ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
流星街の朝は、荒れ果てた雰囲気に包まれている。住人たちは無言で動き回り、それぞれが生き延びるための一日を始めている。
イエランは薄暗い部屋で目を覚ますと、いつものように簡単な朝食の準備を始めた。小さなコンロに火をつけ、鍋に水を入れて温める。昨日、ゴミ山で拾ったものを行商人と交換して手に入れたくず野菜を鍋に入れると、薄いスープを作り始めた。野菜がくつくつと音を立てながら煮える様子は、どこか静かな安らぎを感じさせる。
その音が、眠っていたジェートを静かに目覚めさせる。彼はわずかに身体を動かし、慣れないこの新しい環境に戸惑いながらも、どこか安心感を覚えていた。エル爺とイエランと過ごす、この小さな家での朝が、少しずつ彼の心に温かさをもたらしているのだった。
イエランが鍋の中でスープをかき混ぜながら、ジェートに振り返らずに声をかけた。
「よく眠れたか?」
その声は穏やかで、どこか気遣いが感じられた。イエランの背中を見つめながら、ジェートは少し驚いた表情を浮かべたが、やがて「うん」と小さくうなずいた。
イエランはその返事を聞くと、ほんの少し嬉しそうに口元を緩め、肩を少しだけ軽くすくめた。声にはわずかな安堵と満足が滲んでおり、「そうか」と静かに応じながら、スープの香りに包まれる部屋に温かい雰囲気が漂っていた。
その時、ジェートはベッドから出て、イエランの近くに歩み寄った。彼の動きはまだ少しぎこちないが、意欲的に見えた。
「手伝う?」とジェートが申し出ると、イエランは振り返りながら少し驚いた表情を浮かべた。しかし、その顔にはすぐに優しい笑みが広がり、「それじゃあ、ほい」とジェートにスープが注がれた皿を渡した。
「それ、エル爺に届けてくれ」とイエランが続けた。ジェートは頷きながら、皿を受け取り奥の部屋へと向かった。
廊下の床には、古びた木の板が不規則に並べられ、所々に鉄板が組み合わさっている。鉄板の表面には細かい凹凸があり、木の板も年季が入って割れやすくなっているようだ。床も壁もそれぞれの板がぎこちなく合わせられ、隙間が目立つ。全体として、粗雑に組み合わされた材料が、それでも何とか一つの住まいとして機能している様子が伺える。
ドアの前に着くと、ジェートは一度深呼吸をしてから静かにノックした。中からは「入ってよいぞ」というエル爺の穏やかな声が聞こえたので、ジェートはドアを開け、スープの入った皿を持って部屋に入った。
エル爺はベッドに腰掛けており、ジェートが入ってくるのを微笑みながら受け入れ、優しい声で「おはよう、よく眠れたか?」と尋ねた。
ジェートは「うん、眠れたよ」と答え、スープをエル爺にそっと渡した。
「おお、ありがとう」と言って皿を受け取ると、エル爺は両手でスープの温もりを感じていた。
スープを渡したため、ジェートは戻ろうと背後のドアに向かいかけたが、エル爺が「待つんじゃ、ジェート」と呼び止めた。ジェートが振り返ると、エル爺はにっこりと笑いながら「すぐにイエランも来るぞ」と言って、ベッドに座るように促した。
ジェートは少し戸惑いながらも、エル爺の温かい言葉に従ってベッドに腰掛けた。部屋の中にはスープの香りが漂い、柔らかな光がカーテン越しに差し込んでいた。
その時、廊下の方からドタドタと足音が聞こえてきた。音はどんどん近づき勢いよくドアが開いた。イエランが両手と頭に皿を乗せたまま現れた。皿の上にはスープの他にも、乾燥したパンや少しの果物が載っていた。イエランは口元に笑みを浮かべ、「エル爺、入るよー」と元気に声をかけた。
イエランは部屋に入るとベッドの上に食事を並べた。
「さあ、みんなで食べよう!」
イエランは2人に明るく声をかけた。その言葉に、ジェートは慣れない状況に少し戸惑い、エル爺は嬉しそうに応えた。三人で食事を囲む準備が整った。部屋に広がる温かな雰囲気の中、食事が始まった。
「ほっほっほ。イエラン、また腕を上げたな」とエル爺が笑いながら言った。イエランは少し照れた様子で、「何言ってんだよ、エル爺。野菜を煮込むのに上手いも下手もあるかよ」と肩をすくめた。
「いやいや、野菜の煮込み具合が丁度良いぞ」とエル爺は満足げにうなずき、スープをすくいながら言った。
「はいはい、ありがとうございます」とイエランは呆れながら応じた。3人は食事を囲みエル爺はしみじみと「ほっほっほ、やはり皆で食う飯は美味いのう」と感慨深く語った。
「それはそうだな!な、ジェート!」
イエランは楽しげにジェートに目を向けた。しかし、ジェートは一口スープを口にしてから、少し困った顔で「…不味い」と答えた。場の空気が少しだけ凍りついた。
「おい!そこはお世辞でも美味いって言えよ!」
イエランは立ち上がり、声を荒げながら困惑の表情を浮かべてジェートを見つめた。その後、イエランはすぐに怒りを沈めて座り直し、ため息をついた。
「はぁ…やっぱり、いいとこのお坊ちゃんには流星街の食事は合わないか」とイエランは少しだけ口をすぼめた。
ジェートは「え…?」と驚きの声を漏らし、イエランがどうして自分の出自を知っているのか不思議に思った。
イエランはジェートの服装を見て「その服装で大体わかる。貴族かどっかの金持ちの子どもだったんだろ?」と問いかけた。ジェートは「うん…」とだけ答え、無表情ながらもどこか寂しげな表情を浮かべた。その様子に、イエランは罪悪感を覚え、「悪い…」と申し訳なさそうに呟きながらスープを口に運んだ。味が少しだけ落ちたような気がした。
エル爺はその様子を見て、「ほっほっほ。確かにその服装は目立つのう。イエラン、服を貸してあげなさい」と提案し、微笑みながら二人を見守った。
イエランは「うん」と返事をすると、「俺のタンクトップと半ズボン貸してやるよ」と言い、部屋から駆け足で出て行った。しばらくして、イエランが戻ってきた手には、黒のタンクトップとグレーの半ズボンがあった。
「ほい」とイエランが持ってきた服をジェートに渡すと、特に表情を変えず、ただ渡された服を見つめていた。
「ご飯食べたら、それに着替えな」とイエランが促すと、「うん」とジェートは控えめに頷いた。
イエランはスープを一気に飲み干し、満足そうに「ふぅっ」と息をついた。そのあと、思い出したかのように「あ、そうだ」と声を上げ、ジェートを見つめた。
「飯食って片付けたら、ゴミ山に行くからジェートも来いよ」と、無邪気に誘いをかけるイエラン。
「わかった」とジェートは静かに答えた。
エル爺は二人のやり取りを聞きながら、心配そうにジェートの顔を見つめてから、「大丈夫か、イエラン。お主は慣れてるかもしれんが、ジェートは来たばかりじゃぞ?」と問いかけた。
しかし、イエランは笑顔で答えた。「大丈夫大丈夫!何かあったら俺が守ってやる」と、自信満々に宣言した。
エル爺はその言葉に少しだけため息をつき、再びスプーンを手に取りスープを飲み込んだ。彼の目には微かな不安が浮かんでいたが、これ以上言うことはなく、最後には「任せたぞ」と静かに呟いた。その声には諦めと信頼が入り混じっていた。
スープが少し冷め始めたころ、イエランは最後の一口を飲み干し、「ごちそうさま!」と元気よく言いながら立ち上がった。
立ち上がったイエランは、ジェートの皿を覗き込みながら眉をひそめた。「なんだ、まだ半分も残ってるのか」と、少し呆れた様子で言った。
ジェートはただ静かにスープを飲んでいた。エル爺がその指摘に対して「お前が早すぎるんじゃ」と、口元に笑みを浮かべながら答えた。
イエランは軽く肩をすくめ、「じゃ、俺は先に準備しとくから、食べ終わったエル爺の皿と一緒にキッチンに持ってきてくれ」と言って、部屋から出て行った。
エル爺は優しくジェートに「ゆっくりでいいからのう。ジェート」と声をかけると、ジェートはこくりと頷いて答えた。
エル爺は手元の空になった自分の皿を見つめ、静かに話を続けた。「ジェート、これから色んなことがあるじゃろうが、焦らずに進むんじゃぞ。わしらがついておるからのう」
ジェートはエル爺の優しい言葉に耳を傾け、無表情だがその顔は少しだけ和らいだように感じた。
ジェートはスープを飲み干し、空になった皿を見つめながら「ごちそうさまでした」と小さくつぶやいた。そんなジェートにエル爺は温かい笑顔で「うむ、よく食べたな」と答えた。その声には、深い愛情と安心感が込められていた。
ジェートは立ち上がり、皿を片付ける準備を始めた。エル爺はその背中に向かって、柔らかく「気をつけてな」と静かに声をかけた。ジェートはその言葉に再び頷き、キッチンへと向かった。
ジェートがキッチンで空いた皿を片付け、ぶかぶかの服に着替えたその時、玄関のドアがバタンと開いた。
「お、食べ終わったか!」とイエランが元気よく声をかけながら、洗濯物を抱えて入ってきた。彼は手際よく部屋の一角に洗濯物を干し始める。外に干すとゴミや砂埃で汚れたり、盗まれたりする可能性があるため家の中で干している。
洗濯物を干し終えたイエランはジェートのぶかぶかの服を見て、ふと気づいたように言った。「お前の服、調達しないとな。これじゃあちょっと大きすぎるからな」
ジェートがぶかぶかの服を見ながら「別にこれでいいよ。動きやすいし」と言うと、イエランは「そうか?ま、どっちにしろ服は調達しないとな。ゴミ山漁ってるとすぐにダメになるから」と答えた。
「わかった」とジェートは軽く頷いた。
イエランは部屋の隅に掛けていた鉄パイプと木の棒を持ってきて、「じゃ、これ」と木の棒の方をジェートに手渡した。「何これ?」とジェートが訊ねると、イエランは「木の棒。誰かに襲われそうになったらこれでぶん殴れ」と説明した。
木の棒を渡しながらイエランが「結構重いから気をつけろよ」と言うと、ジェートは軽々と受け取って「うん」と答えた。
イエランはジェートの様子に驚き、「お前、意外と力あるんだな。そんなガリガリなのに」と感心した。
ジェートは少しキョトンとした顔でイエランを見つめ、「思ったよりひ弱じゃなくてよかったぜ!」とイエランが笑った。
安心したイエランは「じゃ、そろそろ行くか!」と元気よく言い、玄関のドアを開けた。
ジェートも「うん」と頷き、イエランに続いてゴミ山に向かうために家を出た。
イエランとジェートがゴミ山に到着すると、目の前には広大なゴミの山が広がり、風に乗って微細な埃や砂が舞っていた。廃材や壊れた家具、古びた家電などが無秩序に積まれ、混じり合っている。
ゴミ山を背にしてイエランが振り向いた。彼の顔には決意の色が浮かび、手に持った鉄パイプが日光を受けて反射している。
「今日の目標は、行商人との交換用の金属類と寝るためのマット、それからジェートが着れそうな服だ!」と、イエランは明確に目標を説明した。
ジェートは一言「わかった」と答えた。
「それじゃ,やるぞ!」とイエランは元気よく宣言し、すぐに作業に取り掛かった。彼は慣れた手つきでゴミ山を掘り起こし始めた。手際よくゴミを取り除きながら、「ここから探していくぞ。何があるかわからないから、しっかり探せよ」と指示を出した。
ジェートもその指示に従い、イエランの作業の傍らでゴミを掘り起こし始めた。時折、彼の目が何かを見つけたのか、集中してゴミを掘り進める姿が見られた。二人は黙々と作業を続けながら、広大なゴミ山の中での探索を開始した。
数時間後。太陽が頂点からやや傾き始めると、「この辺はもう十分かな!次はあっちのエリアも見てみよう」とイエランが場所移動を促した。ジェートは頷き、二人は新たなエリアへと向かった。
ゴミ山の中は暗く、埃っぽい空気が充満していたが、ジェートはその環境にも次第に慣れていった。
2人が黙々と作業を続けていると,イエランが突然「あっ!」と声を上げた。ジェートが振り向くと、イエランが興奮気味にゴミの中から何かを引きずり出していた。それは破れているものの、まだ形を保っているマットだった。
「見ろ、これ!」
イエランは喜びながらマットをジェートに見せた。
ジェートはマットを確認し、「使えそうだね」と答えた。
「よし!とりあえず、寝るのには困らなそうだな!あとは、金属類集めて服と食べ物と交換しよう!」
イエランは満足げに言いながら、探索を続けた。ジェートもイエランに続いて作業を再開し、2人は黙々とゴミ山を掘り進め、金属類や他の交換可能なものを集め続けた。イエランは手際よく不要なゴミを除きながら、見つけた金属の塊や壊れた家電を収集し、1つ1つ確認していった。ジェートも黙々と作業を手伝いながら、必要なものを見逃さないように注意深く探していた。
太陽がほとんど沈みかけるころ、イエランが「よし、これで十分だろう!」と声を上げた。彼は集めた金属類や見つけた物品を確認し、満足そうに頷いた。ジェートも集まったアイテムを見つめていた。
「これで一応、今日の目標は達成かな」とイエランが言いながら、マットの上にアイテムを乗せた。
「ジェート、悪いんだけど反対側持ってくれ」
ジェートはこくりと頷くと、すぐにイエランの反対側に手をかけた。
イエランが「せーの」と掛け声をあげようとした時、とある異変に気がついた。
イエランの視界の先にはガタイのいい男が2人。明らかにその体つき、服装から流星街の人間じゃないことがわかった。
その男の1人が大きめの麻袋を担いでいた。その袋の一部は赤黒い染みができている。
それで全てを察したイエランは、全身の毛を逆立たせ「ジェート!ちょっとここで待ってろ」と指示を出して、一気に駆け出した。
大の大人に真正面から戦っても勝ち目のないことを理解しているイエランは、ゴミ山を利用して物陰に身を隠しながら、不意打ちを狙うことにした。彼は周囲のゴミを利用して巧妙に位置を変え、男たちの背後に忍び寄った。
しばらく進んだ先で、イエランは麻袋が2つ置かれた少し開けたスペースにたどり着いた。その場所は他のゴミ山よりも少し整理されていて、いくつかのゴミ山に囲まれたエリアだった。2つの麻袋にも赤黒いシミが滲んでいた。イエランはこの状況を冷静に分析しながら、さらに慎重に接近した。
その時、イエランは1人の男がその場を離れるのを確認した。男はゴミ山の奥へ向かって歩き出し、もう1人が麻袋の近くに残ったままの状態になった。イエランはこの機会を逃さず、男が背を向けた瞬間に背後から殴りかかった。
「ぐあッ!」
突然背後から殴られた男は、驚きと痛みに声を上げながら前のめりに倒れた。
イエランはすぐに男をゴミ山に隠し、イエラン自身も身を潜め、もう1人の男が帰ってくるのを待った。
数分も経たないうちに男は帰ってきた。男は麻袋を残してもう1人の男がいない事に疑問を抱いているようだ。
「まったく、アイツは」と男が愚痴を溢しながら、携帯電話をかけようと耳に当てた瞬間に、イエランは再び背後から襲った。
「おぉぅりゃぁああ!」
最後の1人を目の前にして、イエランは胸の内に溜まった緊張と怒りが一気に噴き出し、全身の力を込めた一撃を放ちながら、叫び声が自然と口から飛び出した。振り下ろした鉄パイプは後頭部を強打し、男はその場に崩れ落ちた。動く気配はない。おそらく、命を落としただろう。鉄パイプの先端にはべっとりとこびりついた血と、微かに肉片があった。
イエランは目の前の男を力任せにゴミ山の方へ放り投げると、すぐに麻袋の方へ駆け寄り、その中を確認した。中には無惨な姿で既に息を引きとった子供たちがいた。その惨状にイエランの表情が酷く歪んだ。彼の目には怒りと悲しみが混じり合っていた。
「ちくしょう…!」
麻袋を掴むイエランの拳は言い表しようのない悔しさで震え、噛み締めた唇からは血が滴り落ちていた。
「おまえ、何してんだ?」
突然の背後からの声に急いで振り返ると、そこには先ほど倒した男たちと似たような格好をした大柄の男が立っていた。
怒りで周囲への警戒を怠ったイエラン。
イエランの敵は2人ではなく3人だったのだ。
窮地に立たせられたイエランは、先天必勝と言わんばかりに思い切り飛び上がり、鉄パイプを男目掛けて振り下ろしたが、片手で簡単に防がれた。
「チッ…!」
全力の攻撃を簡単に防がれ、イエランの口から悔しさが溢れる。
「テメェみてぇなクソ餓鬼が調子に乗ってんじゃねぇぞッ!」
男は鬼の形相で空いている手でイエランの首を掴んだ。喉元に強い衝撃を受けたイエランは「かはッ…!」と、苦しそうに息を吐いた。
男の手はイエランの首を掴むと、その手により一層力を込めた。
「ぐ…ッ!」
声にならない声をあげながら,足をばたつかせるイエラン。
しかし,呼吸ができない状況でその動きも鈍くなっている。
視界がぼやけ、とうとう力が入らなくなった。
「死ね」
男がトドメを刺そうとその手に、さらに力を込めようとしたその瞬間、ゴンッと鈍い音ともに後頭部に強い衝撃が走った。
「あ…が…ッ?!」
男は瞬く間に意識を失いその場に倒れ込んだ。男の手から解放されたイエランは、その場に跪き、首に手を添えながら、何度も何度も咳している。
そんな状態のイエランに差し伸べる手が1つ。その手を辿って顔を上げると、そこにはジェートがいた。
「なん…で、ここに?」とイエランが息を切らしながら訊ねた。
ジェートは淡々とした口調で「遅かったから」と答えたが、少しだけ息切れをしていた。
イエランは差し伸べられたジェートの手をしっかりとつかみながら、ゆっくりと立ち上がろうとした。ジェートは力強く支え、イエランの背中を支えるようにしながら、「大丈夫?」と尋ねた。イエランは微笑みながら、「大丈夫、ありがとう」と答えた。その顔には痛みと感謝の気持ちが交錯していた。
ジェートはイエランを支えながら周囲に目を配った。ジェートが目を向けた先には、先ほどの戦闘で放置された麻袋が無造作に置かれていた。
「この袋どうする?」とジェートが訊ねると、イエランはその視線に気づき、少し気まずそうに「…ちょっと手伝ってくれないか?」と頼んだ。
ジェートは頷きながら、「いいよ」と答え、二人は麻袋の近くに移動した。
イエランは少し息を整えた後、「俺が2つ持つから、ジェートはその袋を持って俺についてきてくれ」とジェートの近くにある袋を指差しながら指示を出した。ジェートは頷き、両手で袋の口をぎゅっと掴んで肩にかけ、両方の手に1つずつ袋を持っているイエランの後をジェートが続いた。二人は慎重にゴミ山を離れ、荒れた地面を歩き続けた。
ゴミ山を抜けると、風景は一変し、周囲には古びた墓石や雑草が生い茂る荒れ地が広がっていた。墓場はひっそりとした場所で、暗く重たい雰囲気が漂っていた。イエランとジェートは黙々と歩きながら、足元に注意を払い、慎重に進んだ。
しばらくして、イエランが「ここだ」と声をかけ、麻袋を下ろした。イエランは呆然と周囲を見渡した。そこには不規則に並べられ、少し傾いた小さな十字架がいつくか並んでいた。風が吹くと、草むらの間をかすかにさざ波が走り、墓場の静寂をさらに強調している。
ジェートも袋を下ろし、イエランに続いてその場所に立ち尽くした。二人はしばらくの間、何も言わずにその場に佇み、目の前に広がる哀しみの跡を目に焼き付けた。
「また、助けられなかった…」イエランがつぶやくように言った。
ジェートはその言葉を黙って受け止め、やがて袋に視線を移した。
イエランは十字架のないスペースに移動すると、地面に鉄パイプを差し込み、土を掻き出すように穴を掘った。
その様子を見たジェートは、イエランの隣に立ち、同様の穴を掘り始めた。木の棒を握る手には力がこもり、土を掘り起こすたびに小さな音が響いた。二人の呼吸が静寂の中に混じり合い、周囲の空気は一層重く感じられた。
ジェートは無言で作業に集中し、イエランもまた口を開かずに手を動かし続けた。穴が少しずつ深くなり、土が積み上げられていくたびに、二人の心の中に広がる虚しさが深く沈んでいくのが感じられた。
やがて、3つの墓が形を成した。イエランは一度、その墓を見つめ、短くため息をついた。ジェートもまた、自分の手で掘った穴を見下ろしていた。
墓を作り終えた2人は、互いに視線を交わすことも会話をすることもなく、再びゴミ山へと向かって歩き出した。ジェートの前を歩くイエランの背中は、どこか寂しげで、彼の肩がわずかに落ちているのが見えた。その姿を見つめるジェートの心にも、言葉にできない感情が静かに広がっていった。
2人が漁っていたエリアまで戻ってくると、そこには先ほど2人で集めたものが、ゴミ山の陰に巧妙に隠されていた。埃にまみれたマットや金属類が、微かに月光を反射している。
「わざわざ、隠してくれたのか?」とイエランが少し驚いたようにジェートに問いかけた。
ジェートは軽く頷き、「うん」とだけ返した。
「そっか…ありがとう」と、イエランは少し疲れた笑顔を浮かべながら感謝の言葉を返した。
「また、手伝ってくれるか?」とイエランが尋ねるとジェートは「うん」と短く返事をした。そして、2人でマットを持ち上げた。それぞれが片方をしっかりと握りしめ、歩き出す。
ゴミ山を背に、二人はゆっくりと歩き始めた。月明かりに照らされた足元は乾いた砂がカサカサと音を立てる。夜の闇が2人の声を飲み込んだかのように、少年達の間に会話はなかった。
疲れた体に重くのしかかる荷物を感じながらも、2人は黙々と進み続けた。遠くに見える小さな家が、徐々に近づいてくる。
家が見えてきたころ、イエランは「もう少しだな」と呟いた。その言葉には少しの安堵と、無事に家に帰り着く喜びが感じられた。ジェートもそれに応えるように、小さく頷いた。
玄関の前に着くと、イエランはふと足を止めた。重い荷物を下ろし、少しの間、黙ったまま空を見上げる。ジェートもそれに気づき、イエランの様子をじっと見つめた。
やがて、イエランはゆっくりと視線をジェートに戻し、どこか悲しげな表情で口を開いた。「ジェート、俺が今日まで助けられた子どもは…お前だけなんだ…」彼の声は低く、抑えたものだったが、その言葉には深い悲しみと後悔が滲んでいた。
ジェートは黙ったままその言葉を受け止めた。
「いつも…いつもいつも…今日みたいに手遅れだったんだ」と、イエランが続けた。その言葉は重く、冷たい風の中で耳に残った。
「だから、絶対にお前だけは死んでほしくなかった。せっかく助かった命を捨てるようなことだけは、絶対に止めたかったんだ…」
イエランの声は震えていた。彼は拳を強く握りしめ、噴水のようにこみ上げてくる感情を必死に抑えていた。
ジェートはその言葉を聞いて、何も言わずにイエランの目を見つめ、しっかりと頷いた。
イエランはそのジェートの反応に、少しだけ安心した表情を浮かべた。そして、もう一度深く息をつき、玄関のドアに手をかけた。「悪い。しんみりさせたな。さあ、家に入ろう。今日はよく頑張ったな」と、いつものように声をかけると、ジェートもそれに答えて、共に家の中へと入っていった。
家の中に入ると、イエランは一息つく間もなく夜ご飯の準備に取り掛かった。その様子はまるで機械のようで、心の中で何かを押し殺すように黙々と作業を進めていた。
イエランはスープを煮込みながら一瞬だけ窓の外に目をやると、彼は作ったスープを器に注ぎ、ジェートに差し出した。「行くとこがあるから、2人で先食べててくれ」と短く言い残し、慌ただしく飛び出して行った。
ジェートはその後ろ姿を見送りながら、手に残されたスープの器をじっと見つめていた。いつも無表情な彼の顔にも、どこか違和感を感じるような気配が漂っていた。しかし、イエランが何を考えているのかは、彼には分からなかった。ただ、目の前にあることをやるだけだった。
ジェートは、イエランが温めたスープをしっかりと抱え、無言のままエル爺の部屋へと向かった。家の中は不自然なほど静かで、スープの中で微かに立ち上っている湯気の音さえも、耳に届くのではないかと思うほどだった。
ジェートはスープの入った2つの器を両手でしっかりと持ち、静かな足取りでエル爺の部屋へと向かった。
エル爺の部屋に着くと、ジェートは軽くノックをし、部屋の中に顔を覗かせた。「エル爺、イエランが先に食べててって」と、少し小声で告げた。
エル爺は、窓の外をぼんやりと眺めていたが、ジェートの声に気づいてゆっくりと振り返った。「そうか…」と、少しだけ悲しげな表情で答える。その瞳には、どこか寂しさが漂っていた。
2人の間に特に会話は無く、スープを啜る音だけが部屋に響いていた。
しばらくして、エル爺はため息をつき、スープを少しだけすすった後、「少し、昔話に付き合ってくれんかのう…」とジェートに語りかけると、ジェートは静かに頷いた。エル爺は「ありがとう」と言って、スープに目を落としながら、ゆっくりと語り始めた。
「イエランとわしが出会ったのは、もう3年くらい前のことじゃ…」エル爺は遠くを見つめるように話を続けた。「当時、イエランは母親と共に流星街に逃げ込んできたんじゃ。しかし、母親はその後すぐにイエランを見捨て、彼は流星街の厳しい現実の中で、1人取り残されることになった…」
エル爺の声には、深い悲しみと悔しさが滲んでいた。「まだ幼いイエランは、すぐに人攫いの連中に目を付けられてな…そいつらに捕まって、酷く傷つけられた」
ジェートはエル爺の言葉に耳を傾けながら、無表情のままだったが、その胸の内に小さな波が立ち始めた。
「その時じゃ…わしが偶然、あの子を見かけたのは。連中の手から逃れさせようと必死に戦ったが…1人の男がイエランに銃を向けた。わしは咄嗟にあの子を庇ってな、その弾丸がわしの腰に当たって…それで、このザマじゃ」
エル爺の声には、重い過去の記憶が絡みついているようだった。「わしはどうにかしてイエランを助け出して保護したんじゃがな…、この足のことを気にしていてな…」
ジェートは、エル爺の語るイエランの過去を静かに受け止めていた。エル爺の目には、今もその日の光景が焼き付いているかのように映っていた。
「イエランはあの時の自分の無力さを、未だに悔やんでいるんじゃろう。それがあの子を駆り立てておる…」
エル爺は再びスープに目を落とし、最後に一口だけすすった。
「本当は、あの子に危険な橋を渡らせたくないんじゃがな…」エル爺はかすかな震えを含んだ声で呟いた。視線は自らの足元に落ち、彼の表情には悔しさと無力感がにじみ出ていた。
「だから、ジェート…あの子のことを頼めるかのう…」
エル爺は重い口を開き、ゆっくりとジェートに顔を向けた。その目には、信頼と期待が入り混じっている。ジェートが彼を支え、守ることができる存在だと信じているからこその言葉だった。
「うん」と短く応えたその声は、平静でありながらも重みを持ち、その言葉がすべてを語っていた。ジェートの無表情の奥には、揺るぎない決意が秘められていた。
エル爺はジェートの様子をじっと見つめた後、ゆっくりと目尻を下げ、微笑んだ。それは、彼の心に少しでも安堵が訪れた証だった。「ありがとう…」エル爺は静かに感謝の言葉を漏らした。その声は、まるで重荷が少し軽くなったかのように、穏やかであった。
それから数時間後、夜の静寂を破るかのように、玄関の扉がそっと開かれ、イエランが家に戻ってきた。家の中に足を踏み入れると、視界の端に人影が映り、そちらに目をやると、鍋の前でスープを温めているジェートの姿があった。その様子を見て、イエランは「ジェート…」と、ぽつりと呟いた。
ジェートは声をかけられると、ゆっくりとイエランの方を向き「おかえり」と、短く答えた。
イエランは一瞬驚き、なぜジェートが料理をしているのか理解できず、「何してんだよ…」と困惑した表情で尋ねた。
「料理」と、ジェートは無表情で答えたが、その表情には料理以外に何があるんだ、と言いたげな雰囲気が漂っていた。
「いや、そうじゃなくて、なんで飯作ってんだよってことだ」と、イエランは少し苛立ちを感じながら再び問いかけた。
ジェートは淡々と「エル爺が、そろそろ帰ってくるって言ってたから。イエランの分が無かったし」と説明した。
「いや、わざわざ…。お前、疲れてんだから、寝ててよかったのに…」と、イエランはジェートの行動に戸惑いながら言った。
「僕たち家族だから」と、ジェートは短く答え、再び鍋に目を向けた。彼は多くを語らないが、その短い言葉の中には、ジェートなりの深い気持ちが込められていた。
イエランは、出会ってまだ1日しか経っていないにもかかわらず、その気持ちを感じ取ることができた。そのため、ジェートの行動に「ありがとう」と、静かに感謝を伝えた。
ジェートは出来上がったスープを皿によそい、無言でイエランに差し出した。イエランは「サンキュー」と言いながらそれを両手で受け取り、すぐに一口飲んだ。
「うめぇ!」とイエランが大きな声で喜びを表すと、ジェートは淡々と「不味かったよ」と否定した。
「お前なぁ…」と、イエランは呆れながらも笑顔を浮かべた。ジェートの料理に込められた優しさを感じ取り、彼の無表情な顔を見て再び感謝の気持ちが胸に広がった。
「俺…、もっと強くならないとな」と家族を守るために1人静かに覚悟を決めた。
しかしその時、ジェートが「僕たちでしょ」と言った。
イエランはジェートの返答を聞いて、一瞬だけ困惑した表情を見せたが、すぐにふっと笑みを浮かべた。
「そうだな、俺たちで強くならないといけないな」とイエランは優しげな笑みを浮かべて言った。
その後、急に真剣な表情になり、人差し指をジェートに向けた。
「でもな、まずはその『僕』をやめろ。弱そうに見られて、舐められるぞ!これからは『俺』を使うんだ!」
ジェートは少し考えた後、「わかった」と短く返事をした。
「ほら、言ってみろ」とイエランが促す。
「俺…」とジェートが静かに言った。
明らかに言い慣れていないその様子にイエランは、思わず笑みをこぼし、「似合わねぇな」と軽くからかうように言ったが、その声にはどこか安心感が混じっていた。
そんなイエランをジェートはただ黙って受け入れた。鍋からはまだ温かなスープの香りが漂っていた。
ジェートにとっての流星街の初日は、激動の1日となり、終わりを迎えた。しかし、それは彼にとって新しい人生の幕開けに過ぎなかった。
次回、ようやく原作キャラ出ます。
1人ですけど…