ウマ十夜   作:よくメガネを無くす海月のーれん

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誰がどんな夢を見ているのか考えてもらえると嬉しいです。ゴールドシップはわかりやすいですが。


現 妄念荒ぶり、助けはすぐに

ドドドドドと一人一人の足音が重なり合って生まれる重低音が鼓膜を揺らす。この重い音はヒトが一般的に使うシューズにウマ娘が走るために必要な蹄鉄と呼ばれる金属製のものが付いているからだ。

 

ターフを蹴り、風を切り、捲り上げられた土で顔を汚しながらも、ただ前しか見えないのだと言わんばかりの気迫で走るウマ娘達。その誰もが人生全てを賭ける程の覚悟を持ちこのレースに打ち込んでいる。

 

それを見やるは老若男女のしかし目つきはしっかりと走るウマ娘に釘付けになっているトレーナー達。彼ら彼女らは自身が担当するにふさわしいかどうか、熱意、脚質、性格といったことをレースの中でさえ見逃さず捉えようとしている。きっと、その一つ一つに値千金の価値があるのだと言わんばかりに。実際、彼ら彼女らにとって目の前に居るウマ娘の誰かが、次代の三冠バやG1勝利者となるのだから、その一挙手一投足さえ見逃せない価値がある。

 

此処はトレセン学園の第三レース場、今現在模擬レースが行われている最中であり、ウマ娘にとって自身を担当してくれるトレーナーに自身の実力を見せるため。トレーナーは担当したいウマ娘を見極めるため。両者真剣にレースに挑んでいる。

 

そんな固い空気が漂う中で異彩を放つトレーナーが一人。

 

現在はマイル・芝の模擬レースが行われており、午前中には短距離・芝、マイル・ダートが行われた後であった。次は中距離・芝、長距離・芝であるが、そのトレーナーが来たのは午後を過ぎた後、午前中の種目がもう終わってからのことだった。

 

これはおかしい。確かにトレーナーにも得意不得意があり、短距離・芝、マイル・ダートが苦手なトレーナーなのかもしれない。しかし、模擬レースというものはウマ娘達にとってとても大切なものであり、今後の進路に影響するものでもある。それはトレーナーにとっても同じこと。ウマ娘の三年間という重要な時期を預かるからこそ、慎重に見極めなければならない。実力のあるウマ娘はトレーナーを選ばず自主練にてレースへと出場し、入賞することもあるがそれは少数の例外というものだ。ほとんどのウマ娘はトレーナーと二人三脚で入賞やG1優勝を目指すものである。自身に適性がないから、そのレースを担当しないからと、おいそれと投げ出していいものではない。

 

たとえ自身が担当しないレースであっても、どういった子がいるのか。マイルで出場できるのならば短距離にも出場できるのではないか。適性は芝だけなのか。そういったことを見て、未来のライバルが自身の担当とカチあうかどうかも見極めるためにトレーナーという生き物は朝から模擬レースを見続けるものである。

 

だからこそ、遅れてきたトレーナーに対しては不真面目とまではいかないものの、あまりよくない目で見られるだろうことは必定…のはずが、そのトレーナーは他のトレーナーや模擬レースを終えたウマ娘から困惑の目を向けられていた。

 

「なー…いつ放してくれんだよ。いい加減放してくれって。自分で立てるよ…」

 

「いいじゃねぇかよトレピッピ。このまま米俵方式で出荷したっていいんだぜ?」

 

「どこに?」

 

「墓場」

 

「人生の~的なジョーク?そうだよな?そーいうジョークだよな?」

 

「トレピッピはどっちだと思う?」

 

「うへぁ…軽いのに重い…」

 

そのトレーナーは長身で葦毛のウマ娘に所謂お米様抱っこといわれる小脇にがっちりと抱えられるような形で持ち上げられていたのである。プランプランと足を揺らし、軽く抵抗しながらもぐでんと力を抜いて諦めた様子のトレーナーは、きっちりと固めた成人男性のスーツ姿であるはずなのに、どこか寄れた…くたびれたような雰囲気を醸し出しており、よく見ればネクタイは曲がって、肩には葉っぱが付いていた。

 

その状態のまま会話しているのだから、厳しい目を向けるよりも困惑の視線を向けるのも致し方ない事であった。それに加えて、トレーナー陣はその抱えているウマ娘が誰であるかを知っているからというのもあった。

 

ゴールドシップ。理外の狂人。やることなすことすべてが常識の外であり、ウマ娘の間では担当にと半ば強引に誘ってきたトレーナーをラスベガスに素寒貧の状態で置いてきたという事が実しやかに囁かれているが、トレーナー間ではそれが本当のことであることは周知の事実だ。他にも、プールの水をすべて凍らせたり、グラウンドで大きな紙に立って書くタイプの書道とその横にトランポリンを置いて、その上でアクロバット書道を行ったりと、なにをどうしてそうなった?と思うような奇行ばかりするウマ娘である。

 

しかし、実力は確かなものであり、追込の最後方あたりからワープでもするように1着まで走り切る本気を出した姿に魅了されたトレーナーは少なくない。だが、如何せんその奇行に着いていけるものがおらず、またゴールドシップも他のトレーナーを忌避している様子だったのでトレーナーが着かずのままであったはずなのだ。

 

そんなゴールドシップがトレーナーらしきヒトを抱え会話に興じている。ここでほとんどのトレーナーはそのトレーナーが次の犠牲者であると片付け目を逸らした。見つめ続けてしまえば絡まれるかもしれないからだ。だがしかし、一部のトレーナーはゴールドシップとそのトレーナーのある種距離感の近さを感じ取っていた。

 

もしかしたら…と思ったのはいったい誰だったか。あるいは全員かもしれないが…此処に着てゴールドシップが舞台に上がってくると懸念するのも無理はなかった。もしそうなのであれば、強大なライバルの登場である。だからこそ、ある一人のトレーナーが真意を確かめるために、意を決して話しかけようと近づいたのだが…

 

「見つけました」

 

たった一言、されど静かな圧を伴って発せられたその言葉にその場にいたトレーナーやウマ娘は一部を除いて委縮し硬直した。

 

声の主に視線を向ければ、ひたり、ひたりと静かにこちらに近づいてくるウマ娘が一人。体操服姿でありながら、纏う気迫は本物であり、長い髪と身体をかすかにゆらゆらと揺らしながら、しかし、視線は一点を見つめている。

 

ぽっかりと穴が開くように空白地帯を保つ周りのウマ娘やトレーナーは、動き出した台風の目に倣うようにして進行方向に道を開けていく。

 

小柄ながらも発する圧は、かの生徒会長シンボリルドルフのようであり、しかし、口に張り付く髪の毛も気にせず、目の周りに隠し切れぬ隈をこたえ、ただただ妄念高まり形と化したかのような姿に、不安定に燃え揺らぐ炎を背中に幻視する。ただ一言、大きいわけでもなく模擬レースの蹄鉄の音に紛れてしまいそうなのに、はっきりと、その場にいる人間すべてに届いてしまっている。

 

言葉にするのであれば妄執。愛情、後悔、怒り、悲しみ、諦め、希望、願い、とても隠し切れない絶望と失意、そして言葉にするのも憚られるような汚泥のような感情…なにもかもが綯交ぜになってタールのようにドロッとした粘性と暗さがそのウマ娘に存在していた。

 

「こんなところに居たのですね」

 

酷く歪んだ微笑み、その先に居るのは件の抱えられたトレーナー。一体どういうことかとみてみれば、どこか心当たりがあるといった様で騒いでいる。

 

「おい、多分絶対アレ()()()()()()だよな!?」

 

「やべぇ…やべぇぞダイイチルビーだ。そうか、模擬レースは午前中に…ずっと探していたという事か…!クソッ!あぁいうことだよトレピッピ…今は逃げるぞ!捕まったら実家エンドだ!」

 

「いや俺はレースを…!」

 

「今はトレピッピの身の方が優先だ!」

 

脱兎のごとく駆け出すゴールドシップとそれに抱えられたトレーナー。置いて行かれるようにその場に取り残され、それを静かに見つめていたダイイチルビーと呼ばれたウマ娘はぽつりと

 

「私から…また逃げてしまわれるのですね……致し方ない事ですが

 

そう微かに言葉を落として

 

ダァンッ

 

…自身の足をも砕くのではないかという踏み込みから一筋の雷がごとく駆け出していく。往々にしてウマ娘とトレーナーの痴情の縺れというのはありがちな話とされているが…まさか模擬レースの、それもウマ娘と契約する前に行われるとはという驚きがトレーナー達を支配し、ウマ娘はあれほどの感情を抱え込むなんて一体トレーナーとの間に何があったのか。そう邪推してしまうのも無理はなかった。トレーナー、ウマ娘、両者異様な雰囲気にのまれてしまい、第三レース場は模擬レースの最中であるのに、驚くほど静寂が支配していた。

 

 

 

……一部のウマ娘を除いて

 

 

 

「と、トレーナーさぁん……うへへ…」

 

 

一人の勇者がその場から姿を消した。

 

~~~~~

 

「オイあんなにやべぇのかよゴルシぃ!」

 

俺という重荷を抱えてよく走れるなというほど、ゴールドシップは全力でダイイチルビーとやらから逃げてくれている。さすが追込、長距離適性があるウマ娘といったところか?スタミナ半端ねぇなぁオイ。一切ペースを落とさず全力疾走するゴルシと抱えられた俺は、第三レース場を離れ隣の第四レース場に続く道を駆け抜けながら、後ろから迫りくるダイイチルビーのその気迫にひぇぇと怯えるしかない。

 

やべぇ、何がやべぇって捕まったらゴルシの言う通り実家エンドどころか監禁エンドになりそうなところだ。ウマ娘は生来一途で重いというのはよく聞くし、トレーナーとくっつくというか既成事実に持ってかれるなんて話は、よく耳にする。なんなら、大概トレーナーが結婚するときって教え子だったりするんだよな。オイゴラ年齢差と言っても、悲しい目をしてそっと視線を逸らす元トレーナーと満面の笑みを浮かべるウマ娘を見て、あっ…と察するのは結構よくあること…。

 

ただでさえ、俺は前世という過去の妄念が背中に張り付いて俺をウマ娘のどん底に叩き落そうとしてくるので、それら一般例から外れた例外を歩むことは必至…!油断してもしなくても、朝起きて寝室を出ようとしたら誘拐される可能性が0ではなくなってしまった現状、絶対にウマ娘につかまってはいけないのだ…!(1敗)

 

すれ違うウマ娘がなんだなんだとこちらを見て、すぐ後ろから迫りくるダイイチルビーを見てあ、やっべというような顔(一部訳知り顔でヒューヒューと囃し立てるの奴はジト目を向け)してはけてくれている。迷惑をかけてしまっているが今はありがたい。ゴルシは切迫した様子で声を荒げる。

 

「だから言ったろ!!ダイイチルビーはやべぇって!アタシと同じなら多分責任感じてんじゃねぇの!?それも割とアイツのせいでやらかした重い感じの!!!」

 

「恨むぞ前世の俺ェ!!」

 

「ホントトレーナーのたらしっぷりにはまいっちまうなぁ!アタシもだけどぉ!」

 

「舐めてた!舐めてたマジ!前世がどうっていたって大したことないでしょって思ってたけどこれならホントにやばい!え、マジ!?俺これから毎回こうなの!?」

 

「だーからゴルシちゃん言っただろ!アタシの事情を加味してもどうやったってアタシが安パイなんだよ!!アレみりゃわかんだろ!!!」

 

後ろを見やる。うん、怖い。脇目も降らず猛追してくるダイイチルビーの姿、その後ろに鬼か龍か…とんでもない化け物が大口開けて牙剥きだしてこちらにやってくる…ような気がする。俺…捕食される?

 

「ゴルシありがとう!!!!!ごめん俺ちょっとくじけそう!!!!」

 

「ばぁーか!!!アタシだけを見てくれるならそれでもいいけど、トレピッピがアパートん時に自分で言ったんだから自分の言葉に責任持って向き合うんだよ!!!」

 

「恨むぞ過去の俺ェ!」

 

「覆エリクサー盆に返らず!エリクサー症候群になるなら早めに使っとけばいいのによぉ!」

 

「よくわかんねぇけど多分使えるもんは出し惜しみせず早く使っとけってことね!いざという時に使えないから!そういうこと?!今頭使うと脳沸騰しそうだから翻訳あってるかわからんけども!!!」

 

「EX-actly!」

 

「ピエロさん?!」

 

「おうしまいにゃ風船で浮かせてやろうか。取り合いになって割れちまうぜ?」

 

「怖いこと言わないでもらえますー!?」

 

風船となって浮かばせられた俺が幾人かのウマ娘達によって寄ってたかって引っ張られてしまいにゃ破裂するさまが容易に想像つく。あの感じが他のウマ娘でもそうならゴルシ一体どれだけ我慢してくれてんだよ…!逆にため込みすぎてそうで怖いわ!

 

「てか思わず逃げちまってっけどどうすんだよ!とりあえず隣の第四レース場向かってるけどよぉ!第四レース場にだって居るかもしれないだろ!?新たな刺客が!」

 

怖いこと言うなよ!いや怖い事ってか事実だけどさぁ!事実だけど…!考えたくねぇよ!進路を変えるか!?いやこれ以上迷惑をかけられない…!だからといって第四レース場に行ってどうする!?何ができる!?走るか!?突発レース?!いやでも…!

 

俺はもうわけわからなくなってたまらず叫んだ。

 

「誰か助けて―!!!!!」

 

「あ、オイ!!!!そんなこと言ったら…!!!」

 

ゴルシが制止しようとするも、たまらず喉から零れてしまった助けを求める言葉、誰にも聞き届けられないはずの、誰の耳にも受け止められるはずのない言葉だったと思っていたのにその言葉は届いてしまった。

 

「マーちゃんをお呼びですか?トレーナーさん」

 

「どぅぇ!?」

 

「あぁん!?!お前は…!」

 

突如として俺の真横に現れたウマ娘。平然と並走し、かつ言葉も乱さぬ姿でこちらに問いかける。暗めの赤い髪を後ろでまとめ上げ、まるまると可愛らしい顔に少しの憂いと哀愁を纏わせて、ゆったりと穏やかな口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「初めましてです、ゴールドシップさん。そして…お久しぶりですトレーナーさん。お助けキタちゃんならぬ、お助けマーちゃん、ただいま参上です」

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