※注意※
BADエンド√のお話です。
よろしくお願いします。
たった一人を救う為に、思想も思考も、思惑すらも違う人達が手を取り合う事が、この世界では稀にある。
この世界は所詮は、いがみ合い。
あっちが違う、こっちが違う。そっちが違い、どっちも違う。その程度の些細な事で、争いが生まれ、遺恨を育み、次第に戦争と言う終わりが始まる。
人は等しく愚かだ。
でも稀に、そうではないというかのように、手を取り合うことが極稀にある。
清廉潔白な賢者が一つの悪行を為してしまうことがあるように。
悪逆非道な愚者が一つの前項をなしてしまうことが人にはある。
それは気まぐれか。
そのときの気分によるモノなのか。
一度は、道を踏み外したくなった。もしくは、一度くらい、善い事をしてみたくなったのか。
それが人の厄介な所だろう。
変わらない信念があろうが、基本となる骨子があろうが、心のあり方で些細な事で、容易く揺らいでしまう。
しかし、此度はどうやら違う。
たった一人のために、対峙していた者達も手を取り合い、過去のわだかまりを一時忘却の彼方へと追いやり、一つの目的のために集っていた。
一人のためにとは、誰のために。
一つの目的とは、何を指しているのか。
「…………っ!」
サオリはそれを為した。
一人を救う為に、天上院オウヒを救う為に。
一つの目的を果たす、それこそオウヒの救出。
その腕で、オウヒを抱き抱え、やっと触れる事が出来た。
ここ数週間、数ヶ月。
サオリはオウヒと対話らしい対話もしてないし、その身体を触れることすら叶わなかった。
やっと触れた身体は冷たく、まるで────
「殿下、お迎えに参りました」
しかし、その事実に、サオリは気付いていない。
抱えられているオウヒを見て、一人は息を呑み、一人は眼を見開き、一人は眼を逸らし、一人は泣きそうな顔で立っていた。
サオリはワカラナイ。どうしてみんな、そんな顔をしているのか。
やっと、救う事が出来た。やっと、ベアトリーチェから取り戻すことが出来た。
喜ぶべきだろう。
よかった、と歓喜するべきだろう。
なのに、どうして、みんな、そんな顔をしているのか。
“サオリ……”
アリウスと共に行動していたシャーレの先生が、固い表情でサオリに声をかけた。
対してサオリといえば。
「見てくれ、先生。殿下をお救いすることが出来た。これでなにもかも、元通りだ」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに。
シャーレの先生に顔を向けるサオリだが、どういうわけか先生の表情は晴れない。
何故、何も言ってくれないのか、サオリには理解できなかった。
でも、シャーレの先生には感謝しなければならない。自分達を指揮してくれたから、オウヒを救い出す事が出来たのだから。
力なく項垂れ、磔となっていたオウヒを、救う事が出来た。
それは自分達だけでは、到底為せることではなかった。
協力してくれた者達には、感謝してもしきれない。
これまで、あまりにも必死だった。
オウヒを救出する為に、既にどれほど時間が経ったのか。
そう、必死だった。必死だった故に、これまでどうやって、ここに辿り着いたのかサオリの記憶は曖昧だった。
傷つき壊れかけた体を酷使し、
それが今、自分の腕の中にある。
やっと、やっと、助ける事ができたという実感が、サオリは感じていた。
これで何もかも、元通りだ。
今にも、オウヒは起き上がり、自分に一声かけてくれる。
そうに違いない。
そうであってほしい。
そうでなければ、ならないのだから。
“サオリ、オウヒはもう……”
なのにどうして、みんな、そんな顔をしているのか。
サオリには本気でわからなかった。
今は、オウヒは寝ているだけだと、自分に言い聞かせる。
そうだ。
寝ているだけなのだ。
これから直ぐに起き上がる。
「サッちゃん」
「姫……?」
先生が何かを伝えようと口を開きかけていたが、アツコが一歩前に出て、片手で制する。
サオリは見上げる。
アツコの顔が良く見えない。
笑っているのか、泣いているのか、わからないまま、アツコは促すように。
「殿下を、よく見て」
「何を言ってるんだ。殿下は……」
抱えていたオウヒを見る。
その紅い双眸は開いていた────半開きで濁り虚空を見つめている。
その口も何かを言いたげに開いている────しかし、何も口にしない。
首はがくん、と力なく項垂れた────意志がないかのように。
その身体は冷たくなっている────まるで、死んでいるかのように。
ぴしっ、と。
何かが皹が入る音が、サオリの中で聞こえた。
──違う、違う。
──違う違う違う違う違う違う。
──違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!
違う。
これは違う。
サオリは何度も何度も、そう言い聞かせる。
「殿下は、でんかは、でん、かは。違う。これは、寝て、いるだけで……」
ぴしり、と。
決定な亀裂の音が、サオリの
大切な人がいた。恩人となる人がいた。好きな人がいた。
暖かくて、優しくて、助けてくれた人がいた。
この人のためなら、自分の命すら使い潰すことも厭わない。
そう思っていたからこそ、錠前サオリはこれまで、傍に立ち役に立とうと努力した。
もう一度、話したいと思った。
もう一度、その顔を見たいと思った。
もう一度、笑った声と顔を、この眼にしたいと思った。
他愛のない話でも良い、何でも良いから、声が聞きたかった。
「私は、でん、かを、たすける、ために……」
うわ言の様に。
軋るような声で、抱えていたその人を見る。
半開きになった目は濁り虚空を見つめて、その口からは何も紡がれる事はなく、力なく手足は脱力している。
それが限界だった。
否定したかった現実が、こうしてサオリの目の前で起きている。
サオリの全てを否定する現実を、重ねるように言葉で否定しようとも、否が応にも叩きつけていく。
最初から気付いていた。
間に合わなかった事が、サオリには理解していた。
でもその気付いてない振りが、まだその人が生きているという狂気こそが、サオリの最後の砦であった。
だがそれも、最早意味がない。
サオリは認識してしまった。アツコの言葉に、向き合ってしまった。
「ぁ……」
抱き抱えていた身体は何も応えない。
かつて、
当然だろう。
事切れた屍が生き返る事など、決してないのだから────。
「ぁ、あ……」
何よりも大切なモノ。守ると、誓った存在。ずっと傍にいたかった人。
視界がグラグラと揺れる。
吐き気がするのを認める。
心臓の音が五月蝿くて仕方ない。
力いっぱい抱しめる。
でも、抱しめ返される事はなく、苦しいという抗議の声すらも上がらない。
「あ、ぁ、あああァああアアアァあああ……ッ!」
壊れたモノからは、やはり壊れたような悲鳴しか上がらない。
最早、サオリには、喉から迸る絶叫は悲鳴なのか慟哭なのか、それすらも解らない。
でも、抱えていた身体は離さなかった。
温もりがないのは理解しているし、何も言わない躯であることは自覚したばかり。でも離さないのは、一欠けらでも残った人間性からだろうか。
サオリにはワカラナイ。
どうして、自分が存在しているのか。
守ると誓った存在を守れず、何も為せなかった自分は何の為にいるのか。
あぁ、何の為に。
──私は何の為に、ここに存在しているのか。
瞬間。
サオリの耳に、悲鳴が聞こえた。
顔を上げると、
まるで、それは孔だ。
実体はないようで、その孔から紫の光が射している。
本能が訴える。
アレは触れていいモノではないと。
あまりにも不吉な光。あまりにも不可解な意思。あまりにも理解が出来ない現象。
それがサオリの目と鼻の先に存在していた。
そして何よりも
──紫の光。
──
──あぁ、でも……。
逃げるべきだと訴える。
でももう、どうでも良かった。アレに魅入られ、触れたら最後どうなるのか、サオリにはどうでもよかった。
恐怖はない。
そんな感情すらも、サオリには起こらなかった。
飲み込まれるのを感じる。
自分が自分でなくなるのを自覚する。
それすらも、どうでも良かった。
しかし、抱えていたオウヒは離さない。こればかりは、譲れなかった。
何も守れなかったけれど、彼女だけは離したくなかった。それが錠前サオリに残された、最後の人間性と言うかのように────。
そうして、かつて錠前サオリだった者は飲み込まれていく。
絶望に、失望に、己を焦がして、その傷は癒えることなく。
────次第に彼女の意志は意識は、反転していった────。
祝え、サオリテラーの誕生です。
オウヒの救出に間に合わなかったらこうなってました、というお話でした。
神秘も血液も抜かれたらそうなりますよね、って。
えっ、アヌは助けてくれないのかですって?
あの子は、基本無関心ですから。死のうが生きようがどうでもいいのです。
この後は、ベアトリーチェをサオリテラーが何とかします。
Vol.2での詰みポイントというなのBADエンドはまだあるのですが、それはまた別のお話ということで、どうかよろしくお願いします!