいた。

 

 どうして嗤っていられるのか、どうして絶望に表情が翳らないのか、どうしてその歩みが乱れる事がないのか、ベアトリーチェは理解出来なかった。

 

 でもその答えは単純であり、簡単なものだった。

 いいや、ベアトリーチェだからこそ辿り着けない、そんな些細な理由だった。

 

 別に、オウヒは心が欠落している破綻者ではない。

 彼女だって痛いものは痛いと泣き、怖いものは怖いと怯え、楽しいものは楽しいと笑う。

 

 それならば、どうして、その歩みは軽やかなものなのか。

 

 

「寄るな、この化物めっ!」

 

 

 号令一下。

 ベアトリーチェの罵倒共に、控えていた軍隊(レギオン)がオウヒへと殺到する。その数は100は近い。

 

 律儀に相手をするものなら、無傷ではすまない。

 それはオウヒが一番良く理解している。

 

 それなのに、その視線は依然として、ベアトリーチェに向けられている。

 紅い瞳はレーザーサイトのように、真っ直ぐと数寸の狂いなく、怨敵と定めた標的をへと注がれている。

 

 

 ベアトリーチェには理解が出来ないだろう。

 オウヒが今も、周囲に気を配ることもなく、獲物と定めたモノに集中しているのは────。

 

 

「殿下に、触れるな────!」

 

 

 ────周りのおかげである、ということが。

 

 そう。

 オウヒはただ、信じているだけだった。

 

 こうして、自分に危害を加えようとする者が居れば、今のようにサオリが割って入り迎撃してくれると。

 

 サオリだけではない。

 サオリのようにアツコやアズサも、オウヒを守るように軍隊(レギオン)との戦闘を開始している。

 

 オウヒの背後から襲おうとする者がいれば、ヒヨリの狙撃が阻む。

 迫り来る第二波は、ミサキのロケットランチャーが進行を許さない。

 

 サオリ達だけじゃない。

 戦闘に参加しているアリウスの生徒達が一丸となって、シャーレの先生の指揮が冴え巡り、そうしてオウヒの進む道が拓かれて行く。

 

 

 迎撃をしないのは、オウヒは狂っている訳ではなかった。

 ただ彼女は信じていたのだ。周りに意識を割かなくとも、皆がベアトリーチェへの道を示してくれる、と。

 

 ただ信じる。

 それだけのことだが、それほどの事でもある。

 

 オウヒとベアトチーチェの、両者の致命的なまでの差異がそこにある。

 

 ベアトリーチェには理解が出来ない。

 同志だろうと周囲を利用し、騙し、謀ってきた。彼女には到底辿り着けない思考。

 

 他人を信じる事もなく、同志を利用し切り尽くし、無関係な生徒達を実験と称し勝手気侭に犠牲にしてきた。

 

 自分本位な思考、己を第一と定め、揺るがない信念のありよう。

 

 

 

 現に、今も、彼女はわかっていない。

 

 どうしてオウヒは無防備に警戒することもなく、迷いもなく歩を進める事が出来るのか。

 

 理解が出来ない、思考が読めない、何を心の拠り所としているのか掴めない。

 だからこそ、ベアトリーチェは恐怖を覚える。

 

 自分が定める範疇を超える者を許容出来ないのと同じように、理外の怪物であるオウヒに、ベアトリーチェはひたすら恐れを抱いていた。

 

 

 オウヒが一歩二歩、三歩と近付いて、一歩後退る。

 

 おかしな行動だ。

 勢力差は圧倒的で、アリウスの生徒など、数の暴力でどうとでもなるというのに、どうして彼女はここまで怯えているというのか。

 

 ベアトリーチェの心象など、把握していないオウヒにとって、あまりにもその姿が滑稽に見えたのか。

 オウヒは侮蔑し切った声で、それは愉しそうに、冷笑を以て口を開ける。

 

 

「……オマエの声一つで駆動する軍隊。こやつらからは、余と()()()()を感じる。大方、余が寝ている間、何かを施したのだろうな」

 

「私が喋ると思いますか? 何をされたのかわからないまま、怯えるが────」

 

「────白状せずとも良い。余とて阿呆ではない。大凡は把握しているとも」

 

 

 ベアトリーチェの言葉を遮り、オウヒはそのまま続けて。

 

 

「余の神秘をどこで知ったのか、この軍隊を作るほどの技術をどこで手に入れたのか、先の巡航ミサイルの出所はどこからなのか。全てはオマエ一人だけで成し遂げたモノではあるまい。その上で、余はどうでもいいと断ずる」

 

「思考の放棄とは、お前らしい短絡的な選択ですね」

 

「勘違いしているな、オマエは」

 

 

 ククッ、と。

 どこかで聞いたような、喉を鳴らすように笑みを浮かべるその姿に、ベアトリーチェは既視感を覚える。

 

 それは誰に似ているのか、答えが出せないまま、オウヒは口を開いた。

 

 

「オマエの一人の力で無くとも、他の者共が関係していようとも、この場に置いては脅威ではない。故に、余は捨て置いているだけだ。真の意味で、どうでもいい、とな」

 

「…………は?」

 

 

 どうでもいい、わけがないだろう。

 そこまで把握しておきながら、自分以外の脅威が存在すると知っておきながら、どうしてどうでもいいと思えるのか。

 

 思わず、戦闘中であるにも関わらず、ベアトリーチェは呆けてしまった。

 

 それは、致命的な、隙となり────。

 

 

「間抜け」

 

 

 ────見逃すほど、オウヒは甘くない。

 

 

 左手に持つ『リク弐式』をベアトリーチェに向けて、容赦なく引き金を引いた。

 

 フルオートとは思えないほどの連続した重い銃声、.50AE弾の嵐が、ベアトリーチェへと殺到していく。

 

 完全な虚を突いた。

 だがそれでも、ベアトリーチェの身体に弾丸の雨が着弾する事は無く。

 

 

「……っ! 壁っ……!」

 

 

 それだけ言うと、周囲に控えていた軍隊(レギオン)の数名が、ベアトリーチェの前へと展開され、その身に銃弾の雨が穿たれていく。

 

 元々、オウヒの神秘によって製造された者達だ。

 肉もなければ、血も通ってない、曖昧な存在。耐久性はあるものの、損傷の限界を超えてしまえば、消滅していく陽炎に過ぎない。

 

 だが仮初とはいえ肉の壁。

 放たれた銃弾は、ベアトリーチェの身体へと殺到することはなかった。

 

 

 防いだ。

 そう確信したベアトリーチェはほくそ笑む。

 

 しかし直ぐに────。

 

 

「────────」

 

 

 凍りついた。

 

 展開した壁が仇となったのか、オウヒの姿を見失い、壁が消えて再びオウヒを眼にしたときには、既に行動は終わっていた。

 

 一の矢が防がれたのなら二の矢。二の矢も通じなかったのなら三の矢。

 絶対に仕留めるという強い意志。ベアトリーチェはそんな単純な殺意を見誤り、再び致命的な隙を晒す事となる。

 

 オウヒは既に構えている。

 弾倉が空となっている『リク弐式』ではなく、一射しか放てない『アサ改』を構えていた。

 

 

 猟銃のように、目線を照準(サイト)合わせて、左腕を伸ばし、肘を曲げて、その腕の上にフォグリップを乗せて、銃身を安定させている。

 

 

「か────────!」

 

 

 壁、と。

 叫ぼうとするが遅い。

 

 その前にオウヒは、戸惑うことなく『アサ改』の引き金を引き、発砲していた。

 

 その音は『リク弐式』の比ではない。

 まるで大砲のように、本当に拳銃から音なのかも疑わしいほどの、殺意に満ちた銃声。

 

 空気の壁を切り裂き、回転しながら魔弾は推進し、壁が展開される暇も与えずに。

 

 

「…………っ!?」

 

 

 ベアトリーチェの腹部へと着弾した。

 

 何の備えも無い、抵抗も無く、そんな余地すらも無く。

 

 完全に防ぐのは不可能。加えて、ベアトリーチェは闘う者ではない。戦闘への勘が欠けており、危険予知など出来る筈もない。

 

 最早、常識が通用する威力ではなかった。

 鈍い音が、至聖所に響き渡り、周囲の者達は確かに耳にした。

 

 ベアトリーチェの身体はくの字に曲がり、そのまま後方へと跳ね飛ばされた。

 

 何もかもをなぎ倒し、地面へと転がる姿は、まるで交通事故でもあったかのよう。

 数十メートル跳ね飛ばされて、無様に転がり、漸く停止する事が出来た。

 

 

「おっ、ごっ……────っ!」

 

 

 まるで腹部が抉られたかのような感覚。

 だが実際、そのようなことはなく、弾丸が貫通している様子も無い。

 

 

 ──痛い。

 ──痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 ──痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……っ!

 

 

 次に備える事など出来ない。

 ベアトリーチェはただただ、口から吐瀉物を撒き散らし、地に伏してのた打ち回っていた。

 

 もしこれが、空崎ヒナであれば、痛みを我慢して次に備えていた。

 もしこれが、小鳥遊ホシノであれば、そもそも盾で防いでいた。

 もしこれが、聖園ミカであれば、直ぐに立ち上がり敵を睨み付けていた。

 もしこれが、天上院オウヒであれば、次の闘争に愉悦に満ちていた。

 

 だが残念ながら、ベアトリーチェは彼女達ではない。

 銃を手にして闘うこともなく、前線で指揮を振るうでもない。子供は搾取される存在と定めた、ただの大人でしかない。

 

 戦闘においての心構え。それがベアトリーチェには存在しなかった。

 

 そんな者が、痛みに堪えられるわけがない。

 

 優雅さなど欠片もない。

 吐瀉物を撒き散らし、地面で転がり回り、声にならない叫び声を上げる。

 

 その様子を見て。

 

 

「余がどうでもいい、と断じたのはこれだ」

 

 

 その表情は喜悦に満ちることもなく、ひたすらに冷たい視線を送り、油断無く観察する黄金の君臨者は続けて口を開く。

 

 

「余は恵まれている。この上なく、この身には有り余るほど」

 

「……なに、を?」

 

「余を救おうと、ありとあらゆる者達が手を組み、このような場所までやって来てくれた」

 

 

 幸福に噛み締めるように、一歩一歩、また一歩、ゆっくりとオウヒはベアトリーチェに歩み寄る。

 

 

「だがオマエはどうだ? 余のように、何者かが救いに現れるだろうか?」

 

「…………っ!?」

 

「余は────否だと思う。オマエを救う者は、誰も居ない」

 

 

 だからこそ、オウヒはどうでもいいと断じた。

 

 ベアトリーチェと何者が繋がっているのか、その背景にはどれほどの影響力があるのか、どれほどの規模なのか、オウヒにとってはどうでもよかった。

 

 何故なら────。

 

 

「オマエはありとあらゆる者を利用し、余を殺そうとしたのだろう。だが、殺せなかった。そればかりか、オマエはアリウスの皆にも敗北し、こうして無様に這い回っている」

 

 

 そう、何故なら。

 彼女の敵はベアトリーチェのみ。

 

 ベアトリーチェが与する組織が、どれほどの脅威なのか、関係が無い。

 

 救いの手を差し伸ばさないというのなら、そういうことなのだ。

 ベアトリーチェは何もかもを利用し、使い潰し、得ていた信頼すらも足蹴にした。その結果がこの末路。誰にも見向きもされない、自分が属していた組織にすらも見放された自業自得。

 

 

「義理も果さず、筋も通さず、己の指針のみを絶対とした者よ。どうか余に、教えてくれないか?」

 

 

 『リク弐式』の空となった弾倉が重力に従い落ち、新たな弾倉を込める。

 『アサ改』の長く重い銃身を振り下ろし、中折れ機構の薬室が開放される。その勢いで、空の薬莢が空へと吐き出され、新たに次弾を装填した。

 

 いつでも最大火力を叩きだせる。

 オウヒに油断も慢心も無い。口を開くのは更に、敵を追い詰めるため。ただそれだけの作業でしかない、と言わんばかりにつまらなそうに。

 

 

「そこまでして、何も成せなかった者よ。────これまで、何の為に、生きてきたのだ?」

 

 

 オウヒは暗に語る。

 散々、他人を利用し尽くし、何も成せなかった気持ちはどうか。

 ありとあらゆる策を労して尚、自分一人すら殺せない感想はどうか。

 アレだけ子供だのなんだのと豪語しながら、搾取し続けた者達(アリウス)に歯向かわれ、敗北したも同然でありながら無様を晒す。その厚顔無恥はなんだ、と。

 

 侮蔑に満ちた顔で、軽蔑し切った視線で、蔑んだ言葉と共に、オウヒは暗に語った。

 

 

「図に、乗るな……! 何も成せなかったのは、お前も同じだろう……っ!」

 

「そうだとも、余の行動は全て空回り。滑稽なほど徒労であったのは否定の仕様がない。この時まで、余はオマエに負けていた」

 

 

 ベアトリーチェの言葉を否定せず、むしろその通りだと頷き、オウヒは続けて言う。

 

 

彼女(アリウス)達が来てくれなければ、余は磔のまま、オマエに搾取され続けていただろう。つまり────」

 

 

 最早、言いたい事は言い終えた、と。

 オウヒは結論と、変えようのない事実のみを、ベアトリーチェに突きつけた。

 

 

「オマエに勝利したのは余ではない。勝利したのは、オマエが蔑み軽んじていた、アリウスの皆だ。……あぁ、その点だけで言えば、オマエは余に勝利していたな。まぁ、成せたといえば、それだけなのだが」

 

「…………っ!!」

 

 

 その言葉が引き金となった。

 

 眼を見開き、憎悪でもって、無言で己の軍隊(レギオン)に至上命令を下す。

 

 数百は超え、数千は当の昔に達し、もしかしたら数万に届くかもしれない軍勢。

 それを鼠一匹入る隙すらなく、戦闘に参加していたアリウスの生徒達と、指揮していたシャーレの先生を取り囲んだ。

 

 これ見よがしに、大袈裟に。

 呆れ果てたと言わんばかりに、大きく。

 オウヒはため息を吐いて。

 

 

「醜悪、ここに極まったな年増。悪あがきにも程がある。この程度で、彼女達が屈するとでも?」

 

「さぁ。少なくとも、お前の不快なニヤケ面は崩せるでしょう?」

 

「……………」

 

 

 ベアトリーチェは痛みで、今も震える身体を引き摺るように立ち上がり、引き裂くような笑みで応じた。

 

 その目論見どおり、オウヒの眼に見えた余裕は消えた。

 変わりに、顔を出したのは憤怒にも似た憤り。

 

 それは純粋な、怒り。

 今のオウヒを見れば、周りの空間が歪んでいるようなに、錯覚して見えたかもしれない。

 

 その点だけで言えば、ベアトリーチェは冷静ではなかった。

 彼女が刺した一手は、明らかな悪手であり、切るべき札ではない。全身全霊で、オウヒの最も嫌がる手を打つことしか考えていない。

 

 戦略も戦術も、考えていない。

 舐められたから、こちらも報復する。ただその一点でしかなかった。

 

 オウヒは言葉を発しない。呼吸すら、今の己の内側に圧し止める。

 全ての怒りを両の手に持つ獲物に込めて、これまでアリウスの生徒達が味わってきた苦難と苦痛を叩き込む為に。

 

 しかし。

 

 

“大丈夫だよ”

 

 

 オウヒの耳に、あまりにも通る声で。絶体絶命とは思わせないほど、冷静な口調でシャーレの先生が発した。

 

 

“怒りで眼を曇らせるのはいけない。彼女の思う壺だからね”

 

 

 その口調は諭すように、冷静になることをオウヒに促していた。

 

 対してベアトリーチェは見下す。何も出来ない分際で何を言っているのか、と。

 察するオウヒは眼を見開く。背後で囲まれているアリウスの生徒達、そしてシャーレの先生から厭な気配がしたから。

 

 オウヒは思わず。

 

 

「先生」

 

“そういえば、初めてだね。君が私のことを『先生』と呼んでくれたのは”

 

「茶化さないで。ワタシが言った事、覚えてますか?」

 

“……うん”

 

「もう一度いいます。()()は、おいそれと切るものじゃない。それを使ったら、どうなるか────」

 

“だから、今使うんだよ”

 

 

 遮るようにシャーレの先生は、笑みを浮かべて応じた。

 

 その右手には、簡素なタブレット端末『シッテムの箱』。そして左手には────大人のカードが握られていた。

 

 それを使えば、どうなるのか。

 先生の身に、何があるのか。

 果たして、今までどおりの生活を送れるのか。

 

 何もかも不鮮明。でも、そんな未来を感じさせない口ぶりと表情で、シャーレの先生は続けて言う。

 

 

“子供が、理不尽に振舞う大人の餌食になるのを黙って見ていられるほど、私は人間が出来ていなくてね”

 

「……そんな理由で、奇跡を起こすと? 代償として、何を失うかもわからないのに?」

 

“そうだよ。私は君達の先生だ。生徒がピンチの時に体を張ってこその先生ってヤツさ”

 

 

 軽口を叩き、先生は左手を掲げて。

 

 

“量で来るのなら、こちらは質だ。()()、手伝ってもらうよ”

 

 

 振り下ろす。

 

 同時に、光が満ちる、奇跡が充ちる。

 この絶望的な戦力差を覆す、つまりはキヴォトスでも最強の一角と称される存在達をを呼び出す。

 

 囲まれたアリウスの生徒達とシャーレの先生を中心に、眩く目が眩むほどの光があふれ出した。

 

 だがそれも一瞬の事。

 

 直ぐに光は治まり、溢れ狂うほどの暴風も和らいだ風となる。

 

 そして、新たに現れたのは()()

 

 チッ、と。

 呼び出された一人は小さく舌打ちをすると。

 

 

「後輩の面倒を見るのが、先輩の役目なのはわかっているが────」

 

 

 メイド服の上からスカジャンに袖をを通しているミレニアムの生徒────美甘ネルはオウヒを睨み付けて。

 

 

「天上院、テメェこれが終わったら説教な。少しは相談しろっての、このバカ」

 

 

 その言葉に同調するかのように、盾と愛銃を構えていたアビドスの生徒────小鳥遊ホシノはおどけた口調で、されど目は笑っていないまま。

 

 

「ミレニアムのメイドちゃんの言うとおりだね。おじさんも、今回の件で言いたい事が山ほどあるかな。覚悟していてね、天上院ちゃん」

 

 

 その二人に少しだけ困ったように、どこか申し訳なさそうにしているのはゲヘナの生徒────空崎ヒナだ。

 

 

「……そうね、私もたくさん、言いたい事がある。元気そうで良かったけど、それはそれ」

 

 

 それだけ各々口にすると、既に状況は把握しているのか、呼び出された三人は戦闘を開始した。

 

 戦力差など覆っていた。

 連携などなく、三人が三人共、シャーレの先生の指揮のもと自身が用いる戦闘技術を十全に奮う。

 

 それに眼を見開くのは、ベアトリーチェだった。

 あの三人は、外で包囲していた戦力に組み込まれた筈だ。それがどうして、この場にいるというのか。

 

 まるで転移、いいや、瞬間移動でもしてきたかのよう。

 

 精神的な優位性すらも覆されたベアトリーチェに、更に追い討ちをかけるように、オウヒはシャーレの先生に問う。

 

 

「……四人呼び出す、と余は聞いたが?」

 

“あぁ、もう一人はね。自分の足でここまで来たいって”

 

「それは────」

 

 

 誰なのか、とオウヒが問う前に、それは、現れた。

 

 それも堂々と正面から。

 対峙しているベアトリーチェの背後の堅牢な正面扉が打ち砕かれ、それは堂々と足を踏み入れる。

 

 

「────真打登場、ってやつ?」

 

 

 髪は煤だらけ。

 頬も汚れており、着ている衣服も少しだけ焦げている。

 

 だとしても、彼女を汚す原因にすらならないと言わんばかりに、オウヒからみた彼女は輝いて見えていた。

 

 あの頃のように、初めて対峙したあの時のように、彼女は何一つ変わらない。

 

 

「……いいや、違うな」

 

 

 一言だけ呟いて、オウヒは首を横に振る。

 

 変わらないなんてとんでもない、と。

 あの時よりも、今こそが確実に美しいのだ、とオウヒは憧憬にも羨望にも似た眼で、()()の存在を見て。

 

 

「────よく来たな、我が運命」

 

「…………うん来たよ、私の運命」

 

 

 片手を軽く振って()()────聖園ミカは応じた。

 

 そして視線を、オウヒの背後。つまりは軍隊(レギオン)に囲まれているアリウスの生徒達とシャーレの先生、援軍で呼び出された三人を見て。

 

 

「遅れちゃったカナ。今更、先生のお手伝いしてもなー」

 

「ならばどうする? このまま帰ってしまうのか?」

 

「それこそ冗談でしょ。私もこのおばさんには用があるし」

 

「ほう、余の獲物を横取りするというのか?」

 

「んー、それもありだね。どうしようかな?」

 

 

 世間話をするような気軽な口調で、どうするか、とオウヒとミカは思案する。

 

 ベアトリーチェからしてみれば、冗談ではない状況だった。

 

 軍隊(レギオン)による戦力差は、呼び出された三人の生徒の力による覆り、厄介だったオウヒの他にもう一人同等の存在が現れたのだ。

 

 正に。

 そして文字通りの意味でも、前門の虎、後門の狼。

 

 逃走するのも困難な状況。

 今度はベアトリーチェが絶体絶命といえる立場になるも。

 

 

「まだ、まだだ……」

 

 

 ベアトリーチェには、まだ切り札があった。

 

 それこそが、オウヒから搾取し、今の今まで自身の身に蓄えていた万能の神秘。

 

 彼女の真の姿を開放し、更にそこに万能の神秘を上乗せすれば、まだこの場を切り抜けられる、とベアトリーチェは土壇場で活路を見出す。

 

 それはオウヒも理解しているし、ミカもベアトリーチェが諦めていない事を察する。

 

 それを踏まえて。

 

 

「ねぇ、共闘しない?」

 

「ほう、余と其方でか?」

 

「うん、こんな機会滅多にないし、これから先、こんなことあるかないかじゃん」

 

「確かにな。よい余興ではあるな」

 

「それじゃ」

 

「あぁ、それでは」

 

 

 そういうと、オウヒは恭しく、胸に手を当てて軽く頭を下げて。

 

 

「────共に、一曲(おど)って頂けますか、レディ?」

 

「────うん、喜んで。リードは任せたからね?」

 

 

 対してミカは、膝を折って軽く腰を落とし、了承した。

 

 まるでそれは、社交界のダンスを誘う一幕のように。殺し合いをするとは思えないほど優雅で、気品に満ちていた。

 

 

「────っ!」

 

 

 ベアトリーチェの苛立ちが頂点に達した。

 芝居がかった二人のやり取りが、癪に障る。

 

 彼女は嫌悪と憎悪を暴走させて、身体を作り変えていく。

 

 骨と骨が砕ける音を立てて、肉と肉が咀嚼するのような生々しく、声にならない叫び声を上げて、その姿を変えてく。

 

 もはや人の形を為していないナニかに変貌する。

 その過程を見せ付けて、ベアトリーチェは一際大きな咆哮を上げた。

 

 

「────────────!」

 

 

 もう人の造形はしていなかった。

 胴体からは手足が8本生え、まるでその姿は蜘蛛のようであり、体表を赤黒い無数のヒルのような触手が絶え間なく蠢いている。

 

 もはや首もなく、顔もない。

 無数に蠢いている触手の奥から見える、二つの赤い光が、辛うじてアレが眼であるかもしれない、という憶測が立てられる。

 

 

 あまりにも怪物。

 あまりにも化物。

 

 それを前にして、オウヒは一言だけ。

 

 

「さて、一生に一度あるかないかの共闘である。闘争の愉悦は出し惜しむとは言ったものの、これは困ったな?」

「思わず、頬が緩むというものだ」

 

 

 





 △ベアトリーチェ(万能の神秘)
 もはや人の形すらしてない怪物。
 手足は八本で、体表はウネウネした触手が蠢いている。
 某タタリ神リスペクト。
 こうなったのは、オウヒへの憎悪と嫌悪が万能の神秘さんが気を利かせて、その形を反映してしまったため。
 違う感情を向けていれば、また違う形となった。


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