其れは、熱病にも似て…――

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桜の舞う頃に

 私の恋は真っ直ぐに落ちた。

 あの桜舞う季節、何もかも初々しかった私は恋に落ちた。

 

 私じゃないあの子を優しく見詰めるその瞳に。

 壊れ物を扱うかのようにあの子にそっと触れる優しい手付きに。

 全身全霊で大切にしながら、けれども気取られないように素っ気なく振る舞う。

 

 そんなあの人に、私は一瞬で恋に落ちてしまった。

 

 我ながら簡単なものだと思う。

 そして残酷だとも思った。

 

 花の命は短いものだというけれど、私の其れは芽吹く前に終わっていたみたい。

 

 忘れたい。

 忘れられない。

 

 見たくない。

 目が離せない。

 

 だって、あの人はどんな時もキラキラと輝いて見えたから。

 

 (ひるがえ)って私のなんと惨めなことだろう。

 色なんて何も無い、辛うじて存在が認識できる灰色。

 

 それは私にとって、この気持ちに蓋をするには充分すぎる理由で。

 

 けれども。

 同時に、(おり)のようになにかドロドロしたものが溜まっていくことを意味していて。

 

 でも、私はそんなことは少しも気にならなかった。

 あの人以外のきっと何もかもが、私の目には映らなかったのだろう。

 

 それからは何事もなく時間は過ぎていった。

 季節は変わり、歳も重ねた。

 

 けれども、私は灰色のままだ。

 

 それだけではない。

 今やあの人以外の全てが灰色に沈んでしまっている。

 

 世界は灰色だ。

 

 そう見えてしまう、この命の、この想いのなんと無味乾燥なことか。

 何より今更此れ等をなかったことになど出来そうにない。

 

 一過性の感情のゆらぎ。

 放っておけばいずれ消えてしまうもの。

 砂糖菓子のように甘く儚いものだと思っていたのに。

 

 消えてしまうなどとんでもない。

 もう目を背けられないほどに此れは、重く、大きく育ち過ぎてしまった。

 

 ()ててしまおうか? 

 自嘲する。

 

 この上一体何処にこんなものを()てられるというのだろう。

 こんな面倒なもの、到底自分以外の誰にも処理しきれるはずもない。

 

 ──そんなはずはない。

 

 きっと此れは思い込みだ。

 面倒極まる思い込みだ。

 

 けれどきっと、それが自分の最後のプライドだ。

 この面倒くささすら()ててしまったら、いよいよ以って私には何も残らない。

 

 だから、そう。

 

 また巡ってきた桜舞う季節に。

 底抜けに青く輝く空を見上げて、手を伸ばしながら。

 

 私の恋は何処までも真っ直ぐに落ちてゆく。

 

 天にも上る心持ちとはこのことか。

 目まぐるしく急上昇する世界を横目にしていると、なんという幸運だろう。

 

 あの人と初めて視線が絡んだ。

 いつも目にしていたあの子を慈しむ其れとは違った、不意を突かれたかのような表情。

 

 きっと其れは私だけのもの。……私だけのものだと良いな。

 

 だから。

 

 そう、だから。

 

 私は身も心も目一杯弾ませながら、貴方を想って人生一番の笑顔を咲かせたの。


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