かつてVtuber三大将と謳われたわたしが今では大手事務所のマネージャーをしているわけ 作:吹夜
防音を備えたかなり上質なマンションの一室、長谷川と表札に書かれた部屋のインターホンを押す。ほどなくしてドアが開き、女子校にいたらそれはそれはモテそうな女性が顔を出した。……いや、わたしは女子校通ったことないし……それどころか高校行ってないし中学もロクに行ってなかったんだけど。これは彼女と仲の良いののさんの評価だ。
「アッ……大酉さん、ど、どうぞ……」
「お邪魔しますね」
そんな外見通りのかっこいい女性像は、挙動不審になっている仕草と不自然な笑顔で崩れ去る。この人が残念なのはよく知ってるから、今更幻滅なんかするわけないんだけど。
「にしても、わざわざ自宅に招かなくても良かったんじゃないですか? ミヤさん」
玄関に入り、万が一にも人に会話を聞かれる環境じゃなくなったことを確認した後、いつもの呼び名で彼女を呼ぶ。弾宮ミヤ。雨乙しずくとフェティ・アンモナイトに続く、ライバード3期生の一人。今日は、そんな彼女との打ち合わせをなぜか彼女の自宅でやることになっていた。わたしの知る限りでは、こういうことは普通ない。というか、仕事関係の人間を自宅に招くのって普通嫌だと思う。だからこんなことはわたしも初めて……というわけでもなく、ののさんと会って打ち合わせをするときは毎回この形式を取っている。彼女の希望で。まさか。
「いや……しずくがね? ことあるごとに大酉さんと家で遊んだって自慢してくるから……羨ましいってわけじゃないんだけど、感じますやん? 疎外感みたいな!?」
「わたしはべつに……」
わたしはミヤさんとののさんが仲良くしていても嬉しいだけなんだけど、ミヤさんは違ったらしい。というか、やっぱりののさんの影響か。
「でも、そんなに緊張するならやっぱりオンラインの方がスムーズなんじゃ」
「緊張してないが!?」
「でもさっきから目が合ってないです」
「……」
図星だったようで、ミヤさんは黙りこくる。彼女の名誉のために言っておくと、ミヤさんは別にコミュ障というわけではないはずである。事務所やスタジオでは先輩やスタッフに挨拶するし、少し人見知りな部分はあるかもしれないが、見知ったわたし相手にここまで挙動不審になるのはなにか理由があるはずだ。
「……その、なんか……家デートみたいだなって」
「……えぇ……」
この人、同性の知人ひとり呼ぶだけで毎回そんなこと考えているのか……? ミヤさんのこういう面はコラボ配信でも発揮されていて、コラボ相手に対して今みたいな気持ち悪い発言が飛び出すところが面白いと一部からは好評だ。当然それはわたしもそれは知っていたけど、あれはキャラ作りが多分に含まれると思っていた。
「わたし、完全に仕事できてるんですけど……」
「そ、それはそうかもしれんけど! なんか、相手は仕事で来てるのにうちはデート気分っていうのもなんか、デリ……じゃなくて、逆に背徳感が……!」
「はぁ……あ、前にやりたいって言ってたゲームの許諾、取れそうですよ」
「ほんと? ありがとう!」
十割ミヤさんのせいでおかしな方向に進みそうだった雰囲気を、話題を変えて吹き飛ばす。ライバーがゲーム配信をするための許諾の確認や交渉はマネージャーの仕事の中でもかなりの重要度を占める。最近ではちらほらと個別に確認の連絡を入れる必要のないようガイドラインを公表する会社さんが増えてきているが、そういう会社ばかりではないのだ。
「じゃ、じゃあ……この部屋で待ってて。飲み物取ってくる」
「はい」
話題を変えた後は、ミヤさんの挙動不審も鳴りを潜めて普通に部屋に案内された。当然、ここに来るのは初めてなので自然とミヤさんの部屋を観察してしまう。一見、整理整頓がなされた部屋に見えるが……おかしい。配信で彼女は自宅を汚部屋だと評していたことを思い出し、まさかと思いベッドの裏を覗く。すると、明らかに散らかっていたものをとりあえずで見えない場所に放り込んだであろう痕跡がそこにあった。
……これは気づかないふりをしておいた方が良いよね。普段掃除をあんまりしない人がおそらくわたしのために一応片付けをしたんだし、それをわざわざ指摘するのは良くないと思う。別に部屋が汚いくらい気にしないのになぁ。ののさんの部屋はかなり汚いし……わたしのためにこんな……いや、最初からわたしを呼ばなければ良いのでは?
「……」
やめよう。今更だ。
次に目に入ったのは、本棚だ。手に取る頻度の少なそうな上の方には昔アニメが流行していたような記憶があるライトノベル。下段には配信でも好きだと言っていた漫画が並べてある。中段には……ボイトレの指南書にトーク力講座? ……意外だ。こういう配信業に繋がりそうなスキルに関する本をミヤさんの家で見るなんて。
気になって、思わず大判のその本を手に取ってみて……。
「……うん?」
本を抜いた隙間から、別の本……いや、冊子? が見える。何かと思い抜き取ってみると、その表紙には……裸に剥かれた雨乙しずくがデカデカと描かれていた。
「『しずくの雫を舐めてみて』……うわ」
もしかしなくても同人誌だった。ライバードの方針としてはこういった二次創作は認めていないが、厳しい取り締まりはしていない……という、ある種スタンダードなスタンスを取っている。ライバーの中にもなるべく見たくない人やむしろ見たい人まで色々だから、画一した対応を取るのは難しいのだ。
それはともかく、また別の本を抜き取ってみると……あらぬ姿のフェティがいた。他にも、ミヤさん自身、真熊ベア、海原ホルン……彼女の同僚のえっちな本がどんどん出てきた。
「ミヤさん、まじか……」
「あ、大酉さん。アイスティーしかなかったんだけど……いや、変な意味じゃなくてほんとにアイスティーしかなかったんだけど、いいか……な……」
戻ってきたミヤさんと目が合う。ミヤさんは、えっちな本を漁るわたしと目が合い……固まった。そして、わたしから本を奪うでもなくその場にへたり込んでしまった。
「終わったぁ……もうダメだぁ……」
「何がですか」
よりにもよって同僚かぁ……とは思うけれど、彼女がこういうものを好んでいるのはみんな知っている。もし懸念点があるとするならば。
「ミヤさん。まさかとは思いますけど、前言ってた企画で紹介するのってこういう二次創作じゃないですよね?」
「さすがに商業作品に絞りますぅ……」
「ならいいです……あ、でもそれ以上近づかないでくださいね」
「うぇぇぇん……」
まぁ、勝手に見たわたしの方が悪い。さすがにミヤさんがかわいそうなので薄い本も厚い本も元の場所に片付けようとして、ある一冊が目にとまる。
「これ、響家コエ……」
それは、響家コエの同人誌だった。驚き五割、興味二割、嫌悪三割。当時のわたしは特に二次創作ガイドラインを定めた覚えがない。故にこういう作品はグレーゾーンで、存在は知っていたが見るのは初めてだ。Vと中身は別物、そんな当たり前を飲み込めないほどにわたしはコエを自分と同一視していたから、気分を悪くしそうだと思って今まで避けてきたのだ。
「……ミヤさん。この、響家コエの本……」
「あ、あぁ……そうですね?」
「好きなんですか?」
「も、もちろんですよ!」
「……劣情ですか?」
「ちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃいますやん!」
少しの悪戯心で聞き返すと、ミヤさんは慌てて否定する。そして、彼女にとってのコエを語り始めた。
「えっと……うちがVtuberを知った切っ掛けがコエさんで……だから純粋にリスペクトしてて……あっでもえっちじゃないって言ってるんじゃなくてスケベかスケベじゃないかで言えば大変スケベだと思っているんですが……」
「誰がスケベじゃこら」
「え……なんて?」
「いや……何でもないです。そろそろ打ち合わせ始めましょう」
後半は聞かなかったことにして、話を打ち切り本棚をもとに戻していく。インターネットで人気になるのに、切り替えの速さは重要だ。その素質があるミヤさんもまた、真面目な話が始まれば平静を取り戻し、つつがなく打ち合わせは進んでいく。
「……では、今日はありがとうございました」
「あ、はい……と、ところで夕食とかって……」
「ミヤさん。気になってたんですけど……なんでベッドがあるのに布団が置いてあるんですか?」
発言が被ってしまったが、ずっと気になっていたことをミヤさんに尋ねる。この部屋にはミヤさんが使っていると思われるベッドがあるのに、たたまれた布団が押し入れでもなく普通に置いてあるのだ。……もし同棲相手が居るとかなら、事務所としては配信時に細心の注意を払うように言い含めなければいけない。
「え……えー……っと……その、ま、万が一大酉さんが終電逃しちゃったりして……その時ベッドにふたりで……ってのはさすがにアカンかなぁって思ってぇ……」
「……や、集合14時で合ってますよね……?」
何時間打ち合わせするつもりだったんだよ!
「そうなんだけど! そうなんだけど! 万が一! 転ばぬ先の布団!」
「……あ、わたし帰りますねー」
「ちゃいますやん! ちゃいますやん!」
なんも違わないだろ!
……今度からミヤさんとの打ち合わせは全部オンラインにしよ……。