【地球防衛軍6】2人のライカ   作:イエローケーキ兵器設計局

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200X年、ロシア、ノヴァヤゼムリャ。
風の強い晴れた日。夕暮れに染まる空に部屋が染まる。


20.ある母親の回想

「煙草は駄目だよ、お姉ちゃん。」

『分かってる、分かってるよ。アンナ……。』

 ベビーベッドで笑う赤子。何度もタバコを箱から取り出して、すぐにしまう禁煙生活ほぼ丸1年の私。赤子が自分の娘であるかのように笑う妹。父親はもう居ない。

「良い子でしゅね〜レナちゃ〜ん!」

 この赤子は日本に仕事で行った時に世話になった子無しの紘瀬夫妻の元に養子に行く。母親として赤子にしてやれることは何もなかった。

「べろべろばー!」

「(赤子の笑い声)」

「お姉ちゃんも!ほら!」

『はぁ……。』

「マ……マ……。」

「お姉ちゃん、ママだって!」

『私なんかが……。』

 ベビーベッドを覗き込む。母性が擽られる。後悔はしないつもりだった。顔を見ると決意が揺れる。でも私は……。

『元気に育つんだよ。』

 赤子の頭を撫でて、額にキスをした。私は……母親にはなれない。

 

 

 紘瀬家に娘を引き渡して数日。着いてきた皆が祖国に帰って静かになった日本の基地でもアンナはまだ帰らず元気に振る舞おうとしていた。

 

『アンナ、帰るよ。』

「分かってる。」

『……後悔はしていない。』

「お姉ちゃん!それでも母親!?」

 胸倉を掴まれる。首が締まって痛い。

『母親だからだよ。母親が人間ではないなんて子供には耐えられない、だろう?彼女が虐めにあったらどうする?学校に乗り込むか?私はそれでも良いぞ?うん?』

 祖国に帰ったら私は人間から機械の身体、アンドロイドになる。兵器の"無人"化が達成されればバックアップを定期的に取ることで育成に時間と費用のかかる人的資源の損失を抑えられ、被撃墜による戦闘技術の喪失も比較的小さく防げるだろう。

『私は結局、テストベッドなんだ。パイロットに戻る必要がある。』

「だからって!」

『あの子の父親はもう居ないんだ!アンドレイは!もう!居ない!私とアンナが死んだら彼女は……レナは天涯孤独なんだ!』

 気がつけばお互いに叫んでいた。脳裏に浮かぶ顔は行方不明の夫。彼が東洋系だからか、娘も東洋系の顔をしていた。

「うぅ……うわぁぁん!お姉ちゃんのバカ!」

 私に泣きついて背中をぽかぽか叩く妹が泣き止むのを私は待つことしかできなかった。

『8月クーデターで私達、防空軍は負けた。これはその罰で贖いなんだ。』

 電脳化技術と義体はもう完成していて、私の意識を移す義体実験の延期はもうできない。私が責任を取る。

 

 私が日本に住むようになったのは娘が6歳になった頃だった。彼女の家の近所(里親になった紘瀬家にはちゃんと話を通した)に家を借り、ずっと見守っていた。EDFは祖国やその後継者よりもずっと私に寛容で、本体が基地に無くてもフライトシミュレーター越しに機体は触れたし、たまに担当が回ってくるアグレッサー訓練も実機に乗るだけで良かった。(もっとも、その度に住処を空けて祖国まで帰っていたが)

 

 2年後のある日。私は近所のスーパーマーケットに自転車を転がして向かっていた時、ある会話を聞きつけた。聞きつけた最初はよくある小学生の喧嘩だと思っていた。でも聞いているうちに介入するべきか悩むようになった。近所の小学校の男子児童がいじめを受けてある女子児童が庇ったのだという。そしてその庇った勇気ある児童の名前は、紘瀬玲名(ヒロセレナ)。

 

 某月某日の夕方、真夏の黄昏に照らされる3Fの窓から飛び降りた彼女を運良く受け止めた私は告発を引き出した。

『よく打ち明けてくれた。』

『それ以上考えるな。君は君だ。』

 あくまで母親としてではなく通りすがった近所のおばちゃん(本人からはお姉ちゃん扱いされてた)として。

 

 翌日、前夜から各所に根回しを行って寝不足になっていた私を待っていたのは緊急の任務だった。

『あー……了解、アンナ、今すぐ向かうから。切るよ、うん。』

 機械の身体になってもなお寝不足になるものなのかと嘆きながら電話を切る。相手は妹。

『ふぁーあ……。ふぅ……。』

 加害者たちの家族は各方面に分散された。あとは私の知るところではない。

『家に帰るか……。』

 飛行場に向かって車を走らせる。地球防衛軍第251基地の横を通り、辿り着いたのは地球防衛軍空軍基地(正式名称は失念してしまった)。ここでの私の偽名はミル、階級は大尉。一部の人間以外はそれを信じている。

「お疲れ様です、ミル大尉。」

『お勤めご苦労さま、衛兵殿。』

 知り合いになった衛兵と小話をしてから格納庫へ。騙してすまないが私はミル大尉ではない。

 

『フィドラー……久しぶりね。会いたかった……。』

 ラダー(梯子のこと)を登って愛機の首を撫でる。長年の酷使(高高度の長時間音速飛行,紫外線,放射線被ばく,規格外改装等)に晒されて荒立っていた筈の肌は綺麗に整えられていた。

「少佐、お疲れ様です。」

 後ろから声をかけられる。振り返れば見覚えのある顔。

『……君か。』

 日本に来てから知り合った男が立っていた。流石にラダーから降りたほうが良いだろう。

『よっこい……しょ。お疲れ様。東側の戦闘機の世話は大変だっただろう?』

「いえ、少佐のメモのお陰でかなり楽にできました。」

 彼がこの機体を整備するのは2回目のはずだが……彼の覚えが早くて助かる。

『そうか。それは良かった。』

「少佐もNATOコードネームで呼ばれるんですね。」

『おかしいかい?』

「いえ、少し意外だなと。」

『バイオリン弾き、もしくは詐欺師……どちらでもお似合いじゃないか。』

「は、はぁ……。ヘルメットをどうぞ、少佐。」

 独特な感性をお持ちで、と笑う整備士。そうだ、私は独特なんだと笑い返す。

『ありがとう。よっこいしょ。』

 またラダーに登って装甲コックピットを開けて、困惑しながらもヘルメットを渡してくれた整備士が降りるのを待ってから、コックピットを閉める。ヘルメットを被って機体のコフィンシステムを起動。HMDに周囲の状態が映される。整備士君が指示を出し始めたようだ。

「シャッターを開けろー!」

「牽引車、準備完了!牽引開始!」

 牽引車に曵かれて格納庫の外に出て誘導路を経由し、滑走路に置かれる。

「エンジン始動!離れろ!」

 そこまでエンジンの吸引力は強くはないとは思うが……事故を防ぐ為にも離れてもらう。

『エンジン始動。』

 機外のマイクゲインを下げる。煩いから。

「離陸を許可します。ハンチバック、またの来訪をお待ちしております。」

 

 滑走路を走り、軽やかに飛び上がり、雲の中へ、雲の外へ。ジェット気流で加速して対地速度1300km/h近くで成層圏付近を巡航。途中、旅客機を目視確認して回避。安全な距離を確保して翼を振ったりバレルロールを打ったり……後で怒られるかも。おや、連絡が。

「お姉ちゃん!また何かやらかしたの!?航空会社から電話がかかってきたんだけど!」

『げっ……バレたか……。』

「えぇ……本人に繋ぎます。」

「えーと……爆撃機のパイロットさん、聞こえますか?私は(絶賛、横を飛行している旅客機の運航会社の会社名)の代表(人物名。はっきりと聞き取れなかった)です。」

『こ、この度はた、たたた大変申し訳あ……。』

「いえ、良いんです。」

『へ?』

「先ほど、客室のお客様からそちらにショーのお礼を伝えてほしい、と連絡がパイロット経由で届きました。」

『は、はぁ……。』

「無理にとは言いませんので可能な限りで続けていただけると幸いです。」

 捨てる神もあれば拾う神もあり。今のところ捨てられたことはないが。

 

 燃料の残量が心許なくなったので旅客機と別れて何処かで補給できないか探す。この付近だと……ウェーク島……はこの機体では降りるには心許ないし、あ。空中空母だ。

 

 運良く、通りすがりの空中空母で給油できたのでジェット気流に乗ってまた家へ……。

 

 

 懐かしい夢を見た。何重にも施されたプロテクトを一つ一つ解いた先にその記憶はあった。レナは私の娘で、機械の身体になったのはクーデターに連座した責任を取る為で、妹は、妹は……その後の任務中の受傷で昏睡、私と同じ手法で電脳化した。

「姉さん、大丈夫?うなされてたけど……。」

『大丈夫、大丈夫よ。アンナ。』

 寝ていた私を覗き込む妹。正確には妹の義体なのだけど……それを言い出したらきりが無い。私だってこの身体は義体なのだから。

『さて、皆を起こすかな。』

 今日も1日が始まる。プライマーの侵攻から数ヶ月という今日が。




 生みの親として、娘にしてやれることは何も無かったと語る女性将校。この太平洋を渡り、大西洋すらも超える計画的放浪の旅は彼女にとって贖罪の旅であり、巡礼の旅でもあるらしい。その旅が平穏な(字数の少ない書きやすい)旅である事を作者として心より願う。pi.

ライカ少佐
:197X年生まれの元ソ連軍女性将校。高校在学中に地球防衛軍に入隊したレナ同様、若くしてエースとなるもレナの生まれる200X年まで表舞台に上がることなく"生かされて"処刑された。享年32歳。ライカ少佐の生きた20世紀は史実とは異なり、東側諸国と西側諸国が対立構造を構成しながらも、某国で起きたクーデターの鎮圧の為に多国籍軍として両側が共闘する等といった協調路線に進んでいった世界線である。
 主な乗機はTu-128M2"フィドラーC"及びSu-15TM2"フラゴンG"。巨体(Tu-128は全長30m程度の戦闘機)を操り、目視外距離からの高速なセミアクティブレーダーホーミングミサイルによる狙撃を得意としていたという。爆撃機の操縦経験もあり、防空軍だけに所属していたわけではないようにすら見える。某国のクーデター事件勃発の数年前には航空機の設計者として召喚され、大型「三発」攻撃機"フェンリア"の試作機を完成させた……という真偽不明な噂も21世紀のネット上では立っていた。実際に"フェンリア"らしき飛行物体が多国籍軍の戦闘機と交戦する映像がネットに掲載されたものの、実機の部品1つ見つからなかったことや、映像の情報元が削除されていること等から今では"フェンリア"は計画こそあれど未完成に終わったとみなされている。

8月クーデター
:東側諸国のリーダーであったソビエト連邦において1990年に起きた軍事クーデター。防空軍は保守派に与した為に処罰(部隊の解散等)を受け、ある防空部隊の指揮官であり、エースとされたライカ少佐(容姿、性別など個人情報は階級以外、ソ連崩壊後も一切公開されず、"ライカ"も便宜上のコードネームから来ている)は粛清されたとされている。
 が、防空軍を吸収したロシア空軍にライカ少佐なる人物(某国軍部のクーデター鎮圧作戦の終了後?にインタビューに応じる映像が衛星により世界に配信された)が居ることが201X年時点で確認されていることから、粛清された英雄像は"泣いて馬謖を斬る"綺麗なロシア像を主張する為のプロパガンダだったのではないかとする見方もある。

※フィドラーB(Tu-128M)とフラゴンF(Su-15TM)はどちらも実在するが、Tu-128M2(フィドラーC)とSu-15TM2(フラゴンG)なる機体は存在しない。
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