連載中の少年漫画の世界にTS転生したら多分死ぬ味方最強キャラの弟子になった   作:木蛾

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 一話投稿からちょうど一年ということで、裏で書いてた話を蔵出しします。
 閑話だけあってちょっと外れた話なので、独立したファンタジー短編としてお楽しみいただけると幸いです。


竜と稲妻

 神暦584年。王国唯一の魔法の教育機関であり、世界最大の魔法研究機関でもある王立魔法学校にて。

 年度の授業が終わり、その集大成として毎年恒例の魔導大会が開かれていた。

 

 学校の敷地内にある闘技場の観戦スペースに、目立つ二人組の女子生徒が入ってくる。

 正確には、目立っているのは二人の内の一人であった。美しい銀の長髪をかき分けるように二本の長い角が頭から生え、我流に改造された制服のローブからは翼と尻尾が飛び出ている。後ろの方の適当な席に座り、眼前で展開されている開会式をあくびをしながら眺めていた。

 銀髪の女が眠そうに呟く。

 

「ねぇ、魔導大会なんてつまんない……迷宮(ダンジョン)探索しない?」

 

 隣に座った茶髪の少女は、どこか呆れながら言葉を返した。

 

「アンナ…去年度潜ってばっかりだから単位結構落としたって聞いたけど……あんまりそういうのやってると助成金打ち切られるよ?」

 

「ぐっ……!」

 

 その目立つ女子生徒──アンナは、胸を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。

 

「でもここでこれ見たって単位には影響しないし……!どうせ同じじゃん……!」

 

「釣れないこと言わないでよ。それに、話題になってるでしょ?今回は例の天才君が出るみたいだって」

 

「う~ん、そうは言われてもあたしよく知らないんだよね……話したこと無いし」

 

「まぁ近寄り難いのは分かるよ、ちょっと陰気だしね。でも、顔は悪くなくない?」

 

「顔がよかったら何になるのさ。あたしたちの手が届くような存在じゃないよ」

 

「別に狙ってるとかそういうことじゃなくて……風情が無いなぁ」

 

 アンナは竜人という特殊な存在ではあるが、成績は劣等ながらも明るい気質によって──そもそもの生徒数が多くないため──少ないながらも友達にも恵まれていた。

 そして、話題に上がった"例の天才君"は彼女らと同級であったが、アンナ以上に一際目立ち、そして彼女とは異なり周囲から浮いていた。

 

 開会式は校長による式辞やら格式ばったもののみで、盛り上がりどころもないままに終わり、予定通り試合が始まった。

 

 闘技場の両端から杖のみを持った生徒が一人ずつ現れる。試合開始の合図とともに詠唱を始め、お互い絶え間無い魔法の応酬を行う。

 

 魔導大会は一対一の試合形式を取ってこそいるが、当然血なまぐさいものではない。

 

 本来の目的は、対人魔法の研鑽や戦時における他国の魔法使いとの戦闘に備えるため行われていたものではある。

 魔法の歴史は戦争の歴史と紐づいていると言っていいほど、戦時において魔法使いは非常に重要な役割を担い、その他荒事の対処に追われることも少なくない。ほぼ100%が王国勤めとなるこの魔法学校に入学した者は、将来的にはある程度国に仕える軍人としての毛色を帯びる。そのため魔法学校では戦闘訓練のためにこのような大会が伝統的に開かれているのだ。

 

 ──だったのだが、今では、実戦形式で行う魔法の発表会という趣が強く、現在では教師陣やよそから来たお偉いさんなどに自分を売り込むことがほぼ全ての参加者の主目的と化している。稀に勝ち上がるために戦術面ばかり練る生徒がいることもあるが、あまりいい顔はされない。優勝しても貰えるのは賞状と若干の金くらいであり、コネよりも優先されるものではないとされているためである。

 

 アンナは魔導大会をちゃんと見るのは初めてだったが、別に物珍しいものが繰り広げられるわけでもなく、想像していたものとさして違わない。参加するにはそれなりの成績を修めているか推薦を受ける必要があるためか、技術こそ学生としては非常に優れているとはいえ、魔法使い同士のよくある模擬戦であることに落胆していた。

 隣に座っているアンナの友人がそれを見かねて口を開く。

 

「それにしても今回の参加者は不憫だね。みんな彼のことを気にして浮ついてるし、前座は早く終われって空気だよ」

 

「まぁ、その分普段より純粋に見てる人の数は多いんだしいいんじゃない?あたしたちみたいな冷やかしの物見遊山と違って、いつもちゃんと見てる人はいつも通り審査してくれてるだろうし」

 

 アンナが露骨に飽きていることをひしひしと感じ、苦笑いをしながら友人が答える。

 

「……叩き起こして無理やり連れだしてごめんね。あっ、噂をすれば出てきたよ」

 

 その言葉と共に友人に指された方向をアンナが見ると、紫髪の男子生徒が歩いて闘技場内に入ってきていた。

 二人だけでなく、さっきまで浮足立っていた会場全体が静かに注目している。

 

 その男のことは、魔法使いの流行りに疎いアンナでも流石に知っていた。というより、今や魔法使いで天才"レヴィ・クィメスシス"の名を知らぬものはいない。市井の人間の間でもある程度は知られているが、魔法使いの間では英雄ジークに匹敵する知名度を誇っている。

 入学1年目でカリキュラムで教えられる魔法のほぼ全て習得することに飽き足らず、在学中にも関わらず新しい魔法の開発、新理論や既存の理論の改良案を次々と発見・提案しており、停滞していた現魔法界の台風の目として大いに注目を集めている神童。

 魔法使いとしてはそこまで優れているわけではないアンナたちからすれば、雲の上の存在である。

 

 試合開始の合図があると、それまで同様、対戦相手であるレヴィの対面の体格のいい青髪の男子生徒は、向かい合って魔法の詠唱を開始する。しかし、その場にいた誰もにとって意外なことにレヴィが先手を取らなかった。

 

「【白銀の流星、落胤の趨勢──」

 

 その詠唱はレヴィではない選手のものであることは自明だったが、違和感をその場の人間全員が覚えた。内容ではなく、声の響きや本人の表情がどこか不自然であった。

 

 それの正体はその場の人間も僅かな間をおいてすぐに察することができた。

 声が重なり合っている。レヴィが対戦相手と一言一句全く違わぬ詠唱を、同時に行っている。

 

 一般に魔法の詠唱は、ほぼ同じ結果をもたらすものであっても個人個人によって異なる。師から教わった魔法を教え子が使う場合でも、師の使う詠唱そのままでは無く訓練しながら自分用にチューニングしていくもので、他人の詠唱をそのまま使ったとしても魔法は発動しないか著しく効力が低くなってしまう。

 成功しやすい詠唱の理論はある程度存在しているが、最終的には個人の感覚に委ねられる。

 

 詠唱に応じて魔力の練り上げ方も変化するため、その場で聞いた他人の詠唱をそのまま唱えたところで、魔法を行使することなど魔法使いの常識からしたら不可能な筈であった。

 

 3個の剣を空中に作り上げ、それをレヴィに飛ばしながらも詠唱を続ける。レヴィは反撃することは無く位置取りでそれを回避した。

 

「やっぱ出場者だけあってすごいね~、私とか一個武器作るのが精いっぱいだしましてやそれを操るなんて無理だよ」

 

「そうだね、剣の出来一つとってもあたしたちより遥かに上」

 

 魔法を完全に発動させ、5つの剣を自身を守るように浮かせた対戦相手が様子を伺いながら剣を飛ばすが、レヴィの周囲を旋回するように生成された剣の一つによって阻まれる。

 感心したように、対戦相手はレヴィに話しかけた。

 

「自分に合わせたものではない私の詠唱を即興で使った上で私と同じ5つの剣を瞬時に生成してそれを同時に操るとは……既に超一流と言って差し支えないな。しかし貴殿と戦えることは光栄だが、そのような手心は……」

 

「勘違いさせて悪いが、違う。同じじゃない」

 

 レヴィが会話に付き合ったのは、動揺を誘うためか気まぐれか。少なくとも、話すだけの余裕があるということは確実だった。

 レヴィの飛ばしてきた剣を弾き落とすと、その影から矢が飛来し、避けきれずに腕にもらう。

 

 剣だけではない。槍、弩、斧。あらゆる武器が浮かんでいる。そして、それは今も増え続け、それぞれが生き物であるかのように完全に独立した動きをしている。完全に魔法を本来の使い手よりも使いこなしていた。

 

「76個だ」

 

 

 

 

 

 

「すご……」

 

 アンナの隣で友人が声を漏らした。試合開始から起こった観客席のざわめきは大きくなり、そこから一瞬で勝利したレヴィが控室に戻ってからも、喧騒は収まる所を知らなかった。

 

 その後も、滞りなく魔導大会は進んでいく。

 

 レヴィは全ての戦いで相手と同じ詠唱を行い、そして相手を上回る魔法を行使して圧倒していった。

 

 

 

 

 そして迎えた決勝戦。対戦相手の男子生徒は始まる前から顔を青ざめさせていたが、始まると魔法の詠唱と同時に果敢にも突撃を行った。

 1秒も置かず、風を操る魔法を使って派手に会場中の砂を巻き上げ視界を遮る。観客ウケは悪いが、まだ実績のない生徒相手ではなく、レヴィ相手なら許容されると判断しての行動だった。実戦ではないとはいえ、レヴィに勝ったとなれば自分に箔もつくことになる。

 

 ここまでの試合から勝ち筋を探した結果、やぶれかぶれではあるが勝機を僅かに見いだせる短期決戦に出ることにしていたのだ。

 

 砂埃が舞っている中でも、その風の流動を感じ取ることでレヴィがどこにいるのかを察知することは容易である。全てを蹴散らすような規模の大きい魔法を使う隙は与えない。試合開始から3つ数える間もなく終わらせにいく。

 こちらからは無秩序に風を吹き付けることで仕掛けるタイミングや方向を撹乱しながら一気に距離を詰め、風による速度上昇を用いた体術で決める。対策されているとは思っていないが、これまでの試合では出したことの無く、初見では初撃を防ぐことが困難の試合表を見た時から温めていた渾身の攻撃だった。

 

 トーナメントの片側を勝ち抜いただけはある、優れた魔法の規模と精度、そして相手に合わせた戦術立案。彼のことを知る人間からは、もしかしたらと思わせる動きだった。

 

「【円き金剛、逸した鴛鴦。轟け】」

 

 パリッ、という空気を裂くような音がしたと同時に対戦相手が気絶し、展開していた魔法が掻き消える。

 そこで試合は決着した。

 

 何が起こっていたのかは、ほとんどの観客は分からなかった。しかし、またこれまで通りレヴィが勝っただけだと思い、奇をてらって視界を遮った対戦相手を口々に非難する。

 

「……見物に来てる私たちが言うのもなんだけどやだね、私は出たくないな……アンナ?」

 

 その時、アンナの友人は隣に座っているアンナがずっと静かなことに気が付いた。

 ちらりと隣を見ると、彼女にとって意外なことに、アンナは無言で食い入るようにレヴィを凝視していた。

 

 

 

 結局誰しもが始まる前から予想していたことだったが、結果はレヴィのぶっちぎりの優勝であった。

 閉会式が始まる頃になると野次馬じみた観客たちは減っており、まばらな拍手を浴びながらレヴィは無感情な顔で優勝杯を受け取る。

 

「ちょっ、アンナどこ行くの!?」

 

 閉会式の終わり際にアンナは弾かれるように立ち上がり、その場から飛び出した。

 

 

 

 

 

「クィメルシス君、退屈そうだったね」

 

 控室で受け取った優勝杯や賞金、渡された紹介状などを雑にまとめるレヴィに、初老の男性が申し訳なさそうに話しかけていた。この学校の教員で、レヴィに出場を勧めた人物である。作業の手を止めず、目をそちらに向けることもなくレヴィは口を開く。

 

「はい、ご明察通りつまらなかったです。教授はもしかしたら見るものがあるかもしれないとおっしゃってましたが、わざわざ相手の土俵に立ちまでしたのに収穫はありませんでしたよ。一応最後の相手にちょっと自作魔法を使っちゃいましたけど……危な気は無かったですね」

 

「すまないね。君を外部に見せろと上がうるさくて……」

 

「教授には色々便宜を図ってもらってますから、これくらいいくらでも……は、嫌ですけど、たまにならなんてことないです。ではまた」

 

 そう言い残し礼をするとレヴィは控室から退出し、闘技場の出口に向かう。

 出口が見えてきた時、そこから飛び込んでくる女の姿があった。

 

「ちょっと!ハァ、ゼェ……ンンッ、話を聞いてくれる!?」

 

 猛烈に息を切らしたアンナが前に飛び出し、両手を広げて進路を塞ぎながらレヴィに話しかける。

 

「……邪魔だ。どいてくれ」

 

「いーや、どかない!」

 

 横を通ろうとするレヴィに、迷宮(ダンジョン)探索で鍛えた華麗なフットワークを駆使しアンナが通せんぼをする。

 レヴィは、その時になって邪魔者の存在を明確に認識した。銀髪の竜人、アンナ。

 こういった勧誘には慣れ切っていたレヴィだが、珍しい相手であることにほんの僅かに興味を引かれ、足を止めた。

 

「ねぇねぇ!あなたはあたしとロマンを共有できる同士と見込んで提案があるの!」

 

「あァ…?ロマン…?なんだお前」

 

「あっ、名乗ってなかったね!あたしはアンナ!えっと、一応同級なんだけど──」

 

「……知ってる、有名人だからな。『なんだお前』っていうのはそういう意味じゃない……オレへの提案っていうのは何だ?」

 

 アンナは、単刀直入に要件を告げた。

 

「あたしと一緒に、冒険者にならない!?」

 

「嫌だ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それから、アンナによるレヴィへの付き纏いが始まった。

 

 少ないながらもレヴィにだけ許された特別なもの以外の一般講義も彼はいくつか取っていたため、それをつきとめ可能な限り同じ講義を受け、遠巻きにされている彼の隣にいつも陣取り、授業の前後には常に話しかけていた。

 

 食堂ではレヴィの横にアンナがいない方が珍しいと言えるほど付きっ切りで、食事もそこそこに話し続ける。

 

「ねぇ、冒険者っていうのは……」

 

 口を利く事無く逃げられる。

 

「冒険者の利点その一!稼ぎがつままれることは無くて……」

 

 実利を話してもレヴィが反応することは無い。

 

 時には攻め手を変える。彼女にとっていい感じのロマンで釣ることを試みることもあった。

 

「"無謬の牢獄"って知ってる?そこにはね……」

 

 それも変わらず無視される。

 

 レヴィは勧誘を受けることは数えきれないほどあったが、ここまで直接的かつハイペースで執拗なものは初めてであったため、段々と恐怖を感じ始めていた。

 

 

 

 

 

 そんな日々が2ヶ月ほど続き、最初は物珍し気に見ていた他の生徒も慣れ始めたある日、途中からひたすら無視か逃げるかしかしていなかったレヴィが、いつも通り食堂で隣に座ってきたアンナが口を開く前に話し始めた。

 

「おい、今日はまずオレの話を聞け」

 

「おぉっ!?ようやくあたしと一緒に冒険者をやる気に……」

 

「違う。もうめんどいから今日ここで終わりにしてやるんだ」

 

 レヴィは椅子を動かしてアンナと正対する。アンナも居住まいを正した。

 

「まず、現在の地位を蹴って冒険者になるメリットがオレには存在しない。金云々の話をしていたが、オレは既に今年度修了後に卒業認定されることが決まっていて、その後は王宮魔法使いの下で研究できるポストが用意されてる。そこならオレは一生遊んで暮らせるくらいの金と自由な研究に充てられる時間も施設も手に入る」

 

「えっ、私と入学した年は同じだよね?ならまだ2年あるんじゃ……」

 

「特例だとよ。オレにとっても教師陣に決められたことだ、早くここから出して国のために働かせたいんだろ」

 

「そう……やっぱり、魔法の研究好きなの?人生を捧げてもいいって思えるくらい」

 

「実はそこに関しては、お前の意見も一理ある」

 

「んえ?」

 

 てっきり一も二も無く肯定されると思っていたアンナは虚を突かれて間抜けな声を出してしまう。

 レヴィはそれを気にするでもなく淡々と続けた。

 

「今のところ、オレは魔法をつまらないと思ってる。だが、オレが一番得意なのがこれっていうのも事実だ。今世界にある魔法を片端から極めたとして、それでもつまらないかどうかはまだ分からないからな。それに、覆しうるちょっとした展望もなくは無い」

 

「へぇ……それこんな往来で言っていいの?もし聞かれたら心象悪くなるでしょ」

 

「別に隠してることでも無い。こんくらいで排斥されるならオレはもうここにいねぇよ」

 

 そこまで行ったところで、レヴィは二本目の指を立てる。

 

「次、冒険者そのものの問題点について。冒険者はロマンがあるとか言ってたな。それも欺瞞だ」

 

「えーっ、知りもしないのにそんなこと言うの?」

 

 アンナの言葉を聞いてレヴィは鼻で笑う。

 

「そもそも冒険者っていうのは立ち入りが困難なダンジョンに勝手に侵入し、そこから財宝を掠め取るっていう、言ってしまえばならず者だ。大抵管理されていない放棄された場所だから犯罪者じゃないが、オレから言わせれば、社会に馴染めず略奪にも手を染められない半端者ってところだな。一攫千金なんてのも自分たちを慰めるための方便だろ」

 

「冒険者が半端……?」

 

「やんなくていい危"険"を"冒"すバカだから冒険者って言うんだぜ」

 

「う〜ん、それは否定したいな。危険を冒さなきゃ得られないものはあるから。それがデメリットを上回るかは個人差があることは認めるけどね」

 

「小金に命をかけるのが好きなのか?個人でやるのはいいけど自殺にオレを巻き込まないでくれよ」

 

 他の切り口は無いかとアンナは頭を回す。

 

「強くなることには興味ないの?数ある英雄たちは魔道具を持ってこそ強大な敵に立ち向かえたわけだけど……」

 

「無い。……お前、王都の闘技大会は見たことあるか?」

 

「無いなぁ。あたし、ここに来るまでずっと里から出られなかったし」

 

「じゃあ教えてやる。前回と前々回の優勝者は同じだ。ジークっていう濃い赤毛の剣士。あれを見たら、強くなろうとすることがバカバカしくなるぜ」

 

「あっ、あたしも名前は知ってる。竜を殺したっていう……あれ、魔法使いじゃないの?」

 

「いや、何の小細工もない純粋な剣士だ。ただ、強すぎる。少なくとも真っ当なやり方では勝てない」

 

 その言葉にアンナは驚く。理由としては至極単純なもので、魔法使いは魔法が使えない人間と比較して何ら機能を損なうことなくプラスアルファで魔法及び魔力を利用した諸々の技術を行使することができ、その影響は大きい。

 魔力の効力は非常に大きく、戦闘が得意でない子どもの魔法使いでも適切な使い方を知っていれば場末の喧嘩程度なら負けることは無い。そのため少数派ながら魔法使いの中には選民思想を持つものもいるほどである。

 

「にわかには信じられないけどね……魔法使い(あたしたち)が普通の人間に絶対勝てないなんて」

 

「まぁ、そんなわけでオレはお前と冒険者をやることは無い、諦めろ」

 

「そっかぁ……残念だなぁ……」

 

 顔を俯け項垂れるアンナの頭を見て、流石に2ヶ月も自分を引き込むために必死な姿を見続けていたレヴィの胸の中にも僅かに同情のような念が湧いてきた。

 もちろんそれでも彼女の要望に応える気は毛頭無かったが。

 

 その時レヴィは、ふととあることをずっと聞いていなかったことに気が付いた。

 

「……今更だが、なんでオレのことを誘おうとしてるんだ?」

 

 思い至ったそれを頭の中に留めずわざわざ聞いたのは、アンナに少しだけ興味が湧いたからだった。

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

 

「あぁ……これを最後のやり取りにしたいんだ、お互い消化不良があるといけない。言い足りなかったとか言ってまた突っ込まれても困るからな。まぁどうせ強いからだろうが……」

 

「えっ、違う違う」

 

 アンナは机に突っ伏したまま、こともなげに言った。

 

「最後に使ったやつ、あれだけ対戦相手の真似じゃなくてオリジナルだったじゃん?あれが、今まで見た魔法の中で一番かっこよかったから。ビビッと来たんだけどなぁ……」

 

 それを聞いた時、レヴィが目を見開いた。

 

「……どこが、どんなふうに」

 

「……ん?」

 

 ちょっと好感触であることに、アンナは虚を突かれた。自分からすれば大切でも、相手からすれば大したことない理由だろうと思っていたからである。

 

(え、これは……もしかして押せばいける?)

 

 アンナの脳内を、大量の口説き文句がよぎる。

 

「……あれの詠唱、勇者サムの逸話の魔神テモキフとの戦いの一節の引用だよね?あたしも好きなんだよね、花の聖女とかあそこらへん。しかもあの雷もトドメをモチーフにしてるんだよね?」

 

 レヴィの様子が明らかに変わる。

 一瞬周囲に目をやった後、声を潜めて小さく呟いた。

 

「何の話が好きだ?」

 

 アンナは一瞬レヴィの好みを考えかけたが、素直に答えることにした。

 合わないなら合わないでいい。

 

「一番好きなのは放浪者アズーリかな。深海の神殿フリメンダに侵入して花冠を取ってくる話がきっかけで、冒険者になろうと思ったんだ」

 

「マジか!?オレもアズーリの冒険譚が一番好きだ。知ってるか?よく語られるオチには続きがあって、アズーリはその後フリメンダの女王の呪いが原因で姫様にフラれるんだぜ」

 

「知ってる知ってる。そのことがきっかけでサム達と協力することになるんだから。……好きなんだね、そういう噂聞かないけど」

 

「そうなんだよ、いやあんまこういうの話せるやつがいないから……あっ、いや、何でもない、忘れてくれ」

 

 饒舌であったレヴィだが、照れたように話を打ち切り、手で顔を覆う。

 アンナはそれを見て、つい笑みをこぼしてしまった。

 

「アズーリは魔法使いだけど、数多の不思議な魔道具を操ってたんだってね。カッコいいよねぇ~"カルドマルルの爆鎖"と"昏灯篭"を組み合わせることで魔神ストーツニクと渡り合う叙事詩」

 

「……」

 

 レヴィは黙り込んでいる。しかし、それは普段の無視とは温度が違った。

 

「……このまま、魔法の研究で人生終わらせたい?あなたはそれで満足?……もっと、カッコよく生きられるかもよ?」

 

 アンナは語りに熱が入り、大仰な身振りになる。

 周囲はいつものことだと思い気にしてすらいないが、確実に二人の間に流れる空気は変わり始めていた。

 

「ねぇ、レヴィ。あたしは欲しいと思ったものは絶対に手に入れなくちゃ気が済まないんだ。ハッキリ言うけど、あなたが欲しい」

 

 レヴィはアンナの目を見つめながら口を何回か開いては閉じていたが、目を逸らしながら言葉を絞り出す。

 

「……一回だけだ。一回だけ付き合ったら、もう付き纏うなよ」

 

「えっ……ありがとう!」

 

 言葉を聞いた瞬間アンナは距離を詰め、レヴィの手を取って感極まったように

 その勢いに若干レヴィが気圧されていると、アンナはそのままの勢いで立ち上がる。

 

「じゃあ早速、今から私がいつも行ってる学園所有の迷宮(ダンジョン)に──」

 

「待て。あそこは一般の探索者は寄り付かないし横には広いから取りつくされてはいないが、最奥自体はもう掘られてる。わざわざ迷宮(ダンジョン)探索をやるなら、あんなしょっぱいところじゃなくもっと美味いところにするぞ」

 

「おおっ、なんだかんだ言って調べてくれてるじゃん!」

 

「当たり前だ、お前を論破するために色々漁ったんだから」

 

 アンナは嬉しそうに笑いながらも、顎に手を当てて思案するが歯ごたえのある他の迷宮(ダンジョン)に心当たりは無かった。

 

「でも……近場にはあそこしかないよ。遠出をするとしても、授業が始まっちゃってる今、長期間学校から離れるのは……」

 

「あるだろ、近場に」

 

 そう言うと、レヴィは地面を指し示す。

 

「え?ん?」

 

 レヴィは、それまでアンナに見せていなかった、悪戯めいた笑みを浮かべた。

 

「この学校は数百年の歴史で、教師共の間で受け継がれてきた秘密──魔導書、魔道具を数多く秘匿してる。暴くぞ」

 

「……やばいんじゃない?」

 

 そう言いながらも、アンナの顔にも悪い笑みが浮かび始めていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一旦教授の部屋に向かってレヴィが持ってきた鍵を使ってある部屋の扉を開け、そこに二人で入る。そこには所狭しとガラクタやら埃の被った本やらが詰まれていた。

 アンナは目を輝かせて近くの魔道具の残骸を手に取る。

 

「おい、勝手に取るなよ」

 

「凄い量の宝の山……この部屋、何なの?」

 

 アンナはレヴィの案内のままに連れられただけで、碌な説明を受けていなかった。

 あまりの警戒心の無さにレヴィが呆れながら答える。

 

「教授の物置。厳密には、教授が40年前に当時の教頭が隠居する際に管理をお願いされた部屋らしいが、使い道が無くてとりあえず色々置いてたらこうなったそうだ。その教頭も前に誰かから預かったらしくて、部屋を転用するわけにもいかないって」

 

 レヴィは、山のように積まれた魔導書を掘りながら、部屋の5か所に小さく魔法陣が描かれているということをアンナに示した。

 言われるがままに調べてみると、確かにある。教科書にも載っている基礎的な結界魔法だった。しかし、暗号と魔法が複雑に何重にも組み合わさっており、解除の糸口はまるで見えない。

 

 アンナは冷や汗を流しながらレヴィに聞く。

 

「これ、今から解くの?あたしはそういう系は確かに得意寄りではあるけど、これ卒業までかかるかも……」

 

「いや、高度でこそあるが、時代遅れで古典的な結界魔法だ。オレが初めてここに来た時に解けた。今張ってるのはオレが作ったカモフラージュ」

 

 レヴィがそう言いながら全ての魔法陣を指でなぞっていく。

 すると、地面に人一人が抜けられるような穴が、部屋の床に空いた。レヴィが片づけをしていたのは、この穴に物が落ちないようにするためであった。

 

 そこにある空洞の先には、石でできた通路が長く続いている。奥では小さく光のようなもので照らされているのが見えた。

 

「ここから地下へ行ける。ちょっと探った感じ、直近数十年は人が立ち入った形跡も無いし今使われているわけではなかった」

 

「よくわかるね。残滓とか専門家でもないと高い精度で調べられないじゃん。そのこと教えてくれたラシール副校長でも専攻じゃないからほとんどできないとか言ってたし」

 

「個人的にはそんな難しくもないけどな。あの人は元々戦場に立ってたタイプだし、見栄っ張りだからそう言ってるだけじゃね」

 

 レヴィの先導の元、その穴の中に入っていく。

 光の方を見ると、明らかに侵入者を拒むための防護魔法が張られていた。

 

「あたしら、結構ヤバい橋渡ってるね。うひ~、バレたらどんな罰則食らうかな」

 

「怖気づいたのか?"冒険者"」

 

「んなわけ…興奮してきたに決まってるじゃん……!【不朽の牧羊、充ちる新葉。探れ】!」

 

 強気な言葉と言ったアンナが魔法を行使すると、アンナから放たれた薄い魔力が穴の中に浸透していく。

 しばらくして、三次元的な図がアンナの手元に投影される。

 

「へぇ、索敵魔法か。劣等生って聞いてた割には上手いな」

 

「ふふん、あたしもやる気がある分野ならこんなもんよ」

 

 得意げに顎に手を当てるアンナを横目にレヴィも魔法を使う。

 

「【溶ける鏡、愛しき墳墓、カーランドルの灯。探れ】……よし、こっちの方が範囲は上だ。行くぞ」

 

 しれっとアンナのそれを遥かに上回る精度の索敵魔法を用いて悠々と歩き出す。

 それを半目で見ながら、アンナは呆れるようにぼやく。

 

「さっきからちょっと思ってたけど……結構性格悪い?」

 

「えっ、何でそうなるんだ?褒めたのに……」

 

 そこから本格的な探索が始まった。センサーやトラップは事前に察知して回避や解除を行い、危なげなく進んでいく。

 

 

 

 警護するゴーレムもいくつか用意されていたが、魔法耐性が高くレヴィだけだと破壊に手間取る所を、アンナが自分の出番とばかりにささっと破壊した。部分的に腕を竜と化すことで鋭い爪を振るうことで、ゴーレムの装甲も紙のように裂くことができる。

 

「やっぱお前、肉弾戦はオレより強いな。連れてきてよかった」

 

「んふふ、どーも」

 

 魔法耐性のあるゴーレムがいるということは、魔法使いから隠したい何かがあるということである。更に少し進むと謎解きのような仕掛けもあり、ここを作った人間が何かを隠しているであろうことは間違いない、とアンナは確信し少しワクワクした気分になってきていた。

 

 しかし、そこで疑問が湧いてくる。暗号のようなもの書かれた石板の前で思案するレヴィにアンナは話しかける。

 

「足に迷いが無いけど、この先には具体的に何があるの?というかあたしが誘う前からここの事知ってたんだよね……何か具体的な目的のものがあるってこと?」

 

「……絶対にあってるってわけじゃないから、あんま言いたくなかったんだが……」

 

 レヴィは石板から目を逸らさずに、アンナに答える。

 

「……"ラギンシースの秘本"。約400年前に"遥かなるサリヴァー"が唯一書いたっていう触れ込みの魔導書だ。当然これには今は失われた魔法も載ってる」

 

「そんなに欲しいの?言っちゃなんだけど、あなたならカビの生えた魔導書が無くたって使いたい魔法は開発できるじゃん」

 

「もっと古い時代の遺物を探求するお前がカビの生えたとか言うなよ……お前には話してもいいか」

 

 レヴィはどこか恥ずかしがるように声を低くして話す。

 

「あまり知られていないが、サリヴァーの孫弟子のポポップの論文によると、アズーリは短い期間であるがサリヴァーに師事をしていたらしい。つまりあの頃使われてた魔法の記述があるかもしれない」

 

「えっ、あたし知らないんだけど……」

 

「当たり前だ。教授の書斎で埃を被ってたからな」

 

 アンナは薄々思っていたことだが、人との馴れ合いが好きでないレヴィがやたらガトルク教授の世話になっていたように見えたのは、こういった手掛かりに近づくためだったのだろう。

 

「つまり、伝説の魔法使いのなりきりがしたいんだ。可愛いとこあるじゃん」

 

「……言わなきゃよかった」

 

 レヴィはめんどくさそうにしながらも、アンナのからかいのような言葉を否定することは無い。

 

「どんだけ危険か分からんし、当然学校を色々探ることになって教師も生徒も頼れないから、協力者は無しに一人で色々やってた。ここを見つけたのも2ヶ月前くらいだったんだが……お前がしつこいせいで調査も遅れてたし、いい機会だったからな」

 

 アンナに当てつけるようなことを言いながら口元には笑みがある。

 彼なりの軽口なのだと受け取ったアンナだが、それでも今の話に対してある疑問が浮かんだ。

 

「協力者を募れないってどういうこと?人望は無いにしたってあなたのネームバリューならいくらでも手伝ってくれる人なんているんじゃない」

 

 謎を解いたのかレヴィが指で文字を描くように石板をなぞる。

 

「前に教授にそれとなく聞いた時、それはそれは反応がよくなかった。"ラギンシースの秘本"がそれそのものじゃないせよ、表立って言えないような研究を秘匿してるのは間違いない。もし地下を漁ってることを知られれば学校側からペナルティを食らうことになるのは明確だ。懲罰房か退学か……場合によっちゃ口封じ、なんてこともあるかもな」

 

「……別にいいんだけど、そこまでのリスクとは知らなかった」

 

「付きまとい女が退学になっても、オレの心は痛まない」

 

 壁が開いた。索敵魔法の反応からして、最奥部は近かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そこは、何の変哲もない書斎のような部屋だった。本棚は空で、机の上に一冊だけ厚い本が放置されている。

 表紙には何も書かれていない、古ぼけた赤表紙の本だった。

 

「魔法は掛けられてないが……」

 

 レヴィは躊躇なく手に取ってページをペラペラとめくる。

 

「何してんの!こういうのは大抵トラップがあるから慎重に……」

 

 アンナが声を上げた瞬間、壁が動く。

 

「あーあ、お前の大声で起きちまったんじゃないか?」

 

「なわけないでしょうが!」

 

 迷宮(ダンジョン)中に地響きが鳴る。もしかしなくても地上にも届いているだろう。

 派手な駆動音を響かせながら、そのダンジョンの壁や天井が変形して4脚のゴーレムへと変わっていく。

 

 その機構はレヴィの知識にはあるものであった。"全てのゴーレムの父"と称され、魔法学校の創設にも関わった魔法使いによる傑作。5体作られたそれは、戦乱の中で3体が破壊された。残りの2体の行方は不明だったが……。

 

「"遥かなるサリヴァー"のゴーレムか……」

 

「何感心してんの!逃げるよ!目的はもう達成したんだから!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 レヴィとアンナは一目散に出口に向かって走り出す。

 レヴィは尋常ならざる実力はあるが、今この狭い場で確実に倒すとなると高いリスクが伴う。

 しかし逃げ延びることならば概ね確実に達成できる自信があった。

 

 一応同行者をどうするか考えながらレヴィが横を見ると、並走しているアンナは汗を流しながらも楽しそうに笑っている。これまで以上の満面の笑みだ。

 

「何で笑ってんだ?」

 

「そりゃ冒険には危険が付き物だからね!ここからどう生き延びるか……ん~、ヒリつく!」

 

(……放置して一人で脱出するか?)

 

 若干引きながらそんなことがレヴィの頭によぎるが、背後の駆動音を聞くとそんなくだらない考えは頭から消える。

 

 背後から迫ってくるゴーレムのみならず通路の壁や床も変化し、ゴーレムが作成されて二人に牙を剥いてくる。

 

 この迷宮(ダンジョン)は既に巨大ゴーレムの腹の中と化していた。

 それを認識した時、レヴィが足を止める。アンナが驚いたように急ブレーキをかける。レヴィは文句を言われる前に叫んだ。

 

「ここでぶち壊した方が楽だ!何より……逃げ惑うのは性に合わねぇ!」

 

 走っている最中に行った分析によって把握したが、巨大ゴーレムは未だかつて見たことも無いほどの魔法耐性を持っている。レヴィは機転を利かせて周囲の瓦礫を超音速で飛ばすことによる質量攻撃を試みた。

 秒間数十発の弾を絶え間なく浴びせかけられ続けたゴーレムの装甲は一部が剥がれ、しかしものの数瞬で破損部分は組み上げられた。

 

 レヴィの宣言を聞いてからアンナは瓦礫や小型のゴーレムの露払いをしていたが、それを見て耐えかねてレヴィを抱えて走り出した。

 

「再構築も雑兵作成も行えるんだったら、あたしたち二人じゃ手数が足りないよ!大丈夫、宝を生きて手に入れれば勝ちだから!」

 

 レヴィはその言葉を聞いて反論しようとするが、言っても仕方がないと歯噛みする。

 妨害によって距離はだんだんと狭まり、出口に到達するよりも前に追いつかれて轢き潰される。一応アンナを巻き込んでいいなら使える大規模魔法はいくらでもあるが、まだ早いだろう。

 ふと、この状況を打開する手段の一つを思い付いた。

 

「お前竜変化の魔法が使えるって触れ込みだっただろ!完全に竜にならないのか!?俺は自衛できる!」

 

「……全身を竜に変えるのは、できないんだよ!そもそも魔力が足りなくて、使えない!」

 

「えっ?お前が昔竜になったから大騒ぎになったんじゃねのか!?」

 

 アンナはそう言われると嫌な思い出を思い出したように暗い顔を浮かべる。

 

「それは……あたしは魔力を大量に取り込みすぎると竜になっちゃう体質なんだけど……ちょっとした事故があって……」

 

「めんどくせ!細かいエピソードはいいよ!つまりできないんだな!」

 

 二人が話しながら走っている中でも、いよいよもう選択肢が無いというところまで迫ってきていた。

 巨大ゴーレムから放たれた岩が、アンナが防御に腕を使うが受け止めきれず、出血する。

 これでは、障害物を突破するのもレヴィの助力が必要だろう。

 

「ねぇ、あたしを置いて先に出てって」

 

 アンナは意を決してレヴィに言った。

 

「あ……?」

 

「あなた一人なら逃げられるでしょ?あたしは体が強いから、もしかしたら助けられるまで耐えられるかもしれないし。……大丈夫、冒険者だから、死ぬ覚悟はできてる」

 

 アンナは、ジッとレヴィの目を見つめる。

 ──本気で言っていることは伝わってくる。それが、どうしようもなくレヴィのイラつきを誘った。

 

今日日(きょうび)自己犠牲とか流行んねえんだよ……!」

 

 無理やり自分の手のひらを傷つけ血を流すと、アンナの腕の傷口と合わせる。

 

「えっ、ちょっと……何してんの!?」

 

「アンナ、黙って竜になるイメージをし続けろ!」

 

 レヴィはある目的のため、魔力を他者に送る方法をいくつか考えていた。しかし、実戦は初めてである。

 魔法使い同士の血液接触は比較的行いやすいが、それでも不全であったようだ。

 

「足りないのか…もっと渡すには……」

 

「ブツブツ言ってないで、早く逃げ──んぎゅっ」

 

 レヴィがアンナの顎を掴む。

 

 躊躇なく唇を合わせると、肺に向かって自らの呼気を吹き込む。練り上げた魔力を直接分け与えるのは至難の業であるが、レヴィは即興でやってみせた。空気中の魔素よりもはるかに濃厚で質のいい魔力そのものがアンナに吸収される。

 

 しかし、竜には至らない。

 ……足りないのか?後は何を……。

 

 反射的にアンナに噛まれた舌から流れる血が、喉に流れ込んだ。

 するとそれを嚥下すると同時に、アンナの体が光に包まれる。

 

 

 

 光が収まった時、レヴィは何か大きいものの背に乗っていることに気が付いた。──竜だ。アンナが竜変化に成功した。

 反射的にしがみつくと竜は高速で動き、目の前のゴーレムを膂力で破砕する。しかし、粉々になったゴーレムは数秒で元に戻る。

 

 お互いに大暴れしていることもあって地下の空間が崩れ始めていた。このままでは生き埋めになってしまう。脱出に魔力を使うよりも、より手ごろな手段が目の前にあった。

 

「広いところに出るぞ!そこでケリをつける!」

 

 アンナは返事をするかのように大きな咆哮を放つと、前肢で暴れ回るゴーレムを掴んで、そのまま直上に向かって飛翔する。

 

 障害物を無視しながらまっすぐ進み、地下から外に出た。騒ぎの声が耳に入る。

 

「レヴィ・クィメルシス!?何やってるんですか!?」

 

 近くで講義を行っていた教師や生徒の悲鳴のような叫び声を無視してレヴィはアンナの背から声を上げる。

 

「アンナ!空に行け!」

 

 レヴィにも巻き込もうとしないだけの理性はある。派手に戦うには、地上よりももっと広いところがふさわしい。

 

 アンナの攻撃によって傷つけられた組織が再び補われていくが、その速度や順序にはばらつきがある。

 そして、それはさっきアンナの尻尾の一撃でのものと似通っている。

 

 ゴーレムは体を変形・再生できると言っても、核を中心とした機能であることが多い。つまり、核の近くを優先的に再生していると考えることができる。

 

 上空で、レヴィがアンナの上から飛び出す。

 

 その意を組んだレヴィが、そのままフィジカルに物を言わせてゴーレムと組みあう。

 レヴィが背からいなくなり配慮する必要がなくなったからか、音速を超える体当たりをぶちかましてゴーレムを打ち上げ、そこに向かって(ブレス)を放つ。

 

 稲妻が空に向かって走った。

 

 放たれた音は地平に轟き、空を覆っていた雲に大穴が空いた。光が差し込み、それを反射してアンナの鱗がキラキラと輝く。

 

「……綺麗だ」

 

 

 

 派手に砕けたことで、核が露出したが破壊には至っていない。サリヴァーは、竜にも対抗できるゴーレムを作ろうとした。竜相手にすら千日手を挑める、人類の誇る叡智。

 アンナはもう一度(ブレス)を放とうとしているが、ゴーレムの再生速度には間に合わない。

 

 それを崩すには、さらなる一手が必要である。

 

「貰うぜ」

 

 先ほど見た手本を、再現する。レヴィが得意とすることだ。

 

「【轟け】!」

 

 竜の(ブレス)。それは竜に与えられた権能の一つとされ、人間の領域に収まる物ではない。そう謳われてきた。

 

 レヴィの手から放たれた雷は的確にゴーレムの核を打ち抜き、その直後轟音が鳴り響く。

 反動で腕に強烈な痺れが走った。しかし、レヴィにとって心地よい感覚だった。

 

 崩壊するゴーレムの中から、再生魔法を発動しようと明滅する核に指先で触れる。

 

「【駆ける白鋲、望遠する憤怒。(なら)せ】…!」

 

 レヴィの手の中で核がコンパクトな形になって収まる。それと同時に、ゴーレムの外殻は霧散していった。

 

 風を全身で感じる。

 その時、レヴィは自分が空にいるということを改めて肌で強く理解した。

 

 視界のかなりの面積を占めていたものが消え、青空がレヴィの目に飛び込む。

 自らを縛るものなど何もない。真下にある学園も、遠くに見える王都も、広げた手の中に収まり、まるで国全てが自分のものになったかのような錯覚すら覚える。

 

 手中の戦利品を握り締めると、満足感が胸中に湧き上がる。

 これまで自分は、この力で 得ることに興味が湧かなかった。なぜなら、どれもこれもその気になればどんなものも手を伸ばせば手に入れることができたのだ。

 

 こんな風に、困難を蹴散らして奪い取るような経験など無かった。

 

 ──アンナがいなければ、見ることのできなかった景色だ。

 そう思いながらレヴィがアンナの巨体を見ると、体が竜変化を使った時と同じように輝きだしていることに気が付いた。

 

「あっ」

 

 ポン、と音を立ててアンナが元の姿に戻った。そのまますっぽりとレヴィの腕に収まる。

 

「うわわわ、助けて助けて!」

 

「ちょっ、おまっ、暴れんな!その立派な翼は飾りかよ!」

 

「みたいなもんだよぉ!」

 

 片手にアンナを抱えながらレヴィがさっき手に入れたばかりの魔導書をローブから取り出しバラバラと速読することで、ある魔法を探す。

 レヴィの記憶にある、サリヴァーが伝承で一度だけ使った魔法。ものの数秒で数百ページに目を通し見つけることができた。

 即座にそれを使うと、すると二人の落下速度が減速しだした。とりあえずの急場をしのいだことに二人して息を吐く。

 

 レヴィが手に持った核の感触を確かめるように撫でると、ゾクゾクとした感触が背を這うのを感じた。

 それを見たアンナがニヤリと笑う。

 

「あははっ!楽しいでしょ!気持ちいいでしょ!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべるアンナの顔は、

 それを至近距離で浴びせられ、レヴィは目を背ける。それによりアンナの目に入った耳は、陽の光を浴びたことだけでは説明できないほど赤く染まっていた。

 

「あぁ、悪くない……そうだ、何でオレは……」

 

 レヴィは心の奥底で、ある欲望が渦巻いていることを自覚した。してしまった。これに歯止めをかけることなど──

 

 

 

 

 

「そういえば、あれあたしのファーストキスだったんだけど!だから、責任取って!あたしと一緒に冒険者になるって言って!」

 

「はぁ!?オレも触れないでおいてやろうとしたのに!今言うことじゃないだろ!」

 

「だ~め!今返事して!」

 

「なんなんだよそれ!あー勘違いだった!こんな女になんて、一生の不覚だわ!」

 

「何の話!?」

 

 二人でわちゃわちゃ騒ぎ、抱き合いながら空を落ちていく。

 

 地上から教師の怒声が小さく聞こえてくる。地上に降り立ったら二人がこの後大目玉を食らうのは間違いないだろう。しかし、そんなことはもうどちらの頭の中にも無かった。

 

「あぁもう、いいよ。責任、取ってやる!オレも、欲しくなってきた!」

 

「……!うひひ、何を?"近き彼方"?"女神の口づけ"?おとぎ話の秘宝だけじゃなくて、他にもいっぱいあるんだよ!」

 

 ニコニコと誘惑するかのように笑うアンナとは対照的に、レヴィは世界を何も知らない子どものように曇りない笑顔を浮かべる。

 

「全部。あれもこれも──」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

「この世界、全部欲しい」

 

 

 

 ──竜と稲妻、我欲のままに世界を貪る(つがい)悪党(ローグ)

 産声を上げた怪物たちの欲望は止めどなく溢れ、それを制御することなど、彼ら自身にもできやしない。

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