~ソロモンちゃんねる~
アツコ「子供の頃に書いた日記を見てみたら、将来の夢はお花屋さんだったよ」
オウヒ「余はゼリーだった」
空崎ヒナは、トリニティ自治区を歩いていた。
空は晴天。
雲一つもない、空が広がっている。まるで、空がそのまま降って来そう。そんなことを思わせるほどの青空が広がっていた。
太陽の光が容赦なくヒナの身体と、キヴォトスの大地を照らす。
見上げて、あまりにも眩しく、ヒナは自然と片手をかざしていた。
「本当に良い天気……」
自然と出た感想に、笑みが浮かんでしまう。
あまりにも平和だったから。
今も銃弾が飛び交う争いがあるとは思えないほど日常。つい最近まで、一つの学園を揺らすほどの戦闘に参加していたとは思えないほど、ヒナの目の前には穏かな日々が広がっていた。
とはいえ、自身を見るトリニティの生徒の視線は、居心地が良いモノとは言えなかった。
ある者は怯える様子で、ある者は好奇心から物珍しそうに、ある者は嫌悪感を隠しきれずに。
ソレも当然だろう。
ここはトリニティ自治区。ゲヘナの生徒、それも風紀委員に所属し、加えてそのトップとなれば、否が応でもトリニティ生徒の視線を集めてしまうモノ。
ヒナは、好戦的な性格ではない。
無闇に、争いの種を撒くことなど、決してしない。
ゲヘナとトリニティの仲は最悪と言ってもいい。
トリニティはゲヘナの自由すぎる気風を嫌い、ゲヘナもトリニティの自分達を見下しているような思考を苛立っている。
だとするのなら、ヒナにとっては、トリニティは敵地。
彼女を知らない生徒はおらず、実力も知れ渡っている故に手を出す生徒はいないものの、敵視されていることは変わりない。
ヒナもそれを重々承知しているからこそ、
ならば、どうして彼女がここにいるのか。
単純な話だ。
ヒナがここにいるのは、
ヒナは歩みを進める。
トリニティ生徒から奇異な視線を向けられながら、目的地へと真っ直ぐに、最短距離で歩を進めていく。
その場所へは、問題なく到着できた。
ヒナが目指していた場所。それこそが────トリニティの救護騎士団の部室である。
「あっ、ヒナちゃん~」
部室前にて。
ヒナに声をかける生徒が一人。
トリニティの生徒ではない。ゲヘナの生徒に自分から声をかける物好きなど、物珍しいトリニティの生徒は数える程度しか在籍していない。
その生徒は、アビドス高等学校の制服を着ていた。
やっほー、と片手を振り、もう片方の手には手提げ籠を持ち、その中にはメロンが二玉入っていた。
無意識に緊張していたのか。
ヒナはその生徒を視界に収めると、強張っていた顔が微笑みに変わり、自身も片手を軽く上げて応じる。
「おまたせ、ホシノ」
アビドス高等学校の生徒────小鳥遊ホシノはうへへ、と笑みを零して。
「大丈夫。私も今来たところなんだ~」
それが嘘か実か。
ヒナは深く追求しなかった。
どうせ、ホシノのことだ。
気を使って、今来たばかり、ということにしてくれているのだろうとヒナは思う。
ならば、その好意に甘えることにしよう、とヒナはそう選択し、手提げ籠に入ってた中身に視線を向けて。
「ありがとう、私の分まで買ってくれて。お金は後で払うわ」
「お安い御用だよ。おじさんと違って、ヒナちゃんは多忙だからねぇ」
どの口が言うのか、とヒナは思わず口出しをしたくなるが、グッと我慢する。
昼行灯のように笑っているものの、ホシノが裏でアビドスのために動いていることを、ヒナはシャーレの先生から聞いている。
夜中にアビドス自治区のパトロールに勤しみ、昼もアビドス高等学校の後輩と共に、活動をしている。
そのためか、夜はあまり寝ておらず、昼寝などをして、睡眠時間を賄っているような状態。
多忙と言う意味では、ホシノも同じ。
それを感じさせないのは、ホシノの余裕から来るモノ。
そういう意味でも、自分には真似出来ない、とヒナは心の中で断じた。
ヒナの心境を知らないまま、ホシノは呑気な口調で続けて言う。
「今回も、風紀委員のみんなに止められたの?」
「えぇ。アリウスに起きた事を考えると、ゲヘナとトリニティは緊迫していて情勢は不安定だから」
「でも、ヒナちゃんがここにいるってことは……」
「無視して来たわ」
悪びれもなく、ヒナは堂々と告げた。
ゲヘナとトリニティ。
両校の間に緊張が走っており、少しでも妙な動きがあれば、どちらかが過剰に反応する。そんな緊迫した状況で、ヒナは立場を放り出してここにいる。
それこそが、
つまりは────。
「天上院ちゃんも愛されているねぇ~」
つまりは、天上院オウヒのお見舞いである。
あれから、アリウス自治区を襲った襲撃から数日。
意識を失ったオウヒは、またもや救護騎士団の元へと担ぎ込まれていた。
その間「救護騎士団は厭だ、救護騎士団は厭だ。救護、救護されちゃう……」とうわ言の様に口にしていたが、勿論無視される。
常にゲヘナはトラブルが起きており充分な療養出来る地とは言い難く、ミレニアムサイエンススクールもあの場から遠くオウヒの容態は一刻を争うほど重態。消去法で、トリニティに搬送するしかなかったのだ。
搬送されたその後、どうなったかは最早語るまでもないだろう。
──口では、感じないけど。
──貴女も相当怒ってたけけどね、ホシノ。
ヒナが思い出すのは、ホシノの当時の状態。
アリウスで起こった状況、そして、オウヒが攫われた可能性があると、シャーレの先生に告げられた際の彼女は笑いもせず、軽口も叩く様子もなく、あくまで淡々とした口調で「そう」とだけ呟いていた。
罵詈雑言を発するのではなく、静かに、ただ静かに腸を煮え繰り返っている印象をヒナは受けた。
だがそれは、ヒナも同じであった。
風紀委員長としての地位をかなぐり捨てて、一時その立場を弁えず、オウヒの救出に専心せいている姿は正に鬼神。
普段の様子からは想像がつかない。
それほどまでに、二人は事の事態に対して、憤怒の炎をその身に宿していた。
とはいえ、今となっては過ぎた事。
ともあれ、無事であるのなら良し、とヒナもホシノも共に頷いて。
「それじゃ、行こっか」
「そうね」
二人は救護騎士団の部室へと足を運んだ。
部室の中に入ると、空調が行き届いており、熱くもなく寒くもない絶妙な室温を保っていた。
ホシノとヒナがこうして、救護騎士団の部室に入るのは二度目。
部室と言うよりも、病院に近い造りとなっており、流石お嬢様学園だとホシノが衝撃を受けたのは記憶に新しい。
アビドス自治区全体を見ても、ここまでの規模の医療機関は存在しないだろう、とホシノは断じる。
ゲヘナ自治区でも同じ事を言えた。下らない銅像を作る余計な予算があるのなら、部費を
そんな救護騎士団も今となっては慌しい。
それも無理もない。
何せ、先に起きたアリウス自治区の崩壊後、アリウスの生徒は全員が救護騎士団へと搬送されている。
軽傷の生徒もいれば、重症の生徒もいる。オウヒなど、後者だ。まともに動ける傷ではないものの、戦闘続行していたのが奇跡と呼べるほどの傷を彼女は負っていた。
「ねぇ、ヒナちゃん」
「どうしたの?」
「天上院ちゃん、大丈夫だと思う?」
「そうね……」
ヒナは少しだけ考えて。
「あの時も重症だったけど、翌日には動き回っていたし、大丈夫だと思う」
心配していないわけではない。
昨日までは面会謝絶だったことから、本当に重症だった事は安易に想像が出来る。
しかし、前科がある。一度あることは二度あり、二度あることは三度ある。
今回も、きっと、大丈夫だろう。今も動き回っているに違いない、とヒナは判断を下した。
とはいえ、それは願いだ。
そうであってほしいと言う願望に近いものだ。
それはホシノも同じなのか、うへへ、と気の抜けた笑みで。
「うん、だといいね。あの時も動き回って、救護騎士団の団長ちゃんに怒られて────って、だから救護騎士団は嫌だって言ってたんだ……」
「怒られると思ったのでしょうね」
「トラウマ、刻まれてるねぇ……」
「それで大人しくしてくれればいいのだけど」
無理でしょうね、とヒナは心の中で呟いた。
そうして、エレベーターを使用し、上の階まで上り、オウヒが入院している病室まで進んでいく。
そこで。
「────」
「…………」
“うーん……”
珍しい光景が、ホシノとヒナの視界に映った。
オウヒの病室の前にて、扉を少しだけ開けて、中を覗き込んでいる生徒が3人とシャーレの先生が1人。
シャーレの先生は兎も角として、一緒にいた3人がこれまた珍しい組み合わせだった。
ホシノは軽い口調で、その3人に問いを投げる。
「あれ、便利屋の2人じゃん。出禁だって聞いたけど、いいの?」
「ヒナと、貴女は、アビドスの……。えぇ、問題ないわ」
ホシノに気付いた、便利屋68の社長────陸八魔アルが覗いている体勢から、ヒナとホシノに体を向け続けて言う。
「解除になってるから」
「今だけね。本当に仕方なく、仕方なくだよ?」
補足するように、覗いていた生徒の1人である聖園ミカが、本当に嫌そうに口を開いた。
それに対して、これまた不満そうに、それでいて不承に、これでもかと不服そうに顔を歪ませて浅黄ムツキは肩を竦める。
「トリニティも器が小さいよね~。そんなに私とアルちゃんがヒーちゃんと仲良くしているのが気に入らないのかな?」
「……別に。私には関係ないんだけど? アイツが誰と仲良かろうと、関係ありませんけど?」
「って、言うけどさ。その割に余裕がないよね。滅茶苦茶気にしてるよね? 相手にされてないとか、可哀想だね~?」
「気にしてないって言ってるんだけどな。ゲヘナって、本当に人の話し聞かないよね。お話を聞くなんて、赤ちゃんでも出来るのに変なの。もしかして、ゲヘナは言葉わからない生徒の集まりなの?」
「ど、どうして貴女達、また喧嘩しているのよぉ……」
売り言葉に買い言葉。
容赦のない言葉の応酬を始めるミカとムツキを見て、慌てて涙目になりながら止めるアル。
『また』とアルは言っていた。
そのことから、2人がこうしていがみ合うのは初めてではなく、自分達がここに来るまで似たようなやり取りをしていたのだろうと、ホシノもヒナも察していた。
そして始まるのは口喧嘩。
2人は夢中になり、1人はソレを止めるのに奔走している。
となると、状況を説明できるのは1人に限られてくる。
ヒナは苦笑で以て、ミカとムツキの応酬を見守っていたシャーレの先生に問いを投げた。
「先生、何を見ていたの?」
シャーレの先生はこれまた、困った笑みを浮かべて、ヒナに事実のみを口にしていた。
“修羅場”
えぇ? と、聞き間違えたのか、ヒナはもう一度促し。
ふぇ? と、意味が分からない回答に、にホシノは首を傾げる。
まぁまぁ、と先生は言うと。
“見ればわかるよ”
いまいち要領の得ないまま、導かれるようにホシノとヒナは、少しだけ開いているオウヒの病室を覗き込んだ。
そこには────。
『────そもそも、マスターがしっかり対話していれば、こんなことにならなかったんですよ。どうなんですかその辺り?』
「……返す言葉もありません」
『えぇ、えぇ。そうでしょうとも。本当にこのチキンマスターは困ったちゃんですよ本当に。言いたいことが言えない世の中はポイズンです。なんで自らデバフ掛けてるのか。これがワカラナイ』
「それは、その。ワタシが頑張れば良いな、って思っていたので……」
『何が頑張れば良いなですか。このたわけが。元々ミス不器用なマスターが一人で足掻いた所で、事態が好転するわけがないでしょうに。朕が別行動取っていたからこんな事に。……あれ、朕のせい?」
「いや、そんなことは……」
『いいえ、朕がいればこんな事には。……おいは恥ずかしか! 腹切るでごわす!! まぁ、切る腹もなければ、落す首もないんですけどね朕。無敵か? これが、Tier1キャラの、景色。ドーモ、環境キャラです。対戦ヨロシクお願いします』
「……殿下が全て悪いわけじゃない。むしろ、尻込みしていた私に責任が────」
『そうです。錠前サオリ、お前にも責任があります。お前もチキン野郎です。野郎じゃありませんね。女ですから。女の野郎、つまりは女郎』
「め、女朗!?」
『どうせ、嫌われたくないから、って理由でマスターと向き合わなかったのでしょう。このチキンコンビが』
「くっ、その通りだから何も言えないっ! しかし、殿下は違うぞ……!」
『同じですよ。揃いも揃ってチキンばかり。ビーフが良いでしょうビーフが。Beef or Chickenじゃありません。Beef or Beefです』
「コンサバティブちゃん? 何の話しているの?」
『ビーフの話ですよ?』
「あれ、そうだっけ? ワタシとサオリのやらかしを、糾弾している感じだと思ってたのだけど?」
『それは過去の話。朕は未来に生きる女。そしてビーフをこよなく愛する女。鳥一羽よりも、牛一頭のほうが多く食べれますからね。おや、これは差別発言でしょうか。コンプライアンス違反で炎上しようとも、朕、負けない! だって牛の方が食べる部位いっぱいあるのだから!!』
「発想がデブじゃん……」
『シャラップ、マスター。Dead or Die』
「オア、ダイ!?」
ホシノとヒナが見た光景は、奇妙なモノだった。
ベッドの上で、生首改め、機械仕掛けの頭部────コンサバティブちゃんが居座っている。
どこか踏ん反り返っているような印象。口があれば、ひたすらガムをくちゃくちゃと噛み締めているかのような、あまりにもガラの悪い雰囲気で、2人を見下ろし糾弾していた。
その2人もどこか、奇天烈な姿。
1人はすらりと引き締まった体躯に、ヘソ出しノースリーブインナーを着ており、履いているズボンも脚のラインがはっきりと分かる意匠だった。傍から見れば、クールビューティーな彼女────錠前サオリだが、今となってはコンサバティブちゃんに反省を促されるまま、床に正座をしている。
もう1人も同じ。
先の戦闘の影響もあってか、黄金の毛先は焦げて痛んでおり、服装も患者衣。入院している者であることは誰がどう見てもわかるのだが、コンサバティブちゃんは一切の容赦がなかった。
むしろ、お前が一番悪いと言わんばかりに、黄金の彼女────天上院オウヒを念入りに口撃していく。勿論例外なく、オウヒも正座していた。
全てを見た。
それを踏まえて、ホシノはシャーレの先生に問いを投げた。
「なに、あれ?」
“修羅場”
対するシャーレの先生の返答は変わらない。
困ったように笑みを浮かべて、先程の言葉を再度述べる。
オウヒの病室にて広がる光景。
傍から見たら滑稽であるものの、異様な光景だった。
だからこそ、ホシノもヒナも納得した。
様子を伺っていた、便利屋の2人と聖園ミカ、そしてシャーレの先生がオウヒの病室に入らなかったのも理解出来る。
そうしていると。
「うーん……」
「どうしたの、アルちゃん?」
唸るように、何かを思い出すように難しい顔になっているアルに、ムツキが首をかしげながら問う。
対して、アルは訝しむように。
「あのピンク色の頭、どこかで見たことあるのよね……」
「あー、それは、うん」
見たことある筈だ。
アルは忘れてしまっているが、何せあの頭部は、『ソロモン』が装備していたフルフェイスアーマー。
かつて、『雷帝』と覇を競い、破れ歴史の闇へと葬られてた怪人であり、再び君臨したのはアビドス自治区でのこと。
勿論『ソロモン』なんて人物は人物は実在しない。オウヒが奇天烈なヘルメットをかぶり、ノリと勢いで誤魔化した産物、出鱈目でいい加減な
それを知る生徒は少ない。
この場にいる者で、それを理解しているのはムツキとヒナ、そして『シッテムの箱』で知ったシャーレの先生くらいなもの。
ムツキは考える。
どうにか、誤魔化せないか、と。
何故ならこんなところで、バレるなんて面白くないから。
どうするか、と考えているムツキを見て、静観していたミカは仕方ないとため息を吐いて。
「……長引きそうだし、カフェ行こ。奢ってあげてもいいよ、陸八魔アル?」
「えっ、デジマ!?」
思いがけない助け舟に、ムツキは若干戸惑いつつ、ミカの傍まで駆け寄って小声で。
「どういうつもりなのかな~?」
「別に、貴女を助けたわけじゃないよ。このまま、ここにいても他の人に迷惑をかけることになるし」
それに、と言葉を区切り、ミカはかすかに空いている病室の中に視線を向けて。
「────今回だけは、サオリに譲ってあげようかな、って」
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
永遠と続くかと思われたコンサバティブちゃんの折檻は、唐突に終わりを告げた。
誰かからの連絡が入ったのか、コンサバティブちゃんは独り言を呟き始め────ワタシは正直、いよいよ壊れたのかと思った────それが終わると、病室の窓から出て行った。
文字通りの意味で。
頭部が変形し、プロペラが現れて高速で回り始めたと思ったら、コンサバティブちゃんは浮遊を始めて一言。
『あとは、美甘ネルに任せます。彼女もマスターには言いたい事が山ほどあるようですし。ではアデュー、さっさと退院してミレニアムに登校してください。大変な事になっていますので』
それだけ言うと、コンサバティブちゃんは出て行った。
お説教されていた、ワタシとサオリは反応出来る筈もない。
終わるとは思わなかったし、飛ぶとも思っていなかった。自立で行動出来るとか、いよいよ以て、何でもありになってないあの子?
それはサオリも同じ気持ちなのか、彼女とは思えないほどぼんやりとした口調で。
「飛びましたね……」
「飛んだねぇ……」
「ミレニアムが大変とは、どういうことでしょうか」
「さてな。あやつが言うのだから、相当の事だろうが、皆目見当も付かぬよ」
でもコンサバティブちゃんの独り言は聞きなれたモノから、聞きなれない単語も混じっていたことを、ワタシは思い出す。
聞きなれたモノは『ゲーム開発部』。
聞きなれない単語は『アリス』。
それが何を意味をするのか、判断をするには、材料が少なすぎる。
ともすれば、ワタシに出来る事なんて限られてくる。
「動けぬこの身では是非もなし。今は傷を癒す事のみに専心するとしよう」
だって、怖いし。
また無闇に出歩いたら、救護の人が文字通りの意味で飛んで来て、ワタシが怒られるし。
仕方ない。仕方ないのです。怖いので、是非もないのです。
そうやって、自分に言い聞かせて、コンサバティブちゃんが占領していたベッドに腰掛ける。
それにしてもフカフカだ。さすがお嬢様学校のトリニティ総合学園。医療用のベッドさえもフカフカと思わなかった。これだったらずっと寝ていられる。なるだけ通院したくないけど。だって、救護の人が怖いから。
サオリも立ち上がる。
でも、立ち上がったまま。椅子にこしかけることもなく、サオリは立ち続けていた。
その表情は、どこか居心地が悪そうであり、ワタシの顔を見て、視線が合うと直ぐに逸らしてしまう。
気不味いのだろう。
それはワタシも同じだ。これまで、ずっと、空回りの連続。本当にどの面で、って思うけれど。
「サオリ」
「殿下……」
おずおず、と。
ワタシの様子を伺いながら、サオリはこちらをやっと見てくれた。
そうだ。
どの面で、どの口が、言うのかって思うけれど、本当の意味で、ワタシ達がもう一度、向き合って始めるには。
「────おいで。お話、しよう?」
対話していくしかない。
それはサオリも分かっていると思う。
その証拠に、躊躇いながらも静かに頷いて、ワタシの隣に座ってくれた。
ぎしっ、と。ベッドが軋む。
さて、話しをしようと、って言ったのはいいけど何から話そう。
環境入りしたこともない、ワタシの会話デッキでどこまで盛り上がれるだろうか。
「…………」
いいや、自然体で行こう。
気を張る必要もない。気を使う必要はあるけど、無理に盛り上げようとする必要もない。
だって、ワタシは、この時が嬉しいから。
もう二度と、顔を見ることもないと思っていたけれど、こうしてまたサオリとお話出来る。
その事実だけで、ワタシは幸せなのだから。
「アリウスの皆は元気?」
「はい。今は、治療に専念しております。……アリウスの復興はそれ以降になることでしょう」
「で、あるか。いいや、当然であるな」
「それよりも、殿下のお身体の具合は……?」
「ん、大事無い────と、言いたいところだが」
思っていたよりも、少しだけ、傷の治りは遅い。
以前のように、それこそ、ビナーのとき負傷した時よりも、明らかに傷の治りが遅かった。
原因はきっと、あの年増がワタシの神秘を搾り取っていたからだろう。
身体能力に変化はない。ワタシの身体が弱くなった事もなく、変化はないに等しい。
けれど、恐らく。ワタシの根本的な部分が、欠けてしまったことが、理解出来てしまった。
これを取り戻すには、奪われた神秘を回収する必要があり、それは再び年増と相対しなければならないのだけど。
「殿下?」
急に黙ってしまったワタシに、どこか不安そうにサオリが伺ってくれた。
「いいや」
ワタシは首を横に振った。
それには二つの意味がある。
一つは、サオリを安心させるように、何でもないことを伝える為に。
もう一つは、欠けてしまった神秘を手放す事を良しとするように。
そうだとも、必要ない。
ワタシに万能なんて元から不要なんだ。
ワタシがワタシであることに変わりないのだから。
あんなモノがなくても、ワタシには、皆がいるんだから。
「大事無いと言ったけど、髪の毛先が痛んでしまった。これを気に、髪でも切ってみようかと思っていたところだ」
「殿下が髪を……!?」
「……そこまで衝撃を受けることだろうか?」
いや、確かにね。
ずっと髪を伸ばしっぱなしだったしね。
髪を切るなんて、前まではそんな気、一切なかったんだけど、これも心境の変化って奴なのかもしれない。
後ろ向きで、ウジウジなワタシなワタシだけど、今は少しだけ前向きになれる気がするんだ。
「殿下」
「どうした?」
「マダムは────いいえ、ベアトリーチェはどうなったのでしょうか?」
正直な話、それはワタシにもわからない。
アレから、アイツを吹き飛ばして、数日経ったけど何かアイツが動いたといった情報が入って来なかった。
影も形もないと言っても過言ではない。
最初から、年増なんて居なかったと告げるかのように。しかし、アリウスの惨状が、嫌が応にもアイツが存在した痕跡が深く刻み込まれている。
憶測だけど、あの黒いのが、
黒いのは確かに言った。後はこっちで処理をする、と。つまりは、そういうことなのだろう。
信じるのは厭だけど。本当に厭だけど。しょうがなく、本当にしょうがなく、アレの言葉を信じるしか今はない。本当に、厭だけど。
しかし、これは全てワタシの憶測。
確証はないのだから、サオリの問いに答えられる筈もない。
ワタシは首を横に振って。
「余には見当も付かぬよ。気になるか?」
「気にならないといえば、嘘になります。また殿下の身が傷つけられる事があれば────!」
「────あぁ、そのときは」
ワタシはサオリの言葉を遮り、試すような意地の悪い笑みを浮かべて。
「そのときは、サオリが、余を守ってくれるのでしょう?」
「……っ! はい、はい……! お任せください。殿下の身は、私がお守りします!」
対してサオリは、本当に嬉しそうに。何度も何度も頷いて、ワタシの意地の悪い言葉に同意してくれた。
あぁ、本当になんてことはない。
コンサバティブちゃんの言うとおり、ワタシ達は臆病すぎた。
こうして向き合って、他愛の話をするだけで良かったんだ。
失望されたらどうしようと思っていた。
また、置いてかれることが怖かった。
嫌われたくないと、心底願っていた。
でもそれは、いらない心配事であり、余計な考えだったんだ。
だって、ワタシはこんなにも、皆から大事に思われているのだから。
多分それが、ワタシが少しだけ前向きになれたおかげ。
どうせワタシなんて、って立ち止まっていたウジウジした女を置いていかずに、手を伸ばして一緒に歩いてくれる人達がいることを知ったから。
「ねぇ、サオリ」
「何でしょう?」
「何か、やってほしい事とか、ある?」
あまりにも唐突だと自覚している。
だけど、何かをしてあげたいし、何か望みがあるのなら叶えてあげたい。そんな気分だった。
サオリだけじゃない。
それこそ皆に。ワタシにやってくれた事を、返して行きたい。つまりは恩返しだ。そうじゃないと、それこそ、貰ってばかりのワタシを殺したくなる。
貰ったのだから、お返しをしないと。
借りを返す、なんて冷たい言い方をしたくないけど、つまりはそういうことだ。
与えてもらった恩には、ワタシには到底返せないほどの恩だけど、少しずつ返して行きたい。
そんなワタシの心境を知らず、サオリは眼を丸くして、少しだけ考える。
ワタシに気を使って、断られるかもしれない、と思ったけどそれは杞憂だったみたいで。
「殿下、一つ、お願いがあるのですが……」
意外な事に、サオリはどこか恥ずかしそうに言う。
そのお願いとは────。
「サオリ」
「はい」
「……こう、余が言うのもあれだが、愉しいか?」
「はい!!」
「で、あるかー……」
そして今。
絶賛、サオリのお願いを聞いているわけなんだけど、何が愉しいのかワタシにはわからない。
でもいいか。
サオリ、何か嬉しそうで、ワタシの気のせいじゃなかったらだけど、幸せそうだしね。
むふーっ、と。本当に嬉しそう。
でも、アレです。
恥ずかしいです。
とても他人に見せられることじゃ────。
「殿下、いる────」
はい、そうですよね。
もしかしたら、って思ったけどそうですよねやっぱり。
ワタシの病室に入ってきた人物を見て。
つまりは、アッちゃん。アッちゃんを見て、ワタシは固まる。
身体の体温が上がるのを感じる、顔が真っ赤に火照っていくのを自覚する、口なんて上手く回らない恥ずかしくて。
その後から。
「姫、何を固まってるの────」
ミサキが現れて同じように固まり。
「ミサキさん、どうしましたか────」
ヒヨリが愕然とワタシを見て。
「ヒヨリ、早く中に入って────」
アズサがワタシ達を視界にいれて、おぉ、と感嘆な声を上げた。
対してサオリは満足そうに、満面の笑みで。動じることなくワタシを抱え続けている。
そう。
ワタシがされているのは、お姫様抱っこ。
サオリがしたいこと。
それはワタシをお姫様抱っこしたい、との事だった。本当にどうして? ワタシなんかを抱えて、何が良いのだろうか本当にわからない余。
それからは混沌を極めていた。
アッちゃんは止めずに「良かったねサッちゃん」とカメラを構えて撮り続けているし。
ミサキは無言でワタシに頭をこすり付けているように頭突きしてくるし。
ヒヨリはそれを見て「ミサキさん猫さんみたいですねぇ。そいうえば猫さんって、自分の所有物にミサキさんのような行動をするって雑誌で────」と呟いて口を開くことはなかった。ミサキに口を物理的に止められてしまったから。
アズサはワタシ達に対して「私も! 私も殿下を抱っこしたい!」と興奮気味に言ってくる始末。
本当に恥ずかしい。
困惑し、羞恥からか、ワタシは固まる。それでも両手をサオリの首に回す事は忘れないまま。
「ど、どっ、どうしてぇ~……!」
そう呟くしかなかった。
あぁ、本当に。どうしてこうなったのだろうか。
~あとがき~
これまで読んでいただき、ありがとうございます。兵隊でございます。
これにて、Vol.2終了でございます。短かったようで長かった。
もしかしたら、お察しの方もいるかと思われますが、今回のVol.2はコンサバティブちゃんがいれば、こんなややこしいことにはなっていませんでした。
今回の原因は、オウヒとサオリの対話不足であり、コンサバティブちゃんがいれば無理矢理2人を話し合いをさせるからです。
コミニュニケーション不足、本当に良くない(重要)
しかし今回の件でオウヒも少しだけ前向きになったのも事実。
必要なくなったから捨てられたと思ってたけど捨てられたわけじゃなくて、こんな自分を助けに来てくれるほど大事に思われていたという事実が、オウヒを少しだけ変えました。
つまりは、少しだけお洒落に目覚めつつあります。髪を切ろうとしているのも、その現れですね。
サオリの最後のお願いも、実は『第9話 サオリにとっての殿下』でやりたいと言っていたことでした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
Vol.3が始まり、もう少し続きます。
今後も精進いたしますので、これからもどうかよろしくお願い致します!
評価を頂けると嬉しいです!
高評価はもっと嬉しいです!!
どうかよろしくお願いします!!