アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜   作:十二の子

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♪28 特別講義の講師、接し方わからないがち

ー*ー

 

 「…アリア・カナサシよ。皆さんにはカナサシおみやの歌姫と言えばわかるわよね?」

 

 学生たちはザワザワと落ち着かない。そればかりか、本来レンゲ教授の授業を受けていないはずの生徒ー音楽科ではない生徒を含むーが、教室の後ろにずらりと立ち、教室の外でも聞き耳を立てている。

 

 「…皆さんの中には、私の歌とはどんなものか聞きたい人もいると思うわ。歌そのものが帯びる効果にも歌が与える効果にもさまざまあれど、伝説のポケモンの力を持った人間の歌というのは私にしかないものね。

 

 だからひとつ言っておきます…私は歌うつもりはないわ。」

 

 どよめき。…ただ、退出する学生はほとんどいない。

 

 「人間の力、ポケモンの力、人間の歌、ポケモンの歌。私が教えられるのは、それらを扱う私なりの方法論よ。」

 

 それでも充分だ。若い学生たちにとって、歌姫アリア・カナサシはほぼ同年代ながらも戦場を駆けシンシューに歌で覇を唱えた立志伝中の英雄。当然そのテクニックは聴き逃せない。

 

 「…いいようね。

 

 さて、私も事の流れに納得が追いついていないけれど、なぜかジムリーダーのレンゲ教授に彼の授業と課題の質問対応を任されたの。『シンシューにふさわしい歌』なんて課題のね。

 

 私にそんなことさせたら物珍しさで人が集まるってわかってるのに。…というわけで、特別授業にして、皆さんにまとめて質疑応答していくことにしたわ。

 

 では始めるわよ。まず1つ目…『歌姫様は、音楽の力を一番持っていて一番使える人だと思います。歌姫様には、音楽の力を使う上での心得はありますか?』

 

 ええ。音響の力は攻撃にもなり、音楽の力は感情に訴えかける…ということを、音が目に見えないだけに私たちは軽く見がちだわ。

 

 自分たちが奏でる音が人を震わせるのなら、それは大衆をインフルエンスして、それが主張を含むのならば人々の共鳴は止められないかもしれない…そういうことを、忘れてはならないわね。

 

 2つ目、『私は恋をしたことがないです。恋愛というテーマをどう扱えばいいかわからないでいます。どう恋愛に向き合えばいいですか?』

 

 私も恋をしたことはないわ。だけど、だから恋愛というテーマに向き合えないわけではない。祝詞書いた神官なんて誰も伝説のポケモンに会ってないわよ。

 

 体験は芸術家の心をインスピレートして、感じたものを他人にも伝えたいと思わせ、芸術を作り出させる…けれどそれは、体験しなくても芸術を生み出せないという意味じゃない。

 

 想像力の欠如を、未体験という言い訳で誤魔化してはダメよ。」

 

ー*ー

 

 「/Output生徒たちに、心を動かす音楽を伝える…それが、歌姫さんの刺激になるかも、そう思ったんですよね?

 

 もう一度、歌姫さん自身に、心を動かす音楽を歌ってほしい…そう思っているんですよね?End」

 

 「私と彼女の志は、かつて、同じ方向を向いていました。

 

 シンシューから侵略者を追い出し、シンシューをまとめ、シンシューをよりよく導きたい。そのためにさらに強く優れた存在になりたい。

 

 私だけでは、人の身ではフジナドが精いっぱい、御神力を帯びた当時の歌姫さんでは不安定すぎる…ですから私は、持っていたすべてのテクニックを教えて、彼女を育てた…おかげで彼女は誰よりも人の心を動かせる英雄歌姫になりました。けれど、人の心を動かしすぎることで彼女自身の心も動いてしまった。」

 

 カナサシ湖の龍神の力と、レンゲ教授のテクニック。そうしてアリア・カナサシは強大な力を得て、歌でシンシュー人の心を動かし…ゆえに、アリア・カナサシは自らの前に死体を積み上げ、率いられた人々はあちこちで正義の戦いを繰り広げ、ついにアリア・カナサシの心が擦り切れた。

 

 「もったいないことです。そして私の失敗でもある。彼女は彼女自身の音楽に耐えられなかったのだと感じています。

 

 ですが、多感な時期に戦乱を駆け抜けて世間の荒波に揉まれた彼女は、今や私にも調律できないでしょう。

 

 学生たちに、シンシューを揺さぶりシンシュー人の心を動かす音楽を作らせる…そのプロセスに関われば、歌姫さんも初心に戻らないまでも何らかのインスピレーションを受けるでしょう。」

 

 「/Outputそれは、歌姫さんの望みには沿わないことですよね?End」

 

 「でしょうね。…と言っても私も今の歌姫さんをよく知るわけではありません。むしろあなたのほうが詳しいのでしょう?あなたはどう思うのですか?」

 

 「/Output歌姫さんは、自らを『もう歌わない元歌姫』として律したがっていますし、もはや世の中を揺さぶりも揺さぶられもせず遁世したがっています。…けれど、それを決めきれもしないようで、私を旅に連れ回していますEnd」

 

 「ああ、そういうことではありません。

 

 私が同じ志の歌姫さんに技術を授けたように、歌姫さんがあなたに志と技術を託したがっている…それはもう察しています。

 

 私が聞きたいのは、あなたが私の発言をどう思っているかです。」

 

 「/Output私は、きっと、歌姫さんの望みに違うのは良くないことだと思うんです。

 

 けれど、もったいないとも思っています。歌姫さんが自分自身でもシンシューを見て見ぬふりなんかできてないのに、私に託すことで必死に見ないふりしたがってる…私だって、怖くて声も出ないのにEnd」

 

 「…望みに反するも良くないけれど、そのままにしておくのももったいない…それは、私が?あなたが?」

 

 「/OutputどっちもですEnd」

 

 言祝アリアは、お茶を飲み干してトレーを持ち立ち上がった。

 

 「…若い、ですね…」

 

 去っていく言祝アリアの背を見ながら、老音楽家はデザートの食券を買いに立ち上がった。

 

ー*ー

 

 アリア・カナサシはまだ教壇にいる。

 

 「心構えから具体的な技術論まで、私の言葉に、ここまで皆さんはよく頷いて聞いてくれたわ。

 

 ただ、一つ気づいてほしい。メロディーを作る時、彫像を刻む時、風景を映す時、自分が夢中になって見ているものから一歩離れて俯瞰する癖を付けてほしい。」

 

 そうしないと時に、終わらない争いの渦中に取り込まれていたりする…

 

 「というわけで、今の言葉で気づいたかもしれないけど、私は今回皆さんが私の言葉にとらわれるように意識して話したわ。声の大きさ、高さ、速さ…口調と呼ばれるものから、言葉選び、そして身振り手振りに至るまで。

 

 歌うわけでも踊るわけでもないけれど、音楽のテクニックはこういうところでも活きてくる。逆に、優れた写実や、優れた修辞の技術が優れた作詞のためになることもある。世の中のすべては連接していること、思考の翼を広げること、心に留めてちょうだい。

 

 さて…ちょうどいいところね。」

 

 後ろの扉から様子をうかがう美少女を目に留め、アリア・カナサシはちょいちょいと手招きした。

 

 「コトホギさん、こっちこっち」

 

 どう考えても、行ったら巻き込まれるな…言祝アリアは正直逃げたいと思ったが、もう視線を集めてしまっている。

 

 「さっきアシレーヌでアクアリングを破壊したのを見た人もいると思う。私の連れのコトホギさんよ。」

 

 舞台に上がってしまえば視線が集まるのは仕方ない、舞台も教壇も同じようなものだ…言祝アリアは背筋を伸ばす。学生たちは、所在なさげにしていた言祝アリアの雰囲気がガラリと変わるやいなやその可憐ながらも意志が強く込められた瞳に自分たちが惹きつけられることに、驚いた。

 

 「彼女は私たちが縁ないような遥か遠くから来て、生まれながらの魅力と、磨き上げたテクニックでアイドルの頂点を取った、そんな人物。あまりにそれが卓越しすぎて不用意に人を惹きつけしまうから、今や声を出すのも自重しているくらいにね。」

 

 胡乱な説明だが、すでに言祝アリアの所作から目を離せなくなっている学生たちは、納得せざるを得ない。

 

 「コトホギさん、コトホギさんの故郷の音楽理論やダンスの理論は、私たちの知るものとは違うはず。そうよね?」

 

 「/Outputええ、それは…ポケモンを用いないことを前提に組み立てられていますから…End」

 

 生徒たちがどよめく。彼らの常識の中では、楽器・歌唱にポケモンの音ワザを組み込まないことも、舞台上で演出としてーあるいは主役としてーポケモンを用いないことも、ありえないことだった。川柳ですらポケモンを詠むのに、わざわざ縛りプレイをする理由が見つからないのだ。

 

 「じゃあせっかくだから、それをいくらか、話してもらってもいい?」

 

 学生たちは、言祝アリアのため息にすら見惚れてしまうことに、もはや驚き疲れていた。

 

 「/Outputそうですね。でしたらまず、みなさんが先ほどから不思議そうにされている、人の視線を惹きつけるテクニック…これについてお話しますEnd」

 

ー*ー

 

 「/Outputですから、スカートの先、髪の翻り、服の裾のわずかな動き…このようなわずかな所作の一つ一つが、観客の視線をコントロールしますEnd」

 

 「/Output茶道や華道の作法について考えてみてください。まさに一挙1足ごとの注意をするよう、指導されます。アイドルもまた同じでした。人を魅せるためには、コンマミリ単位で、人にどう見えるか、どうすれば魅せるかを考えなくてはならないのですEnd」

 

 「/Output私のプロデューサーの好きな言葉なのですが…神は細部に宿ります。アイドルとは偶像であり、原始には神呼びの巫女でした。ならばすべての細部にこだわってこそ、神宿る偶像となるのですEnd」

 

 「/Outputもっとも重要なのは音です。音声は無意識に耳に入ります。息遣い、衣擦れから声まで。…もちろん、視界つまり前方120度の範囲については光景も無意識に目に入ります。しかし人間の聴覚は視覚に比べ1%の情報量しかありません。聴覚全体の情報量が少ないからこそ、音は無意識から意識へと、聞き逃しから注意へと、気を引きます。そして不快だと思われた場合には立ち去られます。視界と違って完全に知覚をそむけることができないからですEnd」

 

 「/Outputええ、もちろん。意識的にそれらをすることは不自然です。丁寧に魅力的な所作を心がけること自体が、違和感を生んで魅力を削ぎます。例えば、他人に対して自分が自信に満ちていることを態度振る舞いでアピールすることを考えてください。自分がちゃんと振る舞えているか気にしてキョロキョロしていれば、自信がないと思われてしまうでしょうEnd」

 

 「/Output多くの人に見てもらいたいのなら、どのようにすれば目を、耳を、心を惹きつけられるのかを突き詰める。これを無意識的に行えるようにならなければなりません。そしてこれはスタートラインですEnd」

 

 言祝アリアの語る理論は繊細を旨とする。ポケモンを用いた派手で華美なエフェクトが芸術体系の骨子となるこの世界、彼女の言葉は学生たちにとって斬新ですらあった。

 

 「/Outputそれでは、具体的な方法論をお話しましょう。まずは、カメラに写されるということを如何に考えるか、です…End」

 

 それに言祝アリアは、声こそ無機質な機械音声だが、身振り手振りのすべてが、アイドル時代のメソッドによって計算され尽くしている。冷房の風で髪がそよぐのですらあらゆる瞬間で映えてしまう少女に「所作を逐一気にかけて、常に魅了せよ」と説かれるのは、説得力に満ちていた。

 

 通りかかって覗き込んだ学生が惹き込まれ、教室の外で数十人が群れている。言祝アリアも興がのり、特別講義は数時間に及ぶ。

 

 だから、まさか最後の質疑応答でケチが付くとは、誰も思っていなかった。

 

 「歌姫様もコトホギさんも、龍神様であったり異国のテクニックであったり、それに有り余る才能をお持ちですが、それを活かされていないように思います。

 

 北のユキコシのフロックス家では、『高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)』と言って、持つ者はそれ相応の任を世に果たすべきとしているそうです。お二人は、その実力をどのように使おうとお考えでしょうか?」

 

 アリア・カナサシの表情が、かすかに歪んだ。

 

 「/Outputいえ、私はもう、歌って踊ることは、声を出すことも、ないでしょう。力にはそれに見合う天分があるかもしれませんが、過ぎたる力は振るわないことも天分というものです。

 

 歌姫さんが音楽の力を畏れるよう言った通りです。すれ違う人すべてがファンになる容姿とファッションと声、聞いた誰もがループ再生をさせられる歌、それを観るために列島の端から私財を投じて人がやってくるライブ…周りにも私自身にも良くない。

 

 私の声など、見たら呪われる絵のようなものです。もう世に出さないほうがいいでしょうEnd」

 

 「…もし、それでもその力が必要だ、となったら、どうされるのですか?

 

 …例えば、再びのシンシュー大戦、とか。」

 

 アリア・カナサシの表情に、ヒビが入る。

 

 「…私の力が必要だ…そう思って飛び出した結果、前回はどうなった?私はもう…コトホギさんも、そうよね?」

 

 言祝アリアがこくりと頷く。

 

 別の学生が、すっと手を挙げた。

 

 「…それは、フジナドシティが、戦わなくてはならなくなっても?」

 

 ーフジナド大学自治会に、味方してはくれないのか?

 

 フジナドのため、自分たちのために、なってくれないのか?

 

 「じゃあ俺たちにどうしろって言うんですか!」

 

 何を?何をどうするのか?-聞くまでもない。戦争をだ。

 

 「あんたらはいざとなれば力を使うんでしょう、使わない使わないって言ってみたって!」

 

 フジナドシティにとって、歌姫たちほど秀でた才能を持つわけではない彼らにとって、命がかかっているー出し惜しみする余裕があるのは傑出した者だけであり、そして、つい彼は傑出した才能持ちへの恨み言がヒートアップしてしまった。

 

 「俺たちには火事場になっても馬鹿力を出せる才能もくれる龍神様もいやしないんだ!」

 

 言ってしまった、マズい…その学生は思ったが、しかしもう止まれなかった、最後の一言を口にするのを。

 

 「才能があるのに使わないのは、贅沢な戯れ言だ!」

 

ー*ー

 

 「才能があるのに使わないのは、贅沢な戯れ言だ!」

 

 ミシリ、自分の額にシワが寄るのを、レンゲ教授は感じていた。

 

 「昔、同じことを言いましたかね…」

 

 教授自身、わかってはいた...自分の、歌姫アリア・カナサシに刺激を与えようというプラン…これは歌姫にとってストレスフルなものだ。ただ、よもやそれが教授にも飛び火するとは思っていなかっただけで。

 

 教室の隅、立ち上がったレンゲ教授に、アリア・カナサシは訝しみの視線を向けるーその中に残る苛立ちの視線を見て取って、レンゲはため息を一つ。

 

 「…私が同じことを言った時も、そんな目をしていましたね、アリアくん。」

 

 ささくれだった心を、もう止められない。理由こそ違えど、学生の言葉に苛立っているのはレンゲも同じだ。

 

 「学生諸君。

 

 ならば、課題は変更としましょう。

 

 人の心を動かす音楽を、声という天賦に頼らず作り上げなさい。アリアくんたちとともに。」

 

 アリア・カナサシは、そしてきっと出会ったばかりのアリア・コトホギも、自分で自分に多少の枷を掛けたところで学生たちが及ぶ相手ではないー教授はそう確信していた。そして、学生たちにも2人のアリアのすごさを思い知って欲しかったから言ったのであって、過去の自分の罪滅ぼしではないのだと、彼はそう信じたがっていた。




 レンゲ教授と歌姫アリア・カナサシの過去とは?

 言祝アリアの秘策とは?

 学生たちが導き出す「シンシューにふさわしい音楽」とは?

 ~次回、転生ポケモンアイドル29話、「追憶する伴奏たち」~

 「…コトホギさんがシンシューに感じているのって…」
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