アイドル、ポケモン世界を歌う! 〜ポケットモンスターTen Colors〜 作:十二の子
シンシュー地方の長年の戦乱の原因、貧しいコーシュー地方からの侵略…その大本は、コーシューに蔓延る風土病であり...そしてなんとそれは、ポケモン世界にあるはずもない寄生虫病「日本住血吸虫症」だった。
ニホンジュウケツキュウチュウは駆除しなければならない。それとともに、この寄生虫と中間宿主のミヤイリガイを「ポケモンが存在せず日本住血吸虫根絶を達成できていない可能性世界」から流出させている何者かを、見つけなければならない…
ー*ー
もうどうしようもないというのが、臨時政府首班のアリア・カナサシの判断であった。
コーシュー地方をなんとか立て直すためには、長年コーシューを蝕んできた日本住血吸虫を解決するしかなく、そのために必要な方策は4つ。
・寄生虫医学すら存在しないこの世界でニホンジュウケツキュウチュウの駆虫薬を開発し網羅的投与
・ニホンジュウケツキュウチュウの感染を阻止するため、水場への人・ポケモンの全面的立ち入り禁止&稲作の禁止
・ありとあらゆる水路や湿地に棲むミヤイリガイを片っ端から駆除
・ミヤイリガイが棲めなくなるようにすべての水路をコンクリ三面護岸
経済的に不可能である。貧しいコーシュー地方がではなく、シンシュー地方の助力あっても不可能で、ユキコシ地方とカントー地方、ジョウト地方まで加わっても至難。…というか新薬が含まれている時点でどちらにせよフロックス財閥の全面協力が不可欠であった。
この一大プロジェクトを進めるために、どれだけのリソースが必要か…しかも当然、日本住血吸虫を解決しなくてはコーシュー地方は産業復興できず明日をも知れぬ惨状なので、シンシューへの戦争賠償金支払いは不可能である。いくら担保たる鉱山からある程度は賠償が手に入るとはいえ、長年の侵略から耐え抜いてやっとコーシューを下したというのに賠償されないどころか謎の風土病に多額の負担を強いられるのでは、シンシューの住民感情が黙っていまい。
住民感情が黙っていないのはコーシューもだ。長年侵略しようとしてきた格下のはずのシンシュー、それが進駐してきて「病気を防ぐため稲作をやめろ」である。寄生虫のキも知らないこの世界でそれは、コーシュー地方から食べ物を取り上げるための屁理屈にしか聞こえない…
コーシュー地方の独立は維持できない…経済的にも、日本住血吸虫対策の住民感情的にも、もうコーシュー地方という枠組みはどうしようもない。
ことここに及び、アリア・カナサシはナデシコシティの臨時統治機構弁務官事務所ーと言っても仮設ポケモンセンターの一角だがーに、シンオウ、キタカミ、カントー、ジョウト、ホウエンの代表を招聘した。とともに、シンシュー10のジムに対して根回しを行い、シンシュー地方POINSA(新体制への改組が間に合っていなかった)の代表として言祝アリアを承認させる。
ユキコシ代表たるアオバ・フロックスが背後で見守る中、列島各地から集まった5人の代表は、アリア・カナサシが言祝アリアへ1枚の書類を渡すのを眺めることとなった。
「『コーシュー地方は長年にわたる侵略の企図を打ち砕かれ、万策尽き、シンシュー及びユキコシへの詫びを完遂する手立てはなく、疫病を根絶し人々とポケモンたちに健康な肉体を与えしめることも殖産富国を成すことも能わず。
よってここにコーシュー地方は自主独立を放棄し、シンシュー地方にその全権、全域、全民を託し、新たな地方として幸を求めんと欲す』
コーシュー地方代表、臨時統治機構弁務官、アリア・カナサシ。」
いやお前、シンシューからの占領者やんけ!と5人の代表は思ったが口にはしない。一応アリア・カナサシはユキコシとシンシューの合同進駐部隊の代表として「コーシュー地方とのワカナエ講和条約に基づき、コーシューの新体制を監督するため、まずはコーシューの秩序を回復している」という立場でありコーシュー代表の資格がある。
…それに、コーシュー地方が破綻しているのはもう、誰の目にも明らかだった。ナデシコシティに並ぶ腐りかけの長屋と崩れかけのバラック、砂利道を虚ろな目で徘徊する人々や、疫病で腹を膨らませ死に絶えたポケモンの放置された亡骸を見ては、もうどの地方の代表も「自分の地方と同格の独立地方としてコーシューがやっていく」未来など考えられなかった。
「/Outputシンシュー地方は、『コーシュー=シンシュー地方』という地理的・歴史的な枠組みを理念に留まらないものとし、一体となってこの地の民を安んぜしめるべく励むことを誓います。
統合シンシュー地方体制準備協議会委員長、アリア・コトホギEnd」
「ワカナエ講和条約に基づくコーシュー地方新体制の共同監督者、コーシュー地方及びシンシュー地方の国際的後見者として、ユキコシ地方並びにフロックス財閥はシンシュー地方によるコーシュー地方の併合を承認いたしますわ。
ユキコシ地方代表、フロックス財閥代表、フロックス家家長にしてユキコシの至宝アオバ・フロックス。」
5人の代表が拍手する。
ここに、コーシュー=シンシュー地方、略して「コーシン地方」が成立した。
ー*ー
コーシン地方の成立は、実のところコーシューの諸問題について直接答えをもたらしてはいない。旧コーシュー地方に講和条約で課せられていた賠償金はそのままコーシュー地域管区にスライドした。新体制についてアリア・カナサシがごちゃごちゃ悩む必要はなくなり、コーシン地方11番目のジムとしてナデシコジムを設置しシンシュー並の体制を敷けばひとまずなんとかなりそう…とはいえこれも既定路線と言えばそうである。
ただ、「シンシュー地方とコーシュー地方の奪い合いではなく、一心同体のコーシン地方として生きていく」というカタチを得たことで多少なりとも住民感情問題が解決されたし、何より銀行や投資家にとって、「破綻しそうなコーシュー地方の賠償金のために出資しても仕方ない」という状況から「新生コーシン地方がコーシュー地域の面倒を見るためのカネに出資する」という状況に変えたことで、コーシュー地方は史上初めて国際経済に接続された。
しばらくの間はフロックス財閥が後見者として賠償金を肩代わりすることもあり、ようやく、日本住血吸虫対策の資金のめどがついたのである。同じころ、戦死者の遺体の肝臓から摘出された吸虫により、病理学的な証明を完了させていた。
一方でまた、完全に暗礁と見られていた駆虫薬開発も数日の間に治験まで進めていた。フーディンのような賢いポケモンやメタグロスのような演算能力の高いポケモンをかき集めてシミュレーションさせ、ネイティオのような未来予知のできるポケモンによってシミュレーションのプロセスをショートカットする…数学的オカルトと呼ばれしめた高速処理が、ニホンジュウケツキュウチュウに致死的な化学物質のリストアップを可能にしていた。それに、寄生虫が前代未聞かつポケモンと隔絶しているだけあって駆虫薬の副作用は少なそうだし、あったとしてもワザでなんとかなりそうだった。…というか、なんの偶然か、製薬チームはこの世界でもプラジカンテルにたどり着いていた。
同じく、ミヤイリガイの駆除もまた、ポケモン世界ならではの爆速処理が行われていた。「サイコキネシス」「ねんりき」で水底からまとめて取り出す、「ねっとう」「れいとうビーム」で水路や水田を殺貝処理する…なんのワザも持たないミリ単位の巻貝など、ポケモンが本気を出せば敵ではないのだ。それにコーシューの飢えた者たちにとって、焼けばミヤイリガイも食えるというのは(小さい上に焼く前に触ると感染するリスクがあるが)奮起を促した。
コーシュー中の湿地を焼き払ってミヤイリガイを駆除し、石灰岩を焼成してコンクリートにして用水路に敷設していく…これには戦犯指定を免れた唯一の元四天王「ほのおのマルス」がコウジタウンからやってきて力を振るった。周囲は「さんざん2度の戦争で殺戮を繰り広げ、裏切って戦勝側になっておいて、今さら疫病と闘う正義のヒーローぶるとは都合のいい奴だ」と憤ったが、本人にしてみればコーシューを見捨てられないと思ったらしかった。
大雨のたび荒れ狂ってコーシュー盆地を水浸しにしそこら中をミヤイリガイだらけにするフエフキ川・カマナシ川は、応急処置として戦争から復員したポケモンをすみずみに配置、みずポケモンとエスパーポケモンによって無理やり氾濫を防止することになった。干拓体制が整い、コーシューのあちこちで湿地や水田が干され、ほのおタイプとどくタイプとゴーストタイプによる念入りな処理の後にきのみを散布、果樹園に転用された。
一連の作業に携わったシンシューやユキコシの人間は「コーシューの人もポケモンもやる気が違った。ムシとミヤイリガイへの殺意があふれていた」と後に口を揃えることになる。日本住血吸虫症の犠牲者が親戚にいないなどありえない…というより一家全滅も珍しくなかっただけに、怨みが籠もっていた。
あってはならないと転生者2人が語った宿痾、日本住血吸虫症。寄生虫医学すら存在しないポケモン世界で不可能と思われたその根絶は、巨大プロジェクトが始まって1ヶ月しないうちに軌道に乗り、光明が見えてきていた。
けれど、ああ。
コーシューのどこかにいる神格ウルトラビースト、それによる「他の可能性世界への『穴』」…それによって「ミヤイリガイとニホンジュウケツキュウチュウが存在する世界の可能性」が流入している限り、日本住血吸虫問題は永遠に解決しない。
ゆえに2人のアリアとフロックス姉妹は、日本住血吸虫撲滅作戦の裏で極秘作戦を展開。衛星画像の解析、ライドポケモンによる赤外線カメラ空撮部隊、エーテル財団から急遽取り寄せたウルトラビースト探知マシン、文献調査や聞き取り、逃散したコーシュー軍の科学者の捜索…それらを全力で同時展開し、神格ウルトラビーストとそれを元にしたGXオーバーラップ開発アジトを探した。
だがなかなか見つからず…日本住血吸虫プロジェクトが7月中旬に始まっていたというのに、あろうことか9月になっても手がかりに乏しかった。
この間、8月末にはオーバーラップ技術のコーシン地方全戸からの接収が完了。フロックス家とウコンジムは連名で、ユキコシ地方とコーシン地方シンシュー地域に対して「オーバーラップ技術による世界の滅亡リスク」について説明。シンシュー侵攻が実は世界を救うための極秘オペレーションだったと知り、全世界が胸を撫で下ろしユキコシ非難を取り下げた。しかしウコンジムの秘密裏の観測によれば、滅亡の兆しとなる「凶兆の星」はまだ少しずつ近づいてきている…つまり何者かが「可能性世界の統合」をまだ行い続けているということで、ミシャグジを湖底に封印した以上はもう1体の神格ウルトラビーストのせいとしか考えられなかった。
冬が到来すればコーシンもユキコシも雪によって往来困難となる…焦り始めた4人のもとへ、ようやく報せが届いたのは9月も半ば。
「…カグヤ、これは?」
「ジョウトのニュートリノ観測装置と、それからミューオン観測を組み合わせて、シンオウのナナカマド博士に依頼した、コーシュー地下の空間の歪みと地下構造の照合マップだよ。」
本来それは、ギンガ団事件の時に活用された、アルセウス、ディアルガ・パルキア・ギラティナの出現を検知するシステムだった。カグヤはそれを転用し、「別世界の可能性が流入する『穴』」を捜索していた。
「結論から言うと、時空の歪み、かすかな震動が、コーシューを中心に常に発生し続けてる。今この時も、『可能性の統合』が起き続けてるんだろうね。」
「バックレアに聞いたところによれば、可能性世界の統合が矛盾する可能性を含む場合は違和感として知覚でき、矛盾の併存と統合によって因果律に異常が出るから現実不全が電子演算エラーとして感知できるらしいけど、その水準ではない…
…けれど量子コンピュータに異常が報告されていて、量子状態の観測による確定ができなくなっているらしいわ。」
「/Outputなんのこっちゃわかりませんが、『可能性』にまつわる悪さをしている奴がコーシューの地下にいるのは確かなんですね。それで、詳細な場所は?End」
「そのために、地下構造と地下の熱量を解析したの。
…その結果、コーシュー盆地の低地部の地下一帯、およそ100平方メートル以上の範囲に、異常な熱源が見つかった。」
スクリーンに映し出される、コーシューの地下の地層構造モデル。そこに熱量の推定値が色分けで描き込まれる。
「熱源の温度は、マグマにしては低かった。さらにコーシュー各地の温泉の伝承から、この熱源は少なくとも数百年前には存在し、温泉として湧き出していたことが示唆された。」
「地質じゃない…とはいえ、こんなに広い範囲を長期間温め続けられるポケモンなんて、グラードンくらいしか知られていないわよね?」
巫女として神格ポケモンに一家言あるアリア・カナサシは、言外に、この熱源があり得ないシロモノだと示唆する。
「ほのおタイプ系だと、そう。ただそもそも、この熱源を構成しているのは、目の粗い礫層に滞水した地下水なの。
だから私は、この熱は生成されたものではなく、放熱されたもの…膨大なエネルギーを地下に捨て続けてる者がいると考えてる。」
熱は目的ではなく結果であると。膨大な排熱を帯水層に放出し続けているバケモノがいる、と。
「…異世界への『穴』を開き続け、微小極まる差分とはいえ世界の統合を常時実行しているともなれば、排熱も道理ではありますわね。
/カグヤちゃん、俺とアオバちゃんからも。
熱源を取り囲むように、目立たないけれど古い祠がある。いにしえの時代に何かを鎮めようとしたらしくて、しかも、近年になってコーシュー軍が祠について調べていたらしい。
/祠をまとめる『基点の社』のようなものはありませんでしたわ。けれど…
すべての祠を見下ろせるポイントが、1つだけ。」
スクリーンに映し出される、コーシュー地域の立体モデル。中央部のコーシュー盆地へ、北から細長い大地がクサビのように食い込んでいる。
「このクサビ部分の突端、コウジタウン市街にそびえる台地の上に、旧コーシュー地方指導部は本拠地を移動しようとしていたようですわ。てっきり皆、シンシューを征服した後でシンシューに通ずる街道があるコブシタウンへ遷都するのだと考えていましたけれど…
/温泉として湧き出ている地下の熱源、それを古代のコーシュー人がうすうす感じ取って...いや、長く住んでいればエスパー系やゴースト系のポケモンが気づくこともあったのかもしれない。コーシューの低地の熱源を取り囲む祠を建てた。それらすべてを見下ろせる場所に遷都の計画があったことは偶然とは思えない。」
ー*ー
コブシタウン、コブシ新城。
「何もかも焼け落ちた、って感じね。」
ナデシコシティのヨウガイやま館に代わり、新しきコーシューの中枢となるはずだった地…しかしそこは、炭化した木材が転がっているだけの焼け跡となっていた。
「お姉ちゃん、何が落ちてるかわからないから足元気をつけて。」
「大丈夫ですわよ。戦後のどさくさで木も鉄屑も全部持ち去られたそうだから。」
敗戦で旧支配層が没落し、この地も一揆で略奪された…レアコイルを持ち込んで金属類を一切合切かっさらっていったという。
手がかりがかつてあったにしても、もはや残っているとは思えない…フロックス姉妹も2人のアリアも、正直そう考えていた。
「/Output何か、見つけたみたいです!End」
チラチーノが手を振っている。
地面に突き刺さった、泥だらけの布片。この場にあって焦げあとがなく、どこか異質な代物だった。
「襲撃される前にとっさに埋めて隠し、雨で地中から出てきた…とかよね?もっともそれならそれで腐り始めてなさそうなのが不思議ではあるけど…
サーナイト、サイコキネシスで引き抜いて。」
するすると、土の中から布の塊が引きずり出される。…掛け軸?
「/Outputアシレーヌ、洗浄お願いしますEnd」
さすがに描かれた絵は駄目になっているだろうな…と思いながらも、4人は、掛け軸から泥が落ちていくのを見守った。
果たして掛け軸に描かれていたのは、コーシュー盆地の絵図で。
「埋めて隠したことと言い、泥に耐えてたことと言い、高級だと思ったけど…
…コーシュー全土の地図、か。覇権の象徴だったんだね。」
「カグヤ、待つのですわ。
この絵図、下半分が。」
掛け軸なのだから、縦に細長い。上部には抜けるような青空、中部には広がる盆地が描かれ、そして掛け軸の下部には。
「「「「なっ…」」」」
求めてきた真相が、そこにはあった。
ソレは、姿を現わした。
「…なんにせよ倒さないといけないわ。」
「お前の神話も、ここで終わりだ/わたくしたちにトドメを刺されること、光栄に思うとよろしくってよ!」
アリア・カナサシと蒼玻/アオバ・フロックスの渾身の一撃が、振り下ろされた。
”極彩にして漆黒、カラフルにしてモノクロ、矛盾した輝き”
その神格は
~次話、転生ポケモンアイドル第87話「もはやウルトラビーストではない」~
「いよいよ、時は満ちたり。」