アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜   作:十二の子

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【エクリプスタウン(旧カナサシタウン)】

 科学と神秘が並び立つ湖岸の街。




♪3 シンシューの国

ー*-

 

 「行き場を失くしたから、死に場を探している」ー

 

 -歌姫は、確かにそう言いました。

 

 ついていくにしても、しなくても、きっと私はその真意を聞くべきです。…私についていかない選択肢はなさそうですが。

 

 ”場所を変えて、ゆっくり話しませんか?

 

 今度は、私が貴女のことを聞きたいです。”

 

 「…長い、昔話になるわよ。なにしろ、貴女へのこの地方のチュートリアルを兼ねているのだから。」

 

ー*- 

 

 「話は、少し時代を遡ることになるわ。

 

 …と言っても北のユキコシみたく、『2000年前の大災厄が…』なんて、言わない。そんなに歴史はないしね。大事なのはここ十年よ。」

 

 そう言って、歌姫はいかにも高級そうなパフェを一口掬った。

 

 ほっぺが落ちそうな絶品、ふんだんに盛られた色とりどりのスイーツ、そしてなにより、外に声が漏れない個室…明らかに高級店だが歌姫も言祝アリアも特になんとも思ってはいない…それなりの立場の人間だから慣れている。

 

 「シンシュー=コーシュー地方は内陸の山奥でね。ヒスイ地方なみに歴史はあるけど、発展は遅かった。

 

 そして、近代になっても、まとまることに失敗した。…盆地になっているコーシュー地方はひと足早くまとまったけど、シンシュー地方は群雄割拠して、一時期はコーシューのとのさま、ヨシノシティのとのさま、ワカナエシティのとのさま、さらにトキワシティのとのさまの奪い合いになったそうよ。」

 

 コーシューが山梨、ヨシノシティが名古屋、ワカナエシティが新潟、トキワシティが神奈川…要するにこれは、言祝アリアの世界での戦国時代にあたる時代だろう。武田信玄と上杉謙信が長野を取り合い、織田信長が乱入して武田勝頼を滅ぼし甲信地方を併呑するも本能寺で死に、徳川家康と上杉景勝と北条氏政が天正壬午の乱で長野を奪い合うも全員豊臣秀吉によって退けられた…そんな時代だ。

 

 言祝アリアの世界では、コーシューすなわち甲斐はその後幕府天領を経て山梨県となる。一方でシンシューすなわち信濃は幾多の藩・幕府領が乱立し、明治政府が一度長野県・筑摩県を設置するもそれを解体して長野県とした…ものの、長野・松本の旧2県庁南北対立などいまいちまとまりがなく「連邦」と口さがなく言われる歴史を辿っている。

 

 そんなことを思い浮かべながら、言祝アリアはスプーンから手を放して鉛筆と紙を手に取った。

 

 ”やっぱり、ヨシノシティのとのさまが勝ったんですか?それでコーシューのとのさまが滅んでシンシューとコーシューが一つに?”

 

 すっと差し出された紙片に、歌姫が応える。

 

 「いいえ。

 

 ヨシノシティのとのさまは呪いで滅んだわ。そのせいで結局、誰もこの地方をまとめられなかった。シンシューは戦乱の末に10に分かれて、ずっとそのまま。」

 

 それこそが、このポケモン世界の日本史の分岐点だった。言祝アリアにとっての福井の大名朝倉義景…ユキコシ地方ウスベニシティのとのさまが、滅びの瞬間に発した大呪…それがヨシノシティ近辺をとのさまごと丸焼きにし、この世界の天下統一はなされなかったのだ。

 

 そして、織田軍にあたるヨシノ武士団が引っ掻き回しボロボロのコーシュー・ワカナエ・トキワはシンシュー統一に乗り出さず、この地方は独立…いや、半ば見放されて。そのまま、近現代の地方分権時代に至り、シンシュー地方は同じ山奥であるコーシュー地方と二重連立のスタイルで一つの地方をなすことになったのである。

 

 「はぐれものどうしの連立ではあるけどね。…表面上はシンシューとコーシューは連立してて、他の地方とはそういう付き合いをしてる。でも水面下ではバチバチで…

 

 海のないコーシューはずっと海を欲しがってきた。けどジョウト地方、カントー地方にこの時代侵略なんてできるわけない。それにシロガネ山を越えられない。」

 

 伝説のトレーナーたるレッドもいるし。

 

 「うっぷん晴らしにシンシュー地方に攻め込んで、あわよくば北のユキコシ地方ワカナエ港まで欲しい…時代錯誤なのよ、奴らは。だからこっそりスパイ工作をして、私たちも…少々手荒だったわね。」

 

 

 ”でも、いくらなんでも、そんな、だって他の地方では十歳のトレーナーが一人でジム巡りをしてるんですよ?なのに、この地方だけ、戦争の火種がどうとか…”

 

 「そうね。…7年前までは、そうだった。」

 

 ”7年前…?何が、あったんですか?”

 

 「それを説明する前に、数十年前にこの街で起きたある変革について、説明しておく必要がありそうね。」

 

ー*ー

 

 後で実践するけどーそう言って、歌姫は1枚の丸い円盤を取り出した。

 

 CDディスクのような、中央に穴の空いた円盤。表面は虹色に輝いている。

 

 「これはEXエディッションプレート。

 

 貴女が拾ったGXマーカーの、1世代前の代物よ。ポケモンに直接触れさせるか、この穴にモンスターボールの底面を置いて使うの。」

 

 ”あのマーカーと同じ、パワーアップアイテムですか?”

 

 「そう。カロスのメガシンカやガラルのダイマックス、パルデアのテラスタルやユキコシのBREAK進化と同じね。

 

 …もっとも上昇値はその比じゃない。能力値…この地方ではそれを統計的種族固有値、略して『種族値』と呼んでいるものが、合計して2倍になる。」

 

 ぽかんと、言祝アリアは口を開けたーとんだチートではないか、そんなのは。

 

 「数十年前に、このカナサシタウンに現れた科学者集団…いえ、マッドサイエンティスト集団がいたの。

 

 彼らは『ポケモンの可能性を引き出す』ために、後年様々な悪の組織が用いた遺伝情報やら潜在能力やらとはまったく別のアプローチをした。…文字通り、可能性を引き出した。」

 

 ”可能性?”

 

 「例えばさ。」

 

 歌姫は、右手と左手をテーブルに置く。

 

 「私はサーナイトを持っている。私のサーナイトは、もし私がラルトスをゲットしなくて他の人にゲットされてたら、エルレイドに進化していたかもしれない。あるいは、私はこの前迷った末にみらいよちをわざマシンで覚えさせたけど、もしかしたら迷ってやっぱやめてたかもしれない。

 

 例えば、例えば、例えば…でもさ、それって、もったいなくない?」

 

 両手から指を1本ずつ突き出し、どっちかな〜どっちかな〜と揺らしながら。

 

 (…可能性って、歌姫さんの言う可能性って、潜在能力とか未来の可能性じゃなくて、もしかして並行世界(パラレルワールド)の可能性なのですか…!?)

 

 「いろんな自分の可能性、それを今ここの自分に重複(オーバーラップ)させる、それが、EXエディッションのシステム。」

 

 そしてそれによってなされるシンシュー=コーシューならではのパワーアップ形態こそが、ポケモンEX、というわけである。

 

 「マッドサイエンティストたちはこのポケモンEXシステムで数多の可能性を引き出し、カナサシタウンと呼ばれたのどかな湖畔を十数年で高層ビル街にした。それが今は、ポケモン図鑑の自力生産すらできないシンシューにありながらも外の地方の数十年先をいく未来都市エクリプスタウンになってる。

 

 …もっとも科学は得意でも神の領域は苦手で、貴女が持ってきたこれは解析できないみたいなんだけどね。」

 

 歌姫は、テーブルに石板を滑らせた。4日経った今、メタリックの光沢を再び取り戻している。

 

 ”これは、なんなんですか?”

 

 「コーシュー地方が最近実用化した、謎のデバイス。可能性をオーバーラップさせてポケモンEXにパワーアップさせるEXエディッションプレートの機能に、Zワザじみた一撃を放つ機能が付加された代物。

 

 巷ではGradeup_EX略してGXなんて呼ばれてる。…そして、これがシンシューにないせいで今のシンシューはピリピリしてるってわけ。」

 

 ”だから、私は捕まったんですね。”

 

 「それは公安統監部が無茶苦茶なだけ。ってのも、この地方は4年前まで内戦してたから。」

 

ー*-

 

 ポケモンリーグ、それは、大きな権威と栄誉に支えられた、ポケモントレーナーの殿堂である。8つのジムを巡ったトレーナーが四天王やチャンピオンに挑戦し、最強のトレーナーを目指す。

 

 始まりはカントーであり、近代的な興行としてはガラルのローズ元理事長が制度化した。数多くの優れたトレーナーを輩出している…

 

 「けど、ここシンシューは、ポケモンリーグ導入に最も失敗した地方になってしまった。」

 

 10年以上前にはすでにほとんどの地方でリーグが設置され、時代に出遅れたアローラ地方ではククイ博士がトーナメント方式で初回大会を決行、同じく旧態依然として出遅れていたユキコシ地方は7おみや連合が他地方と交渉しジム資格を認定された(リーグ大会そのものは依然として準備中だが)。だから、シンシュー地方もそうしようとしたのだ。

 

 「戦乱の世にシンシューを10分した豪族たちは、7年前もまだ世襲で既得権益を握って10地域をそれぞれ治めていた。

 

 そこに来て、10地域にジムを一つずつ決めて、最も強いトレーナーをジムリーダーとして置こう、でしょ?

 

 揉めたわけ。」

 

 ただでさえこの地方は「ポケモンは 怖い 生き物です!」をまだやっている地方である…したがって、強い者を権威として称える。なのに世界的に認められる序列たるポケモンジムを新設したら?既存の権威であるシンシュー10豪の立場は?

 

 「侃々諤々のさなか、7年前、北のユキコシ地方が半年以上の騒擾に陥った。」

 

 ラスト団にホープ団、果ては古代ユキコシ文明の脅威がユキコシ地方を荒らしまわり、ギラティナやサ・ファイ・ザーが降臨してユキコシを滅亡一歩手前に追い込んだ。しまいには虚龍などというものが出現してカントー・ジョウト・ユキコシのハイクラストレーナー全員を一時的に機能不全に陥れた。

 

 「周辺地方の、抑止力たりえるトレーナーが全滅したわけ。

 

 そうして、誰も止めるものがいなくなったシンシュー地方は、内戦状態になった。」

 

 ある街ではクーデターが起きて、クーデター側が祭り上げたジムリーダーが豪族を倒し成り代わった。

 

 またある街では豪族がコーシュー地方に寝返ったかと思えばユキコシ地方のフロックス家に支援を仰ぎ、しまいにはカントーリーグの後援でジムリーダーを名乗った。

 

 酷い街ではユキコシ地方のホープ団やコーシュー地方の軍勢が進駐・侵攻しジムリーダーを始めるありさま。

 

 「私たちカナサシおみやは、シンシュー地方に眠る偉大なる龍神様を祀り、古来から崇敬を集めてきた…だから、龍神様の力を使って、シンシューの戦乱を終わらせようとしたの。

 

 私の、歌姫の歌を使ってね。」

 

 歌、音楽、舞踊は元来、神へ捧げる神事だったとされている…宗教的権威を持ち神の力を宿せし偶像(アイドル)によって、下界の民をまとめよう、そんなことを、龍神を祀るカナサシおみやは考えた。

 

 「龍神の力を歌声に乗せろ、と。最初はただ、そう言われたわ。

 

 いっぱい戦ったし、いっぱい、いっぱい…

 

 …いっぱい、殺したわね。」

 

 歌姫の美しくも冷たい黒目からは、一切の感情をうかがうことができなかった。

 

 「私の歌は、人にもポケモンにも、ちょっと効き過ぎる。」

 

 本来は神事のためのもの、神の領域の歌だからね、と、ことさらに透明な声で。

 

 「さっさと終わらせればいいって私もおみやも思ってた。けど、それは私の間違いで、誰も私たちに従いはしなくて、10豪の分裂と内戦は泥沼化した。それが3年…3年も、続いた。

 

 だから、私は終戦の日に誓ったの。

 

 もう二度と、誰のためにも歌わないって。

 

 もう私は、必要とされたくないって。」

 

 神の領域にある歌声を、人の世に捧げることは二度とない、と、無機質な声で。

 

 ”だから、死に場所を探しているの?”

 

 「それは言葉の綾。そんな殊勝に世をはかなむ年でもないわ。貴女は、元歌姫の若隠居に付き合うつもりでいてくれればいいのよ。」




【ポケモンEX】

 EXエディッションプレートによって強化されたポケモンの形態。ポケモンの「可能性」を汲み出し、同時並立存在させることによって成立する。他地方でも可能であり、1回のバトルで複数体出すことも可能だが、エクリプスタウン製のプレートが必ず必要。

 ・合計種族値が2倍となる。

 ・ポケモンによっては、ワザ・特性が変化する。

 あんまり強いので競技としてのポケモンバトルでは「ポケモンEXが倒された場合、通常のポケモン2体が倒されたものと換算する」というルールがある。ただし残り1体の時にもポケモンEXを出せ、その場合2体換算ルールは踏み倒される。





「転生ポケモン令嬢」を読む必要はない(読んで欲しい)ですが、転生ポケモン令嬢の舞台であるオリジナル地方「ユキコシ地方」やその用語が今後もたびたび登場します(カントー・ジョウト・ユキコシにシンシュー=コーシューが囲まれているため)。ご了解ください。

 ところで「逃げ若」が話題になっている時期に、諏訪から始まる物語を書き始めたのは偶然です。
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