1-1
……私のミスでした。
私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況
結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったこをと悟るだなんて……
……今更図々しいですが、お願いします。
先生。
きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。
何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……。
ですから……大事なのは経験ではなく、選択。
あなたにしかできない選択の数々。
責任を負うものについて、話したことがありましたね。
あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます。
大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。
それが意味する心延えも。
……
ですから、先生。
私が信じられる大人である、あなたなら。
この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……
そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。
だから先生……どうか。
………それを託す相手、間違えてないかなあ。
真剣だ。最初から最後まで、どこにも、一切の遊びはない。だからこそ滑稽で、それこそ捻れて歪んだとしか思えない大きなすれ違いに、リーリァ・アスプレイは呑気な感想を抱いていた。
ーーーーー
「……ください」
鋭い、しかし敵意のない言葉に重たい瞼を少しずつ開く。
「……先生、起きてください」
なんだ、人違いか。
回らない頭で勝手な結論を出し、再び眠りにつこうとする。
「リーリァ先生!!」
「ひゃっ!?」
リーリァ・アスプレイは、勢いよく飛び起きた。座っていた椅子から崩れ落ち、情けなく転んだ。
これが、"人類の"切り札……だった者の姿だと知れば、周りはどんな反応をするだろうか。
「だ、大丈夫ですか?先生?」
長身で、黒い髪で、眼鏡をかけていて……ついでにいわゆるないすばでぃな女性の姿を、改めて視界に捉える。
まさかすっ転ぶと思っていなかったのだろう彼女は、少し屈んで手を伸ばす。
「あ〜、ごめんごめん。なんだっけ?」
さり気なくその手を払いながら立ち上がる。あまり、いや全く慣れていない呼称、"先生"。それが自分だということをすっかり忘れていた。
自分の認識を更新して、改めて"生徒"へと向かい合う。
「……はあ」
露骨な溜息。
「では、改めて今の状況をお伝えします。私は
つまり、アレだ。彼女は偉い人だ。多分。
「そしてあなたはおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
おい、何故疑問形だ。
ただまあ、その疑問は尤もである。客観的に見て、私とリンが何方が先生かと聞かれたら、リンだと答える人が100人中99人くらいいるだろう。
なんといっても、このリーリァ・アスプレイという人物は年端もいかぬ少女のように見える人物だからだ。
………というのは半分間違いで、リーリァ・アスプレイは間違いなく15歳である。記憶違いでなければ、と付け加えておくが。
しかし敢えてそれを彼女に、いや"生徒"に話すつもりは何処にもない。今は私が"先生"だからだ。
「呼んでおいてそれは酷いんじゃないの〜?」
「……いえ、私達も先生がどのような方なのかは知りませんでしたから」
「………………」
気持ち悪い。露骨に気を遣われている。まるで私の方が子供みたいではないか。
……当たりなのだが。
「それで?」
「……まずは、私についてきてください。どうしても、先生にやっていただかなければいけないことがあります」
「うーむ」
「急に言われても困るかもしれませんが、どうか……」
「いやね、そうじゃなくて。行くのは構わないよ」
私、リーリァ・アスプレイは(元)
つまりだ。"私にしか出来ないこと"をするのには慣れている。まあ戦えとは言われないだろうが。"先生"だし。
「そうですか、とても助かります。これは、学園都市の命運をかけたこと……とも言えることです」
なるほど、どうやら
と、笑いそうになるのを堪え……それを悟られぬように自制し、リンについていく。
改めて、ここは相当高い建物のようだ。エレベーターに、これは落っこちないかと若干戦々恐々としながら乗り込む。この箱はどう動くかと思っていると、それは急降下し始めた。……高所からの自由落下ほど速くはなさそうで安心したが。
そして、ガラス張りになっている面から"都市"が見える。
「『キヴォトス』へようこそ、先生」
その景色を見せるようにエレベーターの隅に立ち、リンが言う。
これほど発展した都市を、見たことがない。古今東西さまざまな都市と戦場へ向かってきたが、それでも見たことがない。ここは……私の故郷、という表現が正しいのか分からないが、あの世界とは根本的に異なると思ってもいいのかもしれない。
「………ん?」
「どうかなされましたか?」
「ああ、いや」
因みにだが、目はいい。凄くいい。めっちゃいい。何か見てはいけないものを見てしまった気がしてつい反応してしまったが、なんでもないとリンへ会話を返す。
「……キヴォトスは、幾千の学園が集まっている巨大な学園都市です。これから先生が働く場所でもあります」
リーリァとて学校というものを知らない訳ではない。例えば帝都のような大きな都市には、そういう場所もあった。
しかしそれよりも大きい学園が、それも幾千。それによって形成される都市へと、リーリァは少しだけ目を輝かせた。
「きっと、先生がいらっしゃったところとは色々なことが違っていて、最初は慣れることに苦労するかもしれませんが……」
そうだ。きっとこれほど違う世界なら、私の見たことがないもの、知らないこと、きっと沢山あるに違いない。
「でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう」
ーー小骨が喉に引っかかるような感覚
「あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」
スゥと、何かが冷めていく感覚。
ーー無条件の信頼。
彼女が何か悪いことした訳ではないし、それで責めるのはお門違いだ。ましてやそれを"先生"が行うのが正しいとは思えないから口には出さないし、態度にも出さない。
しかし、リーリァにとって無条件の信頼というものは昔から受けてきている、クソだ。讃光教会の者が、聖人……つまり
……嫌なことを思い出してしまったが、それは全て私の事情であり、七神リンは悪くない。
「……先生?」
「ごめん、景色に圧倒されちゃってね」
エレベーターは目的地へつき、二人が降りた途端にまた新たな問題が起きる。
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」
「首席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
ざわざわざわと、レセプションルームで待機していた見知らぬ少女達ーー自分も少女だが、別にそう呼んでも構わないだろうーーが次々と押し寄せてくる。
「あぁ……面倒な人達に掴まってしまいましたね」
露骨に機嫌を損ね、リンは口を開く。
……どうやら、少しだけ自分とリンは似てる所があるのかもしれない。
「こんにちは、各学園からわざわざここへ訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かってます。今学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」
あれだ、キレてる時の私ってこんな感じなのだろうか。
と、だいぶ他人事のように感じてしまったが、冷静に考えればこれは他人事ではないだろう。
それと同時に、紫の髪の子が私の頭部へと一瞬だけ視線を寄せたことに気がついた。
………私も"そこ"は少し気になっていた。リンだけならともかく、今この場にいる生徒全員に、物語に出てくる天使の輪っかのような何かが浮かんでいる。逆に私にはそれがない。
「………ふぅん?」
それと同時に状況を整理する。七神リンという、割と平気で毒を吐けるこの人物が無条件で信頼を置く連邦生徒会長という人物。そしてキヴォトスで起きているらしい混乱。そして必要となる"先生"。なるほどなるほどと口には出さずに思考しながらも、答え合わせの為に話の続きを聞く。
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したとの情報もありました」
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
"混乱"の内容を、生徒達が口にしていく。
知らない単語も聞こえたが、何にせよ今相当な混乱に陥っていることは想像に難くない。
なんだ矯正局って。登校中の生徒を襲う不良って凄いな。出所の分からない武器の不法流通が増えたということは前からそういうのはあったのか。
今ここにいるのが"先生"でなければ、多分全部口に出してツッコんでいただろう。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」
そして、紫の少女はリーリァが最も気にしていたことを聞く。
おおよそ想像は付いているものの、これが当たりか外れかで先程の推測が当たっているかの大きな分岐点となる。
少しの沈黙の後、リンは口を開く。
「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「……え!?」
「……!」
「やはりあの噂は……」
あちゃー、正解だったかあ。
つまりだ、連邦生徒会長という人物は重大な権限を有していて、信頼も置かれる能力と人柄も併せ持った人物なのだろう。
そしてそんな人物が失踪した状況で、その失踪した本人が用意した"先生"というカード。ああ、もう。これでは
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」
「うん。あるよ」
リンへの質問へ、割り込むように答えた赤髪の少女に視線が集中する。
そして、それはリン本人も含めたものだ。
「……先生はご存知でしたか?」
「いや、知らないけど。でもこの流れで、この
強調するように、確認も込めてリンへと返答する。それと同時に再びざわめきが起きる。
「……あなたが先生?」
「ちょっと待って。この先生はいったいどなた?どうしてここにいるの?」
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」
そのざわめきは予想していたものであろう。極めて冷静にリンは説明を続ける。
「はい。こちらのリーリァ先生は、これからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」
しかし、冷静さを失っているであろう彼女らにとって、この不可解な事実は混乱を加速させるだけだ。いや、冷静であったとして今ここにいる"先生"が単なる先生でないことを理解できるのかは分からないが。
「まあそんな訳だから。今日から赴任したリーリァ・アスプレイよ。よろしく」
努めて気楽に挨拶する。折角現れた謎の先生まで沈痛な赴きであれば、事態は深刻であると思われるかもしれない。
と言いつつ、私も事態の深刻さは理解してないが。いや、割とヤバい現状は理解したが、私がどう解決の役に立つのかは想像は出来ても想像止まりだ。ましてやこのキヴォトスという未知の地で、情報量0に等しいこの状況でする想像というのもまた大した価値のないもの。
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや挨拶なんて今はどうでもよくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」
結構酷いこと言うね。
「誰がうるさいって!?わ、私は早瀬ユウカ。覚えておいてください、先生!」
売り言葉に買い言葉。一対一ならもうとっくに喧嘩になってるだろう空気。仲が良くて何よりだ。
「よろしく〜」
とりあえず、うるさいと呼ばれたユウカに軽く挨拶はしておく。
………しかしだ。うるさいとド直球に言うのは酷いのだが、彼女が一番口数多かったのも事実だ。特に慰めることはしない。
「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」
ユウカが怒っていることは、やはり無視して淡々と続きを話す。
その内容に、リーリァはおや?と感じる。なんか予想していたことと違うからだ。まさか何処かの学校の教員に付くわけでもなく、連邦生徒会長の代わりになる訳でもなく、部活の担当顧問になるだけとは。
「連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」
訂正。大正解じゃねーか。
連邦生徒会長という人物がどのような権限を持っていたのかは知らないが、少なくともそういう組織を作れる程度の権限はあったわけだ。
まあ、そういうことにはある程度慣れている。
「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます」
リンが手持ちの板状のものーー曰くタブレットだそうなーーを操作し、地図を見せる。
なるほど、30
地図と先程見た光景を重ね合わせながら照合していく。なるほど、これで30kmだから……ふむふむ。
まあ、余裕で走っていける距離ではあるな。やらないけど。
「つまり、それを使わないと現状を解決できないと」
「その通りです」
それから少しだけタブレットを操作し、空へ声をかけた。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
すると、そこにモモカと呼ばれた少女が現れた。まさか転送されたのかと考えたが、よく見ると色が変だし透けてるしブレている。
まさかこれ、映像だろうか。空間に投影する技術があるとは、やるなキヴォトス。
『シャーレの部室?……ああ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?』
「大騒ぎ……?」
『矯正局を脱出した生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』
「……うん?」
『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど?』
「……」
なるほど、次から次へと嫌な予感というものは当たるらしい。
先ほどエレベーターから見えた、見えてしまったちょっとした光景。今目の前いる生徒達が共通して持っている、武器と思わしきもの。そして先程のシャーレの権限、『各学園の自治区で制約なしに戦闘活動を行うことも可能』。
なるほどなるほど、世界は残酷だね。
『まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!』
「………」
ブツリ。音と共に投影が消えていく。
残されたリンは、震えていた。湧き上がる怒りを必死に留めているのだろう。
爆発寸前の爆弾を目の前にしている時、人はどうするのが正解なのだろうか。
「お、落ち着いて、リン。その……先生がいるから!」
それは何の慰めになるのだろうか。
しかしその情けない慰めのお陰か、震えは収まる。深呼吸をし、ブチ切れる寸前の笑顔が生まれる。
多分、たまに私もこうなってたんだろうな……と、なんとなく感じる。
「……だ、大丈夫です……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
少々じゃないのは見れば分かる。
そしてその少々ではない問題を抱えてしまった少女は、視線を怒りの一因となっている皆さん……つまりここへ押し寄せている他の生徒達へと移す。そして、怒りの表情は不敵な笑みへと変わっていく。完全に悪いことを思いついた人間のソレである。
もちろんそれに気が付かない生徒達ではない。
「……?」
真っ先に気がついたのであろう長身黒髪の生徒が、怪訝な顔をする。
それから少し遅れて。
「な、何?どうして私たちを見つめてるの?」
そして、ユウカが声を上げる。
う〜ん……また最初に声を上げたのはユウカだ。別にうるさいとは思わないが、口数が多いのは事実だ。
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
「……えっ?」
あいも変わらず棘まみれの言葉を吐きながらも、リンは"提案"をする。もちろん、拒否権はない。
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
リンは早足で歩き始めた。
当然ながら私も付いていく必要があるため、同じく早足で追いかける。
「ちょ、ちょっと待って!?どこに行くのよ!?」
後ろから叫ぶ声と、複数人の足音。
どこかと聞かれたら、そりゃまあ決まってるでしょ。
ーーーーー
ヒュ〜〜〜、ドカーン!!
風を切る音に、爆発する音。
ここは何処かと聞かれたら、まず真っ先にこう答えるだろう。戦場だ、と。
「な、なに、これ!?」
シャーレ近郊。結局30km程を徒歩で向かいーー私は平気だが、みんなも問題はないようだーー着いたそこは、不良が暴れ回っていた。
銃が乱射され、戦車が走る。好き勝手暴れていることと、扇動されただけの不良ということを鑑みるに統率は全然だが、とにかく凄いことになっていた。
「どうして私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!」
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」
「それは聞いたけど……!私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど!なんで私が……!」
気になる発言はあったけど、その間にも状況を把握する。
………うん、もし周囲の被害を考慮しないでいいのならば、
そう思い観察している間に、一人の不良がこちらに気が付き銃を構える。私は咄嗟に近くにある瓦礫の裏側へと隠れると、銃撃はユウカに向かって放たれた。
いや、撃ったところにいたのがユウカだったというだけだろうが、あまり違いはないだろう。
「いっ、痛っ! 痛いってば! あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない!」
「伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されてはいません」
「うちの学校ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!」
言い合いながらも3人ーー移動中に名前は聞いておいたが、とりあえずそこの3人は、ユウカ、チナツ、ハスミのようだーーが同じく適当な場所へカバーする。
しかし、撃たれたユウカの反応が想像とだいぶ違う。ユウカが立っていた場所の少し前を見てみれば、外したであろう銃痕が道路に残っている。結構な威力があるだろうに、"痛い"?
「今は先生が一緒なので、その点に気を付けましょう。先生を守ることが最優先。あの建物の奪還はその次です」
「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスではないところから来た方ですので……、私たちとは違って、弾丸一つでも生命の危機にさらされる可能性があります。その点ご注意を!」
「分かってるわ。先生、先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦っている間は、この安全な場所にいてくださいね!」
"勇者"の困惑を他所に、話が進んでいく。瓦礫の裏などではなく、近くのビルへと連れて行かれていく。
うーんと?それが"先生"の役割なの?
あまり先生ーーこれはキヴォトスの先生という意味ではなくーーというものへの造詣が深くないが、あるべき先生の姿とは子供を導く大人ではないのだろうか。
それが、生徒に守ってもらいながら、安全な箇所にいるのが先生の役割なのだろうか。何故彼女らは銃撃を受けて痛いで済んでいるのか、その筈の攻撃を私が食らうと『生命の危機にさらされる可能性がある』のか、とかまあ、色々疑問はあるけれど。
「ちょっといい?」
「どうかしました?」
「私が戦闘の指揮をするね」
それが、私の出した結論だ。
幸いにも、戦闘への心得はたんまりある。それも一対多……つまり少数で大人数を相手にしないといけない今の状況に似ている状態の。
元勇者という立場にしろ、先生という立場にしろ。とりあえず安全圏でぼっ立ちというのは色々と間違っているとしか思えない。ならば、可能な限りの支援をする。
……………少なくとも"あいつ"なら、そうする。
「え、ええっ!?戦術指揮をされるんですか?まあ……先生ですし……」
どうやら、彼女達にとっての先生のイメージとしても、そこまで見当違いなことではなかったようだ。
「ふっふっふ、まあこれでも先生だからね」
なので、とりあえず適当言っておく。"先生"というイメージを補強するためにも。
「分かりました。これより先生の指揮に従います」
「生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」
………信頼以上の何かを感じて、少しだけ気持ち悪いが。少なくとも彼女達は私を疑っていない。
「じゃあみんな、行くよ!」
指示用にリンから渡された端末を持ちながら、リーリァは声を張り拳を振り上げた。
ーーーーー
破壊された戦車から、不良達が逃げ出していく。あんな爆発、例え私でも大怪我するけどなあとぼんやり考えながらも、とりあえず作戦が無事に成功したことに安堵する。
色々とあるが、一つ。銃撃戦という初めての戦いと、多少の攻撃が直撃しても大して傷を負わない生徒という特殊な存在。この二つを加味した上での指示は、正直できなかった感じはある。
………そもそも、孤軍奮闘してきた私が指示をする立場になったこと自体が難しいことだったと言えばそうなのだが。
戦闘に参加したユウカ、ハスミ、チナツ、スズミ。4人が一度リーリァの元へ集まる。
「指揮は初めてだったけど、どうだった?」
「いつもより戦いやすかったですよ、先生」
「やっぱりそうよね?」
スズミとユウカが答える。うーん、あんな指示でも戦いやすかったか。まあ、戦闘に直接参加してない、俯瞰的に物事を見れる頭脳があるのはそれだけでもアドバンテージではある。
それでも、見当違いな指示を出してしまえば現場は混乱するだけなので、そういうことにはならなかったようで何よりだ。
「初めてだったのですか?とても慣れているように感じましたが……」
ハスミが驚きながら言う。
まあ、うん。確かに戦場には慣れてはいるけど。
「なるほど……これが先生の力……まあ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前か……」
……なんだろうか。リーリァ・アスプレイとしてへの称賛ではなく、連邦生徒会長へと信頼と、"先生"という偶像への崇拝が締めている気がする。
いや、悪い癖だ。どうあれ称賛……それも直接渡されたものを、そうやって捻じ曲げて捨ててしまうこともないだろう。少なくとも彼女らは
私はいつから、子供の称賛さえ素直に聞くことの出来ないひん曲がった"大人"になってしまったのかと、心の中でこっそりと苦笑する。
それから再び移動を再開する。もうシャーレまでは大した距離はない。
「もうシャーレの部室は目の前よ!」
ユウカも同じことを思ったのだろう。そう声を上げると同時に、後方支援のために下がっているリンから連絡が入る。
『今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました。ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です』
これだけやりたい放題していた不良さえ捕まえられなかったこのキヴォトスという土地で、矯正局という場所へ
どう考えても、危険だ。
『似たような前科が幾つもある危険な人物なので、気を付けてください』
少なくとも、このリーリァよりも強いという可能性は……考えるべきではあるが、殆どないだろう。そもそも銃器という武器に頼って戦っているこのキヴォトスの人間達が、それほど突出した強さを持っている可能性はかなり低い。
いや、それ以前にだ。
とはいえ、危険は危険。警戒するに越したことはない。
……しかし、意外なことに妨害や奇襲といった行動はなかった。あっさりと、シャーレへと到着してしまった。
『「シャーレ」部室の奪還完了。私も、もうすぐ到着予定です。建物の地下で会いましょう』
端末越しに、リンが宣言する。ユウカがやった!と素直に喜び、ハスミがはいと微笑みながら応える。
さて、考えられる可能性は大きく二つある。こちらの戦力に敵わないことを理解し、早急に撤退したか。脱獄したばかりだし、またぶち込まれるのは嫌であろう。
そしてもう一つは、既に侵入している可能性である。ワカモという生徒の目的は、シャーレ。少なくとも、モモカがそうだと感じる程度にはそういう動きをさせていた筈だ。
仮に後者だとして。タイマンで負けるほどこの勇者というものは弱くはない。しかし生徒達の前にいる間は先生であるのであれば、むしろ一人の方がいいのかもしれない。
「分かった。出来ればユウカ達には、ワカモが来ないか見張っていて欲しいんだけど」
「ええ、分かったわ。全く、見つけたら容赦しないんだから!」
さり気なく"ワカモが外にいる"という認識を刷り込みながら、リーリァは1人でシャーレ地下へと向かった。
ーーーーー
「うーん……これが一体なんなのか、全くわかりませんわね。これでは壊そうにも……」
シャーレの地下室。目的地には先客がいた。暗い部屋の中で狐の面を着けた少女ーー声と体格からの予想ーーが、何かをいじっていた。
その人物が誰かは知らないが、十中八九ワカモであろう。
なるほど、目的はシャーレにある物品の破壊。であれば、上手く話をすれば直接戦闘になる可能性は低いだろう。そう考えながら堂々と地下室へ踏み込む。
「……あら?」
狐面の少女は振り返る。特別気配を消してはいなかったが、だからといって特別目立つ音は立てなかった。これで気が付くのは、それなりの手練れだ。
「こんにちは、君がワカモちゃん?」
…………沈黙。こういう態度で怒ってしまうタイプだっただろうか。それとも冷静に状況判断して……?
「あら、あらら……」
「………うん?」
「………」
「………」
「あ、あうぅ……」
「………………」
なんか、違うな。これは敵意とか、害意とか。何か隠してるとか、そうじゃなくて。
「し、し……」
ワカモの身体に僅かながら力が入る。
「失礼いたし……!?」
そして、跳ねようとした瞬間には既にリーリァがその腕を掴んでいた。
ーーーーー
一瞬のことだった。先程まで目の前に立っていたはずの彼女が、まるで瞬間移動したかのように私の手を掴んでいた。
燃えるように赤く、けれども流れるように美しい長い髪が、その高速移動によってぶわりと広がっていた。
「これ、頂戴?」
その美しく整った顔ではにかみながら、空いているもう片手で私の手にあるタブレットのような何かを指差す。
「………は、はいっ!」
バッとそれを、柔らかくけれど確かな強さを感じるその掌へと渡し、今度こそ跳躍。入口へと1歩で着き、猛スピードで……しかし足音を立てず退散した。
ーーーーー
「リン、来るって言ってたよな……」
2人、鉢合わせないだろうか。
呆気にとられる自分と、冷静な自分がそこにいた。どう考えても逃がさない方がよかったのだが、なんというか。あれが本当に危険な脱獄犯のワカモであるのかと少々首を傾げたくなる。
しかし、何故ワカモは……逃げ出すほど"緊張"していたのだろうか。面を着けているくらいだし、実は人見知りで一対一で突き合わせるとダメになってしまうタイプなのだろうか。
……捕まえられなかった理由は、まあ言い訳を用意する必要もないだろう。私は銃弾一つで大怪我する、か弱い先生なのだから。
どちらかと言うとリンのことが心配になりながら、少しだけ待っているとそのリンは現れた。
「……?何かありましたか?」
真っ先にそれを聞かれてしまうくらいには、まだ顔に出ていたようだ。呆気に取られていたことか、心配していたことか、どちらかまでは分からないが。
「いや、リンが言っていたのってこれことかな〜って」
すぐに意識を切り替えて、とりあえず疑問を一つぶつける。これで正解なのかは実際に知らないし。
それで誤魔化せたのか、リンはそれ以上の追及はしなかった。
「はい、これです。これが連邦生徒会長の貴女へ残した物、『シッテムの箱』です」
「でもこれ、タブレットじゃない?」
少なくとも外見はどう見てもタブレット端末だ。今リンから借りているものではなく、地図を見せる時に使っていた大きいやつ。
「確かにそう見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明」
おーえす。まあアレだ、今大切なのはおーえすが何かではなく、それを含めた一切が不明な代物であるということだ。今は聞かないでおこう。
「連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……」
タワーの制御権。そんな話だっけと少し考えて、移動中に少し聞いたことを思い出す。今起きている混乱の中でも重要なこと、サンクトゥムタワーの制御権があるのが連邦生徒会長だけであり、その人が失踪しダウンしているということ。
キヴォトスの中枢部であり、連邦生徒会の本部。言わば、キヴォトスの心臓。これを握る者が事実上のキヴォトスの支配者。
……………そして、それが連邦生徒会長だったと考えると、やっぱ色んな意味で凄い人だったんだなあと思う。
一旦思考を振り払い、えいっと言いながらとりあえず画面の真ん中辺りを押してみる。
すると、それはあっさりと画面が点灯する。それから少しの文字列。
……
Connecting To Crate of Shittim……
なんだ、今の文字は。
まさかこのタブレットは、全て今の文字列で構成されているというのか。それなら……お手上げだ。私は天才だが語学者ではない。多少才能があったところで、基礎のきの字さえなければどうしようもない。
と、若干の絶望へ陥りかけた直後に新たな文字列。
システム接続パスワードをご入力してください。
………知っている文字列と、知らない単語。
「リン、パスワードって?」
「知らないのですか?……いえ、失礼しました」
邪魔をしないようにと少し距離を取っていたリンは返事をして、それから失言をしたと思ったのだろう、即座に謝った。非常に刺々しい部分こそあったが、基本は礼節を弁えた人物なのだろう。
「いーよ、別に」
「ありがとうございます。……それで、パスワードは……そうですね、暗号です」
「ふむ」
ごめん。知らない。
そもそもシッテムの箱なんぞ初めて触るのに、知っている方が……
入力していた。そして、思った。
あれ?知ってるな?
なんというか、何処かで聞いたのだ。いかにも暗号っぽいこの言葉を。何処だったっけな。思い出そうとして………
「っ!?」
「先生!?」
青い空と、朝日だろうか。それが、フラッシュバックして。そして、沈んでいった。
急に頭を押さえたからであろう。大慌てでリンが駆け寄ろうとするが、それを手で止める。
「大丈夫。別に、変なことはないよ」
「そう、ですか……?」
何か見えた気がした。そう感じる頃には既に頭痛はなく。
リンも心配そうな目線を残したまま、しかしそれ以上何も悪くなさそうなリーリァを見て引き下がる。
さて、パスワードはあれであっていたのだろうか。何故か合っているという確信はあるのだか、念には念をで確認もしたほうがいいかと思い、再び画面へと視線を戻し
ーーーーー
そこは、教室だった。何処までも晴れ渡る青空と、どこまで続く青い海。それがなければ、教室だったという一言で片付いたかもしれない。
「空間転移!?」
リーリァ・アスプレイが思い浮かべる、瞬時に違う空間へ移動する術は2つ。
1つは今、口に出してしまった転移だ。しかし、陣は愚か
もう1つは結界の類である。つまり、実際には移動していない可能性。
………ただまあ、答えは彼女が知っていそうだ。机でうつ伏せになり気持ちよさそうに眠っている少女ーー今まで見てきた生徒達よりも更に小さいーーは、知っているだろう。
「くうぅぅ……」
外見や雰囲気から感じるのは、生徒よりかはゴマグの養育院にいた子達だろうか。そう感じるくらい、ハッキリと"子供"だ。まあこんな鮮やかな水色の髪の子なんて当然見たことないが。
……仮に彼女が本当に養育院の子であれば起こさずに寝かせ続けてあげたいくらいだ。
「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」
「うい、起きろ」
つんつんつん。
「えへっ……まだたくさんありますよぉ……」
むにっ。
「うへ……うへ……ひへ!?」
目があった。
「むにゃ……んもう……ありゃ?ありゃ、ありゃりゃ……!?え?あれ?あれれ?」
「………おはよう」
「お、おはようございますリーリァ先生!?」
めちゃくちゃあたふたあわあわしながらも、しかしながらしっかりとこの少女はリーリァを先生と認知した。
当然、今挨拶してみただけで名乗りはしていない。
「この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか、本当にリーリァ先生……!?」
ふむ、なるほど。顔を見て判別……はしたかもしれないが、重要なのはそちらの方か。
やはり、"先生"というのはそれだけで特別なものらしい。シャーレはあくまで、シャーレという組織でありリーリァ個人の持つ権限ではないし、必要なのは"先生"という肩書だけ……という可能性も、なくはなかったのだが。
「う、うわああ!?もうこんな時間!?」
この教室から見える景色に、おおよそ時間を判別できるものは存在しない。強いていうなら明るいし、昼ということは分かるだろうがそれだけだ。
……予想はしていたが、やはりーー性格はともかくーーこの子は見た目通りの普通の女の子、という線はないようだ。
「うわ、わああ?落ち着いて、落ち着いて……えっと……その……あっ、そうだ!まず自己紹介から!」
しかしこんだけ慌てまくっていると、見ているこっちが逆に落ち着いてくる。見知らぬ場所へ飛ばされてパニックなる権利はこっちにもあった筈なのだが。
「私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれからリーリァ先生をアシストする秘書です!」
「そっか、よろしく」
ふむ、ここは『シッテムの箱』の内部のようだ。そしてリンが言っていたおーえすは彼女のこと。
分かるようで、分からない。まさか私は板の一部になってしまったのだろうか。なんて、ちょっと馬鹿らしいことまで考えてしまう。
「やっと会うことができました!私はここでリーリァ先生をずっと、ずーっと待っていました!」
「寝てれば一瞬でしょ?」
「あ、あうう……居眠りしたこともあるけど……」
なんとなく毒を吐いてみる。別に嫌味を言いたくなるほど嫌な感情を得ているとかそんなことはないけれど。
ただまあ、会ったことも知ってもいない相手にずーっと待っていたと言われて、複雑な気分ではある。
「で、でも!これからは大丈夫です!これからは先生のサポートをしていきますので!……あっ、まだ身体のバージョンが低い状態なので、特に声帯周りの調整が必要なのですが……」
元気になったりシュンとなったり、感情がころころころと転がり回る。本当に性格は見た目通りの子供だ。
「あ、そうだ!ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います!」
「え?必要?」
「先生がリーリァ先生なのは分かりますが、例え形式上でもやっておかないといけませんので!」
まあ、そういう過程に意味がある行為というのは何処にでもある。それはシッテムの箱の中という非常識な空間でも変わらない事実らしい。
「うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください」
えっ、恥ずかしいことさせるの?生体認証ってもしかしてそういう行為なのか。
そもそもここで言う生体認証というものがどういう行為なのか全く想像が出来ていないので、少し突飛な発想がリーリァの中に生まれる。
しかし残念な予想は外れてくれたようで、アロナは人差し指を伸ばす。
「さあ、この私の指に、リーリァ先生の指を当ててください」
アロナの言葉の通り、素直に指を合わせる。
しかしこれで認証が出来るとは。何か凄い術でも使っているのだろうか。それとも
「うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?」
……約束、ね。
「実は、これで生体情報の指紋を確認するんです」
触れるだけで確認が出来るのか。なるほど、それは凄い。
「画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります! こう見えて目は良いので」
目視で確認。思ったより原始的な方法のようだ。
………待て、今『画面に残った』と言わなかったか。ここがシッテムの箱、つまり端末の中だとしてどうやって画面に触れたことになる。
「うぅ……ん」
こちらの思考はつゆ知らず、アロナはじぃぃと空を見つめている。じぃぃ、じぃぃぃ。目を細める。目が悪い人が遠くを見ようとする時にやるように。
これ、本当に見えているのだろうか。
それから、とほほと言いたげな微妙な笑みを浮かべる。
ああ、駄目だこりゃ。
言わないでおこう。
「……はい!確認終わりました!」
まあ、アロナが良いというなら良いのだろう。あくまでこれは形式的なモノにすぎず、その上で私が先生であるという確信を得ているのだから。
とりあえず、ここまでは前座である。長々とアロナと付き合ってきた感じはあるが、行っていたのはあくまで『私が先生、つまり使用者であることの確認』。
本題は、これがサンクトゥムタワーの制御が出来るかという点であろう。
「……なるほど……リーリァ先生の事情は大体わかりました」
一通り聞き終えたアロナは、ふむふむと事情を飲み込む。
「連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……」
「まあ、それで何だけど。タワーの復旧もしたいけど、出来れば連邦生徒会長も探したいんだけど、アロナちゃんは行方を知ってる?」
念の為聞いてみるが、正直期待はしていない。
理由の1つは、アロナがキヴォトスの現状を理解していないこと。私が教えるまで知らなかったのは、先生抜きでーー或いは連邦生徒会長抜きでーー自力で外の情報を収集するのは不可能であるという証拠だ。
もう1つある。それは、これでそんな簡単に行方が追えてしまうならわざわざ連邦生徒会長はこれを残さないだろう。私が連れて来るのと殆ど入れ替わりで失踪したということは、自分の意思、或いは予め分かっていた避けられない未来だったということになる。
これは、自分の行方を追わせるためのものではない。自分の代わりに先生が務めを果たすための道具。
「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女がどうしていなくなったのかも……お役に立てず、すみません」
期待してた通りの返答。ただ1つ、キヴォトスの現状は知らなくても情報は持っている。
やはりこれは……先生のための道具だろう。いやまあ、アロナ自身が先生のアシストをする秘書だと言っていたんだし、今更な事実ではあるんだけど。
「ですが、サンクトゥムタワーの問題は何とか解決できそうです」
「うーん、アロナちゃん優秀!」
「そうです、アロナちゃんはスーパーOSなのでこれくらいお茶の子さいさいです!」
わあ、なんて心のこもってない称賛なのだろう。
というのも、それもまた予想済みだったからだ。サンクトゥムタワーの制御権を握っているのは自分で、その自分がいなくなって。そしてその仕事を先生に託すのなら、先生がサンクトゥムタワーの制御が握れるようにしておくのが道理だ。
………………実は、アロナが指紋を見れなかったという事実のせいで、この説は丸っきりハズレではないかと少しヒヤヒヤしていた。
こちらのそんな心配や安堵は知りもせず、ふんすふんすと目をキラキラさせているアロナに、そのまま指示を出す。
「じゃあ制御権の取得お願いね」
「はい!少々お待ちください!」
さて、少々とはどれくらいだろうかと考える。少々というのは人によって全く違う長さを示す言葉だからだ。
この何もない空間で暇潰しをするとなると、まあ出来ないことはないが、楽しいことでは……
「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……」
「………?」
「リーリァ先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります」
さて、この間1分も経過していないだろう。私の体内時計がそう言っている。
………なんで、指紋分かんなかったんだろうね?
「今のキヴォトスは、リーリァ先生の支配下にあるも同然です!」
目をキラキラさせながら、恐ろしいことを言ってのける。
まあ、別に支配下にあるからといって支配することが義務かと聞かれたらそうではない。出来るということをしなければならないのなら、私は今すぐキヴォトスを破壊して回らなければならないだろう。
「リーリァ先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます」
「うん、じゃあお願いね」
「でも……大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても……」
………うむ。このアロナという少女には全く表裏がない。そんなアロナから出てきた純粋な疑問が『連邦生徒会に制御権を渡すことが大丈夫なのか?』とは中々興味深い。
まあ、何だ。連邦生徒会は一枚岩ではないのかもしれないし、私が思っているほど管理の行き届いている組織ではないかもしれない。ただ、このいつ暴走するか分かったもんじゃない、リーリァとかいう子供に預けておくよりかは健全な運用はされるだろう。
「大丈夫。心配しないで」
「……分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
宣言と同時に、リーリァはシャーレの建物に戻っていた。シッテムの箱片手に。その画面には、先程見ていた光景がまだ映っていた。先程までと違いがあるとすれば、部屋に明かりが付いていることだけだろう。
……なるほど、これは魂だけの転移とかそういう理屈のものだな、と理解する。先程までの時間の間も私はここに立っていた。画面に触れたのも、中にいる私ではなくここにいる私だったのだ。
「はい……はい……分かりました」
声のする方へと意識を向けると、リンが端末片手に喋っていた。多分、連邦生徒会の誰かと喋っているのだ。
今もう既に連絡が入っているということは、制御権の移行は一瞬だったのだろう。
……もう一度だけ言わせて欲しい。なんで指紋見えなかったの?
「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」
「でも、肝心の会長さんがいないし。まあ頑張ってね」
「そうですね。これまでとは色々変わってくるでしょう」
ですが……と前置きし、リンは続ける。
「キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。お疲れ様でした、先生」
「……ありがと」
これは形式だけの感謝だけではない。この真摯な少女の、心からのお礼であるというのは自然と伝わってきた。
「……ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」
まるで
「それでは『シッテムの箱』は渡しましたし、私の役目は終わったようですね」
「いや、待て」
「まだ何か」
「私、シャーレのことまだ全然分かってないんだけど……」
シャーレは、これからの私の職場だ。そして家のようなものでもあるのだろう。
彼女もシャーレという"組織"には、多分詳しくないだろう。しかしこの"建物"のことは連邦生徒会長から聞いていたのだ。私よりかは余程詳しいだろうし、案内はしてもらいたい。
そんな私のことを汲み取ってかそうでないかは分からないが、ああ……と呟き、それから続ける。
「それも私の仕事でしたね。ついてきてください、連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします」
地下室から出て、それからエレベーターで上へ向かう。
上りながら考えたが、このシャーレの建物を初めとにかく縦に長い建物が多い。長くなればなるほど安定性を失いそうな気がするが大丈夫なのだろうか。
いや、シャーレには
まあ、とにかくそういうリスクを背負った上でなお高くするのは意味があるだろうが、なんだろうか。
その答えは割とすぐ知ることになるのだが、それはまた別の話。
到着した階には、『空室 近々始業予定』と書かれた紙が貼られた扉があった。
「ここが、シャーレのメインロビーです。長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」
……その階に入って改めて紹介されてみると、思ったより広く感じる。外観を見た時に、縦に長いからこそ横の長さを錯覚してしまっていたのかもしれない。
つまりは、それだけ高い場所にいるとも考えることは出来るが。これだと何かトラブルがあった際にすぐに出ることが出来ない。いや、私なら頑張れば無事に着地出来るだろうが、まさかそれを想定した高さ設定ということでもあるまい。
それから、『空室』へと案内される。余程大事にしてきたのだろう、知らない道具があっても"整頓されているな"と一目で理解できる程度には綺麗な部屋だった。
「そして、ここがシャーレの部室です。ここで、先生の仕事を始めると良いでしょう」
「………結局シャーレは何をする"部活"なの?」
超法規的な権限を持つ組織というのは先程説明されたが、それだけだ。
何をするべき所か、くらいは説明されているだろう。
「……シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません」
……今日何度か感じた、
よく考えれば、
そして、
やりたいことは、あった。けれどもうそれは"ここ"にはない。
「う〜〜ん、それは困るね」
「困る、ですか?」
「うん。私はなんというか、やることがハッキリしている方が好きなのよね」
ふむ、とリンは考える。
「シャーレなら、キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です」
「それは聞いた」
「だからこそ……まずは、やりたいことを探してみるのはどうでしょうか」
……リンは真剣に、行き場を見失った私を導こうとしてくれている。これは、なんというか。情けない先生だ。
「そして、捜査部とは呼んでいますが、その部分に関しては連邦生徒会長も特には触れていませんでした。なので、先生の探し物は自由に行える筈です」
「……えへ、ありがとうね、リンちゃん」
「…………リンちゃんでは、ありません」
凄く複雑な顔をしながら、そう絞り出した。あまりこういう距離の詰め方は好きではなかったか。或いは『リンちゃん』という呼び方に何か意味があるのだろうか。
「ああ、ごめん。嫌なら呼ばないよ」
「……ありがとうございます」
こほん、と一つ咳払い。リンは会話の方向を直す。
「今、私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。今も連邦生徒会に寄せられる様々な苦情……支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど……」
おっと、この話の流れは。
……やはり、リンという少女はあくどい所がある。少なくとも今私に対して悪意を持って、それを行おうとしているという雰囲気は感じないし、これは生来のものなのだろう。
「この面倒な苦情の数々を解決する中で、先生のやりたいことは見つかるかもしれませんね」
「リンも中々ワルだね」
「なんのことでしょう」
ふふ、と笑いながらも軽く流す。
「その辺りに関する書類は、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください。すべては、先生の自由ですので」
視線を机へと動かすと、確かに書類が押されている。どっさり。どっっさり。
それらの書類がなんの書類かは知らないが、少なくとも讃光教会の中であれほど書類が積んであるのは見た記憶がない。探せばあったかもしれないが、少なくとも前線に行く人間が見るものではない。
「それではごゆっくり」
今度こそ仕事は終わりと言わんばかりに、リンは話を切り上げようとする。
「必要な時には、またご連絡を」
「待って」
もう部室を出ようとしていたリンが、ピタリと立ち止まる。
「まだ、何かありますか?」
「………これらの使い方とか、こう、色々。教えて」
リンは、頭を抱えた。
ーーーーー
まずは、シャーレの外で待っている
それが、リンの判断だった。つまり、他の人に聞いてくれ、ということである。
「ええ。サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ」
外ではユウカが誰かに連絡していた。他の人達も似たような感じだったが、それぞれリーリァのことに気が付き視線と話題を向ける。
「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど……すぐ捕まるでしょう。私たちはここまで。あとは担当者に任せます」
「お疲れさまでした、先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」
当然ながら、お別れムードといったところ。上であった会話など知る由もない。
「うんうん、いや〜これは有名な先生になっちゃうね」
冗談半分でユウカの言葉に答えるが、ふふふと和やかなムードになる。
「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください、先生」
「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」
「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?」
まさか、この瞬間も誰に
因みにリンは既にいなくなっている。残れば「やっぱりリンに頼みたい」なんて言われる可能性があるから、それはもう逃げるに決まっているだろう。
別れの挨拶を終えた4人が解散しようとする。その時、
「うぇ?」
ユウカの腕が掴まれた。
彼女の素っ頓狂な声に、他の3人もつい振り返る。
「え、えっと。どうしたのですか、先生」
ユウカの視線は先生の顔を捉える。そこにあった笑みは、これから悪戯を仕掛けようとする子供のそれ。
悪寒が走っているのを、知った上でリーリァは言った。
「連邦捜査部『シャーレ』の先生、リーリァ・アスプレイが君を……」
「ま、待ってください!私まだ帰ってやることが……!」
「最初の部員、そして当番に認定しよう!」
ガクッ。そんな音が鳴りそうな勢いで、ユウカはその場に膝を付いた。
あとがき
この物語は、勇者として戦いを終えた少女の、蛇足の物語である。
そんな感じで始まりましたこのシリーズ。原作の設定の周りで間違っている部分があるとツッコんでもらえると助かります。ただ二次創作だからこそ"解釈"を入れている場合はあるので、そこはご容赦を。
ところで……一つアンケートを入れておきます。終末何してますか?シリーズは非常にややこしい作品なので、これだけ把握しておきたいです。
私は……
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すかすかとブルアカどっちも知ってるよ
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終末何してますか?シリーズだけ知ってるよ
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ブルーアーカイブだけ知ってるよ
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どっちも知らないよ