1976年12月25日、冬の冷たい空気が漂う一日。裕福な家庭に生まれたジェート=セレナイトは、その誕生の瞬間から周囲に異様な雰囲気をもたらしていた。ジェートの誕生は家族にとって祝福の瞬間であるはずだったが、その微笑ましい雰囲気は、彼の誕生と共に消え失せた。
父ジェフ=セレナイトは、赤ん坊を抱き上げたとき、「なんだ…この目は…」と、その冷たい目にわずかな戸惑いの色を見せた。泣き声1つ上げず、ただ自らを見つめるその真っ黒な瞳に。
母ミラ=セレナイトは、最初こそ喜びを表していたが、すぐにその表情は歪み、ジェートが放つ異様な雰囲気によって不安の色を浮かばせた。
「本当に私たちの子なの…?」
生まれたばかりのジェートは、家族の期待を背負うどころか、存在そのものが不気味に感じられるのだった。
成長するにつれて、その異質さはますます際立っていき、ジェートの存在はより孤立していった。親からの愛情は感じられず、ジェートの世話は全てメイドに任せられたが、メイド達もジェートが放つ異様な雰囲気を恐れていたため,最低限のお世話だけをしていた。そのため,ジェートはいつも1人だった。
彼の誕生から3年が過ぎたある日のこと。メイドの1人であるアリスが、いつものようにジェートの部屋に食事を運んだ。カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、ベッドに腰掛けているジェートが、何かを考え込むように自分の手をじっと見つめていた。
アリスは一瞬足を止め、その異様な雰囲気に恐怖を感じたが、勇気を振り絞ってゆっくりとベッドに近づいた。彼女の足音は、重苦しい静寂の中に響き、ジェートの存在がますます不気味に感じられた。
恐怖に当てられたアリスの手は震え食事のトレイがカチャカチャと音をたてる。アリスは微かに震えた声で「お食事をお持ちしました」と言った。ジェートはその声に反応し、わずかにドアの方に顔を向けた。カーテンの隙間から漏れる微かな光が、真っ白な肌を淡く照らし、黒い瞳がアリスをじっと見つめていた。
近くに来たアリスを見上げながら、ジェートは小さな声で言った。
「この白いもや、暖かいんだ…」
アリスは戸惑いを隠せなかったが、ジェートは構わず続けた。
「アリスの周りにもあるよ?…それも、暖かい?」
ジェートは、そう言いながら小さな手を彼女の方に伸ばした。その手は、まるで何かを掴もうとするかのように空を彷徨っていながらアリスへとゆっくり伸びる。
アリスは恐怖で後ずさりしながら、ジェートの手が自分に触れようとするのを見た瞬間、とっさにその小さな手を跳ね除けた。「触らないで!」と叫ぶと、震えた手から食事のトレイを床に落とし、絨毯の上に食事が散らばった。アリスはそのまま部屋を飛び出し、背後に閉められたドアの音が響き渡った。
胸を押さえ、息を荒げながら親に一連の出来事を報告したアリスは、ジェートのことを「悪魔の子」と言い残し、すぐに屋敷を去った。
その翌年の暮れ、ジェートの弟が誕生し、家族の関心は完全に弟に向けられた。ジェートはさらに孤独の中に追いやられ、家族との距離はますます広がっていった。
1980年、ジェートが4歳を迎える頃、セレナイト家に新たな命が誕生した。ジェートの弟である。家族はその誕生を心から喜び、ジェートの弟であるザックには惜しみない愛情を注いだ。その光景は、ジェートが経験したことのない温かな家庭の姿だった。
この弟の誕生こそが、ジェートの運命を決定的に変える出来事となった。
ある夜、ジェフは自分の書斎で一人、ウイスキーグラスを手に考え込んでいた。ガラスの向こうで琥珀色の液体が揺れる度に、心の中で激しく葛藤が渦巻いていた。
「このままでいいのか…」
心の中で幾度もその問いを繰り返す。ジェートの冷たい目、あの異様な雰囲気。それらはジェフにとって、家族の未来に影を落とす不安の種でしかなかった。しかし、ジェートは自分の息子だ。どれほど忌まわしく思えたとしても、彼を捨てることは父親として許されることではないという理性が彼を引き止めていた。いや,違う。怖いのだ。まだ、4歳であるジェートがジェフは怖いのである。
ジェートは大人であるジェフが少し力を加えれば簡単に壊すことができる4歳の子ども。しかし,いざ,そのようなことをしようものなら,自らが壊れる想像しかジェフにはできなかった。
「ジェートに何かすれば,きっと…」
そうジェフが再び後ろ向きな思考に陥った時,書斎に飾られたザックの写真が目に入った。その瞬間,ジェフの心に変化が訪れた。ザックの笑顔、その無垢な瞳。その全てが、家族の未来を輝かせる希望そのものに思えた。
「ザックを守らねば…」
その思いが、ジェフの心を支配していく。ジェートとザックを比較すればするほど、ジェートの存在がザックの未来を脅かすものとして映り始めた。
「ザックのために…、私たちの未来のために…」
そう自分に言い聞かせ、ジェフはついに決断を下した。家族の平穏を守るため、そして弟ザックの未来を保障するためには、ジェートを家から追い出さねばならない。
ジェフはウイスキーを一気に飲み干し、決意を固めた目で書斎のドアを見つめた。その目には、もはや迷いはなかった。
1週間後。父親ジェフから初めて外出に誘われたジェートは、心の中で大きな喜びを感じていた。普段はほとんど会うこともない父親に、ようやく構ってもらえるという喜びがジェートの胸に広がっていた。家の外に出ること自体が珍しく、特に父親と一緒にいるというのはジェートにとって特別な意味を持っていた。
ジェートは楽しげに街を歩きながら、ジェフの背中を見上げてついて行った。昼の街は、明るい太陽の光が道路や建物を照らし、活気に満ちていた。通りにはたくさんの人々が行き交い、ショップやカフェのウィンドウが色とりどりの商品やディスプレイで賑わっていた。街の賑やかな雰囲気にジェートの心も弾んでいた。
しかし、ジェフが突然狭い路地裏に入ると、その明るい景色は一変した。路地裏には数人の見知らぬ男たちが待ち受けており、陽の光が届かないその暗い空間は不気味な静寂に包まれていた。
「そいつか?」
男たちの中で1番屈強そうな男がジェフに尋ねる。ジェフは何も言わずにその男たちと目を合わせ、冷淡な表情を浮かべたままコクリと頷いた。
ジェートはその表情に胸を締め付けられるような感覚に襲われた。初めての外出の喜びが、恐怖へと変わり始めた瞬間だった。誘拐犯達が近づくと、ジェートの心は恐怖が一層強くなった。彼は「助けてっ!」と必死にジェフの手を掴もうとしたが、ジェフは冷たく手を振り解き、そのまま何も言わずに立ち尽くしていた。
ジェートはその瞬間、自分が完全に見捨てられたことを理解し、心の中で深い孤独と絶望を感じた。ジェフの無関心な目からは、「お前がどうなろうと、もう関係ない」という無言のメッセージがジェートに伝わってくる。それはジェートに深い谷底に突き落とされるような衝撃を与えた。自分の存在が、どれほど価値がないものであったかを思い知らされ、絶望の底に叩きつけられた。
誘拐犯達はジェートに黒い袋を被せ、そのまま強引に飛行船に押し込んだ。ジェートは目隠しされた状態で、ただの荷物のように飛行船の内部に押し込まれていった。飛行船の内部は冷たく無機質で、どこか不安を感じさせる空間だった。窓から外を見ることもできず、ただ機内の空気だけが流れていた。
飛行船が飛び立つと、ジェートはその空間に漂う冷たさに、もはや何も感じないようになっていた。恐怖や絶望はすでに消え去り、ただ静かに、何も考えずに時間が過ぎるのを待つだけだった。
誘拐犯のリーダーが通信機を取り出し、指示を出した。
「流星街に向かえ。目的地に到着するまで、何も問題が起きないように」
リーダーの冷徹な声が機内に響いた。その声にはまったく感情が込められておらず、ただ単に任務を遂行するための指示だけが伝えられていた。ジェートはその言葉に反応することもなく、ただ黙って流星街へと向かう飛行船の中で静かに横たわっていた。
誘拐犯達が飛行船の操縦席から流星街の広大なゴミ山を見下ろすと、リーダーが指示を出した。
「そろそろだ。目的地に到着したらすぐに降ろせ」
飛行船がゆっくりと高度を下げ始めた。ゴミ山は地平線までいくつもの山が連なって広がり、それぞれの山から無数の煙が立ち昇っていた。その中でも赤い煙が特に目立っていた。
「あそこが取引の場所か」
リーダーが赤い煙を見ながら呟いた。
「赤い煙の立っている場所に近づけ」
リーダーが指示を出すと、飛行船はさらに高度を下げ、赤い煙が立ち上るゴミ山の麓に向かってゆっくりと進んでいった。ゴミ山の中でも、その場所は他よりも比較的ゴミが少なく、むしろ広々とした空間が広がっていた。周囲には古びたゴミがぽつぽつと散らばっているが、それでも他の場所に比べれば整理されているように見えた。
「あの木箱か?」
誘拐犯の一人がゴミ山の中にぽつんと置かれた汚れた木箱を見つけた。その周囲には赤い煙が薄く漂い、静けさが支配していた。
「そこで降ろす。慎重にな」
リーダーが着陸の指示を出すと、飛行船はゆっくりと高度を下げ、木箱の近くに静かに着陸した。飛行船が完全に停止すると、誘拐犯達は速やかに動き出し、ジェートを運び出す準備を始めた。
二人の男がジェートを力強く抱え上げ、古びた木箱の方へと歩み寄った。彼らは慎重に周囲を確認しながらも、淡々とまるで単なる荷物を扱うかのようにジェートを運んだ。
木箱の中にジェートを無造作に置くと、誘拐犯達は一瞬だけその姿を見下ろした。ジェートは袋を被せられたまま、静かに横たわっていた。彼らの中に情けや迷いの色は一切なく、ただ任務を遂行することだけに集中している。
「任務完了だ、行くぞ」とリーダーが短く命じると、誘拐犯達は無言で飛行船に戻り、そのまますぐに飛び立った。
その場に取り残されたジェートは、古びた木箱の中でただ黙って横たわり、孤独と静寂の中で次なる運命を待つばかりだった。
数分後、マフィアンコミュニティの男2人が、木箱の中に横たわるジェートを見つけた。彼らは無言で互いに頷き合い、慎重にジェートを観察する。
「こいつが取り引きの子どもか?」
一人が低く囁くように言った。
「そのようだ。まだ幼いが仕込めばいい兵隊になりそうだ」ともう一人が答え、ジェートの状態を確認しながら、次の手順を思案している。
マフィアンコミュニティは、流星街の住民が社会的には存在しない人間であることを理由に兵隊として利用することがあり、ジェートもその一員に加えようと考えていたのだ。彼らはジェートを使うための準備に取り掛かるつもりだったが、予想外の出来事が彼らを襲った。
「どぉりゃぁあああ!」
瓦礫の山から鉄パイプを持った金髪の少年が、2人の男に飛びかかった。
突然の出来事に反応が遅れた2人は、少年が振り回した鉄パイプを避けることができず、顔面で受け止めて地面に倒れた。そして、意識を手放した男たちの血が地面に滲んでいった。
その様子を睨みつける1人の少年。少年は男たちが気絶しているのを確認すると、すぐに木箱を覗き込んだ。
「おい、お前、大丈夫か?!」
少年の問いかけにジェートは応じない。黒い袋を被せられたまま木箱の中で横たわっているだけだった。すぐに少年はその袋を取り払った。黒い袋から出てきたジェートの顔は、光を灯さない真っ黒な瞳を瞬きもせず茫然とした表情を浮かべていた。
その様子に思わず死んでいるのかと思った金髪の少年は,「お、おい…」と不安げな顔でジェートの体を揺らした。反応はない。しかし、微かに息があることを確認した少年は、「ここにいると奴らの仲間が来るかもしれない。移動するぞ」と言って慎重に担ぎ上げた。ジェートからの返事はない。
瓦礫の山を慎重に登ったり下ったりしながら,少年は自分の家へと向かう。その道のりは荒れた地面や、捨てられたゴミの山が散らばっており、慎重に足元を見ながら進まなければならなかった。それでも少年は一歩一歩着実に進み続けた。ジェートをしっかりと抱え、彼を落とさないように注意しながら歩いた。
「大丈夫だ、もうすぐ家に着くから」
少年はジェートに話しかけるが、反応はない。少年の肩にぐったりと預けられていた。少年の腕はしっかりとジェートを支えながら、その重さを感じ取っていた。
途中、ジェートが少年の肩からずり落ちそうになると、少年はすぐに立ち止まり、「大丈夫か…?」と聞きながら彼の体をしっかりと持ち直した。その手は力強さと共に、どこか優しさが感じられるもので、ジェートを守るという決意が込められていた。
そして、数十分後、ようやく少年の家が見えてきた。それは周囲のゴミ山と同じように、古びて朽ちかけた小さな家だった。少年はドアに手をかけると、そっとジェートを家の中に運び入れた。
「着いたぞ、安心しろ。ここでなら安全に過ごせるから」
少年はジェートに囁きながら、彼を家の古びたベッドにそっと下ろした。
少年は一瞬だけ玄関のドアから顔を覗かせながら、自分の家の周囲を見渡し、何か異常がないか確認し、特に異常がないことを確認すると,すぐにボロボロのドアを閉め鍵をかけた。家の中は隙間風の音が響いていた。
少年は奥の部屋へと向かった。その部屋は四畳ほどの広さで、ベッドに腰掛けた老人と古びた大きめの箱が置かれていた。部屋に入ってきた少年の気配に気づいた老人が、入り口の方へと顔を向けた。
「帰ったか、イエラン」
老人のかすれた声が、静かな部屋に響いた。その声には長い年月を経てきた人の穏やかさと、どこかしらに漂う疲れが感じられた。老人は足腰が悪いためベッドから動けず、いつものように窓際のベッドに腰掛けていた。顔には深いしわが刻まれ、白髪の髪がぼさぼさと乱れているが、その目には未だに鋭い光が宿っている。
「ただいま、エル爺」
イエランは、ほのかな安心感と共にその言葉を口にした。エル爺の元に帰るたびに、彼は自分の居場所を再確認するような気持ちになる。エル爺は、イエランにとって祖父のような存在であり、彼が頼れる唯一の人だった。
エル爺はベッドの上でゆっくりと体を動かし、イエランの方をじっと見つめた。いつものように無口な老人は、まるでイエランの心の中を見透かすかのような目で彼を見つめ続けた。その鋭さに一瞬だけ気後れしそうになったが、イエランはその視線に真っ直ぐ応える。
「何かあったのか?」
エル爺の声は低く、疑いの色を含んでいた。イエランのどこか気まずそうな様子を見逃さなかった。エル爺はいつもその鋭い目で見抜いてしまう。
イエランは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに言い直した。「ちょっと…助けた子がいて。今、そっちの部屋に寝かせてんだ」
エル爺の眉が微かに動いたが、それ以上何も言わずに黙って頷いた。それが合図のように、イエランは少し安心して息を吐いた。
「そうか。それで、その子は…」
イエランは口を噤み、隣の部屋の方へ顔を向けた。
「体は無事なんだけど…、誘拐された恐怖のせいかなんの反応もないんだ」
エル爺はその言葉に静かに頷き、優しくも心配そうな目でイエランを見つめた。
「そうか…。恐怖やショックは、心に深い傷を残すからのう。無理に反応を引き出そうとせず、時間をかけて支えよう」
エル爺がそう言うと「うん、わかった」とイエランは静かに頷いた。
エル爺はイエランの返事を聞くと枕元の時計に目をやり「もうこんな時間か」と呟くと、優しさと共にどこか心配そうな目でイエランを見つめ、「今日はもう遅い。お前も休むんじゃ」と静かに言った。
イエランはその言葉に微笑みながら、「おやすみ、エル爺」と返し、そっと部屋を後にした。扉をゆっくりと閉め、エル爺の静かな部屋を背にして、ジェートがいる部屋へと戻っていった。
部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて虚空を見つめるジェートがいた。
「調子はどうだ?」
イエランが呼びかけるが、ジェートからは何の反応もない。その無表情な横顔を見て、イエランは少し困惑したような顔をしたが、気を取り直して「腹減ってないか?」と聞きながら、玄関のすぐ横にある古びた小さなキッチンに向かった。
イエランは慣れた手つきでパンと少しの果物を取り出し、軽食の準備を始めた。エル爺を起こさないように、できるだけ静かに作業しながらも、どこかジェートが興味を示してくれることを願っているようだった。
イエランはジェートに目を向けながら、静かにパンを切り分けたが、ジェートは依然として虚空を見つめ続けていた。その姿に、イエランは再び話しかけるべきか、それともただそばにいてあげるべきかを迷いながら、そっとパンを皿に乗せた。
「ん」と言って、ジェートの前に差し出したが、ジェートは食事に手をつける様子はなかった。イエランは困った様子で眉を顰め、ベッドを背に床に座った。
沈黙が部屋を満たす。
その沈黙を破ったのは意外にもジェートだった。
「どうして…助けたの?」
ジェートの突然の問いかけに、イエランは少し驚いたように目を見開いた。彼の表情には一瞬戸惑いが浮かんだが、すぐに真剣な表情でジェートの方を向いた。
「マフィアや人攫いが横行しているこの街では、時折こういった状況に出くわすことがある」イエランは静かに話し始めた。
「俺はそんな状況が許せないッ!あいつらの好きにはさせない!」
イエランは力強く言い切り、自らの拳に向かってその決意を込めた目を向けた。
「だから,ゴミ山を漁りながらあいつらみたいなやつがいたら、跡をつけて悪いやつならボコボコにしてるんだ」
イエランの声には怒りと強い決意が込められていた。
「ま、そんなわけでお前を助けたって言うより、あいつらをボコボコにしたかっただけなんだ。結果的にお前を助けたわけだけど…」
そう言うイエランはどこかバツが悪そうだった。
理由を聞いたジェートは「そっか」と声をこぼすと、手元へ目を落とした。再び沈黙が場を満たした。
「お前…、家に帰りたいか?」
聞くべきかどうか悩みながら出したその問いは、どこか不安げな様子だった。気まずさからかジェートの方を向くことができず、手元に目を落とした。
ジェートは少しの沈黙の後、無表情に淡々と答えた。
「帰る場所はないよ…。捨てられたから」
ジェートが答えると、イエランは少し悲しげな様子で「そうか」とぽつりと呟き、彼は自分の過去と重なる部分を感じながら、静かに話し始めた。
「俺もな、捨てられて死にそうになってたところをエル爺に拾ってもらったんだ。だから、お前の気持ちが少しはわかるよ」
イエランの声には自身の過去に対する思いが滲んでいた。そして、彼は少し思案したあと「なぁ」と切り出して、ジェートに提案した。
「帰る場所がないなら、ここで俺たちと暮らさないか?」
イエランの提案に驚いたのか,表情こそ無表情のままだが初めてジェートの目にイエランが映った。
「君は…僕が怖くないの?」
ジェートの予想外の返答に、イエランは「はぁ?」と戸惑いの声を漏らし、片眉をあげながらジェートに詰め寄った。彼の目には少しの怒りと困惑が交じっていた。
「お前みたいなチビ、怖いわけねーだろ?!お前、いくつだ?てか、名前は?」
イエランの問いかけに、ジェートは無表情でただ「ジェート。4歳」と答えた。
「かぁぁ。まだガキじゃねーか。俺はもう7歳だ!だから、お前みたいなガキンチョを怖がるわけねーだろ」と、ジェートの額に人差し指を突きつけながら、自分の年齢の優位を主張した。
ジェートはその言葉にほんの少し驚いた様子を見せるも、すぐに無表情に戻り、「7歳も子どもでしょ?」と静かに反論した。イエランはその反論に一瞬「んだと!」と怒りの様子を見せたがすぐに「はぁ」とため息を吐いて怒りを沈めた。
そして、すぐに「ま、いいや。で、どうする?一緒に住むか?」と提案した。彼の口調には、少しの親しみと共に、実際に一緒に住む可能性を少し期待しているようなニュアンスが含まれていた。
ジェートは再び視線を落とした。捨てられたことで本当に生きていていいのか自信が持てなくなったジェートは、すぐに返事ができずただ手元を見て沈黙した。
そんな様子を見たイエランはベッドにどっしりと胡座をかき、ジェートを見つめた。
「お前、まさか自分が死んだ方がいいなんておもってねーよな」
イエランの言葉に図星を突かれたジェートは、はっとした様子でイエランを見た。
「お前を捨てたやつのせいで死ぬなんて勿体無い!見返してやろうぜ!俺はお前を見捨てない!エル爺もだ!お前が転んだら起こしてやるし、歩けないなら担いで運んでやる!俺は決してお前を見捨てない!だから,クソ野郎共のせいで死んだ方がいいなんて考えるな!一緒に生きていこうぜ!」
イエランは呼吸を荒くしながら,ジェートの胸ぐらを掴み真っ直ぐに見つめて言った。その拳は軽く震えていたが、真剣な眼差しは決してジェート外さなかった。ジェートの目には驚きと戸惑いが混じっていたが、その言葉の中に込められた優しさと決意が、次第にジェートの心に深く根を下ろしていった。
イエランがジェートの胸ぐらを掴んで真剣に語りかけているその時、部屋の隅からエル爺が静かに姿を現した。エル爺の足元は不安定で、壁に手をつきながら慎重に歩み寄ってきた。彼の顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「ほっほっほ、そこまでにしなさい。イエラン」
エル爺は優しげな声でイエランを止めた。
イエランはすぐにエル爺の元に駆け寄り、ジェートが腰掛けるベッドまで支えた。
エル爺はイエランに「ありがとう」と伝えジェートのそばに座ると、その手をやさしくジェートの肩に置いた。
「この家は誰のものでもない。お互いが支え合って生きる場所じゃ。だから、お主が望むなら喜んで受け入れるぞ」
ジェートはその優しさに触れ、少しずつ心の中で変化が始まっていくのを感じた。エル爺とイエランの支えが、彼に新たな希望の光を与え始めていたのだ。
「本当にいいの…?」
不安げな様子でジェートは尋ねた。
「あぁ。もちろんじゃ」と優しげな笑みを浮かべながらエル爺は応え、「なぁ、イエラン」と言って顔をイエランへと向けた。イエランもまた満面の笑みで「もちろん!」とグッドポーズをしながら応えた。
そんな2人の様子に、ジェートは小さく「ありがとう」と感謝を伝えた。そして、「ここに住みたい」と2人に伝えた。
エル爺は「そうか」と優しげな笑みのまま受け入れ、イエランは「うんうん」と両手を腰にあてながら満足そうに頷いていた。
「さて、ワシはそろそろ寝るかのう」
エル爺はそう言って膝に手をつきながら、「よっこいしょ」と立ち上がろうとした。その様子を見たイエランはすぐに肩を支えた。しかし、普段よりも軽く感じたイエランが顔を上げると、反対側の肩をジェートがしっかりと支えていた。
「支え合うのが家族だから」と呟くジェートを見て、イエランは微笑んだ。エル爺もまた優しい眼差しで見守っていた。
「ありがとう、二人とも」とエル爺は感謝の言葉を口にし、静かに歩き始めた。イエランとジェートは協力しながら支え合い、エル爺の部屋へと向かって歩いた。
エル爺はベッドに腰掛けながら「ありがとう」と伝え、温かい笑顔を二人に向けた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。ワシの名前は、エルロワル=ドゥーグスじゃ。長い名前だからのう、イエランからはエル爺と呼ばれておる」
エル爺は笑みを浮かべながら静かに告げた。
続いて、イエランがジェートに向かって、にやりと笑いながら勢いよく言った。
「さっきも教えたが、俺はイエラン!イエラン=パークス!お前より3つ年上だから俺が兄貴でお前が弟だからな!」とイエランが軽く笑いながら言った。その言葉に、ジェートはうなずきながら静かに返事をした。
「うん、わかった。僕はジェート=セレナイト」
ジェートは落ち着いた声で答えた。
イエランとエル爺はその返事に満足し、三人の間にあたたかい空気が流れた。イエランは「よし、これでようやく家族としての一歩を踏み出したな」と言い、満足げな様子だった。
ジェートはその言葉を胸に、新たな家族と共に歩んでいく決意を固めた。
ミスがあったら教えていただけると幸いです。