元勇者の先生日誌   作:Ruve

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 もう少し、考える時間があれば冷静に行動できたのだろうか?それとも、考えた上で同じ行動を取っていただろうか?それは分からない。

 

『大丈夫ですか!?先生!』

 

 シッテムの箱からアロナの声が聞こえる。特に何も言わなかったけど、しっかりアロナは()()()()()()ようだ。

 

「何やってんの、先生!?」

 

 状況を真っ先に飲み込んだカヨコが声を荒げるが、直後にカヨコは違和感に気がつく。リーリァは無傷っぽいし、なんなら自分達の周りに瓦礫が落ちていない。

 また何か妙な技でも使ったのかと少し考えて、今そこについて考えても仕方ないと割り切る。

 

「ハルカ!」

「大将!」

 

 遅れて状況を理解したアルが、先に外に出ていたはずのハルカを、逆にリーリァは庇えなかった大将の元へと走り出す。

 今ここで庇うべきだったのは、本当に便利屋だったのだろうか。ヘイローを持っている子の身体の頑丈さは今までの経験からよく分かってるし、無理して庇わなくても大した怪我はしなかっただろう。あの状況で庇うべきだったのは、大将だったはずだ。

 頭ではそんなことを考えながらも、瓦礫を退かすと下敷きになっていた大将が出てきた。

 

「大将!」

「……お嬢ちゃんも、大丈夫か?」

 

 大将と目が合う。身体に傷はできてるけれど、重傷ではなさそうだと安心した。もし、もしも、これで死んだりなんかしていたら、先程の判断と自分のことを恨んでいただろう。

 同時に、思考が2つに割れていく。感情と理性。正規勇者(リーガル・ブレイブ)として生きていく中で、自然と身についた考え方。理性の部分だけは常に冷静でいられる。

 

「……何の攻撃?」

 

 思考を巡らせる。今の攻撃は、何を狙っての攻撃なのか。1つは店を狙った攻撃だが、この店に恨みを持つ理由が分からないし、仮にそういう個人がいてもアビドスには残っていないだろう。組織の攻撃だとしても、ここをピンポイントで狙う必要はないはずだ。

 そうなると自然と、別のものを狙った攻撃になる。例えば、ハルカ……つまり便利屋68を狙った攻撃。そして、便利屋を狙う個人または組織となると、候補はある。例えば……風紀委員会とか。

 

「ねえ、風紀委員ってこんな乱暴なことするの?」

 

 まだ近くにいるカヨコとムツキに向けて声を投げかける。

 

「……いや、空崎ヒナが明らかに民間人を巻き込むような攻撃をするとは思えない」

「……」

 

 カヨコが思案しながら答える。何か心当たりがありそうな雰囲気。

 なるほど、と思う。ゲヘナ風紀委員の、風紀委員長。少し調べただけでも情報が出てきたくらいの有名人。キヴォトス最強の噂が立つくらいには実力のある存在。彼女は少なくともしない、ということ。

 

「1つ、依頼をしていい?」

 

 少し、悪ガキには灸を据えないといけないかもしれない。

 

 

ーーーーー

 

 

 カヨコとムツキが大将を担ぎ上げる。そして、先生が走っていった方を見る。

 

「す、凄い形相だったね……」

「え、ええ……」

 

 大した傷も負っていなかったハルカとアルも、先生のことを見送ったがそれはもう恐ろしい表情だった。一見澄ました様子に見えて、目が完全にキレていた。

 

「で、でも、大丈夫なんでしょうか……?」

 

 1人で風紀委員会がいると思われる場所へ向かった先生に、ハルカが心配の声を上げる。先程の攻撃で怪我をしていないのは不思議だが、それでも撃たれでもしたら洒落にならないだろう。

 先生が便利屋にした依頼は、柴大将を安全な場所へ避難させること、だった。その後は逃げても構わない、と付け加えて。

 大将には世話になったし、その依頼自体は2つ返事で受けたけれど、やはり心配なのは先生の方。

 

「まあ、アビドスの奴らも来るだろうし大丈夫でしょ」

 

 カヨコは周りの3人とは違う意味で心配はしていたものの、アビドスの奴らと一緒に対処するのだろうと思っていたのでそこまでの心配はない。

 そんなカヨコの意見を聞いた3人も、なるほどと納得する。アビドスの強さは身に沁みて理解したし、風紀委員長さえいなければいい勝負になるだろう。

 先生から貰った地図データから最寄りのシェルターを確認しつつ、移動を始めようとしたその時だった。

 

「あんた達、こんな所で何やってんの?」

 

 その声は、黒見セリカだった。そして砂狼シロコに、十六夜ノノミ、更にオペレーターの奥空アヤネまで。1人足りていないがアビドスの面々だ。

 

「ま、待って!なんであなた達がここにいるの!?」

「これは……」

「あ〜、大変なことになってきたかもね〜?」

 

 くふふ〜と笑うムツキに、アビドスの面々は明らかに苛々した様子を見せている。

 

「私たちがここに来たら変?」

「そ、そうよ!だってそれだと、先生が1人っきりってことじゃないの!?」

「?」

 

 まだ状況を飲み込めてないアビドスの方は、頭に疑問符が浮かび始める。その答えを伝えるように、アヤネがタブレットを確認しながら1つの事実を伝える。

 

「近くに大規模な兵力を確認しました。それに、そこに先生がいます!」

「なっ!?」

「多分だけど、そいつらは風紀委員だよ。攻撃したのもそっち」

「私たちはむしろ、大将のこと避難させようとしてるだけなんだけどね〜」

 

 ようやく事態を飲み込んだアビドスは、それぞれ視線だけで合図を送る。

 

「……これは仕事だから、信用してくれていいよ。と言っても説得力ないと思うけど」

「便利屋の皆さんのことは私がモニタリングします!」

「うん、それなら安心」

「風紀委員だかなんだか知らないけど、大将のこと怪我させたの絶対に許さないんだから!」

 

 慌ただしく走っていくのを見送り改めてシェルターに向おうとして、アルがその場で固まっていることに3人は気がつく。

 

「あれ?アルちゃん?」

「ど、どどどうしましたか!?もしかして怪我を……!?」

 

 よく見ると、手が震えている。ぎゅっと手を握りしめて、それから全員の顔を見て。

 

「……ねえ」

 

 

ーーーーー

 

 

 少し前に遡り。

 

 アビドス市街地の大通りに、リーリァは立っていた。ざっと数十人はいるであろう大部隊を前にして、堂々と立ち塞がっていた。

 その部隊の先頭には2名いる。片方、銀髪のツインテールに濃い色の肌の少女は知らなかったが、もう1人は顔見知りだった。

 

「やっほ、チナツ?」

「……リーリァ先生!?」

 

 怒りとか落胆とか、様々な感情に蓋をしながらつとめて気楽な挨拶を投げかける。

 

「どうして先生がここに?」

「先生?」

 

 困惑するチナツに、そもそも知らなそうな銀髪。ああ、なるほどな。とリーリァは思う。

 

「連邦捜査部シャーレの先生として、君たちに求めることが2つある。目的の開示、そして民間人への攻撃についての謝罪」

「民間人への攻撃だあ?先生は便利屋共のこと、民間人って言うのか?」

「待ちなさい、イオリ。何か変です……」

 

 挑発的な笑みを浮かべる銀髪……イオリを、こちらの態度に気がついたチナツが静止する。

 そう、彼女たちの認識の上では便利屋に攻撃したのであって、民間人へ攻撃なんてしていない。何故ならこの地区は、書類上ではカイザーが所有している地区。民間人は退去済み、ということにでもなっているのだろう。だから迷いなく便利屋、というかハルカに向かっての攻撃を敢行した。

 

「……それで、どうするの?謝罪をするか、それとも」

 

 その言葉を告げた私は、果たしてどんな顔をしていただろうか。

 

「あたしにぶっ倒されるか?」

 

 どれだけ理性の面がやめろと言っていても、感情の面の歯止めが効かなくなっている。大将とあの店を巻き込んでしまったのは事故だと頭で理解していても、リーリァという個人がそれを許す気がない。

 

「倒される?この人数を相手に……いや、私に勝てると思ってんの?」

「やめなさい、イオリ。……先生、その件に関しては事実確認をしてから対応させて頂きます。ですが、今は便利屋68の捕縛のために活動しています。そこを退いてもらえないでしょうか?」

 

 なるほど、イオリは風紀委員の中でも実力の面で所属しているのだろう。少なくとも政治というものには一切向いていない。それに対してチナツは冷静だ。まだ話は出来る。

 そして、そんな彼女から"便利屋の捕縛ために活動中"という言葉が出た。予想通りだ。

 

「へえ?便利屋のためだけにそんなに人数いるんだ。案外弱いんだね、風紀委員って」

「なんだと!?」

「イオリ!……先生も、どうか落ち着いてください!」

 

 わざと挑発はしたが、これは単なる挑発ではない。実際、便利屋を相手取るためにこの人数をアビドス地区まで動かすのはどう考えても異常である。

 しかし、そのことに全く気が回ってないイオリが銃口を向ける。仕方ないので軽く構えを取ろうとした所で、背後から足音がする。

 

「何やってんの!リーリァ先生!」

 

 セリカの叫び声。アビドスの皆が到着したようだと思い観察して、1人欠けていることに気がつく。

 

「あれ?ホシノちゃんは?」

「それが、連絡が付かなくって……!」

「それより先生、1人じゃ危ないよ」

「あはは……ごめんね?」

 

 流石に皆の前で大立ち回りする訳にもいかないな、と少し冷静になる。もちろん、それで許したかといえば別の話だけど。

 

「今度はアビドス高校の奴らか?なあ、面倒だしまとめてぶっ飛ばしてもいいよな?」

「……いえ、ここはアビドスの学区です。こちらが勝手な行動している以上、彼女達にも説明し交渉する義務があります」

「はあ!?大将の店を攻撃しておいて、何が交渉よ!」

 

 先程の挑発のせいでだいぶヒートアップしているイオリと、自分と同じく大将へ攻撃されたことの怒りを隠しきれない……というか隠す気もなさそうなセリカが火花を散らしている。

 

「大将だ?そっちこそ公務の執行を妨害してるだろ?もう、いいよな!?」

「やめなさいイオリ!アビドスがいる今、先生を敵に回しては……!」

 

 私がアイコンタクトを取ったのとイオリが走り出したのは、同時だった。私が指揮を取る、その意味と結果をよく知っているチナツは最後まで止めようとしていたがイオリはもう止まらない。その代わりに残りの部隊へ指示を行い始めた。

 戦闘の邪魔にならないように後退するのと同時にシロコが飛び出していく。突撃の援護と、部隊への牽制も兼ねたミニガンの掃射。更にシロコも乱射しているが、イオリは潜り抜けるようにスライディングしていく。

 

「セリカ!」

「分かってる!」

 

 懐へ潜り込み、銃撃ではなく蹴りを入れようとするもののシロコは飛び上がり、直上へ待機させていた自身のドローンへと掴まる。

 そしてシロコと入れ替わるように、蹴りを入れようとして片足が浮いてしまっているイオリの頭にセリカの狙撃。

 

「くっ!」

 

 後ろに倒れかかるが、そのままバック転するように後退していく。セリカの狙撃は、部隊の後方にいる狙撃班と思われる相手へと矛先を変える。

 そしてドローンから発射されたミサイルが部隊の前列へと降り注ぐ。直撃したもの、巻き込まれたもの。煙の後ろからミニガンの直撃を食らうもの。隊列は崩されていく。

 

「強い!?」

「……やめましょう、イオリ。やはり先生がいる以上、私達に勝機はありません」

 

 リーリァ含め、たったの5人。押されるとは全く考えていなかったであろうイオリの表情には焦りが浮かんでいた。

 少しの沈黙。一旦ではあるものの、両者攻撃の意思はなくなった。

 

「アビドス対策委員会の奥空アヤネです。ゲヘナの風紀委員と見受けられますが、改めて状況の説明をお願いできますか?」

 

 ホシノかいないこともあり、アヤネが場を取り仕切る。一応私とは話したが、アビドスとゲヘナとしての、政治的な場として仕切り直したのだ。

 

「それは……」

 

 チナツが口を開こうとした時だった。ホログラムが二人の前に投影された。

 

『それは私から答えさせていただきます』

「アコちゃん……?」

「アコ行政官……?」

 

 アコと呼ばれたホログラムの人物。2人にとってはこの介入は想定外だったようだが、私としては待っていた。

 

『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園所属の行政官、アコと申します。今の状況について少し説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

 カヨコの予想通り、今回の侵攻については空崎ヒナは関与してなさそうだ。このアコという人物の作戦。

 

「行政官ということは、風紀委員会のナンバー2……」

 

 アヤネが言葉を漏らす。なるほど、ヒナがトップでその次が彼女。部隊を動かせるだけの権力は十分持っているということだ。

 

『あら、実際はそんな大したものではありません。あくまで風紀委員長を補佐する秘書みたいなものでして……』

「それより先に言うこと、あるんじゃないの?」

 

 気まずそうに固まっているイオリをチラリと確認。他の風紀委員も大なり小なり緊張している様子。なるほど、まあナンバー2というだけあって偉いのだろう。

 

『……そうですね。改めて対策委員会の皆さんには、先程までの愚行について謝罪させていただきます』

 

 愚行と呼ばれたせいか、イオリが反応

 

「なっ、私は命令通りにやったんだけど!?アコちゃん!?」

『命令に"まずは無差別に発砲せよ"なんて言葉が含まれてましたか?』

「い、いや……状況を鑑みて必要な範囲で火力支援、その後に歩兵の投入……戦術の基本通りにって……」

『ましてや他の学園自治区の付近なのだから、きちんとその辺りは注意するのが当然でしょう?反省文のテンプレートがどこにあるかはご存じですよね?』

「うう……アコちゃんの机の左の引き出し……」

『よろしくお願いしますね』

 

 先程の戦闘で最初に引き金を引いた張本人であるイオリが一方的に責められ沈黙させられる。なるほど、あくまでも礼を弁えているという体で押し通したいようだ。

 

「……武器を向けたまま謝罪とは、随分な身分だね?」

『失礼しました。全員、武器を降ろしてください』

 

 アコの指示で、まだ構えていた風紀委員達が素直に武器を降ろしていく。問題はここからだ。

 

「さて、アビドスとの交渉の前に、私からの要求を済ませてもらおうかな?」

『……目的の開示、そして謝罪でしたね。どちらも済ませたはずですが?』

 

 先程までの様子は全て観察していたのだろう。余裕な態度は崩さぬまま、しかしなんのことやらとすっとぼけながらの返答。

 逆にアビドスの皆はさっきの会話を聞いてなかったので、少々おいてかれている。

 

「1つ、謝罪は民間人への攻撃についてだ」

『……ええ、確かに付近に民間人がいたことはこちらも確認しました。しかし()()()()()()()()()()()()()です。彼に謝罪をする責任は私達にはありません』

 

 その言葉に食ってかかりそうになったセリカを静止する。まだだ、まだ早い。

 彼女はつまるところ、カイザーが買収済みの土地に留まっている怪しい人物だと言いたいのだ。ましてやその人物が所有していたと思われる家屋から違反者、つまり便利屋が出てきた。更にはその便利屋が彼を連れて撤退した。これはもう協力者だとしか説明できない。

 ()()()()()()()()()

 

「つまり、正当性のある攻撃だったのだから謝罪する必要ない、って言いたいんだね?」

『ええ。理解してもらえたようで何よりです』

「ならもう1つ。目的の開示をしてもらおうかな」

『それはもちろん、アビドスの自治区へ身を隠した規則違反者、便利屋68を捕まえるためです』

 

 セリカとシロコが、今にも手を出しそうになっている。もし彼女達が猛獣の類なら、ぐるると威嚇してそうなくらいの顔になっているが、まだだ。振り返って視線だけで伝える。まだ駄目だと。

 

「冗談はやめてもらえる?……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「はっ!?」

「先生、それって……!」

 

 驚きのあまり声をあげたのは、先程まで猛獣になりかけていた2人の方である。

 アコも多少は驚いている様子だが、あの様子は想定内といった感じか。つまるところ、実際に攻撃した現場の風紀委員らもアコに便利屋を捕まえるように指示されてここに来たのだろう。だからと言って柴大将を攻撃していい理由にはならないが、責任を負うべきは彼女だ。

 

『……気付いていたのですね?』

 

 アコがニヤリと笑みを浮かべた瞬間だった。

 部隊の中心で爆発。爆発。そして爆発。更に()()()()()()()()()()()()()()イオリの腹を捉えていた。

 

「なっ!?」

「死んでください!!」

 

 突然のことに対応しきれなかったのだろうか、ゼロ距離の射撃を何度も腹にぶち込まれた。

 

「先生も気付いていたのに来たの?」

「まー私も確信したのは部隊の規模確認してからだし?」

 

 呆れ顔のカヨコと、楽しそうに笑っているムツキ。そして真面目な表情のアルだった。ついでに連射して満足したのかハルカもこちらに戻ってくる。

 

「た、助けに来るのが遅れました!お世話になった先生のピンチなのに……!すみませんすみません!」

「まーそもそも先生は私達が来ないのも想定してたでしょ?でも、アルちゃんが『先生を見捨てるのはハードボイルドじゃない』って……」

「当たり前でしょ!……ちゃんと大将の避難は済ませてきたわよ!?」

 

 ムツキの言う通り、正直来るとは思っていなかった。風紀委員の狙いは便利屋なのだから、来る方が危険でしかない。しかしカヨコが真の狙いに気がついたからなのか、単にアルの性格か、結局来てしまったようだ。

 ……まあ、悪いことではない。

 

『これは、仕方ありませんね』

 

 それでも余裕の態度を崩さないアコ。彼女が指を鳴らすと同時に、大部隊の足音がする。

 

「これは……12時の方向、それから6時の方向……3時、9時……風紀委員会のさらなる兵力が、四方から集結しています!」

 

 タブレットから監視カメラを確認していたのだろうアヤネが、驚きと共に状況の報告をする。上手く隠れていたーー少なくとも私は気がついていたけどーー第2陣が、包囲網を形成していく。

 

『……折角です、ことの次第をお話しましょう』

 

 アビドスと便利屋。同時に相手取って尚余裕で制圧できる。そう態度が物語っていた。

 

『きっかけはティーパーティーでした。もちろんご存知ですよね?ゲヘナ学園と長きに渡って敵対関係にある、トリニティ総合学園の生徒会のことです。そのティーパーティが、シャーレに関する報告書を手にしている……と、そんな話が、うちの情報部が上がってきまして』

 

 シャーレ奪還作戦時に共同したハスミやスズミか、それともヒフミがアビドスの件に関して報告した際についでに私のことも報告したのか。もし後者であるなら、ゲヘナの情報部とやらは相当優秀といえるだろう。……まあ、今重要なのはそこではない。

 

『当初は私も"シャーレ"とは一体何なのか、全く知りませんでしたが……ティーパーティが知っている情報となれば、私たちも知る必要があります。それで、チナツさんが書いた報告書を確認しました』

 

 チナツが微妙な表情をする。

 ……奪還作戦やその後のちょっとしたやり取り、更に先程までの言動といい、今更報告書を出すようないい加減な性格とは思えない。アコは行動が大胆な割には適当なところもあるようだ。

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の先生が担当している、超法規的な部活。どう考えても怪しい臭いがしませんか?シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません』

 

 ……条約?なるほど、てっきり力を手中に収めるか、或いは排除したいだけだと思っていたが一応理由はあるらしい。

 

『ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私たち風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです。……ついでに、居合わせた不良生徒も処理した上で、といった形で』

「それが、何の関係もない一般人を攻撃した()()()()()?」

『ふふっ、他人の心配をしてる場合ですか?私達の目的は貴女ですよ?……大人しくこちらに来ていただければ、これ以上の攻撃をしません』

「断るって言ったら?」

 

 アビドスの4人と便利屋68の4人、敵同士だったはずの8人が同じ方向を見据えながら武器を構えていく。

 

「本当は穏便に済ませたかったのですが……ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。ええ、仕方ありませんね、先生?」

 

 笑みを浮かべたまま右手を上げると、待機していた風紀委員達もまた武器を構えていく。真っ向から……と言うには包囲されているが、とにかく衝突してもぶつかるつもりだろう。

 武力を持ち出してでも身柄を確保しようとする、そういう行動には慣れているが今回はいつもと違うことがある。私が戦えない、ということだ。いくらアビドスと便利屋のメンバーが強いとはいえ、数が多いというのはそれだけで脅威である。アルが傭兵を雇ってアビドスに攻め込もうとした時と違って、その戦力差を埋める為の地理や作戦がある訳でもない。

 だから、念の為確認。

 

「みんな、やれる?」

 

 にししと笑いながら、一言聞く。

 

「当たり前でしょ!」

「風紀委員だろうと私達の敵じゃない」

「大将の仇ですね!」

「出来れば衝突はしたくありませんでしたが、仕方ないですよね……!」

「私達を誰だと思ってるの?」

「は、はい……頑張ります!アル様の敵も先生の敵も全員倒してみせます!」

「最高に楽しい展開になってきたじゃん?」

「はあ……まあ、社長がやるって言うならやるしかないでしょ」

 

 全員乗り気だ。大なり小なり好戦的な笑みを浮かべている。なら、ここまで来てやめる理由なんてないだろう。

 

『そうですか。それでは風紀委員会、攻撃を開始します。……委員長に知られてしまったら、イオリと仲良く反省文ですね』

「アコちゃん!?」

 

 先程大量の鉛玉をブチ込まれた腹を痛そうに擦りながら、それでもしっかり構えている。

 

『先生はキヴォトスの外部から来た人間です。くれぐれも攻撃しないように注意してくださいね』

「分かってるよ!」

 

 改めて8人をざっと確認する。前衛を張れるのは2人、中衛が2人、後衛が2人。サポートが1人とオペレーターが1人、といった所だ。

 ……風紀委員会の目的は私だ。その上で私に対して攻撃できないとなれば、私自身も囮として数えてもいいかもしれない。

 

「シロコ、ムツキ、アル。ハルカ、セリカ、ノノミ。それぞれで組んで行動!アヤネは私と一緒に行動して、カヨコは両チームのサポートを!」

「結構難しいこと言うね?」

「良いでしょ、3年生!」

「ま、やってみるよ」

 

 ハルカがうわあああ!と大声を上げながらイオリのいる本隊へ突撃していき、セリカが後に続きながら牽制の狙撃。更にノノミは孤立しないように後を追いつつも安全に攻撃できそうな遮蔽を探す。

 反対方向へ走り出したシロコをサポートしながらムツキが爆弾バッグの用意をする。同時にアルは狙撃ポジションを確保するために離脱。

 何方を援護すべきか決めたカヨコは、ハルカのチームへ向かう。全員が行動を始めたのを確認して、アヤネと一緒に適当な建物へ避難する。

 

「大丈夫でしょうか……?」

「皆なら平気!アロナ、モニタリングもよろしく!」

『分かりました!』

 

 

ーーーーー

 

 

 イオリの蹴りが、ハルカの身体目掛けて放たれる。しかし避けようとせず、むしろその瞬間を待ってたと言わんばかりに気色悪い笑みを浮かべながら、至近距離でショットガンをブチ込む。

 ハルカの身体が横に飛ばされるのと、イオリの身体が後ろに飛ばされるのは同時だった。しかし、その後が違う。ノノミのガトリングが周囲を制圧しているせいでイオリの援護はほとんどなく、更にセリカの狙撃がおまけで飛んでくる。

 しかし倒れながらもぐるりと身体を回転させ強引に避け、更に反撃。銃口はセリカを捉えていた。

 

「嘘っ!?」

 

 避けられるとは思わなかったため、驚きで僅かな硬直。その硬直を突かれ見事に頭へカウンターの弾丸が直撃する。

 更に弾幕形成しているノノミへと走り出す。反動制御のためまともに動けないのもありあっという間に距離を詰められ、蹴りがミニガンのボディへと炸裂する。

 

「きゃっ!?」

「2度も同じ手を食らうかよ!」

 

 制御が狂いふらついたノノミの腹へアサルトライフルの銃口が押し当てられ、3発。倒れそうになるノノミの身体は、しかしカヨコが受け止めた。

 空いているもう片手で、拳銃を撃ち牽制するもののあっさりと躱され更にもう一度蹴りを浴びせようとするが、横から割って入った弾丸がそれを邪魔する。

 

「くっ、どうなって……!?」

 

 ノノミを止めたはずなのに、援護が全然来ない。何が起きているのかと一瞬振り返ると、風紀委員会の隊列に奇声を上げながら単身突っ込んでいくハルカの姿。

 あまりにも荒唐無稽な光景に、自分の状況を忘れかける。振り向いた時にはカヨコの蹴りが顔面を捉えていた。

 

「これで、終わり」

「クソッ!」

 

 受け身を取れず仰向けに倒れた直後、お腹に連続で撃たれる。そう、先程ショットガンを何回もブチ込まれた腹に。

 

「痛っ、痛っ!?」

 

 制圧を確認した2人は、孤軍奮闘しているハルカの援護へと直ぐに切り替える。

 そしてかなり強引に突破したハルカが後方のチナツを捕らえ、隠れていた残りの部隊もセリカとノノミがハルカに追いつき殲滅していった。

 

 それとは反対方向で。

 

「そ〜れ!」

「これで!」

 

 ムツキが爆弾を放り投げるのと同じタイミングで、シロコのドローンがミサイルをばら撒く。爆発の嵐は前線をめちゃくちゃに壊していく。

 更に煙越しに、部隊のリーダーへの狙撃がお見舞いされる。セリカのアサルトライフルと違い、スナイパーライフルからの一撃は重い。

 副隊長と思わしき人物が慌てて部隊の立て直しを行おうとするが、煙から現れたシロコの蹴りが首を捉えた。

 弾幕と爆弾、交互に行い部隊の編成をめちゃくちゃにしていき、隠れたり逃げようとしてもアルの狙撃が容赦なく襲う。

 

『くっ……!撃ちなさい!』

 

 圧倒的に有利なはずの風紀委員が制圧されていくのを見たアコが、砲撃隊へ攻撃指示を行うが何故か撃たれない。

 確認すると、そこには倒れている風紀委員達とカヨコ。ホログラムのアコに対して挑発するように、拳銃を向けていた。

 

「悪いね」

『カヨコ……!』

 

 リーリァは、補給ドローンの準備をしているアヤネと一緒に状況を観察していた。

 なるほど、予想通り皆強い。連携もしっかり取れている。しかしアヤネの補給は全員には行えないし、体力だって無限ではない。

 まあ、でも。これは"勝ち"だろう。

 

「全員、一旦集合!」

「えっ!?まだ戦闘は……」

「ま、いいからいいから」

 

 シッテムの箱越しに全員に連絡して、戦闘開始前のポイントに集合する。

 

「どうしたの?何かあった?」

「まだ私達は戦えるわよ?」

 

 シロコとアルが疑問を口にする。全員似たようなことを考えているようで、疑問の表情を浮かべている。

 そして、それは相手も同じだった。

 

『おや?素直に要求に応じる気になりました?』

 

 口ではそう言いながらも、第三陣の準備をしていた。

 

「……1ついいかな?」

『はい?』

「今更の質問だけどさ、これ、君の独断でしょ?」

『……だとしたらどうと言うのです?』

 

 カヨコが、ヒナのやり方ではないと言った時からだ。今までしっかりと確認していなかったが、ヒナ委員長ではなく別の人物、つまりアコ行政官の独断での行動だろうとは予想がついていた。

 

「残念、時間切れだよ?」

『……まさか!?』

 

 狙いすましたかのように、アコの端末が鳴った。慌てて端末を取り、電話に応えた。

 

『アコ』

 

 端末から聞こえる鈴のような綺麗な声が、鋭くアコの名前を呼んだ。

 

『ひ、ひ、ヒナ委員長!?』

 

 明らかに動揺した声でアコが答える。なんというか、これは答え合わせといった所だ。

 

「時間切れってこのこと?」

「そういうこと」

「……まさか」

 

 疑問符を浮かべるセリカと、何かを理解した様子のカヨコ。遅れて他の3人もどういうことか気がついたらしい。

 ヒナに意識が移っているアコにバレないように、ジェスチャーだけで便利屋に撤退するように伝えると、そそくさと準備を始めた。

 

『アコ、今どこ?』

『わ、私ですか?私は……そ、その……えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです!風紀委員のメンバーとパトロールを……』

「思いっきり嘘じゃん!」

「……そういうこと?これだけのメンバーがこっちに来てれば、ゲヘナは空いてる」

「そりゃバレるよね、って話」

 

 いきなり大ピンチに陥ったアコとは逆に、こちらはのほほんと話している。それくらいの余裕がある。

 

『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』

『さっき帰ってきた』

『そ、そうでしたか……!その、私、今すぐ迅速に処理をしなくてはいけない用事がありまして……後ほどまたご連絡いたします!い、今はちょっと立て込んでまして……!』

 

 これだけの兵力を独断で動かせるとなると、当然風紀委員長が席を外しているタイミングになるだろう。運良くシャーレの情報を手に入れた直後に出張の予定があったので、大慌てでこの作戦を組んだのだ。

 しかし残念ながら、作戦は長引きヒナは帰還していたのだ。

 

『立て込んでる……?パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』

『え?そ、その……それは……』

 

 完全に気がついている。気がついた上でとぼけている。

 でなければ……

 

『「他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」』

 

 今、ここに空崎ヒナがいる筈ないのだから。

 

『……え?』

 

 電話越しと、目の前。2つの方向から聞こえた声と、そしてあるはずのない姿にアコは停止する。

 

『……えっ?』

 

 目の前の光景を理解できない。そう、態度が物語っていた。

 

「い、い、い、委員長!?い、一体いつから!?」

 

 立ち直って準備をし直していたイオリが驚愕の声を上げ。

 

「!!」

 

 チナツが声にならない声を発し。

 

『……え、ええええっ!?』

 

 アコが絶叫を上げた。

 

 長い銀髪に、悪魔と呼ぶのに相応しい4つの角。睨まれただけで竦む人がいてもおかしくないほどに鋭い紫の瞳、更に身長程もある機関銃を担いでいる。身長はホシノほどーーそれよりも少し小さいか?ーーしかないのに、この場において圧倒的な存在感を放っていた。

 

「あれが、風紀委員長……?」

「……っ!」

 

 呆然とするセリカに、強者の気配に身構えるシロコ。ノノミが自然と私を庇うように一歩近づき、アヤネは息を呑んでいた。

 

「……アコ。この状況、きちんと説明してもらう」

 

 冷たい言葉が、アコを襲う。

 

「ゲヘナの風紀委員長……空崎ヒナ。外見情報も一致します、間違いなく本人のようです。ですが、ゲヘナ風紀委員長ということは……ゲヘナにおいてトップの戦闘力……この状況でそんな人物まで……」

 

 念の為だろう、アヤネが確認を取っていた。私は彼女の外見についてはあまり知らなかったが、アロナと一緒に周囲の確認をして見つけた時は、あまりの存在感に驚いたものだ。

 

「彼女は敵じゃないよ」

「……だから、時間切れ」

 

 私の目的を理解したシロコの呟き。

 実際今、ヒナの矛先はアコへ向いていた。

 

「……」

 

 言い訳を考えているのだろうか口を開かない彼女に、冷たい視線だけが突き刺さる。

 

『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕らえようと……』

「便利屋68のこと?どこにいるの?今はシャーレとアビドスと、対峙しているように見えるけど」

『え、便利屋ならそこに……』

 

 今回の作戦の建前、便利屋68の捕縛。それを伝えようとするが、残念ながら撤退済み。そこにはもう誰もいない。

 

『い、いつの間に逃げたのですか!?さ、さっきまでそこにいたはず……!』

「………」

 

 あまりにも情けない言い訳にしか聞こえないーー実際そうなんだけどーー言葉に、ヒナの視線はより鋭くなっている。こちらを向いてないから分かりづらいが、目が光っているようにも見える。

 

『え、えっと……委員長、全て説明いたします』

「……」

 

 ヒナは小さく息を吸い込み、改めて状況を見た。そして、私と目が合った瞬間。

 

「ッ!?……貴方が、先生?」

「そうだよ。よろしくね、ヒナちゃん?」

「……」

 

 明らかな驚愕。先程までの悪鬼羅刹のような怒りは何処へやら、落ち着いて私を見つめていた。

 それから小さく咳払いをし、視線をアコへ戻す。

 

「……だいたい把握した。察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ということね」

『……』

 

 建前ではなく真意を見抜かれたアコは、もう何も言い返せない。

 

「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティ、それに連邦生徒会。そういうのは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のタヌキ達にでも任せておけばいい。……詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

 

 怒りに満ちた言葉ではなく、例えば悪いことをした子供を説得するような、厳しさと優しさの混ざった言葉だった。

 ……ううむ、私も見習うべきだろうか。

 

『……はい』

 

 最後まで特に言い返せずに、アコは素直に通信を切った。同時にホログラムも消えていく。

 残った風紀委員も誰も動かない。静けさが戦場だった場所を支配する。

 

「……それで、改めて紹介しようか。私はシャーレのリーリァ・アスプレイ。そしてこちらがアビドス廃校対策委員会。状況は理解されて?」

 

 先程の感じからして、おおよそは理解しているだろう。これはあくまでも確認。

 ヒナは僅かに顔を強張らせながらも、ハッキリと答える。

 

「……もちろん。事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒との衝突。けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」

 

 だからこそ、私もハッキリと答える。

 

「違うよ。ヒナちゃんには2点教えないといけないね。まず1つは、君たち風紀委員会はアビドス自治区への一般市民及び家屋への攻撃をしている。もう1つは、私個人を捕らえるためにアビドスへ侵攻することを、公務とは言わない」

 

 ヒナは、先程まで便利屋がいたということも理解しているのだ。ただ、目視していないのでいなかったことにしたというだけのこと。つまり、便利屋を捕らえるという公務の妨害はしたよね?という主張をしたいのだろうが、ならば私を捕らえるという行動まで公務に含むつもりなのだろうか。その果てに一般市民へ攻撃することも、また公務と主張するつもりだろうか。

 

「一般市民への?……そう、そういうこと」

 

 一般市民への攻撃。その点についても、ヒナは理解が早かった。書類上は存在していない一般市民への攻撃、ということ。

 

「それは……」

 

 ヒナが答えようとした時、第三者の足音がした。ふとそちらへと全員の視線が移ると、桃色の髪を揺らしながらぼんやりとした顔の……しかし笑っていない目が、様子を観察していた。

 

「うへ〜、こいつは何があったんだか。凄いことになってるじゃ〜ん」

 

 そう呟きながら歩くホシノの姿を見たヒナは、私を見た時よりも明確に驚きの表情を浮かべていた。まるで、信じられないものを見たかのような反応。

 

「!!」

「えっ!?」

「ホシノ先輩!」

 

 もちろん驚いたのは、アビドスの皆も同じだった。かくいう私は、ただ……心配していた。わざわざ朝早く起きて、それから今更になって顔を出したその理由。碌でもないことなのは確かだ。

 

「リーリァちゃん、そんな顔しないでよ〜。おじさんはただ昼寝してただけなんだから」

「昼寝ぇ!?こっちは色々大変だったのに!ゲヘナの奴らが……!」

 

 間違いなく嘘だな、と思う。けれどややこしくなるのでここでは我慢。

 

「ゲヘナの風紀委員会かあ。便利屋を追ってここまで来たの?」

 

 実際そこまで状況は理解してないのだろう。とぼけ半分本音半分くらいか。

 

「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢揃いだよ。ということで、改めてやり合ってみる?風紀委員長ちゃん?」

 

 先程まで戦闘していた、というのは周囲を見れば丸わかりだ。とはいえ続きをするかと提案するのは、やはりホシノは好戦的だなあと思う。

 しかし、まるでホシノの顔に何か付いてるかのようにじっくり観察していたヒナは、全く違う話題を出した。

 

「……1年生の時とはずいぶん変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」

「……ん?私のこと知ってるの?」

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちをある程度把握してたから。特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件のあと、アビドスを去ったかと思ったけど」

 

 ホシノの表情が少しだけ険しくなる。私もそこまで詳しくないが、それでも察しはつく。……あの事件とは、アビドス生徒会長が亡くなった事件、ということなのだろう。

 ホシノにとっては触れてほしくないことなのは間違いない。

 

「ヒナちゃん」

「……何かしら?」

「そういうことは、思っても言わない方がいい」

「り、リーリァちゃん、そこまで心配しなくても大丈夫だよ……!」

 

 ヒナを注意すると、ホシノがわたわたと今私を止めようとする。

 

「……そう、そういうことね」

 

 そんな様子を見たヒナが、1人で何かを納得する。

 

「まあいい、私も戦うためにここに来たわけじゃないから。イオリ、チナツ」

「……はい」

「……委員長」

「撤収準備、帰るよ」

 

 あっさりと、ヒナはそう言った。

 まあ、戦うつもりでここに来たのなら、着いて最初にすることがアコへの叱責、とはならないだろう。

 それから更に、ヒナは私達に向かって頭を下げた。

 

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。更に無関係の一般市民への被害を出したこと。これらのことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する」

 

 ホシノ以外のアビドスのメンバーから、驚いている気配を感じる。

 私としては、なんというか。……これはこれでちょっと心配かもしれない。

 

「今後、ゲヘナの風紀委員が無断で侵入することはないと約束する。どうか許してほしい」

「委員長……」

 

 真摯に謝罪する姿に、チナツが声を漏らす。

 

「ヒナちゃん、ちょっといい?」

「まだ何か?」

「……なんというか、君が組織の長として責任を持つことは大事だけれど。今回、アコの独断での攻撃である以上、本来責任があるのは彼女だよ。そうでしょ?」

 

 アビドスの皆の方を振り返り確認をしてみるが、まあ皆この意見には納得してくれてる様子。

 

「だから、後日でいい。アコからの謝罪をアビドスと、柴大将……巻き込んだ一般市民へお願いしたい。これは、シャーレからの要請だよ」

「……」

 

 もし、これを個人的なお願いといえば彼女は拒むだろう。今まさに、全ての責任を背負い頭を下げたのだから。

 だからこそ、シャーレからの公式な要請とする。ホシノから"またそういうやり方してる……"という視線を感じるが、こればかりは許してほしい。

 

「分かったわ。……日程はこちらの都合次第にはなってしまうけれど、それでもいい?」

「うん、もちろん」

「ありがとう。……ほら、帰るよ」

 

 先程の声かけで撤収準備をしていた大量の風紀委員達は、ざっざと足音を立て波のように帰り始めた。

 その様子を確認してから、改めてヒナは私を見つめる。

 

「リーリァ先生、あなたに1つ伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って」

「?」

 

 先程の会話が終わってから、改めて。ということは、先程までとは全然違う話題なんだろうけれども。

 

「カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」

「お陰様でね」

「これはまだ、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)もティーパーティも知らない情報だけど。……あなたには知らせておいた方がいいかもしれない」

 

 パンデモなんとかという、ししょーが考えそうな名前の組織も生徒会なのだろう。それも先程の感じからしてゲヘナのだ。

 自分の学校の生徒会さえも知らない貴重な情報。何故それをくれるのかは少し疑問だけど、悪意のある行動ではないのはわかる。なんというか、彼女はそういう人ではなさそうだ。

 

「アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでいる」

 

 ………なるほど、ね。

 つい、私はヒナの頭に手を置いていた。

 

「り、リーリァ先生……!?」

「いや、私のせいでこんなことになっちゃって、しかもそんな有益な情報まで教えもらっちゃって。これはもう感謝しないとね」

「別に、そんなつもりで教えた訳じゃない……」

 

 顔を赤くしながらその手を退かす。彼女の背が低いこともあって、なんとなくアルちゃんーーもちろん陸八魔アルのことではないーーを相手してるような気分になってしまった。ホシノと違って、というのも悪いが、凄い真面目だからというのもあるだろうか。

 ヒナは少し俯いて、それから顔を上げて。

 

「じゃあ、またね、リーリァ先生」

 

 その日初めて見た笑顔と共に、去っていった。

 

 

ーーーーー

 

 

 空崎ヒナは、先程の手の感触を思い出しながらも思案に耽っていた。

 リーリァ・アスプレイとは、何者なのだろうか。先生でありながら子供のようにーー見た目もそうだが、雰囲気もなんとなく子供っぽい気がしたーー感じるし、その割に自身の保護者かのような一面も見せた。

 

 ()()()()()

 

 それはなんというか、リーリァという人物がそういう性格をしている、というだけの話だ。

 しかし、ヒナには気になっている点がもう1つある。それは、老獪な大人を相手にしているような、或いは歴戦の戦士を相手にしているかのような、奇怪な感覚。

 初めて顔を合わせたその時から、風紀委員が去るその瞬間まで。ずっとリーリァは、肩の力を抜いてるように見せながらも、一切の隙を見せていなかった。最初はこちらが油断すれば、その瞬間に首が飛ぶと錯覚した程だ。……彼女の性格上、そんなことにはならなそうだが、しかし不可能とも言い切れない。そう感じるくらいには、隙がなかった。

 

「また、か……」

 

 彼女と別れる時、また、と言ったことを思い出す。それは、彼女に親しみを覚えたからだろうか。それとも……好奇心に殺される、猫になってしまったのか。

 もやもやした感情を残しながらも、とりあえずこれからやることに意識を切り替えるのだった。




あとがき

"先生"となった少女の、初めての大仕事の行く末とは……?
そんな感じで終わりました、vol1、1章でした。厳密にはアビドスと便利屋が手を組む前くらいに1章は終わるのですが、キリの良さからここまで走り切りました。
なんで1章ってあんな中途半端な場所までなんでしょうね……?

とまあそんな感じで、ここからはよもやま話になります。少々ネタバレも含みますので、興味ない方やネタバレが嫌な方は飛ばして頂いてください。
まず、私はホシノとヒナが大好きです。なんかホシノ優遇してるな〜と思ったかもしれませんが、そういうことです。いやちゃんと他の理由もあるんですけどね?
vol1に関しては、3章の展開をおおよそ考えてありまして。そこまで行くのに道が長すぎるので失踪しないよう頑張りたいと思いますが、まあそれは置いておいて。その関係もあって、ホシノの描写は気を使ってます。あともう1つ、リーリァとホシノって割と性格に似てる部分があると思うんですよね、だからシンパシーを感じたりとかするのかなあとか思いながら書いてたんですよ。ただ根底にある感情の方向が真逆(多分)なので、似たもの同士ながら全く違う2人の関係性も書けたらなあと思ってます。

そしてまた1つ。リーリァvsホシノの件です。またホシノ語りか!?と思うかもしれませんが、そっちじゃないです、リーリァです。
この戦闘でリーリァは鶯賛崩疾や陽炎の走法を使ってるのですが(使ってるんです!)、特に原作で使えるという描写はないんですよね(無かったはず!)。ただリーリァの才能なら余裕で覚えられそうだなあくらいの感じで。というか普通に人外じみた技使えるせいで、どういう技使えたかを逆に忘れてしまう時あります。改めてやべーですわこの人。

そんな感じであとがきでした。それではまた次回!
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