アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜 作:十二の子
「ここ、は…?」
言祝アリアは、一人、ステージの上に立っていた。
スポットライトが彼女だけを照らし、地平線の先まで広がる観客席には1つとして空席がない。
いくらなんでも非現実的すぎる。こんなライブに心当たりはない…
パチン!指をはじく音。
観客席が消え、無色の街に塗り替わる。
2つ目のスポットライトが、新たな登場人物を照らす。
「似たような空間に心当たりがある…ま、精神世界…ってところだろうな。
あんたの”魅了”も効いてないだろ。ここで見聞きするものはあくまでイメージだからな。」
青年は、世界の何事にも価値も意義も感じていなかったかのように無色の精神世界を持つ青年は、やれやれと舞台脇から進み出た。
「いや、あなたは誰ですか…?」
「ああ、俺は中橋蒼玻。アオバ・フロックスへの、転生憑依者だ。
完全に同じとは言うまいが、アリア・コトホギ、君も、ポケモンがゲームとして存在する世界の、日本からの転生者、そうだろ?」
「…なら、話が早いですね。
あなたも、憲法9条も、ウクライナ侵攻危機も、ご存じですよね?
軍事侵攻の愚を知り、私とともに侵攻を食い止めたはずの現代日本人が、どうして、ポケモン世界で軍事侵攻なんて…?」
それだけが理解できなかった。理解するための奇想天外な答えだけを持ち合わせていた…だから、言祝アリアは尋ねた。
「…侵攻を、食い止めた?
いや、それはないぞ。」
アイドルの質問を、青年はばっさり切り捨てた。
ー*ー
そんなわけがありません。私は2022年2月24日、平和な世界を守るという一点で、全世界のファンと歌を、想いを共有したはずなのです。
「…私の名前に、本当に、覚えがありませんか?
言祝アリア、この名のアイドルに。」
知らないことはありえない。3年以上引きこもっていない限り、私を知らない日本人なんて…でももしかして
「いや、ないな。
もしかして、それを聞くってことは、日本じゃ誰もが知る有名人か?だったら俺とは微妙に違う世界の日本…いや、有名人に詳しいわけじゃないからな…」
…やはり、彼がウクライナ侵攻危機を知っていながらハリコフ和平条約を知らなさそうということは、そういうことなのでしょう。
私たちの平和への願いは、彼の世界の冬の宇露国境には歌われなかった。なぜなら、私、言祝アリアがいなかったから。
…でも、もしそうなら、きっとあの国は。
「…納得がいきました。武力による国境線の変更、軍事侵攻、他国の併合…それを是とする世界から来たのですね?あなたは。」
侵攻を食い止めたことが、私たちの世界にとってのパラダイムシフトだったのだから…3日も保たないと言われたあの国の陥落が現実となった世界の価値観は、つまり。
「であれば残念です。あなたと話すことはもう何も。
…期待して、いたのに。」
この世界で、戦争という禁忌を犯してもしなければならないことがある…だからだと、思っていたのに。
「待て待て待て、何を勝手に納得している!?」
ー*ー
「俺の世界のウクライナは、たぶん侵攻が未然となった君の世界と異なり、侵略にさらされた。」
ーしかしそれは、悲劇と暴虐を未然に防いだ世界に比べて、それらに直面しながら立ち向かった世界が、正義において敗北していたということではない。
「…ただ持ちこたえていたんだ。故郷を守る英雄、市民たちの活躍と、侵略を認めない国際協調のおかげで。」
もっとも決着する前に俺は転生したんだが…中橋蒼玻がそう告げるのを、言祝アリアは信じられない気持ちでただ見つめていた。
「…断っておくと、アリア・コトホギ、君の魅了の異能についてフロックス家は調べ済みだ。
開戦前夜の前線に君が立ったのなら、1つのライブで軍事超大国を完全に食い止められるかもしれない。いやできたんだろう。」
(…だから、俺とアオバちゃんは、コーシュー軍の侵攻開始と同時にシンシュー北部2都市進駐を実行した。複数前線を持ち情報化も不充分な戦争とは言え、コーシューからの侵攻だけではアリア・コトホギ1人に食い止められてしまう恐れがあったから。シンシュー南北に果断なく複数の前線を作り続け、彼女の歌による終戦を避けなければならなかったから。)
「だけど、そんなものはなくても、国家市民も国際社会も、侵略に立派に抵抗できる。俺はそれを知っている。
軍事侵略は禁忌、その価値観は、共有できているはずだ。」
「だったら、だったらどうして!どうして、シンシュー軍事侵攻なんてことを…」
「…禁忌を犯しても、汚名を引っ被っても、コーシュー=シンシュー全土併合は、やらなきゃならなかった。
全世界の命運が、この作戦が成功するかに、
言祝アリアは、その言葉を聞き、果たして…
…手をポンと打った。
「やはり、でしたか。
あなたがこの世界の、主人公なんですね?」
我が意を得たり…言祝アリアは、ここからが本題だと言わんばかりに尋ね。
「いえ、今や、そうではありませんわ。」
3つ目のスポットライトが照らし出したその令嬢が、答えを告げた。
「アオバ・フロックス…」「アオバちゃん」
「ええ、蒼玻くんの相棒にして半身にして拠所にして伴侶、アオバですわ。
貴女も、そして蒼玻くんも、みんな勘違いをしてロールを演じている。そうではなくって?」
ー*ー
中橋蒼玻と言祝アリアという2人の転生者が話す場にあって、アオバ・フロックスは転生者ではない…どころか、ユキコシ地方2000年の名家当主というこの上なきポケモン世界の存在である。
しかし、転生者ではないからこそ、そして転生者と共に過ごしてきたからこそ、得られる視座がある。
「物語における、『
今や違うのです。わたくしたちはさまざまな予想と予想外を経てここに辿り着き…これはまごうかたなき現実で、そして天命。そうではなくって?」
2000年の歴史と責任が、アオバの青き瞳を通じて注がれている。
「わたくしたちはただここにいて、ただやるべきことをやるのみです。そうではないかしら蒼玻くん。
生きて前に進む、力ある者としてノブレス・オブリージュを果たす、そうすることについて、わたくしたちは共に歩めるし、それ以上でもそれ以下でもない…そうではなくってコトホギさん。」
「…そう、だな。」「…そう、ですね…」
今度こそ、2人…いや3人の手は重なった。
ー*ー
「…元はと言えば、ウコンジムからの要請だった。
あそこはフロックスと同じ古代文明の生き残りで、カナサシ湖の邪神…俺たちの世界にとってのミシャグジ様、この世界にとっての変種ネクロズマについて、知ってたんだ。」
「ウコンジムが?…それは、あの湖底の邪神が、可能性を引きずり出して束ねたり選んだりするということですか?」
「それもそうだけれど、もう一つあるのですわ。
ネクロズマやそれに相対するコーシュー地下の神格…その『可能性』に関する権能を使えば使うほど、さまざまな可能性世界が統合されていく…
可能性の分岐によってわかたれたパラレルワールドが統廃合を繰り返し、いずれは『滅亡していた世界の可能性』もこの世界に汲み上げられてしまう。そうなった時、世界は滅ぶ、ジムリーダーはそう言ったのですわ。」
「でも、可能性を操るネクロズマはもう私が湖底、に、封、印、し、て…」
言葉が途切れ途切れになり、そして言祝アリアははっと口を押さえた。
「気づいてくださったようで、なによりですわよ。未だこの地方は、EX・GXオーバーラップとして『可能性』を弄んでいることに。」「だから俺たちは、滅亡の可能性の顕現を阻止すべく、オーバーラップ技術の接収のため、侵攻に踏み切ったんだ。」
「オーバーラップ技術が使われ続ければ、世界は滅ぶ…」
復唱するかのように、言祝アリアは、中橋蒼玻の明かした真相を呟いた。
オーバーラップとは並行する可能性世界の重複と収束、だが可能性世界は無限ではなく、ポケモンGXとりわけGXワザでは膨大な可能性世界を消費するため、その濫用は滅亡した可能性世界の引き寄せを発生させる…
「で、でもだったら、そう伝えてくれれば…GXオーバーラップの禁止を、伝えてくれれば…!」
「実効性が担保できなさすぎる。なんたって10に分裂したシンシュー地方と、いまどき戦国気分の貧しい軍事大国コーシュー地方だぞ?
公にすることすらできなかった。世界を滅亡させられるアイテムが数十万も市井にある地方…そんな存在は口外できないし、考えようによってはGXマーカーは世界を人質に取れるんだ。」
まして生産者はコーシュー地方…「GXマーカーの濫用」が侵略を認めさせる脅し文句になると知られるわけにはいかなかった。
「伝えずに回収してもらうほどシンシューにイニシアチブを期待できず、伝えてコーシューがいい結果になるとも思えない…そうなれば、わたくしたちには、力でねじ伏せて強制的に回収する、それしか思いつきませんでしたわ。」
「「ほんの、昨日までは」」
もう、すべきことはわかりますわよね?ー青き瞳が、アイドルを応えを促す。
お前がすべてを丸く収めるんだー蒼き瞳が、アイドルに未来を託す。
「私が、シンシュー統合の象徴になります!そして、世界を救ってみせます!」
暗転。
ー*ー
「消えましたわね?」
「消えたな…?」
言祝アリアの姿が消え、景色が「色のない街」に完全に塗り替わる。そのあちこちに
「心象風景も俺とアオバちゃんだけ、言祝アリアのおもかげなし、と。」
「ここにいないということは、行くべき天命があるということではなくって?あれほどの傑物なら、約束は違えないのではないかしら。」
「死んでも死ぬタマじゃなさそうだしな。転生者だし。」
アオバは、さすがに蒼玻を小突いた。
「『例え死んでも、死んでいる場合ではない』…なんて、死んでから言うことではありませんわよ?」
そのとおり、ブラックジョークがすぎる。しかもアオバは転生者ではないのだ。
「…そういや、撃たれたか…あれ、臨死とかじゃないよな?」
「はぁ…
…心臓を一撃。どうにもなりませんでしたわね。死にかけたことは何度もあれど、わたくし死の間際の苦しさははじめて知りましたわよ?」
アオバは、ふふふと上品に笑う。そして。
「…ディアンシー、繋がりますかしら?」
この精神世界にはいないし、いっしょに死んでもいない…テレパシーなど通じるはずもない相手に、アオバが呼びかける。
“「なんとか、はい!」“
蒼玻は、返答を聞き大声で笑った。…すべてを理解したからだ。
「はは、あっはっは!
アオバちゃんにはかなわないな!
カグヤが暴走してギラティナを召喚するのも、計算のうちか!あっはっは!」
「…笑い方に久しぶりに品がないですわね…
でも、正解ではあるのかしら。
ギラティナに『ロストインパクト』を連発させて、2000年前のユキコシのように破壊と再構築を目指すのなら、その過程であらゆる法則の秩序が失われるはず、というのは見越していましたわ。」
この令嬢は、死ぬ前から、死んだとしても生き返る術を、自分の死に怒る妹も込みで考えていたのだ。
「生と死、肉体と精神、さらに時間と空間の境界の秩序が揺らぐ時なら、ディアンシーストーン経由で魂を現世に引き上げられるし、デュアルメガディアンシーの時間操作の応用で致命傷の時間座標を誤魔化せる!」
「…簡単なことではないですわよ。カグヤが暴れすぎる前に止めなければなりませんし。」「それでも俺とアオバちゃんだ。できる。そうだろディアンシーも。」
“「アオバさん!蒼玻くん!お手伝いします!」“
「さあ…直視すること能わざる高貴なる輝きに/誇り高き俺達の燦然/ひれ伏すのですわ!/誰にも超えられないさ!」
ー*ー
「何を、キョロキョロしているんですか?」
きらびやかなステージの上、言祝アリアに声をかけたのは。
「あなた、は…?」
「あなたは私。
私はあなた。
私は
「わ、たし…?」
「重複でもありませんし、別の可能性でもありませんよ?
…あなたは、すでに自分が死んだことに、気付いていますよね?」
「それは…」
「言い方を変えます。
あなたはまだ、死んだりしませんよね?」
そのやり方がわからないのだ…言祝アリアは口をつぐんだ。
「キリストは罪を背負い死に、そして信者のために生き返りました。
私もまた、転生によって完成するのです。
「何を、言って」
「戻りましょう。
ー*ー
日本、長野県下諏訪町。
「もしかして、
髪もぼさぼさ服もよれよれな、いかにも「ステレオタイプなアイドルキモオタ」といった男に声をかけられ、物部ユイと藤原千尋は…別に怖がったりしなかった。
甲信地方が隕石により壊滅するまで、もうあと1日を切っている。こんな時に諏訪湖をのんびりとうろついているのは、死んでも構わないと考えている事情持ちくらいだ。
物部ユイもとい常縁紡、藤原千尋もとい山河神流のことを知るキモオタと、アイドルユニット「フューチャー・トリニティ」のメンバーだった2人…それに共通する「死んでも構わない事情」など、1つしかない。
「…
「紡ちゃんもカンナちゃんも、アリアちゃんを追ってきたのかい?」
「そうです。ユイと私は、この下諏訪町で死んだと聞いた遥…言祝アリアと、その直後に見つかった甲信隕石と、なぜだか甲信隕石に関連付けられてネット上で急速に拡散されている言祝アリアや『フューチャー・トリニティ』の映像…その3つについて知りたくて、遥の最期の地に来ました。」
「そのよーすだと…
…すっごい大事なこと、知ってるみたいだねー?
そういえば、とーってもしつこいストーカーがいるって、聞いてたよーな?」
キモオタは、ぶらぶらと手を振って。
「最期にアリアちゃんと話したのは僕だし、僕はその…ヤバいストーカー、かもしれない。
だけど信じてほしい。僕のせいで死んだんじゃない!」
ユイと千尋は、首を横に振る。
「そんなんではるちゃん死なないって。核保有国全部からスパイが追っかけてたんだよー?」
「むしろ、彼らを出し抜いて最期まで追っかけてきたのが1ファンであれば、サービス精神で心中を打ち明けてくれたりするのが私の知る遥です。
案内してくれますか?遥の最期を。」
ー*ー
「アリアちゃんは、世界が公正じゃないこと、幸せじゃない人が存在すること、そういうことに絶望して、アイドルとして希望を背負うことにも疲れてた。
だから、この崖で僕と話して…それから、僕だけにファイナルライブをしてくれたんだ。そして…」
言祝アリアの生歌…それもたった1人のための生ライブだ。放心するのも無理はない。
「気づいたら、アリアちゃんの姿はなかった。
もちろん、僕とアリアちゃんが来た以外の足跡はなかったから帰っちゃったわけじゃないし…」
帰ったのではないとすれば…崖下は滝壺だ。
ユイと千尋は、かつてのユニットメンバーが落ちていったであろう崖下を覗き込み。
「ユイ、プロデューサーと…それから」「内閣府にも電話だね。それか総理に直?」
唐突に飛び出す、非日常のワード。キモオタがうろたえる。
「な、内閣府!?なんでだい!?」
「はるちゃんの追っかけなら、肌でわかると思うけどなー?」
そして藤原千尋は、衝撃的かつ決定的な一言を放った。
「遥、これ死んでませんよ。」
「死んでない!?そんなわけ!だってアリアちゃんは世界が嫌になって、ここから姿を消したんだ!」
いくら言祝アリアの元ユニットメンバーでも、言っていい冗談といけない冗談がある…キモオタは叫ぶ。
「ですから、この世界が嫌になって、この世界から消えたのですよね?」
「そういうの、何て言うか知ってるよー?
『異世界転生』そうだよね?」
キモオタは反論を呑み込む…言祝アリアなら、今や人類史に残る伝説のアイドルなら、それも可能かもしれない…そう思ってしまったからだった。
ジンザモ郊外ではギラティナとレックウザの頂上決戦が繰り広げられ、精神世界では蒼玻/アオバと言祝アリアが手を組んだ。
…ついにシンシュー地方を巡る物語は終幕へ!
転生ポケモン令嬢第83話「未来へ」
歴史の終わりと始まりを見逃すな!