彼は誰の夢   作:く ろあり

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本作は同名ユーザーが他サイトより転載しているものです。

チュートリアルでラスボスと戦うタイプのRPG

ゆっくりやっていきますので。


さよならの前と後

「そんなのダメ。嫌に決まっているじゃない!」

「そ、そんなに……ですか……参ったな……」

「だって……!」

「だって?」

「私、五年なんて待てないもの!」

「へ?」

 地面に倒れ、謎の光に包まれる少年が間抜けな声を上げた。少年を囲む少女たちも似たような反応だった。

「ねえアル! その子が住んでる場所知ってる? 知っているなら教えて! 迎えに行くから! 戻ってアストレア様に報告したら直ぐに! 私たち全員で!」

「アリーゼ!? 貴方は何を……!?」

 発生したばかりの頭痛に四苦八苦しながら、リューがアリーゼを止めに入る。

「だって五年も待てないじゃない! っていうかその子、五年後にはオラリオに来るんでしょう? だったらそれが五年早まるだけ! じゃあ何も問題ないわね! ふふーん!」

「問題だらけだろうが」

「団長さんの頭は本当にアレですねぇ」

 ライラと輝夜が呆れたように息を吐く。しかしアリーゼは意見を曲げない。

「何もおかしくないわ。だって前は、アルのことを忘れちゃったじゃない」

「!」

 リュー。輝夜。ライラ。アーディ。特に強い反応を示したのはこの四人。

 以前の別れを経験した四人だった。

「私たちはアルのことをまた忘れてしまうかもしれない。アルが託してくれたものさえも。そんなの嫌! 絶対に嫌なの!」

「ア……リーゼさん……」

「だから急ぐの! 少しでも急いでその子を迎えに行って、私たちのファミリアの一員にしちゃうの! そうして、アルと私たちの繋がりが嘘でも幻でもなかったことを刻み続けるの! 私たちが何もかも忘れてしまったとしても、アルを感じられるように! そして、その子の人生を最高に輝かせてあげるの!」

 忘れるってどういうことなんだろうと思うアルは、話の流れに正直付いていけていない。

 けれど。嬉しい話をしてくれているんだってことは、靄がかかったような頭でもわかった。

「アルは私たちを助けてくれた! アルがいなければ私たちは間違いなく全滅していた! でも私たちはアルを助けられなかった! 悔しいけれど大した役にも立てなかった!」

「そ、んなこと」

「だから今度こそやり遂げるの! だってアルは私たちを頼ってくれたのよ!? ならやるしかないでしょう!? 助けられっぱなしでアルの願いの一つも叶えられない! そんな情けなくていいの!? 私たちアストレア・ファミリアが!? 私は嫌よ!」

 喋る隙間も与えてくれない。口を開くのだって思考を巡らせるのだってままならない状態なんだけどなあ。

「そ! れ! にっ! アルにそっくりってことはなかなかなシャイボーイでしょ、その子! 尚更さっさと捕まえないと! これだけ可愛い女の子たちと一つ屋根の下ってなった時にどんな反応をするのか見てみたいじゃない!」

「おいこら」

「アリーゼ……」

「馬鹿じゃないの?」

「団長そういうとこ。ほんとそういうとこ」

「温度差で風邪引きそう」

「いい雰囲気になっていたのが台無しですねえ」

「アリーゼちゃんらしいわねー」

「アストレア様に怒られちゃえばいいと思う」

「どうしてこう何処かで残念を挟まないといられないんでしょうね」

「そんなんだからせっかく可愛いのに一生彼氏出来なさそうとか他所の派閥で影口言われちゃうんですよ」

「そんなこと言われてるの私!? ま、私の美しさへの嫉妬なんか無視無視っ! ってことで! 安心して! アル!」

「この流れで安心という言葉を口に出来る胆力は大したものだ」

「お姉ちゃん、それ褒めてる?」

「貴方のお願い、貴方が望むよりもずっとずっと最高の形で、私たちが叶えてみせるから!」

 ふんすっと鼻息を荒げたアリーゼの顔が迫り、アルの手を掴んだ。今にも消え果てそうな手をブンブンと振り回すアリーゼの目は、キラキラ光るアル以上に光り輝いていた。

「…………っく……」

「アル?」

「ふ……は……あは……あははは……!」

「ほらみろアリーゼ。あんまトンチキなこと言うもんだからアルが壊れちまった」

「ピカピカ光って今にも消えてなくなりそうな男の子がゲラ笑いをしている……」

「カオスですねぇ」

「そっか……そっかぁ……!」

 笑いが止まらない。だって、想像しただけで愉快じゃないか!

 この人たちとこの世界のベル・クラネルが、一つ屋根の下!? なんだそれは! 羨ましいくらいだよ!

「笑っていないでその子が住んでいるところを教えて! 誰か紙とペンないかしら?」

「はいはいーっと。いつでもいいですよ、アル」

「……じゃあ……」

 なるだけ正確に村の位置を伝えた。地図に名前すら載らないような村だから、少年の名前や祖父と二人で暮らしていることなど、渡せる情報全てを預けた。

「はい、メモメモ完了よー」

「ありがとうマリュー! これで私たちが貴方のことを忘れてしまっても大丈夫ね! 流石私っ! 冴えてるぅー!」

「忘れないのが一番なのですけど……」

「そう上手くいかないんだから仕方ないじゃない! ってちょっと、何? どうして泣きそうな子がいるのー? そういうのは違うでしょ? これはお別れだけど、お別れじゃないんだから!」

「何それ?」

「ちょっとアオハルっぽいこと言うわね!」

「おーい聞いてっかー?」

「私たちとアルは、どんなに離れていても繋がっている!」

「!」

「だからお別れなんかじゃない!」

「アリーゼ……」

「だから、泣かないっ!」

 泣かないで。じゃなくて、泣かない。

 それって、誰よりも自分に言い聞かせていませんか?

 なんて、ちょっと意地の悪い考えをしてしまった。

「はい……僕も……泣きません……」

「ええ! それでいいの! ほらアーディも! もう大丈夫でしょう!?」

「うん……大丈夫。ありがと、アリーゼ」

 張り詰めてばっかりだったアーディの声は、確かに明るいものになっていた。

「……アル。もう一度聞かせて?」

「はい」

「また会える?」

「……もう二度と……会えません……」

「…………だったら今言うね」

「はい」

「私…………アルのこと好き……だったんだと思う。ごめん、正直わかんなくなってた。アルのことを忘れてた時間が長過ぎて……いろんなことを見失っちゃってたみたい……」

「……そう……ですか……」

「でも、今ならわかる」

 アリーゼに好き放題ブンブン振り回されていたアルの右手が、アリーゼじゃない誰かの手に包まれた。

「今、目の前にいるアルが、私は好き」

 その少女は、暖かな両手で、アルの手を包み込んだ。

「……嬉しいなあ……」

「光栄に思って欲しいな。これでも私」

「結構モテる……ですよね?」

「そう! そうなんだから! 覚えててくれたんだ!」

「はは……」

 アーディが笑うと、自然とこちらも笑ってしまう。

 いつか、自分と同じファミリアに所属しているエルフから聞いた言葉が骨身に染みる。その通り過ぎるなあ。

「はぁ……やっとだ……やっと言える……」

「?」

「助けてくれてありがとう」

「はい……」

「二度も助けてもらっちゃったね」

「いいんです……」

「アルが繋いでくれたこの命で、私も誰かを助けて生きていくから。アルが私たちにしてくれたみたいに」

「アーディさんなら……僕なんかよりずっとずっと……たくさんの人の笑顔を守れますよ……」

「そうかな?」

「そうですよ」

「……君ともっとしたかったな。おたくとーく」

「僕もです」

「この首飾り、ずっと持っているからね」

「それは……嬉しいな……」

「ずっと…………一緒にいたかったな……」

「ずっと一緒ですよ」

「え?」

「僕たちはずっと繋がっている……ですよね、アリーゼさん」

「そう! そうなのよ! わかっているじゃない! アル!」

「だから……」

「……うん……そうだね……」

「…………もう……お別れです……」

 いよいよ限界だ。さっきまで自分の手を包んでいた誰かの手の感触がわからなくなったのが、その証拠。

「アル!」

「……リューさん?」

 リューは迷っていた。混乱していた。伝えたいことも聞きたいことも山程あるのに、それ全てを届けることなど叶わないとわかるから。

 だから、彼女は選んだ。

「ありがとう」

 何よりもまず彼に届けるべきであろう、ただ一言を。

「私からも言わせて。ありがとう、アル」

「ほんとありがとね。アル」

「ありがとう! とってもカッコよかったよ! アル!」

「歳下の男の子にこんなにも心を動かされるなんて……でも嬉しい。本当にありがとう」

「貴方が救ってくれたこの命。大切にして生きていきます。ありがとう」

「本当にありがとうございます。いつか貴方みたいに強くなって、貴方みたいに誰かを救える冒険者になってみせます」

「わたしも、アルみたいに強くなる。だから見守っていてね。ありがとう、アル」

「なーんかベタベタした空気になっちまったなあ……けどま、あんがとな」

「もう青二才などと呼ぶまい。感謝するぞ、アル」

「ほんっっっっとうにありがとう! アル! 貴方からもらったこの命で、貴方に託された子も誰も彼も、私たちが守ってみせるから!」

 アストレア・ファミリア。

「アル。私の妹を救ってくれて、ありがとう」

「何度だって伝えるよ。ありがとう、アル。本当にありがとう……!」

 シャクティ。アーディ。

「ぁ……っく……!」

 少女たちのありがとうがアルの心を揺らす。けれど彼は泣かない。泣けない。

 女の子たちが泣かないでいるのに、男の自分が泣くわけにはいかない。

「……ふっ……はは……」

 だから、彼は笑った。わざとらしいくらいに口角を上げて。

 笑顔の輪を広げるのが上手な少女たちにわけてもらった笑顔で。

 その、少し不器用なくらいの笑顔が最後。

「……どういたしまして……!」

 少年なりのとびきりの笑顔が、夢の終点を明るく彩った。

「あ……!」

 消えた。目の前にいた少年が、確かに消えてしまった。帰らぬ旅に出た少年の道行きを照らすよう、少年を包んでいた白い輝きが少女たちの周囲に広がり、破壊の爪痕が色濃いダンジョンを幻想的に染め上げた。

「アル……」

「……行っちゃったわね……」

「最後の最後までわけがわかんなくて……目が離せないヤツだったな……」

「ああ……」

「あの子はもう無理だなんて言ってたけどさ、また会いたいよね」

「そう……だね…………うん! そうだよっ! 会いたいと思っていればいつか……きっと……」

「……もういいんだぞ、アーディ」

「お姉ちゃん?」

「そうよアーディ。私たちはまた、アルのことを忘れてしまうかもしれないんだから。アルの名前を声に出せるのは、今だけかもしれないでしょう?」

「アリーゼ……」

「アルにはああ言ったけど……今のうちにたくさん彼の名を呼んで……たくさん泣いておきましょ?」

「…………うっ……ぅ……ぁ……ぁあ……!」

 決壊は、あっという間に訪れた。

 一人の少女の嗚咽がダンジョンを濡らす。

「よく頑張ったな、アーディ」

 尊敬する姉に抱かれ、その少女はとにかく泣いた。大粒の涙で姉のことを濡らしながら、アル、アルと、何度もその名を口にして、ただひたすらに泣いた。

「我慢させてごめんなさい。でもありがとう。最後まで笑っていてくれて。貴方が笑っていてくれたから、アルも笑っていられたんだから」

 泣き崩れる少女の薄青色の髪を、赤い髪の少女が撫でた。

「ぐすっ……」

「助けられてばっかで……彼を救ってやれなかった……」

「あ、アルぅ……!」

「ちょっとやめてよみんな……こっちまでもらっちゃうじゃん……!」

「感謝だってもっと……」

「一緒に冒険したかったなあ……!」

「彼のこと……もっと知りたかった……」

 青い髪の少女に釣られるように。我慢の限界に屈したように。多くの少女が涙を浮かべた。

 誰かにとっては。

 数年前に出会い、しかし記憶から抜け落ちてしまっていた、不思議な少年。

 誰かにとっては。

 今日初めて出会った、真っ白な少年。

 少女たちにとっては。

 英雄のようだった、冒険者。

 もっと、話してみたかった。

 お別れなんて、したくなかった。

「強くなりましょう、私たち」

「アリーゼ……」

「私たちが弱かったからアルは傷付いた。私たちが強ければアルともっとたくさんの言葉を交わせたかもしれない。アルとお別れしなくても済んだかもしれない。全部、私たちが弱い所為」

 そんなことないです。

 この場にアルがいたらそう言いそうだ。しかしアリーゼはひたすらに強調する。全て自分たちが弱いからなのだと。

「悔しいけれどそれは事実。だったらもう、強くなるしかないでしょう!? アルに胸を張れるように! アルが巡らせてくれた正義で、たくさんの笑顔を守れるように! アルが託してくれた男の子を、いつまでも守り続けられるように!」

 約束されていた死を乗り越え、この先も光り輝き続けるであろう赤髪の少女が、多くの涙の中で決意を新たにする。

「自分たちの弱さに泣くのは今日を最後にする! 絶対に! わかったわね!? みんな!」

 何度も頷いたり。大声で啖呵を切ってみせたり。泣き腫らす少女たちはそれぞれの形で、新たな誓いを胸に宿した。

 いつか、誰かの命を救う為に。

 アルが託してくれた小さな命を守り続ける為に。

 アストレア・ファミリアは空を舞う。正義の女神が授けてくれた翼を背に。

 可憐な冒険者たちは止まらない。ここではない何処かで待っているかもしれない白い少年の背中を追い続ける。

 少女たちは強くなる。誓いと約束を胸に。正義の剣を手に。

「絶対……強くなるんだからっ……!」

 赤い髪の少女の頬を伝う、一筋の雫。

 誰もがそれに気付き、誰もがそれを見ないフリをした。

 その傍で。

「ありがとう……」

 空色の瞳から降り注ぐ雨が頬を濡らすのも厭わず。背中まで伸びる金髪を揺らし。まだ消えない彼の残滓に心を掴まれたまま。

「私たちの……英雄……」

 誇り高い妖精は、柔らかく微笑んでいた。

 

× × ×

 

「ただいまー」

「戻ったか、アーディ」

「うん」

「おかえりアーディ!」

 ガネーシャ・ファミリアの本拠地(ホーム)アイアム・ガネーシャ。

 時計の単身が頂点を経過し、静かに更けゆく夜半。姉であるシャクティ・ヴァルマと派閥の主神に出迎えられ、アーディ・ヴァルマは数日振りに所属ファミリアの本拠地へと帰還した。

「久しぶりで忘れているかもしれないから言っておくぞ! 俺が!」

「時間を考えろガネーシャ」

「ガネーシャ様本気でうるさい」

「…………俺がガネーシャだっ……!」

「はいはい。ただいま戻りましたよーと」

 ボリュームをとーっても落としていつものを披露する主神の姿に溜息混じりの苦笑を湛え、アーディも応じた。

「思ったより遅くなっちゃったなー。お姉ちゃんもガネーシャ様も寝ててよかったのに」

「まあ、なんとなくだ」

「夜更かししたっていいじゃない! 何故なら俺が」

「うるさいぞ」

「がねーしゃぁ……」

「夕刻にはオラリオへ戻ったと報告を受けていたが?」

「リオンたちと積もる話をしていたらあっという間に時間が過ぎちゃって。それに…………初めてのオラリオに緊張しながらも大興奮だったから……」

「……彼から託された少年か?」

「うん……なかなか寝ようとしなくてアストレア様たちも四苦八苦してたよー」

「そうか……」

「何の話をしているのか全然付いて行けていない、俺が!」

「ガネーシャ」

「ですっ……」

「よろしい」

「はは……落ち着くなあ……ここのリズムは……」

 後ろ手を組んだアーディが、こんな遅くまで自分の帰りを待っていてくれた主神と姉を見てや口角を上げる。

 いつからかずっとここが自分の居場所。血の繋がった姉と、心で繋がった家族たち。とっても居心地が良くて、楽しい我が家。

 アーディは、自分のファミリアが大好きだ。都市を衛るという仕事に意義を見出し、そんな名誉ある役割の一端を担っていることを誇りにすら思っている。

「はあ……」

「……アーディ?」

「……ちょうど……いいかな。ガネーシャ様」

「なんだ? やはりガネーシャはガネーシャだと叫んだ方が」

「ガネーシャ様」

「…………聞こう」

 いつものノリを引っ込め象面の下の口を横一文字に引き結ぶ男神を見てや、深呼吸を一つ。

 心は決まっている。それでも、アーディは揺れていた。怖かった。勇気が必要だった。

 だから彼女は、一人の少年を思い浮かべた。

 もう顔も名前も思い出せなくなってしまった、一人の少年を。

 アーディだけではない。姉のシャクティも。アストレア・ファミリアの面々も、彼のことは思い出せなくなりつつある。そう遠くないうちに彼からもらった言葉の全ても抜け落ちてしまうということも、彼女たちは理解している。

 それでも。彼に押し付けた約束や誓いは、彼女たちの中から消え果てていない。

 彼の背中を支えたこと。

 彼が涙を拭ってくれたこと。

 彼にありがとうと言えたこと。

 彼の横顔に心を掴まれたこと。

 彼に恋をしたことも。

 アーディは覚えている。アーディは忘れない。

 だって、盟友が言ったのだ。

 私たちと彼は、ずっと繋がっていると。

 だって、彼が言ったのだ。まだ覚えているんだ。幻なんかじゃないんだ。

 ずっと一緒にいるって。

 そう言ってくれたんだから。

 彼が示した勇気も。正義も。この先ずっと、彼女の胸の中で燃え続けているのだから。

 アーディ・ヴァルマは、ずっと忘れない。

「私に……改宗(コンバージョン)の許可をください」

「…………」

「……あの子か?」

「うん。あの子の近くにいたい……っていうのはもちろんあるんだけど……」

 何も言わない象面の神を見据えたまま、アーディは言葉を繋ぐ。

「正義は巡る。それが気休めでも勘違いでもなかったって、証明してくれた人がいるの」

「彼、だな」

「うん。彼。彼がね、証明してくれちゃったの。だから私……欲が出ちゃったみたいで」

 アーディは笑った。ちょっとわざとらしいくらい。あざといくらいに笑ってみた。

 自分が笑うと誰かが笑ってくれるのだと教えてくれたエルフの少女のこと。思い出せる限り、彼のことを思い浮かべながら。

「正義が巡るなら、何処までも遠くまで。もっとずっと未来まで届かせたい。リオンたちと一緒に、私たちの正義や願いが何処までも巡るように。夜空に輝く星々みたいに、世界の何処までも照らせるように」

 正義の女神と、正義の剣と翼を背負った少女たちとならば、それが成せる。

 死の運命を二度も乗り越えてみせた少女は、確信を手にしていた。

「私なりの正義を、リオンたちの正義と一緒に育てたい。だから……」

改宗(コンバージョン)の儀式は明日の夜に行おう」

「!」

「アストレアに話を通しておくんだぞ。それと、シャクティ」

「ああ」

「誰にも口外しないと約束する。話せないことは話さなくていい。話せる範囲でいいから、ここ数日の出来事を教えてくれ」

「……了解した」

「おう!」

「あ、の……ガネーシャ様……」

「進め。お前の決めた道が、お前を一番輝かせる道となる。俺はそう信じている」

「……ありがとう……ございます……」

「ただ一つ、約束してくれ」

「はい」

「時々でいい。顔を見せに来い」

「……約束します」

「うむ!」

 口元に晴々とした笑みを浮かべ、男神屈指の偉丈夫は大きく頷いた。

「……ごめんなさいガネーシャ様。聞かん坊な娘で」

「はうっ!?」

「お姉ちゃんも。ごめんね?」

「謝るな馬鹿者。派閥が変わろうとも我々は都市の盾。お前の果たすべきは変わらない。寧ろ他派閥になった分、余計なしがらみ無しで使い倒せるというもの。これまで以上に顎で使ってやるからな。覚悟しておけ」

「……うんっ!」

「お……お、おでがっ、がっ……がねえええぇぇえぇしゃああああああ!」

「あ。汗臭そうだからハグはなしで! あとうるさい!」

「あああぁぁあぁあああぁ!」

「だからうるさいってば! もおーっ!」

「アーディ。一応言っておくが」

「なあに?」

「まだ、あの子に手を出すなよ?」

「だ、出さないよっ!?」

「はは……」

「俺の娘があぁぁああぁあああ!」

「もうっ……みんなしてさあ……っ……!」

 目を細め静かに笑う姉と泣き崩れる主神の前に、一筋の涙を残して。

 アーディ・ヴァルマは、新たな旅へと繰り出した。

 

× × ×

 

「まさか、七年も待つことなく彼と出会えることになるなんてね」

「そうね。こんな未来、とてもじゃないけど見通せなかった」

「しかもしかも、男子禁制の乙女の花園であるアストレア・ファミリアへ身を寄せることになるとはなあ」

「全てはアリーゼたちとあの子自身が決めたことだから」

「彼の様子はどうだい?」

「ずっと緊張しているみたいで肩に力が入りっ放し。女の子だけの空間にも慣れないみたいで、少々居心地が悪そうにしているのが気になる所かしら」

「なんと! 下界の楽園同然のアストレア・ファミリアで居心地が悪い!? なんっっっってもったいない! これは早急に英才教育を」

「やめておきなさい。冗談抜きで送還されてしまうから。私の子供たちの手で。命乞いをしても聞き入れてくれないでしょうね」

「も、もう彼の親衛隊が出来ている……だと……!?」

「あの子、可愛いから。すっかりみんなも気に入ってしまったみたいで」

「……なあ、彼が一番懐いているの、もしかしなくてもリューちゃんじゃないか?」

「何かあるとリューの背中に隠れてしまうくらいにはあっという間に懐いたみたい。リューの方は困惑しきりみたいだけれど」

「だろうなあ……ははは……」

「あとはアーディね。波長が合うとでも言えばいいのかしら。相性がいいって感じがするの」

「へえ…………聞いたよ。アーディちゃんのこと」

「アーディに頭を下げられた時は驚いたけれど、みんなとっても喜んでいたわ。リューなんか特に嬉しそうで……」

「正式な発表はいつ?」

「アーディの件は、あの子の入団と同時にギルドへ報告しようと思っているの。彼の意思をもう一度確かめつつ、これからのことを相談してからね。ただでさえ環境の激変に戸惑っているのだから、急かすような真似はしたくなくて。けれど一、二週間以内くらいには色々とはっきりさせるつもりよ。だから……ヘルメス?」

「うん?」

「あんまりあの子にちょっかいを出さないでちょうだいね?」

「わかっているさ。今回の件では君たちに負い目もある。ヘタな事なんか出来るわけないじゃないか」

「負い目に思う必要などないのに」

「交渉役を買って出ておいて何の成果も得られなかった。君たちが誰一人として欠けずに帰って来られたのは、アルというこの世界のイレギュラーが来てくれたからという他力本願な奇跡の上に結果論。全ては俺の不手際だ。こんな為体、誰が許したとしても、このヘルメス自身が許せないのさ」

「貴方って、変な所で紳士よね」

「おいおい何を言うんだアストレア。俺は毛先にまで紳士成分がびっしり通っている紳士of紳士だぜ?」

「そういう冗談はいいから」

「冗談じゃないのに……心配はご無用さ。俺だって彼の成長を見守っていたいと思っているんだ。それに……もう託されてしまったからね」

「託された?」

「詮無い話さ。気にしないでくれ。そういえば、君の子供たちやヴァルマ姉妹は、まだ彼のことを?」

「いいえ。あの子を迎えに行った帰りには大部分を見失ったみたい。一人残らず、ね」

「……君は、話を合わせた?」

「ええ。彼のことは何も思い出せないで通した」

「ライラちゃんや輝夜ちゃんあたりは勘付いていそうだけどなあ……」

「それでも何も言って来ないのだから、私はそれに甘えて知らぬ顔をするだけ。ただ神だからという理由だけで私や貴方が彼のことを忘れずにいられることに、いつか特別な意味が生まれることを願って。この先もずっと、胸に秘めておきましょう」

「それがいいね…………それでアストレア? 今後どうするつもりなんだい?」

「どうとは?」

「貴方のことだから、彼を宝物のように本拠地(ホーム)に隠しておくつもりはないんだろう?」

「もちろん。あの子は冒険者になることを望んでいるから。それに、子供たちの自由を私たちが奪うなんてあってはならないことだもの」

「違いない。なればこそ、方針はしっかり定めておいた方がいい。俺は、暗黒期に現れた彼から彼自身の足跡を粗方聞いている。その中には、ただの興業と呼ぶには規模の大き過ぎる争いがあったことも。アストレアも彼から多少は聞いているんだろう?」

「二度の戦争遊戯(ウォーゲーム)ね……」

「そう。彼が辿ったものと同じ歴史になるとは思わない。というかありえない。こんなにも前提が狂っているのだから」

「そうでしょうね」

「しかし彼は彼だ。彼に興味を……いや。異様なまでの執着を覚える者は、夢の外へ帰って行った彼へ向けられているものと大差ないだろう。もしかしたら彼よりも早くこの都市に来てしまったことで、更なる苦難があの子を待っているかもしれない。違うかい?」

「そうね。そう思うわ」

「君たちの戦力や協力してくれそうな派閥を考えれば、正直アポロンの所は敵じゃない。無論警戒を怠る真似は出来ないが、目下最優先の問題は……」

「彼女ね」

「考えはあるのかい?」

「……貴方は知っているでしょうけど」

「うん?」

「腹芸の類は得意ではないの、私」

「知っているけど……」

「早急に道を定めた方がいいと思うの。あの子があの子らしく生きる為にも。それに、他ならぬ彼女の為にも」

「…………おいまさか……!」

「ちょっと、彼女と話をしてくるわね。今から」

「い、今から!? 何か具体的な策というか見通しは!?」

「特にはないかしら」

「正気かい!? 流石に危険過ぎる! 下手を打てば彼を中心に広がる戦火は異端の彼の世界の比じゃないくらいに増えるし早まる! それを理解して言っているのか!?」

「大丈夫。ちょっと話をしてくるだけだから。女同士……いえ。子供同伴で伺うのだから、母親同士、かしらね」

「子供同伴!? しかも母親同士って……彼も連れて行くつもりか!?」

「もちろん。じゃあ、行ってくるわね」

「いやいや待て! 待ってくれ! アストレアっ! こ、このおてんば女神めぇ……!」

 苦々し気に頬を歪めるヘルメスを見て、アストレアは目を細めて微笑み、胡桃色の髪を大きく靡かせた。

 

× × ×

 

「わあ……!」

「すごいねーベルー。大きい建物だらけだねー」

 ニコニコ笑顔のアーディが、自分よりずっと小さな少年に声を掛ける。

「うんっ」

 白い髪。紅い瞳。特徴的な容姿をしている少年、ベル・クラネルが、快活に笑う少女に負けじとニコニコ笑顔で返すと、アーディの頬がとろんとろんに蕩けた。

「かっ、可愛いーっ!」

「わ!」

「んー可愛いっ! 可愛いよーベルー!」

「や、やだ! はなしてっ!」

「嫌がるベルも可愛いなあ!」

 強い抵抗を示し暴れるも、冒険者でもないちびっこがLv.3の膂力に敵うわけもなく、好き放題にわしゃわしゃされてしまうのであった。

 少年は、アーディ・ヴァルマという少女のことを好いている。優しくて面倒見が良くて、たくさんの英雄譚を知っている可愛いお姉さんだと思っている。

 しかし、アーディの過剰なスキンシップは少年には刺激が強いらしく、迫られるとどうしても距離を取ってしまう。嬉しいより恥ずかしいが勝つ、多感なお年頃なのである。

「ん、んーっ!」

「あら、逃げられちゃったー」

「おっと」

 踠きに踠いてなんとかアーディの腕の中から飛び出した少年は、同行していたエルフ、リュー・リオンの背中に隠れてしまった。

「大丈夫ですよベル。アーディは貴方を取って食おうだなんて思っていませんから。多分」

「ま! ベルを食べちゃおうだなんて! やっぱりアーディったら歳下趣味だったのね!」

「あらそうだったの? もっと早く教えてくれれば良かったのに」

「違うからー! アストレア様まで一緒になってそのイジり方するのやめてくださいほんとにーっ!」

 アストレア・ファミリアの団長、アリーゼ・ローヴェルと、彼女たちの主神、女神アストレアにまで弄られてしまったアーディの頬は真っ赤に染まっている。そんな姿をリューの背後からぽーっと眺めているベルに気が付いたアストレアが、ベルの背中を撫でながら声を掛ける。

「怒ったアーディも可愛いわね。そうでしょう、ベル?」

「…………うん……」

「ほんと!? ありがとベルー!」

「んー!」

「べ、ベル!?」

 アーディに捕まる前にリューが纏う緑の外套に顔を埋めてしまうベル。慌てふためくリューの隣でアリーゼがからからと笑い、余計に衆目を集めた。

 ベルが照れ屋さん恥ずかしがり屋さん過ぎるのもあるかもしれないが、アーディはアーディで距離感をガン無視して踏み込んでいくもので、ちょっとした悪循環になりつつある。彼女自身、これくらいの距離感なら大丈夫だよなあのラインはわかっているのだが。

「ベルが可愛いのがいけない!」

 との理由により、自覚のある暴走を繰り返していた。

「いいわねーリューは。ベルにベッタリと甘えられて。妬けちゃうわ」

「ア、アストレア様!」

「ほんとほんと! ベルはリオンが大好きなのね! 私とおんなじね!」

「う、うう……」

「アリーゼまで! そういうのはよくない……ええよくない! ベルが恥ずかしがっているではありませんか……!」

「恥ずかしがっているのはあんたの方じゃない」

「〜〜〜っ!」

「ほらほらリオンー? ベルが手を繋ぎたいって言ってるわよー?」

「手を……!?」

「い、いってないよっ!」

「いいから繋ぐの! ほらー!」

「ア、アリーゼ!」

「うわっ!」

 逃げようとする二人の手を掴み、無理矢理に衝突させるアリーゼ。

「ん……」

「あぅ……」

 やがてリューとベルは、根負けしたように手を繋いだ。

「はいえらいー! ベルえらーい!」

「う、うう……」

「そんな恥ずかしがらないの! 今はだいぶマシになったけれど、この街には危ない所もあるし危ない人もいるんだから、誰かと出掛ける時は一緒にいる人と手を繋ぐこと! 約束ね!」

「わ、わかった……」

「よーしっ!」

 満足気に頷いて、そのままわしゃわしゃとベルの頭を撫でてやるアリーゼ。恥ずかしそうにしながらも満更でもなさそうなシャイボーイの頬はアリーゼの髪に負けじと真っ赤っ赤である。

「怖がらなくても大丈夫だよベルー。ベルのことは、私たちみんなで守ってあげるからねー」

「うん……」

「むふー」

 リューに寄り添うベルの背中をトントンと叩いてアーディが笑う。そのまま脇腹を突いたりほっぺをぷにぷにしたりと一方的にイチャイチャし初めた。その様は、仲の良い兄妹にしか見えない。

「リオン」

 微笑ましいやり取りを横目にすすすっとリューに擦り寄って、ベルに聞こえないよう声を潜め、アリーゼが囁いた。

「あんたの手を握れる子、現れちゃったわね」

「あ……!」

 あんたの手を握れる子が現れたらその子が運命の相手だから絶対に逃しちゃダメ。

 かつて、それらしいことをアリーゼから言われていたことを思い出し、エルフの様子がおかしいものになる。

「そ、それは……というかっ、あ、貴方が握らせたのでしょう……!」

「だったら離す?」

「や、え……その…………わ、私は……彼の保護者の一人です……ですから……あの……」

「無理に言い訳探すだなんてリオンらしくないわよ! ほら、堂々と歩くっ!」

「わかっています……うぅ……」

「?」

 リューとアリーゼが仲良くお話ししているのには気が付いていたけれど、話の内容そのものはわからないベルは、アーディにちょっかいを出されながら首を傾げていた。

「……アリーゼ」

「んー?」

「貴方の言う通り、これが何かの運命なのだとします。それでも……運命と言うならば、私だけではなく、私たちの運命だったのでしょう」

 ベルと私。ベルと私たちは。こうして出会う運命にあった。

 きゅっと、女の自分のそれよりも小さくて弱々しい男の子の手を握り直すリュー。自分の頬が赤く染まっていることになど気が付かない彼女の横顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「そうね! その通りだわ! というかリオン? 如何にあんたが気に入られてるからって、あんまり独り占めしちゃ嫌よ?」

「それは私ではなく彼に言ってください」

「あ! 何よその得意気な顔はー!」

「はは……」

 何の話をしているかわからないけど、楽しそうにお話をしているリューとアリーゼを見て嬉しい気持ちになったベルは、二人を見てやニコニコと笑った。

「着いたわよ、みんな」

 ややあって、アストレアと眷属たちは目的地へ辿り着いた。

「わあ……」

 リューと手を繋いだベルの口から感嘆の声が漏れ出す。

「よいしょっ!」

「う、わぁ!?」

 呆けているベルの身体がふわりと浮いた。突如発生した浮遊感に目を白黒している内に姿勢が安定。なんだなんだと下を見て、自分はアリーゼに肩車をされたのだと気が付いた。

「これならよく見えるでしょ!?」

「う、うん……ありがと……」

「どういたしまして!」

 自分の下でにひーっと笑うアリーゼから目を離し、随分と高くなった目線から目の前に聳えている物を観察してみる。

「すごい……!」

 繁華街の中にあり、四方を壁で覆われている。二人の門番が立っている大きな門の隙間からは、綺麗な草原が見えた。その更に向こうには大きな宮殿も。

「おっきい……」

 幼いベルにもわかった。ここは、特別な場所なんだと。

「本当にねー。来るの久々だなー」

「いつ来ても緊張するよねー」

「ええ……アリーゼがトンチキなことを言って抗争になどなってしまうのではと思うと胃の痛みが……」

「無自覚でそういう火種産みまくってるリオンの方が私よりよっぽどおっかないわよ」

「な!? 私はそんなこと」

「ほらほら。いいから行きましょう。門衛の子が見ているわよ」

「アストレア様。ここはなんですか?」

 アリーゼの上からベルは、少し前を歩くアストレアに問い掛けた。

「ここはね、この都市で一、二を争う強さを誇っているファミリアの本拠地(ホーム)なの」

「ファミリア? なんてファミリア?」

「フレイヤ・ファミリア」

 ふれいや? と呟きながら首を傾げるベル。

「そう」

 その可愛らしい様にくすくす微笑みながら頷き返して。

「とっても綺麗な女神がいるファミリアよ」

 美の女神が腰を据えているのだろう宮殿を、アストレアは一瞥した。

 必然。奇跡。あるいは運命だろうか。

 その日。美の女神フレイヤはバベルの最上階を離れ、アストレアが見つめる先、自らのファミリアの本拠地(ホーム)に腰を据えていた。

 戦いの野(フォールクヴァング)は色めき立っていた。敬愛を越え崇拝している女神のご尊顔を間近で見られる機会に。

「やけに賑やかみたいだし、フレイヤはこちらにいるのでしょうね」

「あの……アストレア様? もしかして……神フレイヤがこちらにいることはご存知なかったのですか?」

「ええ。今日は運が良いみたいね、私たち」

「アストレア様ぁ……!」

 のほほんと告げるアストレアの隣で頭を抑えるリュー。アリーゼに肩車されているベルは、頭でも痛いのかな、大丈夫かな、なんて心配をしていた。

「とりあえず、門衛さん? フレイヤに話を通してもらえるかしら?」

 そのほんわかしたやりとりに毒気を抜かれた門衛二人は、しばしぽかーんとするばかりであった。

「さて。気紛れな彼女は、取り合ってくれるかしら?」

 

× × ×

 

「失礼致します」

 フレイヤ・ファミリアの本拠地(ホーム)内。女神フレイヤの神室に隣接している謁見室に、ヘルンと呼ばれる女性団員の声が響く。

「どうしたの?」

 豪奢な座具に腰掛ける女神フレイヤ。周囲には団長であるオッタル。副団長のアレンをはじめ、二人のエルフ、四人の小人族(パルゥム)の姿も見えた。

 フレイヤ直々に召集を掛けられた幹部級が勢揃い。彼らの派閥内では滅多にない出来事である。

 フレイヤとその子供たちは、現在会議の真っ最中。弊ファミリアの近況。闇派閥(イヴィルス)の動向。喫緊の議題は、到達階層を更新する為の遠征、その編成等の話し合いであった。

 そもそもこの手の集まりにフレイヤが顔を出すことそのものが稀である。

 だから、彼女たちは本当に運が良い。

「フレイヤ様に謁見したいという者たちが門の前に来ております」

「アポ無し。しかもここへ直に乗り込んで来るとは随分と不躾ね。一体誰が?」

「アストレア・ファミリア主神、女神アストレアでございます」

「アストレア?」

「はい」

 これには、フレイヤも少々驚かされた。

 元より聞かん坊というか、やんちゃな面のある彼女とはいえ、アポ無しで自分の所へ来た試しなど今日までなかった。

「同行者は?」

「女神アストレア以下、アストレア・ファミリア団長、アリーゼ・ローヴェル。リュー・リオン。ガネーシャ・ファミリア所属、アーディ・ヴァルマ」

「ガネーシャの子供まで?」

「はい。それともう一人、小さな子供が」

「子供?」

「歳は十歳前後になるだろう男児です。女神アストレアの周囲では疎か、オラリオ内でも姿を目撃したことはないかと」

「へえ……」

 アストレアの隣に小さな男の子、ねえ。

 アストレア自身が男子禁制を謳っているわけではないと記憶しているが、乙女の花園とまで言われるアストレア・ファミリア、その主神が、幼子とはいえ男を連れて私の元へやって来た。

「なんだか符号が噛み合わないわね。どんな意図があるのかしら。もしかして、闇派閥(イヴィルス)打倒の際、助成を断ったことを根に持って小言を言いに来た、とか?」

「と言いますと?」

「栓無い話よ。忘れて頂戴」

 そんな器量の小さな女神ではないと知っているけれど。と自嘲し、艶のある唇に指を当て、フレイヤは考え込む素振りを見せた。

「それで、如何なされますか?」

「思惑は気になる所だけれど、今は忙しいの。日を改めてと伝えて」

「畏まりました。ですが、一つだけ」

「何?」

「女神アストレアからフレイヤ様への言伝がございます。謁見が叶わないならばせめて、少年の姿を一目見てほしい。と」

「なあにそれ?」

「わかりません……女神アストレアはそれ以上のことは何も……」

「んー」

 今度は顎先に人差し指を当て、首を傾げるフレイヤ。それを見てや、フレイヤ様かわわ……! と、フレイヤの耳には届かない程度のボリュームで幹部の誰かが囁いた。当事者は隣に座る小人族(パルゥム)の兄弟に肘鉄をされた。仲良しな兄弟である。

「いいわ。一目姿を見れば良いのでしょう? アストレアたちはまだ門の前に?」

「はい。門を開けさせます」

「必要ないわ。見えるから」

「畏まりました」

 ヘルンが数歩下がり、女神が歩む道を開ける。

 魂の色を見れるこの女神に姿を見ろと言うのだ。アストレアが見せたいのは少年自身というより、少年の魂の色、なのだろう。

「どういうつもりかしらね……」

 アストレアに魂の本質を見抜く云々の性質はなかったと記憶していたのだけれど。

 と脳内で疑問を反芻しながら席を立つ。試されているようであまり面白い気分ではないが、こんな用向きの珍客など未だかつてない。付き合ってやろうじゃないかと、黒い炎を模した扇情的なドレスを揺らし、壁一面に貼られた硝子の前まで足を運んだ。

 器の昇華を重ねた冒険者と違い人並み程度の視力しか持ち合わねていない彼女には、門の向こうにどんな顔をした客人がいるのかは見えない。見えるのはあくまで魂、その輝き。

 どれどれと視線を巡らせる。一本一本が極太な鉄格子の向こうに、アストレアのものだと一目でわかる神々しい輝きがまず見えた。その近くに大きく、美しい色々が輝いている。この輝きは知っている。アストレアの子供二人と、ガネーシャの子供のものだ。あの子たちの輝きも美しく大きい。遠くで愛でているのもいいけれど、なんとかして手に入れられないものかしら。

「さて……」

 ぺろりと唇を舐め、アストレアが見せたがっている色に意識を集中させる。

「小さな坊や? 貴方の色はな……に……」

 フレイヤの動きが止まる。

 見開かれる目。開いたまま閉じない口。疼く指先。震える身体。

 それら全てを知覚出来ないほど、フレイヤの心は一人の少年の魂、その小さな輝きに魅入られていた。

「フレイヤ様……?」

 ファミリアの団長であるオッタルが、徒ならぬ様子を見せた主神の背中に立つ。

「あの子……なに……?」

 常より冷静沈着な幹部たちに、少なくない動揺が走った。

 曰く。こんなフレイヤ様、初めて見た。

「フレイヤ様。あの者たち、如何致しましょう」

 徒ならぬ様子を見せるフレイヤに動揺しながらも務めを果たそうと、美しい銀の髪を震わせる女神の背中へとヘルンが声を掛ける。

「…………通して」

「はい?」

「全員ここへ通しなさい。至急よ」

「よ、よろしいのですか? 他派閥の者をここへ招き入れるなど」

「私に二度言わせるつもり?」

「しっ、失礼致しました……!」

 背筋を駆け上った悪寒に急かされ、ヘルンが飛び出して行く。その間もフレイヤの瞳は、門の外に見える知らない色の魂に釘付けだった。

「フレイヤ様。我々は如何致しましょう」

「……貴方たちも同席なさい。全員よ」

「全員、でございますか?」

「そうよ。まずは話を聞く。そして、私の号令があり次第、あの少年以外全てを打倒なさい」

「……フレイヤ様?」

「少年以外は抵抗するようなら四肢を捥いででも黙らせて。本意ではないけれど、必要に抵抗するならば殺しても構わない。けれど間違ってもアストレアは送還しないように」

「恐れながらフレイヤ様。それはなりません。アストレア・ファミリアを潰したとなると」

「ああ……!」

「フレイヤ様……!」

 もう彼女には、オッタルの声も届かない。豊かな双丘の奥底で高らかに鳴り響く己の鼓動以外、何もかもが耳に届いていなかった。

「なんて美しい……」

 歓喜か、歓喜以上の何かに震える自分の体を掻き抱いて、フレイヤは口の端を吊り上げた。

「あの輝き……必ず私の物に……!」

 頬を朱に染めた嗜虐的な笑みが、巨大な硝子の中に浮かんでいた。

 

 

 

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