これは、違う世界の記憶。
事二至ルマデ
人の価値観は平等ではない。
他人から見たら些細なモノでも、本人からしたらそれは、譲れない何かになり得るモノだ。
そういう意味で、人の思考には、必ず差異が生まれる。
何かが許されると、他人が許さないと決心するように。
何かを悪と断じて、それを善と定める者が必ず存在する。
つまりは、優先順位の問題でもある。
己の定めた指針と言っても良い。
何を是とし、何を否とするのか。
それこそ千差万別。
十人いれば十人。千人いれば千人。万人いれば万人。
考えは違ってくるというモノ。
────それは、ワタシにも、勿論当て嵌まる。
「………………」
酷い有様だった。
空は血のように紅く、眼下に広がる大地も血の色のようだった。
大小の瓦礫が転がり、その下には数百の、物言わぬ躯が転がっている。
自分に言い聞かせる。
この者達は、キヴォトスを、この世界を崩壊させようとした者達────テロリストであると。
事実、その通りだった。
今のこの世界は、幸福に満ちた学校生活などなく、誰が味方で誰が敵なのかわからない。疑心に満ちた生徒達は、友人同士で争い、戦闘の火種は各地で燻り、燃え広がっている。
転がっている連中もそんな類の連中だった。
かつて、ゲヘナに存在した『雷帝』と呼ばれた生徒がいた。
その生徒が開発したという、兵器を連中が手に入れ、この世界を支配しようと考えた。
それをワタシが、いいや、ワタシ達が止めた。
作業のように、何の感情もなく、警告なんてある筈もなく。
ワタシ達は、連中を止めて、世界を救った。
こういったことは、初めてではない。
生徒の暴走で、あるいは大人の狂奔で、もしくは人ですらない存在の手によって。
このキヴォトスは、何度も何度も危機に瀕し、その度にワタシ達が争いの種を摘み取ってきた。
連中とは対話なんてしない。
だって、無駄だから。話したところで、何も変わらない。連中の凶行は止められない。
何せ、試した。
ワタシが持つ神秘の力で、何度も何度も繰り返して、数えるのもバカらしくなるくらいやり直した。
でも結果は変わらなかった。
言葉を選び、手段を変えて、結末を変えようと足掻いた。でも変わらない。
悲劇なんてどこにでも転がっていた。
全てを救う事なんて出来ない。ワタシに出来るのは、物事の優先順位を定めて、一番大切なものを守る事くらいしか出来ない。
そのためなら、ありとあらゆる存在を犠牲にしてきた。
それは、大切だった幼馴染達であったり。
それは、ワタシの面倒を見てくれた先輩達であったり。
それは、ワタシという存在を変えた唯一無二の存在であったり。
それは、ワタシの────父親のような存在であったり。
ありとあらゆる存在を犠牲に、ワタシは存在している。
世界を守り、大切な人達を守る為に、生き汚く存在している。
「オウヒ」
声が聞こえた。
ワタシの彩る、人の声。ワタシが守ると誓った二人のうちの一人の声。
振り返ると、その人がいた。
片目の怪我を隠すように、包帯が巻かれている。
無事である、もう片方の眼には生気がなく、濁っているようにも見える。
酷い顔だった。
とはいえ、人のことなんて言えない。ワタシもきっと、同じような眼なのだろうから。
「終わった?」
「はい、お姉様の方は?」
「ん、終わったよ。何もかも」
それ以上は言わない。
言葉通りの意味だと思うから。
そうして、ワタシ達は静かに、肩を並べて立っていた。
間違いなくワタシ達は、世界を救った。何度目かは覚えてないけれど、キヴォトスを守った。
まるで作業のように。壊れた機械が同じ行動を繰り返すように、争いが起きるとワタシ達は稼動を初めて無感情に動く。
そこに、達成感などある筈もない。
漠然とした、事実だけが残る。世界を救ったという事実だけが残った。
「お姉様」
「なに?」
「先生は?」
「寝ているよ、今も。何も変わらない」
あぁ、知っている。
知っているのに、ワタシは聞いている。
彼はずっと寝ている。
先の
いつか。
必ず、いつか。
こうして世界を守っていれば、必ずいつか。
起きてくれると。
おはよう、って呑気に言ってくれるものだと。
どうして危ないことをしているんだ、って叱ってくれると思っていた。
でもそんなハッピーエンドは訪れない。
ワタシ達が何度も世界を守っても、先生は目覚めない。
救う度に、心が欠けそうになる。
それでもこうして戦うのは、ワタシ達が銃を手にするのは、もう一度先生に会いたいからなのだろう。
お姉様以外の大切な存在。
二人のうちの一人に、もう一度会いたいから、ワタシはこうして戦っているのだろう。
「ねぇ、オウヒ」
「はい」
「疲れたね」
「そう、ですね」
「ねぇ、オウヒ」
「何でしょう、お姉様」
「どうして私達は、生きてるんだろうね」
ワタシには答えられなかった。何も、言えなかった。
何もかもを犠牲にして、何もかもを捨てて、二人を選んだワタシには何も言えなかった。
終わらない罰を己に課し。
償いきれない罪に怯える。
そして、ワタシは何度も繰り返すのだろう。
性懲りもなく、馬鹿の一つ覚えのように、作業のように。
争いが起きたら介入に、機械のように効率よく、速やかに火種を排除するのだろう。
それは、あぁ、なんて────。
「醜いのでしょうか」
△『ワタシ』
世界を救う為に奔走している生徒の一人。
その行為は決して、善意ではなく、義心に駆られたからではない。何よりも大切な二人を守りたいから。それこそ、何を犠牲にしようとも。その程度の理由でしかない。
愉しい思い出も、過去の記憶も、何もかもが既に磨耗している。作業のように闘う。まるで機械のように。
△『お姉様』
『ワタシ』が慕う人物の一人。
△『先生』
『ワタシ』が慕う人物の一人。
今はこん睡状態にある。