ち、違う!俺はロリコンじゃない!   作:四十九院暁美

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ちょこっと情報
チーム・プロキオンのイカれたメンバーを紹介するぜ!(その2)
サブリーダー:イナリワン
後方腕組み奥さんヅラのやべー奴。
チーム・プロキオンのオカン的存在で常にチームメンバーに気を配り、時に暴走しがちなタマを嗜めたり、トレーナーを献身的にサポートする良妻賢母な女の子だが、実際は自分の奥さんロールプレイを楽しんでる激ヤバさん。
時折、ルビーとジャーニーと井戸端会議をしているようだが、その心ははたして……。




俺も大井に住んでみたいって思った(クリティカルヒット)

「あー! ロリコントレーナーだ!」

 

「誰がロリコンだよ誰が」

 

「悪いやつか!?」

 

「悪いやつじゃありません!!!!」

 

 カノープスと合同トレーニングをしにトレセンのターフに、来たらいきなりツインターボとビコーペガサスにロリコン呼ばわりされた。解せぬ……! 

 

「こーらターボ! ビコー! 旦那は"まだ"ロリコンじゃないって言ってるだろう?」

 

「イナリ? その言い方だとあとで俺がロリコンになるみたいなんですが?」

 

「まだロリコンじゃないのか?」

 

「まだロリコンじゃないぞ」

 

「むむっ、そうだったのか……!」

 

「ほら、失礼なこと言ったらどうするんだ?」

 

「「ごめんなさい!」」

 

「お、おう……え? 大丈夫? これほんとに誤解解けてる?」

 

「……ま! 細かいことはいいじゃあねえか!」

 

「イナリ???」

 

「アハハ……相変わらず賑やかですね」

 

 イナリと漫才めいたやり取りをしていると、カノープスのトレーナー、南坂さんが他のメンバーと一緒にこっちに向かってきた。

 なんだろう、心なしかカノープスのみんなの視線が微妙に鋭い気がする……いや、気のせいでしょ。まさか、ねぇ……? 

 あ、ツインターボとビコーペガサスがさりげなくナイスネイチャとイクノディクタスの後ろに隠された。

 終わりだ……。

 

「おはようございます、久保さん。イナリワンさんとの合同練習、よろしくお願いします」

 

「おはようございます南坂先輩! こちらこそ、うちのイナリを合同練習に誘っていただいて、ありがとうございます!」

 

 お互いに挨拶を交わして、ガッチリ握手する。

 俺のチームであるプロキオンには、時々こうして合同練習のお誘いが来る。

 特にタマとイナリはドリームトロフィーリーグを走ってるからなのか、春や秋はこんな感じでよく合同練習に誘われるんだ。

 

「……ところで、なぜビコーペガサスが? カノープスじゃなかったですよね?」

 

「彼女のトレーナーが風邪でダウンしていまして……一時的に私のほうで預かっているんです」

 

「なるほど。早く良くなるといいですねえ」

 

 風邪か〜。それはお気の毒というかなんというか……。

 この時期は季節の変わり目だから体調を崩しやすいし、俺も気をつけないとな。

 前に風邪引いた時は来るなって言ったのにみんなして家に押しかけてきて大変だったし……。

 

「それで今日のメニューですが、通常のトレーニングを行った後でイナリワンさんと併走させていただけたらと」

 

「わかりました。イナリの胸を借りるつもりで、お任せください。な、イナリ」

 

「おう! このイナリ様にどーんと任せとけっ! ……って、旦那ぁ? 旦那があたしに胸を借りるってのはちとセクハラなんじゃねえのかい?」

 

「えっ?! そ、そうかな……俺のイナリは強いから、って意味で使ったんだけど、不快だったかな……」

 

「ふ、ふーん……冗談だって、冗談! 旦那に限ってそんなことする奴じゃあねえってのは、よぉ〜くわかってるぜ! ……ま、旦那にならいつでも貸してもいいけど……♡」

 

「……お、おう?」

 

「えーと、とりあえずストレッチから始めましょうか」

 

 なんかわからんけどイナリが少し機嫌良くなったので、この調子でカノープスとの合同トレーニングを進めていくことにした。

 まずはストレッチとウォームアップをして身体を良くほぐしたら、南坂さんのメニューに従ってトレーニングをしていく。

 側から見た感じなかなかハードなトレーニングメニューで、カノープスのメンバーはちょっと辛そうだったが、さすがにイナリはまだまだ余裕そうだ。

 ウチのイナリはドリームトロフィーリーグ常連だからね、これくらいでへばるようなヤワな子じゃないよ。

 

「それにしても」

 

「ん? なんすか?」

 

 カノープスのみんながイナリの号令で一緒にメニューをこなしているのを見ていると、南坂先輩が興味深そうに言った。

 

「あなたがプロキオンの皆さんと仲が良いことは知っていますが、イナリワンさんとはどうやって仲良くなったのですか?」

 

「どうやって、ですか?」

 

「大井から中央へ来た直後のイナリワンさんは、言ってしまえば抜き身のナイフ……非常に気性の荒い様子でした」

 

「ああ〜……」

 

 言われて思い出す、イナリと初めて出会った時のこと。

 あの頃のイナリはそりゃあ荒くれ者だったなあ。江戸っ子気質ったってさすがに見栄っ張りすぎというか、ねぇ……。

 

「それをどうしてか、あなたは担当するや否やすっかり宥めて今のようにしてしまった。そこは不思議なんです」

 

「そうっすねぇ……」

 

 南坂さんの疑問はまあ、わからなくもない。俺も当時はよく同期の葉隠とか沖野さんによく聞かれたし。

 でも正直、俺としてもこの辺はわかんないんだよね。なんか気づいたらこんな感じだったというか、むしろ俺が聞きたい感じ。

 

「まあ、心当たりはなくもないんですが」

 

 とはいえ、イナリとの仲が深まって担当させてくれるようになったのは、たぶんあのスカウトでの出来事が原因だろうなってのはある。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 イナリは大井から中央へ転入してきた子で、当初は南坂さんが言う通りとんでもなく気性が荒いと言うか、ナメられないように見栄を張ってかなり威勢の良い振る舞いをしていた。

 模擬レースでパワフルな走りを見せつけた彼女に注目してスカウトに来たトレーナーにも、耳を倒して威嚇する徹底ぶりだから彼女に注目してた俺としてもこれは曲者だぞと思ったわけだ。

 実際、何人ものトレーナーが彼女に話しかけたが敢えなく追い返されて"彼女は文字通りじゃじゃウマだ"なんて言われていた。

 でも俺は彼女の輝きを見逃さなかった。あの模擬レースで見せた走り、あんなにも輝いた走りをする彼女を放って置けない! 

 そう思って、割とイナリに近しいうちのタマに相談してみたが。

 

「はぁ? イナリをスカウトしたい?」

 

「うん、だめかな?」

 

「え〜……だめ、やないけどぉ……ウチ、まだクラシックやで? トレーナーもまだウチしか担当したことない新人やん? それでスカウトってどないやねん」

 

「うっ……ま、まあ確かにそうなんだけど……」

 

「それに……ふたりきりやなくなるし……」

 

「え? ふたり?」

 

「な、なんでもない! せ、せやから! そないポンポン契約しとって首回らんくなるのは勘弁やで」

 

「う、う〜ん……」

 

 普通に正論を返されてがっくり肩を落としてしまう。

 まあそりゃそうだ。サブトレーナーとしての経験は積んでいても、まだ新人の域は出ない俺がいきなりふたり担当しようなんて無茶もいいところ。反対されるのは当たり前でしかない。

 でも、それでも。やっぱり諦めきれない。

 ちょっとズルしちゃうくらいには。

 

「なんとか! なんとかお願いできないかな……?」

 

「……はぁ。わかったわかった。そない頼まれたら、断れへんわ。ええよ、イナリと話付けたる」

 

「本当に!?」

 

「ウチが嘘ついたことあるか?」

 

「え、それはいっぱいあるけど……」

 

「そこは嘘でも"ない"って言わんかい! まあ、とにかくそのかわり! その代わりやで?」

 

「うん、なんかお願いとかあるの?」

 

「……う、ウチと……で、デート……やなくて! お、おでかけ、とか……して欲しいなぁって……」

 

「おでかけなんて、もちろんいいよ! タマとならどこに行っても楽しいからね!」

 

「へっ!? い、いややなあも〜トレーナー急に何言うてんねんホンマ照れること言わんといてぇな〜♡」

 

「よぉっし、そうとなれば作戦を練らなきゃな。イナリワンの担当になるために!」

 

 と、こうしてタマの協力を取り付けて無事にイナリと話す場を設けることができた。

 次にどうやってイナリを説得するかだが、ここはやっぱりジャーニーの力を借りた。

 

「ってわけで、どうしたらスカウトできると思う?」

 

『……あなたはまた……。はぁ、少しはこちらの気持ちにもなって欲しいですが……これも弱みというものですか』

 

「あれ、なんか間が悪かったかな……?」

 

『……いえ、大丈夫ですよ。それでイナリワンさんの件ですが、いいでしょう。考えてみましょうか』

 

「さすがジャーニー、頼りになるよ〜! やっぱりジャーニーのお墨付きがあったら心強いからね、ありがとっ!」

 

『……どういたしまして』

 

 なんか不機嫌と上機嫌を行ったり来たりしてるし、やっぱりちょっとタイミング悪かったかも。

 と思いつつジャーニーの案を聞いてみるが、彼女から返ってきたのは意外な答えだった。

 

『やはり、ありのままを伝えるのがよろしいかと。ただし、最初に相手の話を聞くことが前提です。イナリワンさんは、聞く限り地元愛が強い方のようですから、まずは地元について話していただき、警戒を解くのが良いでしょう』

 

「なるほど……」

 

『そして、やはりスカウトにはありのままを伝える。ありのままと言っても安易に"三冠を取れる"などとは言わないほうが良いでしょうね。やはり地元を盛り上げていこう、と言った郷土愛を刺激する言葉が良いと思います』

 

「郷土愛か……でも、俺口上手くないからなぁ……」

 

 今までまったく考えたこともなかったアプローチ案に、俺は困ったとひとり首を傾げた。

 タマの時は彼女の"家が貧乏だからレースで稼いで勝ちたい! "って気持ちと、俺の"担当のウマ娘といっしょにG1レースを獲りたい! "って気持ちが合致した結果だったから、結構すんなり進んだんだ。

 けど郷土愛なんて俺、持ってないしなあ……。

 

『あなたの先輩に聞いてみてはいかがでしょうか』

 

「え、先輩?」

 

 弱気なことを言うと、ジャーニーはすぐさまこう返した。

 

『あなたがサブトレーナーとして研修を積んでいたチームの、チーフトレーナー。彼にスカウトに関する口説き文句を聞くのが良いかと』

 

「たぁしかに?」

 

 あの人のスカウトしたウマ娘のことを思い出すと、まさにこれ以上にない適任じゃないかと思えた。

 何せあの人はスーパーカーことマルゼンスキーを育て上げてドリームトロフィーリーグに導き、今はメジロアルダン、エイシンフラッシュ、そしてサトノクラウンを育成している凄腕の人だ。

 

『彼ならば、スカウトに関する知識も豊富でしょうから、良い口説き文句を思いつくはずですよ』

 

「あの人の口のうまさはすごいからなあ……よし、ちょっと聞いてみるかあ! ありがとうね、ジャーニー!」

 

『いえいえ、あなたのお役に立てたなら何よりです』

 

「ところで、俺ってジャーニーにあの人のこと話してたっけ? ジャーニーに話した記憶ないんだけど」

 

『……ご自分で話されてましたよ。楽しそうに』

 

「あれえ? そうだったかな……まあいいや。とにかくありがとうねジャーニー!」

 

 そうと決まればさっそくアポ取りだ。

 俺はジャーニーとの通話をすぐさま彼にメールを入れた。夜も遅い時間だったので迷惑かと思ったが、かなり早く返信が来た。

『君がまた僕を頼ってくれて嬉しいよ。僕でよければいくらでもアドバイスするから、いつでも頼ってね』と可愛らしい絵文字付きのメールだった。

 さすが先輩だ、ありがたいことこの上ないぜ。

 こうして先輩の協力を得てスカウトの心得を会得した俺は、一週間後、ついにイナリと相対することになった。

 

「トレーナー、連れてきたでー」

 

「オウオウ、アンタがこのイナリ様をスカウトしてぇってトレーナーかい。タマに言われて来てみたが、ずいぶん若えじゃないか」

 

「あはは、まだ新人だからね。今日はよろしく、イナリワンさん」

 

 イナリは初対面でいきなり威嚇するみたいな態度で接してきたが、俺が握手を求めて右手を差し出すとちゃんと応じてくれた。

 他のトレーナーよりはまだマシな態度だ。タマの口利きが効いてるんだろう。

 でも、トレーナー相手にそんな態度を取れるほどの実力があるとも言える。

 

「ほな、ウチは邪魔やろし出てくるわ。終わったら呼んでな」

 

「うん、ありがとうタマ。じゃ、立ち話もなんだしとりあえず座ろっか。ジュースはいる? ニンジンジュースあるけど」

 

「お、悪いねえ」

 

 どかりソファに腰掛けたイナリに飲み物を出しつつ、自分も対面の席に着く。

 さて、ここからだ。ジャーニーと先輩のアドバイスを活かして頑張るぞ! 

 

「スカウトの話をする前に、ちょっとお話ししようか。イナリワンさんは大井から来たんだよね? 俺、大井って行ったことないんだけど、どんなところなの?」

 

「ん? そうだなぁ……人情にあふれた町、ってぇとこだな」

 

 大井のことを聞くと、イナリは上機嫌に大井がどんなところか話してくれた。

 大井のここがいい、ここがすごい。八百屋の爺さん婆さんがいい人だとか、あそこの蕎麦屋がうまいとか。とにかく色々なことを話してくれた。

 俺もそれに合わせて相槌を打ったり、質問を挟んだりして、イナリが気持ちよく話せるようにアシストして、彼女の警戒心を少しずつ下げていった。

 誰でも好きなことを気持ちよく話せると、気分が良くなって「ここまで話を聞いてくれたならちょっとくらいはこいつの話を聞いてやるか」って気分になるわけで。

 

「……おっと! つい話し込んじまった。いやぁ、こっちに来てからだーれも大井のことぁ聞いてくれねえんだから、なかなか話す機会もなくって」

 

「イナリワンさんの走りはすごいからね。みんなそっちに注目しちゃうから、なかなかイナリワンさんの……大井魂? って言うのかな? それに気づけないのかもね」

 

「大井魂! あっはっは! 確かに、このイナリ様にゃピッタリな言葉だな! こりゃ一本取られたぜ」

 

 大井のことを満足するまで話せてずいぶん機嫌が良くなったイナリは、最初の態度と比べてもかなり朗らかになった。

 これなら、スカウトの話もうまくいきそうだな。あとは、先輩のアドバイスをもとにイナリにアプローチだ! 

 

「さて、大井のことはもっと知りたいけど。あんまり話しちゃうと日が暮れそうだからね。ここで一旦、本題にはいってもいいかな?」

 

「おう、スカウトの話だろ? ……率直に聞きたいんだ、アンタはなんであたしをスカウトしようと思ったんだ?」

 

(おっと、単刀直入に来たな。でも願ったり叶ったりだ)

 

 俺は心の中でグッと気合を入れると、先輩から教わったスカウトの心得"

 よし、やるぞ。先輩直伝スカウト術"君の走りに惚れちゃったんだぜ"作戦! 

 

「そうだなぁ……やっぱり一番は模擬レースでの走りかな。あの力強い走りをする君を一目見た時に、思ったんだ。この子、好きだなって。あれかな、一目惚れってやつかな?」

 

「おう。……オウ!? 好きぃ!? ひ、一目惚れぇ!?」

 

「うん。イナリワンさん、君のことを見た時に、こう……ピンと来たんだ。君しかいない、って。あの時の君が誰よりも輝いて見えて、君しか見えないくらいだったんだ。君以外のことは考えられなくて、居ても立っても居られなかった。君のことはもっと知りたいって思ったんだ」

 

「な、な、なっ……!?」

 

 先輩のアドバイス"ちょっとキザな言い回しで走りを褒める"を思い出しながら、用意していたセリフを喋っていく。

 さらにここでイナリの大井への愛、郷土愛を誉めることでポイントを稼ぐ。

 

「大井のことを楽しそうに語っている君の顔は、とっても素敵だった。話も上手でさ、なんか……俺も大井に住んでみたいって思った」

 

「す、住むって……それ、まさか……!?」

 

「あっ! その時はイナリワンさんに案内してもらおうかな? 君の生まれ育った街を、大井のことを、もっといっぱい教えてもらいたいからさ」

 

「は、はわわ……」

 

 あ、ちょっとキメ顔とか作った方がいいかな? 

 でも俺ってそういうのあんまり得意じゃないし……ここはタマが好きって言ってくれた朗らか〜な笑顔でやってみよう。

 

「ちょっと長くなっちゃったけど、言いたいことはひとつだ。……イナリワン、どうか俺のところに来てくれないかな?」

 

「……っ!?!?!?!?」

 

 にっこり笑って、右手を差し出す。どうしてか顔を真っ赤にしているイナリは、俺の手と顔を忙しなく交互に見ている。

 あ、あれ? なんか思ってた反応と違うな? もっとこう、江戸っ子っぽい威勢がいい感じを期待してたんだけど……ま、まさか……言ってることがクサすぎて共感性羞恥感じてる系!? 

 うわー!? そうだったらマジで嫌だ! 絶対「うっわなんだこいつカッコつけて恥ずかしいやつだな」って思われてるじゃん!? 

 やばいやばいやばい、自覚したら急に恥ずかしくなってきたじゃん! 

 

「あ、あの……えと……イ、イナリワンさん?」

 

「ハッ!? な、なんでいべらぼうめい!?」

 

「うわっ、い、いやその……急に黙られると、こっちもその……恥ずかしいというか、ね……?」

 

「え、あ、ああ……?」

 

「う、うぅ……ごめん、慣れないこと言っちゃったから……」

 

 恥ずかしさに耐えきれなくなって、俺は思わず顔を覆った。

 も〜慣れないことなんてするもんじゃないよ〜! 

 いやだなぁ、これでスカウト失敗したらどうしよう……先輩に文句言いにいってやろうかな。ってかよく考えたらそりゃあんな塩顔イケメンなら何言ったって様になるだろ! こんにゃろめ〜……! このスカウトあなただからできるだけじゃないですか! って! 

 

「……ぷっ、くくく……! アッハッハッハッハッ!」

 

 心の中で先輩に対する恨み言をつらつら考えていると、急にイナリが笑い出したから俺はうぐっとうめいた。

 な、何もそこまで笑わなくていいじゃんね……。

 

「い、イナリワンさ〜ん……?」

 

「わ、悪ぃ悪ぃ! バカにしたんじゃあねぇんだ! いや、さっきまであんな格好つけて啖呵切ってたのが、急にしおらしくなって……くくくっ」

 

 あんまり笑うもんだから俺もちょっと拗ねてムッとすると、やっと笑い終わったイナリが俺に向かって右手を差し出した。

 

「イナリだ」

 

「……え?」

 

「イナリで良いってこと! スカウトの話、喜んで受けようじゃねえか!」

 

「……ほんと!? ありがとうイナリ〜!」

 

 思わず立ち上がってイナリの右手を握ると、俺は喜色いっぱいに笑った。

 やった、スカウト大成功だ! なんだよ結局先輩のアドバイスでスカウトできちゃったよ! ごめんな先輩、酷いこと思っちゃって! 今度菓子折り持って行くよ! 

 と感動に打ち震えていたら、イナリが俺の腕に抱きついて言う。

 

「それじゃ、今日からよろしく頼むぜ……旦那♡」

 

「だ、だんな……?」

 

 急に独特の呼び方だなあ。まあこれがイナリなりの信頼ってやつなのかもしれない。ともあれスカウト成功なんだ、さっそくお祝いしなくっちゃな! 

 

「トレーナー、終わった……か……?」

 

「タマ! 今日からイナリがチームメイトだよ!」

 

 タマもちょうど戻ってきたのでスカウト成功の報告をすると、タマが眼をぱちくりさせて俺とイナリを交互に見た。

 

「おまっ、ちょ……なにウチのトレーナーに抱きついとんねん!?」

 

「よっ、タマ! 今日から、旦那のとこで……世話になるぜ」

 

「だ、だだだだんなぁ!!!!????!?!? なに急に距離縮めとんねん!? トレーナー、何したんや自分!?」

 

「え、え、いやタマ、急にどうし……」

 

「ってかいつまでくっついとんのやオラァ! とっととウチのトレーナーから離れんかいワレェ!」

 

「や〜ん♡だんな〜、あの先輩こわ〜い♡」

 

「ヒドォチョグテルトヴッドバスゾ!?」

 

「あ、あれ〜……?」

 

 お、おかしいな……イナリのスカウトに成功したしタマも喜んでくれると思ったのに、なんでだかイナリと一緒になって俺の腕に抱きついて喧嘩し始めたぞ……? 

 でもこの2人は普段からなんかこんな感じで、喧嘩するほど仲が良いを地で行ってるらしいからな。もしかしたらこれも仲がいいからこそのじゃれあい……なのかな……。

 

「くっ……こ、このままやと寝取られやんけ……!」

 

「寝てから言いな」

 

「じゃかあしいわ女狐! せ、せやっ! それやったらウチやって……えと、だ、だーりん♡」

 

「おいおいおいおいなにあたしの旦那に色目使ってんでい!」

 

「アア!? そっちがウチのだーりんに色目使ったんやろがい!」

 

「あー、と……ふたりとも仲良くね……?」

 

 仲がいい……んだよね……? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ってなことがありまして。それで結構距離が縮まったんですよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 俺がイナリをスカウトした時の話をすると、南坂さんはなんか言いたいことがあるけど言えないような微妙な笑顔を浮かべた。

 なんかおかしいところあったかな……。

 

「えぇと。ひとつ聞きたいんですが、良いですか?」

 

「……? なんすか?」

 

「その、おふたりの呼び方についてどう思ったのか聞きたいのですが」

 

「ふたりって、タマとイナリのですか?」

 

「ええ、はい」

 

「うーん……最初はドキドキしましたけど、ふたりなりの信用? 信頼? その形の表れだろうってジャーニーに言われてからは、そういうもんかと思ってます」

 

 いくらトレーナーたって、そんな旦那だとかだーりんだとか呼ばれたらドキドキする。

 でもそのことをジャーニーに相談したら、

 

『タマモさんもイナリさんも、あなたを信頼しているからそうやって呼ぶのでしょう。あとは、そうですね……あなたがそうやって初心な表情を見せるから、からかわれてるんじゃないですか?』

 

 って言われてから、あんまり呼ばれ方とかは気にしないというか、気にしないようにしてる。

 俺だって大人だぞ! 子供に抱きつかれたくらいでドキドキするもんか! 

 

「……そうですか〜」

 

 俺の答えを聞いた南坂さんは、これまた何とも言えない困った顔をする。

 今の要素にそんな困った顔するところあったかな。あ、もしかしてウマ娘に舐められてるのはよくないって思ったとか? 

 俺が南坂さんの表情に首を傾げていると、コースの方からイナリの声が聞こえてきた。

 

「おーい、トレーニングメニュー、全部終わったぞー!」

 

「お、ありがとうイナリ! それじゃあ次は併走の準備頼むよ! 俺と南坂さんは計測の準備しておくから、そっちは頼むな!」

 

「は〜い、だんな〜♡」

 

「……気を付けてくださいね、いろんな意味で」

 

「はい?」

 

 南坂さんは苦笑いを浮かべて、気の毒そうな目で俺を見てきた。

 あれ、もしかして俺……またなんかやっちゃいました? 

 




Skeb作業やら何やら更新がだいぶ遅くなってしまってしまって申し訳ない。
時間があまりにも足りない、人生の悲哀を感じますね。

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