連載中の少年漫画の世界にTS転生したら多分死ぬ味方最強キャラの弟子になった   作:木蛾

17 / 21
第17話 青は藍より出でて

 神歴567年、辺境のある山中の洞窟。

 

 赤毛で金の目をした男──ジークは、女と相対していた。女は剣を構えて、ジークを凝視している。

 その側にはこの洞窟を住処としていた白い竜が、首と胴体を分かたれた状態で斃れていた。ジークはその戦いに一切手を出していない。

 

 単独での竜討伐、ジーク以外不可能と思われたその偉業を成し遂げた人間が、今この時誕生していた。これを知った人間は、間違いなくその人物はジークと同じ次元の天才だと口をそろえて言うだろう。

 

「お前、強くなったな。育てた甲斐があった」

 

「ええ、本当に感謝してる。私を強くしてくれて」

 

 二人は師弟であったが喜びを分かつこともせず、その間には緊張が漂っている。──厳密には、女が一方的に気を張り詰めていた。

 

「これが私の恩返し」

 

 女が、ジークに向けて踏み込んだ。

 

 その剣閃はゆうに音を置き去りにしており、やはり自分の見る目は間違っていなかったのだとジークは思う。

 が、何をするかは手に取るようにわかる。当然だ。戦い方を教えたのは自分なのだから。

 

 自分の行動を読んでいるつもりのその女の攻撃に数合合わせてやるが、自分の想像を超えることは無い。

 教えていない動きもするが、どれも予想の範疇である。裏を掻くための気の衒い方もつまらない。

 

「こんなもんか?セツナ」

 

 乗り越えてくることを期待しながら移動先に剣を置き、逆袈裟切りにする。呆気なく胴が二分された。

 

「あはっ、遠すぎ…」

 

 そう言い残して、女は死んだ。

 戦場で見てきた数多の戦士の中で確実に最高の天才だった。それでも、自分には遥かに及ばなかった。

 満足げな表情を浮かべて息絶えるその女の顔がまるで当てつけのようで苛立ちを覚える。

 

「…無駄な時間だったな」

 

 ジークは軽い溜息を吐くと、死体を放置して歩き出した。その女は故郷も知る者も既に無く、故にその才能もこれから成していくはずの栄光も誰にも惜しまれることすらなく朽ちていく。

 

 この時以降、ジークが弟子を取ったことは無い。

 

 

 

 ──"ファンタズムローグ"11巻収録、第90話「渇き」より抜粋。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 私が原作の登場人物で、死んでいるのだとすれば、それは魔神によるものだと思っていた。奴らはジークとも敵対しているし、人間が死ぬエピソードでジークに関わるものならそうだろうと思考停止してしまっていた。

 だからなのか、もっと近しい場所にいる人物を無意識に疑いから外していた。

 

 

 

 心臓が痛いほど早鐘を打つ。ダメだ、落ち着け、興奮するな!

 

「殺す気で来いよ」

 

 そう言った後、再び踏み込んでくる。

 さっきの攻撃に合わせたのと同じように、考えるより先に体が動く。模擬剣とは言え、ジークとは何度も打ち合いをしてきた。

 どれだけ早かろうが、起こりが見えていて視界で追えれば対応できなくはない。……そういう風に、訓練を受けてきた。

 

 今度は正面から斬りかかかってきた。

 何とか受け流そうとしたが、刃を噛み合わせられて鍔迫り合いの形になる。

 

 踏ん張りがききにくいであろう、引き摺っていた左足に負荷をかけるべく体勢を調節しようとすると、意外にもすんなりと望んだ位置取りになった。そのまま有利な状況に持っていくため体重移動をした瞬間、剣が巻き取られるような感覚とともに重心が無理やり動かされる。

 わざと乗っかられて流された……!こちらの力を利用されて手首が捻られ、剣を両手で保持できなくなる。

 

 無理をして引っ張られるより勢いのまますっぽ抜けるようにジークの剣も巻き込むように剣を片手で投げ、回収するため後ろに思いっきり跳ねようとする。間髪を入れず肌が触れ合うほどに距離を詰めてきて、体を回転させながら空いた左手で腹を殴ってきた。

 

 ギリギリ勢いを軽減することこそできたが、一瞬遅れて弾けるような音がする。衝撃を殺しきれず胃の内容物を撒き散らし地面を転がりながら考える。これは、無理だ。…正攻法では。

 

 何とか受け身を取って立ち上がる。ジャストで宙を舞っていた剣が横に突き刺さった。腹から響く鈍痛を堪えながら、痛み止めとかつて初の実戦で使ったような薬を飲む。視界が霞んでいる……効き目まで時間を稼がなければ。剣を手にして必死で言葉を絞り出す。

 

「……まだ途上にある私と今やるなんて、焦りすぎなんじゃない!?もうちょっと育てようとは思わないの!?」

 

「そっちもいずれ戦うことには疑問ねぇんだな」

 

 ジークがケラケラと笑いながら返してくる。

 

「まぁ、お前も分かってんだろ?今みたいな機会を逃したら、もう無いって」

 

 今の接触で何となく怪我の具合を測ったが、恐らくジークの片足は折れるか、最低でもヒビが入っている。蹴りをやってこないのはそういうためだろうが……。

 脇腹の出血はパフォーマンスにあまり影響していないだろう。長時間にもつれ込ませることを勝算の一つにできなくも無いが、流石にタイムアウト勝ちを許してくれるとは思えない。

 しかし負傷しているとはいえ、その剣の冴えは普段と遜色ない…いや、違う。そんな話じゃない。

 

「そう、お前のいいところはそれだ。味方から不意打ちされたってのに、俺に勝つ方法を即座に考察してる」

 

「…さっきからペラペラ喋って、本気で私を殺す気ある?自分から仕掛けておいて、これを訓練の一環だと勘違いして私が手心を加えてくれるなんて思ってるわけじゃないでしょ」

 

「お前に一抹でも心残りがあって、そのせいで全力を出せないなんてことがあったら最悪だろ。それに、どっちが勝つにしろがこれが最後で初弟子の門出だ。話しながらやってやる。気分も乗るしな」

 

 これが最後──ジークは、もう私を殺す気でいるらしい。そして、私にも自分を殺せると思っている。実力としてのそれはともかく、心情として。

 

「楽しむときは負けるために手を抜いちゃダメなんだ。俺のできる最善を尽くしたうえで、殺し合いが成り立たなきゃ意味が無い。つまらない」

 

「今の薬は、見逃してくれるんだ」

 

「こっちもお前が部屋に入ってきてから飲んだからな。公平だろ?」

 

 そこで、視界がスッと晴れていくような感覚があった。もう束の間の猶予は終わりだ。

 

「行くぜ」

 

 ジークの動きを見てから対応するのでは遅すぎる。

 読む、可能なら誘導する。でなければ良くて防戦一方のままだ。

 

 さっきのそれと過去の戦闘を脳内で照らし合わせるが、そこから突破口を見つけ出すのは至難だろう。ジークには、少なくとも私に分かるような戦い方のクセは無い。なぜなら相手を制圧したり殺したりするのに効率的な行動をとっているだけだからだ。

 

 あちらが主体的な行動をとる前に、吹き飛ばされた時に自分の周りに飛び散った瓦礫の一つを足で飛ばす。その影に隠してナイフも最小動作で投げた。

 こんなものは目くらましにすらならないが、こちらから動くことで主導権を握るか、最低でもジークに完全に思い通りに動かないようにする必要がある。

 

 回避行動と同時にこっちに踏み込んできた。

 

 若干の違和感はある。何というか、攻めに掴みどころがない。じゃあ精彩を欠いているというにもどこか納得できない。もっとまっすぐに殺すことだけ考えているのなら、負傷の影響を加味してもより効率的な攻撃法はあると思わないでもないが……私のこの思考も誘導されているのだろうか?

 

 私が来てくれるように作ったコースをそのまま通って突っ込んでくることが足さばきから予測できたため、早目で盾のように剣を構えて置き、ファジーに対応できるようにしておく。攻めを放棄し守りに徹する形だ。

 

 脇、側頭部、胸。全ての攻撃が急所を狙ってきている。一度でもミスをしたらその時点で死ぬ。極限の状況であった。

 しかし……かつて鍛錬で叩いてきた場所と同じ地点を攻めてきていた。当然、それはジークも慣れたものであってやりやすいのであろうが、私も対応しやすくはある。

 

 胴を狙ってくる攻撃は剣で逸らし、動かしやすい頭部や手足を狙って来たものは動いて躱す。

 こちらも教えられた通りのいなし方で隙を伺う。木剣での稽古はつい昨日にもやった。

 しかし速さと重さが段違いだ。

 

 苛烈な攻めに防御が漏れ、柄で殴られ脳が揺れる。足がガクついて、体勢を崩した。戻す刃に回避行動が間に合わない。

 

「じゃあな」

 

 失望したような顔をして剣を振り下ろそうとする。しかし都合がいい、私を追って顔が下がってくれた。

 

 瞬時にジークが後ろを向いて、甲高い金属音とともにナイフが弾かれた。瓦礫を足で飛ばしたときに投げていたナイフだ。ジークは誘導できなくとも私が動かず自分自身を目掛ければいい、という判断は悪くなかったかもしれないがもう通用しないだろう。

 …なるほど、今のを最初は察知できなかったのか。

 

 何となくわかった。魔神との戦いによってできた傷はかなりの影響がある。少なくとも横綱相撲で私を殺しきれないほどに五感が衰えている。

 

「いいな……うん、いいな。よく俺の戦い方を吸収してる」

 

 この隙に姿勢を立て直しナイフに数瞬遅れて追撃しようとすると、その言葉と共に僅かに距離を取ってきた。踏み込もうとしても少し無理をしないと一息で到達できない、ギリギリを見極められた間合いだ。

 

 さっきから遊ばれるように翻弄されているが、少なくとも、初めて魔神と街中で会敵したときのそれならば、私でもある程度対応できたかもしれないと思う。

 ジークが弱っているにもかかわらず剣速などが見慣れたそれに遜色ない理由……今日馬車を降り、別れた時に感じた感覚は間違っていなかった。やはりそうだ……()()()()()()()()()()

 

 ジークは身体能力も技量も、人類どころか地平の頂点に至ってなお未だに成長を続けている。

 今は剣を握って間もない私が成長速度では上回ってこそいるが、いずれその成長曲線が停滞したときにはジークに離され始めるだろう。そして、それは近々訪れてしまうことは想像に難くない。

 だからこそ、今なのだろう。

 

「俺の知る最強の存在は俺だ。だから、ずっと考えてたんだよ……自分自身の殺し方は」

 

 ジークは明らかにそこにいるはずなのに、その存在が捉えられなくなっていく。

 

 透明になっているわけでも、生物であるなら抑えられない音を殺しているわけでもない。だというのにいることが認識できない。それでいて、まるで空間に溶け込んだように存在感がどこにもある。

 

「通じることを誇れよ」

 

 その声も、どこから響いているのか分からない。

 文字通り死ぬ気で目を凝らす。

 

 ジークが動いた。物理的に視界に入れ続けなければ……もし外してしまったらその時が終わりだ。

 

 再び切り結ぶことになるが、三次元的に体を使ってくる。動体視力を限界まで機能させ、ジークの武装があくまで剣一本であることを加味しても、対応しきれない。

 致命的な層には到達していないが、何度か体を斬られる。

 

 気配を空間に溶け込ませているというだけではない。さっきまでよりも、より速く、鋭くなっている。

 この状況で剣の冴えすら増している。恐らく現在のコンディションにおける力の入れ方などに適応しているということだ。

 

「なるほど…ちょっと違うな。こうか?」

 

 ジークが怪我をした方の足を使って地面を蹴り、音を鳴らす。空間に響く音に脳がざわつく。

 

 今度は存在が掴めないなんて話ではなかった。四方八方から気配がする。

 これまでずっと助けてくれた研ぎ澄ませた感覚が、あらゆる全てに警鐘を鳴らしてくるせいで役に立たなくなった。

 

「身につけさせた技術に前から考えてた対策を張るなんて、卑怯じゃないかなぁ…!」

 

「仕方ないだろ、俺自身と戦うことがお前を育てた理由みたいなもんなんだぜ。ほんの少しの間我慢してくれよ」

 

 先ほどから後手後手になってしまっている。このままではジリ貧だ。

 

 攻撃を数合凌ぎ僅かに距離を置いたタイミングで、剣を水平に構え踏み込む予備動作を捉える。

 突きの間合いは把握している。そこに右手の剣で流しながらベルトからナイフを抜き左手で構え、カウンターの要領で突き刺そうとした。

 

 私が動いた時、こちらの右手の剣に突きの出始めを添えたままジークは静止した。読み違え…いや、焦ることまで含めて誘われた……!

 

 掌底で左手を叩き落とされる。折れた感触があった。

 薬で薄くなっているとはいえ脳を貫く痛みを堪え、そのままの勢いで思いっきり前に飛び出し地面に腹ばいになるほどしゃがみ込むと、元々首があった箇所の髪を剣で裂かれる感触があった。

 

 仕切り直しのため横を抜けようと試みたが、ジークが腹を負傷している方の足で雑に蹴り上げてくる。

 鋭さは無かったが、激痛と内臓から喉に何かがせり上がってくる不快感があった。

 

 上へのベクトルが加わり、不格好に跳ねながら間合いからの離脱を測るが、当然それを許してくれるわけはない。

 

 咄嗟にジークに向き直り肺の空気と同時に腹からこみ上げてくるものを吹きだす。塊状の血が口から勢いよく飛び出た。

 ジークは気を取られる素振りも無く、一切目を逸らさずに、こちらの右半身側に位置取るようにして血そのものを浴びないようにする。血にカラクリがあって触れさせることに意図があると予測したのかもしれない。

 しかしそうではないし、もっと言うとこれで意表を突けるとも気をひけるとも思っちゃいない。やりたかったのはもっと物理的に目線を遮ることだ。

 

 剣を持つ右手は見えていて、もう片方の手は砕けている。破れかぶれの目くらましも効かなかった。

 短剣を隠し持つこともできないし左手で殴ろうとしたところで、砕けた拳程度余裕をもって防げる、と考えているはずだ。

 

 

 

 新たに鮮血が走る。私のものじゃない。

 

 ジークの頬を、左手の甲から飛び出した骨がかすめていた。吐血することも骨の砕け方も意識したなんてことはない。完全に即興だが、使う道具や勝ち方には拘らないというのがジークの教えだ。

 

 しかし、ここで決めるつもりだった。首を狙ったが、これも届かなかった。

 伸びた左手を掴まれ、引き寄せると同時に切り伏せようとしてきた。右手で持っていた剣で迎え撃ち、再び鍔迫り合う。

 

 お互い片手でありジークは不自然な体勢であるため、剣がカチ合った瞬間はこちらに天秤が傾いたが、その後はやはり技量によって押されていく。このままでは押し切られて斬られるだけだ。半ば諦めながらも、受け流すためにもバックステップで半歩距離を置こうとすると、やはり読まれたようでつんのめらせることはできなかった。

 しかし、なぜか絶好の機会にジークは即座に攻め込んでくることは無い。

 1mほども離れていない地点で、一瞬間が生まれる。

 

 

 

 この戦いが始まってから私は一度としてジークに有効打を当てられていない。その上、骨折が響いてここからはさらに不利になっていく。

 私のあらゆる攻撃はジークに通じなかった。

 打つ手は無い。私はここで死ぬ。

 

 

 

 ──なのに、何でだ。

 

 

 

 体温が、高い。いつかと同じ感覚である。

 ジークと見つめ合う。もう、言葉はいらなかった。

 笑っている。瞳に映る私の顔も、同じだった。

 

 周囲に死体もあったが、そんなものは目に入らなかった。

 この世界にまるで私とジークしかいないような──この薄暗い玉座の間だけが、世界の全てであるかのようだった。それでいいと思えた。

 

 時間にしたら刹那にも満たないその睦み合いの後、私は片手で剣を振り抜いた。




・青は藍より出でて藍より青し

 現在、一般的には弟子が師を超えることを表す慣用句として用いられているが、出典である「荀子-勧学」における本来の意味は、ざっくり言うと「いつまでも成長できるから終生学問を学び続けなさい」というものである。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。