元勇者の先生日誌   作:Ruve

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 対策委員会の部室へ帰ってきた一行。一番元気が有り余っているシロコが先頭に、セリカも入ってくる。それから流れでついてきたヒフミ、そこから少々遅れてリーリァ、そしてげっそりしたノノミとホシノが入ってくる。

 

「うへ〜……」

「うぅ……」

 

 帰りがてら、あまりにも2人の調子の乗り方が酷かったので軽い説教をしながら帰ってきたのである。

 しかし、2人が顔を上げると、そこには笑顔のアヤネの姿が。目が笑ってないし、怒気が溢れているのが見えている。

 

「……ノノミ先輩に、ホシノ先輩?」

「ま、待ってくださいアヤネちゃん、その件は先生にきっちりお話してもらったので……」

「お、おじさんはこれ以上は駄目だよ〜!」

 

 2人の抵抗虚しく、ズルズルと引き摺られて廊下へと連れられていく。

 もう、先生を巻き込んでいるのにあんな態度は……とアヤネの声が聞こえたが、別の部屋に入ったのか聞こえなくなっていった。

 

「……まあ、今のうちに確認しようか」

「あはは……大丈夫なんでしょうか」

「アヤネは怒るといつもあんな感じ」

 

 残った4人で書類を広げていき、1つ1つ確認していく。今回の目的は証拠探しだ。……なので、必要な情報はすぐに見つかった。

 

「……これ、やっぱりそうよね」

「ん、現金輸送車の集金記録には788万円集金したと記されてる。学校に来たあのトラックで間違いない。でも、その後すぐにカタカタヘルメット団に対して『任務補助金500万円提供』って記録がある……」

 

 重い空気になる。証拠として完璧まである。だからこそ、もしかしたら私の考えすぎだったとか、そういう可能性はきっちり排除される。

 沈黙を破ったのは、怒り心頭のセリカの声。

 

「つまり、私たちのお金を受け取った後に、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡してたってことだよね!?やっばりカイザーの仕業なんじゃない!」

「……カイザーローン単独の犯行じゃなくて、本社の息がかかってるよね、やっぱり」

「そうみたいですね……」

 

 なんというか、これは、改めて酷い話だなと思う。けれど、ひとまず予想ではなく確定事項として、カイザーを敵として行動することができる。これは大きな方針転換になるだろう。

 

 それからアヤネから解放された先輩達も含めて一緒に、ヒフミを見送ることにした。

 

「みなさん、色々とありがとうございました」

 

 完全に悪いことに巻き込んでしまったのに、ご丁寧に頭を下げた。色々と引っかかる点はあったけれど、基本的にはいい子なのだろう。

 

「変なことに巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」

「今度そっちに遊びに行くってことで。それで埋め合わせってことでどうかな〜?」

「あはは……」

 

 怒られた甲斐もあって?しっかり反省しているようだ。実際問題、他校の生徒を巻き込んで犯罪行為したとなれば、学校間の問題にも繋がりかねないので結構な問題行為ではあったのだ。

 

「埋め合わせじゃなくても、待ってますね!」

 

 しかし、何だかんだ彼女らは友人になれたのだろう。ヒフミの表情が、それを物語っている。単なる社交辞令ではなく、本気で楽しみにしていると感じる。

 それからこほんと軽い咳払い。また別の話題へ。

 

「まだ詳しいことは明らかになってませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪や反社会勢力と何かしら関係のあるという事実上の証拠になり得ます。戻ったら、この事実をティーパーティに報告します!」

 

 なるほど、トリニティにとってもカイザーは悩みのタネだし報告することは問題ないだろう。しかし、だ。犯罪や反社会勢力と関わりがある、くらいの情報だったら既に握っている可能性はある。

 まあ、仮に握っていたとして証拠が増えるのなら決して悪いことではないし、止めることでもない。

 

「それと、アビドスさんの現在の状況についても……」

 

 ホシノが、顔をしかめる。

 あまりトリニティの介入が嬉しくないのだろうか、或いは。

 

「まー、ティーパーティはもう知ってると思うけどねー」

 

 ぶっきらぼうに、言う。

 

「そう?」

「まあリーリァちゃんはあまり詳しくないのかもしれないけど、あれほどの規模を持つ学園の首脳部なら、それくらいはもうとっくに把握してると思うんだよー。みんな、遊んでばかりじゃないだろうしさ」

 

 淡々と語る。……まあ、少なくともユウカは知らなそうな雰囲気だったけれど、それはセミナー、そしてミレニアムが知らないということとはイコールではない。

 学校というのは国のようなものだ、というのは私が例えたことだが、やはり規模が大きければそれだけ政治力も高くはなるのだろうか。例え学生が主軸に運営していても、だ。

 

「そ、そんな……知っているのに、みなさんのことを……」

「うん、ヒフミちゃんは純真でいい子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ」

「……」

 

 その世の中の甘くなさを身に沁みて実感しているかのような重い言葉に、ヒフミは少し黙ってしまう。

 

「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせたことろでこれといった打開策が出るわけじゃないし。却って私たちがパニくることになりそうなんだよねー」

「そ、そうですか……?」

 

 却ってパニくることになる。その言葉への疑問が態度に出ていた。

 まあ、なんというか。言いたいことは分かる。

 

「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん?トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー。言ってる意味、分かるよね」

「……サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止できない……ってことですよね。そうですよね、その可能性もなくはありません。あうう、政治って難しいです」

 

 帝国も、周辺にある小国を吸収して大きくなっていったというのは歴史が示している。吸収までかはいかなくても、まあ大国に舵を取られることも全然ある。

 ……ディオネが滅んだのも、帝国が一枚噛んでいるというのもまた事実だ。別に今更恨みはしないけれど、思う所はある。

 そして、そんな帝国の行動を"悪さ"と言うのかは、それこそ誰の目線で話すか次第だろう。

 

「でも……ホシノ先輩。悲観的に考えすぎではないのでしょうか?本当に助けてくれるかもしれませんし」

「うへ〜、私は他人の好意を受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー」

 

 ホシノはそう、誤魔化すような言い回しをしているが。しかしホシノの考えが"悲観的に考えすぎ"かと言われたら、決してそんなこともないと思う。

 まあ、悪さをされるかは別として、助けてくれるとはあまり思わない。理由は単純、滅びかけの学校助けて何になる、という点である。慈善事業の積み重ねで信頼を得ているとか、そういう学校ならまだしも、トリニティがそういう形で動く学校とは思えない。

 

「……万が一ってことをスルーしたから、アビドスは……」

 

 それは、小さな声だった。今のはヒフミへの意見ではなく、独り言。

 

「まあ、慎重に考えるのは悪いことじゃないけど、今回は大丈夫だと思うよ?」

「そうですね、先生。やっぱり私、相談してみます!」

 

 ティーパーティがアビドスを見捨てる可能性はあれど、逆に余計な干渉をしてくる可能性は正直ないに等しいかなと思う。

 単純に、助ける理由と同じく、手に入れる価値は少ないし、カイザーが躍起になっている理由を知っていて、それがトリニティに利のあることなら今日まで動いてないのも不自然である。

 他者を警戒するなとは言わないけれど、殻に閉じこもったままだと解決することも解決しないだろう。

 

「では……えっと……」

 

 その件はともかくとして、改めてヒフミが別れの言葉を口にしようとする。主にホシノのせいで若干暗い空気になってしまったのを改めて明るくするように、言葉を選ぼうと悩む。

 

「本当に、1日で色んな出来事がありましたね……」

 

 ヒフミの言葉に、リーリァは頷く。アビドスに来てからというものの、濃い1日しかない。

 

「そうだね、凄く楽しかった」

 

 シロコが少々見当外れのようで、でも今この状況では求められていたであろう答えを返す。

 まあ、空気を読んだとか以前にシロコは楽しんでいたのだろうけれど。

 

「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」

 

 と、セリカがツッコミを入れるが、なんだかんだで皆楽しんでいたように見えたが。

 

「あ、あははは……私も楽しかったです」

「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」

「そ、その呼び方はやめてください!」

「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」

「……説教が足りませんでしたか?」

「………!」

 

 調子に乗って言い始めるお調子者2名に、アヤネの怒気が向けられる。その裏で、リーダーとボスってどっちが上なんだろうとシロコが今更なことを呟いている。その場のノリで生まれた即席強盗団だったし、多分そこは決めてないだろう……

 

「と、とにかく……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してます。それでは……皆さん、またお会いしましょう」

 

 お嬢様学校の生徒らしい丁寧な挨拶で、今度こそヒフミとはお別れした。

 彼女の姿が見えなくなった辺りで、アヤネが取り仕切った。

 

「みなさんお疲れ様でした。今日はゆっくり休んで、明日改めて集まりましょう」

「うへ、それじゃかいさ〜ん」

 

 

ーーーーー

 

 

「……で」

「うん」

「なんでいるの?」

「ここはおじさん家だよ〜?」

 

 ひとまず帰宅したのはいいのだが、当然の権利のようにホシノも付いてきた。道中ノノミが、やはり付き合って……?と変な妄想をしていたが、これだけ引っ付いてくるとまあそう見えるかもしれない、多分。

 そして、やはり当然の権利のように部屋まで上がってきたし、ばっちり着替えている。

 

「それに、リーリァちゃんはおじさんのこと、抱きたいよね?」

「……」

 

 正直に言おう。抱き心地はよかった。ホシノの肌、見た目通りもっちりしてたし。でもだからといって抱きたいということはない、断じて。そういう趣味はない。

 

「そう、これは先生と生徒の禁断の恋……!みたいな?」

「で、本題は?」

「連れないな〜」

 

 彼女の性格からして、特に何もないのに押しかけたということもないだろう。そう思って聞いたが、うへ〜とニヤニヤ顔で、真面目な話をしたい、って雰囲気ではない。

 

「別に、何か具体的に聞きたくて来たって訳じゃないけど。でも折角だし、リーリァちゃんの強さの秘訣とか聞きたいなあ」

「無いけど?」

「うへっ?」

 

 なんとなくで選んだ話題だろうけれど、残念ながらそれについては"無い"としか言いようがない。

 まあ、強い理由はあるんだけど。でも秘訣とは言えない。どっかの誰かみたいに不相応な努力を積み重ねてきたとか、沢山の技を覚えてきたとか、逆に強くなれるための裏技があるとかそんなこともない。

 

「話したくない、とか?」

「いや、そんなことはないけど。秘訣……ってのはないんだよねえ、ほんとに」

「……?」

 

 まあ、ほんとに秘訣はない。ただ同時にしっかりとした理由はある。およそ納得のいく回答にはならないとは思うけれど。

 

「まあ……()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけじゃない?」

「うぅん?」

 

 ホシノは首を傾げる。それも当然だろう、どう考えても今のは理屈として成立していない。誰が聞いてもそう思うだろうし、なんなら私もそう思う。

 しかし残念ながら事実である。

 

「そんで、過去に存在した勇者のような、それこそ悲劇的な過去とか運命とかそういうしがらみがあるやつなら、そういう過去に存在した勇者みたいに強くなって、華々しい戦果を上げられる。ま、過去の勇者サマの生き写し……ってことだね」

「……うへぇ」

「ま、そーゆー訳だから、ホシノちゃんは私より強くはなれないよ?」

 

 さらりと言ってみせたが、まあ酷い話である。ところのつまり、リーリァ・アスプレイという個人の人生に意味はなく、ただ勇者っぽい言い方を強制されそういう生き方をしてきたというだけでしかない。ましてや正規勇者(リーガル・ブレイブ)ともなればそれだけ不幸だと言われているようなもんであり、"当時の世界で一番不幸な人間"が"それっぽい生き方を強制されてきた"ということである。なんとも泣ける話である。……幸い今は、そうではない。だから、さらりと話せたのだろう。

 けれど、問題はそんなお涙頂戴の話を、小鳥遊ホシノという人物に話す必要はなかったという点である。……リーリァと呼んでくれる彼女に、何か期待でもしてしまったのだろうか。

 

「……今、リーリァちゃんはさ」

「ん?」

「"先生"になるつもりなの?」

 

ーー先生というイメージの、生き写しになるつもりなの?

 

 そういう、質問なのだろう。……否定はできない。

 確かに役割に準ずる生き方を、好んでしているわけではないけれど、残念ながら祖国が滅んだあの日から……いや、その前からそういう生き方をしてきていた。それで、まあ、楽なのだ。今更生き方の方針を変えるよりも、その方が。

 けれど、それだけではないのだ。誰かから、頼まれた気がするのだ。先生として、大人として、よろしくお願いしますと。

 なので、どちらにせよ私はそうしていくつもりだ。

 

「はい、って答えたらどうするの?」

「そしたら、色々頼みづらくなっちゃうかな〜」

「それは困る」

 

 うーんと、ホシノは考える。この、とんでもないことを当然のように背負い受け入れてしまっている人を、どうすればいいのかと。

 確かにリーリァは頼れる先生なんだけれど、同時になんか頼れないというか頼りたくないというか、そういう雰囲気もある。それは、それが彼女にとって幸せなことにはならないから、なのだろうか。

 

「……じゃあさ、おじさんに1つ考えがあるんだ」

「何?」

「私がリーリァちゃんに勝ったらさ、先生を演じるの、やめてよ」

「んー、無理」

「えぇ……」

 

 これまたあっさりと、リーリァは言った。

 仕方ないのだ。これは誰かに頼まれたことであり、生徒にさせてもいいことではない。……ついでに、ホシノが勝つというのはあり得ないかなあというのもあるけど。

 しかしまた、何処かの誰かさんみたいなこと言うじゃないかと、とほほ〜としてる彼女の目を見つめる。そんなこと言われたら、少しだけ期待しちゃうし、同時に絶対させてはならないと思ってしまうではないか。

 

 

ーーーーー

 

 

 その後のことは、これといったこともなく。無事翌朝を迎えた。結局ホシノは泊まっていったけれど。……もちろん、また抱きしめてしまうなんて事故もなく。

 

「今日はおじさん、早いから〜」

 

 と、朝早くから出て行った。……私も何かすべきかなとは思うのだが、カイザーが敵と分かったところで線が切れてしまっている。

 要点は2つ。まだ動機については不明である。ここまで何も情報が出てきてないが、別にカイザーと接触したわけじゃないししょうがない。そしてもう1つは、借金自体は正当なものであるということ。まあ受け取った資金を黒いことに回しているので、その点は訴えれば減額とか狙えるかもしれないが、訴える先の連邦生徒会が全然機能していない。

 ……仕方ないので、個人的な用事を済ませることにする。

 

 行き先は柴関ラーメン。開店時間もあるとは思うので、少しシャーレの仕事を潰してから向かった。そっちに行っていることは、一応アビドスの全員に連絡は入れておいた。

 

「いらっしゃい!」

 

 大将が元気よく声をかけてくる。セリカは……バイトは午後からだっけ?

 まだ昼飯には早いのもあってか、店には誰もいない。なるほど、これはちょうどいいかもしれない。

 

「ん〜、大将。なんか用事あるんじゃない?」

「ん?……ああ、バレちゃってたかい?」

 

 注文の前に、大将に声をかける。……最初に来た時も、次に来た時も。彼は私のことを気にしているようだった。まあ、確かに目立つ髪色してるな〜とは思っていたが、キヴォトスではそうでもなさそうだし、それで見られてたということはないと思うけれど。

 

「なあ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが先生で間違いないんだよな?」

「うん、見ての通りの先生です」

 

 と、着ているスーツを見せつけるようにピシッと姿勢をよくして、名札を見せる。

 逆に言えば、これらがなければ先生には全く見えないと思う。

 

「俺は、あんまり事情とか分からねえけどさ。……まだ子供のお嬢ちゃんが先生やってるの、大変じゃないのかい?」

「やだなー。私は大人ですよ」

「……そうか」

 

 そう呟く柴大将はーーどう見ても犬の顔だけど、そうだと分かるくらいーー優しい表情をしていた。あー、これはもう完全にバレている。そうです私は15歳の子供です。

 

「俺には、お嬢ちゃんのこと手助けは出来ないけれどな。でも、美味いラーメンなら作れるつもりさ。大変なことがあったり、疲れたりした時はいつでも食べに来てくれていいからな!食は心の健康の元、ってな!」

「……」

 

 キヴォトスに来てからまだまだ日が浅いけれど、今まで会ってきた中では一番善い大人の人だ。治安の悪さを象徴するかのように碌でもない大人は沢山いるけれど、こんなに優しくて善い人はそうそういない。

 

「じゃあお言葉に甘えて、柴関ラーメンの大盛り、頂こうかな?」

「ああ、ちょっとだけ待ってくれよ!」

 

 適当な席に着き、厨房の方を見る。あれほど素直な好意をぶつけられて、無下にするほうが無礼というものだ。

 まあ、キヴォトスは広いしいつでも来れる、ってことはないけれど。来れる時くらいは、いっぱい食べさせてもらおう。

 のんびりと待とうとしていると、ガラリと扉が開いた。別に来客があること自体はおかしなことではないが、問題はその面子。

 

「お〜い」

「あっ、先生じゃん!」

 

 声をかけてみると、ムツキがぴょんとこちらにやってくる。そう、便利屋68である。最後に会ったのが強盗時だけど、アルの誤解を解いてくれたのだろうか。

 

「あら、先生もラーメンを?」

「今日は1人きりなんだね」

「し、しし失礼します……!」

 

 ムツキがこちらに来た流れなのか、話したいことがあるのを察してか、とりあえず同じ席に着いてくれた。

 

「皆も食べに来たんでしょ?今日は私が奢ろっか?」

「え?奢り?い、いいのかしら……?」

 

 急な提案に困るアルに、その様子を楽しそうに見ているムツキ。なるほど、この2人は普段からそんな様子なのだろう。

 

「いいじゃ〜ん?先生が奢るって言ってるんだから、素直に貰っちゃおうよ?」

「また、随分なお人好しなんだね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 少し警戒している様子のカヨコに、頭をぶんぶん下げて全力全霊のお礼をしているハルカ。三者三様とはいうが、やはり中々個性的な集いだ。

 

「ま、先生だからね?」

「くふふ〜。心優しい先生なら、手加減とかしてくれないの〜?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 と軽口を言い合いながらもみんな注文をする。当然先に頼んでいた私の分が届いて、それから少し後に4人のも届く。5杯のできたてラーメンがほかほかと湯気を上げている。

 

「べ、別に私たちのことなんて待たなくてもいいのよ?」

「何言ってるの、社長?こういう細やかな気遣いが大事ってこと、社長なら分かってないと」

「……え、ええ!これは先生のこと試してみただけよ!」

「話すのもいいけど、早く食べないと伸びちまうぞ?」

 

 他に客がいないのもあって、大将が席の近くで食べるのを促してきた。やはり、できたてにはできたての美味さがあるもんだし、ここは素直に食べておこう。

 

「じゃあ、いただきまーす!」

「ひ、1人につき1杯……こんなに贅沢をしてもいいんですか?」

 

 真っ先に食べ始めるムツキと、感動をあらわにーーだいぶ心配なこと言いながらーーハルカも食べ始める。

 それを見てから……ということもなく、私含めた残りの面子も食べ始める。うーん、美味い!

 

「なあに、うちのラーメンを食べにわざわざ来てくれたんだ。いいも悪いもあるもんかい」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!先生もありがとうございます!」

 

 大将と私に改めて、少々過剰なくらいの勢いで礼を言う。多分、感情の起伏が激しいだけで、本当は素直ないい子なんだろうな、となんとなく思う。

 

「サービスするから腹いっぱい食べてってくれよ。なんてったって君らはセリカちゃんのお友達だもんな」

 

 ピクリ。視界の端で、アルが固まった気がした。

 

「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」

「ま、そればっかしはアビドスの問題だよ」

「う〜ん、勿体ないよね。D.U.辺りで出したら大盛況だったりして?」

 

 のんびりと雑談しながらも食べているが、やはりアルが動かな……いや、なんか震えてる?

 

「……じゃない」

「ん?」

 

 ラーメンに夢中になっていた周りも、謎の呟きに反応した。そこで初めて様子がおかしいことに気がついたのだろう。

 

 

「友だちなんかじゃないわよぉーーーー!!」

 

 

 突然の、咆哮。そうとしか表現できないくらいの絶叫。勢いよく立ち上がりながら、白目を剝かんばかりの気迫で怒りに満ち溢れていた。

 

「はい着席」

「うぇっ!?」

 

 手刀で軽く叩く。単に叩くだけではなく、例えばつぼを抑えるように、特定の部位を狙った手刀。身体から力が抜けたアルは、強制的に着席させられる。本来なら五感と身体の動きを全て奪う、およそ戦技というより拷問技に近いものだが、今回は手加減をしたのでちょっと力が抜けるくらいになっているだろう。

 ……ホシノにやった時に、自力で抜け出されたのにはかなり驚いたけど。

 

「何今の技!?」

 

 ふにゃあとうなだれているアルを尻目に、ムツキの視線が私をじっと捉えている。カヨコはやはり、少々警戒した視線は保ったままだ。

 

「はっ!?」

 

 すぐに身体のコントロールと、突然のことに呆然としていた意識を取り戻す。

 

「……で、どしたん?」

「え、えっと……だから!ずっと引っかかってたのよ、私たちは仕事をしにこの辺りに来てるのよ!ハードボイルドに!!アウトローっぽく!!」

「いつもこんなんなの?」

「……社長はいつもそんな感じ」

「でも、流石に急で驚いたなあ……」

 

 1人ヒートアップしているアルとは違い、ムツキとカヨコは慣れた様子。ハルカはわたわたしているが、別に仲良くヒートアップ……ということもない。

 なんというか、実力の割に貧乏な理由が見えてきた気がする。

 

「なのに何なのよ、この店は!お腹いっぱいに食べられるし!!あったかくて親切で!話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの空気!」

「別によくない?」

「良くないわよ!それに先生だって!こんなに甘えさせてもらって、しかも仲良くしちゃって全然アウトローな感じになれないわ!!」

 

 やれやれ、と呆れ返っている人が1名。面白いことになってきたと段々楽しそうにし始めた人が1名。とりあえず聞いている人が1名。

 ……で、これはどう話したものかと悩んでいるのがここに1名。ご生憎、私の人生はアウトローというものとは真逆ーー少なくとも一般的なイメージにおいてはーーだし、私が対峙してきた悪党というのはどれもちょっと参考にするのはどうかというホンモノの悪党か、悪党にされただけで真に悪党とは呼ぶべきでない者かだ。

 

「まあ、待ちなよアル。ハードボイルドなアウトローってさ、何?」

「そ、それはもう悪逆非道の限りを尽くす、真の悪党よ!」

「ちょっと考えてみようか。昼は温かいラーメン屋でのんびり舌鼓を打つ善良な市民。けれど"仕事"になった途端に、手段を選ばない冷徹なハンターになる……」

 

 アルは、ゴクリと生唾を飲み込む。無駄に暴走しかけていた熱意は、今は私の目にだけ注がれていた。

 

「そ、それは……」

「カッコいいと、思わない?」

「……!」

 

 だいぶ無理矢理な言いくるめかなと思ったが、もうその目は尊敬の眼差しへと変わっていた。

 おおーと、ムツキが感嘆の声を漏らす。まるで他人事みたいがあんたのとこの社長だぞ、と視線だけで伝える。

 

「も、もしかして先生、本当に裏の仕事とかやってたりする……?」

「なんで?」

「ほら、さっきの……なんか凄い技とかあったじゃない。それに、改めて見てみると、風格というかなんというか……!」

 

 その視線は、それはもう勇者を見つめる幼子のような、キラキラと輝くものへと変わっていた。……少々、痛い。いい加減慣れたはずなのに、そういう視線は今でも好きじゃない。

 しかし、そんな様子の彼女を見て1つ思う。絶対に、悪者(アウトロー)には向いてない。

 

「……ラーメン食べちゃおっか?」

「う〜ん、なんか私にもそんな風に見えてきたかも」

「風格、ね」

 

 それから程なくして、ラーメンを食べきる。あんまり長居をする訳にもいかないし、彼女らもこれから仕事ということですぐに解散することになった。

 約束通りちゃんと便利屋の分の支払いもすると、大将が一言。

 

「ま、これからも頑張ってくれよ」

「大将もね」

 

 そんな様子を見ながらも、ハルカが一足先に店から出ていた。それから程なくして、"音"。

 

「……?」

 

 外で、ハルカの変な声。それから同じく音とハルカの様子に気がついたカヨコが険しい顔をし、ムツキがきょとんと首を傾げながらも銃に手をかける。

 

「危なっ……!」

 

 それは経験からだろうか、それとも天性の勘でもあるのだろうか。とにかく、頭が理解するよりも先に身体が動いていた。

 アルの肩を掴み、それからカヨコとムツキの手を強引に引き、3人を庇うように押し倒した。

 

 直後、"迫撃砲"の砲弾が店へと直撃し、崩壊した。

 

 

ーーーーー

 

 

 ところで、トロッコ問題という哲学的問題があるのをご存知だろうか。

 暴走したトロッコが走っている。線路上には5人の人間がいる。このままでは全員轢かれて死んでしまうだろう。しかし、幸いなことに線路を切り替えるレバーがちょうどあなたの目の前にある。しかし、切り替えた先にも1人、線路上に残された人がいる。

 あなたはどうしますか?という問題だ。

 

 この時、リーリァ・アスプレイならどうするだろうか。絶技の類を使って、トロッコがぶつかるより先に線路上から人を回収する?線路を破壊する一撃を放ち脱線させてしまう?或いは奇跡でも起きてトロッコが都合よく止まってくれる?

 残念ながらどれでもない。所詮は1人の人間でしかない彼女に出来るのは、レバーを動かすことだけ。例え1人が犠牲になることを知っていても、その責任を背負った上でレバーを倒す。

 それが、正規勇者(リーガル・ブレイブ)の一生というものである。

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