アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜 作:十二の子
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カグヤ・フロックスは、ナデシコシティを見下ろすヨウガイやまの館に来ていた。
終戦後の一揆はこのヨウガイやま館をも襲い、主を戦犯として捕縛されていたコーシューの首府は焼け落ちていた。しかしさすがに長年コーシューを支配してきたチャンピオンの血筋、重要な書類は隠されていたのだ。
残っていた書類の中には、歴代の一族とそのポケモンの診療記録もあった…病で没した先代のチャンピオンも含めてだ。
「発熱下痢腹痛に不定愁訴…ありふれた体調不良もありえないほど数え切れないけど…
皮膚や目が黄色くなる、血便、腹が腫れる…蒼玻くんが言った通りだ…
それに、治ってもすぐ、ぶり返してる…いくら医療水準が低いと言っても…」
このポケモン世界の医療はそもそもレベルが高い。ポケモンのワザで怪我や病気をさくっと治せるため、蒼玻に口さがなく「戦国時代クオリティ」と呼ばれるコーシュー地方ですら部分的には現代日本を超える医療的成果を出す。…なのに、黄疸と腹水を中心とする単一らしき疫病がコーシュー地方に長年蔓延し、その症状を完治させてもすぐに再発する。
「コーシューを不健康にし、貧しくしてきたのはこの病気…だけど、異常すぎる!」
カグヤは、病の危険地帯に向かった姉の無事を祈った。
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フロックス姉妹は、極めつけの現場主義者として知られている。名家の体面として「
蒼玻/アオバ・フロックスはそういうわけで、コーシュー地方の中でも病の者がとりわけ多い地域へ赴いていた。関係者総出で止めたにも関わらず。
「カグヤ曰く、盆地の中心部、稲作地帯、沼沢地に病人が多いらしいが…/じめじめしていると病気になる、道理ではありますわ。
ところで蒼玻くん、この長靴とアームカバーは一体?わたくし暑いですわ/我慢してくれ。万に一つの可能性とはいえ…」
汗だくで、蒼玻/アオバは水田地帯をほっつき歩く。
と、その時、イーブイが大きく鳴いた。
「変なものでも見つけたのかしら?/これは…
…おいおい、マジでガチかよ。」
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言祝アリアは、現場主義ではないアイドルとして知られていた…アイドル用語の「現場」とはライブのことであり、現場主義ではないとは「ライブで出たとこ勝負するのではなく裏での研鑽を欠かさない」という意味…彼女に限っていえば「ライブどころかオフですらアイドルとしての魅了力を隠せない」ということである。
裏での地道な研鑽を欠かさないタイプのアイドルたる言祝アリアは、麦わら帽子をかぶり田園地帯をうろうろしていた。
(疫病…いえしかしそんなことはありえないと思うんですが…)
ふと、水田の端で立ち止まる。
「/Outputイーブイ、『みわける』。チラチーノ、『かぎわける』ですEnd」
ジロジロクンクン。
イーブイとチラチーノが、同時に田んぼの泥底を指し示す。
(変なものはあったようですが、流石に、見間違い…)
泥の中に躊躇なく手を突っ込み、指先に引っかかったそれをつまみ上げ、引き抜き。
「なっ…!?」
誰彼構わぬ魅了を避けるために声を出さないという縛りも忘れ、言祝アリアは悲鳴とともにそれを取り落とした。
(な、なんで、ポケモン世界にこれが!?)
手がかりが泥底に沈んでいく…もっとも、もう、もう一度確認する必要はないし、その気にもなれなかった。
点と線が、つながろうとしていた。
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ナデシコシティ郊外に置かれた、シンシュー・ユキコシ合同進駐部隊の本部。無政府状態に陥ったコーシュー地方を治めるべく、ここにコーシュー地方臨時統治機構が設置されている。
占領政府という言葉の強権的で強力な響きとは裏腹に、臨時統治機構の首班となったアリア・カナサシは激務と心労にめげかけていた。
そも、ポケモン世界で「強いポケモントレーナー」が高い地位にいられるのは、社会がちゃんとしているからだ。高度な社会システムのおかげで、リーグチャンピオンは「君臨すれども統治せず」であり、トップ層が統治行為をせずとも社会の秩序は保たれている…コーシュー地方にはそのための基盤がもはや何も無い。
侵略しか頭のない旧支配層の軍事政権の解体、一揆で崩壊した社会秩序の再建、現代的な社会システムの構築…要するにこれは建国である。
アリア・カナサシは政務家でも政治家でもないのでこの未曾有の建国自体が超大仕事なのだが、さらにはた迷惑なコーシュー各地の有力者どもがいた。隙をうかがって武装蜂起を試みるかと思えば、押しかけて賄賂を求めたり貢いだりする。
主力が戦争と一揆で壊滅し雑魚ばかりとはいえ各地でごそごそされるのも不快だが、格下のシンシューからと舐められるのも不快、かといって圧政者と見られて軋轢を起こしたくもないし、シンシューでは珍しくもないフルーツをなけなしの賄賂として媚びへつらう者などいろんな意味で問題外。
疲弊しきることが目に見えているのに、合同進駐部隊の残る主要メンバーである蒼玻/アオバ、カグヤ、そして言祝アリアと来たら疫病調査と言って姿を消している。「フロックスの実務能力もコトホギさんの魅了もなしに、どうコーシューを治めろと!?」と泣きながらも、ユキコシ地方から預かったプロの手を借りなんとか仕事をこなしているアリア・カナサシであった。
「おかえり!」
臨時統治機構事務所の統治弁務官室で、アリア・カナサシはベルの音を聞いて叫んだ。
「/Output言祝ですEnd」「アオバですわ」「カグヤ、ただいま帰ったよ!」
「さっそくだけど手伝って!」
書類と書状の山を、ほとんど放り出すようにして、机の向こうに押しつけるアリア・カナサシ。
「そんな場合じゃございませんわ!」「/Output歌姫さんそれどころじゃない!End」
突き返された書類と、妙に慌てた2人を見比べ、アリアはカナサシは隈のできた目をまん丸にした。
「お姉ちゃんと蒼玻くんも、コトホギさんも、わかったんだね…?
まず私から報告。コーシュー地方の病気は人間・ポケモンともに低地と湿地に明らかに多くて、肝臓を中心にした内臓の病の割合が著しく高い。それも、肝臓病に関して既存のあらゆる療法が…治癒しても必ず再発して悪化してる。」
「…蒼玻くんの予想どおりでしたかしら?/最悪を超えてきたけどもな。
言祝アリア、せーので答え合わせしよう。」
「/Outputはい。2つ、ですよね?End」
「2つ、だ。
せーの…」
そして、声が重なる。
「「ミヤイリガイと、日本住血吸虫」」
コーシュー地方を貧しくする、壊滅的なまでの疫病…シンシューへの侵攻に至る発端が、今、明らかとなった。
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それを中橋蒼玻が知っていたのは、乱読系雑学オタクとして「ウィキペディア三大文学」を読み逃さなかったからである。
それを言祝アリアが知っていたのは、某テレビ局の再現ドラマに出演したからである。
日本住血吸虫症…それは、ミヤイリガイを中間宿主とする寄生虫ニホンジュウケツキュウチュウによる、アジアの風土病である。この寄生虫はミヤイリガイの体内で成長して水中に泳ぎ出し、人間や家畜の肝門脈に寄生、無数の卵を肝臓などに産み散らかして血管を詰まらせ、やがては宿主を死に至らしめる。
ミヤイリガイが沼地に特有で日本の中でも10数か所にしか分布しないことから、日本住血吸虫症も限られた地域にのみ流行し…その中でも圧倒的に猛威を振るったのが、山梨県甲府盆地であった。
「/Outputドラマの脚本が正しければ、日本住血吸虫症は400年前の武田軍にすでに記録があり、江戸から戦前にかけて『嫁に行くなら棺桶を背負え』とまで言われ集団離村すら起こしたそうですEnd」
「ウィキペディアも100%正しいわけじゃないが…日本住血吸虫症は昭和になってやっと、薬剤による網羅的な駆虫、水路からの徹底的なミヤイリガイの駆除、コンクリ護岸によって山梨から駆逐された…それは確かだ。だけど…」
荒れ果てたコーシュー地方の、戦国時代に毛の生えたような文明レベルで、コンクリ護岸によるミヤイリガイの駆逐?いくらユキコシ地方とフロックス財閥が手を貸すとはいえ…
「薬にしても1から、かしら。わたくしたちの世界には『寄生虫』という概念がございませんもの。」
そう、コーシュー地方が、ポケモン世界の「ワザ」を含めた医療を以てして日本住血吸虫のなすがままになってきた理由が、それだ。ポケルスや風邪菌、パラセクトのキノコに代表される真菌こそいくらでもあるが、ポケモン世界には寄生虫がいない…中橋蒼玻や言祝アリアの前世での「動物界」に当たるものは人間と一部のポケモンがすべてであり、目に見えない小さな動物が他の動物の体内で増殖し悪さをするなどということは従来ありえないのである。
医学薬学が寄生虫を想定していないのだから、無力で当然だ。むしろ、ワザで病状を軽快させようとして体内のニホンジュウケツキュウチュウをも元気づけていた可能性すらありえる。
「…それでも!
やっとコーシュー地方を治める希望が見えたわ。」
アリア・カナサシは書類の山を床に放り捨て言った。
「コーシュー地方が貧しくてあらゆる産業が機能してないのは、人もポケモンも数割が病気だから。
その病気は、日本住血吸虫…?とやら、なんかちっちゃいムシのせい。
このムシを駆逐すればコーシューは貧しさから抜け出して前に進める、そう示せば、コーシュー地方に秩序を取り戻して、安定化させて、前に進めさせられるわ!」
「そうだね。大変なのは予想つくし予想よりも大変なんだろうけど…でも、道筋は見えた。」
アリア・カナサシとカグヤが少しだけ顔を明るくする…けれど、蒼玻/アオバも言祝アリアも、顔が晴れない。
「大変だから…ってわけじゃ、なさそうね。」
「/Output疫病との戦いは、しなければなりません。ですがそれと同時に…End」
言祝アリアは、手袋をした手で慎重に、数mmの小さな巻貝が入ったボトルを、机に置いた。
「/Output日本住血吸虫だけならともかく、ミヤイリガイが水田からわんさか出てきた、これが、問題なんです。あってはならないことなんですEnd」
「…住処になるから稲作が不可能、ってこと?」
「いいえ、ちがうのですわよねコトホギさん。わたくしが思うに…ミヤイリガイはポケモンではない。蒼玻くんの世界の生き物ですわ。収斂進化などでもなく。」
「それが、どうしたのお姉ちゃん?だってこんなの絶対ポケモンじゃないし、そもそもポケモンのいない蒼玻くんとコトホギさんの世界にもコイツはいて…
…!?なんで!?」
「ああそうだカグヤちゃん。
ミヤイリガイは、日本住血吸虫ごと、俺たちの日本から転生だか転移だかしてきたんだ。」
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「最初に蒼玻くんから聞いた時、わたくしたちを殺しかけたあの、カラシニコフ?と同じかと思っていましたわ。
EX・GXオーバーラップの濫用によって、『可能性世界の統合』が進めば、『滅んだ世界の可能性』だけではなく『世界にポケモンがいない可能性』もまた徐々に統合されてくる…それであのカラシニコフは『ポケモンなき世界の戦争の可能性』として現出したはず。
同じように『ポケモンのいない世界の、動物や、病気の可能性』として、ミヤイリガイや日本住血吸虫?が存在する可能性が統合されたのかと。
けれど、辻褄があいませんの。
/カグヤに調べてもらった通り、日本住血吸虫症らしき記録がコーシューに古くからある。まあそれは『最初から存在していた可能性』を統合されたのかもしれないが…
そもそもGXオーバーラップがコーシュー地方で開発されたのは、7年前の戦争でEXオーバーラップをシンシューと使い合って勝ちきれなかったから。そして世界に対する影響がずっと少ないEXオーバーラップですら、数十年前にエクリプスタウンで開発された。
コーシュー地方がシンシューへの侵略を試みるようになったのはずっと前だ。因果関係が逆で…」
GXオーバーラップを濫用したから、「日本住血吸虫症が存在する可能性」がこのポケモン世界に統合されたのではない。GXオーバーラップを開発するきっかけとなる侵略戦争の頓挫、その侵略の遠因として日本住血吸虫症がかつてからあったのだから…
「あのカラシニコフと同じじゃなく、この寄生虫は遥か前からこの地方にいた、なら/蒼玻くんとコトホギさんの世界からこの世界に、どこかから寄生虫が漏れ出し続けている、そういうことですわ、これは。」
おごそかに告げながら、蒼玻/アオバは思い出す…去年、言祝アリアとアリア・カナサシについて調べる過程でカナサシ湖でのレックウザとミシャグジ様との戦いについて調べ、そして至った結論ー
「コーシューのどこかに『穴』が開けられているはずですわ。おそらくは…EXオーバーラップ技術の礎となったミシャグジ様と同格の、GXオーバーラップ技術の元となる神格ウルトラビーストが、『他の世界の可能性』の、穴を。
/GXオーバーラップの関連技術は、開発者たちは戦争と一揆で軒並み戦死したか逃散してて見つからないし、開発施設も敗戦で隠滅されたり一揆で略奪されたりで所在不明だが…」
「それでも、『穴』を探して、塞がなければなりません。
コーシューの低地中にミヤイリガイが散らばっているんです。かつての山梨県と同じ、いやそれよりずっと酷い感染状況なんです。それほどのミヤイリガイが流出する、しかもポケモンのいない世界に通じる『可能性の穴』…
…オーバーラップ技術を封印したとしても、ウコンジムから伝えられたような『可能性の現出による世界の滅亡』を、招きかねません。」
だから、ミヤイリガイと日本住血吸虫の撲滅も、それらの存在の可能性を漏出させた『穴』の捜索そして神格ウルトラビーストの討伐も、やらなくてはならないのだ。
ーそれも、日本住血吸虫についてたった2人しか知らないこの世界で。
ポケモン世界のコーシュー地方で日本住血吸虫が深刻化した理由
・ポケモンしか動物がいないため、寄生虫病の知識がないどころか中間宿主ミヤイリガイの存在にすら気づいていなかった
・ワザによる治癒が体内の寄生虫の産卵数を増加させるため、一時的に患部の衰弱を完治させても長期的にはむしろ悪化させていたし、感染初期に体内の免疫が寄生虫を排除することを困難にしていた
・山梨県の感染例では寄生虫のいる水田に入る農民しか感染していない。しかしこの世界では農民でなくともポケモンを鍛えるために野を駆け回り、ポケモンともども感染、媒介していた。
・みずポケモンが存在するこの世界では、川の流れとは無関係に頻繁に水たまりが発生し、そのため山梨県の感染例より有病地が拡大した。
・「令和時代まで日本住血吸虫を根絶できなかった世界の可能性」のようなより深刻な可能性世界が流入している?
ポケモン世界が日本住血吸虫撲滅に持っていたアドバンテージ
・薬学が遥かに進み、プラジカンテルなど有効な薬剤にすぐにたどり着ける。また山梨県が非効率と断念した火力や薬剤によるミヤイリガイ駆除が、ほのおワザやどくワザにより極めて速く行える。
・ポケモン世界の生態系が最適ではなかったのか、「竹箒ではいてちりとりに集める」「炊事場の窓枠にまでびっしり」と言うほどのミヤイリガイ発生密度にはならなかった。
・ミヤイリガイが自然分布ではなく神格ウルトラビーストにより出現したため、日本住血吸虫の発生は世界でコーシュー地方のみであった。