アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜 作:十二の子
しかし、カナサシ湖を巡る騒動にはまだ続きがあるようで...?
ー*ー
サイコバーンによって吹き飛ばされたサーナイトとシンシューキュウコン、イーブイとアシレーヌをボールへ回収し、自分のポケモンをポケモンセンターへ送り届けた2人のアリア。彼女たちが、ミュウスリーと激闘を繰り広げたカナサシ湖畔へ戻ってきた時、そこにはすでに、カナサシおみやから神官・巫女を引き連れてだいぐうじツクバネ・モリヤがやってきていた。
「ようやったのう。これでエクリプスタウンは正常に戻る。カナサシタウンに名前を戻してもいいかもじゃな。」
しわくちゃの婆は、縄できつく拘束されたバックレアを車に連行させながらアリア・カナサシの肩を叩きねぎらう。
言祝アリアは、科学者にも信仰者にも属さない唯一の当事者として、1人、凍りついた湖面を見つめていた。
(何か、おかしいです。
苦戦もしました。絶望もしました。けれど…鳴り物入りで出てきた割には、ミュウスリーは、これが小説なら一万文字足らずってくらいにはすんなり…
何か、おかしいです。私たちは何を見逃している…?)
湖面に背を向け、アリア・カナサシはツクバネ・モリヤと向かい合って話し合う。
「さて、おみやに戻って後始末といくかのう。」
「それもそうね。証拠の差し押さえはおみやの手勢で…
…コトホギさん、どうしたの?」
ちょんちょん、言祝アリアに肩をつつかれ、アリア・カナサシは振り向く。
言祝アリアがタブレットの出力ボタンを押すのを待つ必要すらない。アリア・カナサシは、彼女が言おうとしていたことを即座に理解した。
湖面のあちこちに、ヒビが入り、まるで神様が渡ってくるかのように、氷の筋が湖畔へと幾筋も伸びていく…
「御神渡り…!?」
「これは…困ったものじゃえな。」
邪神復活の阻止は、まだ完遂できていない...
ー*ー
カナサシ湖面の氷がひび割れていくのを横目に、2人のアリアは
マッドサイエンティスト集団の本拠地たるプロバビリティ・タワーは、当然だが激闘によって内壁の各所を煤けさせていた。
「龍神様の御神力が弱まって、おひだりさまの封印が解かれそうだわ!心当たりのある場所を教えなさい!」
タワー制圧部隊のひとりであろうカナサシおみや巫女に、アリア・カナサシがつかみかからんばかりに問う。
「はっはい!タワーの地下階の一番下に、強大な力を検知して神官様が向かっています!」
「私も行く!」
答えながら、すでにアリア・カナサシは地下への階段へ飛び込んでいる。
ゴウンゴウン、タワーの底のほうから聞こえてくる、動作中の機械にしか許されない音。
アリア・カナサシも言祝アリアも、息を切らせる余裕すらなく、扉を蹴破った。
タワー最低部にあったのは、明らかに地中から何かを吸い上げていそうな太いパイプと、それにつながれた数メートル立方の金属の匣。表面に取り付けられている無数のモニターは数値を変動させ続けており、明らかにシステムは生きている。
「どうして!?なんでコレを停止させてないの!?どう見てもコレが地中の龍脈から竜神様の御神力を吸い上げてるでしょ!」
アリア・カナサシは、一際大きいモニターの前で突っ立っているカナサシおみや神官たちを怒鳴りつける。
「…歌姫様!?
いえそれが、こちらからの停止コマンドを受け付けないようでして!」
神官たちは、コンソールの前で途方にくれていた。アリア・カナサシは神官たちをどけてキーボードを必死で叩く。
「コトホギさん手伝って!機械音痴の神官たちより頼りになるわ!コイツを止めるの!」
タブレット端末で「はい」と出力する時間も惜しい。言祝アリアは黙ってキーボード叩きに加わる。
(強制シャットダウン...ダメ!強制再起動...見つからないか!何よこれ!)
(私も歌姫さんも入力していない部分の変更!?誰かから操作の割り込みを受けていますよね!?タワーは制圧してマッドサイエンティストは排除した、じゃあ誰が!?)
「どうしたのかえ?」
ゆっくりとシビルドンとともに入ってきたツクバネ・モリヤを、切羽詰まっている2人のアリアが睨みつける。
「婆っちゃん遅い!そこのウルトラマッドサイエンティストを渡して!」
「ほれ」
貧弱な自分たちの知識では事態の収拾は不可能...「知」がダメなら後は「暴」だ。もちろん、龍神の力を吸い上げているこの機械をむやみに物理的に毀すのは危険すぎる...ので、アリア・カナサシは暴力をバックレアへふるうことにした。
バックレアの薄い頭髪をむんずと掴み上げ、火事場の馬鹿力で壁へ叩きつける。
「おいウルトラマッドサイエンティスト!答えなさい!
このタワーを止めるにはどうすればいいの!?」
髪の毛をひっつかんで、バックレアの身体を吊るすようにして揺さぶり、何度も壁へぶつける。けれど、バックレアはギラギラと目を輝かせながら、一言も発さず、暴行を振るわれ続けていた。
暴力沙汰に不慣れな言祝アリアは思わず両目をふさぎ、しかしおそるおそる指の隙間から暴行を覗き見て、ある異常に気付いて目を遮るのをやめた。
「/Output歌姫さん、どうして彼、背中から血が出ていないんですか?End」
「血...?」
言祝アリアの視線を辿って、アリア・カナサシはバックレアの背中側を見る...その白衣は、激戦そしてアリア・カナサシの暴力でボロボロに擦り切れながら、果たしてまったく血に汚れていない...
「/Outputだってそれに、変ですよ…黙秘するにしたって、痛がるそぶりもないEnd」
…すると、バックレアの背中、白衣の破れ目から、コロンと何かが転がり落ちた。
「/Outputネジ...End」
それが、偉大にして狂気のウルトラマッドサイエンティスト、バックレアの真実...
無数のネジ、バネ、ゼンマイが、バックレアから零れ落ちた。
「バレてしまったかえ。
バックレアのカラクリに。」
「それは、バックレアがカラクリ人形...ってことじゃ、ないわよね。」
思い返せば、言祝アリアが凍結湖面が割れ続けていることに気付いた時、ツクバネ・モリヤも湖面を向いていたはずだ。それは、だから、つまり。
「モリヤの婆っちゃん、貴女、何を...!
このクーデタ―を何に利用しようとしているの!?」
ー*ー
「利用?それでは、吾が、科学者どもの陰謀を吾の目的に活かそうとしているようではないかえ。」
「他に何が...」
「龍神様から御神力を汲み上げて弱らせ、龍神様に封印されたおひだりさまを、再臨させる...
...最初から、吾が黒幕じゃぞえな!
さて、おひだりさま復活の儀を続けようかの!
シビルドン!」
目的を明かしたがために手下である公安統監部の離反を招いたバックレアの、二の舞にはならない...シビルドンの電撃が、速やかにすべての神官の意識を刈り取る。
「馬鹿な!だってモリヤの婆っちゃんは龍神様を祭祀するだいぐうじ!なんで龍神様の敵を蘇らせようとしているわけ!?」
「そこからか。
バックレアから聞いたはずではないかえ?可能性を司る神様が必要じゃと。」
あっ...アリア・カナサシが息を呑む。それでバックレアが復活を目指していたのが、湖底に沈むおひだりさま。そして、かつてツクバネは「可能性を引き出す」EXオーバーラップ技術について、『カナサシの神の力に似ている』と言っていた...
「そなたも知っておろうに。我がモリヤ一族は、もともとはおひだりさまを祀る一族。
それはずっと変わらぬだけじゃよ。おひだりさまが邪神とわかろうと、我が一族がカナサシ一族と龍神様を上に擁こうと、の」
ツクバネ・モリヤは、いやモリヤの一族は、表では龍神と龍神の依代たるカナサシ一族を祀りながら、裏では龍神に鎮められたおひだりさまを祀っていた...
「そう言えば、私、儀式の詳細も、それどころか龍神信仰の詳細すら、よく知らない...」
祭祀はすべてモリヤ一族がやってきた。カナサシ一族は祀りあげられる依代でしかない...
「/Outputもしかして、『可能性の科学』の正体ってEnd」
「察しがいい小娘じゃの。
その通り、吾がすべてを創り上げた。おひだりさまの力を戴いて『可能性』を現実のものとする体系を打ち立て、これを軸にした技術をもとに超科学として科学者たちに与え、そして彼らにおひだりさまの権能を調べさせてきたのじゃえ。」
祭祀を中心とするカナサシおみやと、科学を中心とするエクリプスタウン科学者の対立軸...それは見せかけで、実態は、カナサシ家を依代として龍神を祀り上げるモリヤ家と、科学者の裏側でおひだりさまを祀るモリヤ家...すべて、モリヤ家の一人芝居だったのだ。
アリア・カナサシが放心している。今にも口から魂が出そうだ。代わりに言祝アリアが、タブレット端末を叩くーこんなのは謎の答えあわせでしかない。
「/Outputだから、キーボードを叩こうがコマンドを入力しようが、システムを停止させられなかったんですね。この機械の中身は、純粋なコンピューターじゃなくて、オカルト...電気信号だけじゃ止まらないんですね。
だから、私が旅立ちの前におみやでマッドサイエンティストたちに襲撃された時、直接助けに来なかったんですね。黒幕だから。むしろ襲わせたのもツクバネさん?
だから、信仰の中核である龍神の依代、歌姫さんが私とともに旅に出ても、引き留めようとしなかったんですね。陰謀の実行のためにはむしろ邪魔だから。
なんなら、ミュウスリーEXで私たちを襲撃したのも、私と歌姫さんを倒す必要は必ずしもなかったんじゃないですか?End」
激闘ではあったが思ったよりすんなりミュウスリーEXを倒せたし、バックレアが鳴り物入りのボスだったわりにはCC:パオジアンEXとミュウスリーEX以外に何も出してこなかった...そのことへの違和感を、言祝アリアは問うた。
「ほう?」
「/Outputバックレアが言ってたはずです。ミュウスリーは起きうる可能性を予測演算して、自分が勝てる可能性、相手が負ける可能性を現実世界へ汲み上げる...けれど歌姫さんが龍神様の依代として復活することは予測していなかったから、それが敗因になった。
予測させなかったんじゃないですか?歌姫さんと私が、通常の方法ではミュウスリーEXを攻略できない、だけど、龍神様の力っていうギミックを使えば容易くクリアできる...そういうふうに。
龍神様の依代として力を分け与えるバフデバフ...それって、龍神様の力を汲み上げて配るって言い換えられるはずです。この機械とおんなじで。
ミュウスリーEXが私と歌姫さんを盤上から排除したなら、誰も邪魔しないからゆっくりとバックレアに龍神様の力を吸い上げさせておひだりさまの封印を解く。もしミュウスリーEXがやられても、そのために歌姫さんが龍神様の力を分け与えたなら、ただでさえこの機械で力を吸われてきた龍神様は決定的に弱体化して、どちらにせよおひだりさまの封印をし続けられない...まして、土壇場のピンチで龍神様自らが私たちを助けるために力を使ったなら!End」
ポケモンオタクの言祝アリアは知っている。ミュウスリーEXとのバトルの最後の最後でアシレーヌを助けるために龍神様が顕れ使ったのは「りゅうせいぐん」-特攻が2段階低下するワザだ。力を地上に吸い上げられ歌姫に分け与えながら必死におひだりさまを封印し続けている龍神様にとって、その能力低下は決定的な破綻になる。だからきっと、ツクバネはそれを狙ったのだ。
「よく、わかったのう!
本当に察しのいい小娘じゃえな。嫌いではないかの。吾を止めるのでなければ、な。
ほんで、ほんに、どうするのかえ?そなたら。」
試すように、ツクバネはしわくちゃの顔で嗤った。
「/Output決まってます。だって、あなたが復活させようとしてる『おひだりさま』って、伝説の邪神ポケモンですよね?End」
「そういうことなら、貴女を止めるわ。ツクバネだいぐうじ。」
アリア・カナサシはモンスターボールを握り締め...ようとして、愕然とポケットの中で手を開け閉めした。そうだ、手持ちポケモンはバックレア討伐戦で使い切っている。
「いまさら気づくか。すべて吾の計略の上じゃぞえ。
そなたの御神力も、生き抜く術も、すべて吾がそなたに教えたものじゃからな!
ポケモンも持たぬ小娘に何ができる!
黙って見ておれ!」
一喝。
「っ...!
コトホギさん!」
アリア・カナサシが、この地下室へ入った時と同じように扉を蹴破る。
手元にポケモンを残していれば、あるいは、げんきのかたまり/かけらで応急的に復活させて戦ってもよかった。もちろんあのミュウスリーEXとの激闘の傷をちゃんと治療しないでそんなことをすれば寿命を縮めるが、邪神の再臨を指をくわえ見ているよりマシだ。だが実際には、2人のアリアの手持ちは全て、いったんポケモンセンターに送った。ツクバネは仮にもジムリーダーで手ごわいはずであり、シビルドン一体すらどうしようもない今、打つ手がない。
「/Outputはい!ポケモンセンターへ急ぎましょう!この街のオーバーテクノロジーですからもう回復終わってそうです!End」
タワー出口へ向かうための階段へ、言祝アリアが続く。
ツクバネ・モリヤは言葉を発さない。シビルドンは動かない。それは、2人のアリアを脅威と捉えていないということであり。
ガシャンと閉じられた扉を見つめ、ツクバネは嗤った。
「間に合わんよ。そなたらがポケモンセンターから戻ってくる頃には、おひだりさまの再臨は成っておる。」
ー*ー
タワーの地上階で、いったん息を整えながら、言祝アリアはタワーエントランスを目指すアリア・カナサシへ出力音声を投げかけた。
「/Output『邪神が復活したころに戻ってきて、せいぜい嘆くがよい』とか、考えてそうじゃないですか?
ポケモンセンターには私が行きます。歌姫さんは、タワーの最上階テラスへ!End」
「最上階のテラス?」
振り返ったアリア・カナサシに追いつく、言祝アリア。神官や巫女たちが事情を知りたがって駆け寄ってくるのに構わず、続く言葉を出力する。
「そこからなら歌声が湖に聞こえやすいはずです。おひだりさまが復活するにしても、封印してる龍神様も完全にやられはしないはず!End」
「なるほど、私たちのポケモンが間に合わなくても、龍神様が力を取り戻しておひだりさまを再封印すれば...!
わかったわ、コトホギさんはポケモンセンターへ!」
「/Outputはい!
誰か車かライドポケモンを!End」
「神官!巫女!公安!
だいぐうじツクバネが乱心して邪神復活を引き継いだわ!私たちは邪神を再封印するから、貴方たちはだいぐうじを地下室から出さないで!」
だいぐうじを倒せとは言わないー勝てると思っていないから。ジムリーダー兼だいぐうじであるツクバネが手勢ごときに負けるとは思えない。それどころか、本気で地下室から出てきたらバリケードを築いても時間稼ぎにしかならないだろう。
「「「「「はい!歌姫様!」」」」」
アリア・カナサシは、プロバビリティ・タワー最上階目指して駆け上がった。
ー*ー
バックレアによるクーデター戒厳が解除されたばかりのエクリプスタウン全域に、警報が鳴り響く。ツクバネ・モリヤの陰謀が発覚したために、歌姫アリア・カナサシの名で非常戒厳が再発令されたのだ。
車列に逆らうように、1台の車両がサイレンを鳴らしながら官公街の一角へ駆け込んだ。扉を閉める間も惜しいと、冬の寒空へ言祝アリアが飛び降りる。目の前にはポケモンセンター。
連絡を受けていたジョーイが、「とりあえず一回戦う程度なら問題ない」程度に応急処置を済ませたポケモンたちを入れたボールを荷台にのせ、フロントを走る。
「コトホギさんですね!お預かりしたポケモンたちは、なんとかしました!」
「/Outputありがとうございます!End」
1秒も惜しいー荷台ごとジョーイから受け取り、車へと戻ろうと振り返る。
そして、言祝アリアとジョーイは見た。
カナサシ湖の方角、ちょうど湖の真上のあたり。
虹色の漆黒、極彩の暗黒、そうとしか表現できない、色彩の概念を置き去りにしたかのような光の帯が、青空を抜けて天へ突き刺さっているのを。
(宇宙が、空へと生えているみたい…)
言祝アリアは、数秒足を止め、音楽的な脳でそんなことを思った。だってその光景は、「満天の星空と、真っ暗な宇宙」というオルバースのパラドックスを体現したかのようだったから。
“「
言祝アリアの意識を、恐ろしく畏れ多い竜神様の声が引き戻す。
(…っ、いけない!
あの光は間違いなく、良くないモノ!きっと邪神の前触れ!
おひだりさまが顕れる前に、タワーへ戻らないと!)
間に合わないからツクバネに見逃されたのだろうが、間に合わせなければならない...言祝アリアの気は急き、運転手の手には脂汗が浮かぶ。
けれど、物事は思い通りには進まない。
「コトホギ様!渋滞です!
マッドサイエンティストの残党が自動操縦システムをハッキングしたかと!」
いや、例え思い通りに進んで、間に合ったとしても、あの得体のしれない光を放つ邪神を、討伐できるものか?
「/Output運転手さん、降ろしてください!ポケモンライドで行きます!」
「ちょっ、コトホギ様!撃ち落とされでもしたら!」
運転手の顔を、言祝アリアは見つめた。
「/Output危なくったって、できなさそうかもしれなくたって、邪神をなんとかしないといけない、戦わないといけないんです!End」
だから、撃墜のリスクなんて誤差の範囲だと。アイドルは誰もを魅了する笑みで運転手を黙らせた。
「/Outputチルタリス、オンステージ!私を乗せて、タワー最上階まで!End」
プレッシャー・リッジ/氷丘脈
湖などが凍り付いたのち、温度差によって氷が凍結と融解を繰り返すことで、横方向の成長が湖面面積を越え、氷の亀裂がせり上がる。
諏訪湖では「御神渡り」と呼ばれ、この氷の亀裂スジに沿って神様が湖面を渡ったのだとし、吉兆を占う。