アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜   作:十二の子

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 前作のカグヤ・フロックスもだけど「地方一周済み、主要キャラと知り合い、実質殿堂入り」キャラがガイド的立ち位置にいるのだいぶ楽だな…アリア・カナサシ、主人公としても語り手としても動く…


♪11 ジムリーダーにとってのレッスン0「タダより安いものはないし、力より弱いものはない」

ー*ー

 

 河が谷間の中央を流れ、河の左右には街が広がり、谷間を挟む山の山すそには農場の緑が広がる。河にはいくつもの巨大な橋がかけられ、西岸と東岸をひとつの「キナリタウン」として繋いでいた。

 

 そんな谷間の街、河に突き出た小山を切り拓き河から水堀を引いて板塀で囲んだ小城に、中世チックな外見とは似つかわしくない鉄筋コンクリート製の建物、さらには小さなドームスタジアムまでもが新築されている。これこそが、キナリタウンに4年前造られた「キナリジム」だった。

 

 もはや豪族が治める城ではないから衛兵に邪魔されることもなく、言祝アリアとアリア・カナサシの2人は水堀にかかる橋を駆け抜け開けっ放しの大手門を突破、電飾された看板の下の自動ドアを通って、ジムのカウンターへと駆け込んだ。

 

 「電話でお伺いした歌姫様ですね!お待ちしておりました!」

 

 受付係が、息を切らせた言祝アリアとアリア・カナサシに飲み物を差し出しながら、ジムの医務室へと先導した。

 

ー*ー

 

 キナリジムジムリーダー、コヒガン。整った顔立ちは確かにイケメンだが、どこか幸薄そうな影ある貌をした好青年である。

 

 知っているポケモンキャラで言えば「年と不幸が追加されたチェレン」みたいですーなどと思っている余裕は転生者言祝アリアにはなく。

 

 「/Outputこのチルットを、助けてください。

 

 そして…できれば、犯人を見つけたいんですEnd」

 

 差し出されたボールを、コヒガンは慎重に開いた。

 

 チルットの身体から流れ出した血がシーツに染みる。

 

 薬草、スプレー、錠剤、塗り薬、ガーゼ...机の上に置かれたいくつもの薬剤を医者が次々使っていくのを見ながら、アリア・カナサシはじっと壁にもたれかかって目を閉じ、言祝アリアは祈るように両手を合わせ目を閉じる。

 

 やがて、チルットの目が、ゆっくりと開かれた。

 

 パチクリ...不安そうに開閉された怯えた目が、言祝アリアの姿を捉える...ゆっくりと閉じられ、すーすーと寝息が聞こえてきた。

 

 「起きれば、すっかり元気になっているでしょう。」

 

 さすがなんでもなおしやまんたんのくすりが存在するポケモン世界、ほとんど危篤に見えた血まみれのポケモンでも治ってしまうものである。

 

 「コトホギさん、あなたもいっしょにいてあげてください。

 

 人にいじめられたポケモンを、人が手当てするのは、難しいんです。…抵抗力が弱って感染したり、体の傷は治っても心の傷が残ったりしてしまうことも多いですし。せめて、安心できる人がいてあげてください。」

 

ー*ー

 

 言祝アリアを医務室に残し、アリア・カナサシとコヒガンは屋外バトルコートの日陰の椅子に隣り合って腰かけていた。

 

 「講和セレモニー以来ですね、歌姫様。あの戦いのときはありがとうございました。

 

 それはそうと、コトホギさん、でしたか?彼女、どうしてもうチルットに懐かれているんですか?確かにチルットは懐きやすいポケモンですし、彼女は恐怖とは無縁の美貌ですが…」

 

 「さあね。絶世のアイドルだから、他者を魅了したり慈愛の感情を伝えたり…要するにファンを作るのに長けてるってところじゃないの。

 

 …それより。」

 

 アリア・カナサシは声色を一段重々しくする。

 

 「チルットを傷つけた犯人、心当たりあるのよね?

 

 だから貴方、私を密談に誘った。」

 

 「…洞察力もお変わりないようで...

 

 …そうです。そうではありませんとも言えますが…」

 

 はっきりとしない、煮え切らない返事に、アリア・カナサシが首をかしげる。

 

 コヒガンは、電子書籍端末を取り出してアリア・カナサシに差し出した。

 

 「犯人はおそらく、このレッスンテキストに影響を受けたトレーナーでしょう。」

 

ー*ー

 

 「誰でも目指せる最強への道 ポケモントレーナーレッスン10

 

 シンシュー中央新聞出版社刊」

 

 ページ5 

 

 レッスン1 「野良勝負で特訓せよ」

 

 最強のトレーナーを目指したい諸君!

 

 他のトレーナーとバトルする、などという無駄なことは極力してはならない。対人戦の息遣いを感じたいとき以外はしてはならない(レッスン7「トレーナーバトルを勝ち抜け」を読むべし!)!

 

 トレーナーバトルに負けて賞金を奪われるのは馬鹿らしいことである。

 

 せいぜい数十人でトレーナーバトルを繰り返し、お互いのバトルパターンを覚えてしまってせっかくの対人戦の鍛錬をマンネリにするのは馬鹿の極みである。

 

 諸君は所持金0で野生ポケモン相手に野良勝負を繰り返すべし!

 

 対戦してくれるトレーナーを探し、対戦相手の体力を気遣う…そんなのは馬鹿馬鹿大馬鹿!野生ポケモン相手に遠慮なく百体切り、千体切りをすることで圧倒的なバトル回数を積め!

 

 野良勝負はあらゆる状況に対応できる能力を育て、簡単に多くの相手と実戦を積めて、例え負けても賞金を取られず、そして何より容赦のない心を育てられる!

 

 何より、お遊びのトレーナーバトルではなく、命がけの戦いで歯向かってくる者こそ諸君らを育てるのだ!あの戦場の英雄たちのように!

 

ー*ー

 

 「なに、これ…」

 

 いや、理屈はわかる。仲間内でのバトルの練習はマンネリ化しやすいしついついお互いに配慮しないといけない。なにも文句を言わないし人間の事情を押し付けられる野生ポケモンを次々と倒し、圧倒的な回数のバトルで経験値を上げる...正しい一面はある。

 

 「けど、人間は易きに流れる生き物よ。」

 

 ぬしポケモンを代表とする強いポケモンに挑むならいい。けれど「手当たり次第に様々な野生ポケモンに挑め」というレッスンテキストが実際に起こすのは、弱い野生ポケモンいじめの横行だ。多くの人は強者より弱者に挑みたがるし、弱者をいびることでさらに強くなれると言うのならなおさらだろう。

 

 「こんなめちゃくちゃなレッスンテキストが出回ってるなんて...

 

 待って。貴方、これを把握して、入手すらしてるのよね?」

 

 だったら拡散も頒布も止められるんじゃないの?アリア・カナサシは、半ば問い詰めるような勢いで尋ねた。

 

 「…カナサシでは、それも可能かもしれませんね。キナリタウンでは、トンデモ本一冊だって、初歩倫理の最初の一歩だって、どうにもならないのです。

 

 皆さん、私が強いから形の上だけ従ってる…それだけです。

 

 キナリジムジムリーダーなんて威張っても、強いだけで歴史も権威もない。置物ですよ。」

 

ー*ー

 

 相変わらず分裂状態にあるシンシュー地方に於いて、ポケモントレーナーとしての、あるいは俗世権威としての格のトップは「チャンピオン」ではない。かつてのシンシュー10豪の地位を継いだ10人のジムリーダー、彼らが最強であり、その下にジムトレーナーー多くが、4年までの戦乱で故郷のために戦い抜いた者たちーがいて、彼らとは別に世俗とは別格の権威としてカナサシおみやの歌姫が存在する。

 

 要するに、シンシューでもっとも強いトレーナーたちというのはいずれも異なるナラティブの上にある戦場の英雄で、命がけの戦乱で己とポケモン達を鍛えている…ということだ。そして、シンシュー地方各地に出兵して戦乱を鎮定し、シンシュー統一の旗手役になりかけさえした勢力であるカナサシおみやが他の9街より強かったのは、歌姫アリア・カナサシのおかげで勝率が高くハイペースで経験値が上がったことが背景にある…

 

 躊躇なく勝てる相手に配慮なく連勝し続けることが最大の鍛錬、というレッスンテキストの内容には、それなりの裏付けがあった。

 

 「もちろんシンシュー中央新聞社とシンシュー中央新聞出版社には問い合わせをしました。なしのつぶてです。」

 

 「ああシン中ってジンザモコミューンに本社あるものね…民意か、金で買った民意じゃないと動かないわよ…」

 

 「このレッスンテキスト、キナリタウンのあちこちで口コミでDLされていて、その結果周辺各地で傷ついたポケモンが見つかったり荒らされた形跡が確認されています。

 

 ジムのほうでは問題視していて、弱い者いじめでレベルアップしようとするのはやめるよう啓蒙に努めていますが…

 

 …私が、どうやってキナリジムジムリーダーになったか、ご存じですよね?」

 

 「ええ。

 

 キナリタウンはもともと、長年にわたって豪族たちの合議制で治められていた。世襲の8家が、代々当主同士でバトルして、もっとも強い者がキナリタウンを守る代表として立つ...

 

 ところが当代の伝統8豪族家には、混迷の時代にキナリタウンの代表として立ち上がれる自信がなかった。そしてたまたま、なんかやたらと強いと評判の若者がいた...」

 

 「私は、強さだけを理由に擁立されたわけです。ですから、少なからぬトレーナーが『ぽっと出の、なんだかよくわからないけど10豪に代わる偉い役職らしいジムリーダーってやつは、コヒガンに下克上すればなれるらしいぞ』程度に思っていますしそのチャンスを狙っています。

 

 このレベルの権威でしかないので、『ポケモンに配慮した倫理的なバトル』などというものは...」

 

 強さだけでトップになった男、コヒガン。その足元は極めて脆弱で、「より強くなればひっくり返せる」程度にしか思われていなかった。ゆえに、強くなるためならなんでもしろタイプのレッスンテキストが蔓延っているし、コヒガンにはそれを止められない。

 

 「…手段が、ないわけではないわ。」

 

 「と、言うと?片っ端から倒せなんて言いませんよね?」

 

 それはもうやったが、「鍛錬不足だからもっと鍛えなきゃ」と野生ポケモンいじめが加速しているーコヒガンはそう示唆する。

 

 「いえ。

 

 ジムチャレンジ突破者を、出すのよ。私たちの手で。

 

 戦場帰りでもなく、弱いポケモンいじめをするでもなく、旅のトレーナーがその強さと高潔な志を認められてバッジを受けとり、かつジムリーダー交代の下克上は起きない…そういうシチュエーションでこそ、やっと、キナリタウンの民はポケモンジムというものを理解するし、正しくポケモンを鍛え育てるということも理解するわ。」

 

 モデルケースが必要なのだと。ジムチャレンジを突破できないためにやみくもに下克上しようと邪道に手を伸ばすトレーナーたちに、ジムチャレンジを正道で突破して過ぎ去っていくトレーナーの姿を見せるべきだと、アリア・カナサシは言った。

 

 「だからそうね、アリア・コトホギを、鍛えてあげて。」

 

 「…わかりました。」

 

ー*ー

 

 「/Outputチルット、もしよかったら、私と一緒に来ませんか?End」

 

 あっ...果てしなく不安そう...

 

 「/Output無理にとは言いません。けど…

 

 …私は、この世界のことが、怖いんですよ、わからないんですよEnd」

 

 心を明かすにしても、演じるにしても、私の声は本当によく心を伝えてくれます。…だから、怖いんですけれど…仕方ないかもしれません。

 

 「…

 

 こんなはずじゃなかったって、思ってます。

 

 もっと強くならないととも、思ってます。

 

 私は...」

 

 前世からずっと、そうだった。

 

 「正しい道が、美しく照らされていて欲しい。

 

 間違った道が、報いを受けないのは認められない。

 

 ...あなたの、ことなんです。

 

 私の、手を取ってくれませんか?

 

 強くなって、もう踏みにじられないように、そして、もう間違った人なんか怖くないように。」

 

 おずおずとでも、それでいい。だって、私も、このポケモン世界にいる私の運命と、この世界の運命を、おそるおそるとしか扱えないから。

 

ー*ー

 

 「…そう、チルットを仲間にしたのね。

 

 …自分の声を怖がるだけのことはあるわ。実はメロメロ使えてたりしない?」

 

 人間にトラウマを覚えたはずのチルットを仲間にしてしまったという言祝アリアの報告に驚きあきれつつ、アリア・カナサシはレッスンテキストにまつわる事情を打ち明けた。

 

 「/Output私はポケモンじゃなくて人間ですし、チルットは同性です…

 

 …それにしても、そんな裏があったんですね…End」

 

 「ポケモンを痛めつける悪ガキ、じゃなくて、弱いポケモンを痛めつけて強くなるように勧めるバカが真の敵ってわけ。

 

 それで...わかるわよね?」

 

 アイドルやってたなら、デマをどうすべきか見当はつくでしょう?と、

 

 「/Output風評は消えないですし、消すと増えるのは知っています。

 

 そのレッスンテキストを消すんじゃなくて、テキストに頼らないでコヒガンさんに勝ったっていう反対の事実で打ち消さないといけない、そうですよね?End」

 

 「わかってくれたならありがたいわ。それで、どうする?イーブイGXなら充分に勝ち目は...」

 

 「/Outputいいえ。

 

 特訓まで付き合ってくださるのなら、一番強くならないといけない、強くなってトラウマを振り払わなきゃいけない子がいます。

 

 ですよね、チルット?End」

 

ー*ー

 

 【キナリジムジムリーダーの コヒガンが 勝負を 挑んできた!】

 

 「空を制せよ、ピジョット。」

 

 「/Output胸を借りるつもりでいきましょう、チルットEnd」

 

 チルットは、出てきたその時からすでに怯えがあった。強いポケモンに痛めつけられた後なのだから仕方もないが。

 

 「/Outputチルット、コットンガードですEnd」

 

 チルットの綿毛が、膨らみ、ツヤを増す。

 

 「ピジョット、オウムがえし。」

 

 ピジョットが、空を悠々と旋回しながらその翼から綿毛を降らせた。

 

 「そしてぼうふう。」

 

 「/Outputおいかぜ!End」

 

 翼の一打ちでうまれた暴風を、チルットは吹き流されそうになりながらもなんとか受け流して見せた。

 

 「これは...

 

 …思っていたより、そのチルットは優秀です。

 

 後数日あれば、チルタリスになれるかもしれません。」

 

 「/Output特訓のしがいがある話ですね。りゅうのいぶきEnd」

 

 「避けるのですピジョット。エアスラッシュ!」

 

 ピジョットの翼端から風の刃が飛ぶ。チルットの飛行速度ではとても避けられない…

 

 「/Output下に向かってりゅうのいぶき!End」

 

 真下へと噴き出したりゅうのいぶき、その反動でチルットは高くかっ飛び、エアスラッシュを避けて見せた。

 

 「ピジョット、ぼうふ」

 

 「バトルやめ!」

 

 アリア・カナサシの叫びに、コヒガンの声は止まり、言祝アリアはタッチペンを止めた。

 

 「コヒガン、衰えたわね。」

 

 「…っ...」

 

 「/Outputえ...End」

 

ー*ー

 

 「わかるわよ。貴方は雑に強いからちょっと弱ってもバレなかったんでしょうけど。」

 

 ひこうタイプを使ってなお、端末入力で指示を出している言祝アリアがギリギリ追いつけている…異常なのだ。それがありえるとすれば可能性は一つ。

 

 「迷いがありすぎるわ。」

 

 戦友だからこそ、アリア・カナサシはコヒガンの異常に気付けていたーもっとも多くの戦友たちが「戦乱の時ほど殺気がないだけだろう」と気づかずにいたのだが。

 

 「…私にも、わからないんですよ。私は物心ついたころからポケモンバトルが強かったので…

 

 …だから余計に、『とにかく強くなればいい』って邪道の教えに反対するのに、説得力が持てないんです。どうしたらいいかわからないんです。」

 

 「…みんなみんな、ゆくべき路を知らない渡りカイデンみたい。

 

 これなら私がやったほうが早いわ。」




 長野に虫採りに行くので更新遅れます というか当初の予定ではこんなハイペースに更新する予定はなかった...
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