エンジェライト   作:緑虎

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ケツダン×ノ×トキ

 ジェートとマチは、荒れ果てた景色の中、トラックを探していた。行商人が使う古びたトラックは、彼らにとって1つの目印だ。ゴミ山の迷路を軽快に進む2人。足元でガラス片が音を立てるが、そんな音も気に留めない。やがて少し開けた場所に出ると、そこには瓦礫に腰掛けている何人かの人物が見えた。薄汚れた空の下、行商人の男が、この場所で流星街の住民と物々交換を行っている。今回、彼らが求めるのは、いつもの物ではなく情報だった。

 

 やがて、エンジン音が近づいてくるのが聞こえた。

 

 「来た!」

 

 マチが音のする方向に目を向けると、大きく揺れながら走ってくる古びたトラックが視界に入った。トラックのボディは長年の使用で所々に錆が浮き、塗装は剥げ落ちて複数の色が混じった状態で、ひび割れた窓ガラスがその無惨さを一層際立たせていた。厳しい環境で長年にわたり酷使され続けた様子がうかがえる1台だった。

 

 トラックが停止すると、中から待っていた行商人が降りてきた。無精髭を生やし、帽子の下からはボサボサの髪が覗いている。体格は屈強で、流星街の人々の中では一目置かれる存在だ。長年の付き合いから、行商人とジェート達の間には特別な信頼関係が築かれていた。

 

 「おっちゃん!」

 

 マチは行商人を見つけるとすぐに声を上げ、ジェートも共に駆け寄った。

 

 「お、マチとジェートじゃねぇか!今日はいつもより早いな!」

 

 行商人はジェート達に気づくと、荷物を降ろしていた手を止め、友好的に手を挙げて応えた。彼の顔には普段通りの朗らかな笑みが浮かんでいたが、その笑みはすぐに曇った。彼の視線がマチとジェートに向かい、いつもとは違う、何か張り詰めた空気を感じ取ったからだ。

 

 「黒いスーツの男、見なかった?!」

 

 突然、マチが行商人の腕を強く掴み、切迫した表情で問い詰めた。その瞳には焦りと怒りが混ざり合い、今にも何かを爆発させそうな勢いがあった。

 

 「おいおい、どうした?いきなりそんなこと言って」

 

 行商人は、驚いたように眉をひそめ、困惑した声でマチを見つめ返した。彼の顔に刻まれたシワが一層深くなり、その目には少し戸惑いが浮かんでいる。

 

 「マチ、急すぎ」

 

 ジェートが冷静に言い、マチの肩に手を置いた。その瞬間、マチは自分の行動に気付き、力を緩めた。「ごめん」と謝りながら、行商人の腕を放した。

 

 ジェートは短く息をつき、行商人の目を真っ直ぐに見据え、エル爺が攫われたことを伝えた。

 

 「…まじかッ!それで、イエランはどうした?」

 

 行商人の顔色が一瞬で変わった。普段の陽気な態度は消え、驚きと不安がその表情を支配していた。

 

 「そいつらに大怪我負わされて、今は休ませてる」

 

 マチが顔を伏せ、悔しそうに拳を握りしめた。ジェートは黙って頷き、その背中からは冷静さの中に秘めた決意が感じられた。

 

 「そうか…。すまねぇ、俺もそいつらのことは全くわからねぇ…。ただ、十中八九、マフィアの奴らだろうな」

 

 行商人は苦々しそうに口を噤み、拳を軽く握りしめた。流星街では、マフィアの存在はいつも影のように付きまとっていた。

 

 「うん。間違いない」

 

 ジェートは短く応えたが、その目は鋭く、まるで何かを見据えているようだった。

 

 「おっちゃんでも知らないってことは…」

 

 マチの声が少し震えた。希望を託していた行商人が何も知らないという事実に、肩を落とし、彼女の表情から力が抜けていく。だが、行商人は沈黙を破った。

 

 「1つだけ、方法があるぞ?」

 

 その一言で、マチの目が一気に輝きを取り戻した。「本当?!」と、期待に満ちた声で尋ねる。

 

 「ああ、ハンター専用サイトだ」

 

 「なに、それ?」

 

  マチは訝しげに首を傾げる。

 

 「文字通り、プロハンターだけが使えるサイトだ。パソコンとプロのライセンスさえあれば、どんな情報でも手に入るらしいって、仕事で一緒になったハンターに聞いた」

 

 「どんな情報でも…」

 

 ジェートは低い声で繰り返した。彼の心の中で、一筋の希望が灯る。

 

 しかし、その希望はすぐに冷静な事実にぶつかる。マチは顔を曇らせ、「でも、あたしたちはどっちも持ってないよ」と呟いた。

 

 ジェートも無言で頷く。その視線は地面に落ち、重たい空気が2人の間に漂った。

 

 「ライセンス以外は用意できるが,ライセンスの方は試験を受けないと手にはいらねぇ。どうやっても俺の力じゃ無理だ」と行商人は、困ったように眉をひそめた。

 

 「試験はいつなの?」

 

 ジェートが行商人に問いかける。

 

 「今年はもう終わったはずだ。次は来年まで待つしかない」

 

 「来年…」

 

 ジェートはその言葉を噛みしめるように口にした。時間の制約が、今すぐにでも動きたいという焦りを抑え込んでいた。彼の顔には決意が見えたが、その目の奥には、何か大きな壁にぶつかったような無力感も漂っている。

 

 だが、行商人が重い空気を切り裂くように言葉を発した。

 

 「もしかしてだがな、ライセンスの方はエル爺が持ってるかもしれない」

 

 「エル爺が…?」

 

 マチが驚いて声を上げる。

 

 「ああ、噂だが、流星街に来る前はプロのハンターだったって話があったんだ。もしそれが本当なら、家のどこかにライセンスが隠されてるかもしれない」

 

 マチは希望を見出したかのように「探してみる!」と勢いよく応えた。

 

 だが、行商人は急いで手を挙げ、「待て!2人とも」と2人の勢いを制した。

 

 マチとジェートは動きを止め、行商人に視線を向ける。

 

 「仮に見つけたとしてだ、まさか3人でマフィア相手に助けに行こうなんて思ってないよな?」

 

 行商人の声には明らかな懸念が含まれていた。

 

 「助けに行くよ」

 

 ジェートが静かに答えた。

 

 「お前ら、バカか!?死にに行くようなもんだぞッ!」

 

 行商人は声を荒げたが、ジェートの目は真っ直ぐだった。

 

 「行くよ、絶対に」

 

 マチもジェートに続き、強い決意を込めて言った。

 

 行商人は大きく息を吐いて頭を抱えた。

 

 「お前らが強いのは知ってる。けど、子どもだけでマフィアの組織を相手にして、勝ち目なんかあると思うか?」

 

 説得を試みる彼の声には、彼らを心配する気持ちが滲み出ていた。

 

 「あるよ。勝ち目は」

 

 ジェートがはっきりと断言し、行商人に向かって手を伸ばした。行商人は思わずジェートの手に視線をやった。そして、何かしらの違和感を感じ取った。

 

 「なんだ、この感覚は…?」

 

 眉をひそめた行商人に、ジェートは冷静に応えた。

 

 「奴らは『念』って言ってた」

 

 ジェートの言葉に、行商人の表情がみるみる険しくなる。

 

 「念…?一体それはなんだ?」

 

 「わからない。ただ、あいつらの強さは、きっとこの力のおかげ。だから、俺はエル爺を助けに行くまでに、この力を使いこなすよ」

 

 ジェートの声は静かで冷徹だったが、その奥には強烈な決意が滲んでいた。隣に立つマチも、その意志を共有するかのように強く頷いた。

 

 2人の真っ直ぐな視線を受け、行商人はしばし沈黙したまま考え込む。その瞳には一瞬、心配と躊躇が浮かんだが、やがて深いため息をつくと、頭をがしがしとかいた。

 

 「はぁ…わかった、わかった!ったく、心配してやってんのによ!とりあえず、これを使え!」

 

 そう言いながら、彼はノートパソコンといくつかの道具を渡した。

 

 「これで、パソコンは動くはずだ」

 

 ジェートは無駄な言葉を省き、短く「ありがとう」と感謝の意を告げた。

 

 「おう、いいってことよ!何か他にも必要なもんがあったら、いつでも来いよ!」

 

 「うん!ありがとう」

 

 マチは目に希望の光を灯しながら頷いた。

 

 「じゃ、俺たち行くね」

 

 ジェートが背を向けると、マチもその後に続いた。2人の背中には、まるで揺るぎない信念と覚悟が影のように漂っている。

 

 「絶対に見つけろよ」

 

 行商人が彼らの背中に向かって呟いた。2人は振り返らず、迷うことなく歩みを進めていった。彼らの姿が遠ざかる中、行商人はどこか誇らしげに、そしてほんの少し心配そうに、その背中を見送り続けた。

 

 

 

 家に帰ると、2人は迷うことなくエル爺の部屋へと向かった。

 

 「お、おい、どうした?おっちゃん、何か知ってたのか?」

 

 イエランが不安そうに呼びかける。ジェートは足を止め、彼の表情を見つめた。

 

 「ごめん、イエラン。ちょっと、せつ…」

 

 ジェートの言葉は途切れた。イエランの身体を包む白いもやが目に入ったからだ。彼の顔には一瞬、不安の色が浮かんだ。

 

 「ジェート、早く!」

 

 マチの焦る声が耳に飛び込む。

 

 「あ、ああ」と短く返事をし、ジェートは急ぎ足で部屋に向かった。

 

 ジェートがエル爺の部屋に入ると、棚をひっくり返しているマチの姿が目に飛び込んできた。

 

 「どう?」とジェートが声をかけると、マチは無言で首を横に振った。

 

 「見つからない…」

 

 彼女のため息が、部屋の静寂を切り裂くように響いた。

 

 「そうか…」

 

 ジェートは言葉を返し、状況の深刻さを痛感した。彼の胸に冷たい不安が広がっていく。

 

「どうしよう…」

 

 その言葉には、彼女の心に渦巻く不安が色濃く映し出されていた。2人は今、エル爺の行方を探し求め、手掛かりを失った不安に押しつぶされそうになっていた。焦りと緊張感が空気を重くし、彼らの心にもじわりと迫ってくる。

 

 2人が困り果てていると、部屋の外からボロボロの体を引きずるようにしてイエランが現れた。その姿は痛々しく、顔には疲労と不安が色濃く浮かんでいた。

 

 「お前ら…何があったんだ。教えてくれ」と、彼は力を振り絞って声を発した。その声には必死さが滲んでいた。

 

  「イエラン、寝てなきゃ…」とジェートは心配そうに声をかけるが、イエランの切実な眼差しに言葉を詰まらせた。

 

  「いいから!早く教えてくれ」と、イエランは焦りを隠せず訴えた。その言葉にジェートは押され、行商人との話を説明した。

 

 「そうか…。たぶん、ベッドの下だ」とイエランは推測した。

 

 「ベッドの下?そんなスペースあるの?」

 

 マチは疑念を抱きながら問う。

 

 「ああ、ベッドの下に扉があるはずだ。そこに、大きめの箱が眠っている。ジェート、動かしてくれるか?」

 

 イエランの目には真剣さが宿っていた。

 

 「うん」とジェートは頷き、ベッドに手をかけた。

 

 「あたしも手伝う」とマチもジェートに続いた。

 

 2人が息を合わせてベッドを動かすと、そこには長い間隠されていた小さな扉が姿を現した。扉を開けると、古びた大きな箱が鎮座していた。ジェートはその箱を両手で慎重に持ち上げ、2人の前にそっと置いた。部屋の空気が張り詰め、期待と不安が混ざり合い、胸の奥で緊張が次第に高まっていく。

 

  「鍵がかかってるな」と、イエランが箱を鋭く見つめながら呟く。

 

「任せて」とジェートは冷静に応じ、腰に挟んでいた布に包まれたナイフを取り出した。

 

 「ナイフ?」とイエランが怪訝そうに眉をひそめると、「昨日拾ったらしい」とマチが淡々と説明した。

 

  それに対して「なるほど…」と、イエランは小さく頷いた。

 

ジェートがナイフを鍵穴に滑らせ、勢いよくひねると、鍵は静かに壊れた。蓋がゆっくりと重い音を立てて開くと、箱の中から現れたのは古びた瓶と小さな木箱。その瞬間、期待と不安が交錯し、3人の心に緊張が走った。彼らは無言のまま、目の前にあるその未知の品々を凝視する。

 

 「瓶…?」とマチが低い声で呟く。その目には疑念が浮かんでいた。

 

  「まずは、小さい箱を開けてみようぜ」とイエランが冷静に促す。

 

 ジェートは短く頷き、慎重に木箱の蓋を開けた。中には、一枚のカードが静かに横たわっている。

 

 「これって…」とマチが息を詰めて、カードを覗き込む。

 

 「ああ、間違いない。ハンターライセンスだ!」とイエランは、抑えきれない興奮を声に滲ませた。

 

 ジェートは深く息を吸い込み、決意を込めて「すぐに準備しよう」と短く言った。

 

 マチとイエランも無言で頷き、すぐに準備に取り掛かった。しかし、イエランが突然痛みに顔をしかめ、「いたッ…!」と声を漏らす。

 

 「無理しないで、マチ、手伝って」とジェートが冷静に指示を出す。

 

 「うん!」とマチも素早く反応し、2人で協力して作業を進めた。あっという間にパソコンの準備が整い、起動すると、イエランとマチは画面を見つめ、困惑した表情を浮かべた。

 

 「なんて書いてあるんだ…」とイエランが眉をひそめる。

 

 「わからない、ジェート読めるの?」とマチが尋ねた。

 

 「一応」とジェートが答え、手元のライセンスカードを使うと、画面が切り替わった。そこには、シンプルで最小限の情報が表示されており、画面の中央には何かを入力するためのスペースがあった。

 

 「ここに何か入力すればいいんだろうね」とマチが画面を指し示す。

 

 「でも、何を入力すればいいんだ?」とイエランが疑問を口にする。

 

 「マフィア?」とジェートが試しに入力してみるが、画面に表示されたのはただのマフィアの大まかな説明だった。

 

 「だめだ、ただの情報しか出てこない」とジェートがため息をつく。

 

 「そもそも、これが本当にハンター専用のサイトなのかな?何か違う気がするんだけど」とマチが不安げに声を溢す。

 

 「確かに」とジェートも頷いた。

 

 すると、「もう一回、おっちゃんに聞いてくる!」とマチが部屋を飛び出して行った。

 

 その場に残されたジェートとイエランは、再びパソコンの画面に視線を戻す。イエランは眉をひそめ、ジェートの肩越しに慎重に画面を覗き込んだ。

 

 「おい、マチが戻るまでにもう少し調べられないか?」

 

 「やってみる」

 

 ジェートはキーボードを操作し、いくつかの単語を入力してみるが、ほとんど役立つ情報は表示されない。ただ、ちらほらと無機質な情報が淡々と表示されるだけだった。

 

 「やっぱりだめ」

 

 「そうか…」

 

 イエランは黙り込んだまま、悔しそうに何かを考え込んでいる様子だった。ジェートも彼なりに解決策を模索していた。

 

 しばらくして、マチが息を切らして部屋に飛び込んできた。

 

 「おっちゃんが知り合いのプロハンターに連絡してくれて、サイトのアドレスってやつを教えてもらった!」と、マチが興奮気味に声を上げた。

 

 「これだ!」とマチは手にした紙を差し出す。

 

 「おお…!よくやった、マチ!」イエランは感謝の気持ちを込めてマチを褒めた。

 

 「ありがとう」とジェートも短く感謝を述べ、すぐにそのアドレスを入力した。アナウンスに従って操作を進めると、画面は切り替わり、酒場のような場面が現れた。木材でできた簡素な椅子に座る客が数人と、カウンターには一人のバーテンダーが立っている。

 

 ジェートはバーテンダーの男にカーソルを合わせた。

 

 「どんな情報がお望みだ?」と画面内のバーテンダーが問いかける。

 

 それを見たイエランは「おお、たぶんこれだな」と自信を持って言った。

 

 「間違いないね」とマチ同意した。

 

 「どれだ?」

 

 イエランがジェートに問いかける。

 

 「マフィアってある」とジェートは答え、マフィアの項目にカーソルを合わせクリックした。

 

 瞬く間に画面には膨大な数のマフィア組織の名前がずらりと表示された。その量に、3人は思わず目を見張った。

 

 「すごい数…」とジェートが驚きの声を漏らした。

 

 「これ、全部一個一個調べないといけないのか?」とイエランが肩をすくめながら不満を口にする。

 

 「そうするしかなさそうだね」とマチは冷静を装って答えるが、その声には不安が含まれていた。

 

 「うん」とジェートが短く頷くと、手元のマウスを動かしてマフィア一覧の一番上にある組織、アッカルドファミリーをクリックした。

 

 バーテンダーが再び現れ、軽く笑いながら「アッカルドファミリーだな。1000万ジェニーいただくぜ」と告げた。

 

 「1000万?!」とイエランが目を見開いて声を上げた。

 

 「ぼったくりか?」とマチが疑念を抱き、鋭い目で画面を睨んだ。

 

 ジェートは冷静に「それだけ貴重な情報ってことだよ」と淡々と説明したが、その表情は険しい。

 

 「どうする?俺たち、そんな大金は持ってないぞ」とイエランが焦った様子で言った。

 

 「どうする?他に方法はないのかな…?」とマチも眉をひそめ、困惑した表情を浮かべた。

 

 ジェートは一瞬考え込んでから「ちょっと待って」と呟き、再び画面に向き直った。

 

 カーソルを動かし、別の項目を探し続けるが、表示されるのはどれも高額な情報料が設定されたものばかり。時間が過ぎるにつれて、3人の間には徐々に焦りが漂い始める。

 

 「…無料の情報とかないのかな?」とマチがぽつりと呟く。

 

 「ない」とジェートが即答する。

 

 イエランもまた、唇を噛みしめながら黙り込んでいたが、その目には焦燥感が浮かび、一瞬鋭い光が宿る。

 

 「金がなきゃどうしようもない。なら、外に出るしかないんじゃないか?」とイエランが突然言い放った。

 

 「え?」

 

 ジェートが顔を上げる。

 

 「外って、どこへ?」

 

 マチが疑念を込めた声で尋ねた。

 

 「街の外だよ。このまま何もできないで待つくらいなら、外で金を稼ぐ方法を探す方が現実的だ。俺が怪我しているのは分かってる。でも、何もしなければエル爺を助けることなんてできないだろ?」

 

 イエランの声には焦りと苛立ちがにじみ出ている。

 

 ジェートとマチは互いに顔を見合わせ、しばらく黙り込んだ。外に出ることはリスクが大きい。特にイエランの怪我の状況を考えると、危険を冒すのは避けたい。それでも、イエランの言葉には一理あった。

 

 「でも、今の状態で外に出るのは危険すぎるよ」とマチが冷静に反論する。

 

 「分かってる。だから、もう少しだけ時間をくれ。少しでも傷が癒えてから動くんだ」

 

 イエランの目は決意に満ちていた。

 

 ジェートは静かに頷き、「…わかった。イエランが回復したら、この街を出よう」と低く決断を下す。

 

 「それまで、どうするの?」とマチが問いかける。彼女の声には、わずかに焦りと不安が混じっていた。だがその眼差しは、答えを求める鋭さを失っていない。

 

 「イエランは治すの優先。俺とマチはイエランが治るまで、念を使いこなそう」

 

 ジェートは冷静に言葉を紡ぐ。まるで自身をも奮い立たせるように、その声はどこか固い決意に満ちている。

 

 「念…?」

 

 イエランは眉をひそめ、わずかに首をかしげた。彼の目には理解の及ばない事実への戸惑いが表れていた。困惑と好奇心が交錯し、彼の視線は鋭くも不安定だ。

 

 「イエランも見えてるでしょ?自分を包む白いモヤ」

 

 ジェートの視線は鋭く、言葉に重みがあった。その一言は、イエランの胸の内に押し寄せる疑問の波をさらに高める。

 

 「あ、ああ。お前たちが出て行った後に気づいたんだが…これは何だ?」

 

 イエランは少し困惑した声で返した。彼の顔には、まだ新たな現実に対する抵抗が見え隠れしている。それでも、自分の身体に起こった変化を理解しようとする態度が徐々に現れ始めた。

 

 「その白いもや…あいつら的に言えばオーラが念らしい」

 

 ジェートは冷静に説明し、イエランの反応をじっと観察している。その表情には微かな緊張感が走り、彼もまた、この説明に不確かな部分を抱えていることが見て取れる。

 

 「お前らはずっとそれが見えてたのか?」

 

 イエランの声には、驚きと興味が絡み合っていた。彼の金色の瞳は、真実を受け入れようとする意志と、それに伴う戸惑いを露わにしている。

 

 「うん…黙っててごめん」

 

 ジェートは一瞬だけ視線を逸らし、申し訳なさそうに言った。その言葉の裏には、自分の置かれていた状況へのわずかな不安がにじんでいた。

 

 「いや、いい。何か事情があったんだろ?」

 

 イエランは柔らかい声で答え、ジェートの目をしっかりと捉えた。その眼差しには、すでに理解と信頼が宿り、過去のことにこだわる様子はない。

 

 「うん…」

 

 ジェートは短く答えた。だが、その短い返事にも、彼の中での重みや感情が詰まっているのが感じられた。

 

 「で、その念ってやつを使えると何がいいんだ?」

 

 イエランは再び問いかけた。彼の表情には、未知の力に対する期待と、それに対するわずかな警戒心が交差していた。

 

 「わからない。ただ、あいつらの強さにはこの念が間違いなく関わってる」

 

 ジェートはそう答えながら、確信に満ちた視線をイエランに向けた。その言葉には、彼自身が感じている焦りと、エル爺を救うための緊迫した決意が込められている。

 

 「なるほど…確かに、今の俺たちの実力じゃエル爺を助けるのは無理だ。その念ってやつを覚えるのは必須だな」

 

 イエランは納得し、静かに頷いた。彼の中で、今やるべきことが明確になり、次の行動への意志が固まっていくのが見て取れた。

 

 「お金稼げれば、念についての情報も欲しいところだね」とマチは淡々と提案をした。

 

 「うん。今わかってるのは俺のオーラの状態を纏って言うらしい」

 

 ジェートは、自身の中で整理した情報を共有した。彼の言葉は簡潔だが、内心ではこの情報をもとに次の一手を考えているようだった。

 

 「纏…ねぇ」

 

 イエランはその言葉を噛みしめ、考え込むように唇を引き締めた。彼の目は、どこか遠くを見つめるように虚空をさまよっていた。

 

 「ジェートのは完璧な纏らしい」

 

 マチは鋭い視線をジェートに向け、静かにその評価を口にした。その声には冷静さが漂っていたが、彼女の目にはジェートへの信頼が揺るぎなく宿っていた。

 

 「確かに、俺はもちろんマチと比べても、ジェートのオーラってやつは揺らぎが少ねぇ」

 

 イエランの表情には、初めて触れた未知の力に対する驚きと、ジェートへの尊敬の念が混ざり合っていた。自分でも気づかぬうちに、彼はすでにこの新たな現実を受け入れつつあった。

 

 「うん。とりあえず、あたしとイエランはジェートの纏を目指すのが目標でいいと思う」

 

 マチは軽く頷きながら、視線をジェートから外し、今後の行動を整理するように言った。その言葉は、ただの提案ではなく、すでに次のステップを踏む覚悟を固めているようだった。

 

 「そうだな」

 

 イエランは納得したように応じ、短く同意を示した。

 

 「ここを出るための手段どうする?」

 

 マチが周囲を一瞥し、厳しい現状を口にした。彼女の声はいつも通り冷静だったが、その底には僅かに焦燥が感じられた。外の世界に戻るための具体的な方法を求めている彼女の表情は、決して余裕を感じさせない。

 

 「おっちゃんに頼もう」

 

 イエランは、少し考え込んだ末に簡潔に答えた。彼の声には確信がこもり、信頼する人物への依存が自然な選択肢として浮かび上がっているようだった。今はその一手に全てを賭ける覚悟があるのだろう。

 

 「賛成」

 

 ジェートは短く言い、頷いた。その言葉は冷静だが、どこか重みを感じさせた。彼の中で、既に次に何をすべきかが明確になっている様子が伺える。彼の視線は遠くを見つめ、次の行動に向けて静かに燃え上がっている決意が滲んでいた。

 

 流星街を出る準備が整ったその瞬間、予期せぬ男の声が静寂を破り、3人は同時に振り向いた。

 

 「んー、老耄のジジイのために、そんなにする必要があるか?」

 

 不意に背後から聞こえたその声に、ジェートとマチは即座に反応し、イエランの前に立った。彼らの顔には緊張が走り、その動きには一瞬の迷いもなかった。周囲の空気が一気に張り詰め、重くのしかかる静寂が広がった。

 

 「だ、誰だ…?」

 

 イエランが声を絞り出した。その目は、目の前の状況を飲み込もうと必死だったが、男の強大な存在感に圧倒されていた。突如として現れたその男の気配は、まるで空気を切り裂くような重厚感を纏っており、まったく気づけなかったことが3人の動揺を一層深めた。

 

 ジェートは、男から放たれる荒々しいオーラを感じ取り、拳を強く握りしめた。マチもその異様な圧力を鋭敏に察知し、眉間に深い皺を寄せながら目を細める。

 

 「俺は、レイザー」

 

 低く冷たく、しかし確固たる自信に満ちた声で男が名乗る。不敵な笑みを浮かべるその表情は、余裕を感じさせ、3人を完全に掌握しているかのようだった。レイザーと名乗った男の背後には、無尽蔵とも思える強大な力が潜んでいるのが、3人にとっては明らかだった。

 

 「レイザー…」

 

 マチがその名前を鋭く反復し、さらに警戒心を強めた。彼女の視線は、男の一挙手一投足を見逃すまいと鋭く追い、彼女の体はいつでも攻撃に転じられるように準備が整っていた。

 

 「何の用…?」

 

 マチの声には敵意が滲んでいた。彼女の瞳は鋭く、まるで獲物を狙う猛禽のようにレイザーを睨みつけている。

 

 レイザーはその反応を楽しむかのように、口元に冷酷な笑みを浮かべた。

 

 「お前たちのハンターライセンスを貰いに来た。大人しく渡せば、何もしないでやる」

 

 その声色から自分の勝利を確信していることが伝わってくる。

 

 「無理」

 

 ジェートは一瞬の迷いもなく即座に拒否の言葉を放った。

 

 レイザーは軽く肩をすくめ、無邪気な仕草を見せながらも、口元には不気味な笑みを浮かべた。

 

 「そうか。なら、殺して奪うだけだな」

 

 その瞬間、彼のオーラが爆発的に膨れ上がり、周囲の空気が一気に緊張感で満たされた。重く張り詰めた圧力が3人にのしかかり、息苦しさすら感じさせる。

 

 「…やってみな」

 

 マチは冷たく言い放ったが、その言葉とは裏腹に、彼女の額には微かに冷や汗が浮かんでいた。挑発的な言葉の裏に隠された緊張が、わずかに彼女の表情に現れる。だが、決して怯んではいない。

 

 レイザーはそんなマチの様子を見て嘲笑を浮かべる。

 

 「怪我人が1人、絶も知らないガキが2人で、どうやって俺に勝つつもりだ?」

 

 彼の声には完全なる自信が込められており、3人をまるで獲物を見るかのような冷酷な目で見据えていた。

 

 その言葉が引き金となった瞬間、ジェートとマチは無言のまま互いのタイミングを計り、左右から一斉に攻撃を仕掛けた。ジェートは鋭い踏み込みでレイザーに迫り、マチは素早い蹴りを繰り出す。しかし、レイザーの反応は異次元だった。まるで彼らの動きがスローモーションであるかのように、レイザーは軽く身を翻し、2人の攻撃を難なく避ける。そして、彼の強力な腕がジェートとマチを無情にも掴み上げ、次の瞬間には彼らの体を床に叩きつけた。

 

 「ジェート!マチ!」

 

 イエランの声が切羽詰まって響いた。彼の目の前に倒れ込む仲間たちの姿が目に焼き付き、焦燥感が一気に膨れ上がる。

 

 レイザーはそんなイエランを冷酷な目で見つめながら、重々しい声で問いかけた。

 

 「さぁ、ここで質問だ、少年。こいつらの命とライセンス、どっちが大事だ?」

 

 彼の問いかけは、まるで時間が止まったかのように響き渡り、イエランの心に鋭い痛みをもたらした。

 

 ライセンスがなければ、エル爺の居場所を探る術はない。しかし、今目の前でジェートとマチが危機に瀕している。レイザーの問いかけは、イエランにとって究極の2択を突きつけた。エル爺を救うために必要なライセンスか、それとも仲間の命か。選ぶべき道は、2つに1つ。

 

 イエランは一瞬、迷いが心をよぎった。しかし、ジェートとマチの姿を見つめると、その迷いはすぐに消えた。ジェートは床に押し付けられたまま、苦痛に耐えながらも、彼に何かを訴えかけるような目で見上げていた。マチもまた、必死に意地を張りながら彼に助けを求めてはいない。それでも、2人の姿が彼に選択を迫っていた。

 

 その重圧に押しつぶされそうになりながらも、イエランは深く息を吸い、決意を固めた。そして静かに口を開く。

 

 「…2人を離せ」

 

 その一言は、深い沈黙の中に響いた。瞬間、「イエラン、やめろ!!」とマチが怒りに満ちた声で叫んだ。

 

 「…そうか」

 

 レイザーの笑みが徐々に消え、彼の目がじっとイエランを見つめた。荒々しいオーラを放っていた男の威圧感が微妙に揺らぎ、彼の目に一瞬、何かを考え込むような影が落ちる。イエランの目には、絶望でもなく、諦めでもなかった。むしろ、深い決意と、仲間を救うための強い覚悟が宿っていた。

 

 「こんなゴミ溜めで、よくそんな目ができるな」

 

 彼の声に微かに響く興味が、場の緊張感をわずかに解いた。イエランの姿に、自らを重ねたのか、それとも何かを思い出したのか、レイザーの内心には動揺があった。そして、それを隠すように一歩後退し、ジェートとマチを解放した。

 

 「ライセンスはもらう」

 

 その言葉が静かに場を支配した。3人は無言のまま、悔しそうに眉をひそめたが、誰も声を出さない。ライセンスを奪われれば、エル爺を救う道は閉ざされる。それでも、彼らに反論する力は今はなかった。

 

 「ただな、もしお前たちが俺の言うことを聞くなら、ライセンスは奪わないでやる」

 

 「本当か?!」

 

 一瞬の希望にイエランが目を輝かせた。だがレイザーの冷ややかな笑みが、その期待を打ち消すかのように続く。

 

 「ああ、だが条件がある。お前たち、俺の元で働いてもらう」

 

 「働く…?」

 

 その言葉の意味を捉えかねた様子のイエランに、レイザーは淡々と答える。

 

 「強盗、殺人、放火。まぁ、いろいろだ」

 

 レイザーの無情な言葉が場の空気をさらに重くする。イエランは返事に詰まり、短い沈黙が流れた。しかし、その沈黙を破ったのはジェートだった。

 

 「じゃあ、いい」

 

 冷静なジェートの言葉に続くように、マチが冷ややかに答える。

 

 「同感だね」

 

 3人の意思は固かった。彼らはレイザーのような犯罪に手を染めるつもりはなかった。エル爺を救うという目標があったとしても、譲れないものがある。

 

 「ふん、そう言うと思ったぜ。」

 

 レイザーはにやりと笑い、ライセンスを手に取る。

 

 「じゃあな。ライセンスはもらってくぜ」

 

 彼の背中が遠ざかる中、3人はその場に残された。無力感が彼らを覆い、静寂が訪れる。決断に後悔はなかったが、悔しさは心の奥に色濃く残っていた。

 

 イエランは、ふと2人に視線を送る。

 

 「ジェート、マチ」

 

 ジェートは軽く顎を上げ、マチは無言のまま

 

 「強くなろう」

 

 その言葉には、深い決意と覚悟が込められていた。今のままでは終わらない、そう誓うように。

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