連載中の少年漫画の世界にTS転生したら多分死ぬ味方最強キャラの弟子になった   作:木蛾

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第15話 夢

 少し傾いた日が、教室を赤く染めていた。もう生徒は自分とその友人しか残っていない。

 

「んで、どのシーンが一番良かった!?」

 

「やっぱり魔神を殺すシーンの見開きかな。主人公が負けたと思ったときはちょっとアレって思ったけど……いいタメだった」

 

「あの別格感たまんねぇよなぁ~!次元が違うっていうか…」

 

 友人が激推ししている漫画の最新巻を借りて読み終え、帰る直前に返却したタイミングで当人と色々語り合っていた。

 

「あとさあとさ、金糸雀(カナリア)の宝玉の性質は危機を察知して避けるための魔具ってことになってるけど、そんなものをわざわざ魔神が集めるとも思えないし、王家のアレコレとかどう考えても逆に物を探知するのに使える性質もあるってことだよな」

 

 ……それにしても長い。

 オタク特有の布教を行った後の初見者へのダル絡みだし、あまりにもしつこくてウザいから生返事で適当にあしらおうかとも思ったが、読ませてもらっている立場でまともな反応しないのは流石に感じが悪いだろう。

 

「んー……ちゃんとある描写なんだろうけど、そんな小難しい設定把握してねぇよ」

 

「はぁ!?めちゃくちゃ大事なシーンだっただろ!」

 

「一週間ごとに1話ずつ読み込んでるそっちと違って単行本で追ってるんだから、そんな文字ばっか書いてあるところは斜め読みしてるに決まってんだろ。借り物だし、催促うるさいし」

 

「それは悪いけどさぁ…!やっぱ売り上げのためにも布教用を買わなきゃダメか……」

 

「いいよ別に、一回読んだ漫画そんな読み返さないタイプだから。金がもったいない」

 

友人はしばらく首を捻っていたが、そのまま共に教室を出たところで再び質問される。

 

「じゃあさ、どのキャラが一番好きだ?」

 

 こちらが深い設定の話に興味無さげにしているのが伝わったのか、少し話題を転換させてきた。一転して非常に軽い話だが、本当になんでもいいからファンログの話がしたくてたまらないということがひしひしと伝わってくる。

 

「まぁ…ジークかな」

 

 最強の剣士、ジーク。頭の中をよぎったキャラの中で引っかかったものを口に出した。深く考えていないが、こっちの方が本質に近くなるし別にいいだろう。

 

「へぇ?前に序盤を読んだときはアンナがエロ可愛いから好きとか言ってなかったか?」

 

「見た目だけならな」

 

「…適当に直近で活躍したキャラ挙げてるだけじゃねぇの?」

 

「だとしても活躍したから好きになるって正当な読み方だろ。それだけってわけじゃないし」

 

「う~ん…」

 

 学校を出て帰路を二人で歩く。この話でも何となく分かるように趣味もそこまで合うわけでもなかったが、お互いに部活にも入らず友人が少ないのもあってよく連んでいた。

 

「そもそも俺は推しとか作ろうと思って作品に触れるタイプじゃないから」

 

「まぁそうか…ジークはどんなところが気に入ってるんだ?」

 

「そりゃ、ジークのことを好きになる理由なんて決まってるだろ」

 

 

 

 ジークの魅力なんて、たった一つだ。

 

 

 

「超強いからだよ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 懐かしい夢を見ていた気がする。胡乱ではあるが悪友の顔がまだ記憶の片隅にあったということが意外だ、かつての親の顔すら薄れているというのに。

 起き上がって周囲を観察する。見慣れた部屋…私の自室だ。窓から入ってくる日の角度からして昼過ぎくらいか。

 

「おはよう。体は痛むか?」

 

 私が起きたのを察知したのだろう、無遠慮にジークが入ってくる。

 

「……どれくらい寝てた?」

 

「1週間かな。事後処理はもう終わったぜ」

 

 ジークが水を渡してくる。その後、私が普段使っている椅子に座りこちらに正対した。

 何となしにコップの水を眺めると急に渇きと飢餓感を自覚し、ゆっくり嚥下しながら本当に一週間経ったのだのだということを理解した。体も心なしかべとついてる気がする。

 

「殿下は無事送り届けられた。まぁ…城や宮殿の警備の再編やらが本当に色々めんどくさいことになってるんだけどな。アダム殿下が槍玉に挙げられてて中々しんどそうだった。俺らも巻き込まれそうになったけど、とある仕事を引き受けることで逃れられたぜ」

 

 ジークの淡々とした説明を聞きながら水を飲み干し、深く息を吐く。

 実際に近しい存在となって恩恵を享受する立場になってみると、魅力は強さだけというわけではない。

 寝起きの曖昧な思考でその顔を見ていると訝しげな目をしてきた。

 

「いや、改めて考えると強さ以外にもあなたのいいところってあるなって思って」

 

「なにを今さら。ちなみにどんなところだ?ぜひ褒め称えてくれ」

 

「金と権力」

 

 ジークがドヤ顔を崩しひくつかせる。

 

「聞いて損した。それにどっちもブチ抜けた強さに付随してきたものだからなんも言ってないのと一緒じゃねえか」

 

「じゃあ顔」

 

「もういい」

 

 ジークは露骨に嫌そうな表情をした。演技臭いしポーズだろうが、関係を悪化させたいわけでもないのでそこで打ち切る。

 

「そういえば、レヴィたちはどうなったの?」

 

「ん?あぁ、それは…結果としては報酬受け取り拒否というべきかな」

 

「もうちょっと詳しく…」

 

「あいつらの動向なんて関係ないだろ…いや、いい、分かったよ。変な顔するな。先んじて言っておくが会話の内容が主で動きとかは曖昧だからな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 レヴィとアンナが役人と机を挟んで小屋の中で話していた。

 

「率直に言う、内親王殿下の救出に関するお触れにおいて金糸雀(カナリア)の宝玉に関する記述は無かった。だから報酬だけとっとと渡してくれ。英雄とその弟子と折半というならそれでもいい。彼からこちらにももらう権利があるという旨の発言があったのは聞いてるだろう?」

 

 レヴィのその言葉に役人が小さく息を吐く。おそらく余計なことを言いやがって、とでも思ってたんだろう。

 

「えぇ、はい。そうですね。しかし問題点として……王国に反意のある存在に肩入れするわけにはいきません。殿下を傷つけたものに報酬を渡したりするわけにもいかないので触れの文にも書かれています」

 

「言ってはなんだが冒険者なんて後ろ暗いところがある人間ばかりだ。知ってる同業は少ないが、有名な奴らなんて大なり小なりおかしいところがある。それをわかってて出したんじゃないのか?」

 

「ですから、過去のことに遡及することはありません。王国に仕えている人間じゃないとだめというわけじゃありません。これでも魔法学校からの干渉を考えれば我々も譲歩しているんですよ。無理やりにでも引き戻せとどれだけ言われたことか」

 

「……金糸雀」

 

 レヴィは虚空から宝玉を取り出し、それを透かすようにして相手を見た。

 

「こんなものに何の価値がある?我らと事を構えるリスクを取るほどのものなのか?そもそも長年放置してたものだろう」

 

「…とにかく、それをこちらに引き渡していただくことと引き換えです」

 

 役人がそれだけ言って口をつぐむ。レヴィたちの応答を待つ姿勢になったようだ。

 

「あくまで交渉に留まって強制的な回収には踏み切らないの?拍子抜け~」

 

「もしかしたら一般的な冒険者に対してなら接収して報酬を押し付けたかもしれませんが……あなた方から宝玉を回収するということは現実的ではありませんから。空間魔法云々を抜きにしても、国と敵対する選択肢を取られたら被害が割に合いません」

 

「フッ……被害が割に合わない、か。侮られたものだな」

 

「…そのような発言は慎んでもらえると」

 

「まぁいい、行かねばならない場所ができたからな」

 

 その場からジークがおもむろに立ち上がり、扉に近づいていく。役人やその護衛などはこれで終わりか、と思い最高の結果ではないが、目の前の脅威が消え去ることに対して僅かな安心感を覚えたのだと思う。ちょっと気を抜いたようだった。

 

 外に出ると同時にレヴィとアンナは大きく飛び上がり、まあまあかっこいい決めポーズを取った。えぇっと再現するとこんな感じ……ダサい?あぁそう…。

 

「我は紫電の閃光!英雄音断ちよ、魔神打倒の名誉は貴公のものだ!だが我が栄光は止まらん!刻下での名声に甘んじれば、いずれ必ず越える!我が名を覚えておけ!」

 

 奴らは見得を切った後、空に一筋の軌跡を残して消え去っていった。外を固めていた騎士たちはみな呆然としていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「と、まあこんなところだ」

 

「やけに詳しいね。あなたは登場人物として出てきてなかったのに……」

 

「一応もしも暴れたら制圧できるよう近場で待機してたから、大体感じ取れただけだ。最後も何で名指しされたか分からん」

 

「そりゃ自分たちだけで勝てると思ってたのに助けられたから悔しいんじゃない」

 

 ジークの態度からして意図的に聞き耳を立てていたわけでもないだろう。改めてジークの近くでは隠し事はできないということを実感する。

 

「あと俺たちにとって一番重要なこととして、報酬は全部こっちの懐に入ることになった。まあ俺たちは民間じゃないから手配された額より若干減らされてるんだけどな」

 

「ケチだな……直接的には公人じゃない私の取り分も減るじゃん…」

 

「救出は義務っていう扱いだからなぁ……今回のは全部やるよ。セツナが助けたようなもんだ」

 

「はぁっ!?最高の師匠!神!」

 

「どうも。褒めるべきところに追加しておいてくれ」

 

 ありがたいお言葉通り、ジークを推す理由をもしまた聞かれたら太っ腹で気前がいいところと答えることにしよう。もうそんな機会無いが。

 

「レヴィたちが向かった具体的な場所については分かる?」

 

「知らん。南南東の方角には向かっていたが、追っていないからな」

 

 心底興味無さげである。彼からすれば関わりの無い他人だからそんな感情にもなるかもしれないが、私からすると死活問題なのだ。

 

「それでもう一個伝えとくと、さっき言ったように国のためにある仕事をこなさなきゃならないんだが、実はそれにお前が関わってくるんだ」

 

「えっ聞いてない」

 

「今初めて言ったんだから当たり前だろ」

 

「言葉通りの意味じゃなくて、私の了承を得ないままその仕事を受けたことに対する文句なんだけど…」

 

「内容については飯食いながらにしよう。流石に一週間も寝込んでたんだ、かなり弱ってるはずだからな」

 

「……やけに手際がいいね。なんか今起きるってこと察してたっぽい?」

 

「こんくらいの期間同じ家で過ごせば、覚醒の兆候くらい何となく分かる」

 

 流石にキモい。どこまで知られてんだろマジで……。

 

 

 

 並べられた食事はパンとスープで、割合質素なものだった。素材の質には大きな差があるが、献立自体で言えばかつての故郷の村で食べていたものとそう違いは無い。

 

「仕事の内容の説明の前に聞きたいことと言っておくべきがある。前者は当然、お前がなぜ今回魔神の到来を予期していたのか、ということについて……なんだが」

 

「なんだが…?」

 

 正直覚悟はしていたが、ジークの態度は想定とは若干違っていた。全く興味を示さないか、根掘り葉掘り聞いてくるかの2択だと思っていたのだが……。

 

「当たり前だが今までその理由を秘匿している上に、行動からして明らかに怪しまれるということも想定しているということは、ここで聞いても真実を話すわけがない。あらかじめ嘘や言い訳を用意しているだろうしな」

 

「……そうだね」

 

「そこで、まず俺の話から聞いてほしい。先に言っておくが身の上話をして同情を誘うとかじゃないから安心しろ」

 

 ジークは私の方を見ず、食事を続けながら朗々と語る。

 

「まず、この世界には外界からの干渉がある。聖女や魔女が最たる例だし、どこからともなく出現した呪われた武器や、一部のダンジョンなんかは、染み出すようにこちら側に漏れ出たものだ。そして、その中には異常な強度を持つものが紛れ込んでいることがある。世界の層が上側にある存在は低次な存在から干渉を受けないかそこまでいかずとも受けづらいという理屈らしい」

 

 私も緊張を緩和させるためにもスープを掬う。内容物は食べやすいように細かく砕いてあった。

 

「魔神はこの世界に唐突に出現してきたらしい。もちろん統治時代に言論統制や焚書をして書き残すことを許さなかったからそういうことになってるとかの解釈も存在するが……今の主流な論調として、さっきの強度の話と繋げて魔神も外界からこの世界に侵略してきた存在なのではなのではないか、というのがある」

 

 やわらかいパンを口に運ぶ。日持ちするものではないし、朝一でいいパン屋にいかなければ手に入らないものだ。今の私は食べやすくていいが、ジークが積極的に買うものではない。

 

「話は変わるが…お前のバックボーンにはちょいちょい不自然な点がある。字もそうだし、話す内容や興味関心……一つ一つを取れば些細なものだ。理屈をつけることだってできるし多少の違和感もそういう人間もいると流すこともできなくはないが、どうにもキナ臭い」

 

 ……来た。ここからが本題だろう。

 

「しかし自然な訛りがあるし、民俗知識などからしてあそこで生まれ育ったということには間違いは無さそうだ。生まれを隠しているタイプじゃない」

 

「……私って訛ってたの?指摘されたことないんだけど」

 

「ああ、イントネーションが訛ってる。てっきり分かってるものだと思ってたが……あの地方にはよくあるものな上、王都はあらゆる地方から来た人間でごった返してて別に目くじらを立てられるようなものじゃないから気づかなかったのか?……まぁそれはどうでもいいんだけど」

 

 確かに田舎っぷりを考えればそうか……でも意外な角度から知らないパーソナリティを指摘されて面食らった。

 

 パンを口に運び、気を取り直したようにジークが続ける。

 

「言っても、違和感を覚えたところで故郷が燃えて消えちまってる以上親族等から情報を集めることはできないし、深く追求することは不可能だ。だから無視してたし、そもそも過去とか興味ないから、今俺の弟子でいてくれればそれでいいと思ってたし、当然今もそうだ」

 

「……ありがたいことだったよ」

 

 顔を伏せてしまう。スープに自分の顔が映っていた。醜い表情……この感情はなんだ。ジークに対する恐怖か?隠し事を暴かれることに対する悔恨や羞恥か?

 

「まぁ決定的な証拠と言っちゃなんだが、以前新年祭の時に倒した蛇の姿をした魔神。あれを倒すときにお前、()()()()()()()()()()()だろ?普段使ってる剣にしては断面が汚すぎるからな。知らなかったんだろうが、実は不思議なことに魔神はそういった干渉も受け付けない」

 

 迂遠だ。判決を待つ被告人のような心持ちであった。

 不安に駆られて顔を上げると目が合った。体の内まで貫くような、あらゆる全てを見透かすような金。

 

 

 

「結論として……セツナ、お前外の世界から来たんだろ」

 

 息がつまった。

 

「──ここまでが、俺の妄想だ」

 

 そうは言っても彼の中ではもうほぼ確信に近いことは想像に難くない。

 

「もしこれが合っているのならお前は奴らにとっての天敵であり、餌になりえる。……ここまで言えば、なんとなく俺が受けた仕事ってのも分かるな?」

 

 王族の警備を蹴ることができるようなもの……つまり今回の事件の根本原因を断つこと。そして私を使うことができる……。

 

「魔神討伐作戦……」

 

「そういうこと」

 

「…でも、できるの?相手の所在もわからないのに……」

 

「お前がこそこそしてる間に俺が何もしてないとでも思ったか?それに、俺のバックには実質国がついてる。情報に関しては人海戦術だって頼れるんだよ。作戦概要は追って話す。今回は大規模な奴になるから連携を取らないといけないところが多くてまだ決行までは期間があるからな」

 

 からん、という音が響いた。ジークは食べ終えたらしい。私のスープは、ほとんど減っていない。

 

「俺の話は終わりだ。さて、改めて聞くぞ。どうやって今回魔神の動向を捉えた?」

 

「それは……」

 

 頭の中が纏まらない。どこまで話すべきか。この男にどこまで隠しておけるのか?

 ……話すことは簡単だ。楽になることもできる。しかし……すべてを知ったジークは私にどんな目を向ける?

 

「その理由について話すことはできるけど、今後の役に立つわけじゃない。ただ単純に今回の事件だけ結果のみを知ってた。答えを先に知ってる試験を受けてたようなもので、だから……」

 

 むしろ今回に限っては私は活躍したようで結果として状況を悪化させている。本来だとジークは王都を離れており例のダンジョンに即座に向かうことができたが、私が未然に防ぐことを優先させてしまったせいで彼の移動範囲を縛り付けてしまっていた。だから必死にならなければレヴィが死ぬと思ったのだ。

 

 そこで数秒言葉が詰まる。

 

「そうか。今日はもう体洗って寝ろ。なんてたって明日から鍛錬は再開するから」

 

 ジークは少し微笑んだ後に意地悪そうなニヤケ面になった。通常運転だ。何も普段と変わらない。

 

「……それだけ?何も聞かないの?」

 

「あぁ、別にいい。どうして来たのか、どうやって来たのか。そして外の世界とはどんな場所なのかとか、どうせ聞いたところで意味があるとも思えないしな。俺の弟子になったことすら作為があっても偶然でもどうでもいい」

 

 ジークは本質的に他人自体に興味が無いのだと思う。知識や情報として収集こそすれ理解しようとすることは無い。私にあるのも、強さへの興味だけだ。

 

「俺だってお前に言ってない過去のことなんて山ほどあるし、それは言ってないだけで聞かれれば答えるようなくだらないこともあれば、墓まで持っていくこともある。それと同じだ。ここで重要なのはお前が外の世界から来てること、ただそれだけだ。それに」

 

 ジークが立ち上がりゆっくりと私に近づいてきて、顔を覗き込んできた。

 

「病み上がりの弟子を尋問するような人間じゃないんだよ。お優しいだろ?」

 

「……一つだけいい?」

 

 ジークがそのまま離れ、食器を運ぼうとしたタイミングで呼び止める。

 

「私は、結構普通だよ」

 

「ほざけ、戦闘狂が」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「今入っていいか?」

 

 数日後、作戦についてまだ追加の情報が無い中、私が部屋にいるとノックがあり、ジークが声を掛けてきた。

 

「大丈夫だよ」

 

「邪魔するぞ。…何やってんだ?」

 

 私が机の上に広げているもの──紙とインク瓶を見てジークが尋ねる。

 

「えっと……私、前に本は知識を後の世に残すためのもの、みたいなこと言ったじゃん?わざわざ字を習ったんだから何かを残そうと思って」

 

「そうか。……素敵なことじゃないか」

 

 ジークはいつも割かし適当だが、今回はそれなりに気持ちを込めてそうだった。字を習うことを提案したのもあって何か思うところがあるのかもしれない。

 

「で、何を未来に残そうと?わざわざ報酬を使ってたっかい紙とインクを買ってまでやるんだから相当な思いがあるんだろ」

 

「いっても私は極論剣は一本で十分だし、そんな使う機会ないけどね」

 

 いい機会でもあったので私が作戦を待っている間に思いついたちょっとした野望について、話すことにした。……伝えれば、無下にはしないだろう。

 

「あなたは多分明日石にでもつまづいて死のうと偉人として語り継がれると思うんだよね」

 

「まぁ…未来のことなんかわかんないけどな」

 

「でも、その場合英雄然とした姿がメインで語られるし、少なくとも当時最強の剣士としてのかっこいい逸話ばかりになると思う」

 

「とてもいいことだ」

 

「それが嫌」

 

 文を自分で読み返す。語彙が貧弱なこともあって稚拙だが、これはこれでらしいだろう。

 

「だから私がちゃんと書き残してやることにしたんだ。英雄ジークは賭けと酒が好きでノンデリで血気盛んな若者を打ちのめすことを生きがいにしてるボケナスってことをね」

 

 ジークが噴き出す。私もそれにつられて少し笑みが漏れてしまった。

 

「それを俺に話しちゃってよかったのか?燃やすかもしれないぞ」

 

「そんなことしないでしょ。進んで広めることはしなくとも、わざわざ抹消するほど薄情じゃないし……それに、今も笑ってるじゃん」

 

 後は単純に隠し通せる気もしないからだ。別にやましいとも思ってないので開示した方が気が楽まである。

 

「まぁ、楽しみにしておくよ。嘘は書くなよ?貴重な一次資料だ。お前の筆致で数百数千の時を生きるかもしれないんだからな」

 

「どうだろ。むかついたらその度悪評増やすかも」

 

 ジークはけらけらと笑いながら紙から目を外す。後の楽しみにとっておくということだろうか。

 

「それで、そっちの要件は何?」

 

「ああ、この後"燃える玉虫亭"に行くんだけどついてきてほしいと思ってな」

 

 めちゃくちゃ嫌な予感がする。絶対碌なことじゃない。

 しかし、私はジークに養われており社会的立場の保証も依存している。悪い顔をしながら明らかに上機嫌な彼の誘いを、当然断れるはずもなかった。

 

 

 

 ジークに言われてついていくと、特に何に引っかかることも無く"燃える玉虫亭"の前までたどり着いた。

 内部から話し声が聞こえる。この時点でもう非常に億劫になっていたが腹をくくった。というかジークがずんずん進んでいくのでくくるしかなかった。

 

 扉を開けると店主を含めて見知った顔が4つ。先手必勝、飛び蹴りをかます。

 包帯を巻いたエノウがもんどりうちながら転がって壁に激突した。へっ、雑魚が。

 

「いってぇ!てめぇから受けた傷まだ治ってねぇんだぞ!」

 

「むしろ傷も癒えて無いうちによくのうのうと私の前に顔出せたな!」

 

 ジークの笑い声が後ろから響く。この光景が見たかったことは想像に難くないが、ジークの思い通りになる怒りなんぞよりこいつを叩きのめしたい欲求の方が強い。

 

「まあいいじゃん。勝ったんだろ?そりゃこのカスが死ななかったのは残念だけど」

 

「今残念じゃなくしてやろうか!?」

 

「お~いエノウ、お前の手番だからこのまま動かさなきゃ棄権とみなすぜぇ。はい5~」

 

「俺の店で死体を出すな。外でやれ」

 

 やいのやいの騒いでいると、カウンターに座った小汚い小柄な男がぼやいた。

 

「まっ、全くエノウはバカだ…この殺人狂どもと事を構えるのが間違いなんだよ。この中だと俺の次にまともなくせに頭が悪くて困っちまう」

 

「てめぇもだよ守銭奴野郎!宗教組織に情報売りやがって、今からでも引き渡してやろうか!」

 

「うヒィッ」

 

 フィッチがそそくさと隠れる。私もこいつから危険人物リストに入れられているのか?不本意だ。

 性格の悪さを一目で感じられる笑みを浮かべているジークの元に戻って吐き捨てる。

 

「ジーク、本当に性格悪いよ。マジで自分が強いことに守られてるって自覚してほしい」

 

「強いことに守られてるって何だよ」

 

「ワンチャン当たるなら百回は殴ってるからね」

 

「……本当に?」

 

「あぁ!?本気も本気だよ!」

 

 アイツらもクソだがそれと意図的に引き合わせて喧嘩を誘発させるようなこういう人間はクソだ。性格終わってる。

 

「まぁ面白がりたかったのが6割だけど、事前にちゃんとわだかまりはといておかなくちゃって思ってな。ほら飲め」

 

 ジークが私の前にグラスを置きながら言ってきた。前も作っていたジーク製カクテルだ。この空間で作れる酒としては飲めなくはないという非常に優れた出来栄えのものだ。

 

「…事前に、ってことは……」

 

「ああ、この後共闘するんだから」

 

 マジか……そういうことか……。

 

「私こいつらのせいで死にかけてるんだけど……」

 

「んなこといったら一番お前を殺しかけたのは俺だぜ」

 

「言うねぇ~……まともに連携取れるの?」

 

「取れない。でもお前も実際にやりあってみて分かっただろ?」

 

 ジークが目をやった方を見る。エノウとトンブがボードゲームをしていた。トンブが勝ちかけたのかエノウが盤をひっくり返し、殴り合いに発展していく。怪我がたたってエノウは自慢のフットワークも効かずクリーンヒットが決まって沈んだ。ざまあない。

 

「あいつらはやれる。俺の足元…とまでは言わないが、つま先半分くらいはギリある」

 

「よく分かんない例えだけど…そうだね、私が戦力になるっていうならその戦場に立てるくらいはある」

 

 しかしそれでも猛烈に嫌だ、背中を預けたくない。

 

「まっ、なんだかんだちゃんと動いてくれると思うぜ。俺がいるから裏切れないし……金には基本的に誠実だ」

 

 ごちゃごちゃした空間の中で私は不安感に苛まれ続け、カクテルで無理やり洗い流した。

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