13:00。フィドラーと呼ばれている爆撃機の後席に座ってHMD付きのあの赤いヘルメットを調整しながら待つこと7分。遂に進み始めた。どうやら誘導路に入るらしい。
「ハンチバック了解。レナ、機体に接続してくれ。」
『了解。』
右手を右のコネクタに。余った左手は左側のコネクタに。
『接続開始……成功。』
「システムをチェックしよう。」
『えーっと……。』
「兵装システム。」
武装のインジケーターが表示された。うっ……ロシア語……なんとなく読めるけど……表示言語、変えられたりしないかな……。
「どう、見える?」
『えーと……はい、見えます。えー……ち、中距離対空ミサイルが6発……そして、カウンターメジャーも。』
見た目は爆撃機なのに対地兵装が無い……?対空ミサイル6発……妙だ。インジケーターからして多分、ARH。左翼の一番ハードポイントは……給油ポッドかな。
「……機銃は?」
『機銃は……30mm?』
「正解。しっかり勉強しているようで何より。」
ふう……良かった。
「順番が回ってきたらしい。始めよう。」
咳払いをして急に格式張った言い方をする隊長。
「機長より、航法士に連絡。シートベルトをしっかり締めて待機せよ。繰り返す、シートベルトをしっかり締めて待機せよ。」
『航法士って私……のことか。シートベルト……よし。』
「今から私が機長だから。よろしくね、航法士さん。」
そう言って急発進する機体。滑走路にするすると滑っていく。
『機長、表示言語は変えられ……ますか?』
「表示言語ね……。」
表示言語がロシア語から日本語と英語のミックスに変わる。とても見やすい。
「どう、これで変わった?」
『はい、ありがとうございます。』
「どういたしまして。」
「当機は離陸滑走に入る。航法士、周囲を確認。」
『周囲……障害物、ヒト、共に無し。』
光学迷彩でコックピットから透視したので、無い……筈。
「了解。誘導路に進入。」
「航法士、高度12000の天候は?」
『えーっと……晴れです。風速……162ノット?』
「了解。離陸を開始する。」
エンジンの回転数が上がって甲高い音と振動がコックピットに響く。ゆっくりと進む。機体が頭をもたげる。急加速する。まるでドラッグレースのよう。
「V1!」
『V1!』
いよいよ飛ぶんだ。
「VR!」
『VR!』
タイヤが地面から離れて機体の振動が小さくなった。
「V2!」
『V2!』
眼下の地上が遠ざかっていく。このまま宇宙にでも行ってしまうのだろうか。
「ランディングギアを格納。」
『了解。』
ランディングギアが主翼の下のポッドに格納されていく。
「どうせドローンが待ち構えているだろうな。警戒を怠るなよ、航法士。」
『了解。』
本機を先頭に5機が楔形に並んで飛行している。
1時間も飛んでいないのになぜか、頭がぼんやりする。
「各機、しんろをあじーん、とりー、びゃーちにあわせよ。」
隊長が何かを言っている……私にはなぜかわかるけれどわからない。頭がぼんやり……する。
急に頭が冴えて、気がついたらコックピットではない、全く違うところに立っていた。私の横でバリケードに身を隠しながら門を守ろうとする、ビオンと同じ栗毛で紫色の目をした衛兵と、それを攻め壊そうとするロボット達。衛兵はビオンの家族だろうか。
「リロードするね。援護してもらって良い?」
どうやら私は同僚らしい。
『え?私?』
「ええ。貴女にしか頼めなくて。元先生なのに、ごめんね。」
『は、はぁ。』
急に背中が重くなった。手を背中に回すと隊長が弄くり回していた試作軽機関銃が手に当たる。
『は、は!はいだらー!』
ず、ば、ば、ば、ば……なぜかそう叫ばないと行けない気がした。
「は、はいだらー?」
声だけでもう困惑していることがわかる。でも、よそ見する余裕はない。
『うわぁー!』
「ありがとう、第一波は終わったみたい。貴女、お名前は?」
『レナ、です。貴女は?』
「私はね……レナちゃん、危ない!」
「レナ?おーい!」
『……はっ!』
いつの間にかコックピットに帰ってきていた。
「おかえり、航法士。今の高度、わかる?」
『はぁ、はぁ……はぁ……え、えーっと……13000です……機長。』
「御名答。君が居眠りしている間に偵察ドローンと遭遇してしまってね。まあ、何とかなったんだ……どうしたの?どこか痛い?」
『あっ、いえ、なんでも……。』
私は確かにあの現場に居た。エノスやマルフーシャ達から聞いた、"門を守る衛兵"と、"攻城兵器"、そして……"電熱技術"。
『機長、エノスから武器を借りました?』
「KaLm244だったか、PQmle15だったか……とりあえず返したけど?今はMG13を使ってるし。」
『そう……ですか……。』
あの低レートで扱いやすくて重い軽機関銃は確かに私の手にあった。
「……当ててあげようか?夢の中で衛兵に出会った、違う?」
『え。』
「もしまた出会ったら……助けてあげてね。」
『は、はい。』
「本隊は固定気流に進入する。各機、落ち着いて着いてきて。」
明らかに筒状に薄い雲ができているエリアに入っていく。……!雲の中は強烈な風が吹いていて速度が急に跳ね上がった!
17:21。機体が激しく揺れ続ける。後ろに続く列機は涼しい顔をしているように見える。表情は見えないけれど。
それから、ロールやヨー、細かいピッチ上げ下げを繰り返し続け、今は夢から帰ってきてから3時間が経ったくらいだろうか。固定気流から出て安定した空域に出てきた。
「2番機、燃料補給の時間。」
「了解。」
スネジンカ機が機体の背後、やや左に着く。
「レナ、君の出番だ。」
『ふぇっ?』
給油を受ける側はやったことあるけれど、する側はそんなはじ……!
『うわわ、手が勝手に!』
『あと100m。よーそろー……よーそろー確保。』
燃料が出ていく音が機内に響く。コフィンシステムでマルフーシャの顔は見えないけれど、何を思っているのだろうか?
『給油完了、接続解除準備。』
「準備完了しました。」
『接続解除。』
カコン、と軽い音を立ててスネジンカ機がゆっくりと離れていく。
『3番機、準備。』
「そ、そんな……私なんかが……。」
『君も戦力の一人だから。』
「……は、はい!」
無事に給油を済ませて4番機のアリビナに繋ぐ。
「は〜い、補給完了♪」
「機体が重くなるから急旋回は避けてね。」
「はいはい、ライカ中佐は心配性なんだから♪」
『5番機、どうぞ。』
「じゃあ……失礼して。」
全員の補給を終えて太平洋のヘソまで来た。相変わらず、空母は見えてこない。
「航法士、海図を表示してくれ。」
『了解。』
えーっと……海図は……っと。
「ありがとう。各機、方位を0-6-0に。0-6-0だよ。」
今度はしっかりと聞き取れた。
『機長、もしかして……あれですか?』
「そう、あれだよ。あれが要塞空母デスピナ。」
島のように大きな空母が海の上に鎮座している。速度は推定30ノット、針路0-9-0……といったところ?ん?巨大なヘリが駐機されている……テントも立ててある……うーむ……見覚えがあるような……。
「全長1500m、全幅300m……レナ、着艦は"初めて"じゃないだろう?」
『う。』
『スフィルナより大きい……逆に怖い。』
もう一人の私が口だけを動かす。スフィルナ……。
「各機、私に続き……ちょっと待て、何かがおかしい。レーダーをよく見ろ。」
『……?……レーダーに感あり!下方に10以上!』
「どうやら、ご褒美は後回しのようだ。全機、優速を活かせ。旋回能力では勝てないが、速度ならこちらが上。こちらハンチバック、了解。要塞空母様から殲滅命令が下りた。やってやろう。」
翻って急降下して、1機のドローンに狙いを付ける。
「レナ!よく狙え!」
『落ち着いて……落ち着いて……今!』
30mmをバースト。タタタ、で撃墜。
「撃墜!上昇する。」
中佐の操縦でレーザーを避けながら、私がドローンを落とす。空が綺麗になって夕暮れに太陽が沈んでいく中、最後の一機が落ちた。
「全機、着艦だ。一発で降りることを期待している。。」
艦上機の着艦はかなり荒くみえると聞く。確実に負荷の大きな着艦のときは……。
「進入コース適性……よーそろーよーそろー……着艦する。」
想像よりも小さな衝撃とともにアレスティングフックとアレスディングワイヤーで機体が止まる。後続機も全員降りられたらしい。
18:32、太平洋上。要塞空母デスピナ艦上。フィドラーから降りた私たちは甲板上の避難してきた民間人達に囲まれていた。幸い、抗議されているわけではない。むしろ感謝される側だった。
「レナ、私からもありがとう。」
『何がです?』
「いつものお礼が言いたかっただけだよ、ありがとう。」
『変な隊長。』
空母の乗員たちが白いペンキを持ってきた。いたずら描きするのだろう。ライカ中佐がそのうちの1人に声を掛ける。うん?この整備士さん、何処かで見たことがあるような……。
「ちょっと貸してくれるか?」
「え?あっはい。どうぞ……?」
「恩に着るよ。どうも尾翼の塗装が剥げてしまったようでね。塗り直さないと。」
既視感で頭が支配されかけている私をよそに、よっこいしょ、と愛機の水平尾翼に登る中佐。雷雲の中を飛んだ時の、氷の粒が当たって剥げた塗装と相まって絵になるなと思っていたら、垂直尾翼に向き合うなりとんでもない事を言い出した。
「私は昔、この赤い星が自分の誇りの一つだと思っていた。この星は朽ちないと思っていた。」
白い刷毛を赤い星に向けて掲げる中佐。
「この星が私を守ってくれると思っていた。」
白線が一本。
「あの頃の私は若かった。星が何かを守ることはもうない。」
二本。
「……家族すら私は守れなかった。若いが故に。」
三本……。
「これで良い、流れ星だ。整備兵君、ありがとう。名前は?」
「か、和夫であります!」
急に畏まりだした整備兵に笑いかけようとして、自分の口が裂けていたことを思い出し、申し訳なさそうにする中佐にハンカチを差し出す。同時に私も思い出した。もう会いたくても会えないと思っていた彼の事を。
『和夫君……?』
「……玲奈ちゃん!?」
「玲奈、今から19時の夕飯まで自由行動だ。羽目を外しすぎるなよ。行って来い。」
『え?』
「大人は楽しく作戦会議だ。じゃあな。」
手を挙げて避難民からの質問タイムに移る中佐に送り出されて、片想いしていた男の子と2人ボッチにされる。
「……。」
『……。』
甲板に座って2人で夕暮れを見ていた。水平線に沈む太陽を黙って見ていた。何も喋ることなく、ただ波と渡り鳥達の声しか聞こえない。
『そ、その……。』
「……うん。」
『今まで、どうしてた?』
「玲奈ちゃんが軍に行ってから?」
『うん。』
「どうしてたかな……覚えてないや。」
『どうして?』
「少し、寂しかったんだ。」
『……そっか。』
(サイレン)
「1Bより離陸が開始されます。付近の人員は退避してください。」
「玲奈ちゃん、逃げるよ!」
『えっ!』
艦橋へと走って引っ張られる。彼と手を繋いでいることを意識すると少し、顔が赤くなってしまうことを自覚してしまう。
夕焼けに染まる甲板を一機の爆撃機モドキが牽引されてくる。……いつ見てもライカ中佐が一人で牽引しているのを見るのは機体が異様に軽いという錯覚につながってしまう。誘導員も驚いているらしい。
「玲奈ちゃん、あれが今日打ち上げるロケットなんだって。」
『あれが?』
フィドラーの左翼下に給油装置と入れ替えにぶら下げられた細くも太くもないロケット。
「うん。詳しくは教えてくれなかったけど。」
サイレンが再度鳴り始めて、カタパルトに中佐が機体を固定するなり機体に乗り込んだ。
「僕も敬礼しておこうかな。」
『和夫君はしなくても良いんじゃない?』
「習慣化してるから、今更辞められなくて。」
艦橋近くで避難民の人達と座って作業を見ている。和夫君は立っていた。作業員がチェックを済まして、あの有名なポーズを取った。中佐がエンジンを吹かす。そして、轟音と共に発艦。
「おぉ……。」
『わぁ……。』
19:12。夕飯に遅れて中佐は帰ってきた。
「やあみんな、お疲れ様。明日は0700に駐機場所に集合するように。じゃあ。」
……そしてそう言って廊下に消えていった。
1番機:ライカ中佐とレナ少佐(?)
2番機:スネジンカ
3番機:ビオン
4番機:アリビナ
5番機:ベルカ
ライカ中佐の言動が変な理由
:いい質問ですね!それは(作成者により削除されました)なんです。彼女が(作成者により削除されました)
方位1-3-5?0-6-0?
方位1-3-5は北を0°として方位を360°に分割した時の135°を意味しており、南東を指す。つまり0-6-0や0-9-0は……。
レナ
:200X年生まれの18歳。階級は(年齢的に不自然かもしれないが)少佐。ライカ中佐の実娘であり、ライカ中佐の夫であった東洋人との間の子である。シルバーストーン病ではないので宇宙服は不要。だが、ナイトレーベンに乗ってからか、別人格の"レナ"に身体のコントロールを奪われることがある。実母の両頬が裂ける原因を作ったのは別人格のレナだが、実母本人はどちらも責める気はないらしい。(どの時代であっても生体パーツを取り替えないあたり実母としては気に入っている模様)
高校時代、好きな男子生徒がいたらしいが……彼は海軍に居るらしい。(ライカ中佐談)
アブレック
:(情報不足)。ビオンの実姉であること、元教師であることが分かっている。
カズオ(和夫)
:レナの高校時代の同期。地球防衛軍の空軍に移籍したライカ少佐(当時)に憧れてパイロットを目指したものの適性がなく、諦めきれずに海軍で艦上機の整備兵になった。
玲奈に片想いしている。好意には気が付かなかったらしい。