連載中の少年漫画の世界にTS転生したら多分死ぬ味方最強キャラの弟子になった 作:木蛾
ずっと、私は何のために二度目の生を受けたのか、どこか頭の片隅に引っかかり続けていた。
しかし当然のことではあるが、生まれること自体に意味なんてない。考えること自体が無意味として、それそのものを真剣に検討することは無かった。
けれど今、確信した。
私は今、この瞬間のために生まれてきた。
ジークと切り結び、一呼吸乱せば全て潰えるような死の際にあって、私はこれまでで最も強く生を実感していた。
私の全力の剣を受け流すようにジークは剣を合わせ、動かす。
両手が万全なら流れに抵抗程度はできたかもしれないが、片手で拮抗などできるわけも無く押される。しかし、それも想定内だ。
流れに抵抗しつつ急に勢いづけて剣を投げる。ジークが僅かにそれに引っ張られた。ほんの数瞬にも満たず整えられる上、そもそも別に行動が制限されているわけでもない、戦いにほぼ影響しない小さな綻び。
勢いのままベルトから短剣を抜く。最後の一本だ。
首を狙うも硬いものにぶつかる感触と共に、短剣が止まる。
ジークの歯に挟まれ、止められた。押し通し殺そうとするが、縫い付けられたように動かない。
マズい、と思い咄嗟に手を放したが、振り抜いた後の戻す剣の柄で殴られる。斬られなかった上、間に腕を割り込ませられただけギリギリで判断が間に合ったというべきかもしれない。
パキリ、という音と共に短剣が地面に転がる。砕かれた。もう武器は無い。
殴打の衝撃に悶絶しながらも姿勢を低くしジークを蹴り上げようとすると、その足に合わせてあちらも足を合わせ、思い切り飛び上がった。
宙返りをするようにしてジークが距離を取ると同時に空中で私の剣を掴み、そのまま投擲する。
投げる直前に半ば勘で頭を振ると、剣が側頭部を高速で擦過し、耳が裂け、斬り飛ばされた髪が宙を舞った。
そして、強烈な衝撃と共に脳震盪が起こって視界が揺れる。
無手であり、平衡感覚のおぼつかない世界で、投げられた武器の行方ももう分からない。
それでも、腹から湧き上がってくる血を飲み込みながら足を動かす。
一瞬手をつきながらも本気で踏み込み、ジークの着地地点に到達する。ジークが足を地面につける前に攻撃したかったが、それは叶わなかった。
ここまで近づけたのは、私が無手の上、ジークの感も鈍っているからだろう。手に武器を持っていたら切り伏せられていた。ジークはこちらの動きだけでなく、その裏を警戒している。
警戒しているジークの意表を突かねばならないが、彼に
あらゆる全てを用いなければ勝てない。ならば、自分自身の感情すらも利用する。
血にまみれた呼気と共に、この戦いで確信した、心からの言葉を言った。
「好きだよ」
ジークは虚を突かれたような顔をした。
そのまま抱き着き、首筋にキスをするように吸い付く。
歯を立て首を嚙む。自分のものと少し違う血と肉の味が口の中に広がった。
「ぐ…!」
ジークは口から血の泡を出し、体が強張った。
が、流石に反応は早い。即座に私を振り払おうとしてくる。
しかし、その隙を見逃しはしない。離れ際に左手で右目を抉り取った。
直後、投げ飛ばされるように転がされ、距離を取られた。
転ばされた時に近くにあった短剣の破片を拾い、必死に起き上がり様子を伺うが、ジークが首と顔面から血を垂れ流し、凶暴な笑みを浮かべた修羅如き形相で、こちらを強く見据え両の足で立っている。
できれば今決着を付けたかった。抵抗するべく短剣を使って何かしらの牽制を行うことを考えたが、その前にジークが動いた。
この時、私はジークの
ジークはゆるりと剣を顔の横に構える。この状況から長引かせることはできないと判断してだろう。
負傷した片足が折れることも厭わず、地面を抉り飛ばしながら突撃する。──しかし、そのことを知覚したのは、全てが終わってからだ。
それはこれまで私が見た中で最速の剣だった。普段の戦闘での剣速に到達するという次元すら超え、全力の戦闘でそれ以降の動きを捨てて出しているものと一切遜色が無かった。それは、私の目では捉え切ることなど到底不可能な速度であった。私は起こりすら理解できず、分かったのは溜めた瞬間までだった。
直後、私はもんどりうって前方に転がった。受け身すら取らなかったため、もう誤差みたいなものとはいえ体の節々に鈍痛が走る。手にとどまらず左腕はひしゃげてあらぬ方向を向いている。
その後ろでジークが私が傷つけた首筋と腹から派手に血を吹き出し、倒れ伏していく。
すれ違いざまに私がジークの腹と首を斬った。
これを決められたのは、ジークが私のことを信じたからだ。
これまでの修行で私はジーク特有のリズムを掴むことはできなかったが、私の動きはジークが知っている。
だから、それに合わせてくると思った。この瞬間に私がジークの動きに対応して動いてくると、あちらが予測した。ジークが構えた後の僅かな思考時間、私も反射で本気で合わせて細い勝ち筋を掴もうとした。
意図的にタイミングをずらし、さらにその上で非合理な動きをして、ジークの方から私に当たりに来るようにした。ジークの速度は何度か見ている、それを捉えることができずとも、予測することはできた。そのため、それを若干上回ることを想定して動いた。この状況下で僅かでも衰えていたら、私の動きに後から合わされ負けていただろう。いや、普段と全く同じ速度であっても私はタイミングが速すぎた。
ジークはこのタイミングで私が最大効率に勝ちを求めることができると考えたし、自分の身体状況を甘く見てもいなかった。ただ、言うなれば私はここで手を抜いた。
ジークは、私が対応できると思い、それを読んで合わせてくることを信じてさらに読んだ。もし失敗すれば、師匠の期待にすら応えられなかった弟子のみっともない死体が一つ出来上がるだけだったが、賭けに勝った。
地面にうつぶせに倒れたまま、不可解だとでも言いたげな表情でこちらを見ていた。
ついにやり返してやり返した気分で、大げさに口上を述べてやる。
「あなたの敗因は、どんな状況でも万全に戦えるほど強すぎたこと。そして、私を信じすぎたことだよ」
ジークは首を片手で抑えながら剣を杖代わりに膝立ちになる。一つだけとなった目はじっと私のことを見ていたが、そこから更に立ち上がる気配は無かった。
当然と言えば当然かもしれない。どうして生きているのかも分からない重傷だ。
遠くに飛ばされていた私の剣を拾い上げる。その間も常に視線を逸らさなかったが、ジークの目以外が動くことは無かった。もしかしたらまだ勝機を探っている可能性もある。
ジークはすっかりここで死ぬ気でいるらしい。ずっと黙っている私を見かねたのか喉から異音を立てながら口を開いた。
「……強い奴を殺すのは気持ちいいぜ…最後の餞別だ……」
濁り散らした聞き取りづらい言葉と共に塊状の血を吐く。ヒューヒューという空気が抜けるような音が漏れ出ていた。
「……そうかもね。分からないでもないよ。本当に、楽しかった」
ジークにゆっくりと近づく。届く間合いになった瞬間、跳ねるように剣を地面から振り上げてきたが、明らかに精彩を欠いており、私でも弾くことができた。
そして、ガラ空きとなった体に、そのまま剣を振り落とした。
◆
「いやだからぁ!あいつらが殺されるような奴がいたなら今すぐ逃げた方がいいって言ってんの!」
「バカか、ジークが逃げられないようなら俺たちの足でどうこうできる次元じゃない。それに、待ってりゃあいつらの内どっちかは出てくる。……どうせジークだろうが」
「意味わかんねぇ…」
私が扉に近づくと、口論をしている声が聞こえてきた。てっきりあの二人だけかと思いきや、若干他にもざわめきがある。時間がかかったせいで、待たせてしまったようだ。私たち二人の娯楽に付き合わせてしまい申し訳ない。
「ごめん、待たせた。終わったよ」
私がそこに姿を見せると、一斉に注目されざわめきがより大きくなった。
こういう矢面に立つのはいつもジークだったため若干気恥ずかしいが、今私の話を聞いてくれるうちにとっとと要件を言ってしまおう。
「えーっと…騎士の皆さんは中に確認しに行ってください。危険は…保証はできないけど、多分無いです」
「お前、それ…」
私が担いできたものを刺しながらエノウが呟く。私はまだ気心が知れている彼に要求を言うことにした。
「あぁー……医療用具持ってきてほしいな。応急処置するから。こう見えて喋るのも痛い」
重傷を負ったジークを背から下ろし地面に寝かせる。意識はさっき奪ったが、息はある。常識的に考えたらもう治療は無理かもしれないが、多分大丈夫だろうと無根拠に思っていた。
私は私で重傷患者だ。ぐちゃぐちゃになった左腕や折れた肋骨を診られる。
ジークに群がって必死に治療している医者やら魔法使いやらのうちの一人が声を上げた。
「首に布巻いてますけど、これ急所まで到達してますよ。……なんで生きてるんですか?」
知らない、私も殺す気でやった。…殺しきれるかは実際半信半疑だったが。
「というかこれ、人間と斬り合った傷に見えるんですが……」
「知りません」
誰もかれも私たちに聞きたいことはいくらかあるようであったが、あまりのボロボロ具合から治療のため真っ先に帰されることとなった。最速で送り届けるため狭い荷台に二人まとめて押し込まれて飛ばされる。大切にされてるんだかされてないんだか分からない。
エノウとトンブはこのどさくさで報酬が踏み倒されないかと一度聞いてきたが、それ以降は何に対してかどこか引いているようだった。ジークがここまでの怪我を負うのを見ることは初めてだったらしいからそれだろう。
早馬に引かれる馬車の中で、左手にぐるぐる巻かれた包帯を見る。
整形こそされて、王都に戻ったら高名な魔法使いにも医者にもちゃんとした設備の中診てもらえるとのことだが、完治は期待するなと言われた。もしそうなら、弱くなってしまう。それだけが気がかりだった。
「…なんで殺さなかった」
「えっ、起きてたの?」
同乗したジークの方から声がした。
「というかもう喋れるの?喉裂けてるっぽいけど……」
「うるさ……怪我人だぞ、気遣え」
「私もだよ」
かすれて声量も小さかったが、はっきりとしたものだった。
御者には届かない、私に囁くような声音だ。私もそれに応え、内緒話をするように囁く。
「う~ん……ねぇ、前にジークが私に教えたこと覚えてる?」
ジークが私を怪訝な目で見てくる。
「『殺すかどうか選べるくらいに手を抜いていい相手は殺さない方がいい』ってやつ。……私、雑魚に一々トドメ刺すほど狭量じゃないんだよね」
「……マジかお前」
ジークは包帯に巻かれた頭を押さえながらうわごとのように呟いた。
「……あぁ……悔しい…悔しいなぁ……」
一個だけとなった金色の瞳が、瞬きすらせずただ私を睨みつけてくる。
「…負けるってことは死ぬってことだ。俺はこれまで理不尽に他者の命を奪ってきた。今回だってそうだ。自分の都合でお前を殺すためにこっちから攻撃した。これでのうのうと生きていけって?」
「負けたんだから生き恥も飲み込んでほしいけど……じゃあさ、これからは」
続きを言おうとして少し躊躇する。
しかし気恥ずかしさを飲み込んで、一際小さく、耳元で囁いた。
「私のために生きて。私を満たし続けるために」
ジークは予想だにしてなかったのだろう、ポカンとした顔をした。さっきの戦闘の時の虚を突かれた顔と同じだ。
しばらく、ガタガタと馬車の進む音だけが静寂に響いていた。言い方に失敗した気分になって、ちょっと赤面してしまう。なんだよ、私のためって。
すると、ジークは喉の奥を震わせるような、奇妙な声を出した。
「ググッ…!あぁクソッ、最悪の気分だ……!」
その言葉と裏腹にジークが口角を上げて笑う。口の端から血が漏れていた。
「絶対殺す…!今日殺さなかったことを後悔させてやる……!」
「いいね、何度でも来て」
もう二度とジークに勝つことはできないという確信めいた予感があった。
次は十全の状態でやることになるだろうし、一度本気で殺し合った私を殺すことだけに焦点を置いて対策を練られたら、そもそも基礎で負けている私がそれを乗り越えることなんてできるはずがない。片目を飛ばしたとはいえ、私の左手だって満足に動くようになるのかは分からない。
それでも、精一杯勝ち気な笑顔を浮かべて言ってやった。
「次も、その次も私が勝つし、毎回手心加えてあげるから」
「それにしても、あんな熱烈な告白をされるなんて思わなかったよ。しばらく消えそうにないキスマークもつけられちまった」
「えっ、あっ……!あんなの不意を突くための方便だけどね!それを勘違いするなんて"音断ち"様も意外と純情なんだねぇ!」
「そうか、残念だ。俺は結構嬉しかったけどな。両想いなのかって」
「はぁっ!?」
「はは、こっちも同じで、方便だ」
次回で一旦一区切りです。