かつてVtuber三大将と謳われたわたしが今では大手事務所のマネージャーをしているわけ   作:吹夜

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雨乙しずくと夜通話

 『吉乃ちゃぁぁぁん! スパチャ読み疲れたよぉぉぉ!』

 「ちょ……しずくさん、飲み過ぎじゃないですか? 明日も朝活なんじゃ……」

 

 深夜三時。こんな時間なのにも関わらず電話越しでわたしに弱音が大きく混じった愚痴をぶちまけているのは、『ライバード』所属のVライバー3期生、雨乙しずく……の中の人、高野ののさん。

 

 『飲まなきゃやってられないし、寝たら吉乃ちゃんと話せないもん』

 「喉にも悪いですよ? また体調崩して休止になっちゃったら……」

 

 雨乙しずくは、飲酒キャラでもなんでもない。別のライバーに浮気したファンを相手に嫉妬を表明したり、Twitterでもファンのリプライに対して積極的に返信したり、配信終わりのスパチャ読みを欠かさなかったり……そんな、好きにさせることに長けたライバー。それが雨乙しずくなんだけど、そんなキャラクターと酒飲みキャラは両立するんじゃ? と思うかもしれない。

 

 『……復帰配信すれば沢山スパチャ貰えるもん』

 「ちょっ……あの、配信中は本当に気をつけてくださいよ!?」

 

 これなのだ。幸い、まだ雨乙しずくに大きな炎上はないが、しずくさんは……ののさんは危うい。失言を懸念して事務所からも晩酌配信禁止を言い渡されているし、マネージャーであるわたしにも特に彼女に注意するように言われている。

 

 『……吉乃ちゃんの前でしか言わない』

 「そうですか……まぁ、わたし相手ならいくらでも吐き出して良いんですけど……」

 『……敬語やめて』

 「や、普通に年上……」

 『……吉乃ちゃんは、年上ヤダ?』

 「嫌もなにも……あ、えっと……そんなことないよ、ののさん」

 『……♪』

 

 ……と、この通り、ののさんは情緒がかなり不安定だ。加えて、デビューから二人三脚で頑張ってきたからかわたしを相当気に入っている。……そんな相手に、私はおそらくののさんにとって悪いニュースを伝えなければならないのだが……気が重いなぁ。

 

 「……あ、企画上がってきてる」

 

 通話でののさんの相手をしながら作業をしていると、メッセージの通知。同じく『ライバード』所属のVライバー3期生、弾宮ミヤからで、内容は新企画のチェック申請。今のわたしは3期生三人全員の担当マネージャーということになっているので、これもわたしの仕事の内だ。

 

 『……誰から?』

 「ミヤさんだよ。新しい企画」

 『ミヤなら、良い』

 

 相手が分かると、大人しく引き下がるののさん。ののさん、もとい雨乙しずくは同期である弾宮ミヤとは特に仲が良い。よって、ののさんのメンタルが不安定な時は大抵わたしかミヤさんが相手をしているのだが、それはさておき。逆に、もう一人の同期であるフェティ・アンモナイトさんとは相性が悪く……ミヤさんが間に入れば外から分かるほど険悪にはならないのだが……いけない、思考が脱線しすぎちゃった。

 

 「えっと……えっちな本の紹介、って……良いのかなこれ……」

 

 ミヤさんが考案してきた企画は、ミヤさんがお気に入りのえっちな本を紹介していく、というもので……大丈夫なんだろうか、これ。商業誌限定なら問題は……いやそもそもYouTubeが許してくれるんだろうか……多分表紙でも映したらアウト……配信画面には自作スライドを用意してそれだけ映す? それならまぁ……いや、やっぱりわたしの一存で許可を出せるものじゃない……上に掛け合おう……。

 

 『ミヤ、遂にそんな企画を……ほんと好きだよね』

 「あはは……でも、こういう趣味もライバーならすごい強みになるからねぇ」

 

 ミヤさんが男性向けのアダルトコンテンツに詳しいのはののさんも知っていて……というか、ミヤさんのリスナーなら誰もが知っていることだ。だから、いきなりえっちな本の紹介をしてイメージが崩れるなんて心配は必要ない。それに、ライバーにおいては、こういう異性がメインターゲットの趣味があることはかなりのアドバンテージだ。リスナーの共感を得るのに最適だからで、そういう意味ではののさん……もとい雨乙しずくもコラボの時はオフのような依存気質や嫉妬心だったりが少し混じった好意? をコラボ相手に向けて、コラボ先ライバーを魅力的に思うリスナーの共感を誘ったりしている。

 

 お姉……社長が言うには、「女の子を魅力的に思えるのも才能」だったけ。なんというか、なんだろ。

 

 「はぁ……昔はもっと──」

 『吉乃ちゃん?』

 「あ……いや、なんでもない」

 

 いけない。通話中なの忘れそうになってしまった。どうせ、わたしが何を思ったところで時代の流れが変わるものでもないし、今考えるべきことは他にある。意を決して、わたしは口を開く。

 

 「……その、ののさん」

 『なに? 悩みなら……』

 「実は、明日ライバード4期生候補の面接がありまして……」

 『──は?』

 

 ののさんの声色が、一気に鋭さを帯びる。分かりやすく機嫌が……だから伝えるの億劫だったんだよぉ!

 

 『それ、吉乃ちゃんになんの関係があるの?』

 「えーっと、その場にわたしが呼ばれていて、だから……その……」

 

 普通なら、というかわたしが普通のマネージャーならこの話はわたしにもののさんにも関係がない話だ。けれど、実はわたしはののさん達3期生の担当になる以前は2期生の担当をしていたのだ。弊社『ライバードプロダクション』はスタッフも少数精鋭……つまり人手不足で、この流れは前回同様スライドでわたしが4期生のスタートアップサポートを担う可能性が高い。

 

 「担当変更の可能性が……」

 『ヤダ』

 「で、ですよねぇ~」

 『吉乃ちゃんが外れるならライバードやめるから』

 「そ、そんなに……」

 

 困る。非常に困る。ののさん……雨乙しずくは正真正銘ウチの稼ぎ頭なのだ。それがわたし一人のせいでへそを曲げられるのは申し訳なさすぎる……!

 

 「だ、だから、もしそうなったら引き続きののさんたちの担当もできるように掛け合うから……」

 『……それって、両方やるってこと?』

 「そ、そういうこと……」

 

 答えると、ののさんの声色がまた変わる。今度はこちらを労るような、純粋にわたしを案じる声だ。

 

 『大丈夫なの? それ……吉乃ちゃん、今でも忙しいのに……』

 「え? 大丈夫大丈夫! まだまだ余裕だよ!」

 『……吉乃ちゃん、昨日どれくらい寝たの?』

 「二時間は寝たけど」

 『大丈夫じゃないじゃん!』

 「いや……昔からこうだから。心配要らないよ」

 

 ショートスリーパーってやつ? わたしは寝付きも寝覚めも悪かったことがないくらいで、これくらいじゃ潰れない。そんなことよりののさんには自分の心配をして欲しい。このままじゃ朝活配信(10:00)コースだよ!

 

―――――――――――――

 

 翌日。わたしは指示通りに会社の社長室へやってきていた。

 

 「よく来た! 妹よ!」

 「お姉ちゃん、なんで社長室なの? 新人さんの面接するために呼んだんだよね?」

 

 ライバードプロダクション社長、大酉理子。何を隠そうわたし、大酉吉乃の実の姉である。……お察しの通り、わたしは正真正銘の縁故採用だ。

 

 「ふふ……決まってるだろ? 私が吉乃を呼ぶ理由なんて……お願いだからデビューしてぇぇ!」

 「しーなーい、っていつも言ってるでしょ!」

 

 社長室に二人きり。そんな状況から察してはいたけど、お姉ちゃんは普段の威厳あるカリスマキャリアウーマンの姿をかなぐり捨ててわたしに向かって土下座した。性懲りもなく。

 「その話ならいちいち呼ばないで欲しいんだけど! わたし忙しいんだよ! ののさんなんか配信見てないと拗ねるからアーカイブ確認しなきゃいけないし!」

 

 こうしてオフィスに呼ばれることがない限り、わたしは3期生の配信のモデレーターをするのが普段の仕事だ。公式番組だったりがある日でもない限り出社したりスタジオに赴いたりはしない。

 

 「いや、ちゃんと面接自体はやるぞ……そっか、ダメかぁ……」

 「理由、前に言ったよね?」

 「あぁ、覚えてる……だけど私は……吉乃がもう一度……いや、すまん。もう言わない……今日は」

 

 ……なんか、暗い雰囲気になってしまった。もっとも、これはお決まりのやり取りのようなもので、わたし達の姉妹仲は良好だ。でなきゃ、わたしはとっくに退社してる。

 

 「にしても、なんでわたしなの? 二期の時も三期の時も決まってから顔合わせだったのに……選考にわたしを呼ぶなんて……」

 「ふふ……気になるか? 気になるのかぁ?」

 「……すっごい嫌な予感がするんだけど」

 

 クールを捨てて頭を下げ、湿っぽくなったと思ったら悪戯っぽく笑って、お姉ちゃんは本当にころころと表情を変える人だ。他のスタッフのみんなはお姉ちゃんを冷たそうな人だと言うけど、正直信じられない。

 

 ……と、それはともかく。お姉ちゃんがあの顔をするときは大抵ろくなことがない。ものすごーく嫌な予感がする。帰りたい。

 

 「実はな、今日面接する子なんだがな? 是非お前に会って欲しいんだよ」

 「わたしに? なんで?」

 「それはその時のお楽しみだな。じゃ、行くぞ。そろそろ時間だ」

 「あ、うん」

 

 匂わせるだけ匂わせて、お姉ちゃんは何も教えてくれなかった。嫌な予感は猛烈に感じたままだが、わたしは流されるままお姉ちゃんについて行った。

 

―――――――――――――

 

 待機してすぐに、ノック。入室してきたのは、明るそうな印象を受ける女性だった。いや、ウチは女性ライバーしか募集していないから当たり前なんだけど。でもお姉ちゃんは男性ライバーもブランドを変えて挑戦していきたいって言ってたっけ。

 

 「座って。社長の大酉理子です。本日はよろしくお願いします」

 「社長と共に面接をさせていただく大酉吉乃です。よろしくお願いします」

 

 お姉ちゃんに会わせて無難……フォーマルな挨拶をすると、わたしの挨拶を聞いた女性が一瞬首をかしげた。何か変だったかな……と思っていると、今度はわたしが首をかしげる番だった。

 

 「はい、忍田早月です! 今日はよろしくお願いします!」

 「──!?」

 

 ……彼女の顔も、名前も初めて見る。だが、その声には確かな覚えがあった。ぎょっとしてお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんはわたしを横目に見て忍田さんには見えない角度で笑っていた。こいつ……!

 

 「……といっても、二次面接で採用は決めているようなものだから。 軽い気持ちで良いですよ」

 「はい!」

 

 そういえば、この場は最終……三次面接だったっけ。書類選考、一次の通話面接、二次の来社面接で営業担当の社員さんなんかによってほとんど絞られた後だから、最終面接には余程のことがない限り社長との顔合わせくらいの意義しかない……って、そんなことよりも!

 

 「それじゃあ、ひとまず自己紹介をお願いします」

 「はい! 以前はアサノヒノデという名前でVtuberをやっていました、忍田早月です! 前職の経験を活かしてライバードでも活躍したいと思っています!」

 「──……アサノ、ヒノデ」

 

 当たった。声を聞いた瞬間から、感じていた「もしかして」。

 

 「ほう、あのVtuber三大将の! 凄いですねぇ~、あのVtuber三大将とは!」

 

 Vtuber三大将。その昔……というか三年前の2017年頃に名を馳せた三人のVtuber。アサノヒノデ、煌羅那月……そして、響家コエ。その内の一人、アサノヒノデ……だった人が、眼前の女性、忍田早月さん。……分かった、お姉ちゃんがこの場にわたしを呼んだ理由が。わたしの反応を見て楽しもうとしているな!?

 

 「いやぁ~、大物ですね、吉乃さん。あれほどの実績のある方が弊社からデビューしてくれるなんて心強いですねぇ、吉乃さん?」

 「……社長。落ち着いてください」

 

 クールキャラはどうした。しかもゲストの前だぞ。

 

 「……あの失礼かもしれないんですが……吉乃さん?」

 「ミ゛ッ!? な、なんでしょう……?」

 「間違っているかもしれないんですが……どこかでお会いしたことあります?」

 「な、ないと思います! 人違いだと思いますよ!」

 

 ……会ったことはない。それは本当だ。だが、話したことなら……ある。通話で。

 

 三年前にコラボした時に。アサノヒノデと……響家コエとして。

 

 ……そうだ。彼女と同じ、Vtuber三大将、その一人。響家コエは、わたしなのだ。

 

 助け船を求めてお姉ちゃんを見れば、さっきよりも若干笑みが増していた。

 

 ……身バレしちゃうじゃん!  

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